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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第十章 大陸の落日編
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第四話 会議は踊る、されど順調

 


 王宮には謁見室の隣に会議場が設けられている。

 案内された俺は、促されるまま席の端っこに着席した。


 テーブルは長方形で、机上には地図のような書物が積まれている。

 あたりには王国を支える大貴族が鎮座していた。

 幹部を集めての作戦会議といったところか。


「全員が揃うまで少々お待ちください」


 リムリスが頭を下げる。

 まだ来てない貴族も多いようだ。

 なにより、まだナトレア姫の姿が見えない。


 一息ついていると、隣りにある椅子が引かれた。


「久しぶりですわね、レジス・ディン」

「あ……」


 俺の隣席に座ったのは一人の少女。

 王都三名家、もとい王都双名家の一角――ミレィ・ハルバレス・シャルクインだ。

 公の場でいきなり声をかけてくるとは思わなんだ。


 礼を逸しないよう、俺は深々と辞儀をした。


「これは恐れ多い。再会できて光栄でございます」

「なにその喋り方……気持ち悪いわね」


 気持ち悪いそうです。

 まあ、学院にいた頃から知られてるわけだしな。

 明らかに本心じゃないってのは分かるだろう。


「普通に喋ってくれないかしら。不都合があれば私が執りなすわ」

「そうか、じゃあ遠慮なく」


 知らない人ばかりだったので、知り合いがいてホッとする。

 なんかしばらく会わないうちに、少し雰囲気が変わったな。

 学院にいた頃は未熟な少女といった印象だった。

 しかし今の彼女は、歴戦の騎士を思わせるような泰然さに満ちていた。


「まずは官位が付与されたこと、お祝い申し上げるわ」

「……ああ、ありがとう」

「なんでも、連合国への使者を成し遂げたらしいわね。

 先代陛下の崩御で有耶無耶になってしまったけれど、立派な功績よ」


 感心したように賞賛してくる。

 なんだろう。こうやって素直に褒められるのは本当に珍しいな。

 それに、学院の時のミレィとは本当に別人に見える。

 そんなことを思った矢先、彼女は得意気に胸へ手を当てた。


「まあ、それでも天臣第二位の私からすればまだまだですけどね」

「さいですか」


 さすがは王都双名家の一角である。

 実質的に家臣の中ではNo.2ぐらいの地位だもんな。


 ちなみに天臣第一位は同じ王都双名家のノーディッド・ハルバレス・ホルトロス。

 天臣第三位は国王の右腕であるリムリスだ。

 ミレィを含めたこの三人が王都でトップの影響力を持つ貴族といえるだろう。


 ミレィは俺の旅路が気になるようで、興味深げに尋ねてくる。


「それで、どうやって連合国に入ったの?

 当時は海上封鎖されていて、誰もが辿りつけないと思っていたのに」

「ケプト霊峰を越えたんだよ」

「えぇ!? 一度足を踏み入れたら生きて帰れないという、あの?」


 多分そのケプト霊峰くん誇張入ってる。

 エルフの手引さえあれば普通に乗り越えられるからな。


 まあ、国有の書物には未踏の地と伝わってるし。

 エルフの本拠地があるなんて知られてないから、驚くのも無理はない。


「この一大会議を前にして雑談とは、余裕だな」


 ここで、ミレィの横に一人の男が座った。

 ノーディッド・ハルバレス・ホルトロス。

 ミレィと並んで王都双名家の対をなす重臣である。


「あら、ホルトロス家も呼ばれていたのですわね」

「ずいぶんと意外そうじゃあないか」

「ええ。荒くれ者の傭兵が正規兵に組み込めるはずもないので、てっきりお役御免にされたものかと」


 おおっと。ミレィが悪意満載の口撃を始めたぞ。

 大陸中の傭兵に顔が利くノーディッドとしては、さすがに聞き逃せない言葉だろう。

 彼は鼻で笑いながらミレィに言い返す。


「有象無象の傭兵と一緒にしてくれるなよ。

 ここ十年の戦功は、ご自慢の騎士団より上なのだがな」

「ほほほ、過去の栄光にすがるのは醜いですわよ。

 優劣はこれより始まる帝国との戦争で証明しましょう」

「望むところだ」


 俺の横で壮絶なガンの飛ばし合いが発生。

 ちょっとどうにかしてくれませんかね。

 リムリスに視線でレスキューを要請するが、彼女は申し訳なさそうに目をそらした。

 自分でなんとかしろってか。


 どうしたものかと思案していると、正面の席から声が聞こえてきた。


「くく、王都貴族はずいぶんと剣呑だな」


 見れば、中年の貴族が嘲笑っていた。

 到着したばかりのようで、初めて見る顔だった。

 王都貴族かと思ったが、装いが都のそれではない。

 東方独特の厚着をしていた。


 不遜な笑みを浮かべる男に対し、ミレィが応答する。


「東覇公ワナキア、ですわね。お噂はかねがね」


 なに、東覇公?

 それは俺のような地方貴族にとって特別な意味を持つ。


 王国には、王都貴族と地方貴族の二種類が存在する。

 王都貴族はリムリスや王都双名家など、家格もオシャレ度も抜群の連中だ。

 官位では『天臣』の階位が与えられる。


 対して地方貴族と言うのは、地方に根ざした貴族のことを指す。

 ディン家もこれに該当するな。

 しかしその中でも、国の根幹を支える地方貴族というのが存在する。


 それこそが――『四大覇公よんだいはこう』。

 東西南北をそれぞれ治める超有力貴族であり、その影響力は国内でもトップレベルだ。

 官位では『地臣』の位階が与えられる。


 王都の盾となり他種族との折衝にも当たるため、王家から多くの特権を与えられている。

 昔はドゥルフ率いるホルゴス家も、西の覇者として四大覇公に数えられていた。

 まあ、今は堕落して四大覇公を示すザジム姓も没収されてしまったが。

 他のメンツはこの会議に呼ばれてたのね。


 となれば、目の前にいるこの男の名も分かる。

 ブラットン・ザジム・ワナキア。

 東部一帯を取り仕切る『東覇公』その人だ。


「久しぶりではないか、ブラットン。

 お前の噂や武勇は王都までも聞こえていたぞ」


 ミレィに加え、ノーディッドも反応を返す。

 しかし東覇公ブラットンは途端に不機嫌そうな顔になる。


「噂? 無理はしないことだ。どうせ田舎貴族のことなど眼中にあるまい」


 ああ、やっぱりか。

 話には聞いてたが、四大覇公と王都三名家の仲は悪いんだな。

 どこの国でも中央と地方の対立は避けられないってことだろう。

 ここで、いつの間にかブラットンの横に座っていた男がカクカクと頷いた。


「同感デアル。王都の人間は我らを見くびっている。

 王国の盾となっている我らへの感謝を忘れてな」


 誰だこの人。

 と思ったが、襟元に印字された紋章で理解できた。

 『北覇公』にしてグランポス家の当主、カステルロ・ザジム・グランポスだ。


 年齢は三十代ほど。

 青白くヒステリックな顔をピクピクと動かしている。

 帝国との国境を守護する武人だったか。

 容赦のない処刑を好み、国境で捕まえた帝国人を皆殺しにすることで有名だ。

 くわばわくわばら。


「いきなりとんだご挨拶ですわね。わたくしが何かお気に障ることをしましたか?」

「まったくだ、卑屈は身を滅ぼすぞ。言いたいことがあるなら声を大にして言うがいい」


 ミレィとノーディッドも穏やかな気分ではないようだ。

 せっかく王都双名家の間での喧嘩は止まったのに。


「え、えと……あの」


 北覇公カステルロの横にいる女性が、あたふたと目を回している。

 彼女も見たことがないな。

 見た目は三十歳ほどで、浅黒く焼けた肌が印象的だ。

 座ってる位置的に、四大覇公だよな。


 となると、消去法で彼女が南部を総括する『南覇公』。

 ビスチェ・ザジム・シャロニールか。

 当主が女性だとは聞いてたけど、大貴族とは思えないほどビクビクしてるな。


「み、みなさん……有事ですし、王前ですので……」

「デ、アルカ。しかしシャロニールよ。

 貴様も南海の覇者として言いたいことがあるだろう? このロクに役立たん王都貴族どもに」


 カステルロは彼女に対し加勢しろと促す。

 いかん、このままでは今度は王都双名家VS四大覇公の全面闘争が始まってしまう。

会議どころではなくなってしまうぞ。


 懸念していると、南覇公ビスチェは困ったように返事をした。


「か、カステルロ……さん。

 そ、それ以上……喋ると、その……すり潰しますよ?」


 聞き間違いかと思った。

 しかし、彼女は困り顔をしながらも本気のようだった。

 なんか過激派多くないですかね?

 まあ、あのドゥルフと肩を並べてた人たちだから仕方ないか。


「デ、アルカ?

 シャロニールの雌狐めが、この我に向かって今なんと言った?」

「待て、その怒りは奴らに向けろ。王都の連中に文句を言えるのは今しかないのだぞ」


 うーん、この。

 四大覇公の足並みは一つも揃っていなかった。

 もはや立場が入り乱れて誰と誰の争いなのかわからんぞ。

 まあ、見てる分には心躍るので俺は静観しておくとしよう。


「――やめぬか! 身内で争っている場合ではない!」


 と、ここで鶴の一声。

 ビリビリと、鋭い声が会議室に響いた。

 先ほど散々演説を聞いたので、誰の声かはすぐ分かる。


 新国王・ナトレア姫の登場だ。

 彼女は謁見室からノシノシと歩いてきて、リムリスの横に座る。

 そして、騒ぎを大きくした二人組に声をかける。


「ブラットン、カステルロ。余の為すことは聞けぬか?」


 その言葉に、東覇公と北覇公はバツの悪い顔になる。

 彼らは王都双名家を恨みがましく睨みながら、深々と臣下の礼を取った。


「ワナキアは受けた忠を忘れぬ。王の命を聞かず、誰の命を聞きましょうや」

「我はグランポス家の当主デアル。

 たとえ末端として切り捨てられようとも、北覇公としての王命を果たすのみ」


 うーむ、すさまじい不満顔だ。

 面従腹背というわけではないんだろうけど。

 自分たちだけが叱責されることに納得が行かない様子だ。

 しかし――


「その言葉、まことに嬉しい。

 父の代ではお前たち四大覇公を冷遇してすまなかったな」


 ナトレア姫は一転して優しい声になった。

 今までの行いを悔いるかのような口調だ。


「狂気のラジアス家を抑えるため、王都三名家に注力するしかなかったのだ。

 しかし、お前たちが外圧から守ってくれたおかげで、王都は平穏になった。礼を言うぞ」

「……お言葉、ありがたく頂戴する」

「デ、アルカ」


 二人はまんざらでもなさそうだ。

 まあ、自分たちの出した結果が認められずに拗ねてたみたいだったし。

 ナトレアが激励すれば不満も和らぎそうだな。


「必ず埋め合わせはするゆえ、お前たち四大覇公の力を貸してほしい」

「承知!」


 ここで四覇公の三人が頷く。

 先程まで吹き荒れていた罵詈雑言の嵐は見る影もなかった。さすが国王ですわぁ。

 ちょうどいいタイミングだし、俺も気になっていたことを聞くとしよう。


「あの、なぜ私は連れてこられたんですか?」


 すると、ナトレア姫はきょとんとした顔になる。


「元西覇公のホルゴス家が堕落した今、西の有力貴族は群雄割拠しているな?」

「ええ」

「今の西部は情勢が不安定。

 しかし、余のあずかり知らぬところで火種が起きるのは避けたい。

 そこで王家主導で次の西部貴族の長を任命しておきたいのだ」


 そういえば。

 ホルゴス家が凋落して以降、急に西部貴族がギラつき始めてたな。

 次の西部代表の座を狙っていたのだろう。

 まあ、その間にディン家はせっせと領地を開拓していたわけだが。


 今、ナトレアから聞こえた言葉を見聞するに、一つの期待が湧いてくる。


「つまり、ディン家を王国西部の代表――『西覇公』にしていただけるということですか?」

「結果を出せば、な」


 西覇公。

 言い換えれば、地方貴族の目指せる最高位。

 今、ディン家は頂へと至る道が開かれたのだ。


「誠心誠意、努力いたします」


 胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。

 シャディベルガが聞けば喜ぶことだろう。

 底辺に押し込められて一番苦しい思いをしていたのは彼なのだ。

 西覇公ともなれば、もはやディン家が不当に貶められることはなくなるだろう。

 いい土産話ができたな。


「くく、没落していた家が今では西の覇者か。

 我ら地方では珍しくないが、王都貴族が聞いたら憤死しそうだな」


 すきあらば煽ろうとするブラットン氏。

 しかし、王都双名家の二人は軽く受け流していた。


「そうは思わぬが?」

「ええ。少なくともわたくしはディン家が適任だと思いますわ」


 やったぜ、王都を代表する貴族からお墨付きをもらえた。

 学院での件があったからか、ミレィとノーディッドはやたら肩を持ってくれるな。

 素直に嬉しい。


 とはいえ、他の四大覇公も反対ではないようだ。


「まあ、ドゥルフよりはまとも統治をしてくれるだろう」

「デアルカ。しかしあの豚の話はやめろ。不快だ」

「……うぇ、あの気持ち悪い……視線。思い、出しちゃいました」


 やめたげてよぉ。

 死体蹴りが話の締めとは悲しい限りだ。


 そうこうしているうちに、テーブルの全席が埋まった。

 それを確認して、ナトレアが確認を取る。


「リムリス、もう揃ったか?」

「はい。王都双名家、四大覇公、宮中の重臣。みな馳せ参じております」


 実質的にこの王国を動かしている貴族たち。

 超豪華メンバーを迎えて、王国の存亡を懸けた会議が始まりを告げた。



「よかろう――では、評定を始める」




     ◆◆◆



 議題はみんなわかっている。

 宣戦布告をしてきた帝国への対処だ。

 相手は完全に王国を潰す気のようで、全軍を出してくるようだ。


 侵攻日まで予告してきたあたり、

 弔い合戦としての意味を持たせようとしているのだろう。


「さて、知っての通りであるが、王国軍の総兵量は帝国の半分しかない」


 手元に配られた資料に物量差が示されている。

 やはり国の規模が違うため、帝国には数値で何一つ有利を取れていない。

 さすがは大陸で一番の強国だ。


「しかし、此度は連合国と神聖国が全面的に味方となる。

 総兵量は互角となる見込みだ」

「おお。心強いですな」


 ノーディッドが感心したように頷く。

 今までは連合国が中立を保ってたからな。

 これを味方に引き入れたことで、大陸の趨勢が一気に変化した。

 帝国を包囲できるため、連携次第で肉薄が可能になったのだ。


「基本の作戦としては、はじめに王国が帝国の軍勢を引き付ける。

 その間に、神聖国と連合国が共同して手薄なところに攻め込む」


 俺は配られた地図に侵攻ルートを書き込んだ。




挿絵(By みてみん)




 側面と背後を二国に突いてもらい、崩れたところを王国が正面から打ち破るといったところか。

 帝国は勢力こそ最強だが、戦時においては帝王のワンマンチームだ。

 帝都を取ってしまえば、他の帝国貴族たちはこぞって降伏するだろう。



「そこで、隊を『防衛』『侵攻』『遊撃』の三隊に分け、

 柔軟な用兵によって帝国軍を打ち破ってもらいたい。リムリス、編成表を」

「はい」


 次に配られたのは、なにやら分厚い目録だ。

 どうやら部隊の編成情報らしい。

 そこには『防衛』『侵攻』『遊撃』の三部隊の詳細が書かれていた。

 俺は順に上から目を通していく。



【防衛】

総大将◯……ナトレア・オルブライト・エリストリム【国王】

第一護衛軍(司令)●……リムリス・トルヴァネイア【天臣第三位・軍官】

第二護衛軍(司令補佐)……ガーフェン・キャメラント・アミティス【天臣第四位・政官】

第三護衛軍(司令補佐)……パベロ・キャメラント・カステリヤ【天臣第五位・祀官】

    ・

    ・

    ・

第十護衛軍



 まずは防衛軍。

 第一から第十までの部隊で編成されている。

 順番が若いほど多くの兵数を率いることになる。

 実質的な部隊内の序列だ。


 総大将を示す◯は当然、国王であるナトレア。

 指揮官を示す●は、リムリスの頭上に輝いていた。

 彼女が防衛軍の実質的なトップになるらしい。

 これを見て、四大覇公たちが首を傾げる。


「リムリス? ガーフェンとパベロは知己だが」

「そやつはトルヴァネイア家の才女デアル」

「へぇ……すごぉい、まだ若いのにねぇ……」


 しかし、リムリスは表情一つ変えない。

 その揺らがない姿勢は頼もしいな。

 この防衛軍は、もし帝国の牙が王都に届いた時のための予備兵らしい。

 あまり兵力は持たないようだ。

 まあ、王を命がけで守る近衛兵みたいなものだろう。


 次に戦争の花形、侵攻軍のところに目を通す。



【侵攻】

第一侵攻軍(指揮)●……ノーディッド・ハルバレス・ホルトロス【天臣第一位・王都双名家】

第二侵攻軍……ブラットン・ザジム・ワナキア【地臣第一位・東覇公】

第三侵攻軍……ビスチェ・ザジム・シャロニール【地臣第三位・南覇公】

   ・

   ・

   ・

第五十八侵攻軍



 うわ……第五十八部隊まであるのか。

 めちゃくちゃ多いな。

 ちなみに俺の名前がないか探したが、どこにもなかった。

 最前線にいかなくで済みそうで、少しだけ安堵する。


 だが、この編成表を見て不満を漏らす者がいた。


「ふん、やはり王都貴族を優先なされるか」


 東覇公ブラットンだ。

 どうやらノーディッド率いるホルトロス家に、指揮権を譲るのが悔しいらしい。

 王都貴族が絶対な王国の価値観に慣れているため、俺としては納得なんだけどな。

 その王都貴族の頂点に立つ王都双名家が、全てにおいて指揮を執っている。

 しかし、地方のエースとしてプライドが許せないのだろう。


 反発は予想していたようで、ナトレア姫は懇々と任命理由を説いていく。


「ホルトロス家は大陸中の傭兵に顔が利くのだ。

 ノーディッドを前線に送り込めば、帝国の傭兵たちも強くは動けぬ」

「うぅむ……」


 合理的な理由を持ちだされ、ブラットンは押し黙る。

 どうやらこれ以上の反論はしないようだ。

 ただ、ナトレアもアフターケアは欠かさない。


「無論、ワナキア家の武勇にも期待しているぞ。余の代わりに、帝王の首級を取ってきてほしい」

「……了承した」


 そこまで言われては、ブラットンも我を押しきれないのだろう。

 やるからには全力を出すと誓い、彼は静かに資料へ目を落とした。

 ちなみに南覇公ビスチェは最初から異議がないようだ。

 難しい顔をして編成表を読み込んでいる。


「最後に、遊撃の編成を見てもらいたい。

 国境線付近での輸送を主とし、戦局に応じて交戦もしてもらう」


 ふむ、かなり動きまわる役回りなんだな。

 俺は遊撃軍の編成表に目を通す。




【遊撃】

第一遊撃軍(指揮)●……ミレィ・ハルバレス・シャルクイン【天臣第二位・王都双名家】

第二遊撃軍……カステルロ・ザジム・グランポス【地臣第二位・北覇公】

第三遊撃軍……レジス・ディン【地臣第十五位・鎮西将】

   ・

   ・

   ・

第二十四遊撃軍



 部隊数は第一から第二十四まで。

 しかし、あることに気づく。


 なんか第三遊撃軍に場違いな名前が並んでいますね。

 恐る恐る視線を上げると、ナトレア姫と目が合う。


 彼女は意味深に二度ほど頷いてきた。

 やれってか。


「あら、意外と大任ね。まあ、わたくしの指示をよく聞けば大丈夫ですわ」


 ミレィが優越感に満ちた顔で俺の方を見てくる。

 やっぱり、指揮官はこいつになるのか。

 俺に用兵の心得などないので、ミレィの動きから学ぶしかないな。


「……デ、アルカ。デアルカ……デアルカ……」


 壊れたコンポのように呟いている男がいる。

 北覇公カステルロさんだ。

 彼にとって見れば、ミレィは自分に半分くらいしか生きてない若造だ。

 そんな貴族に指揮権を譲れという勅書にショックを受けているらしい。


「諦めろ。私ですらダメだったのだ。多分何を言っても覆らんぞ」


 東覇公ブラットンが彼の肩をポンポンと叩く。

 一番帝国とやりあっていたカステルロとしては、

 この戦いに特別な思いを抱いてるのかもしれないな。


 ただ、特に序列に関して紛糾はしなかった。


「前線の硬さは後詰の能力で大きく変動する。

 その仕事は多いぞ。時には前線の救援も行うゆえ、決して油断せぬように」


 遊撃軍、第三部隊。

 おそらく、多くの兵を率いることになるだろう。

 それこそ、ディン領で抱えている私兵とは、比べ物にならないほど。


 人の命を預かった経験は、前世にない。

 戸惑ってしまうが、うまく他の人と連携してやり遂げるしかない。

 会議が進んでいく中で、俺は覚悟を決めようとしていた。


「――ナトレア様。議題は以上になります」

「うむ、大儀であった。この議事録は直ちに全貴族に送られる。安心して帰途に着くがよい」


 そして、会議が終りを迎える。

 最後には和やかな雰囲気になっていたが、

 同時にみんな悟ったような顔をしていた。


 おそらく、全員わかっているのだ。

 これから始まる戦争が、色々なことを変えてしまうことに。


 もしかしたら国が滅びるかもしれない。

 よく知っている人が死ぬかもしれない。

 自分も殺されてしまうかもしれない。

 そんな現実が、今まさに眼前に迫っているのだ。


「次に皆が一堂に会するのは戦場だ!

 残り少ない平穏の日を噛み締めながら、最後の準備をするように!」

「はっ!」


 完璧に揃った国王への応答。

 こうして、諸侯は己の帰るべき場所へ帰っていく。


 俺もシャディベルガと合流して屋敷に戻った。

 最後になるかもしれない日常を、享受するために――




 帝国との開戦まで、残り30日。



 


次話→必ず

1章に出てきたあのドゥルフさんが元超絶エリートだったなんて…。

10章は短いのでもう数話で終わります。



――以下、告知――

現在、就職活動の準備で更新が滞っております。

この作品とは高3からの付き合いなので、もう3年以上連載していることになるんですね。

当然ですが、もう更新しないなんてことはないです。

完結まで書き切ります。


受験を乗り越えたと喜んで早数年、今回は就職という節目を迎えました。

もちろん私も続きを書きたいのですが、人生の懸かったこの勝負には負けられんのです。

ケリを付けたらさっさと戻ってきますので、首を長くして待って頂ければと思います。

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