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第四話 海上での激突

 



 ――速い。

 俺が今までに乗った船の速度を、遥かに凌駕している。  

 鈍重に見える大海賊の戦艦は、恐るべき早さで沖へと到達した。



「もう少しで目標の海域へ出るわ」



 望遠鏡を覗き込みながら、ランカは呟いた。

 後ろについてくる戦艦にも遅れはない。

 都合30隻以上もの船団が海域を突っ走っていた。



「……先手を打たれちゃまずいから、先にこっちが見つけないとね」


 ランカは熱心に進路方向を注視していた。

 それを見たロギーは、彼女の視界を塞ぐかのように船首へ立った。


「目の役割は我が果たそう。貴殿は指揮を優先してくれ」


 そう言って、ロギーは兜を取った。

 捻れた漆黒の角が顕になる。

 正体を晒したロギーを見て、ランカは意外そうな声を出した。


「あら……あなた、他種族なのね」

「ああ、お前らの嫌悪する魔族だ」


 淡々と言い放ち、ロギーは角に魔力を込めた。

 魔素に反応して黒角が強い輝きを放つ。

 アケロン族が持つ強靭な角はレーダーの役割を果たすらしい。


 そんな彼女を見て、ランカは興味ありげな笑みを浮かべていた。


「あら、そうでもないわよ?

 ガゼルも言ってたでしょう。

 私、海を根城にする他種族とは友好にしたいと思ってるから」

「ほお……」


 ロギーは片目を開いて隣のランカを見やる。

 新鮮な返答に感じたようだ。

 案外ランカも、懐の広い人物なのかもしれない。


 そう思った瞬間、彼女は『でも――』と続けた。


「商売の邪魔するトカゲ乗りだけは許容しないけどね」


 やっぱり、ドラグーンに対しては強い敵意があるんだな。

 無理もない。


 長い歴史の中で、大海賊は何度もドラグーンキャンプと衝突を繰り返してきた。

 竜騎士によって貿易や護衛の邪魔をされ、報復として竜騎士を捕縛して処刑する。


 両陣営には深い確執があるのだろう。

 嘆息していると、後ろから声を掛けられた。


「レジス様、酔いは大丈夫ですか?」


 ウォーキンスだ。

 俺の船酔い癖を心配して、甲板に出てきてくれたらしい。

 優しい奴め。


「ああ、平気だ。割りと揺れが少ないからな」

「きっと揺れを抑える設計で作られているのでしょうね」

「さすがは初代ラジアスの発明ってところか」


 そう。

 普通の船と違い、この戦艦は全くと言っていいほど揺れないのだ。

 これが全世界に普及すれば、船旅も怖くないんだけどな。


「のんきかもしれませんが、海はいいですね」

「泳ぐのが好きなのか?」

「はい。それに、海は果てしなく広いですからね。

 拘束とは無縁な感じがして、見ていて癒されます」


 そう言って、ウォーキンスは銀髪をさらりと払った。

 銀糸のようにサラサラな髪が潮風になびいている。

 その上でグーッと背伸びする姿に、不覚にも心臓が跳ね上がってしまう。


 視線を注いでいるのがバレたのか、ウォーキンスは首を傾げる。


「どうしました? 顔に何かついているでしょうか」


 彼女はハッとして自分の顔をぺたぺたと触る。

 俺は慌てて弁解した。


「い、いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけだ」


 適当な理由をでっちあげ、納得してもらう。

 しかし、恐るべきはウォーキンスよ。

 一つ一つの動作がとんでもない破壊力だ。


 俺は咳払いをして話題を変える。


「ちなみにバドは?」


 出航してから全然見ないけど。

 まさかあいつ、旅行気分でバカンスに勤しんでるんじゃないだろうな。

 客室でワインを啜ってるようなことがあれば、さすがに怒るぞ。

 呑んどる場合かーッと叱責してグラスを弾き飛ばす所存だ。


 俺の疑問に対して、ウォーキンスは軽く答えた。


「甲板の最奥辺りでお休みのようです。

 ああ、いました。そこですね――」


 ウォーキンスが示したのは、船室へと続く昇降口の近く。

 そこでバドが手すりに寄りかかって寝ていた。

 背後はすぐ海であるため、風通しと日当たりは抜群の場所である。


「竜騎士が見えたら起こしてくれと言っていました」

「そこは人任せなのか……」


 辟易しかけたが、ここであることに気づいた。

 バドは確かに寝ているのだが、右手に赤黒い液体が滴っていた。


「おい、バドの手……」

「戦闘準備だそうです。血をすぐに撒き散らせる状態にしておきたいとか」


 なんだ、自分で斬り裂いたのか。

 血は手首の辺りから出ており、左手には小さなナイフが握られていた。

 てっきり誰かの暗殺を受けたのかと。


「まったく……紛らわしいな」


 俺は安堵の息を吐く。

 と、ここでランカがバドを見て目を見開いた。

 不平を叫びながら、ズカズカと彼の元に歩いて行く。


「ちょっと、人の船で自害しないでよ! 血で甲板が汚れるじゃない!」


 そう言うと、彼女は突き飛ばすようにしてバドに当て身をした。

 出血している右手だけでも、手すりの外に出そうとしたのかもしれない。

 しかし、ずいぶんと勢いがついてしまってたな。


 バドは右手どころか上半身が手すりの外へ飛び出した。

 今の衝撃で目覚めたのだろう。彼は眠たげな声を出す。


「んぁ……もう俺様の出番か」


 ゆっくりと瞼を開き、バドは目の前の光景を視界に取り入れた。


「遠い水平線……そして近づく水面――どぅわっとぉ!」


 バド、ギリギリで手すりを掴む。

 あわや転落しかけた身体を無理やり食い止めた。

 彼は怒涛の勢いで甲板へ舞い戻ると、ランカに食って掛かった。


「てめぇ、何しやがる! 殺す気か!」

「死のうとしてたのは貴方でしょ。

 海洋葬にしてあげようと気を利かせてあげたんじゃない」

「戦闘に備えてただけだ!

 見てみろやッ、死ぬにはこの程度の出血じゃ足りねえだろうがよ!」


 バドは斬り裂いた手首を見せながら責め立てた。

 しかし、非常にグロいので眼に毒だ。

 ランカも同じ思いのようで、鬱陶しげにため息を吐くだけである。


「そんな奇妙な武器を使う人いるわけないじゃない。

 目醒めてる? 水汲んで来てあげましょうか?」

「錨背負った馬鹿女に言われたかねえよ!」


 もっともな指摘だ。

 錨は海に沈めるもので、人をぶん殴るものではない。

 しかしランカの方も同じことを思っているだろう。


 魔法のことを知らなければ、

 情緒不安定で『もぅマヂ無理。今手首切った』と嘆く人にしか見えない。

 地獄のような口論の果てに、バドが譲歩する形になった。


「わかった、わかったよ。血を固めときゃいいんだろ」

「ええ。私の船を汚さないでちょうだい」

「……ったく、潔癖症は嫌われるぜ」


 そう呟いて、バドは船首の方に歩いてくる。

 どうやら眠気が完全に吹っ飛んでしまったらしい。

 このまま戦場入りになりそうだな。


 なお、ソニアは安全のため船内に退避してもらっている。

 ランカの腹心たる護衛がついているので、ひとまずは安心。

 俺は拗ねたバドの機嫌を直すため、彼にそっと話しかけた。


「バド、あの頭領ってタイプじゃないのか?」

「……確かに見た目はまあまあだが、

 人を海に突き落とそうとするような女にゃ惚れねえわな」


 否定できないのが悲しい。

 バドの場合、身体能力で持ち直したから良かったものの、一般人であれば海にドボンである。

 完全にサスペンスドラマの冒頭に成り果てていただろう。


 バドは吐いた言葉を反芻しながら、最後にボソリと呟いた。


「それに――気の強い女は苦手だ」

「リムリスさんみたいな?」

「よし、口を開けろ。血を流しこんで窒息させてやる」

「冗談だよ! 目が怖い!」


 半ば逃げる形でバドから距離を取る。

 しかし、そこまで過敏に反応するのは、イエスと言ってるようなものだ。


「――提督ランカード。そろそろだ」


 と、ここで船首の舳先に立っていたロギーが声を飛ばした。

 敵のいる海域に近づいたということだろう。

 ロギーに呼応して、ランカが鋭い指示を出す。


「大筒用意! 魔法弾を装填しなさい!」


 彼女の一声で、周りにいた船員が大筒に弾を込め始める。

 人の頭ほどもある黒い球体。

 ずいぶんとメカニックな表面をしており、おびただしい魔力の気配を放っていた。


「なんだありゃ……」

「連合国が開発してる兵器だ」


 話には聞いていたが……あんな形状をしていたのか。

 俺が首を傾げていると、バドが端的に説明してきた。


「かつて大海賊に回収された二つの発明品の一つだ。

 帝国あたりが手に入れてたら大陸統一待ったなしだったろうな」


 二つの発明品。

 片方は言わずもがな、この船だ。

 高速で移動可能な鉄甲船――『不沈機艦』。

 造船技術の低い他国を置き去りにする海のデストロイヤーである。


 そしてもう一つが、今バドの言っている『魔法弾』であるらしい。


「一言で言えば、魔法の再現性を持つ弾だ。

 予め火や水の魔素を弾に閉じ込めることで、任意に魔法を放つことができる。

 しかも魔法弾で発生した魔法は反動が皆無な上、

 素養がない奴でも扱えるってんで、大海賊の主力武器になってやがる」

「……なんだと?」


 魔法というのは、魔法師の資本にして世界を回す神秘の術だ。

 魔法学を修めるだけで、常人とは一線を画する強さを得られる。

 逆に言えば、剣や体術を持たない人に取っては、他者と差を付けられる唯一の武器なのだ。


 しかし、魔法弾を運用すれば、素人でも魔法が使えてしまうのか……。


「まあ、先に魔法師が魔素を込めるのが前提だがな。

 魔法弾に押し込める魔法の種類にも限度がある。

 そういう意味じゃ、魔法師の地位は揺らがねえよ」

「……ふむ」


 バドの説明に、どこか安堵する自分がいた。

 魔法師としての価値がなくなったら、俺の使えるハッタリがなくなってしまう。

 まるで機械に仕事を奪われるのを恐れる労働者だ。


「それに、魔素を凝縮する技術が発想に追いついてないらしいぜ。

 だから、扱うにしてもいちいち大筒に込めなきゃならねえ」


 まだまだ問題が山積みな発明品なんだな。

 そして大海賊が潤沢な資金を元に、それを研究中と。

 大筒とセットにしなきゃ使えないってのは致命的な問題点だな。


 そう思っていると、バドが「だが――」と続けた。


「もし小型化に成功したら、最強の遠距離武器になるだろうよ。

 どんな兵でも扱えるとなりゃあ、弓銃もお役御免だな」


 弓銃というのはクロスボウのことだ。

 あれも技術の問題で大量生産が不可能な武器として認知されている。

 しかし、もし魔法弾を極限まで小さくできれば――


 銃には矢でなく魔法弾がセットされることになるだろう。

 いわば一撃必殺のピストル。

 ずいぶんと恐ろしい物を考案していたらしい。

 初代ラジアスの発想に底はないのか。


「船と弾、この二つを武器に大海賊は成り上がってきたわけだ。

 ったく、初代ラジアスに感謝してもらいたいもんだぜ」


 バドはランカを見つめながら愚痴をこぼす。

 しかし、ずいぶんとラジアス家の側に立った発言をするんだな。

 今の王国でラジアスの話はタブー視されている。

 気をつけてもらいたいものだ。


「――いるな。このまま真っ直ぐだ」


 と、ここで再びロギーがランカに声を掛けた。

 甲板全体に緊張が走る。

 役目は終わったと言わんばかりに、ロギーは舳先から降りてきた。


「――すぐ見える。どうやら交戦中らしい」


 俺は唾を飲み込み、船の向かう先を見つめた。

 曇のため遠方が見づらい状態。

 しかし、雲の切れ目から影が見えた。


 空を飛び交う魔獣の群れ――間違いない。


「ドラグーン――ッ!」


 誰かが叫んだ。

 飛び回る影の下には、巨大な船が浮いていた。

 マストは燃えており、基礎がバキバキに折れている。あれが商王の船らしい。


「砲撃用意! まずは意識をこっちに向けさせるわ!」


 ここに来て、戦艦は更に加速。

 尋常でない速度でドラグーンの元へ突っ込んでいく。

 近づくに連れ、その全容が目に入ってくる。


 上空の竜を視認した俺は、冷や汗が出るのを感じた。


「なんつう数だ……」


 おびただしい竜と竜騎士の大軍。

 数は百を優に超しているだろう。

 しかも、竜の種類は一つや二つではない。


 様々な色の竜が、敵意をむき出しにして船を襲撃していた。

 それ即ち――複数の竜騎士部隊が出てきているということ。


 海域に響き渡る竜たちの咆哮。

 背筋が震えたが、ランカはまるで怯えた様子もない。


「さあ、トカゲ狩りよ。

 ガルメリア水軍の威名を知らしめなさい」


 泰然として竜騎士に立ち向かうランカ。


 それは決して猪武者の蛮勇ではない。

 恐怖を知らぬ愚者のヤケではない。

 脅威を全て乗り越えた上で初めて湧き出す、覇者の貫禄だった。


「魔法弾、一斉砲火ッ!」


 ランカの指示で、戦艦の全砲門が火を噴いた。

 呼応して、周囲に浮かぶ船から大量の砲弾が射出される。

 それはまさしく、襲撃者たちへ向けた制裁の砲雷だった。


「さあ、始めましょう。

 蛮族を討つ海上の英雄譚を――」



 この一撃を狼煙に、海戦の火蓋が切られた。





     ◆◆◆




「ガ、リィイァアアアアアアアアアアア!」


 竜の悲鳴が海域に轟く。

 衝撃によって竜騎士は海へと落ちる。

 奇襲に近い超遠方からの砲撃は、竜騎士軍を混乱させるには十分だった。


「すげぇ……」

「砲弾の威力も、他国の物とは一線を画していますね」


 その破壊力と有効範囲たるや、ウォーキンスも嘆息するほどだった。

 炸裂音が戦場を埋める中で、ランカは声を張り上げる。


「撃て、撃て、撃ちまくりなさい!

 蒼色と紅色の竜を優先的にッ! 奴らにブレスを吐かせないで!」


 彼女の指示の下、精密射撃が次々と繰り出される。

 それらは空を飛ぶ竜に直撃し、魔法となって牙を剥く。

 猛烈な爆砕によって、商王船への攻撃を制止させた。


「さあ、これでこっちに注意が向くわよ」


 ランカの読み通り、多くの竜騎士がこちらに気づいた。

 編隊を組んでこちらに向かってくる。

 だが、ランカはその一団には目もくれない。


「目標は変わらず蒼と紅ッ! 獄竜炎を喰らったらさすがにまずいわ!」


 獄竜炎。

 竜が吐くブレスのことであり、その殲滅力は魔獣でもトップクラスだ。

 特に蒼色と紅色の竜が放つ獄竜炎は威力が尋常でなく、遠距離戦において最大の脅威になりえる。


 だからこそ、ランカも真っ先に潰そうとしているのだろう。


「旗艦を端にして右方へ展開ッ!

 とにかく獄竜炎だけは十分に警戒して!」


 それだけ言って、ランカは背中の錨を手に持った。

 遠距離戦は船員に任せ、近づいてくる他の竜を迎撃するつもりなのだろう。

 俺もナイフを抜いた。


「近距離は俺達の出番だな」

「ええ、助かるわ。船を壊したくないし、可能なら着実に仕留めてね」

「ああ」


 できるかは分からんが、一応任された。

 俺が臨戦態勢に入ると、横の二人も反応を示した。


「このウォーキンス、レジス様の護衛に専念します」

「ちと敵が多すぎるな……血が足りるか分かんねえぞ」


 頼もしげなことを言ってくれるウォーキンスに、面倒臭そうに眉をひそめるバド。

 後者は少し不安が残るが、まあ大丈夫だろう。

 遠くから迫り来る竜を睨んでいると、いきなりウォーキンスが俺を抱き寄せてきた。


「うおわッ……!?」


 それと同時に、突如としてロギーが叫んだ。


「――上だ!」


 上。何が上なのか。

 態勢を崩しながら真上を見上げた刹那、雲が粉々に霧消した。


 同時に10体以上もの竜が下降してくる。

 紫色とオレンジ色をした竜たちが牙を剥いて迫っていた。


「雲の上……これだから曇天の日は嫌なのよ。

 まあいいわ、予備砲門を追加稼働! あれの迎撃に回して!」


 ランカの指示で、動いてなかった大筒が動き出す。

 故障中なのかと思ったが、緊急時のストックだったのか。


 上向きの砲門から魔法弾が斉射。

 それは天空から直滑降してくる竜に直撃。

 しかし爆風を突っ切って、何体かが口内に光を宿した。


 まずい、あれはッ――


「獄竜炎が来るぞぉおおおおおおおおおおッ!」

「総員、船内に退避――ッ!」


 ランカの指示を待つまでもなく、各戦艦の長が指示を飛ばした。

 降り注いでくる灼熱の息吹。

 ランカも甲板から撤退しろと叫ぼうとしたのだろう。

 だが、その前に俺が魔法を唱えていた。


「――『ファイアーシェルッ!』」

「――『フレイムガーディアン』ッ!」


 まったく同時。

 俺が炎を軽減する魔法を唱えた刹那、隣のウォーキンスも同系統の魔法を詠唱していた。

 しかし彼女が唱えたのは、ファイアーシェルの上位互換魔法。


 無効化能力が高い代わりに、凄まじいまでの予備詠唱を必要とする。

 俺が早さ重視で下位魔法を選んだのに対し、ウォーキンスは効果重視の上位魔法を選択。

 しかし、発動タイミングは全く同じという詠唱の早さである。

 どんな詠唱速度だよ。


「……でも、これなら」


 俺は魔力の膜を広げ、甲板全体に行き渡らせる。

 すると次の瞬間、天空から視界を焼く炎熱が降り注いできた。

 魔力で形成した防壁が軋みを上げる。


「……ぬ、がぁあああああああああ!」


 負けじと魔力を注ぎ込んで補強する。炎鋼車の攻撃さえ止めてみせたのだ。

 たとえ獄竜炎の勢いが強くても受け流せるはず。


 しかし、俺は失念していた。

 その獄竜炎は、数体の竜が吐き出した業火が一体化したものであることを。


「…………ぐぉあッ!?」


 後続の炎が到来した瞬間、全身にのしかかるような重圧を感じた。

 注ぎ込んだ魔力が逆流して、側頭部に激痛が走る。

 そして次の瞬間、乾いた音と共に炎の防壁が砕け散った。


「……ッ、なんつう威力だ」


 だが、炎の勢いはかなり弱まった。

 すぐに水魔法を唱えれば完全消火できる。

 急いで詠唱を開始したが、眼前に炎が迫っていた。


 甲板が燃える前に発動はできそうだが――

 舳先にいる俺は、相当な熱傷を負うことだろう。

 しかし、俺の熟練ならば死ぬことはない。


 俺は歯を食いしばって詠唱を続けた。

 そして大火傷を覚悟した刹那――



「――させません」



 ボソリと、ウォーキンスが呟いた。

 すると、甲板へ堕ちてくる寸前で炎が消滅した。

 分厚い炎の防壁が竜の息吹を完全に握りつぶす。


 それを見て、俺はため息を吐いた。


「……俺の防壁の内側に張ってたのかよ」

「ええ。破られはしましたが、

 レジス様の魔法もなかなかのものでしたよ」


 褒めとる場合か。

 心臓が飛び出るかと思ったわ。


 彼女は屈託なく微笑み、追加の魔力を注ぎ込む。

 すると、この戦艦を襲った炎がまとめて掻き消えた。

 膨大な炎の圧力を、全て打ち払ってしまったのだ。


 しかし、ウォーキンスはここで険しい顔になる。


「この船は安泰ですが、他は――」


 彼女に釣られて俺もあたりを見渡す。

 そして絶句した。

 周囲の戦艦数隻が盛大に燃え盛っていたのだ。

 船員たちの悲鳴が聞こえてくる。


「う、右舷が完全に炎上! 舵取れませんッ!」

「機関部がやられた! 畜生、沈むぜこりゃ」

「船底が大破ッ! 中はもうダメだッ!」


 地獄絵図だった。

 甲板は炎の渦。

 船の中は洪水で浸水。


 このまま沈没すれば全員が海の藻屑となってしまう。

 しかし、ランカは慌てない。

 炎上する船に向かって、着実に指示を出す。


「迎撃艦五号の総員は舳先に避難!

 対空艦三号の総員はデッキに登りなさい!

 左右の船は砲撃を中止して退艦を援助ッ!」


 犠牲者を出さないよう、的確に導いていく。

 だが二隻が使用不能になった上、周りの戦艦も救助に向かっている。

 これでは十分な迎撃ができない


「――チッ、避難するつもりか」


 と、ここで上空から不穏な舌打ちが響いてきた。

 見れば、旋回しながら竜騎士が飛び回っている。

 獄竜炎を吐いてきた連中だ。


 彼らは退艦しようとする大海賊の船員を見て、忌々しげに毒を吐く。


「……無翼竜空隊はどうした?

「……艦隊殲滅は奴らの役割だろうに」

「……動いていないようだ。ふざけおって」


 どうやら、船を炎上させて船員が甲板に出てきたところを、

 他の竜空隊が壊滅させる作戦だったようだ。

 上手くことが運んでいないようで、竜騎士たちの苛立ちが見て取れる。


 その一方、俺の後ろではバドがニヤリと皮肉な笑みを浮かべていた。


「へっ、あの野郎。俺の言いつけを素直に守ってるみてえだな」

「……無翼竜空隊って、まさかあの竜騎士の――」


 ソニアを襲撃してきた連中が、確かその隊だったはず。

 そこに所属していた竜騎士をバドが撃破したのだ。

 個人的な密約を結んでいたようだが、せいぜいが個人レベルのものだと思っていた。


 しかし、無翼竜空隊そのものが傍観を決め込んでいる。

 どうやら、あの時の竜騎士は隊内でかなりの地位についていたらしい。


 これは好機だ。

 砲撃で接近する竜騎士の牽制を続けながら、ランカは深くため息を吐いた。


「ふぅ……主要七部隊を全て出してくるなんて、トカゲたちも本気ね」

「……まだまだ来るぞ。というか来てるぞ!」


 七色の竜が群を為して前進してくる。

 呼応して上空の先発部隊が俺たちに狙いを定め始めた。

 この光景に、バドも口元をひきつらせる。


「商王の船一つにこれかよ。戦争でも始める気か?」

「確実に商王を殺せる機会。注力するのも当然と言える」


 ロギーは淡々と答えた。

 バドは黒いパーカーコートを翻しながら俺の横に歩いてくる。

 そして竜騎士の軍列を指さして呟いた。


「レジス、教えた通りだ。あれが竜騎士の主力部隊だぜ」

「……あんなに竜の種類がいたんだな」


 ついこの前、バドから教えてもらった。

 ドラグーンキャンプには二十近くの竜騎士部隊があると。

 そして、その中でも特に主戦力となる七部隊が存在すると。


 それこそ、大陸に名を轟かせる竜騎士たちである。



 光線のブレスで軍陣に風穴を空ける遠距離専門――”蒼炎竜空隊”

 超高熱の息吹で全てを塵と化す遠距離専門――”紅獄竜空隊”

 鋭利な牙で堅城を貫き穿つ近距離専門――”翠牙竜空隊”

 あまねく飛来物を高速で噛み砕く遊撃専門――”橙顎竜空隊”

 近づく戦士を爪で挽き肉にする近距離専門――”紫爪竜空隊”

 太く発達した尻尾で隊列を薙ぎ払う迎撃専門――”藍尾竜空隊”

 竜騎士が己の身一つで暗殺を遂行する隠密専門――”無翼竜空隊”



 正直、覚えきれない。

 とりあえず蒼と紅色の竜にだけ気をつけて、

 遠方から狙撃して倒すのが正解だ。

 

 ちなみに部隊構成として、各隊にはそれぞれ戦を取り仕切る師団長が存在する。

 最後の無翼竜空隊については、バドが内部の竜騎士と約定を締結済み。

 それが功を奏して、不参加を決め込んでいるようだ。


 しかし、それでも迫り来る部隊は実に6つ。

 油断も慢心もできない。 

 嘆息していると、戦艦の狙撃手が鋭い声を発した。



「――紫竜が弾幕を突破! 突っ込んできます!」

「ちょっと……近距離型の竜は近づけないでって言ったじゃない!」


 ランカは困ったように注意を促す。

 しかし、これだけの数がいれば撃ち漏らしが発生するのも無理はない。

 まず襲いかかってきたのは、先程から上空を飛んでいた紫色の竜。


 竜は恐るべき速度で魔法弾を回避し、尻尾を振り上げながら落ちてくる。

 さらに、騎乗する竜騎士が細かく動きを制御していた。

 目で追うことすら難しい急下降。


「まずいわ……このままだと砲門が全滅――」


 このまま魔法弾が使用不能になれば敗北は必至。

 突撃する竜の群れを見て、ランカの顔に冷や汗が浮かぶ。

 しかし、この窮地で真っ先に反応した者がいた。

 

「レジス様はここでお待ちを」


 その人物は武術の構えを取り、軽やかな言葉とともに跳躍する。

 そのまま単騎で、猛然と迫り来る竜の下へ飛び出した。

 誰であるかは言うまでもない。


「――私が片付けて参りますので」



 ウォーキンスが莫大な魔力を四肢に纏わせ、竜の群れに突貫を仕掛けたのだった。



次話→2/23 22時更新予定。

ご意見ご感想、お待ちしております。




ディンの紋章3巻の発売日まで、あと4日。

特典情報は活動報告に掲載しておりますので、興味がある方はどうぞ。

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