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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第十章 大陸の落日編
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第二話 手がかり

 



 葬儀当日の朝。

 俺たちは無事に王都に到着した。


 予想外の事態が起きたりもしたが、なんとか間に合ったな。

 馬車から出てきたエドガーは大きくため息を吐いた。


「ふぅ……まさか脱輪するとは思わなかったよ」


 まったくだ。

 川の橋ゲタに車輪を持っていかれるなんて誰が予想できただろうか。

 車輪が川に落ちた上、車体が傾いて川に転落しそうになったからな。


 どこの組の陰謀じゃいと思ったが、普通に橋の整備不良だった。

 エドガーが即席で釣り竿を作り、車輪を回収したため事なきを得たのである。


「いやぁ……本当に助かったよ、エドガーさん」


 礼を言いながらシャディベルガが出てくる。

 頭を下げての謝辞に、エドガーは盛大に狼狽する。


「そ、そんな恐れ多い……! 隊商をやっていたので、慣れているだけですよ」


 まあ、実際グッジョブだったな。

 修理に成功しなければ間に合わない可能性もあった。

 予定通りに辿りつけたのはエドガーのおかげである。


 全員が馬車から降りたところで、シャディベルガが尋ねてきた。


「それで、レジスはどうする?」

「ん、昼過ぎから葬式があるんじゃないのか?」

「あるけど、レジスが必ず出席しろと言われてるのは即位式だからね」

「へぇ……そうなのか」


 つまり反対解釈すれば、葬式には出席しなくていいわけだ。

 シャディベルガはともかく、俺は直接的に多くの貴族を刺激してしまってるからな。

 葬儀なんてデリケートな場に出たら確実に目線が突き刺さってしまう。


 ここは遠慮なく別行動させてもらおう。


「それなら、俺は学院に行ってきていいかな?」

「ああ、再建されたんだったね。

 それじゃあここで別れて、夕暮れ後に宿で合流って形にしようか」


 そう言うと、シャディベルガは躊躇いなく歩いて行こうとする。

 しかし、俺はその背中を呼び止めた。


「護衛は大丈夫か? なんならエドガーをそっちに付けても――」

「平気だよ。ほら、こんなに衛兵が街を歩いてるんだから」


 シャディベルガの指す先を見る。

 確かに、今まで見たことがないほど衛兵が街を歩いていた。

 彼らに加え、貴族の私兵で街はごった返している。

 どうやら今日と明日は、最も王都で犯罪の少ない日になりそうだ。


「それじゃあ、僕はお先に。また後でね」

「ん、気をつけてな」


 返事をすると、彼はいそいそと王宮方面へ消えていった。

 治安がいいのは間違いないけど、本当に大丈夫かね。

 なにせ暗殺者シュターリンに襲われた実績があるからな。

 不安の種は尽きない。


 と、そんな俺の不安を見破ったのか、エドガーが肩に手を置いてきた。


「ふっ、抜かりはない。

 傭兵団の旧友に連絡して、密かにお父様を全力でお守りしろと頼んでいる」

「……お父様?」


 まあ、ありがたいけどさ。

 ずいぶんとかゆいところに手を届かせてくれるな。

 こいつ、抜けているように見えるが、実はやり手なのかもしれない。


「では、中央街を通って学院へ! 出発進行!」


 俺の腕を取り、高らかに学院へ向かおうとする。

 やけに張り切ってんな。

 というか、そんなに大きな声を出すと――


「……見ろよ、レジス・ディンだ」

「……あれが、使者を任されていた?」


 こうなるんだよなぁ。

 ヒソヒソ声と共に俺たちへ視線が集中する。

 若手の貴族たちが疎ましげに俺を見ていた。


「……賤しい面構えだ。旅路で野犬に食われればよかったのに」

「……媚びるのだけは上手いのだろうよ」


 相変わらず辛辣な罵倒だ。

 慣れていることなので、気にせず歩を進めた。


 すると、前方で異変が起きる。

 貴族や衛兵たちが道の両端に避け始めたのだ。

 モーセの来臨かと身構えたが、数秒後に原因の主が声を掛けてきた。


「あ、レジスさん! レジスさんじゃないですか!」


 乙女オーラ全開でこちらに走ってくる。

 見覚えのあるシスター服。

 手には重そうな聖書。


 それは間違いなく、俺のよく知る人物だった。


「……ソニアさん?」

「はい……無事に帰れていたんですね……!」

「ええ、おかげさまで」


 ソニア・ゴルダー・アストライト。

 連合国の筆頭商王にして、十六夜商会の責任者だ。


 目の前に立つ彼女は、俺の手を取って目をうるませている。

 他国の来賓者が加わったことで、俺に突き刺さる視線が3倍増しになってしまう。


「……バカな、なぜ連合国の覇者と」

「……汚らわしい! その欲まみれの手で、他国の王に触れるなよ」


 ひどい言い草だ。

 これが媚びてるように見えるのか。

 どうもこの世にある不都合は全て俺のせいらしい。

 アンラ・マンユかなにか?


「ソニアさんも来ていたんですね」

「ええ。葬儀の開始まで時間があるので街を歩いていました」


 やっぱり連合国代表として来てたみたいだな。

 しかし、心の準備もなしに道端でエンカウントしてしまうとは。

 何か気を利かせたことを言いたいが、とっさには思い浮かばない。


 されど、沈黙していては視線が気になってしまう。

 エドガーに助けを求めようとしたが、彼女はなぜか少し距離をとっていた。

 何してんだこの野郎。


 仕方がない。

 俺は咳払いをして話を切り出す。


「ここは首都と比べてどうです?」

「えっと……ちょっとピリピリしてますね。やはり有事だからでしょうか」


 普段通りと言いたいところだが、ちょっと違う。

 全員、王国の異変に気が立ってる状態だ。

 だからこそ、あまり目立った行動はしたくないのである。

 ただ、反対にソニアは使命感に燃えているようだった。


「王国との親密さをアピールすると共に、

 我が神を他国に広げる絶好の機会……! 頑張りますよ」


 なんか私欲入ってませんかね。

 また布教失敗のチェックシートが増えるだけだぞ。

 苦笑いをしていると、ソニアは少し淋しげに目を伏せた。


「でも……戦う相手が帝国というのは悲しいですね。

 500年前は、みんな協力していたのに」


 ああ、連合国は別に帝国と敵対してたわけじゃなかったもんな。

 王国の感覚では、いくら昔に遡ろうと不倶戴天の宿敵という扱いである。


「連合国にとっても、帝国は大きい存在なんですね」

「ええ、初代様の教えにも残っています。

 『帝国の二柱が四賢と共に在れば、邪神を討滅せしめたものを』と」

「……ん」


 ちょっと引っかかった。

 500年前の話をしてるんだよな、多分。

 その辺のことは詳しくないので非常に気になる。


「帝国の二柱というのは?」

「『風爆士ガロン』と『武練姫エレナ』のことですよ」

「……初耳です」


 ガロンとエレナ。

 大層な二つ名まで付いているようだが、全く聞いたことがない。

 しかし、向こうの国では常識レベルだったのか、驚いた目で見てきた。


「あれ? ”甌穴の工槌ダーティー・ポーンズ”と”征伐の雌牙ウォー・クイーンズ”って、ご存じないですか?」

「いえ、それは知ってます」


 昔、帝国に存在した旧制五軍の部隊たちだ。

 邪神大戦で華々しく砕け散り、取り潰し処分を受けたんだっけか。

 記憶をたどる俺に、ソニアは丁寧に教えてくれる。


「じゃあ話は簡単ですよ。

 ガロンとエレナはそれぞれ帝国最強の戦士として、

 それらの組織を率いて邪神大戦に参加した人です」


 ああ、話がつながった。

 要するに、その二人は甌穴の工槌と征伐の雌牙の団長だったわけね。

 当時の有名な戦士と言われても、俺は大陸の四賢くらいしか知らない。


 その陰に隠れて、強い人がいっぱいいたんだろうな。


「でも、あまり有名になってないってことは――」

「ええ。詳しくは不明ですが、

 単独で邪神と交戦した際、部隊ごと各個撃破されてしまったそうです」


 単独で、各個撃破か。

 状況はともかく、帝国の酒場で聞いた話と似ているな。

 先走った部隊が返り討ちにされて、そこから邪神の軍勢に崩されたんだっけか。


 当時の帝国の主力が一撃で葬り去られた事件だ。

 その辺のことも、図書館で調べられたら良いな。


「帝国の話もありますが、私はナトレアさんが心配です」


 ここで、ソニアがポツリと呟いた。

 本音であることが一発で分かるほどに、感情の入った気遣い。

 俺は姫様が泣きながら周りに当たり散らしていたのを思い出す。


「確かに、だいぶ取り乱していました」

「その悲しみ、悔しさ。そして辛さは大変なものでしょう。……私にはわかります」


 ああ、そうか。

 ソニアとナトレア姫には共通点があるな。

 二人とも信頼していた父親を殺されたんだ。

 だからこそ、ソニアには彼女の苦しみが分かってしまうのだろう。


「私には死を乗り越えられるよう祈ることしかできません。

 でも……それには時間がかかると思います」


「――ソニアさんは、どうなんです?」


 ふと、無意識に。

 ナトレアの心配ばかりするソニアに尋ねてしまっていた。

 辛い記憶を刺激してしまうかと危惧したが、彼女は安らかな笑顔を浮かべた。


「私は、大丈夫です。向き合うことができましたから。

 父様の死とも、その原因を作ったゼピルさんとも」


 ああ、よかった。俺は胸をなでおろした。

 彼女が向き合えたのは、きっと納得の行く決着を迎えられたからだろう。

 連合国での激闘に思いを馳せていると、ソニアが俺の手を握ってきた。


「何くわぬ顔をしていますが、レジスさんのお陰なんですよ?」

「……え?」

「あの日。

 日輪も登らぬ早朝、私を抱いてくださったことは今でも忘れません」


 思い切り吹き出した。

 連合国代表の爆弾発言に、辺りの貴族たちがざわめきだす。


「れ、レジス! それは本当か!?」


 距離をとっていたエドガーまでもが食いつく始末だ。

 本当に、とんでもない失言をしてくれましたねぇ。

 耐え切れず、俺は呻くように弁解した。


「言葉の綾だっての。ソニアさん、訂正してください」

「こ、これは失礼しました。

 ですが、あの時のレジス様の指先は本当に情熱的で、予想外にたくましく――」


 たくましいのは妄想力だけなんだよなぁ。

 俺の記憶だと、泣き縋るソニアの頭を撫でたことしか覚えていない。

 というか、それしかやってない。


 必死の弁明をしつつ、俺は彼女に恨み言を吐いた。


「……ソニアさん。十六夜神教は不埒なことを考えてもいいんですか?」

「ご、ご迷惑をお掛けしてしまったようで……ごめんなさい!」


 どうやら悪意はなかったらしい。

 そんなに謝られると、責める気も起きなくなってしまう。

 言葉に窮していると、ソニアは強引に誤魔化そうとしてきた。


「と、とにかく。レジスさんには感謝の念が尽きないのです」

「勅命に従っただけですよ。ただ、それだけです」


 ソニアに出会ったのも、慰める結果になったのも。

 元々は国王の命令で連合国に赴いたからに他ならない。

 仕事でやった以上、過度に感謝されると困惑してしまう。


「そんなに謙遜されると……否定されているみたいで寂しいです」

「い、いや……そんなつもりはないです」


 普通に肯定しておけばよかった。

 なんかまた目に涙が浮かび始めてるし。

 まずい、連合国の代表を泣かせたとなれば国際問題になる。

 早めに切り上げて難を逃れるとしよう。


「それじゃあ、俺達は別件で用事があるので、そろそろ――」

「ええ。それではまたお会いしましょう」


 意外とすんなり解放された。

 ソニアはすっきりした表情で反対側の道に歩いて行く。

 お偉いさんにいきなり会うのは心臓に悪いから、なるべく勘弁してもらいたいところである。


「ふっ、レジスがまた知らない女性と知り合いに……」


 横ではなぜかエドガーが遠い目をしていた。

 こいつめ、自分だけ安全圏に逃げおって。

 ただ、なにやら邪推されているようなので牽制しておく。


「連合国の重鎮だ。あれでいて恐ろしいぞ、勧誘とか」

「誘うのなら私も負けていないが」

「お前が誘えるのは酒道だけだろ」

「……手厳しい」


 突っ込みが堪えたのか、エドガーはがっくりうなだれていた。

 そんな彼女を伴い、俺は目的地である学院に向かうのだった。




     ◆◆◆



「どうだ? かなり元通りになっただろう」

「ああ……というか破壊前より立派だな」


 目の前に広がるのは荘厳な建築群。

 中央に位置する学舎を始め、四方には研究棟が立ち並んでいた。

 見慣れた光景だが、全体的に新品になった感じがする。


 そして元ラジアス家の私有地だった場所には、とてつもなく大きい建築物が立っていた。


「ここが――王立図書館だ」

「これまたすごいのを作ったな」


 思わず感心してしまう。

 巨額を投じて建てられた箱物だとひと目でわかる。

 全部で7階建てか、下手をすると学舎より立派なんじゃないか。


 それ以前に、一つ気になることがあった。


「なんか、一般市民も入館してないか?」

「ああ。一階は普通の図書館で、一定の基準を満たせば平民の学外者でも利用できるんだ」

「へぇ……貴族至上主義の王国がよくもまあ」


 昔の平民を蔑視する風潮からは考えられない進歩だった。

 それこそ北の貴族街を平民が歩いただけで斬り殺されそうになっていたのに。

 まあ、その原因となっていた貴族たちは、ラジアス家の反乱で軒並み潰れたからな。

 新しい風が王都に吹くようになったのだろう。


 図書館に入っていく平民たちの顔を見て、心底そう思う。


「でも逆に言えば、二階以上に行くには許可が必要なんだよな」

「その通り。そこであたしの出番というわけだ!」


 彼女は自信満々に入館していく。

 後を追うと、彼女はすぐさま二階への階段へ向かっていた。

 フロアはずいぶん広く、すさまじい蔵書量が期待できる。


 階段を登ると雰囲気は一変し、鉄格子で仕切られた扉が見えた。

 その手前には受付が設置されている。

 エドガーはドヤ顔で胸元から何かを取り出した。


「王都魔法学院の教員証だ。わけあって失職しているが、学院関係者であることは証明できるだろう?」

「ええ、問題ありません」


 愛想よさ気に職員は頷く。

 しかし教員証をじっと注視すると、舞い上がっているエドガーを呼び止めた。


「あ、利用手続が済んでいませんね。

 申し訳ありませんが、申請所が1階にありますので先にそちらをお願いします」

「あ、はい」


 扉の前で待機していたエドガーは呆けた声を出す。

 彼女は気恥ずかしげに教員証を受け取っていた。

 そんな彼女にひやかしの声をかける。


「決まらないな」

「う、うるさい! 行ってくるから待っていろ!」


 そう言って、エドガーはへ階段を駆け下りていった。

 利用手続きは盲点だったな。

 小さく息を吐きながら、俺はあたりを見渡す。


 備え付けのソファでは、王都民が熱心に本を読んでいた。

 どうやら扉の手前までは誰でも使用できるスペースであるらしい。

 以前では考えられなかった光景だ。


 ラジアス家を含め北の貴族街が一掃されたことで、

 平民蔑視の風潮が和らいだのかもしれない。良い変化だ。


「……ん」


 ふと、扉の横にもう一本廊下があることに気づく。

 こっちに書庫があるというわけではなさそうだが――

 俺は受付の人に確認をとった。


「こっちの廊下はどこに続いてるのかな?」

「貴賓室です。個室になっており、王宮臣の方にくつろいで頂くための場所です」

「へぇ……俺みたいな辺境貴族は使えそうにないな」

「ええ、残念ながら。しかし、廊下を歩くぐらいでしたら問題ありませんよ」


 貴族間でも格差を感じる次第だ。

 しかし、廊下を歩くだけなら大丈夫て。

 どこの暇人がそんなことをするんだ。


 されど、今の俺が時間を持て余しているのもまた事実。

 仕方がない。エドガーが戻ってくるまでもうちょっと掛かりそうだし、少し見学してみるか。

 完全なるブーメランを投げつつ、俺は頷いた。


「じゃあ、ちょっと歩いてきます」

「ごゆっくり」


 受付の横を通過し、華やかな宮仕え貴族専門のゾーンへと歩いて行く。

 いくつもの部屋の前を通過し、突き当たりまで至る。

 うむ、変哲のない廊下だった。


 完全に時間の無駄だ。

 折り返して戻るとするか。


 そう思った瞬間、対面から身なりのいい男性が歩いてきた。

 肩を怒らせているその人物は、俺に気づくことなく部屋の一つに入っていく。

 それを横目で流し、俺は受付まで戻ろうとした。

 だが、ここで部屋の中から声が漏れてくる。


「やはりここにいたか」

「おや、父上が護衛なしとは珍しい。よくここにいるとわかりましたね」


 ピタリ、と足が止まった。

 先ほどの男性とは別に、聞き覚えのある声がしたのだ。

 涼やかで凛とした、少し低めの声。


 内大臣リムリス・トルヴァネイアの声だ。

 図書館に来ていたのか。


「召集に応じないとはどういうことだ? 何度呼び出したと思っている」


 なにやら修羅場の予感。

 やることもないし、少しここで待機してみるか。

 エドガーがまだ来てないことを確認し、部屋の中の声に耳を傾ける。


「失礼しました、なにぶん姫様の補佐で忙しいもので」

「――話の場を変えるぞ。ついてこい」

「お断りします。用件があるのでしたらここでどうぞ」


 やばい、めっちゃギスギスしてる。

 乱闘が起こらなければいいが。

 懸念していると、リムリスが鬱陶しげに尋ねた。


「それで、なんでしょう。説教はまたの機会にして欲しいのですが」

「はっ、説教? 何の話だ。私はお前をねぎらいに来たというのに」

「ねぎらい?」


 リムリスが声だけで胡散臭がっているのが分かる。

 どうやら父娘の関係はあまり良好なものではないようだ。


「褒めてやろう、よくぞ今日まで姫に取り入った。

 これでトルヴァネイア家は王宮随一の執政官になろう」

「取り入った、ですか。私に下心があったと仰りたいのですね」

「瑣末なことはどうでもいい。

 ただ、お前の役目は終わった。あとのことは長弟に引き継いでもらいたい」


 ん、長弟に引き継ぎ?

 まさか、リムリスを引退させるつもりか。

 そんなことになれば王国にとっての損失だ。

 立てる聞き耳にも熱が入る。


「約束をお忘れですか?」

「最も殊勲を上げた者を跡継ぎにする、だったか?

 忘れたわけではないが、そんな約定は国勢と共に変わる。諦めろ」


 お父様、ずいぶん厳しいですわね。

 約束を反故にして開き直るあたり評価が高い。

 父の発言を受けて、リムリスも声が刺々しくなる。


「私以外の者に王へ仕える適性があるとは思えませんが?」

「それを抜きにしても、お前は問題外だ。

 代々男系であるトルヴァネイア家の次期当主が女であると知れば、

 他の廷臣からどのような目で見られると思う?」


 あぁ、体面を気にしているのか。

 俺からすれば、性別を超えて実力で君臨する人なんてのは、尊敬モノだというのに。

 当主である父親からすれば、誇らしいことではないようだ。


「女性当主がそこまで珍しいですか? 王都三名家のシャルクイン家は――」

「勘違いするなよ。

 シャルクインは初代国王と旗揚げをした例外中の例外。

 我ら成り上がりの廷臣とは事情が違う」


 リムリスが就いている役職は内大臣。

 王宮の中ではトップクラスである。

 しかしそれを差し置いて頂点に居座るのが、あの王都三名家なのだ。


 ふと、否定し続ける父親に業を煮やしたのだろう。

 リムリスは寒々しい声で問うた。


「では、父上はどうしたいのですか?」

「内大臣の後釜には長兄を据え、お前には嫁に行ってもらう。

 そうして政務は私が実質的な舵を取る。さすれば国勢にも大きな影響は出ぬさ」

「職務の任免は陛下が決めることですが?」

「他ならぬお前が言い出せば、あの姫も断らんよ」


 不穏な話になってきたな。

 リムリスの兄貴を要職に据えるため、任命権を持つであろう姫に辞職を願えと言っているのだ。

 その上で、リムリスはどこかの家に嫁げと。


「話になりませんね。トルヴァネイアの誇りはどこへ行きました?

 逆臣と呼ばれる前に考えを改めて頂きたい」

「逆臣、だと?」


 その言葉はさすがに堪えたようだ。

 父親の声は確実に動揺していた。

 しかし、リムリスはさらに追い打ちをかける。


「なぜ陛下は、内大臣という重職を当主の父上ではなく私に託したのでしょうね」

「……ふん、色ボケただけだろう。それに、陛下は私を嫌っていたフシがあるからな」

「自覚があったのですね。それが答えです」


 不穏な空気がドア越しにも伝わってくる。

 だが、父親が口では勝てないと悟ったようだ。

 力押しは諦めたようで、忌々しげに溜め息を吐く。


「チッ……まあいい、当主問題は保留にしてやる。だが、必ず婚姻は結んでもらうぞ」

「お断りします」

「周りを見ろ。どこに25を超えて嫁に行かない娘がいる?」

「私は廷臣。女としての値打ちなど不要です」


 さらりと父親殿が酷いことを言ったな。

 確かに25歳以上の婚姻率はめちゃくちゃ高いけど、例外だっているんですよ。

 今必死に図書館の申請をしてくれてる人とかな。


 断固として断るリムリスに、父親は猜疑的になっていた。


「……そこまで渋るのは、あの男が原因か?」

「他人は関係ありません。私の意志です」

「――バド・ランティスだったか?」


 父親がその名を呼んだ瞬間、リムリスの返事が途絶えた。

 表情を窺いたいが、残念ながら聞こえてくるのは声と物音だけだ。

 しかし、黙り込んでいる娘を前に父親は続ける。


「本当に、薄汚い輩だ。やはりお前に友人を選ばせたのは失敗だったよ。

 邪魔な小僧が死んでくれたと思えば、その相方が娘を狙っているのだからな」


 次の瞬間、シャリンという鋭い金属音がした。

 聞き間違えることなどない。

 それは紛うことなく、抜剣の音である。


「父上――娘に斬り殺される最期がお望みですか?」


 ゾッとするような声だった。

 物静かな人が本気でキレると、こういう怒り方になるのだ。

 ここらでやめとかないと本当にやばい。

 しかし、父親は言ってしまった。


「くだらん脅迫はやめろ。

 それに、その顔色で確信したよ。

 お前はあの陰気男にたぶらかされている。

 女としての価値を下げるのはやめたらどうだ?」


 次の瞬間、ドタンッと大きな音がした。

 そしてほぼ同時に「ひっ」という恐怖に駆られた声がこだまする。

 音からして、リムリスが刀を振り、父親が尻餅をついたのだろう。


「謝る。まずは謝ろう……! だから、しまえ! その剣を、早く!」


 お父さんめっちゃ弱気ですやん。

 まあ、それほどまでにリムリスが本気で殺気を放ったのだろう。

 衣服を払う音の後、憎らしげな声が響いてくる。


「この狂乱娘めが……だが、撤回はせん。

 次に縁談を用意するまでに、奴とは縁を切っておくんだな」


 肩で息をする声の後、こちらに近づいてくる足音がした。

 いかん、身を隠さねば。

 俺は神がかった投身でソファの下に隠れた。

 斧男の気持ちが今なら分かりそうな気がする。


 父親は後ろから斬りかかられることを恐れてか、一目散に逃げていった。

 ふっ、大貴族ともあろうお方が言い逃げとは。

 謎の笑みを浮かべつつ、俺はソファから姿を現す。

 まったく、とんでもない現場に遭遇してしまったものだ。


 と、ちょうどその時、受付でキョロキョロしているエドガーを発見した。

 おっと、早く合流しないと。

 

 俺は慌てて彼女の元へ走っていく。

 その途中、先ほどの部屋の前を通った瞬間――



「……なんで、わかってくれないんだ」



 リムリスの声が静かに響き、やがて虚空に消えていった。




     ◆◆◆



「なるほど……ここが例の書庫か」


 エドガーが申請を済ませてくれたおかげで、なんとか中に入ることができた。

 身体チェックや刃物の預け入れなど、なかなかに条件が厳しかった。

 しかし俺達が今いるのは、学院関係者しか立ち入ることのできない秘密領域である。


 期待感を胸に書庫に入った瞬間、俺は思い切りむせ返った。


「……ゲホッ、ゴホッ」

「ほこり臭いな。本当に遺物の本をかき集めただけの空間だ」


 エドガーはなんともない様子。

 気管支が強いらしいな。


 俺は息を整えつつ、書庫の全体を見渡す。

 経年劣化した数十年モノの紙束が所狭しと陳列されていた。

 中でも変色の激しい書物を一つ手にとって見る。


「うわ、すごいな……250年前の書物だ」


 内容は火魔法の体系書で、今では常識である内容が新発見として記載されている。

 紙の歴史的な価値はともかく、あまり役に立ちそうにないな。


「どれ、私もちょっと剣術関係の書を探してみよう」


 エドガーも興味津々のようで、書庫の奥へと突き進んでいく。

 俺はそれについて行かず、手近の本棚を改めて確認した。


 やはり、ただ古いだけの書物が多い。

 取り潰された貴族の蔵に眠っていた物をかき集めたからだろう。

 見る限りだと、特に目ぼしい書物はないようだ。


 しばらく書架づたいに歩いていると、他とは毛並みの違う書物を発見する。


『魔素抽出による機工燃料の膨張実験』

『魔力の浮力変換と船舶機構に関する研究』


 読むだけで目が回りそうである。

 機械と魔法を組み合わせた魔工学の研究書物だ。

 一介の貴族がこんなものを蔵書していたとは考えにくい。


「ん、この棚……」


 違和感を覚えた俺は、書架の上方を見る。

 プレートにはこの書物がどこから接収されたか記載してある。

 そして、そこにある名前は意外なものだった。


 ――押収品『ラジアス家』


 ラジアス。

 王都三名家の一つにして、王家に反乱を起こした反逆の貴族。

 当主クロードと子息のジークが息絶え、家は断絶されている。


 この家なら、何か面白い書物があるかもしれない。


「なにかめぼしい物は……」


 と、ここで棚の3段目にある書物を見つける。

 今にも崩れ落ちそうなほどボロくなった紙束。

 そこには変色したインクでこう綴られていた。


『旧制五軍覚書おぼえがき


 年代を確認する。

 邪神大戦の直後に書かれた書物だ。

 つまり、500年ほど昔の紙である。

 ページ欠損の多さが気になるが、よく残っていたな。


 当時の帝国の機密が書いてあるようだが、なぜこんなところにあるのか。

 と思ったが、ラジアス家はそもそも帝国と通じていたんだったな。

 下調べとして入手していたんだろう。


 ページをめくると、タイトルの通り帝国の旧制五軍についての説明が載っていた。

 俺は慎重にその内容を吟味していく。



『【甌穴の工槌ダーティー・ポーンズ

 特異な魔法師を集め、破壊工作に特化した工兵部隊。団長の名はガロン・ゲイル。

 幼少からの戦友と共にダーティー・ポーンズを組織。

 井戸への毒物投下や虐殺による挑発など、非人道的な戦略を多く担った。

 団長ガロンは魔力の膨張圧縮を得意とし、帝国史上無二の魔法師と讃えられた。

 しかし邪神大戦の前期にて、無謀な突出により総攻撃を受け部隊は壊滅。団長の生死は不明』



 このガロン・ゲイルっていうのが、

 ソニアの言っていた帝国最強の二人の片割れか。

 魔力の膨張や圧縮において右に出る者はいなかったらしい。


 なぜ、邪神と直接対決する前に散ってしまったのだろう。

 疑問に思いつつ、次の項へと目を通す。



『【征伐の雌牙ウォー・クイーンズ

 女性のみで組織した突撃部隊。団長の名はエレナ・マクシミリアン。

 苛烈な攻勢を仕掛けることで国内外で恐れられた。

 中でも団長エレナは模倣の天才であり、一度見た魔法や技術を体得することができたという。

 邪神大戦の前期にて、邪神による攻撃を受け部隊は壊滅。団長の生死は不明』



 何度見ても、女性のみで組織ってのがすごいな。

 何かこだわりでもあったんだろうか。

 あと、このエレナ・マクシミリアンっていうのが帝国最強のもう片方っぽいな。


 模倣の天才って、すごいざっくりした説明だ。

 ただ、何でも真似できたってのは恐ろしいな。

 こっちも邪神と戦えていれば、何か戦局が変わったかもしれないのに。


 残念に思いつつ、他の項目を見る。

 ページが欠けているのもあって、他はあんまり面白いことは書いてないかな。

 そう思ったが、最後の最後で気になる部隊について書かれていた。



『【遊撃の馬蹄ワイルド・ナイツ

 帝王の外戚が率いた上級貴族のみの騎馬軍団。

 団長の名はダルネロ・ザジム・ガンドレア。

 練度に問題があったようで、邪神大戦以前で目立った功績は確認できない。

 しかし邪神大戦においては、予想に反して獅子奮迅の活躍を残した。

 その功績が認められ、邪神大戦後に英雄として崇められた。

 ゆえに旧制五軍で唯一廃止や改組を免れている』



 やっぱり、この部隊だけが現代まで残っているのは功績があったからなのか。

 でも、邪神大戦以前では全然目立ってなかったらしい。

 そんなのがラスボス戦でいきなり覚醒したってことになる。

 なんか胡散臭さを感じるな。


 最後まで目を通した上で、その書物を閉じた。

 その時――頭の中に一つの道筋ができた。

 それは不確かながら、じわじわと真相に迫っていく感覚。


 書物を戻し、改めて書架を確認する。

 他はまともに読めそうな書物がないな。


「どうした? なにか面白いがあったか、レジス」


 ふと、ここで右の肩を叩かれた。

 彼女も何か良いものを見つけたようで、充実感に満ちた顔をしていた。

 そんなエドガーに、俺は本音で答える。


「ああ。長年の疑問に、ようやく答えが出そうな……そんな気がするんだ」


 少し、不透明な言い方になってしまう。

 だが、それも致し方ない。

 思い浮かんだ推測は、現時点では仮説に過ぎないのだから。


 とはいえ、これはいかん。

 エドガーの前で弱々しさを見せてしまった。

 こういう時、奴は必ず意地悪げに絡んで来るんだ。

 とっさに身構える。


「へぇ……」


 しかし、当の彼女は感心した表情を浮かべていた。

 頭をワシャワシャとやってくる気配もない。

 あれ、予想外。


「珍しいな。いつもみたいに茶化さないのか?」

「レジスが真剣な目をしてたからな」


 まっすぐにそんなことを言われる。

 どうやら、茶化せないほどマジ顔になっていたらしい。

 自覚はなかったんだけどな。


「逆に、普段はいじる時を選んでたのかよ」


 完全に無差別攻撃だと思ってた。

 すると、エドガーは心外そうに告げてきた。


「当たり前だ! ちなみに一番レジスが反応してくれそうな時を見計らっている」

「そんなの見計らわなくていいから」


 溜め息を吐きつつ、俺達は書庫の出口へと向かう。

 もう手に入れたい情報は手に入った。

 あとはこれを基に、俺の方で煮詰めるだけだ。


 しかし――


 一生感謝することはないと思っていたが、撤回しないといけないな。

 奴らがいなければ、この考えには至らなかった。

 俺は扉をくぐりながら、かつての宿敵に言葉を手向けたのだった。



「――ありがとな、ラジアス」





 こうして、俺達の一日は終わった。

 日中に行われた国王の葬儀は、つつがなく完了したという。

 夕刻にシャディベルガと合流し、俺達は王家の用意した宿舎で眠りに落ちた。



 そして、翌日。

 俺が正式に呼び出しを受けており、波乱の匂いが充満する式典。


 新国王の戴冠式が――いよいよ始まろうとしていた。


 

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良いお年を。

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