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第七話 商王議開催

 




 翌日。

 ついに商王議開催の朝を迎えた。


 商王筆頭であるソニアは盛大に触れを出し、街もにわかに騒がしくなってきた。

 各商王をひと目見ようとする者、

 商王が集まったこの機に陳情をしようとする者、

 それらの人だかりをターゲットに露店を開く者。

 実に多くの人達で街がひしめいていた。


「レジス様、準備はできましたか?」


 ノックされる部屋の扉。外から能天気な声でウォーキンスが聞いてくる。

 そろそろソニアの元へ向かう時間だ。

 既に大方の準備は済ませてある。


「大丈夫だ。今行く」


 服装をしっかり整えて部屋を出る。

 待っていたウォーキンスを伴い、ソニアの部屋へと向かう。


「いよいよですね、商王議」

「ああ」


 商王議当日。

 外から伝わってくる活気で、嫌というほど伝わってくる。

 民衆からすれば祭りで、商人からすればかきいれ時なんだろうが、こっちとしては死活問題だ。

 使者としての失敗できない仕事が待ち構えている。


 心を落ち着かせるため、俺は大きく息を吐いた。


「多数決の投票で決めるらしいから、十分に勝算はあるよ」


 そう言って、俺は歩を進める。

 するとその途中、隣を歩くウォーキンスが顔を覗きこんできた。


「緊張していますね、レジス様」

「そ、そうか……?」

「ええ、表情がいつもより少しだけ固いです」


 なんと素晴らしい洞察力だ。

 手放しで褒めたいところだが、そうやって顔を近づけられると余計に緊張してしまう。

 16ビートを刻む心臓が内心の動揺を嫌でも分からせてくる。


 そんな俺を見て、ウォーキンスは深々と辞儀をしてきた。


「気休め程度にしかなれず心苦しいですが、このウォーキンスがお傍にいます。

 全身全霊を以って、レジス様をお守り致します」


 ケチのつけようのない、端正な一礼だった。

 思わず視線を奪われてしまうほどの所作。

 それに加えて、見るものを安堵させる笑顔が何よりも目に焼き付いた。


 呆気にとられたが、不思議と緊張が和らいでくる。


「ありがとう、すげぇ心強いよ。

 いつも守ってもらってばっかで悪いな」


 ウォーキンスに対して苦笑を返す。

 下手に言葉を飾ってもボロが出るので、湧いてきた想いをそのまま告げた。

 すると、ウォーキンスは困ったような顔をする。


「またまた、何を仰るのです」

「……ん?」

「私がドゥルフ卿に狙われた際、

 レジス様が守り通してくださったこと――私は忘れてはいませんよ?」

「ああ、そんなこともあったな……」


 守り通せたと言えるかは微妙だが。

 あれは宣戦布告から決闘に至るまで、周囲の助けがあったから乗り越えられたのだ。

 それに――


「結果的には力を出さずに済んだけどさ。

 最後には、ウォーキンスが何とかしてただろ?」


 アレクと互角に渡り合うウォーキンスのことだ。

 本当にのっぴきならなくなった時は、彼女自身の力で乗り越えていたように思う。

 だが、ウォーキンスは屹然と首を横に振った。


「いいえ。私にも不可能なことは多々あります。

 力というのは身分と伴うことにより、初めてその効力を発揮するものですから」


 どういう意味だ?

 一瞬考え込む。

 しかし、すぐに彼女の言わんとしていることを理解した。

 どうしたものか迷っていると、ウォーキンスは悔しそうに微笑んでくる。

 

「一介の使用人――その肩書を持つ以上、その枠の中でしか力を発揮し得ないのです。

 さもなければ、使用人として主人を守ることができなくなりますからね」


 悲しいが、その通りだ。

 客観的に見れば、あくまでもウォーキンスは一貴族の給仕。

 常軌を逸した力が公の下に晒された時、隠蔽できるだけの力はない。


 ウォーキンスは俺の顔色を窺いながら、さらりと訪ねてきた。


「シャディベルガ様がドゥルフ卿の刺客に襲われ、

 決闘に出場不可能になった時のことを覚えていますか?」

「ああ。単独でドゥルフのところに乗り込んで抹殺するとか言い出した時のことだろ」


 猛毒に侵されたシャディベルガの姿が脳裏に浮かぶ。

 あの時は切羽詰まっていて、心に余裕がなかった記憶がある。

 確認すると、ウォーキンスはコクリと頷いた。


「はい。

 もしあの時にレジス様が止めてくださらなければ――

 私はきっと断頭台の露と消えていました」

「…………」


 俺は沈黙しか返せなかった。

 彼女の言うことを、全く否定できないからだ。

 

 あの時、俺は感情を露わにしてウォーキンスを止めた。

 執念と意地で止めた。

 とっさに思いついた代理作戦を押し通した記憶がある。


 その甲斐あって、ウォーキンスのドゥルフ暗殺計画は必要なくなった。

 結果から言えば、あの時に彼女を制止したのは正解だった。

 だが、もし――俺が彼女を止めていなかったら?



 ウォーキンスのことだ。

 護衛のシュターリンを蹴散らして抹殺に成功していただろう。

 しかし、その代償は高く付く。


 決闘直前にドゥルフが変死を遂げれば、ディン家の仕業であると糾弾されていた。

 その非難を抑えるためには、下手人が名乗り出るしかない。

 そして、重罪人として処刑される前に告げるのだ。


 私が単独でやりました、主家は関係ありません――と。


 ひどい話だ。

 蜥蜴の尻尾切り以外の何物でもない。

 そんなことをするくらいなら、とやかく言ってくる勢力全てを消し飛ばした方が有効だろう。

 しかし、きっとウォーキンスはその選択肢を選ばない。


 なぜなら彼女は……。


「私が生き延びるために王家へ反逆しても、

 ディン家に危害が及ぶようでは本末転倒ですからね」


 ああ、

 ウォーキンスなら、そう言うと思っていた。

 彼女はディン家を守るためなら命さえ顧みない勢いがある。

 きっとあの時、ウォーキンスを引き止めていなければ、確実に――


 胃の底から重たいものが込み上げてくる。

 胃酸が食道を灼き、不快感を刺激した。

 そして気が付けば、俺は苦痛に満ちた声を出していた。



「そんなこと……平然と言うなよ」



 仮定の中とはいえ、ウォーキンスが命を絶つことなど考えたくもない。

 無意識による、現実からの逃避行動だ。

 俺の異変を察知したのか、ウォーキンスは慌てて謝ってきた。


「も、申し訳ありません。

 レジス様を傷心させてしまうとは……このウォーキンス、一生の不覚です」

「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」


 このままではウォーキンスまで落ち込んでしまいそうだ。

 俺は表情を無理やり平常に戻そうとする。


 すると、彼女はなぜか俺の手を握ってきた。

 予備動作なしの接触に、心がどよめく。

 ウォーキンスは俺の手を撫でながら、ボソリと呟いた。


「でも、あの時は本当に、嬉しかったです。

 こうしてつい、蒸し返してしまうほどに――」


 どうやら、喜びゆえの話だったようだ。

 心臓に悪い内容だったが、そんなことを言われては責められない。

 しかし、せめてもの仕返しとして、少し意地悪な質問をしてやろう。


 普段は聞けない、彼女の本音を引き出す問い掛け。


「ウォーキンスはさ」


 俺の一言に、ウォーキンスは首を傾げる。

 それはあどけなく、慈愛に満ちた表情だった。


「使用人でいて、幸せか?」


 ともすれば無遠慮にも聞こえる問いかけ。

 俺の思惑を測りかねているのか、ウォーキンスは聞き返してきた。


「どういう意味でしょう」

「いや、さ……使用人じゃなかったら、何の制限もなく好きなことができるだろ。

 いわば、その身分が枷になってる状態だ」


 俺の言葉に、ウォーキンスはきょとんとした顔になる。

 そして自分の境遇を顧みてか、くすりと妖艶に微笑んだ。


「否定はできませんね」

「……だろ?」


 自覚はしているようだ。

 まあ、それも当然か。

 使用人という肩書さえなければ、

 彼女を止められるものなど――真の意味で何もないのだから。


「それなのに、制約の多い使用人でいて本当に良いのかなって。

 ちょっと気になったんだ」

「私は――」


 ウォーキンスは言葉尻を濁らせる。

 しかし、こちらから返事を催促するようなことはしない。

 秘匿を是とする彼女のことだ。

 質問を躱してくるだろうと、頭の片隅でそう考えていた。


 だが――




「――もちろん、良いと思っていますよ?」



 ウォーキンスは即答した。

 使用人であることを、圧倒的に良しとする形で。

 思わず呆気にとられる。


 そんな俺に対し、ウォーキンスは微笑みかけてきた。

 それは今まで見てきた表情の中で、最も辛そうな笑顔だった。


「私……その昔に、色々なことをしてしまいまして。

 耐え切れない罪悪感で、潰れそうになったことがあるんです」


 色々なこと。

 恐らくは、そこに全ての原因が集約されているのだろう。

 アレクが彼女を壮絶なまでに敵とみなした理由も。

 彼女が比類なき力を有する理由も。


「使用人になっていなければ、きっと私は今ここに立っていません。

 暗い闇の底で、永遠に自分の罪と無力さを嘆いていました」


 ウォーキンスは遠い目をして虚空を見つめる。

 その瞳には暗く切ない光が宿っていた。

 しかし、ここで彼女は大きく頷いて告げてくる。


「それを、変えてくれたんです。

 使用人という道が――私の暗闇を振り払ってくれたんです」


 彼女は胸元に手を当て、ぎゅっと握りしめた。

 たったそれだけの動作で、ひしひしと伝わってきた。

 使用人としての自分を、誇らしく思っているのだということを。


「なるほど……よくわかった。変なこと聞いちゃってごめんな」


 俺はウォーキンスに謝った。

 俺の方こそ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 しかし、彼女の本音が聞けて嬉しかった。


「いえいえ、どうかお気になさらず」


 安堵の息を吐いていると、ウォーキンスは俺の手を握る力を少しだけ強めてきた。


「それに――」


 柔らかな温もりと共に、彼女の意志が伝わってくる。

 そしてウォーキンスは、全ての陰鬱さを吹き飛ばす微笑みを向けてきた。


「レジス様という方に出会うことができましたから。

 これだけで私は、使用人になって良かったなって――心から思えるんです」


 じわり、と何かがこみ上げてくる錯覚を覚えた。

 胸の奥底で凍っていた心の一部が、急速に熱を持ち始める。

 その発熱は激情となって涙腺を刺激してきた。


 危うく涙が出そうだった。

 そんな俺に対し、ウォーキンスは追撃のような言葉を告げてくる。


「これからも変わらず、お傍にいたいです。

 レジス様に――お仕えしたいです」


 優しく、それでいて許可を求めるような声。

 ウォーキンスの願いに対し、俺の持つ答えは一つだった。

 彼女の手を握り返し、大きく頷く。


「もちろんだ。一緒にいてくれよ――ウォーキンス」


 彼女は使用人として清廉な誇りを持っている。

 ならば俺も、仕える対象として十分な人間になりたい。

 そうでなくては、釣り合わない。

 ウォーキンスが自慢したくなるような主人を目指そう。


 決意して、俺は一歩を踏み出した。

 そして廊下の角を曲がっていく。

 するとそこでは、ある人物が壁に背を預けていた。


 バドだ。

 彼は眠たげに眼を擦りながら訪ねてくる。

 


「――話は終わったか?」

「聞いてたのか……」


 いるならいると言えばいいものを。

 立ち聞きとは趣味が悪い。

 ため息を吐いていると、バドは俺の声色を真似してきた。


「いやぁ、朝から面白えことやってるな。

 何を言い出すかと思えば、『一緒にいてくれよ』て」

「…………ッ!」


 自分が何を言ったのか思い出し、絶句してしまう。

 俺の反応を見て、バドはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてきた。


「今時、ド田舎の農民でもそんな洒落の欠片もねえこと言わねえよ。

 寝起きだってのに、笑い堪えるのに必死だったぜ」


 そう言って、彼は腹を抱えて震えている。

 俺はバドに近づいていくと、無言で尻にタイキックを入れた。


「あづぉあッ!」

「天誅だ。これも世の理……悪く思うな」

「てめぇ、恥ずかしいからって俺を蹴ってごまかすんじゃねえ!」


 お黙りなさい。

 少なくともお前が茶化さなければ、恥ずかしさを感じずに済んだのだ。

 必死で考えた末に絞り出した言葉を馬鹿にされて、心穏やかでいられるか。

 藪をつついたからには、蛇を受け入れる覚悟はしておけ。


 俺とバドは互いに睨み合う。

 しかしここで、ウォーキンスが声をかけてきた。


「私は好きですよ?

 想いがまっすぐに伝わってきて、むしろ嬉しかったです」


 その言葉で、俺は癖の悪い足を引っ込めた。

 まさかウォーキンス本人がフォローを入れてくれるとは。

 やっぱ天使だよこの使用人。


 しかし、バドは不満気な様子だ。


「ったく……将来有望が服を着て歩いてるような俺に向かって蹴りを入れるたぁ。

 ずいぶんと度胸があるじゃねえか。まあ、いい眠気覚ましにはなったがな」


 そう言って、バドは大きなあくびをした。

 ずいぶんと眠そうだな。


「寝不足みたいだが、大丈夫か?」

「ちと昨晩にやることがあったんでな。まあ支障はねえよ」


 なら良かった。

 これから連合国の命運を決める重要な会議が始まるのだ。

 体調は万全にしておきたい。


 面子も揃ったことだし、さっさとソニアのところへ向かおう。

 そう思った刹那、バドに呼びかけられた。


「――レジス」


 普段とは違い、神妙な口調。

 一瞬、身体が無意識に震える。

 振り向くと、バドが自分の胸を親指で指して言った。


「商王議に関しては、俺が何とかする」


 力強い発言。

 商王たちの会議なので、できることは少ないと思うのだが。

 ひとまず頷きを返したが、ここでバドは俺の肩に手をかけた。


「だが、その後の大事な仕事は多分――お前じゃねえとできねえ。そこは任せたぜ」

「任せるって……投票に勝ったら終わりじゃないのか?」


 商王議は出席した商王による合議制。

 ソニアが中立派を味方につけて投票に持ち込めば、親帝国派を上回ることは十分に可能。

 しかし、バドは深刻な顔で続ける。


「勝ち方の問題だよ。

 投票に勝って全体で負けたんじゃ話にならねえ。

 まあ、あんまり言って肩肘張らせんのも悪ぃな。

 頭の片隅にでも置いといてくれや」


 それだけ言って、バドは肩をすくめた。

 要するに、局地でも全体でも相手を圧倒するのが理想的だと言いたいんだろう。

 まあ、やるべき仕事が発生したら全力で臨むだけだ。


 俺は話を変えて気になっていたことを訊く。


「ちなみにロギーは?」

「あの女か。火傷の療養で近海に潜ってるってよ」


 海で静養中か。

 海の他種族の多くは海中にいる方が傷の治りが早いらしいが、本当なのだろうか。

 まあ、火傷は長引くのでじっくり治してもらいたい。


「つまり、会議には不参加ってことだな」

「ああ。足手まといになるからって言ってたが――まあ、本音は別だろうよ」

「他種族嫌いの商王に配慮して、か」

「商王のほとんどは他種族の排斥を唱えてますからね。

 むしろソニア様のような方が珍しいと聞きます」


 まあ、そのソニアも世論の影響で、

 無権特区とやらを配置しなければならない程だからな。

 昨日助けた商王ヘラベリオも、なんか含み有りげな視線をロギーに投げてたし。


 他種族への風当たりの強さは難儀なものだ。

 ウォーキンスとバドを伴い、居間へ行く。

 そこには緊張した面持ちのソニアがいた。


「皆さん、おはようございます。

 いよいよ、今日になりましたね……」


 商王議に向けて、かなり綿密に準備をしていたのだろう。

 机の上に置かれた資料の多さから見て取れる。

 ソニアはその中から一枚の紙を抜き取った。


「まず、念の為に公的な立場を確認したいのですが……」


 彼女はまず、俺に視線を定めてきた。


「レジスさんが勅書を携えた正式な使者」

「そうです」


 勅書もしっかりと手元にある。

 これが国王から商王に渡される正真正銘の書状だ。

 俺の頷きを見て、ソニアは視線を隣に移す。


「そして、ウォーキンスさんがレジスさんの使用人」

「はい」


 ウォーキンスが一礼をして応えた。

 今回の旅における最強のボディーガードである。

 彼女がいる限り、いざとなった時はこちらとしても強気に出れる。

 ソニアは俺の左隣にいるバドを注視した。


「最後に、バドさんがその護衛――と」

「違う、俺はお目付け役の廷臣だ。それも国王直属のな」

「……え」


 渾身のドヤ顔をするバド。

 それに対し、否定をされたソニアは困惑した様子だ。

 彼女はおずおずと尋ねてくる。


「そ、それは……護衛とは違うのでしょうか?」

「同じです。役職じゃなくて役割なんだから間違ってないだろ、バド」

「立場は俺の方が上だぜ。そこをはっきりしといただけだ」


 どうやら、俺の下に付いている人間だとは思われたくないらしい。

 まあ、地方の没落貴族と王直属の護衛官なら、後者の方が上なのも頷けるけどな。

 細かい奴め。


「承知しました。

 この立場を肝に銘じて商王議を進めたいと思います」


 ソニアはホッとした様子で書類をしまう。

 そして違う紙を束から抜き出し、俺たち3人に声をかけてきた。


「では、本日の流れをお伝えしますね」


 商王議でどのように動くかを確認するらしい。

 まあ、リハーサルは大事だな。

 いざ本番になって手持ち無沙汰にウロウロしてたら目も当てられない。


「まず、全商王が見守る中でレジスさんが私に石版を――魔吸血石を返還します」


 ソニアはテーブルの上にある石版を示した。

 ドクンドクンと心臓のようなものが元気に脈動している。

 うーむ、相変わらずショッキングな絵面。

 百年の食欲も失せるレベルだ。


「これによって王国と連合国が親密であり、

 共に歩むべき友好国であることを印象づけます」


 帝国と、それに接近する商王を牽制できるってわけだ。

 これを受けては、中立派も王国側に肩入れするしかあるまい。


「次に、王国からの要求を伝えます。

 『ドラグーンの信奉対象である黄金竜を撃滅したのは連合国』。

 以上の声明を、全商王の連名で行う決議を取ります」


 ああ、そういえばこれも大事な案件だったな。

 もし黄金竜を手にかけたのが王国だと思われれば、ドラグーンとの全面戦争が始まってしまう。

 既に交戦状態にある連合国が責任を被ってくれたほうが被害は圧倒的に少ない。


 まあ、そもそも黄金竜を撃墜したのは連合国そのものなんだがな。

 しかし、一つ留意したいことがあるので、ソニアに尋ねる。


「ちょっと気になったんですが、

 それだとソニアさんが他の商王から反感を買いませんか?」


 一応、魔吸血石を保有していたのはソニア率いるアストライト家なのだ。

 侵攻してきた竜たちを撃墜してみせたのは事実。

 しかし他の商王からすれば、責任の一端はどうしてもソニアにあると思ってしまうのではないか。


 そんな中で、彼女がドラグーンの憎悪を受ける決議を持ち出せば、不利になる危険がある。

 だが、ソニアにも案はあるようで――


「確かに管理をしていたのは我がアストライト家です。

 しかし『魔吸血石の護衛は全商王の最大限の助力を前提にする』との取り決めがなされていました」


 なるほど。

 魔吸血石は多くの商王の命運を握る貴重品。

 普通に考えれば、一つの家に任せきりにするということはあるまい。


「つまり、責任の所在は個人ではなく全員にある、という認識だったわけですね?」

「はい。特に中立派の商王は石版が奪われた日、派遣する兵を出し惜しんでいました。

 心当たりのある商王はまず非難してくることはありません」


 商王たちにも負い目はあるわけだ。

 傍観を決め込んでいた商王など、反論があっても言い出すに言い出せないだろうな。

 ここの関門はクリアというわけだ。


「これにて魔吸血石は元に戻り、王国への友好感情が高まります。

 中立派は王国へと味方せざるを得ず、親帝国派の勢力も弱まるでしょう」

「ま、王国としちゃあ文句のねえ成果だ」


 腕を組んで聞いていたバドが力強く頷いた。

 ソニアら親王国派としても、国の感情が王国側に傾けば有利な立場でいられる。


「両国にとって良い形になりそうですね」


 ウォーキンスも満足気な表情をしていた。

 俺たちの動きを伝え終え、ソニアも肩の荷が下りた様子だ。


「あとのことはお任せください。

 筆頭商王として納得の行く形で、商王議をまとめてみせます」


 彼女はぎゅっと両拳を握りしめた。

 少し震えが残っているが、それ以上の強い覚悟が見て取れた。

 時刻を見れば、もう商王議が始まる直前。

 会場はこのアストライト家の大広間らしいので、そろそろ商王が訪ねてくるはず。


 そう思った刹那――



「報告します! 商王ベリラド殿が到着!」

「続けて報告! 商王ゴペリーヌ殿が到着!」

「ご報告! 商王ミザンダル殿が到着!」


 立て続けに小間使いが入ってきて、

 3人の商王が来館したことを知らせてきた。

 みんな聞いたことのない名前だが――


「無事に来てくださいましたね、良かったです」


 ソニアはホッとしたように胸に手を当てている。

 どうやら今の人物たちは親王国派の商王らしい。

 さすがにソニア一番の味方だ。

 誰よりも先に来てくれたと見える。


 これでソニアを含む親王国派4人が出揃ったことになる。

 ソニアはすぐに小間使いへ指示を飛ばした。


「控室にて、丁重におもてなしをお願いします」

「――ハッ!」


 慌ただしく小間使いたちが散っていく。

 商王議の開催に必要なのは、3分の2以上の出席。

 つまり、あとの中立派が全員来てくれれば、商王議の開催が確定する。


 次なる報告を待っていると、すぐに福音が聞こえてきた。


「報告致します! 商王ヘラベリオ殿が来館!」

「さらにご報告! 商王グラネル殿が来館!」

「同じく報告! 商王スティーニャ殿が来館!」


 どうやら、中立派の商王が来始めたようだ。

 少し部屋の外を覗いてみる。

 そこでは険しい顔をした中立派の商王たちが、続々と館に入ってきていた。


 ふと、控室へ案内されているヘラベリオと目が合う。

 先日の船上とは違い、彼はフォーマルでビシッとした服を着ていた。

 腰が曲がっていても、堂々たる威圧感を感じさせる。


 ヘラベリオは俺に気づくと、軽くウインクをしてきた。

 おちゃめな爺さんだ。


 次々に届く到着報告。

 そしてしばらくの後、ついに待ち望んだ情報が入ってきた。



「ご報告! 商王マロヴィン殿が来館!」

「よっしゃ、中立派の商王が全員出席ってわけだ」


 小間使いの報告に、まずバドが真っ先に反応した。

 拳をパンっと打ち付けて小気味良い音を鳴らす。


「これで12人、商王議を開けますね」

「はい! 安心しました」


 ソニアは嬉しさを全身で表していた。

 首にかけた装飾品を握りしめ、十六夜神に感謝の祈りを捧げる。

 しかし、その喜びも長くは続かない。


「報告! 商王ザナコフ殿が来館!」

「ご注進! 商王ゼピル殿が来館!」

「――ッ!」


 一拍置いて飛び込んできた報告に、ソニアの表情が凍りつく。

 親帝国派の商王たちが出席してきたのだ。

 トラウマを想起してしまったのか、彼女は肩を震わせる。


 まずいな、気持ちで負けていては思考も鈍る。

 俺はソニアに励ましの声をかけた。


「大丈夫ですよ。中立派を味方につければ何も怖いことはありません」

「そう、ですね……! 気圧されてはいけません。

 当代ナッシュとして全力を尽くします!」


 彼女は雰囲気にすぐわぬ大声を発して気合を入れた。

 しかしその後、恥ずかしくなったのか俯いてしまう。

 いや、別に恥ずかしがらなくていいと思うんだ。


 バドは窓の外を見ながら呟く。


「帝国に付いた連中も来たってことは……。

 こりゃあ18人全員出席での会議になりそうだな」


 結果から言って、彼の予測はピタリと当たった。

 しばらくの後、親帝国派の商王が全員訪れたのだ。

 ゼピルを筆頭に、老練そうな男たちが勢揃いする。


 いずれも他の商家をなぎ倒して成り上がってきた猛者たちだ。

 油断はできない。


「――全商王、大広間に着席されました」


 小間使いが報告してきた。

 あとはソニアが大広間に行けば、会議が始まる。

 彼女は書類を全てしまい、ゆっくりと立ち上がった。


「分かりました。今、わたしも行きます」


 そして前を向く。

 その視線は大広間。

 騒乱の中で父を亡くし、若くして筆頭商王という重責を背負ったソニア。


 彼女の胸中は様々な感情が奔流のように渦を巻いていることだろう。

 だが、彼女にはもう迷いはなかった。

 ソニアは大きく息を吸って、俺たちに頭を下げてきた。


「では皆さん、よろしくお願いします」


 それに応じて、俺達も力強い返事をする。


「任せて下さい」

「まあ、ナッシュの晴れ舞台とやらを見せてもらうぜ」

「私は何もできませんが、精一杯応援させて頂きます」


 ハハ、ウォーキンスよ。

 何もできないとは冗談きつい。

 お前がいるかいないかで全然状況が違ってくるというのに。


 ただ、今一つ言えるのは――

 何の憂いもなく商王議に臨めるということだけだ。


 ソニアに従い、俺達は大広間に移動した。

 扉を開いた瞬間、すべての視線が俺たちに集中する。


「――――」


 重い。

 緊迫して張り詰めた空気だ。

 打算や術数、謀略に敵意。

 全ての狙いや感情が織り交ぜられ、冷たく濁った空気が場を支配していた。


 そんな中で、ソニアは円卓の椅子に着いた。

 俺達はその後ろに並べられた椅子に着席する。


 ソニアの両脇には親王国派の商王。

 そして向かい側にはゼピルら親帝国派の商王。

 その間の席に中立派の商王が鎮座していた。


 チリチリと、灼けた火種を思わせる緊張感を全身で感じる。

 そんな中、ソニアが第一声を放った。


「――皆様、お集まり頂きありがとうございます」


 少しだけ震えた声。

 怖気づいているわけではないが、やはり強張りが拭えないのだろう。

 全ての商王が彼女に容赦のない視線を注ぐ。


「ご存知かもしれませんが、つい先日、先代ナッシュである父が逝去しました。

 それに伴い、アストライト家の家督を引き継ぎました――

 ソニア・ゴルダー・アストライトと申します」


 その説明で、一部の商王は合点がいったかのように頷いた。

 どうやらソニアの父が死んだことを今知った連中もいるらしい。

 まあ、非公開にしてないだけで、表立った葬儀も公開もしてないからな。


 辺境付近の、それも中立派の商王には情報が回ってなくても無理はない。

 ソニアは名を名乗った後、優雅な一礼を決めてみせた。


「若輩ではありますが、何卒よろしくお願いします」


 これを受けて、親王国派の商王は強い拍手をした。

 しかし他の商王たちは微動だにせず。

 そんなことはどうでもいい、と言った表情を浮かべた者さえいた。


 だが、ソニアはひたむきに口上を述べる。


「此度は筆頭商王として、このような議会を招集させていただきました。

 連合国が商人の理想郷であり続けるため、各々が最善の努力を尽くすことを願います」


 そう言ってソニアは起立した。

 それに応じて全ての商王が立ち上がる。


 何事かと思っていると、各商王は己の胸に拳を当てた。

 そして次の瞬間、声を揃えて厳かな言葉を発した。


「我が商魂、聯合と誓約の導きと共に――」


 これは商王議などの式典に際して、必ず述べる口上らしい。

 声を発した後、全商王が再び腰を下ろす。

 その時、ゼピルの口元が醜悪に歪んだのを感じた。


 しかし、周囲の人は誰も気づかない。

 ソニアは大きく息を吸い込み、待ち望んだ会議の始まりを告げたのだった。




「――それでは、商王議を開催いたします」



 

次話→3/3

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