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第十二話 野望の果てに

予告日の勘違いで翌日投稿になってしまいました。

申し訳ありません、以後気をつけます。

 



 徐々に包囲を狭めてくる竜騎士たち。

 強行突破を図るつもりか。

 俺はすぐさま火魔法で封殺する。


「――ガンファイアッ!」


 一人に直撃。

 耐火鎧なのか、あまり効いた様子はない。

 うかつな突進はしてこないが、竜騎士たちは平気な様子で間合いを詰めてくる。


 このままだと入り乱れての乱戦になってしまう。

 広範囲の火魔法を使いたいが――俺は瞬時に背後を確認した。


「く、来るな……近寄るな!」

「……私兵の到着はまだなのか」


 商王たちが怯えた様子で震えていた。

 錯乱振りを見るに、荒事には全く慣れていないようだ。

 ソニアは緊迫した表情だが、パニックにはなっていない。


 ヘラベリオは奥の方で指示を飛ばすゼピルを冷たく見据え、

 ザナコフは肝が据わっているのか冷や汗を掻いているだけ。

 その3人を除き、ほぼ全ての商王たちが竜騎士の襲撃に混乱を起こしていた。


 ウォーキンスが防衛してくれているが、

 商王たちの心配を拭いきれるまでには至っていない。

 俺は視線を竜騎士たちに戻す。


 ――難儀だな。


 もし火魔法が飛び火したら、フレンドリーファイアーは確実。

 火属性を主力とする俺にとって、密閉空間は分が悪い。


 仕方がない。動きを止めて各個撃破するしかないか。

 幸いにして、この竜騎士たちは魔法が得意ではないようだ。

 ならば、魔法の連撃で片付けてやる。


「――ボルトジャッジメント!」


 放射状の雷撃が敵に襲いかかる。

 竜騎士たちは回避を試みたが、密集していたため避けきれない。

 なすすべもなく直撃する。


「……グッ」

「……ギィッ」


 正面の敵が軒並み動きを止めた。

 今だ。俺はナイフを抜き、竜騎士の群れに突撃する。

 横薙ぎの一撃で、軽鎧の関節部分を斬り裂いた。


「グォおおおお!」


 痛烈な悲鳴を上げ、防御ががら空きになる。

 そこに回し蹴りを繰り出し、横の竜騎士にぶつかるよう吹き飛ばした。

 そして俺は次の竜騎士に斬りかかっていく。


 だが、ここで俺の刃を止める者がいた。


「……勇猛だな、小僧」


 覆面を被った状態で、好戦的な声を発する男。

 奴は俺のナイフをいなしながら、興味ありげに聞いてくる。


「面白い童がいる――と総帥が話していたが、貴様のことか?」

「さあ、知らないな」


 俺の隙を突いて迫り来る短刀。

 それをパリングで無効化し、前蹴りで距離を置いた。

 ここで、俺は自分の手がビリビリとしびれていることに気づく。


 重い刃だ、只者ではない。

 手を擦っていると、目の前の男が騎士たちに呼びかけた。


「――いつまで突っ立っている。早く”成れ”」


 俺の雷魔法の効果で、未だに行動できない竜騎士たち。

 そこを狙おうとするが、またしても男が立ちふさがる。


 どかすためにナイフを一閃。

 だが、奴は腕の鉄甲で防いできた。

 反撃を警戒していると、男はボソリと呟いた。


「圧するのに竜などいらぬ。

 この身が、この肉体が、人魔を滅する爪牙とならん――ッ!」


 その瞬間――パキ、パキと音がした。

 男の皮膚が灰色に変わり、硬質に変化しているのだ。

 まずい、ドラグーンの種族能力か。


 男の発動に連鎖して、周りの竜騎士が雄叫びを上げた。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ァ、ラァアアアアアアアアアアアア!」


 大広間を崩壊させんばかりの咆哮。

 音圧の暴力に、平衡感覚が狂いかける。

 不慣れな商王たちの中には嘔吐する者もいた。


 この隙を突いて、反対側の竜騎士が奇襲をかけようとする。

 だが、そこはウォーキンスが確実に叩き潰していた。


「……ずいぶんと騒がしいな」


 俺は耳を塞ぎながら皮肉を呟く。

 見れば、正面の竜騎士たちが全員、種族能力を発動していた。

 纏う魔力や殺気の量が、先程とは格段に違う。


 男はこれを確認すると、短剣を両手で抜刀。

 そしてこちらに向け、突撃の号令をかけた。


「――この副総帥、ヴェノンに続け」


 今度は掛け値なしの捨て身突進。

 とてもじゃないが、体術やガンファイアで止められるものではない。

 どうしたものか――


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「……ッ!」


 考えている内に、竜騎士が三方向から襲いかかってきた。

 短刀が一人、徒手空拳が二人。

 覚醒しているため、振るう刃や拳の速度も半端ではない。


「……う、おおおおおおおお! 『ガードハンマー』!」


 即席で両腕に魔力を集中させた。

 この強化魔法を以って剣戟に対応。

 だが、同時に相手にできるのは二人が限界。

 この人数は明らかにキャパを超えていた。


「……この、野郎!」


 俺は渾身の力で一人を殴り飛ばした。

 後続を巻き込んで吹っ飛んでいく竜騎士。

 しかし、すぐさま後ろから増援が湧いてくる。

 これではキリがない。


 雷魔法をもう一度使うか?

 いや、回避されるリスクが高く、発動後が隙だらけになってしまう。


 ここは高位の火魔法イグナイトヘルか、

 最低でもクロスファイアで潰すべき。

 しかし、この部屋で広範囲の魔法は――


「王国の使者よ! 構わん、儂らに構わずやれ!」


 ここで、ヘラベリオが鋭い声を飛ばしてきた。

 俺が戸惑っていることを察したようだ。

 この声に続き、多くの言葉が円卓の中から発せられる。


「たとえ大火傷を負うことになろうとも――」

「こんなところで、トカゲ共に殺されるよりはマシだ!」

「早く、早く薙ぎ払ってくれ!」


 中立派一同、必死の嘆願。

 俺は下がりながら対応しているため、

 気づけば円卓の間近まで後退していた。

 ここで、俺の背中に近い商王が呟く。


「アヴァロは確かに良き商人ではなかった。

 汚職に手を染め、帝国に媚び……成り上がるためなら他人をも利用した」


 親帝国派の商王が震えながら恨み言を吐いていた。

 彼は血まみれで倒れるアヴァロの亡骸を見て、激しく憤った。


「だが――だがなッ!

 こんなふうに惨たらしく殺されるほど、奴は悪い輩ではなかった!」


 お前たち親帝国派の策略で殺されかけてしまうほど、ソニアは悪い奴ではなかった。

 そうとも言い換えられてしまうんだがな。

 一見、身内びいきの勝手な言い分にも聞こえる。


 しかしこの言葉に、親帝国派の連中は頷く。


「その通りだ……許さぬ、許さぬぞゼピル!」

「アヴァロの仇だ。

 もし我が身が滅ぼうとも、貴様だけは道連れにしてくれる!」


 ゼピルの裏切りへの怒りはともかくとして。

 アヴァロの死に憤怒する商王がいることに驚いた。

 血も涙もない連中だと思っていたのに。


 もしかすると、アヴァロは親帝国派の折衝役だったのかもしれない。

 いわゆるムードメーカー。

 それが惨殺されては、さすがに心中穏やかではないのだろう。


 ザナコフも気まずそうに顔を歪めていたが、すぐに意を決したように叫んだ。


「ゼピルだけは滅ぼさねばならん。奴を討て、王国の使者よ!」


 ゼピル掃討のために火魔法を使えと。

 連中に指示されるのは複雑だが、言われるまでもない。

 魔力を練りながら剣戟を耐えしのぐ。


 だが、ここで踵が固いものに当たった。


「――後がないぞ、小僧」


 副総帥の男が冷徹に告げてくる。

 気づけば円卓に背中が押しあたる程に追い詰められていた。

 これ以上は下がれないため、降り注ぐ猛攻の逃げ場もなくなる。


「――ソニアさんッ」


 ここでとっさに、ソニアに視線をやった。

 すると、彼女を含む親王国派はすぐさま首を縦に振った。

 構わずやれ、と言いたいのだろう。


 俺はそれに魔法の発動を以って答えた。


「じゃあ、満場一致に基づき――」


 ここで、竜騎士たちは動揺したように後ずさった。

 俺の体から発する火魔法の波動に気づいたのだろう。


「バカな……貴様、こんな狭い場所でッ」

「ハッタリだ。手を緩めるな」


 この一言に、再び竜騎士が攻めかかってくる。

 でも、それは悪手だったな。

 この瞬間、凄まじい出力で火魔法が発動した。


「――イグナイト、ヘルッ!」


 爆縮。

 地を焦がす爆発が、竜騎士の群れの中心で巻き起こった。


「グォアアアアアアアアアアアアア!」


 ドラグーン種族は火魔法への耐性が高い。

 だが、それはあくまでも一般レベルでの話。

 鍛え上げた高位火魔法に俺の魔力を注げば、耐性を貫く業火ができあがる。


 部屋の中を埋め尽くすように猛火が広がる。

 俺は竜騎士の接近がないことを確認し、円卓の方を向いて魔力を集中させる。


「……頼むぜ、水魔法」


 火を防ぐ障壁を事前に使っていなかったのには理由がある。

 耐火魔法というのは本来、個人などの小さな対象を守る障壁を張るもの。

 無理に空間単位に効果を引き伸ばせば、強度は格段に落ちてしまう。

 ただの自然発火ですら壊れてしまうほどに――


 現に、船の上で獄竜炎を受けようとした時、いとも簡単に砕かれてしまった。

 並の耐火魔法では、俺の火魔法は受け止められないだろう。

 だからこそ、事前策ではなく事後策に切り替えた。


 この円卓に迫る火の手を、俺が水魔法で消してやる。

 途中で妨害が入らないのを祈るばかりだ。

 いざ俺が消火しようとした刹那――涼やかな声が響き渡った。


「――開ケ、忘却ノ門」


 円卓の奥。

 机の上に佇むウォーキンスが、右手を空に向かって掲げていた。

 瞑目したままでの詠唱。


 いつの間に溜め込んだと戦慄するほどの、圧倒的な魔力の発露。

 火が今にも円卓へ及ぶかという時、ウォーキンスは開眼した。


「種火ナキ虚空ノ始マリヲ告ゲヨ。

 其ハ火神ニ見捨テラレシ忘却ノ園ナリ――『フレイムオブリビオン』」


 彼女から放たれた魔力が辺りに広がる。

 すると、薄い膜がドーム状に円卓を包んだ。

 そしてその膜は天井に達すると、壁全体まで覆い始めた。


 恐らくは障壁なのだろうが、魔力の重圧をひしひしと感じる。


「お待たせしました。

 竜騎士の相手をしながらの詠唱でしたので、少し遅くなってしまいました」


 そう言って、ウォーキンスは再び奇襲に及ぶ竜騎士を蹴散らしていく。

 投擲された短剣を素手で弾き飛ばし、そのまま持ち主である竜騎士の胸に突き立てる。

 一つの波を片付けた後、ウォーキンスは己の作った膜をそっと撫でた。


「この障壁の中は火魔法の介在しない――火魔法が奪われた空間です。

 火属性に限りますが、”いかなる火魔法”をも拒みます。

 安心して火魔法をお使いください」


 どうやら、円卓の中の安全は守られたようだ。

 むしろ火魔法をどんどん使えとのお達しが出た。

 俺は感謝しつつ、背後を振り向く。


 すると、そこには体勢を立て直した竜騎士たちがいた。

 種族能力を全開にし、鍛え上げた肉体で突撃しようとしている。

 副総帥の男が腕を振り上げ、静かに総攻撃を指示してきた。


「――陥とせ、物量でな」

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「リャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 もはや後ろには一歩も引けない状態。

 ここを抜かれれば商王の命に手が届いてしまう。

 そんな中で俺は――


「――クロスファイア」


 密かに笑っていた。

 出力を最大にし、広範囲の火魔法を発動。

 辺りを火の海に変え、赤い絨毯のような光景を作り出す。


「ぐっ、貴様ァあああああああああああ!」


 竜騎士の一人が吼えた。

 被害は甚大のようだ。

 しかしこんな状態でも、円卓の中には種火の一つも及んでいない。

 反対側でウォーキンスが竜騎士を処理しているだけ。


 もはや火魔法の欠点を憂うことはない。

 俺は魔力の限り火魔法を乱舞した。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!

 ガンファイア! クロスファイア! アストラルファイア!」


 属性の熟練を鍛えまくれば、詠唱省略のみならず連射も可能になる。

 一つ一つの出力は絞ることになるが、総合での破壊力は当然ダントツに高い。

 反動で脳がミキサーに掛けられたかのような激痛が走る。


 しかし、それでもなお魔力を投入した。


「ガ、ァアアアアアアアアアアアアア!」


 屋敷に突入していた竜騎士たちの絶叫が広がる。

 後続の竜騎士が穴の空いた天井から降りてきていたが、

 この業火が発動した瞬間にピタリと増援が止んだ。


 間違いない、大打撃を与えられている。


「ぐっ……この炎はッ……!」


 ここで、初めて副総帥の男が焦りの顔を見せた。

 奴は親衛隊らしき部下を率いて身を守っている。トドメだ。


「放つ一撃天地を砕く。

 墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』ッ!」


 残っていた魔力をフル稼働し、身体強化魔法を発動。

 上司である無翼竜空隊の総帥と同じように、目の前の副総帥もこれで吹き飛ばしてやる。

 炎の壁で身動きの取れない副総帥へ向け、俺は全力で駈け出した。



 取り巻きを蹴散らし拳を振り上げる。

 防御態勢を取った副総帥の男を見て、俺は右腕に込めた魔力を爆発させた。


「メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアア!」


 ガードを吹き飛ばし、そのまま腹へと正拳が届く。

 口から盛大に血を零しながら、副総帥は吹っ飛んだ。

 商館の壁を突き破り、そのまま裏手の砂浜近くで着地。


 少しパワーを温存したが、確実に戦闘不能だろう。

 息を吐いていると、背後から気配がした。


「貴様……よくもヴェノン様を……!」

「死ねぇええええええええええええ!」

「――クロスファイア」


 後ろ方向に火炎を放出し、親衛隊の取り巻きにとどめを刺す。

 奴らは火に巻かれながら商館の外へ転がっていった。

 これを見て、突入の機会を窺っていた竜騎士たちが後退する。


「くそ……デュラニールの私兵は何をしている」

「共闘して商王を抹殺するとの約定だったではないか……!」

「ひとまずヴェノン様の救出だ。奇襲し続ける限り勝機はある」


 そう言って、正面にいた竜騎士たちは商館の外へ撤退していった。

 これであらかた片付いたか。

 未だに天井から飛び降りて、商王を狙おうとする者もいる。

 火の中に飛び込んでご苦労なことだ。


 しかし、そういう輩はウォーキンスが撃ち漏らすことなく倒している。

 ならば――


「あとはお前だけだ――ゼピル」


 俺はこの部屋の入口を見据える。

 そこには火をものともせず直立するゼピルの姿があった。

 奴は俺に気づくと、静かに息を吐く。

 その様子を見て、俺は尋ねた。


「熱くないのか?」


 俺は火属性への熟練が高いため耐性がある。

 それに術者である以上、どこの火の手が弱いかを選んで場所を移動できるのだ。

 しかし、ゼピルはどうだ。


 一番業火が燃え盛る場所にいながら涼しい顔をしている。

 俺の疑問に、ゼピルは左目を示した。


「素晴らしい眼だ。

 その火が魔法で生み出されている限り、”視る”だけで無力化することができる」

「ああ……そういえばそんなのがあったな」


 かつて魔眼公アスティナが気に入っていた7つの魔眼の一つ――破魔眼。

 魔力による状態変化を視認するだけで解除してしまう恐ろしい瞳だ。

 魔法師殺しと言っても差し支えない凶悪性である。


 臨戦態勢を整えながら、俺は問いかける。


「なあ、一つ聞いていいか」

「なにかな?」

「――ソニアの親父を殺したのは、お前か?」


 この詰問は小声で。

 決して円卓の中に聞こえないよう尋ねた。

 俺の問いに、ゼピルは肩をすくめる。


 そして醜悪に口の端を吊り上げた。


「当たりだ。仲良しごっこの歴史に溺れ、

 警戒心を失くした輩に毒を盛るのは実に簡単だった」

「そうか……」


 バドの推測は当たっていたわけだ。

 今回の陰謀は全て、帝国の指示の下おこなったもの。


 ゼピルはかつての地へ戻るため。

 帝国はただ他国を侵略するため。

 連合国を揺さぶる内乱を手引きしたのだ。


 そして、その被害に遭ったのが――ソニア。

 愛していた父を殺され、派閥の闘争に満ちた世界へ身を投じる事になった。

 彼女の苦しみの発端も全て、このゼピルという男から始まっていたわけだ。


「ゼピル。お前は曲がりなりにも数十年、この連合国を見てきたんだろ?」

「まあ、そうとも言える」

「――お前がこの国に来たばかりの時、どうだった?」


 俺は端的に尋ねた。

 ゼピルが連合国に来たばかりの時。

 つまりは、親帝国派の影がなかった頃だ。


 ほとんどが初代から続く、老舗の商王たちで占められていた連合国。

 その光景を、しっかりと見ていたはずなんだ。

 俺の問いに、ゼピルは不可解げに眉をひそめる。


「……どういう意味だ?」


「簡単な事だよ。

 多少の派閥があっても互いを尊重し、

 暗殺や毒殺を仕掛けてくるなんて思わず、

 ただ連合国のために力を一つにし、

 純粋に”商売”を楽しむ――そんな姿を見て、お前はどう思ったんだ?」


 兵を率いて意欲的に対外貿易へ臨むギルディア家。

 他大陸の神を信仰し、誠実に商売へ取り組むアストライト家。

 きっとゼピルが親帝国派をつくり上げる前は、もっとそういった商人がいただろう。


 商売をするのが楽しくて仕方なく、仲間内への邪気なんて持ち合わせていない。

 そんな商王達を見て、ゼピルは何を思ったのか。


「……馬鹿、馬鹿しい。脆弱で、愚鈍な連中だと思っていた」


 ゼピルはギリッと歯を噛みしめる。

 その直後、苛立たしげに唾を吐いた。

 どうやら口を切ったようだ。


 どうした、動揺しているのか。

 俺は更に追撃を続ける。


「――まるで在りし日の故郷のようだ。そうは思わなかったか?」

「ふっ、見当外れも甚だしい」


 乾いた笑みを浮かべるゼピル。

 表情を保ったままなのは流石だが、細かな震えを俺は見逃さなかった。


「穏便に、帝国の影響を受けず、商王のまま、連合国の商人として生きる。

 そんな選択肢はなかったのか?」

「……ない。そんなものは、最初から――」


 ゼピルは呻くように答える。

 しかし、一瞬だけ迷いが見えた。

 それは本人が一番良く分かっているだろう。


 だが、すぐにゼピルは首を横に振った。

 そして決意に満ちた目で俺に宣告してくる。


「……私の求めたものは、ここにはない。

 たとえ同じ心地よさがあったとしても、断じて連合国などではないのだ!」

「……なるほど、よくわかった」


 お前が心のどこかで、連合国と故郷を重ねていたことがな。

 そしてもう一つ、ヘラベリオの言う通り説得が無駄なことも。


 ここまで意思を固めているのだ。

 俺達にできることは、ただ止めることだけだ。


「終わりだ、ゼピル。

 お前が帝国に馳せた夢も、ここで望んだ未来も」


 そしてそれを終わらせたのは、他ならぬゼピルだ。

 奴もそれは自覚しているだろう。

 自覚している上で、修羅の道を歩もうとしているのだ。


「終わらぬさ。

 貴殿らを排して、凱旋の歌を聞くまでは――ッ!」


 そう言うと、ゼピルは魔力を全身から放出した。

 内心で詠唱を続けていたらしい。

 話は終わりということか。俺はすぐさま回避行動を取る。


「甘い――ヴァリーストームッ!」


 避けた先へゼピルの風魔法が直撃。

 脊髄が軋むような鋭痛が駆け抜けた。

 しかし、耐えられないほどではない。

 俺は身体強化魔法を唱えた。


「――ガードハンマー!」

「私の”眼”を忘れたか、王国の使者よ!」


 魔力が全身に浸透した瞬間、魔素が雲散霧消した。

 急激に脱力感が広がり、魔力を浪費した感覚だけが残る。

 俺のガードハンマーを無効化したのだ。


「火だけじゃなく、身体強化魔法も消せるのかよ……」


 出鼻をくじかれて身体がよろける。

 そこをゼピルが見逃すはずもない。


「食らうがいい――シャダールネード」


 再び直撃する風魔法。

 芯の底まで響くような痛みが広がる。

 そんな俺を見て、ゼピルはほくそ笑む。


「まずは貴殿だ……逝ね」

「――お前がなッ!」


 この瞬間、俺が一歩踏み込んだ。

 ゼピルの顔が驚愕に変わる。

 まさか動けるとは思っていなかったのだろう。


 俺は拳に力を込めながら呟く。


「悪いけど……全然効かねえよ」

「な、なんだと……私の魔法が、帝国の魔法が……!」


 確かに並の魔法師ならダウンしていただろう。

 だが、俺が今までにどれだけ魔法を受け続けてきたと思っている。

 アレクの地獄訓練に加え、ウォーキンスの着実なる魔法鍛錬。

 これらを続けてきた俺に、そんなものが通じると思うな。


「牢獄の中で、ソニアと親父さんに謝るんだなッ!」


 強化魔法はかけていない。

 しかし、アレクとの訓練の中で鍛え上げた身体は、それだけで凶器となる。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 最大の一歩を踏み込み、ゼピルの頬面に渾身の一撃を叩き込んだ。

 硬いものを粉砕する感覚。

 断罪の一閃はゼピルを吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。


「……カ、ハッ」


 勝負ありだ。

 やはり帝国の魔法師は体術が根本的に弱い。

 接近戦に持ち込めば有利に事を運べるのだ。


 辺りを見渡すと、戦況は確実に決まっていた。

 ウォーキンスは山ができるほどに倒した竜騎士を積み上げていた。


 奇襲がメインだったのかと錯覚するレベルの人数。

 怒涛の攻めの中で、一人も商王に手は出させなかったようだ。

 商王たちは安堵の息を吐いている。


 同時に、商館の外から激しい剣戟の音が消えた。

 そして見覚えのある私兵団が商館の外を制圧していた。

 アストライト家を筆頭にする各商王の私兵たちだ。


 どうやら外で暴れていたゼピルの私兵団を駆逐したらしい。

 中には商館に踏み込もうとしたゼピルの私兵がいたことを、

 商館の壁面すぐに倒れる私兵が分からせてくれる。

 どうやら最後の侵入はバドが止めてくれていたようだ。


 副総帥の竜騎士は仲間に連れられて撤退したらしく、

 他の竜騎士も怪我人を担いで逃げていった。

 どこかに待機させている他師団の竜に乗って、キャンプに帰るつもりなのだろう。


 局地戦でも総力戦でも、勝利できたのだ。

 俺は火魔法を解除し、大きく息を吐く。

 すると、倒れていたゼピルがボソリと呟いた。


「……私は、間違っていなかったはずだ」


 彼は歯を軋ませながら上体を起こす。

 なかなかタフだな。

 しかし、今の言葉には少し反論しておきたい。


「勝ち負けに間違いは関係ないよ」

「……ほぉ」


 俺の一言に、ゼピルは耳を傾けてくる。

 どうやら、もう戦意はないようだな。

 うなだれるゼピルに対し、俺は淡々と告げた。


「弱者を一方的に踏みつけにする輩は、間違ってなくとも弱さに満ちてる。

 願いが成就しなかった敗因はそこだろ」

「……ああ、そうかもしれんな」


 ゼピルは自嘲的に微笑んだ。

 彼は懐に手を突っ込み、短剣を取り出した。

 そしてそれを適当な場所に放り、全身を脱力した。

 武器を捨て、完全に降参した様子だ。


 しかし、その瞳に篭もる気勢は未だに衰えていなかった。


「たとえ敗北しようとも、首が飛ぶことになろうとも――

 生き続ける限り、私は悲願に身を投じる。投じて、みせる」

「好きにしろ」


 まさかの再犯宣言か。

 これは無罪で済ませるのは難しいだろう。

 監視下から逃れた途端、確実に同じことをしようとするはず。


 こちらの警戒を自覚の上で、ゼピルは呟いた。


「罰するなら罰するがいい。甘んじて受けよう」


 これを持って、商王議の騒ぎに終止符が打たれる。

 そう思った刹那、いきなり横から声が飛んできた。


「カカ、カカカカカカカカカ!」


 壊れたスピーカーのような声。

 しかしそれは、自然界の生物の声帯を通して出た声だった。

 とっさに振り向くと、窓の縁に大きな鳥が止まっていた。


 カラスのように黒光りした羽毛。

 しかし肉体の半分近くが機械のような鉄板で覆われていた。

 その鳥は滑稽そうに尋ねてくる。


「終わりカ? ――もういいのカ、ゼピル?」

「……貴様は。いえ……貴殿は」


 ゼピルは驚いたような目で鳥を見た。

 これに対し、鳥は煽るように静かな声を出す。


「カカッ。頑張ったな、ゼピル。当初の予想以上だよ」


 その一言で、察しがついた。

 こいつは帝国でゼピルに指示を出していた輩だ。

 魔獣か何かを使い魔にしてここに飛ばしているのだろう。


「カカカカッ。商王をここに集結させた功績、大儀であったぞ」

「ええ。これで……我が故郷を再興させてくれるのでありましょう?」


 ゼピルは安堵したような声を出す。

 話の通り、やはり帝国と約定を結んでいたようだ。

 ゼピルは大きく息を吐き、怪鳥に語りかけた。


「私は罪人として終わりますが……あの故郷と、父母の墓だけは――」


 やはり、邪念はあれどゼピルが故郷と父母を思っていたのは真実。

 最後の嘆願に対し、帝国幹部と思われる人物は――


「ああ。しっかりと焼き払っておいたぞ?」

「なッ……!?」


 おぞましい一言を放った。

 怪鳥の言葉にゼピルは瞠目する。

 何か言おうとしているようだが、彼は喉が引きつって喋ることが出来ない。


 そんな彼に、怪鳥は残酷に告げた。


「価値のない都市を発展させる無駄があると思うカ?

 綺麗に焼き払って、灰を有効に使わせてもらったよ」

「き、貴様ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ゼピルが血を吐きながら絶叫した。

 するとその刹那、怪鳥の機械部分が怪しく光り――


「カカカッ、お前は商売が好きと宣っていたな。

 ならば好きなだけ商人として励むといい――あの世でな」


 怪鳥の眼から放たれたおぞましい魔素。

 それはドス黒い光線となって、ゼピルの心臓を貫いた。

 崩れ落ちる彼の姿を見て、怪鳥は嘲るように呟いたのだった。



「三十年。わが養分となるため生きてくれてありがとうよ――賤民ゼピル」



 


次話→3/18

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