第一話 蠢動の予感
エドガーの話は興味深いものだった。
国王が倒れる前日、エドガーはある女と交戦したらしいのだが――
剣を交えた女が、国王の死を予言するようなことを言ったのだという。
「あたしと会った時には、既に暗殺の仕込みは終わってたみたいだ」
エドガーの証言と、重臣から説明された話。
その二つを元に、事件の流れを整理する。
ことが起きた日の昼頃。
王宮付近を警護していた衛兵達が失踪。
交代時間になっても戻らないことを不審に思い、詰め所の衛兵が周囲を捜索した。
その時、裏路地から悪臭がするとの報告を受け、現場に赴いたという。
するとそこには、王宮衛兵の装備数式と、謎の液体が残されていた。
グズグズの液からは死臭にも似た匂いがしたそうだ。
検分したところ、その液体が元人間であったことが発覚。
衛兵たちはすぐさま王宮に危機を知らせた。
全ての出入り口を固め、王の安全を確保する布陣を敷いたそうだ。
しかし王宮内への侵入者は確認されておらず、
国王の周辺には暁闇の懐剣がフルメンバーでそろっていた。
それ以降、不審者は王宮付近で発見されなかったらしい。
そして、王宮で厳戒態勢が取られたのと同刻――
王都の中央街近くでエドガーが下手人らしき女と鉢合わせたらしい。
善戦していたらしいが、女は戦闘を続行せず逃走した。
その日の夜のことだ。
国王が原因不明の病に倒れたのは。
しかし、実を言うと被害はそれだけではなかった。
王宮に危機を知らせた衛兵と、その知らせを受け取った暁闇の懐剣。
それらがほぼ同時刻に即死したらしい。
「王宮には侵入されてないのに、それだけ被害が出たのか……?」
「ああ。さすがにこんなことは初めてだろうな」
「ちなみに、その女のことは王宮に報告したのか?」
「もちろん。ただ、国王の急死で捜査が遅れているみたいだ」
無理もない。
王宮は今でも事件の後処理に追われているのだから。
それでも関所の監視を強化したり、最低限の聞きこみを行ったりしたらしい。
しかし、収穫は一つも得られなかったそうだ。
下手人は霧のように消えたということか。
と、ここでウォーキンスがエドガーに尋ねた。
「それとは別件で、王宮外の宝物庫にあった竜神の匙が破壊されたらしいですね」
「ええ。こちらも下手人は不明だとか」
エドガーは神妙に頷いた。
まあ、エドガーが出会った女の仕業と見ていいだろう。
ここで問題なのは、なぜピンポイントで竜神の匙を壊したか。
そして、国王がなぜ『永劫の不治』に似た病で崩御したかだ。
もし罹患した病が例の難病なら、こんなに都合よく発症するか?
まして、その治療を可能にする竜神の匙を、発症前に破壊したりするか?
無論、ここまで偶然が重なったりはしないだろう。
俺の言いたいことを汲んでくれたのか、ウォーキンスは眉をひそめた。
「……嫌な気配を感じますね」
「ああ」
ノイズのような、不純物の混入を感じる。
エドガーもそれは察しているようだが――
「でも、下手人が帝国の暗殺者であるとの書状を残していったのは事実。
今の段階では、帝国の手によるものという見方しかできないな」
彼女の言うとおり、王国を敵視する帝国の謀略である可能性が高い。
帝国の脅威に怯える他の国が、盾となってくれる王国を攻撃するとは考えにくいのだ。
「でも、本当に強かったな……あの女」
相対した時の興奮が蘇ったのか、エドガーは武者震いしていた。
「ちなみに、どんな攻撃をしてきたんだ?」
「火を纏わせた斬撃――獄炎剣。
五剣帝のシャマクートとかいう奴から奪った技だと言っていた」
「シャマクート?」
それって確か、海外の逸話に出てくる精霊剣士『炎刃帝』の真名だよな。
炎を統べる烈火の武人で、五剣帝の一人。
数多の神と渡り合ったが、大精霊である『魔眼公アスティナ』に敗れて死んだんだったか。
「まさか、エドガーの戦った相手って――」
「魔眼公じゃないかって言いたいんだろ?
でも、瞳に変わったところはなかったし、魔眼とやらを使う素振りすら見せなかったぞ」
「……ふむ」
なら別人か。
単に魔眼抜きで戦ってただけという可能性もあるが。
断定はできんね。
「――奪った、技」
ここで、ウォーキンスがボソリと呟いた。
一瞬だけ覗いた彼女の瞳は、驚きで瞳孔が開いていた。
「どうした? ウォーキンス」
声掛けへの反応も薄い。
どうやら何かを懸念しているらしい。
彼女はしばらく沈黙した後、エドガーに視線を移した。
「相手は他に……技や魔法を使っていませんでしたか?」
「そういえば――」
エドガーは天井を仰ぎ見る。
そして当日のことを思い出し、衝撃的なことを告げてきた。
「大陸の四賢のエルフから奪った水魔法、と」
「それって――」
俺は思わず立ち上がりかけた。
大陸の四賢のエルフ。
かつ、水魔法を奪われた魔法師。
そんなのは一人しかいない。
アレクだ。
そして彼女から能力を奪った存在は――
「エドガーさん。
その女性はもしかして、私に似ていませんでしたか?」
俺が思案していると、ウォーキンスが深刻そうに尋ねた。
一瞬、どういう意味かわからなかった。
その問いに、エドガーも困惑して答える。
「いえ……似てもに似つきません。
ただ、名前は”百万殺し”のタリムと……」
「そう、ですか」
エドガーの返答を受けて、ウォーキンスは脱力した。
椅子に深く腰掛け、小さく息を吐いている。
真意を確認するため、俺は彼女に耳打ちした。
「もしかして、邪神か?」
「……一瞬ですが、そう思いました。
しかし邪神は封印されていますし、類似の力を有する者は一人しか心当たりがありません」
「なるほど。その一人に該当するんじゃないかって思ったわけだな」
ウォーキンスはコクリと頷く。
他人の魔法や技を簒奪する能力か。
邪神がその使い手であるとは聞いていたが、他にも似たような芸当が可能な奴がいるのか。
「でも、エドガーさんの話からすると別人のようですね」
つまり、邪神関係の可能性は薄いと。
まあ、張本人は帝国の山に封印されてるからな。
手も足も出ない状況で王都まで出張ってこれるはずがない。
しかし、気になるな。
邪神の他に人の能力を奪えるという輩は、ウォーキンスに似ているのか。
「どうやら、帝国以外にも気を払う必要があるみたいだな」
「ええ。私も警戒しておきます」
ウォーキンスは俺の手を握ると真摯に告げてきた。
まあ、彼女がいれば恐れるに足らず。
俺は目の前のことに集中しよう。
と、ここでエドガーが話題を変えてきた。
「そういえば、王都の復興によって魔法学院が復旧したぞ」
「へぇ……早いな」
完膚なきまでに壊されてたってのに。
ジークによる爪痕もほぼ消え去ったそうだ。
修復魔法のお陰だね。
「それで、学院内に王立図書館が新しく作られたんだ」
「図書館?」
「ああ、ラジアス家の反乱があっただろう?
あの時に粛清された貴族の書物が、まとめて保管されたらしい」
「それは気になるな」
各貴族の家に伝わる秘伝書などもあったはず。
それらが回収されて閲覧できるようになっているらしい。
新発見の匂いしか感じない。
学者にとっては垂涎モノだろう。
「王都に行く用事があるなら見ていくといい。
未分類の書物も多く、掘り出し物が見つかるかもしれないぞ」
「そうだな、行ってみたい」
「あ、でも学者や一部の学院関係者しか使えないからな」
「え……」
思わず言葉が詰まった。
でも、そりゃそうか。
誰にでも見せてたら悪意のある使い方をされかねない。
利用者を制限するのは当たり前だ。
しかし、そうなると俺がピンチだな。
俺がいた時は休学制度などは皆無で、
学院を離れれば金を取られて退学処置というデメリット尽くしだった。
そのため自主的に退学手続きをしたのだが――
いや、でもどうなんだろう。
一応、中退者も学院関係者に該当するのか?
線引に悩んでいると、エドガーがふふんと不敵に笑った。
「大丈夫だ。あたしが元教員として利用申請をしている。
同伴者として入館すれば問題なく書物を漁れるぞ」
おお、ありがたい。
さすがエドガー。
でもそこまで用意がいいなら先に言ってくれよ。
「なら、お願いしていいか?」
「もちろんだ!」
俺の頭をワシャワシャと撫でて快諾するエドガー。
まあ、王都に行った時の楽しみが増えたのは喜ばしい。
エドガーには感謝だな。
「それじゃあ改めて、情報ありがとうな」
「私も大変参考になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、そんな! 大したことはありませんよ」
エドガーは照れたように謙遜する。
いやはや、無邪気な姿を見ていると心が浄化されるな。
いいものが見れた。
だけど――
俺はちらりと横を見る。
いつもどおり、穏和に微笑んでいるウォーキンス。
しかし、どこか浮かない顔をしているように見えた。
原因はやはり、国王を殺害した下手人のことだろうか。
何かが水面下で蠢いているのは、俺も感じている。
だが、今のところ有効な手立てはない。
ウォーキンスもそれがもどかしいのかもしれないな。
彼女のことが気になりつつも、
俺は客人を応対して半日を過ごしたのだった。
◆◆◆
夕刻頃。
居間にはディン家の人間が集まっていた。
俺、シャディベルガ、セフィーナ。
そしてウォーキンスとエドガー。
計5人がいる中で、シャディベルガは申し訳なさそうに告げてきた。
「――と、いうわけで。
療養中ですまないが、僕と一緒に王都に行ってくれるかい。レジス」
「いいよ。そもそもそのつもりだったし」
やっぱり勅命には勝てなかったよ。
まあ、王宮から俺も来いと言われているのだ。
最初から行かない選択肢などなかった。
俺とシャディベルガの祭典出席が確定したところで、セフィーナが胸に手を当てて宣誓した。
「……留守は任せて。得意だから」
自宅警備のプロというわけか。
奇遇だな、俺も数年経験したことがあるよ。
簡単そうに見えて実は奥が深いんだよな。
いかに同居人の目から逃れるかとかさ。
関係ないことを考えていると、シャディベルガは嫁とイメージトレーニングをしていた。
「じゃあ、もし侵入者がいたらどうする?」
「……さらし首?」
自然な流れで物騒なことを言い出しましたよ、このお嬢さん。
セフィーナの返事に、シャディベルガはため息を吐く。
「ダメ。血の気多すぎだよ」
「……じゃあ、拷問」
「違うでしょ」
「……尋問、審問、詰問。どれ?」
「どれも違うって! まずは安全な場所に逃げるんだよ」
侵入者絶対殺すマンかな?
まともな返答が出なかったので、ついにシャディベルガもしびれを切らした。
夫の困惑にセフィーナは少し楽しそうだ。
「……冗談。本気にしてる?」
「セフィは猪突猛進なところあるからね」
シャディベルガが肯定すると、セフィーナの顔から笑みが消えた。
そしてシュンとした落ち込みを見せる。
「……心外」
「思慮深いセフィーナ様になんということを……」
ウォーキンスが芝居じみた驚きを見せる。
二対一の状況に追い込まれ、シャディベルガは頭を抱えた。
「いや、お願いだから援護射撃しないで」
「ふふ、セフィーナ様の仇討ちです」
相変わらずセフィーナとウォーキンスは茶目っ気に溢れてるな。
傍から見ている分には非常に楽しい。
夫いじりも気が済んだのか、セフィーナは真面目トーンで尋ねた。
「……ウォンはどうする?」
「今回はセフィーナ様のお傍にいたいと思います」
「……そう? 意外」
セフィーナも少し驚いている様子だ。
ウォーキンスが留守を希望するのは確かに珍しいな。
「王都に全貴族が集まることで、王都全体に衛兵が置かれます。
不埒者の暗躍する余地はないかと」
仰るとおりだ。
示威行為も兼ねて、貴族たちはすさまじい数と練度の兵を連れてくるだろう。
むしろ屋敷が手薄になるレベルである。
「ですが――これはあくまでも私の判断。
別のご指示があれば、もちろんそちらを優先いたします」
ウォーキンスはあくまでも迂遠に頼み込んでいた。
まあ、彼女がわざわざ進言するということは、それなりに理由があるのだろう。
特段反対する理由もない。
「……私は構わない。シャディとレジスは?」
「ウォーキンスに任せるよ」
「僕もだ」
満場一致。
屋敷にはセフィーナとウォーキンス。
王都には俺とシャディベルガで行くことになった。
「でも、護衛が一人もいないのは初めてだ。道中も気をつけなきゃね」
シャディベルガは武者震いしている。
街道も整理してあるので盗賊なども出没しにくいと思うが。
確かに、手薄な印象は拭えないな。
「あ、あの!」
と、ここでエドガーが鮮やかに右手を上げた。
「よろしければ、身辺警護として同行させて頂けませんでしょうか」
まさかの護衛志願。
用心棒に立候補してきたか。
しかしシャディベルガは申し訳なさそうにしている。
「でも、せっかくの客人に……」
「十歳の頃より王都北方傭兵団にて従軍。
引退後は魔法の修得に励み、魔法学院教員を務めました。
腕には多少の自信があります。あと暇です」
怒涛のセールストークが始まった。
己を売るとはこのことか。
最後の一言で台無しになってるのが何とも悲しいな。
しかし、ここでウォーキンス御大がお墨付きを与えた。
「エドガーさんについて頂けると心強いですね」
「うーん、二人がそこまで言うなら……」
シャディベルガもついに折れたようだ。
まあ、俺は最初から反対するつもりはない。
しかし、自主的に申し出るとはやるじゃないか。
「いいのか? エドガー」
「ふっ、職はないのに金は余っていてな。正直退屈していたところだ」
キメ顔で告げてくるエドガー。
そういえば、王家からもらった褒美があるんだったか。
その金で人生をエンジョイしている様子だ。
ただ、その発言を真に受けたのだろう。
シャディベルガが気を利かせてしまった。
「あ、もしかして仕官先を探してる途中なのかな?
だったら尚更、こんなことで手を煩わせている暇は――」
刹那、エドガーの瞳孔が焦燥で開ききった。
「こ、誇張しました! 本当は商人なので職はあります!
ぜひ請け負わせていただければと! お父様ッ!」
「……お父様?」
怒涛の頼み込みに、シャディベルガは困り切っていた。
この二人は微妙に波長がずれているようだ。
やっぱり生真面目な人と遊び人を引きあわせてはいけない。
「まあ、せっかく言ってくれてるんだし、言葉に甘えようぜ」
俺の勧めで、ひとまずエドガーの護衛役を確定させる。
するとシャディベルガは改めてエドガーに挨拶をした。
「それじゃあ、エドガー・クリスタンヴァルさん。よろしくお願いするよ」
「よろしくお願いされました!」
久しぶりに会ったエドガーだが、なんか今日は一日テンションが高いな。
修学旅行前日の夜を思わせる。
まあ、気分が高揚しているのはいいことだ。
俺はシャディベルガに出発の時間を尋ねる。
「それで、出発は?」
「明日の昼の予定だ」
「ん、了解」
式典には余裕で間に合いそうだな。
どこかで寄り道する暇もあるくらいだ。
まあ、時間が余ったらゆっくり王都を回らせてもらうか。
「あ、送りだけでも転移魔法を使いましょうか?」
「いや、いいよ。馬車なしで王都に現れたら悪目立ちしそうだからね」
ウォーキンスの提案をやんわり断るシャディベルガ。
そういえば、他の貴族の目があるんだったな。
彼の胃がボロボロにならなければいいが。
なるようになるのを祈るしかない。
「それじゃ、話はこれでおしまいかな」
「……疲れた、ちょっと休む」
セフィーナの休憩宣言を境にして解散となった。
と、ここでシャディベルガはエドガーに声をかける。
「エドガーさん、今日は泊まっていくといいよ」
「そ、そんな……! いいんですか?」
ああ、二度寝もいいぞ。
というか、屋敷以外のどこに泊まるつもりだったんだ。
と思ったが、近くの村に宿屋があったな。
まあ、屋敷に空き部屋があるんだったら問題はない。
「ウォーキンス、客間を空けてもらえるかな?」
「それが、現在は模様替えの最中でして。
小間使いによると、もうしばらく使えそうにないそうです」
「えぇ……困ったなぁ」
そういえば掃除かなにかしてた気がするな。
なんと間の悪い。
シャディベルガが思い悩んでいると、ウォーキンスが救いの手を差し伸べた。
「もしよろしければですが、私の使用人室はどうでしょう」
「……ウォーキンスさんのお部屋!」
エドガーの眼の色が変わる。
どんだけ食いついてるんだ。
しかし、ウォーキンスはあくまでも平素だった。
「ええ、ベッドも余りがありますので。
ただ、私と同じ部屋が気になるようでしたら――」
「大丈夫です! 寝ます! 使わせて頂きます!」
光速の承諾。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
ウォーキンスの謙遜を遮っての要望により、エドガーは彼女の部屋に泊まることになった。
乙女のように嬉しがるエドガーだったが、なんかトリップしてないか。
「はぁ……はぁ……ふふ」
「鼻血出てるぞ」
貧血で護衛できなくなるのは勘弁してくれよ。
ため息を吐きながら、俺は自室に戻る。
入念に出発の準備を済ませると、眠気に誘われるかのように就寝した――
そして翌日。
迫り来る新国王の即位式。
変わりゆく王国を見届けるため、
俺達は王都に向けて出発したのだった。
ご意見ご感想、お待ちしております。