表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/170

第十三話 アース・クイーン

 


 辺りは絶壁に囲まれた岩場。

 逃げ場のないこの場所で、行く手を遮る魔法師が五人。


 帝撰魔法師はひたすら無味乾燥に直立していた。

 その沈黙が、逆に恐怖を掻き立てる。


 俺とウォーキンスの前に出て、槍を構えるアイン。

 しかし、その両足は震えていた。

 帝国騎士であっても怖気づいてしまうのか。

 帝撰魔法師というのは、やはり特別な意味を持っているらしい。


「くっ……連中の実権は、陛下が握っていたはずなのに」


 アインは舌打ちをした。

 帝王が指揮権を持っている以上、この5人組は命令に背いていることになる。

 妹の献策を帝王が邪魔するとは思えない。


 それに本気で潰すつもりなら、総出で待ち伏せをさせていただろう。

 つまり、この5人を離反させて差し向けたのは他の人物だ。

 まあ、そんなのは一人しかいないんだが。


「老父卿――って奴の仕業だろうな」

「ええ。確実に抹殺できる方法を選んだのでしょう」


 ウォーキンスは感心したように頷く。

 アインは絶望した顔をしているが、反対に彼女は涼しい表情だった。

 十分に相手ができる連中だと踏んでいるのだろう。


 俺から見れば、あの5人組から溢れ出る魔力は脅威そのものなんだがな。

 常人が内包できる魔力を、明らかに超過している。

 あれでは正気など保ってはいられまい。


「貴様ら、即刻立ち去れ!

 今なら我が主への報告だけで済ませてやる!」


 アインは腹を決めたのか、槍を掲げて咆哮した。

 しかし、帝撰魔法師は微動だにしない。

 アインをじっと見つめながら、ボソボソと呟くだけだ。


「逆賊を護送するなど」

「正気ではない」


 一人が呟けば、それに呼応して他の魔法師が呟く。

 まるで意志を一つに統括しているかのような反応。

 不気味極まりない。


「帝都で始末しなかっただけ」

「感謝するがいい」

「この地にて帝国の」

「礎となれ」


 そう言って、魔法師たちは歩幅を揃えながら接近してくる。


「こいつら、壊れたテープかよ……」

「自我も奪われているようですね」


 溜め息を吐きつつ、俺とウォーキンスも身構えた。

 これを見て、魔法師の一人がすっと右手を掲げた。

 すると、次の瞬間――



「光霊よ、在れ――『ギガスペクトル』」




 光。


 

 世界が、光に染まった。

 見えるものが白になり、無音の世界が訪れる。


 ……なんだ、何が起きた?


 脳が軋み、吐き気を催す。

 五感がのたうち回り、意識が昏倒しかけた。

 だが、意地で失神を防いだ。


 地面に片膝をつきながらも、なんとか感覚を落ち着かせる。

 いったい……なんの光線だったんだ。

 だが、光だけなら脅威ではない。


 そう思った直後、すぐに気づいた。

 俺の身体が、ウォーキンスの魔力に包まれていたことに。

 そして、周りの景色が一変していたことに。


「……いったい、なにが」


 断崖が黒く灼け、次々と崩落していく。

 辺りに漂う空気はチリチリと焼け焦げ、

 光線が通過した崖は深淵の彼方まで大穴を開けている。


 ウォーキンスの魔力がなかったら、肉体が炭化していただろう。


「ご無事ですか、レジス様」

「……ああ、なんとか」


 眩んだ視界を抑え、俺は立ち上がった。

 アインも魔力に守られていたらしく、悶絶だけで済んだらしい。


「……ッ、ァ……カハッ」


 しかし、光にやられたのか、激しく嘔吐している。

 しばらくは戦闘態勢すら取れないだろう。

 俺の視線の先には、無傷の帝撰魔法師たちが立っていた。


 だが――


「一人も殺すことなく」

「逝ったか」

「案ずることはない」

「弾はまだ4つもある」


 4人の魔法師の足元に、黒い物体が落ちていた。

 もはや人型も保っていない。

 しかし、それが魔法を使った帝撰魔法師だということは分かった。


 絶壁の谷間に吹く風が、炭と化したそれを運んでいく。

 そして一瞬にして、そこから魔法師だったモノは、文字通り、失くなった。


「……自爆したのかよ」

「ええ。帝撰魔法師は一発で使い切りの兵器です」


 クレイジーにも程がある。

 どこの人間爆弾だ。

 瞬間的な破壊力では、大陸の四賢に匹敵、だったか。

 帝国も恐ろしい兵器を作ったものだ。


 しかし――


「――クロスブラスト」


 俺は態勢を立て直すため、炎の壁を召喚した。

 そしてアインを後ろの方に下がらせる。


 先ほどの熱波で、ライオットホースは完全に炭化していた。

 もはや逃げられない。

 こいつらを突破するしか、生き残る道はないのだ。


 直後、炎の切れ目から帝撰魔法師たちが現れる。

 俺は魔力を練りながら、奴らを睨みつけた。

 すると、奴らはまたボソボソと声を発してくる。


「ほう、やるつもりか」

「王国の使者というのも」

「なかなかどうして」

「骨がある」


 機械的に喋る帝撰魔法師。

 その中で、一番背の高い魔法師が歩み出てきた。

 今度は奴が魔法を使おうというのだろう。


 ウォーキンスは俺の横に立ち、手を腰に添えてきた。

 そして、もう片方の手を連中に向ける。

 相殺するつもりなのか……?


「その選択はあまりにも愚鈍」

「貴様らの前に立つ我々が」

「誰だか分かっているのだろう?」


 魔法師の一人が魔力を込め始めた。

 それを見て、周りの連中が一斉に後ろに下がる。

 しかし、そんな時でさえ、奴らは一切の感情を見せなかった。


「大陸の四賢を叩き潰し」

「邪神を滅殺するために組織された」

「この帝撰魔法師が」

「ここで、貴様らに引導を――」



 次の瞬間、奴らの周りに影ができた。



 不審に思ったのか、帝撰魔法師は足元を見る。

 それと同時、俺は隣のウォーキンスに視線をやっていた。

 あの影が彼女の策なのかを、確認するために。



「ここで――ですか」



 しかし、ウォーキンスはただ空を見上げていた。

 彼女が仰ぎ見る空。そこへ視線をやろうとした刹那――


 バガンッ、と重々しい音がした。


 すさまじい震動。

 大地を割ろうかという激震。

 腹の底に響く音を響かせながら、辺りに粉塵が舞った。


 あまりの衝撃に、俺とウォーキンスは体ごとのけぞってしまう。

 しかし、次第に粉塵は収まっていく。

 そこには、巨岩の瓦礫に圧殺された肉体があった。


 誰のものかは言うまでもない。

 魔法を発動しようとしていた、帝撰魔法師だ。

 一人残らず、原型をとどめていない。


 そして、この混沌を招いた者は、首を傾げながらゆっくりと立ち上がる。


「ん、何か潰したカ?」


 陽光に照らされ、燦然と輝く銀の長髪。

 それと対比するかのように、鮮やかに映える小麦色の肌。

 かつて峡谷で目の当たりにした、絶望の魔法師。


 ドワーフの頂点にして、

 今回の旅で最も邂逅したくなかった人物。




 大陸の四賢・シャンリーズが、断崖絶壁に降臨したのだった。






     ◆◆◆



 シャンリーズは手についた土塊をパラパラと払う。

 そして足元に散らばる帝国兵器に冷たい視線を注いだ。


「……帝撰魔法師、だったカ?」


 どうやら、知っていたらしい。

 帝国に関する見識があるようだ。

 目についた一人を蹴飛ばしながら、シャンリーズはあざ笑う。


「大陸の四賢に匹敵とは笑わせル。

 その爆発力も、発動する前に殺せば雑魚と変わらン」


 帝国の切り札である魔法師――

 それも警戒状態の4人を、一撃で粉砕してしまった。

 その圧倒的なまでの威圧感に、身体が震え上がる。


「――久しぶりだナ。レジス・ディン」


 シャンリーズはあろうことか俺に一瞥をくれてきた。

 口元をいびつに吊り上げ、心底嬉しそうな顔をしている。

 無視すると、シャンリーズは続けて声を発した。


「喜べ、お前に会いに来てやったのだゾ?」


 そう言って、シャンリーズは地面にめり込んだ足を引き抜く。

 すると、無造作に俺へ向かって歩き始めた。

 その間に、俺は内心で舌打ちをしていた。


 ……なんで、このタイミングで、こいつなんだよ。

 もう少し、あとちょっとで、神聖国に逃げられたのに。


 確かに、帝撰魔法師も脅威そのものだった。

 しかし、ウォーキンスさえいれば、普通に突破できる目論見だった。

 なにせ「5人までなら無傷で勝てる」との言葉をもらっていたからだ。



 だが、このシャンリーズは……話が違う。

 次元も違う、格も違う。


 地の利のない峡谷で、アレクを死亡寸前まで追い詰め、余力でエルフを壊滅させかけたのだ。

 しかも、今はあの時と同じではない。


 ここは岩窟地帯。

 明らかにドワーフであるシャンリーズに有利。

 その上、誓約魔法とやらで実力を底上げしている。


 こんなイカれた魔法師が、こちらを殺そうとしているのだ。

 ウォーキンスを持ってしても、勝てるか分からない。


 俺はとっさに火魔法を詠唱しかけた。


「――――ッ」


 しかし、直前で気づく。

 シャンリーズが魔法をいつでも発動できる状態であることに。

 下手に起爆させれば、問答無用でカウンターを放たれてしまう。


 ためらった俺を見て、シャンリーズは妖しく嗤う。


「そう強張るなヨ。

 優しく痛めつけ、隅々まで陵辱した後、楽に殺してやるからナ」


 コツ、コツとこちらに近づいてくるシャンリーズ。

 その威容を前にして、身体が凍りついた。

 あの峡谷の一件で、完全に精神に外傷を負ってしまった。


 ガチガチ、ガチガチと、奥歯が震える。

 まるで冬の寒空の下、全裸で一輪車を漕いだ時のような怖気。


 濃厚な死をもたらす者として、

 全身が戦うことを拒否しようとしてしまう。

 しかし、その虚弱な想いをねじ伏せ、俺はシャンリーズに立ち向かう。


 だが、そんな俺の手前に、ウォーキンスがするりと割って入った。

 これを見て、シャンリーズは足を止める。


「……誰だ? 貴様ハ」

「レジス様。引きつけておきますので、先にお進みください」


 シャンリーズの問いかけを無視して、ウォーキンスは俺に告げてくる。

 慮ってくれていることが一瞬でわかる、真摯な一言だった。

 そんなにも心配されると、自然と脳裏に、過去の追憶が浮かんでしまう。


 峡谷という地で、シャンリーズと相対。

 隣にいたのは、傷ついてほしくないと願う人。

 そして、その人から、ここにいるなと告げられる。


 あの時の俺は、力だけでなく、あまりにも意志が弱かった。

 意地を通し損ねたから、後悔が生まれた。

 だから、俺は、今度こそ――



「――嫌だ」



 きっぱりと、ウォーキンスへと言い放った。

 現状から考えて、先に行ったところで何の意味もない。

 ここから関所までは、徒歩では時間がかかる。


 その間に勝敗が決して、シャンリーズが追撃してくるかもしれない。

 そうなれば、ただ時間差で死人が増えるだけだ。

 だったら、今、ここで、シャンリーズを撃退する。

 それが俺の、確固たる決意なのだ。


「俺も残る。ウォーキンスを置いて、先には進めないからな」


 すると、ウォーキンスは驚いたように目を丸くした。

 そして、シャンリーズに注意を払いながらも、彼女は情緒を込めて呟いてくる。


「変わりましたね、レジス様」

「ああ。変わらないと、ダメだったからな」

「ふふ。学院に行く前とは別人のようです」


 そう言って、彼女は一度目を瞑った。

 そして、改めて俺をまっすぐに見つめてくる。

 その瞳からは、甘えた慈悲などは感じられなかった。


 断られたらどうしよう。

 そう思った刹那――


「では、共に戦いましょう。レジス様」


 俺の背がポンと押された。

 そして、ウォーキンスの隣に並ばせられる。

 上辺だけの言葉ではなく、真の意味で共闘しようと誘ってくれていた。


「……足手まといって、言わないんだな」

「ええ。レジス様をお守りしながらでも、十分に退けられる相手ですから」


 そう言って、ウォーキンスは悪戯っぽく微笑む。

 これには静観していたシャンリーズもカチンと来たようだ。

 魔力を沸騰させながら、彼女はウォーキンスを睨みつける。


「ずいぶんと好き勝手に言ってくれるじゃないカ」

「レジス様……私にとっては、

 レジス様をお守りしたいという想いが、何にも勝る原動力なのですよ?」


 しかし、ウォーキンスはシャンリーズに一瞥もくれない。

 ただ、異次元から自前の大剣を取り出し、左手で抱えた。


「レジス様が信じてくださるのなら――」


 ウォーキンスは空いた片手で俺の腰を引き寄せた。

 必ず護るという意志が痛いほどに伝わってくる。

 そして、彼女は二の句を継ぐように、威風堂々と言い放った。



「私は、神だって殺してみせます」



 魂に響くような、目の覚める一言。

 しかし、その余韻を噛みしめる間もなく、殺意の暴風が吹き荒れた。


「――『ストレイタムフィッシュ』」


 シャンリーズが苛立たしげに呟く。

 すると、俺たちの足元から岩魚が飛び出してきた。


 逃げ場のないほど巨大な岩石。

 魔力をまとっており、掠っただけで致命傷は間違いない。


「……ッ、これは」

「造作もありません」


 しかし、ウォーキンスは一歩も動かぬまま剣を振り上げた。

 否、斬り上げたのだ。

 バターにナイフを滑らせたかのように大岩が真っ二つとなり、それぞれ岸壁へとぶつかった。

 俺たちを含め、後ろでうずくまっているアインにも傷ひとつない。


 これを見て、シャンリーズは興味ありげに眉をひそめた。


「……ほう? ただの下女ではないようだナ」

「無益な暴力に身を任せて、シェナさんが泣いていますよ?」


 ウォーキンスの言葉に、シャンリーズの目が据わった。

 彼女は怒りを魔素に変え、ウォーキンスへ告げる。


「知ったふうな口を利くなヨ、女。初対面の輩に諭される謂れはなイ」

「あれ、心外ですね。私のことを覚えていないんですか?」

「……なんだト?」


 シャンリーズは目を細めた。

 そしてウォーキンスを足元から頭まで睨め回す。

 すると、次第に顔が引きつっていく。


 視線がウォーキンスの顔に至ると、

 シャンリーズは凍りついたように絶句した。


「貴様、まさか……」

「あれだけのことをしておいて、忘れてしまうのですか。

 滑稽ですね――大陸の四賢というのは」


 ウォーキンスには珍しい、怨嗟の篭った呟き。

 シャンリーズは面食らっていたが、すぐに平静を取り戻す。

 そして、ウォーキンスの言葉を鼻で笑った。


「いやはや……驚いタ。まさか生きていたとはナ。

 まったく、弱い地虫ほどしぶといものダ」


 肩をすくめるシャンリーズ。

 そんな彼女は、皮肉を込めてウォーキンスへ問うた。


「それで? 髪を切り、口調を変え、

 いったい誰に気づいて欲しかったと言うんダ?」


 煽り立てるかのような罵倒。

 しかし、ウォーキンスは冷静だった。


「気づいてほしいだなんて、一度も思ったことはありませんよ。

 英雄の座にしがみつく貴方とは違います」

「その言葉、そのまま返そウ。

 我が同胞を誰よりも斬り殺した帝国の狗めガ。

 弱者ゆえの未練に呼ばれ、現代に蘇ったカ?」


 両者は昔の憎悪を回帰しながら、暴言を吐き合う。

 しかし、シャンリーズの言葉が引っかかった。


 帝国の狗。

 昔の……大陸の四賢が知る頃のウォーキンスは、帝国に仕える人間だったのか?


 考察する間もなく、両者の魔力が昂ぶり始めた。


「やめにしましょう。私達の間柄に言葉は不要です」

「あァ。邪魔をするのなら、土の養分にするだけダ」


 ウォーキンスは剣を構え、シャンリーズも土の槍を生成して手に持った。

 同時に、この一区画を消し飛ばさんほどの魔力を現出していく。

 ここで、ウォーキンスが手を重ねてきた。


「参りましょう、レジス様」


 俺はしばらく息をためる。

 そして、全ての畏怖を吹き飛ばすため、力強く頷いた。


「――ああ!」

「良い返事です。

 力を合わせれば、決して勝てない相手ではありません」


 俺はナイフを抜いた。

 帝国を抜ける最後の障壁は、大陸の四賢シャンリーズ。

 トラウマを超えた存在だが、こいつを倒さないことには先に進めない。

 速攻で撃退して、突破する――ッ!



「……仇敵レジス・ディン。

 そして、私を舐めきった過去の亡霊。

 始末すべき輩が、一人増えたというわけダ」



 哄笑しながら、シャンリーズは槍を振り上げる。

 その瞳は燦然と輝き、好戦的な光に満ちていた。



 今ここに――帝国脱出を賭けた最後の戦いが始まった。



「さあ、楽しませてみロ――その命果てるまデ。

 この”地裂の征服者アース・クイーン”、シャンリーズ・ベルベットをッ!」



次話→8/4

ご意見ご感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ