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第十七話 帰るべき場所へ

『豊穣歩行のメモリアル』

作詞:シャオ(第4代祈り子)

作曲:ハオ(第6代祈り子)


 


【ふと振り向いた先】

【膝を抱える君が見えたよ】


【踵に走る一筋の痕】

【ただ追いかけるのに必死で】

【赤い足跡に気づけないんだね】


【ほら見てごらん】

【想い通してきたのなら】

【そこにちゃんと在るよ】

【君の踏みしめる大地が】


【忘れちゃったかな歩き方】

【だったら煤に塗れたその手を開いて】


【傷を癒やす私の指】

【黒をかき消す私の祈り】


【今度は忘れず握ってね】

【もう二度と離さない】

【ほら、教えてあげるよ――せーのっ】



「大地の愛をオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 響き渡る少女の快声。

 轟き叫ぶ男女の集団。

 異様な光景を呈しながらも、宣旨ライブは続いていく。



 俺たちを置き去りにしながら、日が暮れるまで、いつまでも――





     ◆◆◆





「ふひーっ、疲れたー!」


 いい汗を掻きながら玉座に座る少女。

 その手前で、くたびれた顔をする俺たち3人。

 対照的な表情をする両者の間を、カミエルさんが通り抜けていく。


「おつかれさまです、祈り子様」


 彼女は祈り子の足元に跪き、丁重に身体を拭いていく。

 祈り子も疲れは感じているようで、可愛らしい深呼吸の音を響かせている。

 そして頭をワシャワシャと拭かれる頃に、祈り子は感嘆の声を出した。


「しっかし、シャオやハオの時に作った曲なのに。よく皆ついてこれるよねー」

「ひとえに祈り子様の神性のおかげでしょう」


 シャオ、ハオ。

 聞く感じだと、人の名前だったのか。

 俺たちが超えてきたシャオ・ハオ城砦っていうのも、そこから来てたのね。


 カミエルの言葉に対し、祈り子は照れたように言う。


「もー、首輪っちは褒めるのがうまいんだからー」

「首輪っち……?」


 俺は思わず反芻していた。

 まさか、カミエルのことを言ってるのか。

 たしかに彼女は目立つ銀の首輪をつけてるけどさ、

 首輪っちは安直すぎるだろう。


 しかし、カミエルはまんざらでもない顔をしている。

 呆気にとられていると、祈り子がこちらを向いてきた。


「そ・れ・で?

 君たちが帝国を横断してきたっていう、王国の使者たちかな?」

「ええ、そうです」


 俺は敬意を示して一礼した。

 すると祈り子は玉座からピョンっと飛び降りる。

 そして吟味するように唸りながら、俺達の方に歩いてきた。


「ふーん……へー……謎っちと、黒っちと、メイドっちの、3人かぁ」


 謎っち。

 黒っち。

 メイドっち。


 さあ、俺たちの誰がそれに当てはまるのか。

 盛り上がってまいりました。


 まあ、メイドっちってのはウォーキンスで間違いないだろう。

 使用人だし。

 問題は俺とバドのどっちが黒っちなのか。


 俺は黒髪だし、バドは黒ずくめだ。

 だが、一つだけ言えることがある。


 絶対に――謎っちだけは嫌だ。

 なんか負けた気がする、その呼び名は。

 恐らくあの祈り子様は、見た目の第一印象で適当に呼んでるんだろう。


 人がまず他人を見るとしたら……顔。

 つまり、頭に黒い毛を生やしてる俺こそが黒っち……!

 そう確信した刹那、祈り子はバドに声を掛けた。


「黒っちはさぁ」


 俺じゃなかった。

 謎っちは俺だったらしいよ。


 なに、なんなの?

 人に希望を持たせておいて、最後の最後で裏切るなんて。


「……ふぅ、なんだ?」


 俺はバドの安堵の溜め息を聞き逃さなかった。

 こいつも謎っちは嫌だったらしい。

 仕方ないよね、人のサガだもの。


 安全圏へ避難したバドだったが、そこに祈り子から無遠慮な質問が飛んできた。


「そこの二人に付いてきて、後悔してないの?」

「どういう意味だ?」


 バドは不機嫌そうに口元を歪めた。

 見透かされたような物言いは、バドが不服とするところだ。

 しかし、祈り子はバドの威圧を物ともしない。


「なーんかさ、黒っちの影に変なものが視えるんだよねー。

 それが黒っちを唆したんじゃないかってさ」

「……さぁな、記憶にねえ」


 バドが驚きに目を見開いたのが、仮面の上からでも分かった。

 何か心当たりでもあったのだろうか。

 ちなみに変なものって、アレか?

 井戸とかテレビの中から出てくるアレかね。


 意味深な祈り子の言葉に、バドは鼻で笑っていた。


「だがな、一つだけ言えることがあるぜ」

「というとー?」

「こいつらに付いてこなければ帰れなかった。

 それに、手を貸すのも悪くねぇ奴がいた。

 他に毛嫌いすることがあったとしても、俺は結局この道を選んだだろうぜ」


 バドは断固として言い切った。

 再会した時と変わらない、彼の意志だ。

 これに対し、祈り子は訝しむように目を細める。


 しかし、すぐにクスクスと破顔した。


「本気で言ってるのがすごいねー。

 あっはは、真っ黒なのに言ってることは真っ白ー」

「……後悔はしてねえが、侮辱されてる感じはするぜ」


 バドはギロリと祈り子を睨みつけた。

 しかし、それに呼応して周りの神官が一歩前に出る。

 祈り子はそれを諌めながら、バドに告げた。


「もー、怒らないの。宗教裁判にかけちゃうよ?」

「……扱いづれぇ」


 バドの言う通りだ。

 ここまで心に忍び寄ってくる不思議ちゃんは初めてである。

 俺も何を言われるかわかったもんじゃない。

 警戒していると、祈り子はウォーキンスの前に歩いて行った。


「さて、次はメイドっちだね」

「なにか御用でしょうか?」


 ウォーキンスはスカートの裾をつまみ、恭しく一礼した。

 所作は非常に丁寧だが、あしらおうとしているのが俺でもわかった。

 すると、祈り子はズケズケと言ってのけた。


「メイドっちってばさ――よく邪神に間違われない?」

「……なっ!?」


 ピンポイントで、踏み抜いていった。

 ウォーキンスが時折掛けられる疑惑を。

 そして、そこに秘められた危険性を。


 ウォーキンスは表情を変えぬまま、軽く答える。


「さあ、どうでしょう」

「仕方ないよねー。

 限りなく本物に近い存在っていうのは、

 傍から見れば本物にしか見えないんだもの」


 その反応で、祈り子は邪神というワードを出すのをやめた。

 そして煙に巻くようにうんうんと頷いている。

 いったい、祈り子の言葉の真意は――


「気になる?」


 と、いつの間にか祈り子が俺の眼前に立っていた。

 反射的に飛び退いてしまう。

 そんな俺を見て、祈り子は指をピンと立てた。


「教えてほしそうにしてるねー。

 メイドっちの、しょ・う・た・い」


 そして俺の視線の高さで指をチョイチョイと回す。

 心がささくれるが、何とか我慢。

 こんな人でも神聖国のトップなんだ。

 無礼があってはいけない。


 さんざん俺の欲求を引き出そうとした上で、祈り子は口元に指をやった。


「でもダーメ。この年でメイドっちに殺されたくないからね」


 そしてシーッと沈黙を示唆し、小悪魔のような笑みを浮かべた。

 完全におちょくられている。

 しかし、この人物が俺の知らない情報を多数抱えていることは事実。

 なんとも、歯がゆい気分だった。


 耐えている俺を見て、祈り子は肩に手を置いてきた。


「ま、自分で答えを出すのがよかろうなのだ。

 どれほど切れ端を拾えてるかは知らないけど、そろそろ分かるんじゃない?」


 切れ端……そろそろ分かる……。

 ウォーキンスの――正体。


 勝手なことを言ってくれる。

 結局、新しいパズルのピースは何も与えてくれないというのに。


 ここで、祈り子は再びウォーキンスに向き合う。

 そしてずずいと顔を近づけ、深刻な顔で告げた。


「ていうかメイドっち、私に会ったことあるでしょ?」

「いえ、仔細記憶にございません」


 ウォーキンスは淡々と返答した。

 愛想がまったく感じられない。

 やはり彼女も、この祈り子を警戒しているようだ。


「ん、んん? マジで言ってるね。

 おかしいなぁ、わからないかなぁ」


 ウォーキンスの言葉に、祈り子は困ったように首を捻る。

 どうやら望んだ答えとは違ったようだ。

 しかしすぐにピンときたのか、指を盛大に鳴らした。


「あ、そっか。第19代祈り子”シンファ”って言えばわかる?」


 すると、ウォーキンスの表情が変わった。

 今までの無関心な顔から、驚きの顔へと――


「……まさか、あの時の――同一人物なのですか?」

「祈り子っていうのは、そういうことだよ」


 祈り子は自分の胸に手を当てて告げた。

 ウォーキンスの言った同一人物。

 それが意味するところは、つまり――


はこの外皮は違えど、中身はおんなじ。私は私。

 今の祈り子は可愛い髪色だし、割と気に入ってるんだ」


 ああ、理解した。

 祈り子の意識は、遥か古代から受け継がれているんだ。

 人は老衰して朽ち果てる。

 しかし、祈り子は意識を他の肉体に移し、生きながらえているのだろう。


「というわけで、第57代祈り子”クーロン”ちゃんをよろしくねっ!」


 強烈な自己紹介だった。

 今の彼女は、クーロンという名前らしい。

 でも、意識を移して永遠の命を得るなど可能なのか。


 しかし、現に目の前に、それを成し遂げた人物がいる。

 祈り子という、神聖国を率いる化け物じみた存在が――


「それで、謎っちだけどー」


 ここで、祈り子はウォーキンスから視線を切った。

 満を持して俺へ矛先を変えてくる。

 だが、話す前に確認しておきたいことがあった。


「ちょっと待ってください。

 なんで俺はそんな呼び方なんです?」


 謎っちて。もはや見た目の特徴でもないじゃん。

 いくら雑な名づけ方とはいえ、度を超えてるよ。

 だってとどのつまり、存在Xだもの。エイリアンだもの。


 俺の不満に対し、祈り子は軽く答えた。


「んー、”謎だから”かな」


 謎だから、謎っち。

 なるほど、単純明快だ。

 思わず頷いてしまうゴリ押しっぷり。


 冗談で言っているのかと思ったが、ここで俺は気づく。

 祈り子が初めて、真面目な顔をして俺を見つめていることに。


「謎っちはさ、視えないんだよね」

「……は?」

「神託が通じないなんて、気持ち悪いよ。

 どんな魔力を持ってても、たとえ神であっても、私の神託からは逃れられないのに」


 神託っていうのは、祈り子の能力だったか。

 多分、どこかの神様からお言葉が聞けるんだろう。

 未来視のようなものかもしれない。


 神妙な顔をする祈り子は、俺に単刀直入に訊いてきた。


「謎っちはさ、精霊――ううん、

 もっと大きいなにかに魅入られてるんじゃない?」

「いや、知らんけど……」


 大きいなにかって。

 中学二年生じみたことを言うんじゃない。

 当然、心当たりがないので俺は首を振る。


 しばらく俺を注視していた祈り子だが、ふっと薄い笑みを浮かべて下を向いた。


「地毛が黒髪の人が視えにくいのは知ってたけどね。

 ここまで神託が妨害されるのは初めて。

 だから――謎っちなんだよ」


 どうやら、神託とやらが俺には適用されないらしい。

 特異体質なのかもしれんが、何の得にもならない。

 祈り子には怪訝がられるし、迷惑なことである。


「それで、謎っちは何の用なんだっけ?」


 来た、ようやく用件を聞いてもらえた。

 このままだと一生喋らせてもらえないかと思ってたよ。

 俺は話をそらされないようにズバリと言った。


「連合国が帝国に侵略されてるんです。

 すぐに王国へ帰らせてください」

「うん、王国の端にこっそり召喚門を設置してるから、それを使って帰るといいよー」

「なっ……!?」


 今なんか、聞こえちゃいけないことが聞こえたような。

 王国の端に、召喚門?

 それってつまり、攻撃に使う軍事拠点だよね。


 王国の許可を取らずに何をやってるんだ。


「ほら、昨今ってば乱世じゃない?

 いつ同盟国に裏切られてもいいように、保険を掛けてるんだよー」

「そ、そうですか……」


 何か文句あんのか、みたいな目で見られてしまった。

 どうやらこの祈り子さん、王国を完全に信頼しているわけではないらしい。

 この分だと、もう一つの要求は通りにくいか。


 いや――諦めてはいけない。

 俺は平身低頭で切り出した。


「それと……できればなんですが」

「なーにかな」

「帝国の背部を攻撃して、連合国の手助けをして欲しいんです」


 正直、これが一番帝国にダメージを与えられる。

 王国と帝国はよく小迫り合っていたが、神聖国はなるべく戦争を避けているのだ。


 特に、神聖国から仕掛けた闘争など皆無に等しい。

 俺の提案を聞いた祈り子は、案の定渋い顔になる。


「えー。ほとんど交流のない連合国のために、わざわざ兵を割けっていうの?」

「お願いします。兵を、出してやってください」


 俺は頭をより深く下げた。

 誠意だ、誠意で押し切るしか道はない。

 たとえ、それが通じるか分からない相手であっても――


「ん……んん?」


 ここで、祈り子は天井を見上げた。

 そして虚空を見つめたまま、数秒間停止する。

 何事かと思ったが、すぐに祈り子は首をブンブンと振った。


「……まさか、とは思うけど」


 独り言を呟く祈り子。

 電波な見た目と独り言は混ぜてはいけない。

 とても危ない光景が生まれてしまう。


 と、ここで祈り子が真剣な声で告げてきた。


「ちょっと試しに『絶対に兵を出すな。連合国を見捨てろ』って言ってみて?」

「……は?」


 言えというのか。

 俺の望むこととは正反対の、意味不明なことを。


「なんでそんな――」

「早く」


 俺の反論を潰す祈り子の目には、修羅の光が宿っていた。

 首元に刃を突きつけられたような感覚が走る。

 俺はとっさに彼女の言葉を繰り返した。


「ぜ、絶対に兵を出すな。連合国を見捨てろ」


 なぜ、こんなことを言わねばならんのか。

 バドやウォーキンスを始め、周りの神官も疑問の眼である。

 しかし、祈り子は再び天井をボーッと見つめていた。


 まさか、あれが神託を受けている状態なのか?

 数秒後、祈り子はちょっとだけ柔らかな声で命令してきた。


「うん、大丈夫。じゃ、もっかい兵を出してって言ってみて?」

「連合国を助けるために、帝国に出兵してください」


 もはやヤケである。

 兵を出してくれるなら、俺は火の輪でもくぐってみせよう。

 今なら空中ブランコのおまけ付きだ。


 俺の発言を受けて、再び空とにらめっこする祈り子。

 しかしその直後、興味深そうにニヤリと笑った。


「なるほどー……面白いところに分岐点があるんだね。

 結果は変わらないけど、程度は軽減できる、か」

「……何がしたかったんですか?」


 説明してくれよ。

 今の言葉の反復に、なんの意味があったのか。

 しかし、祈り子はそっけなく断ってきた。


「んーん、こっちの話」


 どうやら企業秘密らしい。

 スープのレシピを出し渋るラーメン屋のようだ。


 ここで、祈り子は手を振ってカミエルを呼んだ。

 そして何かを耳打ちしていく。

 カミエルは驚きに肩を震わせていたが、すぐに決意した顔になる。


 囁き終わると、カミエルは神官らを率いて玉座の間から去っていった。

 目が点になりかけたが、ここで祈り子が大きく頷いてきた。


「いいよー、守護兵と神官を派兵してあげよう。

 帝国を相手に、宣戦布告なしの攻撃を仕掛けてあげる」


 宣戦布告なしの攻撃。

 つまり――奇襲か。

 神性を唱え、神の導きを第一とする神聖国とは思えない戦法だ。


 俺は恐る恐る言質を取りに行く。


「いいんですか?」

「うん、私は声を聞いてー、しっかりと見極めてー、皆を導く。

 そういう面倒くさいのが仕事だからね」

「――ありがとう、ございます」


 俺は祈り子に、全力でお礼を言った。


 まず、神聖国が帝国を西部より奇襲。

 その後に、王国が南部より襲いかかる。

 ここまでされれば、帝国も連合国を攻めている余裕などなくなる。

 思わぬところでの、強力な援軍だった。


「私も忙しいから、聞ける用件はその二つね。欲張りはダーメ」

「もちろんです」


 俺の返事を受けて、祈り子は満足そうにしている。

 出兵を出し渋っていた時とはエライ違いだ。

 一連の交渉を見て、バドとウォーキンスが褒めてくれた。


「やるじゃねぇか」

「さすがレジス様です!」


 二人に褒められるのは、当然だが悪い気はしない。

 まあ、決め手は祈り子の心変わりで、

 俺はお百度参りのように頼み込んだだけなんだけどな。


 ふと、ここで彼女が玉座の台に土足で上がった。

 何事かと思ったが、彼女は玉座の上に飾られている物を手に取る。

 見れば、玉座の上には色んな道具がベタベタと貼り付けられていた。


 そして祈り子が手にとったのは一枚の包帯。

 革製であるらしく、ボロボロで年季を感じる。


「それじゃ早速、王国に飛ばすわけだけど――」


 祈り子はそれを手で引っ張って伸ばした。

 すると、包帯の表面に印章が刻まれていることに気づく。


 銀色のトカゲが斧に絡みついている紋章だ。

 神聖国の名家が保有してるものなんだろうか。

 首をひねっていると、いきなり祈り子が魔法を詠唱した。


「癒やせ――『アポラクテスの紋章』」


 見たことのない魔力の波動が、玉座の間に伝導する。

 魔素が全身を包み、まとわりつくような感覚。


「にひひ、上位の治癒魔法に相当するはずだよ。

 折れた骨くらいなら、すぐくっつくんじゃないかな?」


 気がつけば、鎖骨や脇腹の痛みが消え去っていた。

 動くとまだ少し痛むが、安静にしていれば数日で治るだろう。

 そう直感させるほど、治癒速度が高められていた。


 バドやウォーキンスも驚きに目を輝かせている。

 俺たちの反応を見て、祈り子は得意気に右手を掲げた。


「王国に修復魔法があり、帝国に転移魔法があるように――

 神聖国にもあるんだよ? 歴史と権力を振りかざす『紋章魔法』っていうのが」


 紋章、魔法。

 なんだそれは。

 見た限りだと、変哲のない紋章を触媒に、魔法を発動させた。

 そんなことが可能なのか。


「ま、現代では私以外に使えないから、

 神聖国に魔法の優位性はないんだけどねー」


 にゃはっ、と残念そうに自分の額を叩く祈り子。

 ふざけた態度から神のような魔法。

 まったく、底知れない少女だ。


「ウォーキンス、知ってたか?」

「名前だけは……しかし、詳細はもちろん、見たのはこれが初めてです」


 ウォーキンスさえ知らない魔法か。

 現代では祈り子のみが使用可能な特殊魔法。

 尋常でなく、興味が湧いた。

 正直、教えてほしいとさえ思った。


 だが、双方ともそんなことをしている暇はない。

 残念だが、今はその神秘性に驚くだけに留めておこう。


「さて、自慢も終わったことだし、旅の終わりを祝福しよっか。

 幸運だねー、神の使いたる祈り子が祝うなんて、普通はないんだよ?」

「それはどうも……」


 そうか……神の使いなのか。

 きっと祈り子に神託を授けている神は、ずいぶんファンキーな存在なんだろう。

 なかなかに無礼なことを考えていると――


「もー、これ邪魔っ!」


 いきなり祈り子が玉座を蹴り飛ばした。

 歴史的にも素材的にも価値がありそうな物になんてことを。


 すると、玉座があった場所から門がせり上がってきた。

 どうやら、門を作り出すスペースが足りなかったらしい。


「これは……召喚門か」

「そーそー。これを作れるのは私だけ!」


 祈り子様の自負と同時に、門がその口を開いた。

 相変わらず内部はウネウネと蠢いている。

 俺とバドが「うげぇ」と顔色を悪くした。


 しかし、祈り子はそんなことも構わず、俺たちの背中を押す。


「――勇敢なる王国の使者たちよ。

 ――我が聖海を泳ぎ、母なる丘に戻り給え」


 その言葉とともに、門が閉まり始める。

 転移は一瞬のことなので、何かを伝えるのは今しかない。

 俺は祈り子に目を合わせた。


「本当に、ありがとう。助かりました」


 そう真摯に告げる。

 すると、閉じていく門の向こうにいる少女は――

 楽しげに、されど淋しげに、柔らかく微笑んだ。



「じゃーね。万物が塵の価値になった時に――また会おう?」



 どこか聞き覚えのある言葉。

 しかし、確認するための仲間は、既に両隣から消えていた。

 この渦巻く空間の中で、俺は意識を薄れさせていく。

 失っていく地面の感覚。


 長きに渡る、連合国への遣い。

 そこから始まった、苦しくも楽しかった帰り道。

 全てが走馬灯のように駆け巡り――


 気づいた時には、視界が開けていた。

 右には虚空を仰ぐウォーキンスが、左には吐き気を訴えるバドが。

 そして、しっかりと土を踏みしめる俺が――



「帰って、来たのか」



 こうして俺たちは、王国への帰還を果たしたのだった。




次話→8/21

次で9章エピローグです。

ご意見ご感想、お待ちしております。




【以下、コマァシャル】


書籍版ディンの紋章4巻の発売まで1週間です。

表紙も勝負(意味深)に出てますが、

中身も良さ気なシーンにピンポイントで挿絵が付いてるとか。

何卒、よろしくお願いします!


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