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第二話 大海賊の住まう島

 


 


 屋敷に帰ってきた時、バドは荒みきっていた。

 人助けをしたというのに、私兵に連行されてご立腹の様子だ。

 しかし、ナンパの成功回数は結局ゼロだったな。

 

 ソニアの元にも話は届いていたようで、彼女は心配して声を掛けていた。

 しかし、今のバドには逆効果でしかなかったらしい。


 「俺の苦しみが分かるか? 分かんねえだろ。引っ込んどけやぁ!」と壮絶な一喝。

 ソニアが「ひ、ひぇえ……」と涙目になるほどに鬼気迫る憤怒だった。

 大人げない。


 俺はといえば、商王議に向けて自分にできることを再確認していた。

 商王議は商王たちによる会議なので、使者とはいえあまり喋らない方がいいらしい。

 事前に指示したことだけを話すようにと、ソニアに念を押された。


 なんだ、あまり喋らなくていいのか。

 まあ、別に構わない。

 寡黙さに関して自信があるからな。


 前世では「あ、袋いらないです」しか喋らずに一週間を過ごしたこともあった。

 なぜだろう、思い出すと悲しみがこみ上げてくるな。



 そしてもう一つ――俺はアレクから預かった書簡を確認した。

 まだ開いて中を検めたことはない。

 アレクから「どうにもならなくなった時に開け」と言われていたからだ。


 正直、ちょっと見るくらい問題ないと思う。

 しかし「偏見が生まれるから絶対ダメ」とまで釘を刺されてしまっている。

 まあ、彼女にも考えがあってのことだから、言うことを聞いておくとしよう。


 ちなみにこの書簡、ソニアに見せたら反応を示してきた。

 なんと彼女は、話してもいないのに連合国関係の書物だと見破ったのだ。

 なんでも、大昔に連合国が紛失した多くの書簡と特徴が一致しているらしい。


 見せてくれと言われるかと思ったが、そこまで突っ込んでは来なかった。

 なんでも所在が分からなくなった書物は数千にも及び、

 そのほとんどが価値のない書簡だったらしく、これもその一種の可能性が高いそうだ。


 だとしたら、ますますアレクがこれを俺に渡した意味が分からんな。

 まあ、持ってて不利になるわけでもない。

 俺は書簡をしっかりと懐にしまい、この一日を過ごしていたのだった。





     ◆◆◆





 そして翌日。

 ついに十八人目の商王が到着する日が来た。

 これで、商王議を開く準備が完全に整う――はずだった。


 問題が起きたのは昼前。

 首都に向かっている中立派の商王から来るはずの連絡が、一向に来ないのだ。


 昼過ぎに港へ到着する予定の――中立派の商王。

 名をヘラベリオ・ゴルダー・ギルディアという。


 帝国にも王国にも与さない中立派の中で、最も勢力の強い商王である。

 連合国きっての好戦派でもあり、

 小国を半ば植民地化して貿易を行うなど、独自の路線を突き進んでいるそうだ。


 軍備も盛んで、商王ヘラベリオが率いる『ギルディア衛兵』は、連合国で最強の歩兵と目されている。

 ヘラベリオは冷徹な男だが、約束は決して違えない人物らしい。

 それだけに、首都到着は滞りなく進むと思われていた。


 だが、ギルディア領の港出発を最後に、連絡が途絶えている。

 この件で、ソニアは屋敷内で緊急会議を開いた。

 俺達の意見を聞きたいらしい。


 俺、ウォーキンス、バドは青い顔をするソニアから説明を受けていた。


「――というわけでして……。

 も、もしヘラベリオ様が明朝までに現れなければ、商王議は流れてしまいます」

「それは避けたいところだな」


 俺は顎に手を当てて推察する。

 商王ヘラベリオは船で首都まで来ようとしていた。

 港を出発した連絡があったからには、海上にいることは疑いようもない。


 だとしたら、なぜ連絡の一つも寄越さないのか。

 疑問に思っていると、バドが可能性を指摘した。


「親帝国派の連中が船を沈めたんじゃねえの?」

「そ、それはありません!

 常に密偵を付けて監視していますが、一切怪しい動きはありませんでした」


 ソニアは必死に否定する。

 だが、バドは怪訝な目で尋ねた。


「……密偵の付け方が甘かったんじゃねえのか?」

「し、信じてください!

 練度の高い兵を選抜して、徹底的に見張らせています。そう、しているんです……!」

「そうかい、疑って悪かったな」


 ソニアが涙目になりかけたのを見て、バドは素直に謝った。

 まあ、港を調べても戦艦が出港した形跡はないらしいし。

 こんな状況の中で襲撃に向かわせるなど不可能だろう。

 ここは別の線を疑うべきだ。


 しばらく考えた後、俺は一番あり得そうなことを口に出した。


「もしかして、竜騎士が――」

「――失礼する」


 俺の言葉を遮るかのように、背後の扉が開いた。

 給仕を伴って現れたのは、一人の女性。

 うっすらと日焼けした肌に、雄々しい角が映える。

 


 人間とは一線を画する出で立ちの人物。

 それは、俺のよく知る人物だった。


「ディン領漁港監督人――ロギー・アケロット。

 領主シャディベルガの命を受けて参上仕った」





     ◆◆◆



「……ロギー?」


 ロギーの登場はさすがに予想していなかった。

 なぜなら、ここは連合国。

 王国の辺境、ディン家の港で監督人を務める彼女が来るとは思えなかったからだ。


 進み出てくるロギーを見て、バドが疑念の声を上げる。


「誰だ、こいつは」

「親父の知り合いで、アケロン族の戦士だよ」


 この大陸には生息域が広がっていない海の他種族。

 わからないのも無理はない。

 しかし、バドは俺の言葉に反応を示す。


「アケロン族……? まさか、海の狂戦士っていうアレか?」

「なんだ、知ってるのか」

「噂だけはな。だが、この大陸にいるなんざ聞いたことがねえぞ」


 バドは警戒した視線をロギーに向けた。

 アケロン族は海中において尋常でない戦闘能力を発揮する。

 地上においてさえ、乾地以外では人間離れした能力を出すことができるのだ。


 バドからすると、素性の知れなさもあって信用できないのだろう。


「我のことなど、どうでも良かろう。訊くのはまたの機会にしろ」


 そう呟いて、ロギーはバドの問いを握り潰した。


「ところで、どうしてここに?」

「領主に助力を頼まれたのでな。お前に力を貸してやれとのことだ」


 シャディベルガが応援を寄越してくれたのか。

 国王が聞いたらいい顔はしなさそうだな。

 まあ、『他種族を連合国に入れるな』っていう脅しは、

 アレクの助力を引き出すためのブラフだったんだろうけど。

 今さらとやかくは言うまい。


 ただ、心配なのが――


「ソニアさん。見ての通り、ロギーは他種族です」

「そ、そうですね」

「大丈夫ですか?」


 大丈夫――ここでの意味は、『排除しようとしないのか』ということだ。

 連合国は全方位において他種族排斥主義。

 思えば、ソニアが他種族に対してどのような考えを持っているのか聞いていなかった。

 もし拒絶反応を示すのであれば面倒なことになるが――


「はい。私は……ナッシュは、他種族を迫害したりなどしません!」


 ソニアはロギーの前で堂々と宣言した。

 彼女は胸に手を当て、真摯な笑みを浮かべる。


「十六夜神教はあまねく全ての生物に、

 限りのない慈愛を注ぐことを定めています」

「その割には、無権特区なんてもんを設けて人間以外は弾いてるみたいだが?」


 良いことを言っていたソニアに、バドが突っ込みを入れる。

 いかん、宗教の矛盾を突くのは危険だぞ。

 そして案の定、ソニアは現実との乖離を指摘され狼狽する。


「あう……そ、それは……その……」

「他商王の目があるからだろう。

 崇高なる教義を曲げねばならぬその苦しみ――我は察する」


 泣きそうな顔になっているソニアに、今度はロギーが助け舟を出した。

 理想の世界を求める彼女の在り方だけで、ロギーにとっては十分のようだ。


「ただ、他の商王はもちろん、街中でも他種族とは感付かれぬ方が良いみたいだな」

「は、はい。領内の市民相手なら隠蔽できますが、竜殺しや他の商王に発覚すると――」

「庇えきれぬわけだな。了解した」


 ロギーは深々と頷いた。

 そして給仕の案内を受けて卓に座る。

 他種族が街をうろついてるだけで騒ぎになりそうなもんだが。

 よくこの屋敷までバレずに辿りつけたな。


 と言うか――


「どうやって来たんだ……? ケプト霊峰を超えたのか?」


 俺は気になっていたことを尋ねた。

 エルフ以外があの山を越えられるとは思えないのだけれど。


「まさか。ドラグーン海域を突っ切って、大陸を迂回してきたのだ」

「なるほど、そんな方法が……」


 陸路でなく海路で来たのか。

 ロギーだからこそ可能な芸当だな。

 船で移動しようものなら、厳戒態勢の竜騎士に沈められてしまうだろう。


 海中に目が届きにくいのを利用して、警備の隙を突いたということになる。

 種族の性能を上手く活かしてるな。

 感心していると、ロギーが口を開いた。


「ところで、レジスよ――」


 妙に重々しい呼びかけだ。

 嫌な予感がする中、俺は恐る恐る聞き返した。


「……なんだ?」

「一つ悪い知らせがあるのだが、言ってもよいか?」


 悪い知らせ。

 それが今、俺たちが直面している事態と関連しているのかどうかで重みが違う。


「今、商王からの消息が途絶えてるんだけど……まさか、それと別件なのか?」

「いや、恐らくはそれと同一。

 むしろ原因になっているであろう事件だ」


 良かった、こちらで対処に追われている事案と同じものらしい。

 すり合わせることで原因の解明まで可能と来た。

 死地の中に活を見つけた心持ちだったが――


「現在、商王ヘラベリオは竜騎士の襲撃を受け、海上を漂流している」

「…………ッ!?」


 ロギーの一言で再び死地のどん底へ叩き落とされた。

 嫌な予感が最悪の形で的中していたのだ。

 ロギーは小さく息を吐いて、淡々と状況を説明する。


「連合国にくる途中、竜騎士の大軍が連合国方面に飛来していくのが見えたのでな。

 上陸を保留して後をつけてみれば、案の定。商王の艦隊を襲撃していた」

「まさか、商王の船は全滅したのか……?」

「確認したが、まだ存命だ。

 少数とはいえ先発部隊を追い払うことにも成功している」

「さ、さすが連合国最強と名高いギルディア兵ですね」


 ソニアは安堵の息を吐く。

 海上の商王は竜騎士の攻勢を上手くいなしたようだ。

 しかし、事態は全く解決していないとロギーは続ける。


「だが、ギルディアに付いていた私兵は少なく、そのほとんどが壊滅。

 もはや残っている船は、商王ヘラベリオの乗る旅行船のみだ」

「後詰の竜騎士が来たら終わりってことかよ……」


 予想以上に逼迫した状況下にあるようだ。

 やはり海上で竜騎士に太刀打ちするのは厳しいらしい。

 ロギーは海図を取り出すと、商王の漂流地点を指さした。


 場所は首都の港から北東。

 このままでは商王議に間に合わないのはもちろん、商王が討ち死にしてしまう。


「ヘラベリオに頼まれて、救援を承っている。

 すぐに兵を向かわせなければ、直に後詰の隊に討ち取られるだろう」


 今助けに向かえるのはアストライト家のみ。

 しかし、これから救援に赴いても、商王の壊滅までに間に合うのか?

 俺は唾を飲み込み、隣のウォーキンスに尋ねた。


「ウォーキンス、可能か不可能で聞きたいんだが――」

「なんでしょう」

「お前なら、解決できるか?」


 多くは語らない。

 ただ、ウォーキンスならばこの窮地から脱せられる可能性が高いと踏んだのだ。

 俺の問いに対し、ウォーキンスは申し訳なさそうに瞑目する。


「恥ずかしながら、単騎では厳しいかもしれません」

「ウォーキンスでも厳しいのか……」

「はい。アレクサンディア様が得意とする浮遊魔法。

 あれが使えれば、地形を気にせず戦えるのですが――下は海です」


 海の中では満足に剣が振れない。

 心も平常を保つのが難しいため、魔法の効果が急激に落ちる。

 とかく海というのは人間にとって戦場に向かない。


 相手が空中戦に特化した連中であればなおさらだ。

 ウォーキンスであっても、相性という束縛からは逃れられないということか。


「また、船に乗って戦闘に突入した場合、苦しくなりますね」

「というと?」

「私への攻撃は止められますが、船舶の破壊は阻止が難しいでしょう」

「なるほど……」


 いかに強大でも、足元を崩されれば不利極まりない。

 ウォーキンスが持ち前の力で猛威を振るっても、

 竜騎士側は船さえ壊せば勝ちに持ち込めるのだ。


「そのため、ある程度の援護がなければ不可能に近いと推察します」


 単騎では厳しい。

 その意味が嫌というほどに分かった。

 俺が唸っていると、ウォーキンスは手を取って来た。


 そして覚悟に満ちた表情で告げてくる。


「もちろん、レジス様が命じるのであれば――

 このウォーキンス、危険を顧みず救出に臨みます」

「いや、無理はしなくていい。無理だけは……しないでくれ」


 無意識に、二度重ねて言ってしまった。

 失うことへの恐怖が無尽蔵に心を逸らせる。

 リスクを無視することは、絶対にできない。


 峡谷で無茶を通した結果、アレクを失いかけたのだ。

 あんなことはもう、繰り返したくない。


「承知しました。

 使用人の身を案じるとは……やはりレジス様は優しいですね」

「臆病なだけだよ。それはともかく、他の手段を探そう」


 ウォーキンスの出撃はいわば危険な搦め手。

 正攻法が別にあるのなら、そっちを採択すればいい。

 と、ここでロギーがすっと手を上げた。


「そこで、救援に向かわせる部隊だが――商王ソニアは貴殿で間違いないな?」

「は、はい。私がそうです!」


 改めてロギーが確認する。

 そういえば、ソニアとバドは彼女に名乗ってなかったな。

 緊張で肩を震わせるソニアに、ロギーは悠然と言い放つ。


「至急、大海賊に出兵要請を出してもらいたい。

 海上の竜騎士を追い払うには、連中の助力が必要不可欠と目する」

「は、はい。すぐに大海賊の根城に向かいます!」


 ソニアは勢い良く席を立った。

 それを見て、俺は違和感を覚える。


「使者を送るのはダメなんです?」


 何も本人が赴く必要があるのだろうか。

 王国の場合、代表者が直々に出向くのは、たいていは圧迫外交の時のみ。

 ドゥルフ辺りが使ってきた記憶がある。


 それだけに、当主が動くのは敵対勢力に対してのみだと思っていたのが――


「大海賊や竜殺し相手に、普通の礼節は通用しねえぞ」


 バドの突っ込みでそれが誤りだったことを悟る。


「矜持が高いってことか?」

「はい……特に大海賊は直接出向かずに依頼をすることをひどく嫌います」


 バドの代わりにソニアが答えてきた。

 なるほど、王国貴族の礼儀作法とは全く異なるようだ。

 むしろ当主が顔を見せないとヘソを曲げると来た。


「一応、身辺警護を兼ねて俺達もついていきます」

「大丈夫ですよ。海賊とはいえ、商人に危害を加えたりはしません」


 俺の申し出をソニアはやんわり断ろうとする。

 彼女の言葉にバドも同調したような姿勢を見せる。


「ああ。アストライト家は大海賊にとって得意先の一つ。無碍にはしねえだろうな」


 そしてバドは頷いた上で、


「が――ちと嬢ちゃんの交渉術には疑問が残る。

 俺達にも立ち会わせてくれや」


 同行を求めてソニアを説得しに掛かった。

 商王ゼピルとの対面で、バドの心強さは十分把握しているのだろう。

 しばらく黙考した後、ソニアはペコリと頭を下げてきたのだった。


「そうですね。それでは――お願いします」




     ◆◆◆




 俺達は今、無権特区の中を歩いていた。

 ここを通行する者達は、ソニアを見て恭しく一礼する。


 無権特区。

 体面上は、竜殺しや大海賊などによって不法占拠されている領地。

 しかしてその実態は、アストライト家が貸し出しているにすぎない。


 領地と使用権を与える代わりに、他種族との緩衝役を任せているのだ。

 それゆえに、ここにいる連中はアストライト家に友好な姿勢を示している。


「港から砂浜に出て、歩いた先の島が大海賊の本拠地です」


 言いながら、ソニアは方向を指し示す。

 言われてみれば、海岸線の向こうに黒ずんだ岩島が浮かんでいた。

 その周りには小島が複数あり、その全てに戦艦がびっしりと停泊している。


 目的の島までは砂浜が続いており、歩いて行くことができるらしい。

 砂浜へ降り立ったところで、俺は隣を歩くロギーに視線をやった。


「気になってたんだが……ロギー、なんだその兜」


 彼女はフルフェイスの大兜を被っていた。

 悪夢の名を冠する騎士ナイト◯アみたいな仰々しいブツだ。

 夜道で出会ったら失神までありえる。


 俺の指摘に対し、ロギーは淡々と答えてきた。


「大海賊は竜殺しと並んで魔族排斥主義の最先鋒。

 王国の要人として振る舞っても、角が立つことは明白だ」

「なるほど。顔を隠してなきゃまずいんだな」


 そのデザインであれば、彼女に元々生えている捻くれた角もごまかせるだろう。

 完全に一体となってるもの。

 俺と近い距離を保ち、ロギーは歩を進めていく。


「王国貴族の魔族嫌いもなかなかのものだ。

 そこを逆手にとって、お前の横にいさえすれば疑われることもない」

「不本意な隠れ蓑だな……」


 王国貴族は他種族が大嫌い。

 だから傍に連れているはずがない。

 ゆえにロギーが他種族であると怪訝がられることはない。

 なんと悲しい論法だろうか。


 俺は溜め息を吐きながら、近くの二人に尋ねる。


「バド、ウォーキンス。大海賊と関わったことは?」

「ねえな」

「私も風聞程度ですね」


 直接関わったことはない、と。

 しかしウォーキンスは全くの無知ではないようだ。


「何か知ってるのか?」

「大海賊の創始者は、確か邪神大戦の参加者でしたから」

「へぇ……初耳だ」


 連合国が成立したのは邪神大戦直後。

 つまり大海賊もほぼ同時期に結成されたことになる。

 思ったより昔から活動してたんだな。


「ちなみに、活躍したのか?」

「はい。邪神率いる海獣を蹴散らし、避難民を安全地帯へ導いたと聞きます。

 しかし、邪神の呪いによって戦後すぐに没しました」


 邪神の呪い。

 幾度も聞いた、英雄殺しの残留思念だ。

 大海賊の創始者も呪いには勝てなかったらしい。


 それを踏まえた上で、ウォーキンスは成り立ちを説明してくれる。


「その創始者が率いる水軍は”無名の奪還者”と自称していましたが、

 後継者は呼称を”大海賊”と改め、海賊名も変えたと聞きます」

「なるほど。それが今の大海賊につながってるのか」


 古くから連合国とベッタリだったことが分かっただけで十分。

 今回の件も、商王であるアストライト家からの頼み。

 まさか断ったりはしないだろう。


 砂浜を歩き続けること数十分。ついに岩島へと到達した。


「着きました。

 ここが喰霊島――大海賊の根城です」


 喰霊島という名前らしい。

 ずいぶん仰々しい島名だな。

 大きな鉱山を基礎に乗せたかのような形状。

 内部は坑道が広がっているらしく、その入口には数人の男たちが立っていた。


 接近すると、男たちが警戒したように立ちふさがる。


「止まれ――何者だ」

「入りたきゃ通行料を払ってもらうぜ」


 通行料て。

 ここは関所かなにかか。

 辟易していると、ソニアが一歩前に出て名乗りを上げた。


「ソニア・ゴルダー・アストライトと申します。頭領へのお目通りを願います」


 すると、金をせびった男があんぐりと口を開ける。


「あ、あのアストライト殿……?」


 そんな男の頭に、背後から鉄拳が振り下ろされた。

 上役らしき他の男が、島全体に轟くような怒号を発する。


「馬鹿野郎! その方は上客だろうがよ。失礼なこと言ってんじゃねえ!」

「す、すいやせんでした……」


 すぐさまソニアに謝りを入れ、男は道を開けた。

 どうやら要人以外が入ろうとすると金を取られるらしいな。

 覚えておこう。


「で――商王様がこの島に何の用だ?」

「出兵要請です。頭領に会わせてください」


 ソニアの要望を受け、男は中へ通そうとする。

 だがその直前で大事なことを思い出したらしい。

 頭をボリボリ掻きながら、すまなそうに振り向いてきた。


「悪ぃな。頭領は今ちょうど出てる。

 会いたいなら日を改めてくれや」


 絶望的な一言。

 ソニアは慌てながら懇願した。


「そ、それは困ります! 今すぐ兵が必要なんです……!」


 それを見て、男の方にも動揺が伝播したようだ。

 前言に付け加える形で、ソニアの期待に沿おうとしてくる。


「ま、まあ大丈夫だ。

 副頭領に話を通せば大海賊は動く。用があるなら上がっていきな」

「よ、良かったです……」


 どうやら話は聞いてもらえるらしい。

 それにしても、頭領がいないっていうのは面倒くさいな。

 商王議っていう大事な催しを控えてるというのに。

 一体どこへ行ってるんだ。


 通された回廊を進んでいくと、大きな扉に突き当たった。

 ここが応接間のようだ。

 案内で中に入ると、明るい声で迎えられた。


「ヤァ、よくいらっしゃった」


 廊下と違い中は明るい。

 並べられた座椅子の最奥で、一人の少女が座っていた。

 見た目は十六から十七といったところ。


 不敵に微笑むその少女は、座るよう促しながら挨拶をしてきた。


「大海賊の副頭領が一人、ガゼルだ。話を聞こう」

「当代ナッシュにしてアストライト家当主。

 ソニア・ゴルダー・アストライトです」

「俺は王都西方貴族、レジス・ディン。

 後ろはそれぞれ王国の要人だ」


 挨拶を終え、改めて視線を少女に向ける。

 すると、あることに気づいた。

 少女は耳がヒレ状の半透明になっていた。

 そして肌色も若干水色をしている。


「た、他種族……?」


 間違いなく人間ではない。

 見た目の年齢にそぐわぬ雰囲気をしている理由が分かった。

 こう見えて、おそらくは俺やバドとは比べ物にならないくらい歳上なのだろう。


 俺が驚嘆していると、目の前の少女――ガゼルは怪訝な瞳を向けてきた。


「オヤ、どうした坊主。

 海底蛇が腹を食い破られたような顔をして」

「いや、大海賊って他種族を認めない方針を取ってるって聞いてたから」


 なぜ人間でない少女を副頭領に据えているのか。

 疑念を抱いていると、少女は何度も頷きながら説明してきた。


「アア、ウン。それは正しい。

 ただ、正確には『海の魔族以外の他種族を排除』するのが大目標かな」


 その言葉に、ロギーの肩がピクリと跳ねる。

 全ての他種族を嫌悪し排斥しているわけではないようだ。

 少女の発言にバドは眉をひそめる。


「なんだそりゃあ。聞いたことがねえぜ」

「ダロウネ。先代の頭領が始めた方針だから、識者でもないと知らないはずだよ」


 割りと最近なのか。

 書物からの知識輸入の多いバドが知らなくても無理はない。

 ガゼルはグーッと手を伸ばし、指の間にある水かきを見つめた。


「マァ、自分を褒めるみたいで恐縮だが。

 海の魔族は強力にして有用。

 おまけに領土を侵害しないから、排斥主義者に受けがいい方なんだよ」


 それでも、強硬派には目の敵にされてるけどね――とガゼルは苦笑する。

 彼女の説明を受けて、バドも得心が行ったようだ。

 彼は肩を竦めて状況を整理する。


「なるほど。この大陸に来る海の他種族なんざ、

 はぐれものがほとんどで、勢力図には関与しねえ。

 その割には優秀ってわけで、大海賊としては戦力に組み入れたいってわけだ」

「ウン。もし海の魔族を排斥対象にしてたら、

 わたしもそっちのお姉さんもこの場で射殺されてたよ」


 ここで、ガゼルが俺の隣にいたロギーを指さした。

 それを受けて、彼女は兜を潔く脱いだ。

 そして感心したようにガゼルへと目を向ける。


「ほう、やはり分かるか」

「マア、ネ。海の魔族なら匂いでだいたい。キミもそうでしょ?」

「無論だ。アケロンの嗅覚を舐めるなよ」

「アケロン……?

 怖いなぁ、海で手を出したら返り討ちじゃないか」


 ガゼルは肩を抱いて首を横に振った。

 やはりアケロン族の強さは、そちらの世界で有名のようだ。


「そういう貴殿は匂いが薄いな。混血か?」

「ワア、正解。クオーターっていうのかな?

 見た目が人間離れしてるだけで、性能は人間よりちょっと上なだけだよ。

 泳ぎは上手いけどね」


 純血の魔族ではなかったのか。

 エリックもそうだが、割りと人間と交わった他種族も多いんだな。


 ガゼルとしては、同じ海の魔族に会えたことが嬉しいらしい。

 興奮して仕切りに質問をしようとしている。

 だが、ここでバドが雑談の流れを打ち切った。


「口挟んで悪いが、そんなことはどうでもいい。本題に入らせろ」

「……ハァ、そうだね。話を聞かなきゃ」


 職務を思い出したのか、ガゼルは不満気ながらも頷く。

 それを確認して、ソニアが事態を解決するために援軍を要請した。


「海上で商王が竜騎士に襲われています。

 どうか戦艦を派遣して助けてください」


 竜殺しほどではないが、大海賊もドラグーンへの敵対意識を燃やしていると聞く。

 さらにアストライト家の頼みと来ては、喜んで承諾してくれるだろう。

 そう期待して待っていた俺達の耳に飛び込んできたのは――


「――アア、ごめん。それは無理だ」

「え?」


 聞き間違えかと思うほどの、判然たる拒否だった。

 呆気にとられる俺達に対し、ガゼルは平然と言い放つ。


「海上で商王が襲われてるのは知ってるよ。

 でも、大海賊は動かない。動けないじゃなく――動かない」

「ど、どういう……」


 震えた声で尋ねるソニア。

 そんな彼女にトドメを刺すかのように、ガゼルは宣告してきたのだった。




「気の毒だけど、あの商王には大人しく沈んでもらうよ」



次話→2/19

ご意見ご感想、お待ちしております。





――以下、告知――


書籍版【ディンの紋章3巻】が2月25日に発売されます。

今巻は随所に加筆修正を施しておりますので、

toi8様の美麗なイラストと合わせてお楽しみ頂けばと思います。

よろしくお願いいたします。

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