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第十六話 それが祈り子

 ――シャオ・ハオ城砦



 帝国と神聖国を南北に分断する、巨大な関所である。

 北は大海まで至り、南は大河まで伸びている。

 ここから凄まじく距離が離れているというのに、その巨大さが把握できた。


 しかし、ただの異民族を防ぐ長城とは全く違う。

 帝国という、大陸一の強国を食い止める役割を持っているのだ。


 また、俺はその城壁の異様さに目を奪われた。

 堅固な壁面に、魔法陣がびっしりと刻まれているのだ。

 いつでも発動できる状態にしてあるようで、聖なる魔力が城壁から威圧感を放っていた。


「なんだ、あの魔法陣……」

「視界の中に入るだけで数十。

 恐らく、全体では数千から数万の魔法陣が張られていますね」


 んな無茶な。

 そもそも魔法陣は、自転車でいうスポークのようなもの。

 べらぼうに魔力を食う魔法を運用するために必須な、魔素の効率化装置なのだ。


 なお、俺の修得魔法に魔法陣が必要なものはない。

 なぜなら、魔法陣が必要な魔法というのは、

 転移や無条件の地形変動など、因果を捻じ曲げるものに限られているからだ。


 つまりあの城壁には、そんな恐ろしい魔法が大量に埋め込まれていることになる。


「魔力にバラつきが少ないので、あれらの魔法陣は一人によって作られていますね」

「待機状態とはいえ、そんな芸当が可能なのか?」

「私は無理です。多分、四賢でも難しいんじゃないでしょうか」


 ウォーキンスは残念そうな顔で万歳した。

 それを見たバドが訝しんでいるが、要するにお手上げってことだろう。

 しかし、現に魔法陣を作り、管理している者がいるのだ。

 すでに候補は絞られているので、俺は単刀直入に告げた。


「まさか、祈り子か?」

「はい。800年前から神聖国に君臨する、神の寵児によるものです」


 祈り子……か。

 神の声を聞き届け、国を繁栄に導いてきた存在だという。

 実質的な神聖国の統治者だ。


 正直、祈り子という存在には胡散臭さを感じていた。

 しかし、こんな真似ができるとなると、真実味が増してくる。


「そういうわけで、今までに帝国軍が国境を陸路で突破したことはないのです」


 まあ、そりゃそうだろうな。

 城壁にこんな仕掛けがしてあったら、正攻法を取ろうとする指揮官などいない。

 神聖国の防衛戦の強さは、祈り子ただ一人の力によるものだったのか。


 ここでバドがウォーキンスに尋ねる。


「ちょっと待て。帝国にってことは、例外がいたのか?」

「邪神大戦の折、この城砦は討伐軍の拠点となりました。

 しかし、邪神によって一撃で風穴を開けられたのです」


 邪神討伐軍。

 500年前に結成された、国籍や種族を超えた連合軍だ。

 大陸の四賢が陣頭に立ち、辛くも邪神大戦に勝利したんだったか。

 その経過で、ここも戦場になってたわけね。


「大戦後にすぐ修復されましたが、未だに邪神の傷跡が城壁に残っているらしいですよ」

「こんなに魔法陣を張っててもダメだったのかよ……」

「邪神は魔法陣を砕く力がありますからね。足止めにもならなかったようです」


 怖すぎるんですが。

 そういえば、帝国の甲殻都市も一撃でぶち抜いたんだっけか。

 邪神の破壊力はいったいどうなっておるんじゃ。


「話は程々に、さっそく関所の前に行きましょう」

「ああ」


 巨大な岩が散らかった荒野。

 その果てにある城砦を指さし、ウォーキンスは歩き出す。

 俺とバドは慌てて彼女の後について行った。


「ただ、最後の抵抗があるかもしれませんね」


 懸念があるらしく、ウォーキンスは呟いた。


「というと?」

「老父卿が私たちの存在を知っているなら、もっと兵を伏せさせると思いませんか?」


 ああ、なるほど。

 妨害する連中が少なすぎると言いたいわけか。

 帝撰魔法師が5人と少数だったのは、

 老父卿ジャンポルが切り崩せた魔法師がその程度だっただけのこと。


 しかし、ジャンポルは帝室の人間であり、大貴族だ。

 それとは別に大量の兵を抱えているはず。

 それを全く使ってこないとは思いがたい。


「帝国兵が隠れてるかもってことか。

 でもまぁ、雑魚狩りならテメェの得意分野だろ?」

「おや、ずいぶんと私を評価してくださっているようですね」


 他力本願に出たバドに対し、ウォーキンスはクスクスと笑う。

 肯定も否定もしないのがなかなかに怖いな。

 警戒するのは大切だが、進まなくては帰れない。

 俺たちは最大の注意を払いながら、関所へと接近した。



 すると――



「そこの3人組、止まれ」


 岩の陰からゾロゾロと人が出てきた。

 帝国兵のお出ましか。

 そう判断し、俺は魔法詠唱の準備をする。

 同時に、俺の姿を隠すかのようにウォーキンスが前に立つ。

 しかし結果から言って、それは杞憂だった。


 確かに帝国兵はいた。

 それもすごい数だ。

 軽く50人はいるだろう。


 しかし、その連中はまとめて地面になぎ倒されていた。

 その兵の上に立ち、俺たちを威圧してくるのは――


「……無奪の盗賊、か」

「ああ、こいつらが噂の」

「こんなところにも出没するんですね」


 感心するバドとウォーキンス。

 出没て、冬眠中のクマじゃないんだぞ。


 そう、俺たちの目の前にいるのは、数十人もの盗賊。

 帝国にはびこる反逆の集団――無奪の盗賊だ。


 顔を隠しており、まったく表情が読み取れない。

 一応、要求通り足を止めながら、俺は問い返した。


「無奪の盗賊と見えるが、ここで何をしている?」

「独断行動をしていた帝撰魔法師の抹殺だ。

 しかし、後をつけている内に撒かれてしまってな」


 ああ、ジャンポルについた帝撰魔法師を潰しに来てたのか。

 帝国要人の抹殺もしていると聞いたが、帝撰魔法師まで範囲に入っていたとは。

 何か別途の目的があるのかもしれない。


「引き続き探索をしていたところ、格好の標的がいたのでな。

 後ろから奇襲して壊滅させてやったのさ」


 俺たちを襲うためにスタンバってた帝国兵さん達。

 しかし、その後ろから問答無用で奇襲したのが無奪の盗賊。

 俺の知らないところで面白いことをやってるな。


「それで? 貴様ら3人は誰だ」

「……あー、えっと」


 脊髄反射でジョンドゥと答えかけた。

 しかし、とっさのところで思いとどまる。

 こいつらを相手に、帝国貴族を名乗るのはまずい。


 下手に嘘をつくよりは、正直に告げたほうがいいだろう。


「王国へ帰還しようとしている王国の者だ」

「王国だと……? ちょっと待て、顔をよく見せろ」


 ん、なんか琴線に触れたらしい。

 俺はウォーキンスの背後から前に出た。

 すると、盗賊たちはギョッとしたように体を震わせる。


「黒髪……!? それに、その服装」

「まさか、あなたは……」


 無奪の盗賊が一枚の紙を取り出し覗きこむ。

 そして何かを確信したのか、仲間たちと頷き合う。

 すると、盗賊たちは整然と道を開け、俺たちに一礼してきた。


「進まれよ、それが頭領の意志だ」

「頭領……?」


 無奪の盗賊のトップのことだよな。

 そいつが俺への対処を部下に言付けてたのか。

 詳しく聞こうとした瞬間、盗賊は先回りするように告げてきた。


「時が来れば、お話しできることもあるでしょう。

 我々は帝撰魔法師の遺体を回収して帰還します」

「それでは、ご武運を――」


 そう言い残し、無奪の盗賊たちは俺たちが来た方角へ走って行く。

 シャンリーズが瞬殺した魔法師を持ち帰りたいらしい。

 確か、原型を留めないほどに破壊されてた気がするんだが。


 まあ、何かに使えるから回収しようとしているのだろう。


「ったく……驚かせやがって」

「どうやら、無奪の盗賊の頭領は、レジス様を知っているようですね」

「みたいだな」


 金銭のためでなく、圧政からの解放のために暴れ回る抵抗勢力。

 そんな連中の頭領に座る人物。

 むぅ……心当たりがない。


「まぁ、交戦しなかっただけ良しとしよう」

「ええ。帝国兵も片付けてくれていたようですし、むしろ有益な方たちでしたね!」


 有益……ねぇ。

 襲われても返り討ちにできるウォーキンスからすれば、そう思えるんだろうけど。

 相手は帝国貴族と見れば殺しに来る危険集団だぞ。

 俺はゾッとしないがね。


「さっさと行こうぜ、関所に入れば神聖国が保護してくれんだろ?」


 バドの声を受けて、俺たちは改めて遠方の城郭を見た。

 視界の果ていっぱいに広がる巨大城砦。

 そこには、重厚な鉄の門で仕切られた関所が鎮座している。


 さあ、帝国の土を踏むのも終わりだ。

 祈り子とやらに話を通し、王国に帰ろう。

 こうして俺たちは、神聖国へ続く門を叩いたのだった。






     ◆◆◆





 ところで、俺は礼儀作法というものが苦手である。

 理由は単純にして明快。

 敬語を嘲笑された記憶があるからだ。


 しかし俺は、他にも多くの礼儀作法に拒否反応を起こしてきた。

 例えば、扉をノックする回数。

 忘れもしない、就職浪人時代の記憶だ。


 ――2回ノックだなんて、ここをトイレだと思ってるのか!

 ――4回ノックとかうるさくて、ねぇ。キミ、非常識だよ?


 そんなことを言われ、俺も学んだ。

 3回のノックという、史上最高の折衷案を。

 そうして次の面接で3回ノックした時、俺は言われた。


 ――3回ノックってさぁ。君、どこでそんなの覚えてきたの?

 ――マナー本を鵜呑みにしすぎ。さすがに気持ち悪いよ。


 あの時は思わず、心の中で叫んだね。

 じゃあどうすりゃいいんじゃい、と。


 まあ、当時の俺にそれを伝える勇気はなく、

 「あ……えっと……すいません」と平謝りし、そのままお祈りされた。

 前世で感じた苦い記憶である。



 しかし、しかしだよ。

 ノックで辛酸を嘗めた俺でさえ、こんな経験は初めてだ。

 通算30回目のノックが不発に終わった時点で、俺は脱力の息を吐いた。



「反応なしかよ……」


 そう、何度ノックしても反応がないのだ。

 もちろん、大声で何度も「頼もう!」と叫んだ。

 王国の使者であることも明かしたが、なにもアクションはない。


 声は関所の向こうに吸い込まれるだけだった。

 これにはさすがにバドも懐疑の声を出す。


「まさか、無人なんじゃねえだろうな」

「それはありません。無視していると見るのが妥当でしょうね」

「……なに?」


 俺はウォーキンスの見解に食いついた。

 関所は通るためにあるのではないのか。

 なぜ無視されにゃならんのだ。


「日頃から亡命してくる帝国民が多いのでしょう。

 簡単に門を開けないようにしているんだと思います」

「……ああ、なるほど」


 納得した。

 神聖国もわざわざ亡命者を受け入れている暇はない。

 門を開けようものなら、それを利用して帝国軍に奇襲される可能性すらある。

 自己防衛のため、完全に閉めきっているのだろう。


「じゃあ結局、ここを通れねぇってのか?」

「いや、話さえ聞いてもらえれば入れてもらえるはずだ」


 同盟国の使者と知れば、神聖国側も門を開けるだろう。

 しかし、この分だと声も届いてないよな。

 届いてたとしても、嘘だと思われて切り捨てられてる可能性がある。


 さて、どうやって出てきてもらおうか。

 考えを捻っていると、隣でウォーキンスが魔力を練っていた。


 すさまじい濃度。

 周辺一帯くらいなら消し炭にしてしまえそうだ。


「……なにしてるんだ? ウォーキンス」

「いえ、居留守の人を呼び出すには、これが最適かなと」


 そう言って、ウォーキンスは門に張られた魔法陣に手を触れた。

 バチッと激しく弾かれているが、それを無視して魔力を伝導する。

 すると、すさまじい魔力の爆発と共に堅固な魔法陣が消滅した。


 その瞬間、関所の向こうから慌てた声が聞こえてくる。


「何事だーッ!」

「敵襲! 敵襲! 祈り子様に報告し、交戦の準備をしろ!」


 怒号の雨嵐。

 なんか戦争が始まりそうなんですが、大丈夫なんですかね。

 完全に破壊された魔法陣の一つを見て、バドは戦慄する。


「無茶なことしやがるぜ」

「引きこもる方々にはこの手が一番です」


 過激派の引きこもり矯正法だな。

 俺がやられたらむしろ悪化することだろう。

 というか、この場においても火種に着火する結果になっている。


 しかし目論見通り、城砦の上から人が現れた。


「何者だ!」

「ここが不落の『シャオ・ハオ城砦』と知っての狼藉か!?」


 ローブと鎧を折衷したような格好。

 あれは確か、神聖国の主力になっている”守護兵”だったか。

 実戦と魔法の両方で研鑽を積んだ、優秀な兵である。


 彼らは魔法を撃つ構えを取りながら、こちらを睨みつけてきた。

 この好機を逃す訳にはいかない。

 俺は堂々と胸を張って声をかける。


「我々は王国の使者。本国へ帰還するため、神聖国を通過させてもらいたい」

「ふざけるな! どこに同盟国の城砦を攻撃する使者がいる!」


 ごもっともです。

 いや、でも仕方ないじゃん。

 ノックしてもダメ、大声で叫んでもダメだったらさ。


 緊張が高まり、このまま開戦してしまうのではないか。

 そう思った瞬間、守護兵達の動きがピタリと止まった。

 空を見上げ、困惑するように首を傾げる。


「え、いや……しかし、祈り子様」


 ……祈り子?

 テレパスで会話でもしてるのか。

 でも、ここから祈り子のいる聖都まで距離が離れているはず。


 どんな魔力を持っていても、テレパスの交信範囲は限られている。

 どうやって意志を疎通しているんだ。


「いえ、分かりました……」

「彼らに門をくぐらせればいいのですね?」


 そう言うと、守護兵たちは魔法の構えを解いた。

 そして武器をしまい、俺たちに声をかけてくる。


「入れ。祈り子様が身分を確認なさるそうだ」


 え、もしかしているの? 祈り子が、ここに。

 しかし、こんな最前線に国のトップが来るとは到底思えない。

 疑問に思っていると、重い音を立てて鋼鉄の門が開いた。


「名乗りながら一人ずつ入れ。妙な真似はするなよ」


 よく分からんが、潔白を晴らすチャンスをくれるらしい。

 バドとウォーキンスと示し合わせ、順番を決める。

 俺、バド、ウォーキンスの順に扉をくぐることに決めた。


「王国西部貴族のレジス・ディンだ」


 名乗りを上げ、俺は魔法陣の渦巻く扉を突破する。

 その瞬間、身体が魔力に包まれる感覚がした。

 清らかで見えない空気に、全身を撫でられるような錯覚。


 そのまま通り抜けると、守護兵たちが慌てて一礼してきた。


「ほ、本物でしたか。失礼しました」

「先程はご無礼を……!」

「い、いや。気にしないでくれ」


 なんだ、今の一瞬で俺の真偽を見ぬいたとでも言うのか。

 いったい祈り子とやらは何をしたんだ。

 首をひねっていると、続いてバドが名乗りを上げた。


「王国の王臣護衛官――バド・ランティスだ」


 そう言って、バドも魔法陣を踏みながら通り抜けようとする。

 すると、魔法陣が桜色に輝きを放った。

 それを見て、守護兵達が怪訝な顔をする。


 しかし、バドはそのまま向こう側へと到達した。


「はい、結構です。ですが――」


 守護兵は頷いた。愛想のいい笑みすら浮かべている。

 しかし、その目はピクリとも笑っていない。

 不審に思っていると、守護兵の一人がバドに告げた。


「――なぜ、『暁闇の懐剣』であることを言わない?」


「……なに?」


 バドの目が見開かれる。

 守護兵がバドの正体を言い当ててきたのだ。

 警戒するバドだが、守護兵はいたって平然としている。


「と、祈り子様が申しております」


 どうやら、祈り子がバドの身分を判定したらしい。

 人の内心を読む魔法を使ったと見るのが妥当か。

 守護兵もとい、祈り子の問いにバドは慌てることなく答えた。


「王臣護衛官ってのが正式な名前なんでね。なにか不満でもあんのか?」

「いえ、王国の方であることは分かりました。しっかりと保護させていただきます」


 柔らかい口調で、守護兵はバドを歓迎する。

 これで後はウォーキンスだけか。

 まあ、彼女もすんなり通過してくれるだろう。


「ディン家使用人――ウォーキンスと申します」


 そう言って、ウォーキンスは門内へと足を踏み入れた。

 彼女のつま先が魔法陣へと触れる。


 その瞬間、魔法陣が赤く輝いた。


「……あれ?」


 ウォーキンスが困惑したように頬を掻く。

 魔素が反応し、メキメキと嫌な音をたてる。

 そして悲鳴のような異音を発し、魔法陣が砕け散った。


「なっ!?」

「これは、あの神の波動……!?」

「貴様――ッ」


 守護兵達が再び武器をとった。

 そしてウォーキンスに対し、いきなり魔法を放とうとする。

 これを見て、俺はウォーキンスの前に立ちふさがった。


「やめろ! ウォーキンスは俺の使用人だ!」

「レジス様……」


 正式には俺直属じゃなくてディン家の使用人だけど。

 俺が庇ったのを見て、守護兵たちは驚いたような顔になる。

 ウォーキンスが俺を利用して中に入ろうとしていた、とでも思ってたんだろう。


 しかし、それは違う。

 俺の反駁を見て、バドはため息を吐いた。


「はぁ……また出たよ。ま、分かってたがね」


 そう言いながらも、バドは俺の横に立ってくれた。

 ウォーキンスが疑われている現状に、彼も思うところがあったのかもしれない。


「使用人ウォーキンスに関しちゃ、本当は俺だって向こう側だぜ」

「なのに味方してくれるのか」

「ああ、それが仕事なんでな」


 俺の軽口に対し、バドはニヤリと笑った。

 ウォーキンスを疑っている事実は変わらない。

 それを理解した上で、俺の味方をしてくれるということだろう。

 正直複雑だが、ありがたいことだ。



「――待て。神託があったそうだ」



 ここで、守護兵の一人が涼やかな声を発した。

 声からして女性だろう。

 その人物は魔法の詠唱をやめるよう働きかける。


 すると、先ほどのように全ての守護兵が空を見上げた。


「”見逃してやれ”……? 何を仰っているか、わかっているのですか!」

「……何と悠長なことを。祈り子様、さすがにそれは……」


 おぉ、どうやら祈り子が待ったをかけてくれているようだ。

 なんだか知らんが助かる。

 強固に祈り子の言葉に反発していた守護兵たち。

 しかし、突如としてその顔色が悪くなった。


「い、いえ! 信じていないわけではありません!」

「しかし、祈り子様に何かあれば……」


 見れば、城壁に張り巡らされた魔法陣が発動しかかっていた。

 そしてその矛先は、俺たちではなく一部の守護兵に向いている。

 たまらなくなったのか、守護兵たちは慌てて武器を取り下げた。


「わ、分かりました!」

「使用人ウォーキンス殿。お通りください」


 どうやら祈り子には絶対服従らしいな。

 最初に守護兵たちを止めた人物が、一歩前に出てくる。


 年齢のほどは20代後半くらいか。

 琥珀色の長髪をたなびかせる、凛然とした女性だ。

 立派な装飾の施された神官服を着ていた。


「部下たちが失礼をしました。

 私は”東征護神官”カミエル・クー・セントファレナと申します」


 どうやら、このシャオ・ハオ城砦で守護兵を統率している女性らしい。

 神官にしてはずいぶんと若いが、その分優秀なんだろうか。


 この人の機嫌を損ねるわけにはいかん。

 ここは丁寧かつキリッとした口調で行こう。


「真偽の確認は済みました。

 これより主の神託に従い、皆様を聖都にご案内させて頂きます」

「ありがたい話ですが、王国に帰るのを最優先にしていまして――」


 俺はやんわりと断った。

 祈り子とやらに興味はあるが、のんきに謁見している場合ではない。

 しかし、カミエル女史は淡々と告げてきた。


「でしたら、なおさら祈り子様にお会いください。

 ここから船は出せませんので、どのみち聖都を通過することになります」

「はぁ……」


 まあ、ピンチになったところを救ってもらったのだ。

 挨拶くらいしておくのが筋なのかもしれない。

 時間のロスが少ないなら、断る理由もない。


「では、お願いします」

「後ろのお二方も含め、私に付いてきてください」


 そう言って、カミエルは城砦の内部へ歩いて行く。

 彼女がパチンと指を鳴らすと、重い音を立てて扉が閉まった。

 俺たちは顔を見合わせ、彼女の後についていった。


 すると、ウォーキンスがすすすっとカミエルの横に並ぶ。


「先程は兵を諌めていただき、ありがとうございました」

「祈り子様の下知ですので」


 にこやかにお礼を言うウォーキンスに対し、カミエルは表情を一切変えない。

 リムリスをさらに堅物にした感じだな。

 一対一で話したらこっちがキョドってしまうタイプだ。


「では、もし祈り子様が私の討伐を命じていたら?」

「僭越ながら、ウォーキンス殿の殺害に及んでいたと思われます」

「ふふふ、ですよね」


 ウォーキンスは和やかに頷いている。

 命令一つで敵になっていたかもしれないのに、どんだけ度胸があるんだ。


「俺からすりゃあ、両方とも気が触れてるようにしか見えねえな」

「……しっ、静かに」


 なんてことを言うんだ。

 ウォーキンスはかまへんやろうけど、神官カミエルはんの機嫌を損ねてみい。

 きっと法力的なアレで祟り殺されてしまいますえ。


 カミエルは俺たちを引き連れて奥にある建物に入っていった。

 荘厳な雰囲気で、目の覚めるような空気の冷たさを感じる。


「ちなみに、聖都にはどうやって?」

「召喚門を使います。一瞬で着くかと」


 召喚門?

 なにか怪しげなワードが出てきたな。

 そんなことを思っていると、奥の小部屋に着いた。


 中に入ると、一つだけポツンの石壁のようなものが垂直に立っている。


「これは……」

「召喚門です」


 淡々と答えるカミエル。

 こんなものが神聖国にあったのか。

 ウォーキンスは目を輝かせてぺたぺたと触る。


「帝国の転移魔法と、構造が似てますね」

「しかし、転移できる場所は祈り子様の指定する範囲に限られています。

 性能自体は、帝国にあるという転移魔法の方が優秀かと」


 ほぉ……やっぱり転移魔法ってのはすごいんだな。

 神聖国の人間であるカミエルが認める程なのか。

 しかし、似たような構造の魔道具を神聖国が持っているのは初耳だった。


「では、さっそく聖都へ飛びましょう。私に続いて入ってきてください」


 カミエルは門を開け放つと、そのまま躊躇なく中へ入っていった。

 門内の空間はグネグネとしており、まさしく転移中の気持ち悪い光景そのものだった。

 生唾を飲み込んでいると、ウォーキンスが手を握ってくる。


「行きましょう、レジス様!」

「あ、ああ」

「……転移か。吐きそうになるから嫌なんだがね」


 俺とウォーキンスが一緒に飛び込む。

 少し遅れて、不満を吐きながらバドも入ってきた。


 気の遠くなるような感覚。

 こみ上げる不快感。

 それらに耐え、俺たちは神聖国の聖都へと到達したのだった。




     ◆◆◆




「おつかれさまです」


 フラフラしながら出てくる俺たちに、カミエルはねぎらいの言葉をかけてくる。

 召喚門に慣れているのか、ずいぶんケロッとしているな。

 ウォーキンスも平然としており、転移慣れしていることが窺えた。


 そんな横で、俺とバドは――


「うぇっぷ……やっぱ無理だ」

「吐かねえとダメだこれ。神官さんよ、便所はどこだ」


 悲惨な有り様だった。

 バドは嘔吐寸前まで来ているらしいが、

 カミエルから「耐えてください」と残酷な宣告を受けていた。


 そして、彼女は扉を開け、転移門のある部屋の外を示す。


「御覧ください。

 ちょうど今、祈り子様が民衆に”宣旨”をなされるところです」

「……宣旨?」


 それはつまり、何らかの意志の公布。

 神聖国の最高権力者であり、全てを導く最上位の存在――祈り子。

 そんな人物が、いったい民衆に何を告げようとしているのか。


「聞いてみようぜ、ウォーキンス」

「ええ……祈り子がどんな人物なのか気になります」


 俺とウォーキンスは固唾を呑んで門の外へ出る。

 するとそこは、すさまじい数の民衆で溢れていた。


 圧倒されそうな人の渦。

 その遥か向こうに、厳粛さに満ちた壇が設置されている。

 あそこで祈り子が宣旨を読み上げるのだろう。


「――出てこられます。ご静聴を」


 カミエルが注意を飛ばしてきた。

 会場は一切の私語がなくなり、静謐な空気で満ちる。


 帝国と並び、いにしえから権威を保ち、人々を支配してきた祈り子。

 数多の信仰を寄せられ、絶対的な支持を持つという。

 一体、どんな人なんだろう。



 そう思った刹那。

 ついに”祈り子”が奥から出てきた。



「にゃはっ、お待たせー!」


 会場がざわめく。

 壇上に出てきたのは、桃色の長髪を垂らす少女。

 ツインテールに結んでおり、キャピキャピとした雰囲気に拍車をかけている。


 放送事故かな。

 俺の祈り子があんなにあざといはずがない。

 きっと不審者が壇上に上がってしまったんだろう。


 そう思って隣のカミエルを見る。

 しかし、彼女はいたって真面目な顔をしていた。

 そんな間にも、壇上で少女がノリノリで叫び始める。


「それじゃあ、改めて――

 みんなーっ! 今日は来てくれてあっりがとー!」


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 軽い女声に応じ、轟き渡る野太い声。

 一気に会場のボルテージが上がった。

 それを気にすることなく、壇上に現れた人物は話し始める。


「突然だけどー、ちょっとばかしお話を聞いてねっ」

「聞く聞くぅううううううううううううううううううううううううう!」


 男たちの魂の声が会場を包み込む。

 それを満面の笑みで受け取り、少女はポツリポツリと話し始める。


「えっとね……大陸は今、すっごい勢いで変わろうとしています」


 ざわめく会場。

 照明をいじっているのか、少女に暗い影が落ちる。

 すると彼女は、首を振ってイヤイヤをした。


「神託の内容も、ちょっと怖いものが増えてきました。

 もう聞くのが怖くて怖くて、……一人じゃ眠れないよぉー!」


「ヌォオオオオオオオオオオオオオオ!」


 歓喜と怒りが混じった大歓声。

 「祈り子様を怖がらせるなんて!」と憤慨する神官の横で、

 「俺が一緒に寝てあげるよぉおおおおお!」と民衆が叫び散らす。


 地獄絵図が伝播していく中、壇上の少女はそっと目を伏せた。


「でも、でもね?

 たとえすべてが変わっても……一つだけ変わらないものがある。

 ううん、変わらないものがなきゃダメなの」


 ここで、横から神官が出てきた。

 その人物は音を反響させる結晶石の付いた棒――

 端的に言えば、マイクのようなものを少女に渡す。


「だから、この私が……祈り子が!

 みんなの、変わらない心の拠り所でありたい。

 そう誓って、今日も私は、みんなを導いていくんだ――っ!」


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 少女の決意とともに、会場の興奮が弾けた。

 全てをかき消すような祈り子コールが始まる。

 それを一身に受けながら、少女はマイクを天高く掲げた。



「それでは聞いてください!

 第57代祈り子で、『豊穣歩行のメモリアル』ッッ!」



 高鳴るリズム。

 熱唱される合いの手。

 少女を中心に、激しい歓声が巻き起こる。

 こうして神聖国の最高権力者は、高らかに宣旨を始めたのだった。




 ――宣旨ッテナンデスカ



次話→8/18(21時更新予定)

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