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第十話 崩れゆく円卓


 親帝国派の幹部であるザナコフの離反。

 予想だにしていなかった事態に、親帝国派は紛糾する。

 その中で、誰より先に激高したのはアヴァロだった。


「な、何をして……気を違えられたか、ザナコフ殿!」


 ゼピルを挟んで座るザナコフに対し、アヴァロが声を荒らげて怒り狂う。

 だが、ザナコフは意に介さない。

 こればかりは、ゼピルも想定してなかったようだ。


 彼は射殺さんばかりの眼光をザナコフに向ける。


「ザナコフ、帝国の慣例は知っていような?」

「無論だ」


 即答するザナコフ。

 彼に取ってみれば、親帝国派への裏切りは苦慮の末に出した結論。

 今さら後戻りはできない。


 それゆえに、開き直った態度さえ見せていた。

 そんな彼に対し、ゼピルは地の底から響くような声で詰問する。


「ならばなぜ、この暴挙に及んだ?」

「貴殿の言うとおり。彼の国に逆らえば後ろ盾はなくなる。

 我が商売の販路も苦しくなろう」


 ゼピルの言い分に対し、ザナコフは一定の理解を示す。

 だが、一番根本の部分で利害が食い違っていることを、次の一言で分からせた。


「――だが、ここで寝返れば商王としての地位は守られる」


 強い意志を持って発された宣告。

 ここに来て、ゼピルは眉を吊り上げた。

 なぜザナコフが裏切ったのか合点がいったようだ。


「さてはザナコフ……脅されたか」


 腹心に離間工作を掛けられるとは思ってなかったんだろう。

 一貫して余裕を保ち続けていたゼピルの表情が、徐々に苛立ちと焦燥の色に染まっていく。

 そんな中で、ザナコフは親帝国派と別れを告げる文言を発した。


「我が家を守るため、袂を分かつ。――さらばだゼピル」


 そう言って、ザナコフは深く腰を下ろして押し黙った。

 アヴァロが罵倒し、ゼピルが再考を迫るが、まるで揺らがない。

 端的な一言で切って捨てる。


「このザナコフ、一度決めたことは覆さぬ」


 

 かっこいい感じのこと言ってるけど、

 あの人性癖バレるのを恐れてるだけだからね。

 統治している都市での信頼が失墜し、商王の座を追われる危機に怯えているだけなのだ。


 しかし、都市こそが勢力の絶対基盤である商王にとって、

 領民や同業者からの信頼は何より大切なもの。


 たとえ親帝国派として勝利しても、

 報復でバドに握られた恥部を暴露されれば、

 商王としての人生が終わってしまうのだ。


「上に立つ人間ほど、不正が発覚するのを恐れる。

 これは王国貴族も連合国の商王も一緒だ。一切の例外はねえよ」


 バドは喉を鳴らして哄笑する。

 地位や権力というのは麻薬のようなもの。

 一度慣れてしまえば、それのない生活には耐えられなくなる。

 そこに商人としての欲望が重なれば、もはや生き残るために手段を選ぶ余地はなくなる。


 バドはそこを見事に突いたのだ。

 温泉地で覗きに行こうとか言い出した時は血迷ったかと思ったけど。

 ちゃんと考えての行動だったようで何よりだ。


 ここに来て、開票役を務めたソニアが正式に宣言した。


「は、反対多数により……!

 わたしの解任と処刑の決議は、否決されました……!」


 親帝国派の目論見は崩れた。

 ここにきて、ついにアヴァロの不満が爆発した。


「この、裏切り者めがぁああああああああああ!」


 彼は我を忘れてザナコフに掴みかかる。

 しかしそれを、彼の両脇にいた商王たちが止めた。

 だが、あろうことかアヴァロはその二人を吹き飛ばし、ザナコフに詰め寄ろうとする。


 場が混乱に陥る中――バドが肘で小突いてきた。


「レジス、今だ。やりてえことがあったんだろ?」

「……ああ、ちょっと待ってくれ」


 雰囲気に呑まれず、クリアな思考を保つ。

 今の採択はバドの策で乗り越えられたが、これでは不十分。

 危機の回避には成功したが、中立派の信用は取り戻せていないのだ。


 まだ彼らは、ソニアを疑っている。

 この状態で商王議が続けば、依然としてこちらが不利になる可能性が高い。

 勝利を決定づけるには、やはり疑念を晴らすしかないのだ。


 そして、それを可能にするのは――


「……鬼が出るか蛇が出るか」


 口論が続く中、俺はアレクから受け取った書簡を開いた。

 そして一気に目を通す。

 そこに書かれているのは――


「――――ッ」


 正直、戦慄した。

 書かれている内容は、別に俺たちにとって都合の良いものでもなんでもない。

 むしろ、見方によってはあらぬ誤解を生んでしまう危険さえあった。


 だが、ソニアという人物を知った今ならば。

 ゼピルが公開した事実を聞いた今に限っては、全てをひっくり返す力を有していた。

 俺は思わず苦笑してしまう。


「……そういうことかよ」

「なんだ、何が書いてあるんだ?」

「良ければ私にもお見せください」


 バドとウォーキンスが興味深げに覗きこんでくる。

 そして次の瞬間、二人も察したような顔になった。

 これこそ親帝国派を黙らせる最強の一手になりうる。


 しかし、内容が内容だ。

 これは使者たる俺が発表せねばならない。


「――少し、聞いてください」


 俺は意を決して全商王に語りかけた。

 書簡を確認している間に、場の混乱も落ち着いてきていた。

 間に入った商王に引き剥がされ、アヴァロは不満気な顔をしている。


 そして奴は、培った苛立ちをそのまま叩きつけてきた。


「貴様、何度同じことを言わせる?

 使者ごときが国事に口を挟むなッ!」


 この反論が怖くて、ソニアの処遇を決める投票までは黙らざるを得なかった。

 だが、今は違う。

 一票だけだが、こちらが数で優っているのだ。

 多少の無茶は押し通せるはず。


 俺の意図を組んでくれたのか、

 ヘラベリオがアヴァロを冷めた目で見つめる。


「ふぇふぇ……ならば投票にて審議するか?

 彼の使者に、喋らせることを禁ずるか否かを」

「…………ッ」


 他の誰でもない中立派のヘラベリオが睨みを利かせる。

 利害関係の変わらない投票では、先ほどの票数結果の焼き直しになることは明白。

 親帝国派は黙認するしかない。


 アヴァロが憎悪に満ちた視線を注いでくるが、無視して話し始める。


「ここに、初代の商王たちが連合国を創始した時の書簡があります」

「……なに?」


 これに反応したのはゼピルだ。

 連合国の始まりとなった時代の書簡。

 嫌な予感が脳裏をよぎったに違いない。


 そしてその予感は、今現実のものとなる。


「その名も――連合血判・前篇。

 商王ゼピル氏が先ほど見せた書簡と、対になっている書物です」


 俺の言葉に、大広場の中がざわめき立つ。

 連合国は建国直後から騒乱が続いたため、多くの書類や歴史物が闇の中へ消えた。

 しかしその多くは価値のない個人的な手紙などで、

 昔の書物が発掘されたとしても注目すらされない。


 こういった、ごく一部の書簡を除いてな――


「貴様、なぜそれを――」


 ここに来て、ゼピルが初めて顔を引き攣らせた。


「ちょっとしたツテで託されましてね。

 当時のことをよく知る奴からの贈り物です」

「……ふっ、馬鹿馬鹿しい。偽物に決まっている」


 ゼピルは自信を持って言い切った。

 どうやらハッタリではないらしい。

 こういった書物は、合議制の会議において絶大な効果を発揮する。


 それを知るゼピルは、過去に血眼になって探したのだろう。

 しかし、結果から言って見つからなかった。

 だからこそ言い切れるのだ。

 そんなものは偽物だ、と。


「それが本物なんですよ。魔力を照合すればちゃんとわかります」


 入手方法に関しては言及しない方がいいか。

 アレクを含む大陸の四賢は、連合国にとってタブー。

 疑いの余地もない壮絶な力量と、各国に影響を及ぼす危険さを併せ持つ存在だ。


 彼女の名前を出せば信頼性は上がるだろうが、不要な火種を発生させてしまう。

 俺は入手法については詳しく語らず、書簡の冒頭を見せる。


「見ての通り、ここにある押印には初代商王たちが込めた魔力が残っています」


 ゼピルが持っていたものと同じく、各商王の魔力が刻み込まれている。

 俺は一部の商王のもとに書物を持っていき、指で指し示した。


「初代から続く家の商王なら分かるはずです。

 その体に流れる魔力が――この書簡が本物であることを証明してくれる」


 ほんのわずかな違いだが、一人一人の魔力には個性がある。

 アレクが以前に教えてくれたことだ。


 しかし、違いといっても微々たるもので、他人の魔力を識別することは難しい。

 大陸の四賢の中には、魔力に籠った独特の匂いで判別できる輩もいたらしいが――

 基本的には不可能だ。


 少なくとも俺は、赤の他人の発する魔力に違いを感じることはできない。

 だが、それが血のつながる者の魔力であったなら話は別だ。


 魔力は近親者の魔素に共鳴する性質を持っている。

 少し魔法の素養があれば、血縁者が魔力に宿らせた思念さえも汲み取ることが可能なのだ。

 押印に触れた中立派の商王が、ボソリと呟いた。


「……間違いない、一族の魔力だ」

「……これが初代様の遺された魔力。神々しい」


 どうやら初代商王の遺した魔力から何かを感じ取ったようだ。

 この光景を、親帝国派は心穏やかではなさそうに見ていた。


 しかし、反論はできまい。

 たとえ他の家の者でも、魔力を込めた人の判別はともかく、

 押印に魔力自体が篭っているかくらいは分かるからだ。


 書物の真贋を確認したところで、俺は次の段階に移った。


「では、この中央にある印を見てください。

 これも本物であることは確かですが、魔力に関してはどうでしょう?」


 少しづつ重なり合うように押された捺印。

 その中央にある押印を示し、全体に見せた。

 すると、どよめく声が響き渡る。


「その一つだけ……魔力が篭もって、ない……?」

「同じだ。魔力が感じ取れんぞ」


 ここで、ゼピルが喉を引き攣らせた。

 目を見開いて歯を軋ませる。

 どの商王よりも早く、真実に気づいたようだな。


 片方の書簡だけでは分からなかった事実が、

 アレクから受け取った書物によってピタリと埋まったのだろう。

 俺は外堀を埋めるため、魔力のこもっていない押印を指さした。


「この印章はアストライト家のもの。そうですよね、ソニアさん?」

「……はい、間違いありません」


 独特の文様。

 これは間違いなくアストライト家の押印だ。

 だが、本物であるにもかかわらず、そこに魔力が介在していない。


 ゼピル以外の商王たちは首を傾げた。


「十八人の商王で取り交わされた書物ならば、

 全ての押印に魔力が籠っているはずだろう?」

「なぜ、アストライト家の押印にだけ魔力がないのだ……?」


 その疑問。

 誰しもが感じるその違和感こそ、俺が待ち望んでいたものだ。


 さあ、ここに証明しよう。

 アストライト家がいかに心優しく、連合国を慮っていたかを――



「この書簡の後半に、全ての真相が書いてあります

 誠意の商人、アストライト家当主が願った本心が――」




      ◆◆◆



 遡ること500年前。

 十六国時代が終わりを告げた頃、一人の青年が生まれた。

 その者、戦乱続く共和国で育ち、多くの惨状を目の当たりにしたという。


 金なきところに争いあり。

 金あるところに平穏あり。


 金なきところに怨嗟あり。

 金あるところに歓喜あり。


 綺麗事では人は救われない。

 金品こそが万人の幸せの源なのだ。 

 若くして一つの真理に目覚めた青年は、商人になることを志した。

 

 青年は傭兵稼業をしばらく続けた後、共和国で商家を興した。

 商号はアストライト。


 海運を利用した貿易に成功し、瞬く間に勢力を拡大したという。

 大陸を揺るがす大戦乱が起きるまで、その隆盛は続いた。


 また、大陸の外へ目を向けていた青年は、十六夜神という神を信仰していた。

 青年は決して名を名乗らず、己のことを宣教師ナッシュと称した。

 ひたむきに商売をすると同時に、十六夜神教の布教を試みたという。


 青年が商人としての信頼を勝ち取った頃。

 大陸全土で最悪の混乱が勃発した。

 悪しき神”邪神”が――大陸外より襲来したのだ。


 次々と滅ぼされていく大陸の国々。

 青年ナッシュが本拠を置いていた共和国も、抵抗むなしく灰燼と化した。


 しかしナッシュは決して諦めず、邪神の打倒を決意。

 周辺国の商豪たちに号令をかけ、一丸となるよう呼びかけた。

 発足した商人団を自ら率い、国や種族の境を超えた邪神討伐軍に合流したのだ。


 武芸や魔法の心得があったナッシュは、戦において最前線を担当。

 戦中においては他の商人たちの盾となり、勇敢に戦った。

 邪神の攻勢で陣営が絶望した際には、夢を語って士気を高めたという。


 死にたくない、誰も殺させはしない。

 この戦いが終わったら、商人の楽園を作るのだ。

 それまでは誰にも死んでほしくない――と。


 そして長い戦乱の後、邪神は封印された。

 討伐軍の勝利に終わったのだ。


 しかし帝国や神聖国といった強国を除いて、大陸の大部分が更地と化していた。

 この状況に、野心を持った者達が次々と己の国を打ち立てた。

 そんな中、邪神との戦争で活躍した商人たちも気勢を上げた。


 ナッシュを含め、商売の道に命を捧げた十八人の商人。

 彼らはかつて語った夢を実現しようと、ナッシュに持ちかけたのだ。

 商人たちの理想郷――連合国を創ろうと。


 この提案に、ナッシュは快く頷いた。

 しかし当時、商団は周囲との対立を極めていた。


 商人たちの暫定領土を踏み荒らし、聖地への帰還を叫ぶドラグーン。

 早くも国を立て直し、隣接する新興勢力を併呑していく帝国。

 生半可な覚悟では、そして現段階の実力では、この状況を乗り越えるのは不可能だった。


 そんな時、商団の中で一人の人物が名乗りを上げた。

 青年の名はランケルト・ディクレスト。

 誓約魔法の使い手で、その分野に関しては大陸の四賢を凌ぐほどの力を持っていたという。


 ナッシュを中心にした商団の結束力が、

 決して揺らがぬものであることを、彼はよく分かっていた。


 だからこそ、ランケルトは提案したのだ。

 一蓮托生の代償が課される代わりに、

 爆発的な能力が得られる誓約魔法の締結を。


 この契約を元に団結すれば、必ずやこの苦難を乗り越えることができる。

 そう確信したランケルトの提案を拒む者は、誰一人としていなかった。

 ただ一人――商団の中心人物ナッシュを除いて。


 彼が契約をためらった理由は一つ。

 誓約魔法の締結に必要な”魔力”を、全て失っていたのだ。


 邪神はあまねく万物を奪い去る強奪の神。

 ナッシュも例外ではなく、猛攻を受けた際、

 邪神らによって魔力を奪われてしまったのだ。


 もはや二度と魔力を生み出すことはできない。

 天涯孤独であった彼は、他に血縁者もいなかった。

 他の商人たちが命を賭けて誓約に臨む中、一人だけ免れることなどできるはずがない。


 そんなものは裏切りだと、ナッシュは自嘲したという。

 だが、他の商人たちは言った。


『気にするな』と。

 ナッシュを除く十七人の商人は、彼に優しく語りかけたのだ。


『お前が魔力を失ったのは、戦中において私達を守ったからだろう?』

『その通り。単なる務めの交代だ。

 俺達がお前の分まで守ってやる。守り通してやるよ』


 暖かい言葉。

 その言葉に、気丈で涙一つ見せなかったナッシュは泣き崩れたという。


 奇しくも、一人だけ契約に入らないことは、保険の役割を果たしていた。

 もし魔吸血石が破壊された際には、全ての商王が死んでしまう。

 しかし一人だけ、特にまとめ役であるナッシュが生きてさえいれば、理想の国は守られる。

 現実的観点から見ても、商人たちは彼を契約に入れようとは思わなかった。


 その後、十七の商人たちは滞りなく誓約を交わした。

 魂をつなげる代わり、その人数分の魔力が各々に宿る強力な魔法。

 魔素を扱う根幹を失ったナッシュは例外だったが、

 他の商王たちは凄まじいまでの魔力を獲得した。


 ある者はその魔力で外敵を駆逐し販路を拡大。

 ある者は魔力を活かして魔法商を始め莫大な財を得た。

 ナッシュを含む商人たちは商王を名乗り、次々と地盤を固め上げていった。


 こうして、全ての商王が一丸になって勢力を広げた結果。

 ついに作り上げられたのだ。

 商人たちの理想郷――連合国が。




    ◆◆◆



 読み終えたところで、俺は書簡を丸めた。

 燻っていた火種が完全に消えた感覚。

 先ほどまで小声が飛び交っていた大広間は、完全な沈黙に包まれていた。


「これが、ナッシュが誓約に入っていない理由です」


 俺は書簡をソニアの手元に置き、そう締めくくった。

 親帝国派の顔色は土気色。

 投票を放棄した商王たちは、悔恨で頭を抱えていた。


「そうか……初代のナッシュ殿は私達を守ろうとして……」

「……疑った自分が情けない」


 ざわざわと、後悔の念が広がっていく。

 その場でソニアに頭を下げる商王が出始める始末だ。

 流れが完全に変わった。


 ソニアに降りかかった嫌疑を完全に振り払ったのだ。

 しかし、ここでゼピルが牽制の一言を告げる。


「少し、冷静になられよ」


 低く鋭い声。

 我を失っていた商王たちが彼の声に耳を傾ける。

 それを確認して、ゼピルは俺の持ちだした書簡を指で示した。


「押印は確かに本物。

 しかし書いてある内容が真実であるとは限りますまい」


 書物の改変疑惑。

 ゼピルの一言で、お通夜状態だった親帝国派が活気づく。

 核弾頭であるアヴァロがゼピルの主張に追随した。


「そ、そうだ! 初代ナッシュが脅した可能性も否定できぬ!

 ありもしない美談を作らせ、判を押させたのだろう!」


 なるほど、俺じゃなくて初代ナッシュが改変したと言うつもりか。

 大昔の記述であることを理由に、文面の真偽を問題にしたいのだろう。

 しかしここに至って、そんな水掛け論がまかり通るはずもない。


「……ゼピル。そしてアヴァロよ」


 中立派の一人が辟易した様子でゼピルらに声をかける。

 それに同調して、親帝国派を除く全ての商王が頷いた。


「……我ら古参の商王一同。

 押印に宿りし魔力から、我が先祖の決意は受け取った」

「貴様らはそれを、偽りのものだと言うつもりか?」


 この詰問に、親帝国派は言い返せない。

 アヴァロは答えに窮して拳を握りこんでいる。

 もはやゼピルも観念するしかあるまい。


 俺は奴の挙動を注意深く観察する。

 すると、ゼピルは顔を俯かせながら何かを呟いた。

 誰に聞かせるわけでもない、声にならぬ一言。


 恐らくは自分に言い聞かせるためのものだ。

 しかし、唇の動きから何と言ったのかは読めた。

 『もう少しか』――まだ諦めていないことを、その呟きが端的に示していた。


「そ、それでは――審議に入ります」


 ざわつく円卓を制して、ソニアが手を挙げた。

 彼女は瞳を閉じて、ゼピルたちの所業を振り返る。


「……虚偽の過去を捏造し、国を守らんとする同士を陥れようとした。

 これは、結束と信頼に重きをおく商王が最もしてはならない行為。

 決して、断じて――許されることではありません」


 深々と頷く商王たち。

 青筋を立てて肩を震わせるアヴァロ。

 落ち着いた様子で結論の提示を待つゼピル。


 思惑の交差から始まった不毛な論争――

 これに終止符を打つため、ソニアは裁断を下したのだった。


「――よって、第六条『商王欺騙』の罪を適用!

 商王ゼピルの商王解任、及び無期投獄の決議を執り行います!」


 この瞬間、喝采で大広間が沸いた。

 これで、ゼピルを葬り去る大義名分ができた。


 無茶な手法で勢力を拡大してきたゼピルは、あちこちに敵がいる。

 しかしゴルダーとしての権力を持っていたため、

 多くの商王は表立って敵対することを避けていた。


 下手に他派閥に手を貸して、恨みを買うのは避けたいと思っていたのだろう。

 だが、ゼピルが弱みを見せ、全ての批判が集中した今、もはや構うことはない。

 恨みを持っていた商王たちは嬉々として投票用紙に記入するだろう。


 ソニアは凛とした雰囲気を纏い、闘争の決着を宣言した。


「……終わりです、ゼピルさん」


 覚悟と意志に満ちた呟き。

 その声は歓声の轟く中でもはっきりと聞こえた。

 一族の負い目に苦しんできた彼女が、今は吹っ切れた様子で前を見据えていた。


「ここは”連合国”。

 親交ある王国の力を借りることはあれど、我が国の独立は大前提。

 弱者を蹂躙し踏みつけにする帝国の生贄になど――させはしません! 絶対に!」


 その言葉に、多くの商王が頷いた。

 ソニアは己の決意を表明した後、投票の呼びかけを行った。

 そして趨勢に変化が起こらないよう、追撃を封じる。


「以降の発言は、開票まで禁止します!」


 行き渡っていく投票用紙。

 帝国派閥の命運は尽きた。

 それを悟ったアヴァロらはがっくりと項垂れる。


 しかし、一人だけ。

 表情の読めない男がいた。

 親帝国派以外の全商王が紙へ目を落とした刹那――ゼピルはボソリと呟いたのだ。


「時は来た」


 唐突な一言。

 俺たちを含め、親帝国派の商王までが首を傾げた。

 自然と視線がゼピルへと集まる。


 すると次の瞬間、奴は口の端を吊り上げた。


「――好きに喰い散らかせ。

 貴殿らの好きな商王はここにいるぞ」



 次の瞬間。

 窓の砕け散る音が響いた。


 その直後に耳をつんざく悲鳴と怒号。

 好悪入り乱れる論議の場とはいえ、あくまでも交わされるのは言葉のみ。

 商王議が商王議である由縁。



 その暗黙の了解が、音を立てて崩れ落ちたのだった。




     ◆◆◆





 割れた窓。

 響いた悲鳴。

 何者かによる突然の襲撃。


 しかし、俺の頭はあくまでも澄み切っていた。

 この可能性は事前に予測できていた。


 俺とバドが即座に反応。

 怯むことなく窓へと駆け寄る。

 侵入者の先制攻撃を防ぐ狙いだ。


 しかし、ウォーキンスが緊迫した声を発した。


「――目を閉じてください! 閃光魔法です!」


 言い終わるより先に、光が大広間を満たした。

 目が眩みかけたが、既のところで閉眼することに成功。

 目を閉じていても視界が赤く染まるほど強力な閃光だった。


「……な、なんだ。何が起きた!?」

「め、目が……目がぁああああああ!」


 商王たちの悲鳴が聞こえてくる。

 どうやらほとんどの連中がモロに喰らったようだ。

 光の刺激で筋肉が麻痺したのか、俺もすぐに目を開けることができない。


「…………ッ」


 とっさに防御姿勢を取ったが、その時あることに気づく。

 ウォーキンスが密着するような形で護衛をしてくれていた。


 非常にありがたい。

 が、俺の身辺警護で手一杯になってしまったか。

 不甲斐ない。


 この混乱した状況に、俺は舌打ちした。

 卑劣な真似をしてくれる。

 小細工などせず、直接狙ってくればいいものを。


「……さっきのは、陽動か」


 窓から侵入者が襲撃してきたのだと思っていた。

 しかし飛び込んできたのは、恐らく閃光魔法を掛けた投擲物のみ。

 おびき寄せるための疑似餌だったようだ。


 しかし、敵が入ってきていないなら逆に好都合。

 指示を出したゼピルを、先に叩き潰せばいい。

 だが、ここでウォーキンスが呟いた。


「今、探知魔法に反応がありました。――来ます」


 次の瞬間、轟音が響き渡った。

 一拍遅れて振動が到来。

 天井が落ち、床までもが抜けきった感覚を覚えた。


 パラパラと粉塵が舞う。

 無理やり目をこじ開けると、壮絶な光景が広がっていた。


「…………ッ」


 商王館の天井に大量の穴が空き、青い空が見えていた。

 そして穴の真下――大広間の床に、何十人もの男が直立していた。

 円卓の周りを取り囲むように、侵入者が降ってきたのだ。


 そして最悪なことに、その男たちは見覚えのある鎧を着ていた。


「こいつら、無翼竜空隊……!」


 バドが相手にした異常に強い竜騎士だ。

 総帥とはいえ、竜騎士一人にひどく手こずった覚えがある。

 その騎士が、二十人から三十人もの数で押し寄せていたのだ。


 この光景を見て、ウォーキンスは目を擦りながら嘆息した。


「なるほど、探知魔法の届かない上空から飛び降りて来ましたか」


 ふむ、それで奇襲に気づけなかったのか。

 確かに、竜は魔力の届かない上空まで飛ぶことは可能。


 しかし、攻撃を仕掛けるのであれば、必ず降下する必要がある。

 その際に探知魔法に引っかかるため、襲撃に対処することは可能なのだ。

 まあ、そこから生身で飛び降りてくる、異常な竜騎士を除いての話だが。


 閃光弾の目眩ましは、着地時の隙を消すためのものだったか。

 ゼピルの脇を固める竜騎士たちを見て、バドは盛大に舌打ちする。


「あの野郎……押さえつけろって言ったのに。統制できてねえじゃねえか」


 総帥らしき竜騎士に、出兵をやめさせろとバドが脅しをかけていたはず。

 だが、結構な数の団員が動いてしまっている。

 約束を反故にしたのかとも思ったが、バドの様子を見るに違うようだ。


 大半の無翼竜騎士団員は総帥の言う通り静観。

 しかし、一部の聞かん坊が総帥の意向を無視し、ゼピルの仕事に手を貸している――

 というのが妥当なところか。


 しかしこの人数だ……明らかに商王を抹殺しに来ているな。


「ゼピル……貴様ッ!」


 ここで、中立派の商王が視界を回復させたようだ。

 目を怒らせてゼピルに食って掛かる。


「こ、これがどういうことか……分かっているのだろうな!」

「反逆は重罪中の重罪! 処刑は免れぬぞ!」


 動揺で顔をひきつらせる商王が多数だ。

 敵対しているとはいえ、まさか直接反乱に及ぶとは思っていなかったのだろう。

 暗殺同様、反乱に対する耐性が希薄極まりない。


 まあ、無理もない。

 500年近くも仲良く一致団結していた歴史があるのだ。

 そもそも、商王議というシステム自体が裏切りを想定していない事から、

 その辺は簡単に察することができる。


 連合国法規に書いていないことは採択できないが、

 もし法に基づいて発議し、投票が通れば簡単に議案が通ってしまう。

 たとえ商王を処刑するものでも、人数が集まればやり放題なのだ。


 血の契約という堅固な団結から始まったがゆえの欠陥。

 ゼピルはそこを突こうとしたのだろう。

 だが、親王国派を潰すために利用した商王議で、

 自らの地位を破綻させてしまうとは皮肉だな。


 紛糾した大広間は混乱のまっただ中。

 多くの商王は円卓の中に集まり、四方を警戒している。

 しかしそんな中で、ゼピルに近づいていく男がいた。


「――ゼピル殿、貴方ならば動くと思っておりました」


 アヴァロだ。

 親帝国派のNO.2。

 彼は期待に深々と頷きながらゼピルに語りかける。


「いきなりの閃光は驚きましたが、敵を欺くにはまず味方から。

 いやはや、お見事です。あれは兵を呼び寄せる布石でしたか」


 賞賛するように拍手をするアヴァロ。

 ゼピルと長く共に動いていただけあって、そのやり口はよく知っているのだろう。


 だが、なんだ。

 妙な違和感がある。


「これほどの手駒が揃っているのです。

 必ずや他の商王を討ち取れることでしょう」


 もしゼピルが親帝国派のために反逆するのであれば、

 他の同志に伝えておくべきなのではないか?


 下手をすれば失明するようなフラッシュだ。

 そんなものを味方に浴びせるとは考え難い。


「私は軟弱な連合国など望んでおりません。

 勢いの強い帝国と手を結び、強健なる国家を目指すのが道理なのです」


 では、なぜこの反乱を伝えていなかったのか。

 出てくる可能性は二つ。

 極限まで計画の発覚を防ぐため。


 そしてもう一つは――元より仲間と思っていなかったかだ。


「そのためには国を腐らせる弱き商王など不要。

 強国を創建する体現者として、貴方の理解者として。

 私はゼピル殿にどこまでも着いて行き――」


 刹那、肉の張り裂けるような音がした。

 ビシャビシャと床に鮮血が飛び散る。

 張り詰めた静寂が場を駆け抜けた。


 そして一拍の後。

 アヴァロの腹部から短剣が生えていることに気づいた。


「カッ……ハ……?」


 アヴァロは目を見開いて己の腹を見る。

 明らかな致命傷。

 アヴァロの目が虚ろになり、身体が床に倒れる。

 そんな彼に対し、ゼピルは冷めた視線を注いでいた。


「――理解者? 笑わせるな。

 貴殿は私のことなど、何一つわからんだろうさ」


 今まで誰よりも親帝国派として働き、ゼピルの味方をしていたアヴァロ。

 そんな彼が絶えたのを見ても、ゼピルは顔色一つ変えない。

 その姿に、俺は強い疑念を覚えた。


「お前、そいつは……アヴァロは、味方だったんじゃないのか」


 確かに奴は敵だった。

 利害が一致せず、派閥の反対側の勢力として潰し合いをしていた。

 どんな果て方をしようが、こちらの預かり知るところではない。

 でも……いきなり殺すことはないだろう。


 ゼピルはアヴァロの亡骸を見て、興味をなくしたように唾棄する。


「いくら帝国へ尻尾を振ろうが、しょせんは連合国の民。

 連合国の血が入った者など――”商王”など、信用できるはずがあるまいよ」


 まるで自分が生粋の商王ではないかのような口ぶり。

 警戒しつつも、俺は疑念が頭の中で渦を巻いていた。

 そんな俺を見て、ゼピルは淡々と呟く。


「納得できていない顔だな。

 商王が死ぬのは貴殿ら使者のせいだというのに」

「なんだと……?」


 ゼピルは俺とウォーキンス、そしてバドを睥睨してくる。

 その表情はとても淡々としていて、不気味さを漂わせていた。


 しかし次の瞬間。

 ゼピルは商王たちを睨みつけると、その瞳にドス黒い光を宿らせた。


「商王議で親王国派のナッシュを片付けられていれば是非もなし。

 私はただの商王ゼピルでいることができた。

 連合国の車輪として、化けの皮を剥ぐことにはならなかったのだ」


 責めるような口調で俺に宣告してくる。

 無機質な声調だったが、内包された憎しみをひしひしと感じた。

 ゼピルは肩をすくめると、獰猛な表情で眼光を飛ばした。


「だが、商王の座から蹴落とされるのであれば話は別。

 我が正体を晒し、その喉元を喰い破るまでだ」

「……正体、だと?」


 ゼピルの言葉に、何人かの商王が焦りの色を浮かべる。

 奴が知らない顔を持っていると知り、恐怖を感じたのだろう。


 すると、ゼピルは怨嗟の視線を商王たちに向ける。

 そして憎悪に満ちた声で、死の宣告とも取れる自己紹介をしたのだった。


「私は元帝国商人ゼピル・デュラニール。

 貴殿ら商王によって全てを奪われた――”帝国の棄民”だ」



次話→3/11

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