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第八話 窮地の女神

 歩を進めるロベスペルリの背中は無防備に見えた。

 ただまっすぐに、帝宮に向かっている。


 背中から不意打ちを決めれば逃げられそうだ。

 しかし、それはウォーキンスの命を危険に晒すことになる。

 帝撰魔法師と殺りあってしまえば、ただでは済まない。

 動くにしても、完全に人目のないところでないと危険極まりない。


 ……ここは、我慢だ。


「面倒なときに仕事を増やしてくれたな。

 今、ワイルドナイツは部下の派遣で手一杯だというのに――」


 ロベスペルリはガリガリと頭を掻いていた。

 どうやら、俺の素性を完全に疑っているわけではないようだ。

 帝宮へ足を進めながら、俺に毒を吐いてくる。


「私はな、貴様のような田舎貴族が大嫌いだ」


 ほう。

 まあ、こちらとしても好かれたいとは思わないがな。


 どうやら彼はシャドレイア家に敵対意識があるらしい。

 同じ帝国貴族でも相性悪いのか。


「北の弱国らを攻め取ることを功績とのたまい、帝室に取り入ろうとする薄汚い輩。

 同じ貴族と思われること自体が屈辱だ」


 俺の演じるシャドレイア家は北伐五本槍の一角。

 対してロベスペルリのマラータ家は帝認三大公の筆頭。

 どっちが偉いのか分からんが、この対応を見るに相手の方がずいぶん上なのだろう。


 まあ、仕方ないよね。

 地方と首都じゃ貴族の格にずいぶんと差が出ちゃうもの。

 あれ、ちょっと待てよ。


「…………ぁ」

「なんだ、その呆けた面は」


 相手の方が偉いのに、普通に礼儀作法ガン無視で相手しちゃってたよ。

 いかん、いかんぞぉ。

 これ以上心証を害しては、扱いがいっそう悪くなってしまう。


 い、今からでも遅くない。

 声に出して読みたい、お手本の敬語を使おう。

 俺は腰を低くしてロベスペルリに語り掛けた。


「ご無体な。我が家はロベスペルリ殿と友好を結びたいと願っておりますのに」

「気色悪い! 媚びた言葉を使うな、怖気が走る」


 怖気が走るらしい。

 下手に出てキレられるのは初めての経験だ。

 これは俺が悪いのか、シャドレイア家が悪いのか。

 判断がつかんな。


「それに友好だと? 願い下げだ。辺境の女流貴族というだけで吐き気がする」

「承知した。ならば敵対家として、それなりの話し方をさせて頂こう」

「勝手にするがいい」


 そう言ってそっぽを向くロベスペルリ。

 しかし、気になる言葉が出てきたな。


 女流貴族、か。

 シャドレイア家は代々、女性が当主なのか。

 ウチの国のシャルクイン家みたいなとこなのかね。

 それにしてはずいぶんと各方面から嫌われているようだが。


「帝宮はそこの角を曲がった先だ」

「ふむ、もう少しか」


 逐一、彼は怪しいことをしないか振り返ってくる。

 攻撃への注意ではなく、逃走の恐れを警戒しているのだろう。

 参ったな、その心得は俺に効く。


 動揺を消すため、俺は話題を変えた。


「そういえば、旅の途中にワイルドナイツの団員に世話になった。よく働いていたよ」

「ん……? ああ、私が左遷させた役立たず共か。

 あれをワイルドナイツと同じ括りにしてくれるなよ」


 おっとぉ、ねぎらうどころか罵倒し始めたぞ。

 歴史ある部隊だし、きっちり連携が取れてると思ったのに。

 団長からしてこんな感じなのか。


「では、先ほど言っていた部下の派遣と言うのは……?」

「ああ、お前の想像通りだ。

 気に入らん輩を死地や僻地に送り込んでいる。

 このワイルドナイツに、雑魚に与える椅子はない」


 なるほど。

 前の街で出会った騎士二人組は、この団長に怯えていたのか。

 東の辺境にある街を任されてる辺り、ロベスペルリの言う左遷組なのだろう。


「反発などはないのか?」

「団員はみな人質を帝宮に預けているのでな。

 少しゆすれば簡単にすっ飛んでいくぞ?」

「…………」


 ガチクズじゃないか。

 騎士が青ざめていた理由がこれで分かった。

 家族の命を握られてたら、下手なことは喋れないよな。


「世襲制に反駁する無能どもを叩き潰し、私が団長の座についたのだ。

 連綿と続いてきた団長の権利、執行することに何の文句がある?」

「さて、旧制五軍についてはよく知らないのでね」


 皮肉げな問いに、俺は肩をすくめた。

 ワイルドナイツの団長は、ずっと同じ一族が務めてるのか。

 意外に思っていると、ロベスペルリは喉を鳴らして笑った。


「負け惜しみはやめておけ。

 お前の祖先とて腰抜けの一員だっただろう。

 それは生き残った我が一族への批判か?」

「…………」


 俺はあえて何も答えることなく沈黙した。

 ここは下手に反論するより、答えに窮する姿勢を見せた方が自然だ。

 しかし、シャドレイアの祖先が『腰抜けの一員』だったと言ったな。


 もしかして、シャドレイア家も旧制五軍のどれかに縁があったのかな。


「――着いたぞ、あれが帝宮だ」


 と、ここでロベスペルリの足が止まった。

 視線をやると、そこには重厚な宮殿があった。


「……へぇ」


 これが帝宮か。

 王宮とは違って、質素な雰囲気なんだな。

 しかし、その重みある外観は、大昔より君臨する王者の風格を体現しているかのようだった。


「無駄話は終わりだ。さっさと調印を済ませるぞ」


 そう言って、ロベスペルリは俺を帝宮に押し込もうとする。

 いよいよ逃げ場がなくなった。

 これ以上進めば、もう後戻りはできない。

 逃げるのなら、ここが最後のチャンスになる。

 動かなければ、いけないのだ。

 

 俺は心を落ち着かせ、深く息を吸った。

 そしてロベスペルリを急襲しようとした瞬間――


「――ロベスペルリ殿!」


 つんざくような声。

 慌てきった男たちの声が近づいてきた。

 ワイルドナイツの団員が数人、こちらに走ってきたのだ。


「どうした、見回りはもう済んだのか?」

「そ、それが……」

「なんだというのだ。黙っていては分からんぞ」


 イライラを募らせるロベスペルリ。

 対して、言い出しづらそうにしている団員。

 しかし、一人が意を決してロベスペルリに切り出した。


「”老父卿”ジャンポル様より伝言が――」

「……なに?」


 ロベスペルリは団員を手招きし、耳打ちで状況を伝えさせていた。

 盗み聞きできないか試したが、団長殿の鋭い眼光が飛んできてダメだった。

 数秒後、ロベスペルリは醜悪に顔を歪めた。


「……チッ、おとなしく傀儡になっていればいいものを」

「い、いかが致しましょう」

「老父卿に伝えろ。ワイルドナイツ帝都本部が責任をもって探しだすと」

「――ハッ」


 ロベスペルリの号令で、団員は血相を変えて散っていった。

 どうやら、何か想定外のことが起きたらしい。


「何があったんだ?」

「知らんでいい。今のことも他言するなよ」


 どうやら、相当に都合が悪いようだな。

 弱みを握れそうだが、詳細を知らないのでは脅しようもない。


「お前は調印をしてこい。3階の右奥が交通官の部屋になっている」

「……付いてきてくれないのか?」


 ここで、俺はわざと不安げな表情を浮かべた。

 調印をバックレるつもりはありませんよアピールだ。

 効果てきめんのようで、ロベスペルリは舌打ちをして帝宮を示した。


「自分で行け。私は急用ができたのでな」

「……そうですか」

「逃げるなよ。調印なしで下手な真似をした場合、帝室からの罰則は免れんと思え」

「もちろんだ」


 俺が頷くと、ロベスペルリはダッシュで角を曲がっていった。

 尋常でない慌て方だ。

 帝室の誰かがポックリ逝ったりでもしたのかね。


「……ふぅ」


 しかし、危ないところだった。間一髪だ。

 調印ができない以上、偽者であることがバレてしまう。

 それに、疑いが掛かった時点で拘束は避けられないのだ。


「……でも、まだ運は尽きてないな」


 幸運なことに、ロベスペルリはどこかへ消えた。

 俺の監視の目も消え去ったのだ。

 ここはウォーキンスと合流し、なにか手を考えよう。


 場合によっては帝都脱出も考えなければ――


「――そこの間抜けた赤服」


 しかし、帝都を脱出しても行くアテがないな。

 馬を使えないことには時間がかかりすぎる。

 魔法陣を使いきっている以上、転移での移動も望めないのだ。


「無視するとはいい度胸ね。こっちを向きなさい」


 迷うにしても、まずはウォーキンスとの合流が先だ。

 ひとまず危険な場所から離れなければ。


「聞きなさいよ、この耳なし!」

「……ぐぬぁ!」


 左脛に激痛。

 蹴られたのだ。思わずのた打ち回りそうになる。

 しかし痛みを堪え、原因と思われる輩へ文句を言う。


「あ゛ぁ? なんだコラ、人が必死で考えてる時に」

「御託は求めてないわ。いいからベルを庇いなさい」


 そう言って俺の背中に回ろうとする人影。

 赤い瞳に藍色の髪。

 全身をボロいローブで覆っており、奴隷階級にしか見えない。


 しかし、その声は毅然としたものだった。


「誰だよ、お前」

「――来るわ」

「なにが!?」

「とにかくかばうこと。逆らったら、後で内臓を掻き回すから」


 人の話を聞かないのはどっちなんですかねぇ。

 内心で毒づいていると、すさまじい足音が聞こえてきた。

 ワイルドナイツの団員と衛兵数人。

 5人ほどがこちらに疾走してきたのだ。


 連中は俺達に気づくと、一直線に近づいてきた。


「失礼。少女を見ませんでしたか?」

「ふむ、どんな奴なんだ?」

「赤い目をしていて、髪はサラサラとした藍色です」


 ほう、赤い瞳に藍色の髪ねぇ。

 ついさっき見た気がする。

 というか俺の後ろで口笛を吹いてる、このお子様のことだよな。


 ここで突き出してもいいが、個人的に帝都のワイルドナイツには恨みがある。

 俺は何食わぬ顔でさらりと告げた。


「ああ、いたぞ。向こうに全力で走っていく女がな」

「やはり、こっちの方向でしたか!」

「行くぞ、商人街だ!」


 俺の示した方向に突進していく騎士たち。

 しかし、ワイルドナイツの一人が同僚たちを止めた。


「……ちょっと待て」


 おっと、何やら勘の良さそうな奴だな。

 俺が嘘をついた可能性を考慮してるのか。

 猜疑的な目を向けてくる。


「そちらの連れの方は? よければ顔を見せて頂いてもいいでしょうか」

「ほぉ? 私を疑っているのか」

「違います。が、念のためです」


 胸を張って牽制したが、動じないな。

 服装から、俺が貴族階級だと分かるはずなのに。

 ただの騎士が貴族に反駁したらただじゃ済まないのは、王国も帝国も一緒のはずだが。

 緊急性に酔って失念しているのか。


「ご協力を、お願い致します」


 迫ってくる騎士たち。

 それに応じて、少女の身体がビクンと跳ねた。

 恐怖のあまりか、カタカタと震えている。


 仕方ない、ここまでして庇うのは癪だが――


「いいだろう。そこまで言うなら、私の嗜好品をお目にかけよう」

「……し、嗜好品?」


 俺の言葉に、騎士たちは冷や汗を流した。

 嫌な予感が脳裏をよぎったのだろう。

 そんな彼らに向かって、俺はとどめを刺した。


「シャドレイアを疑ってまで我が男娼が見たいとは、貴様らも物好きだな」

「しゃ、シャドレイア……!?」


 俺の言葉に、騎士たちが腰を抜かした。

 今口にしたのは、ウォーキンスから教わったシャドレイアの逸話だ。


 通称――シャドレイアの男娼。

 シャドレイアの当主は嗜虐趣味があるらしく、

 拾った幼児の顔を原型がなくなるまで焼き、その上で世話役を務めさせているという。


 真偽のほどは確かではない。

 しかし、今話した逸話は誰もが知っているほど有名だったようだ。

 騎士は青ざめた顔で震え上がっている。

 そんな彼らの前で、俺は少女のフードに軽く手をかけた。


「ほれ、しっかりとその瞳に焼き付けよ」

「け、結構です!」


 騎士たちは全力で首を横に振った。

 不興を買えば、後で何が起きるのか容易に想像がついたのだろう。


「う、疑っていたわけではありませぬ! どうかご堪忍の程を!」

「ご協力、ありがとうございました!」


 そう言い残し、騎士たちは商人街の方へ走っていった。

 脱兎とはこのことだな。

 危機を脱したことで、少女は安堵したようだ。

 胸をなでおろし、古いローブをパタパタとはためかせる。


「……はぁ。変装のためとはいえ、こんな下賎の着物を被ることになるなんてね」


 やはり、上流階級の人みたいだな。

 少女の肢体を見極める俺の目は確かだった。

 密かに誇っていると、少女がきょとんとした様子で聞いてくる。


「そういえば、下民あなた……シャドレイアなの?」

「ああ。シャドレイア家の一族・ジョンドゥだ」

「へぇ……」


 フードの端から見える少女の双眸。

 それは意味深な光を込めて俺を見つめている。

 と、何を思ったのか、少女はニヤリと微笑んだ。


「なら、ちょっと同行してもらいたいんだけど、いいかしら?」

「は?」


 いったい何を仰っているのか。

 何が悲しくて、お尋ね者に付き合わなきゃならんのだ。

 せっかく下げた危険度を跳ね上げるわけにはいかん。


「断る。俺は用事があるんだ」

「ん、んんー?」


 少女は露骨に首を傾げた。

 その時に見えた少女の顔は、明らかに13、4歳のそれだった。

 しかし、白い歯がキラリと覗く姿は、獲物を捕らえる蛇のようでもあった。


「おかしいわね。

 本当に(・・・)シャドレイアの人間なら、私の言うことには絶対服従のはずなんだけど?」


 意地悪げに微笑み、少女は見上げてくる。

 その時、俺の脳内に激震が走った。


「――――」


 シャドレイア家の人間であれば、絶対服従しなきゃいけない人。

 そして、貴族に対する威圧的で横柄な態度。

 トドメに、シャドレイア家は女流貴族であるということ。


「ほら、返事は? ”ジョンドゥ”くん」


 やばい、多分この人……シャドレイア本家の人だ。

 完全に名前を騙ってるのがバレてる。

 背筋にドライアイスを押し当てられたかのような悪寒。


 なにが運よく助かっただ。

 最悪の出会いじゃないか。


「応答がないわね。

 それじゃあ、断頭台の露にするまで、さーん、にー、いーち」

「分かった、分かった! 付き合うよ!」


 ここで断れば、帝宮に突き出されてしまう。

 ただでさえ人目の多い場所なのだ。

 騒ぎになれば、確実に逃げ道を失ってしまう。


「ただし、早く終わらせてくれよ」

「ええ、期待してるわよ」


 俺の返答に、口元をほころばせる少女。

 しかしその眼は全く笑っていない。

 ひどい、後ろからチャカを突き付けられている気分だ。

 

 少女はこちらの袖を引くと、軽い足取りで進んでいく。

 こうして俺は、敵地で見知らぬ少女とランデブーをすることになったのだった。




 ――ナンデ、コウナルノ



次話→7/12(21時更新予定)

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