第十四話 待たせたな
【四賢賛嘆録】 ハイゼル・ガルトゥス著
――大地の章・四頁第二項より抜粋――
君は聞いたか、地を鳴動せしめる咆哮を。
君は見たか、大地に異変を齎す者を。
闇に堕ちた豊穣の地は、ただ一人の手で光差す。
其は大地を支配する女王。
地が軋んだ。彼女が立ったゆえに。
地面が嘶いた。彼女が歩いたゆえに。
地表が撓んだ。彼女が座ったゆえに。
大地が牙を剥いた。彼女が唱えたゆえに――
たとえ悪しき神が軍を率いるとも。
彼女もまた、土の剣兵を創生す。
一にして全、全にして一。
そこに大地が広がる限り、敗北の二文字を知らぬ者。
比類なき四賢の中で、最も転変を引き起こす魔法師。
人は、彼女を畏怖してこう呼んだ。
――大陸の四賢・シャンリーズと。
◆
シャンリーズが名乗りを上げた直後。
俺の視界からウォーキンスは消えていた。
残ったのは、残響のような声だけ。
「――覇軍舞踏・神速」
瞬刻の後、俺はウォーキンスの姿を捉えた。
正面から大剣を振り下ろしていたのだ。
その剣刃は一直線にシャンリーズの肩口へ――
「奇襲、カ」
落胆したようなシャンリーズの声。
直後、ウォーキンスの大剣はピタリと止まっていた。
見れば、シャンリーズが片手で受け止めている。
ウォーキンスの一閃を、素手で相殺してしまったのだ。
尋常な身体能力ではない。
「開幕からご挨拶だナ。勝ちでも焦っているのカ?」
煽り立て、シャンリーズは手に持った槍を振り上げる。
しかし、ウォーキンスはその超反応を読んでいたようだ。
「――魔剣刃・”水竜爪”」
一瞬で身体を翻し、剣の拘束を解除。
その勢いのまま、水魔法を纏わせた一撃を叩き込んだ。
あれが、ウォーキンスの言っていた対シャンリーズの切り札か。
鮮やかな軌跡を描き、脇腹に入った一閃。
しかし――
「ア、ァアアアアアアアアアアアア!」
辺り一帯に響く裂帛の気合。
シャンリーズの咆哮で、大地が爆発した。
足元から流し込んだ魔力を炸裂させたのだろう。
足を取られたウォーキンスを見て、シャンリーズが槍を振るった。
衝撃を殺しきれず、ウォーキンスが吹っ飛んでくる。
「危ない!」
俺はウォーキンスを受け止めた。
危うく岩壁に叩きつけられるところだった。
槍の切っ先が当たったらしく、ウォーキンスは腕から出血している。
「ありがとうございます、レジス様」
俺は頷きでもって返事をする。
シャンリーズは脇腹に叩きこまれた一撃を確認。
滴り落ちる水を見て、嘲りの笑みを浮かべた。
「フン……魔剣刃カ。
よもや、対策していないとでモ?」
シャンリーズは軽鎧の裾から、肌着のようなものを見せてきた。
薄手の生地だが、表面はゴツゴツとした鱗で覆われている。
恐らく、水属性の魔素を相殺する装備なのだろう。
それを見て、ウォーキンスが小さくため息を吐いた。
「なるほど、アレクサンディア様が苦戦したのも納得がいきます」
「……というと?」
「500年前の弱点を、全て塞いでいるようです。
水に関してだけでなく、ドワーフ特有の弱みは全て潰していると見るべきでしょうね」
なんだそれ……無敵じゃないか。
というか、シャンリーズ戦の切り札が有効に機能しないって。
卑怯すぎるだろ。
「ですが、首元などの露出部分を狙えば話は別です」
「フハッ、そんな見え透いた攻撃を、この私が許すと思うカ?」
ウォーキンスの策に対し、シャンリーズは唾棄する。
その上で、魔力を地面に伝導し始めた。
そして、懐から大量の鉱石を取り出し、それを素手で握りつぶす。
「――現れヨ、土の石兵」
パラパラと鉱石の欠片が地面に落ちる。
すると、シャンリーズの魔力と融合し、異変が起きた。
欠片は辺りの岩石を伴って肥大化し、人型へと変貌する。
「さあ、我が掌中で踊レ。峡谷の時の雑魚兵とは一味違うゾ?」
シャンリーズの詠唱に伴い、次々と土人形ができ上がる。
赤い粉塵が岩石をまとい、巨大なゴーレムとなって降臨した。
「”紅炎石”よりいでよ――『ギア』『ギイ』『ギウ』『ギオ』」
四体もの屈強な石像。
それらは意志を持ったかのように武器を構え、こちらを包囲してくる。
すると、シャンリーズはさらに手元の石を握りつぶした。
「”蒼冷石”よりいでよ――『リイ』『リウ』『リエ』『リオ』」
藍色の石が鉱石と合流し、人間大の騎士となった。
帝国兵に化けた石兵は、その石から作ってたのか。
しかし、以前に相対した土人形とはまるで違う。
その精巧さ、纏う魔力において、峡谷で見た石兵を上回っていた。
最後に、シャンリーズは思い切り拳を握りしめた。
グググ、と押しこむと、激しい抵抗の末に鉱石が砕けた。
「並びに”古英結晶”よりいでよ――『バルキ』『バルク』『バルケ』」
辺りを制圧しかねないほどの石の壁。
それがシャンリーズの魔力で変容し、巨大な石像になっていく。
果てには、見上げるような大巨像が目の前に現れた。
「この3体は……私も見たことがありませんね」
「この500年で使い倒した石兵どもダ。
耐久力はアテにならんが、貴様を疲弊させるには十分だろウ?」
都合10体を超える石の兵士が、俺たちの眼前に屹立した。
すさまじいまでの圧迫感。
魔法師というのは、たしかに個の力が強い。
しかし、質の優位性が働くのは一定の人数差までだ。
ここまで召喚されると、いくらウォーキンスでも――
「切り倒すしかありませんね」
「やってみろ、代わりはいくらでもいル」
シャンリーズは懐からジャラジャラと鉱石を取り出した。
やられた傍から補填していくつもりなのだろう。
くそ、帝国に加担しているつもりはないんだろうが、
消耗戦に持ち込んでくるのはキツい。
早く打開しなければ。
「――――」
と、ウォーキンスが静かに詠唱の構えに入っている。
何かするつもりだ。
この間はいかなる使い手であっても無防備。
俺が発動までの間に護衛しないと。
「喰らえ――『イグナイトヘル』ッ!」
藍色の兵の足元で大爆発を起こした。
地形を利用したため、全ての石兵に被害が及ぶ。
当然、石兵を操っているシャンリーズに対してもだ。
「ほォ、少しは成長したようだナ」
辺りは煙に包まれている。
だというのに、絡みつくような視線を感じた。
完全に俺の動きは織り込み済みであるらしい。
煙が晴れると、そこには焦げた石兵たちが直立していた。
藍色の兵を2体、紅色の兵を1体潰したが、他はピンピンしている。
そして、兵達の奥――シャンリーズが、俺に向けて指を突き付けてきた。
「蹂躙しロ、土人形」
シャンリーズの宣告により、石兵たちが動いた。
俺に向けて一直線に走りこんでくる。
巨大石像の一歩が、地面を震わせ、危機感を煽ってきた。
「くッ……『クロスブラスト』ッ!」
炎の壁を展開。相手の猛攻を遮断する。
しかし、石兵たちは火炎をものともせず突っ込んできた。
あっという間に炎壁を突破し、俺の下へと到達する。
とっさに回避行動をしようとした、その時――
「――覇軍舞踏・瞬閃」
ウォーキンスが叩きつけるような一歩を踏み出した。
同時に大剣を体全体で振りぬく。
すると、斬撃は目の前にいた石兵をまとめて切り飛ばした。
紅と藍の石兵は消滅し、巨大石像も下半身を残して消滅する。
「すげぇ……一撃で」
この制圧力なら、届く。
あの魔法師、シャンリーズの元へと――
「それデ、疑似餌を切り裂いた感触はどうダ?」
ゾワリと、背中が総毛立った。
俺のさらに背後、ウォーキンスの足元から、シャンリーズが現れたのだ。
岩を突き破り、そのまま脚へと槍を突き立てる。
「…………ッ」
ウォーキンスが一瞬だけ苦痛に顔を歪める。
さっきの大層な石像はただの囮。
それを片付けている間に、直接攻撃をするつもりだったのだ。
「――ウォーキンス!」
俺はウォーキンスに当たらないよう、炎弾を飛ばした。
しかし、シャンリーズは素手でそれを受け止めてしまう。
その上で、頭上のウォーキンスをあざ笑う。
「ふん、しょせんは四賢の成り損なイ。ここで引導を渡してくれル」
よろめくウォーキンス。
これに対してシャンリーズが追撃を掛けようとする。
だが――
「……掛かり、ましたね」
ウォーキンスは土槍の突き立った左足で、シャンリーズの腕を踏みつけた。
「――むッ」
そのまま腕を折らんばかりに圧迫し、逃げられないようにする。
これにはシャンリーズも瞠目した。
その上で、ウォーキンスが右足を高々と振り上げる。
「――覇軍舞踏・潰踵」
「……チィッ」
壮絶なかかと落とし。
シャンリーズはとっさに片方の腕でガード。
しかし、鉄甲が砕け散り、メキャリという破壊音がした。
「ガ、ァアアアアアアアアアアア!」
苛立たしそうな咆哮。
シャンリーズは地中に潜り、俺たちから距離を取った。
そして離れた場所から再び地上に現れる。
「ふん、少し遊んでやっただけで図に乗るとはナ。
もういい、使うとするか――」
すると、シャンリーズは右手に魔力を込め始めた。
その手の甲には、歪んだ八角形の刻印が為されている。
シャンリーズの魔力に応じ、刻印が激しく輝いた。
「我、神山に立ち入らざることを誓いし聖者。
其が誓約を代償に、彼の者を屠る力を――『オルクスオウス』」
あれは……誓約魔法。
峡谷に入らないことを制約とし、俺に対する戦闘力を上げる誓いを結んでいたはずだ。
今、厳然としてシャンリーズの眼前に俺がいる。
この状態から、さらに強化されるっていうのかよ。
「並びに――『種族能力』、発動」
シャンリーズの体表に異変が現れる。
ドワーフ特有の種族能力――身体と魔力の強化だ。
浮遊する魔力が爆発的に濃くなり、シャンリーズの呼吸一つで大地が激震した。
「なんだよ、あの魔力は……」
「…………」
ウォーキンスは発言すらせず、真面目な顔でじっとシャンリーズを見ていた。
どうやら、彼女の想像以上の実力であったらしい。
この時、初めてウォーキンスの頬に、冷や汗が浮かんだのが見えた。
魔力を込めた後、シャンリーズは爽快感に満ちた顔になる。
「ふゥ……ようやくこれで、全盛期の6割ほどカ。
さぁ、待たせたな。続けるとしよう――ッ!」
シャンリーズが一足飛びで間合いを詰めてきた。
狙いは俺でなくウォーキンス。
これは、チャンスだ。
「――『イグナイトヘル』!」
シャンリーズの隙を狙った、渾身の一撃。
魔力は猛火となって、奴の足元で大爆発を引き起こす――はずだった。
「――『アースプロテクター』。残念だったナ」
シャンリーズは俺をあざ笑った。
見れば、地面に何も変化は起きていない。
かなりの魔力を込めたというのに。
そこで、気づいた。
不発ではない、確かに爆発はした。
しかし、シャンリーズが魔法を使ってきたのだ。
地面を硬化させ、爆発の影響を受けないように――
「じきに犯してやる。そこで大人しくしていロ」
シャンリーズが右手を開く。
その瞬間、俺の腹にすさまじい衝撃が走った。
「…………か、はッ」
この激痛は、間違いない。
確実に肋骨が折れた。
一拍遅れて、硬い石が地面にゴトリと落ちる。
目に見えない速度で、俺に石を飛ばしたのだ。
尋常でない痛みだったが、なんとか意識だけは保った。
「フン、これでようやく貴様に集中――」
シャンリーズが俺から視線を切った刹那。
彼女の頭上から、ウォーキンスが落ちてきた。
誰とも知れず跳躍し、空中から猛攻を仕掛ける。
「――『カオス・カタラクト』」
「ふん、水魔法カ」
シャンリーズは魔法を使うことなく地面を踏みつける。
すると、彼女の意志に沿ったように岩盤が盛り上がった。
テント状に隆起した岩石は、滝のような瀑布を無効化する。
「フハッ、弱点は消滅したと何度言えば――」
「――覇軍舞踏・『圧壊』」
ウォーキンスは大剣を足で踏み、全体重を掛けて岩盤へと叩きつけた。
すると、シャンリーズ自慢の硬石が粉々に砕け散る。
「なッ……!?」
「――覇軍舞踏・『武弾』」
その上で、反応が遅れたシャンリーズに膝蹴りを叩き込んだ。
凄まじいまでのクリティカルヒット。
奴はそのまま岩盤ドームの外まではじき出される。
とっさに態勢を立て直そうとするシャンリーズ。
「はァ、はァ……」
「――覇軍舞踏・『剛波』」
だが、そこにウォーキンスの追撃が叩き込まれる。
一切容赦のない、殺意に満ちた連撃。
その時に見えたウォーキンスは、静かなる激昂の表情を浮かべていた。
「ガァアアアアアアアアア! 『イグナイトヘル』ッ!」
俺が使ったものと同じ火魔法で、シャンリーズは地面を爆散。
ウォーキンスの足場を奪う。
しかし、ウォーキンスは構わず攻撃を続けた。
「――レジス様への無礼。死に値します」
「ハッ、死ぬべき罪を負ってるのは貴様の方だろウ!?」
ここで、シャンリーズが反撃に出た。
槍をウォーキンスの肩口に突き刺す。
脇腹、足に続き、ウォーキンスの肩から盛大に出血した。
「ウォーキンス!」
「平気です。そこでお待ちを」
そう言うと、ウォーキンスは肩に刺さった槍をさらに奥へ突き刺した。
常人の判断ではない。
自然、槍を握りしめたシャンリーズはそのバランスを崩す。
そこへウォーキンスが強烈な肘鉄を加えた。
「……ガ、ハッ」
先に辛抱できなくなったのはシャンリーズだった。
後ろへ飛び退り、体勢と魔力を回復する。
シャンリーズの周囲の地面が荒れ狂っているのを見て、ウォーキンスは追撃をやめる。
その上で、足と肩を庇うように俺の元へ戻ってきた。
「撃ち漏らしてしまい申し訳ありません。
お腹を撃たれたようですが……大丈夫ですか? レジス様」
「……ああ。でも――」
心配すべきなのは、俺でなくなくウォーキンスの身体だろう。
痛々しく血が流れ出て、彼女自慢の使用人服を赤く染めている。
ウォーキンスが手傷を負ったのは、初めて見た。
旗色が悪くなっているのは明らかだ。
俺は彼女の身体を支えながら尋ねた。
「……ウォーキンス、戦況は?」
「正直に申し上げますと、シャンリーズを侮っていました」
そう言うと、彼女は所在なさげにペコリと頭を下げてきた。
その視線は、俺の負傷した腹部に向いている。
どうやら、シャンリーズの牙が届いたことを申し訳なく思っているらしい。
「……不甲斐ありません。
この不明に対する罰は、後ほどいかなる形でもお受け致します」
「いいよ。そもそも、力が拮抗してることは分かってた」
旅の出発前、ウォーキンスはアレクに言っていたじゃないか。
相討ち覚悟なら倒せる、と。
それはつまり、普通に戦えばどうなるか分からないということだろう。
ウォーキンスは俺を心配させないよう、確実に勝てると告げたのだ。
それだけは、本当に悪い癖である。
そんな予防線を張らなくても、俺は失望なんかしたりしない。
「それで、結局勝算はあるのか?」
「無条件に勝てると断言した手前、厚顔の極みですが。
訂正致しますと――条件付きならば勝てます」
条件付き。
嫌な予感がフルスロットルだ。
ウォーキンスは悲観した言葉を嫌うため、必ず含みを持たせる。
裏を返せば、そこには歴然とした絶望が内包されていることもあるのだ。
だから、俺は即座に尋ねた。
「その条件っていうのは?」
「まず一つ。確実に相討ちになりますが、私が持てる最強の魔法を撃つことです」
「却下だ」
俺は有無をいわさず言い放った。
ウォーキンスは食い下がろうとしていたが、彼女の唇に指を押し当てた。
ウォーキンスの犠牲の上に成り立つ勝利などいらない。
「それで、もう一つ勝ちの道があるんだよな?」
「ええ……しかし、もうひとつの方は――」
彼女は言い澱んだ。言いづらいことであるらしい。
しかし、こうしている間にもシャンリーズの魔力は回復している。
いつ追撃してくるか分かったものじゃない。
俺はウォーキンスに詰め寄った。
「言ってくれよ」
「ですが――」
「――何のために、俺がいると思ってるんだ」
足を引っ張るだけのとっつぁん坊やじゃないんだ。
何の役にも立たないと自認してるなら、既にここにはいない。
ウォーキンスを置き去りにして、先に向かっていただろう。
だが、今の俺は――違う。
ウォーキンスと共に、この高い壁を突破するため、ここにいるんだ。
俺の意志が伝わったのか、ウォーキンスは端的に言った。
「レジス様に、数十秒ほど時間を稼いで頂く必要があります」
「やるよ」
「相手はシャンリーズですよ?」
「わかってる。任せとけ」
正直、勝敗を決するだけの戦いならば俺に勝ち目はない。
だが、例えば足止め。
時間稼ぎ程度なら、俺でも務めてみせる。
俺が覚悟を告げると、ウォーキンスはコクリと頷いた。
「もし本当に危なくなったら、私の間合いまで下がってください。
詠唱中は生半可な刺激には反応できませんので、呼びかけではなく直接触れるように」
どうやら、特殊な魔法を使おうとしているらしい。
俺はここで懸念事項を尋ねる。
「触ったら、魔法は中断されるのか?」
「ええ、レジス様の身が一番ですので、必ず触れるようにしてください」
「ん、了解」
多分下がらないだろうけどな。
ウォーキンスに助けを求めた時点で、詠唱は水の泡。
そうなればジリ貧だ。
ここは俺が、必ず食い止めなければならない。
俺が一歩前に出ると同時、ウォーキンスが背後で何かの詠唱を開始した。
恐ろしい呪詛のような文言が耳に届いてくる。
だが、気にしていられない。
俺は自分の成すべきことをやるとしよう。
「回復は終わったか、シャンリーズ。俺が相手だ」
声をかけると、シャンリーズはゆっくりと顔を上げた。
先ほどまで荒かった息は正常に戻っている。
誓約魔法で強化され、種族能力を発動した状態。
奴の攻撃が掠った時点で死ぬと思っていいだろう。
歩み出る俺を見て、シャンリーズは眉をひそめた。
「貴様は戦っても楽しみなど見出だせン。後で存分に可愛がってやる、引っ込んでいロ」
「――『クロスブラスト』」
返事として、俺は炎の壁でシャンリーズを取り囲んだ。
しかし、これだけでは不十分。
俺はさらに魔力を注ぎ込み、重ねて魔法を発動した。
「もっとだ――『クロスブラスト』ッ!」
二重の炎壁。
それらは一つに融合し、何者をも拒む業火となった。
まさに炎の籠だ。
しかし、壁の向こうから聞こえてくる声は、恐ろしいほどに冷たかった。
「ほォ、あくまで挑むつもりカ? このシャンリーズに対して」
脅しつける宣告。まるで焦っている様子はないようだ。
俺はトドメとして、炎の壁の中にある魔法を放った。
「喰らえ――『イグナイトヘル』ッ!」
炎の壁で逃げ場を奪ったところで、内部を爆散させる。
しかも今度は地中ではなく、地上で爆発を起こした。
これならば相殺のしようがない。
その上で、俺は巨大な炎の弾丸を生成した。
「灯り犇めく炎魔の光弾、穿ち貫き敵を討て――『ガンファイア』」
詠唱省略でない、全ての魔法を効率よく注ぎ込んだ一撃。
この炎玉を、爆発に見舞われた一帯へと叩きつけた。
包囲、爆散からの狙撃。これが俺なりの、炎魔法コンボだ。
「ふむ、なかなか良い火加減だったゾ?」
シャンリーズの声が聞こえた。
とっさに身構える。
しかし、声が聞こえた方向は壁ではなく――
「――誘ってやる、大地の世界へ」
両足が支えを失った。
地面が陥没し、大穴が空いたのだ。
そこからシャンリーズが俺の両脚を掴み、引きずり込もうとする。
「……く、そっ――『ガンファイア』」
連続詠唱で頭に激痛が走っている。
しかし、その痛みを堪え、引きこもうとするシャンリーズに炎弾を打ち出した。
しかし、シャンリーズはそれを鉄甲で相殺。
奴はそのまま俺の腰を引き寄せると――
「くく、楽しみの時間ダ」
俺の頬をベロリとなめ上げてきた。
ひどく蠱惑的で、官能的な感触。
殺意が直に伝わり、すさまじい怖気が走る。
「――――ッ」
シャンリーズの魔力に触れ、本能が警鐘を鳴らした。
数秒後に、引き返せない損傷を負う。
その確信が、無意識に魔法を発動させた。
「クロス、ブラストォオオオオオオオオオ!」
密閉された穴の中で、火炎流が発生。
逃げ場が一切無いため、俺もろともシャンリーズにダメージを与えた。
「……ッ、自殺する気カ?」
全身に灼けるような痛みが走る。
しかし、熟練による耐性で耐え切った。
なんとかシャンリーズの腕を振り払う。
そして陥没した穴から這い上がり、シャンリーズの魔の手から距離を取ろうとする。
「クク、熱い、熱いなァ。
こんなことをされては、少しばかり仕返しをしたくなル」
そう言って、シャンリーズは一瞬で土槍を生成した。
穴から足を引き上げた時、その切っ先の照準は俺の首元に定まっていた。
これは――死ぬ。
濃厚な死の気配が視界を埋め尽くした。
だが、おかしい。
シャンリーズが槍を投げてこない。
止まったかのように姿勢が固定されている。
「なんダ……これは」
その時、俺は見た。
断崖の上から血が滴っているのを。
そして、常人であれば致死量の血液が、穴の中に流れているのを。
その血は一瞬にして凝固し、中にいる輩の自由を奪う。
この瞬間、俺は追撃の魔法を詠唱した。
「――『イグナイトヘル』ッ!」
シャンリーズのいる陥没穴の内部を爆散。
いかなる鎧を着ていようが、この一撃は無力化できない。
確実にダメージが入った。
「――へっ、テメェも容赦ねえな」
皮肉の言葉とともに、影が崖の傍から現れる。
それは数日前、壮絶にすれ違い、異なる道を進んだ男。
その肉体に流れる血液を武器とし、暗殺者を屠る者――
「よぉ、待たせたな――俺も混ぜてくれや」
バド・ランティスが、参戦するため現れたのだった。
次話→8/7(21時更新予定→0時までに更新予定)
ご意見ご感想、お待ちしております
また、ディンの紋章4巻が8/25に発売されます。
レジス達が峡谷にいた時のウォーキンスの様子など、
様々な加筆により充実の一冊となっておりますので、
どうぞ一つよろしくお願いします。