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第四話 無奪の盗賊

 翌朝。

 出発した俺たちは、身を隠しながら街道を進んでいた。



 やはり巡回する帝国兵がやたらと多いな。

 遊撃の馬蹄ワイルド・ナイツと思われる騎士も街道を闊歩していた。

 目立つ行動はせず、俺とウォーキンスは粛々と進んでいく。


 もちろん、大手を振って歩く選択肢もあった。

 この宝剣を示せば、深くは追及されないだろう。

 しかし、そうなればシャドレイア本家に確認されてしまう恐れがある。


 ウォーキンスは心配ないと言っていたが、念には念を入れておきたい。

 そんな感じで、早足で歩くこと半日。

 ようやく国境地帯を抜け、西の都市に到着することができた。


「着きました。ここが甲殻都市・ヒットルフです」


 天空に輝く太陽。

 その光に照らされる、超巨大な街の外郭。

 それは、今までに見たことのない形状をしていた。


「なんだ……あの外壁」


 都市を守る外郭が、明らかにおかしい。

 妙なところが張り出しており、角のようなものまで生えている。

 形や構造はまったく異なるが、まるで頭蓋骨のような形をしていた。


 恐れおののいていると、ウォーキンスが解説してくれた。


「古代に存在したとされる、超巨大魔獣”ヒットルフ”の頭蓋ですね。

 この街は魔獣の遺骨を繰り抜き、その中に建てられました」


 なるほど。

 獣の面影が見えると思ったが、魔獣のものだったか。

 しかし、あんな規模の頭骨なんて見たことがない。


「あんなでかい魔獣が、古代にはいたのか?」

「文献にのみ登場する怪物ですので、実際のところはわかりません」


 どうやら、魔獣の姿を見た人は残っていないらしい。

 都市一つがすっぽり入ってしまう頭蓋の魔獣か。

 どんな化け物だよ。


「一説では、拳神が三日三晩の死闘の末に首を刎ねたとか。

 ヒットルフは世界を終末に導く大魔獣だったとか、色々話はありますね」


 拳神。アレクの師匠か。

 伝説を踏襲すると、世界を滅ぼす魔獣を拳神が打ち倒したことになる。

 そんな大戦が、かつてこの大陸で行われていたというのか。


 にわかには信じがたいが――


「もっとも、あくまで一説ですから。

 色々と噂に尾ひれがついた結果かもしれませんよ」


 まあ、その可能性は高いな。

 冒険者や観光者を集めるための触れ込みかもしれん。

 話半分に聞いておこう。


 俺は改めて甲殻の奥――都市内部を見つめた。


 はためく帝国の御旗。

 その横には領家の紋章が印字された旗もある。


 これが帝国東部で最大の都市”ヒットルフ”。

 衛星街と呼ばれる小さな街を従え、商業都市として名高い。

 旅人や貴族の数も半端ではないため、だいぶ楽に動くことができそうだ。


「……変わっていませんね」

「縁のある街なのか?」

「いえ、私はあまり関係ないです。

 ただ、邪神大戦において、討伐軍が最初に邪神と戦った場所ですね」


 邪神討伐軍。

 国籍や種族を超え、大陸の猛者たちが結集したとされる部隊だ。

 アレクたち大陸の四賢も、後に討伐軍として戦ったんだっけ。


 ただ、討伐軍初陣の時期となると、四賢はまだ参入してなさそうだ。


「ちなみに結果は?」

「討伐軍の惨敗でした」

「……だろうな」


 邪神と戦ったせいで、大陸の人口が激減したと聞く。

 正面からぶつかって、とんでもない数の死者が出たのだろう。

 ふと、ここでウォーキンスが都市の外壁を指さした。


「頭蓋の右側が見えますか?」

「補強した跡――だよな」


 頭蓋の右半分のほとんどが鉄板で覆われている。

 すさまじい規模の補修だ。


「あれは邪神の一撃によって空いた風穴を塞いだものなのです」

「うへぇ……」


 あの頭蓋、見るからに堅そうなのに。

 魔獣の骨格は人間や動物のそれとは違い、恐ろしく発達している。

 そんなものを軽くぶち抜くとは、邪神の破壊力が窺えるというものだ。


「さて、昔話もほどほどに。さっそく参りましょう」


 ウォーキンスは涼しげに呟き、都市の入口へ進み始めた。

 それに追随して、俺も魔獣の頭蓋へと向かう。

 どうやら、古代魔獣の顎が門になっているらしい。

 ずいぶんしゃれてるな。


 不思議な高揚感を感じながら、俺は甲殻都市に入ったのだった。




     ◆◆◆




 分厚い城壁に守られているからか、街の雰囲気は穏やかだ。

 魔物や戦争の脅威といった気配を感じない。

 発展度も目を見張るほどで、王都クラスの賑わいを見せていた。


 こんな街が帝国にはいくつもあるのか。

 さすがは大陸一の強国だ。


「この辺りは安穏ですが、少し外れた通りは荒んでいますよ」

「ん、貧民街でもあるのか?」


 まあ、王都も裏道は危ないところがあるしな。

 その辺は大都市の宿命なのかもしれない。

 だが、ウォーキンスの様子を見るに、どうも王都のそれとは勝手が違うらしい。


「非合法の医院が乱立していて、あまり素行のよろしくない戦士たちがうろついています」

「……にわかには信じがたいな」


 医院、それも非合法て。

 そういうのは、普通の魔法医に掛かれない人が使う場所である。

 平穏なこの街には似合わないだろう。


「活発な商業地区というのは、あくまでも都市の一面。

 この甲殻都市は他にも色んな顔を持っているのです」


 どうやら、怪我人を量産する一面を持っているようだな。

 だいたい想像がつきそうな気もする。

 街の奥に行くと、巨大な屋敷のようなものが見えてきた。


「着きました。馬貸し屋さんです」

「ふぅ……ようやくか」


 厩舎は屋敷の反対側にあるようで、ここからは立派な商館玄関しか見えない。

 しかし、ずいぶん儲かっているようだな。

 個人に馬を貸す商売の他に、定時制で乗り合い馬車を運行しているようだ。


 ひとまず商館に入り、店の人に声をかける


「すいません、馬をお借りしたいのですが」


 すると、身なりのいい商人がいそいそと出てきた。

 どうやらこの人物が店主らしい。

 彼は俺の服装を見て嬉しそうな息を漏らす。


「おや、特等市民の方ですかい」


 特等市民……?

 帝国では階級制度があると聞いたが、日常生活レベルで出てくる問題なのか。

 まあ、今回の場合は優遇される可能性が高いと見ていいだろう。

 着てきてよかった貴族服。


 しかし、店主はなにやら辛そうな顔をしている。


「ぜひともご意向を酌みたいんですが……。

 貸し出す用の馬は全部徴収されちまってるんでさぁ」


 あ、なんか雲行きが怪しい。

 もうたらい回しは勘弁してほしいんだけど。

 歩いて移動するのは神経をすり減らして仕方ない。

 時間もかかるしな。


 店主は悲愴な溜息を吐くと、目の端をぬぐった。


「補償で金こそもらいやしたが、

 今まで育てた馬が戦地に送られるってのは悲しいもんです」

「……そうですよね」


 店主に合わせて俺はしみじみと頷いた。

 ひとつ前の街では、店主が馬の徴収に対して何でもないような顔をしていた。

 しかし、商売道具とはいえ、愛情を込めて育てた馬。

 さすがにやるせないのだろう。


「と、まあ――あっしの感情はそこまでにして。

 貸し馬は出せませんが、乗り合い馬車なら出てますぜ」


 ああ、定時制の馬車というやつか。

 それに乗れば、帝国の端まで連れて行ってくれそうだな。

 馬の手綱も握らなくていいので、リラックスできそうだ。


 俺はウォーキンスに確認を取って頷いた。


「じゃあ、それでお願いします」

「ただ、一つ注意を。

 現在は帝都への便しか出てないんですが、構いませんか?」

「え……」


 帝国の中央にある帝都。

 そこまでしか馬車は進めないと店主は言っているのだ。

 当然ながら、俺たちが脱出する場所は帝国の西端。


 そんな場所で止まられては帰るに帰れない。


「領主様からのお達しでしてね。

 ここより西に向かう場合、帝都で乗り換えさせるよう言われてるんです」

「……ふむ」


 さて、どうするか。

 交通機関を帝都に釘付けにしているのは、情報封鎖のためだろう。

 連合国から脱出する者を帝都におびき寄せ、厳重な警備で捕縛するのが狙いか。


 明らかな罠だが、徒歩という選択肢は非常に厳しい。

 歩いていては、連合国が持ちこたえられそうにないしな。

 思い悩んでいると、ウォーキンスがささやいてきた。


「ご安心ください。当初から帝都を通るのは想定済みです」


 どうやら、彼女にも策があるようだ。

 そういえば、ウォーキンスは言っていた。

 この帝国を”中央突破”して帰ると。

 最初から帝都を通過する予定だったのだろう。


「では、乗り合い馬車をお願いします」

「ありがとうございやす。出発は日没後。

 時間になったら、この商館に来てください」


 ここを出るのは日没後か。

 すぐにでも向かいたいが、定時制では仕方ない。


「ちょっと時間が空くな」

「そうですね」


 どうやって時間を潰すか。

 街を見て回るのもありだが、あまり人気のないところをうろつきたくはない。

 この街にも帝国兵が巡回しているはずだしな。

 思考していると、店主が提案してきた。


「闘技場を見てきたらどうです?」

「……闘技場?」

「ヒットルフの名物ですよ。貴族や商人の方々に好評なんです」


 なるほど、つながった。

 やはりそういった興行があったのか。

 非合法な医院の多さも頷ける。


 帝国の三等市民などは、魔法医に診てもらうことができないのだろう。

 そういった人たちが治療を求めて、法外で危険な医者を頼るのだ。


「賭けに自信がおありでしたら、なおさら楽しめると思います」

「……なるほど」


 闘技場、つまりは見世物。

 不意に、ラジアス家の実施した炎鋼車の公開訓練を思い出した。

 あまり楽しめそうにないアトラクションだな。


 しかし、帝国の文化を知るのは大事なことだ。


「行ってみるか? ウォーキンス」

「はい、ぜひ! 闘技場の観戦は久方ぶりですね」


 ウォーキンスは二つ返事で頷いた。

 しかしそれは、見世物を楽しむものではなく、

 闘技場そのものに行きたがっているようにも見えた。

 どうした、内なる戦士の血でも騒いだか。


「では、一旦失礼します」

「ええ、よい観光を」



 店主に別れを告げ、俺達は闘技場へと向かったのだった。





     ◆◆◆



 むせ返るような熱気。

 息苦しさすら覚える歓声の渦。


 ここ、ヒットルフ闘技場は、真っ昼間から大いに盛り上がっていた。

 帝国で最大の規模を誇る闘技場らしく、観戦目的で訪れる旅人も多いのだとか。

 リング外周には高い位置に観客席があり、客席はびっしりと埋まっていた。


 そして、リング上。

 そこでは、闘志あふれる熱闘が繰り広げられていた。


「そこだァ、やっちまってください!」

「さすがは帝国騎士ッ! 凡愚とは違いますな!」


 リングにいるのは二人の人物。

 薄い笑みを浮かべて細剣を振るう軽装の騎士。

 そして、歯を食いしばり執念で耐え続ける半裸の戦士。

 どちらが優勢かは一目瞭然だった。


 見ている限りでは、戦士の技量は騎士のそれを上回っている。

 しかし、装備の差が明らかに出てしまっているな。


 騎士は強靭で動きやすそうな軽鎧。

 武器も切れ味が良さそうで、装備が充実している。


 他方、戦士はボロい腰布と錆びたレガース。

 武器も刃が潰れて使い物にならない大剣だった。

 また、首には魔法陣の刻まれた妙な首輪が付けられている。


 あれでは勝てる試合も勝てまい。

 ため息を吐いていると、ウォーキンスが涼やかな声で解説してくれた。


「これは見せ試合ですね」

「……というと?」

「普通は三等市民や二等市民が闘うのですが、

 たまに騎士が力を喧伝するために出場します」


 なるほどな。

 要するに、闘技場は二つの試合を執り行っているのだろう。


 一つは身分の低い者同士を戦わせる通常試合。

 そしてもう一つは、強者が弱者を蹂躙する見せ試合。

 飽きさせないため、闘技場側が工夫しているのか。

 こんな試合ではオッズも酷いもので、騎士の勝利に勝ち予想が振り切れている。


 と、ここで騎士の細剣が鋭い動きで振るわれた。

 刃がレガースごと右足を貫通する。


「……ギ、グッ」


 疲労が重なっていたところへの決定打。

 戦士は激痛でのたうち回る。

 それを見て、闘技場の喧騒は激しさを増す。


「なに転んでんだ! 起きやがれ!」

「悔しくねえのか、三等市民の分際でよぉ!」


 戦士に罵倒が向けられているのを、騎士はニヤニヤと眺めている。

 どうやら、この試合をストレス解消か何かだと思っているようだ。

 騎士の優勢に、観客たちも酔いしれる。


 だが、俺の目には彼らと違う光景が映っている。

 あの戦士に宿った闘志は、まだ消えていない。


「ガ、ァアアアアアアアアアアアアアア!」


 突如、戦士は大剣を横薙ぎに繰り出した。

 虚を突かれた騎士は跳躍して避けようとする。

 だが、戦士はそれを見逃さない。


 彼は大剣を捨てると、体勢を崩した騎士にタックルをかました。


「ぐおッ……」


 騎士は背中から倒れこんだ。

 そして、馬乗りになった戦士が拳を振り上げる。


 次の瞬間、鋭い一撃が騎士の顔に見舞われた。

 骨が折れたのか、生々しい音が響く。

 観客席からは悲鳴とブーイングが湧き上がった。


「ァアアアアアアアアアアアアアア!」


 しかし、戦士はそれを意に介さない。

 今までの鬱憤を晴らすかのように、拳を振り下ろしていく。

 慢心が仇になったようだな。


「番狂わせだけど、大丈夫なのか?」

「ええ。闘技場とて国に従う商人の集い。

 帝国騎士に恥を掻かせる真似はしません」


 そう言って、ウォーキンスはリングの壁際を指さす。

 そこでは、戦況を見た審判人が懐に手を入れていた。

 弱者の下克上に目が釘付けになっている観客は、それに気づかない。


 するといきなり、バヂィと凄まじい火花が散った。

 戦士の首を起点に、激しい雷光が鳴り響いたのだ。


「……ガ、ハ」


 戦士は意識を失って倒れこんだ。

 それを確認して、騎士はヨロヨロと立ち上がった。

 そして、あたかも魔法を詠唱したかのように腕を揺らめかせる。


 それを見て、観客席は万雷の拍手に包まれた。


「おお、殴られながらも魔法を……!」

「素晴らしい、盛り上げるための演出だったわけですな」

「あのような戦士に華を持たせるなど……騎士様は実に慈悲深い」


 いや、どう見ても首輪のせいなんですが。

 しかし、魔法に慣れていない一般人の目では、判別などつかないだろう。

 万が一にも贔屓が負けそうな時は、こんな処置をとっているのか。


「よくも、やってくれたなぁ――ッ!」


 ここで、殴られていた騎士が憤然と足を振り上げた。

 彼は意識のない戦士を思い切り踏みつけようとする。

 しかし、次の瞬間――



「――傲慢なる権門に、制裁を」



 染みわたるような怨嗟の声。

 それが響いた刹那、リング近くの壁が大爆発した。

 激しい粉塵が闘技場全体に舞い上がる。


 それによって、観客は大混乱を起こした。


「……な、なんだァ!?」

「爆発だぁあああああああああああ!」

「リングが……闘技場が壊れちまう!」


 逃げ惑う群衆。

 しかし、そんな中でもウォーキンスは冷静だった。


「襲撃ですね」

「……だな」


 彼女がのほほんとしているので、

 こっちも無理やり落ち着いてしまう。

 まあ、もはや俺もこの程度ではパニックにはならん。


 すぐに帝国兵が駆けつけ、リングに降りていく。

 下手人を捕らえようとしているのだろう。

 だが、度重なる爆破で目標すら特定できていない。


 すさまじい煙が、闘技場を覆い尽くしていた。


「レジス様、こちらを」

「ん?」


 と、ウォーキンスが一枚の布を渡してきた。

 粉塵を吸い込まないようにするためだろう。

 これはありがたい。

 ひとまず口に押し当てる。


 しかし、よく見たらこれ、爆発の煙だけじゃないな。

 変な薬が入った煙幕も撒いているらしい。

 と、ウォーキンスがいきなり俺を抱え上げてきた。


「……おい、どうした?」

「私に掴まっていてください」


 俺の返答を待つ間もなく、ウォーキンスは跳躍した。

 そして近場にあった闘技場のオブジェに飛び乗る。

 なるほど、ここなら煙も届かないし、観客の混乱に巻き込まれることはない。


「あ、ありがとう」

「お安いご用です」


 ニコニコと微笑むウォーキンス。

 安堵していると、俺の視界に文字が映った。

 どうやら、今乗っている石像の名前が書いてあるらしい。


『展覧記念――讃仰せし我等の覇者”サンタクルス・ハルブライト・オスティミリア”』


 サンタクルス。

 今の帝国を率いている帝王様である。

 そして俺たちが今いるのは、石像の頭頂部である。


「見つかったら俺たちの首も飛びそうなんですが」

「まあまあ、小さいことは気にせず。

 それにしても、この凹凸部分は座りづらいですね……よいしょっと」


 ウォーキンスはかわいい掛け声を発して何かをへし折る。

 なんだか嫌な予感がするな。

 恐る恐る目をやると、見事になくなっていた。


 ――帝王像の雄々しき頭髪が。


「ふぅ、これで落ち着いてリングが見降ろせます」

「……oh」



 堂々たるご尊顔が、あっという間に十円ハゲに。



 うわぁ、逃げよう。

 見なかったことにしよう。

 冷や汗を掻きながら、俺はウォーキンスに確認する。


「……で、いったいなにが起きたんだ?」

「何者かが、闘技場に襲撃を掛けたようですね。

 それも一人や二人ではありません、団体様ご一行のようです」


 ここで、煙の切れ目からリング上が目に入る。

 そこでは、ボロ布を着た男女が固まっていた。

 先ほど戦っていた男と同じ、剣闘士であるらしい。


 先ほどまでは姿が見えなかったので、檻の中に閉じ込められていたのだろう。

 そして、彼らの前に仁王立ちをする人影があった。


「――聞け、暴政に囚われた無辜の戦士よ」


 妙に通る声。

 音を拡散させる石を使っているな。

 発言した人物は、真っ赤なローブを着た男だった。


「我々は鍵を与えに来た。

 諸君らは選ぶ権利を持つ。

 この機に乗じて逃げてもいいし、このまま隷奴の身に甘んじても構わない」


 淡々と演説をする男。

 それを止めようと、帝国兵が殺到する。

 しかし、赤いローブを着た人影に足止めされていた。


 すぐさま爆破で足場ごと消し飛ばすので、

 帝国兵はリングに近づくことすらできない。


「だが、もし帝政に怒りがあるのなら。

 苦界に叩き落とした貴族らに恨みがあるのなら――我らと共に来い!」


 拳を振り上げ、ローブの男は戦士たちを煽る。

 そして、己たちが何者であるかを高らかに告げた。


「我らは”無奪の盗賊”ッ! 大義なき反逆の徒である!」


 その言葉に、混乱状態にある闘技場がさらにざわめく。

 無奪の盗賊――確か、騎士が忠告していたな。

 帝政に異を唱える、新興の抵抗勢力がいると。

 まさかこんなところでお目にかかるとは。


 煙幕の中からローブ姿の男が現れ、演説していた人物に何かを囁きかける。

 すると、締めの言葉と言わんばかりに力強く告げた。


「選ぶがいい、被虐の民よ!

 戦う意志があるのなら、我らの背中について来いッ!」


 そう言うと、二人は煙幕の中に消えていく。

 同時に、帝国兵を抑えこんでいた連中も飛び込んだ。

 それを見た戦士たちは、皆一様に口を閉ざした。


 何が起こったのか、まだ理解できていない者もいるようだ。

 しかし、沈黙はさざ波のように喧騒へ変わっていく。


「……ハッ、行くしかねえな」

「……馬鹿なことを。俺は残るぜ」

「……私は行く。死んでも帝国に一矢報いてやる!」


 反応は様々。

 しかし、先ほどの演説で感化されたのか、かなりの人数が立ち上がった。

 彼らは帝国兵を押しのけ、ローブ姿の男達を追っていった。


「やめろ! 貴様ら、止まらんか!」


 必死で制止しようとする帝国兵。

 しかし、雲霞の如く押し寄せる戦士を止めることはできない。

 次々に賛同者が煙に消えていった。


 そして、最後の言葉が闘技場に響き渡る。


「我々は”無奪の盗賊”。

 奪わず、されど決して屈さず。

 ただ、悪しき権勢に風穴を開けるのみ――」


 その言葉とともに、煙幕が晴れる。

 すると、リングの壁には大穴が開いていた。

 あそこが逃げ道に通じているのだろう。


「逃がすな! すぐに追手を掛けるんだッ!」

「このままでは商売ができなくなる!」


 すぐさま帝国兵が追撃しようとする。

 しかし、最後の爆発により、大穴が塞がってしまった。

 申し訳ばかりの煙が巻き上がり、終戦を告げたのだった。


 闘技場に残った人は、先程よりもはるかに少数。

 苛立たしげに地面を蹴る帝国兵と、呆気にとられた観客。

 そして、すっかり少なくなってしまった、闘技場の戦士たちだけだった。




     ◆◆◆




「いきなりの襲撃だもんな……びっくりしたよ」



 闘技場での顛末を見届けた俺たちは、街へと戻っていた。

 戦士の脱走、そして帝王像の破損という大事件。

 これらの犯人を見つけるため、街では厳戒態勢が取られていた。


 なお、無奪の盗賊はまんまと逃げおおせたそうだ。

 かなりゲリラ活動に慣れているらしいな。

 先ほどの一件を思い出したのか、ウォーキンスは楽しげに笑っていた。


「ふふ、大胆な勧誘活動でしたね」

「勧誘っていうか、破壊活動に見えたけどな」


 勧誘は計画事項だったんだろうけど。

 明らかに戦闘中の騎士を始末しようとしていた。

 噂通り、貴族階級に対する憎しみが半端ではないらしい。

 いやはや、狙われなくてよかった。


「時間、かなり余っちゃいましたね」

「うろついててもなんだし、酒場にでも入らないか?」


 練り歩いていては人の目に止まる機会も増えてしまう。

 ひとまず酒場に入って、人混みに埋伏するとしよう。

 俺の提案に対して、ウォーキンスは快く頷いた。


「そうですね、少し喉が渇きました。

 ついでに帝国事情についての聞き込みをしましょうか」

「おお、いいアイデアだ」


 そろそろ夕暮れ。

 酒場で情報を仕入れていれば、いい具合に出発までの時間を潰せそうだ。

 俺も喉が渇いているので、お茶をしばきまわすとしよう。



 こうして、俺たちは酒場へと向かったのだった。



次話→7/2(21時更新予定)

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