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第一話 水着と砂浜

【今までのあらすじ】※不要であれば読み飛ばし推奨


母セフィーナの病も癒え、ディン家には平穏が訪れていた。

しかしある日、海水汚染の調査をきっかけに、

ドラグーン達の精神的支柱である黄金竜の死体を引き揚げてしまう。


その体内から出てきた石版は、

連合国の統治者たちの心臓とリンクしており、

破壊されることがあれば連合国で騒乱が始まってしまう。

これを懸念した国王の勅命を受け、レジス達は石版を届けることになる。


使用人ウォーキンス、護衛役バド達と共に連合国に入り、

王国と仲の良いアストライト家の当主・ソニアと出会う。

そして商王議という統治者たちの会議で、石版を返還することになった。


しかし、これをよく思わぬ統治者たちがいた。

帝国と親密な関係を結び、レジス達を陥れようとする親帝国派の商王たちだ。

彼らはドラグーンの一派を誘引すると、首都の襲撃を実行させた。

だがレジス達の奮戦の甲斐あり、これを撃退することに成功する。


いよいよ始まろうとする商王議。

緊張感が最高潮へ達する中、八章は幕を開ける。



――第八章 商王議編

 


 商王議の開催まで2日を切った。

 十八のうち十七の商王が首都に集結。

 残りの一家も、明日の昼には船で到着する見込みだ。


 警備は厳戒。

 ゼピル率いる親帝国が動けないよう、ソニアは密偵を送り込んでいる。

 ここまですれば、さすがに派手な動きはできないはずだ。

 あとは商王議の開催を待つのみである。


「……ふぁーあ」


 まだ日も昇らぬ早朝。

 今日は静養日であるため鍛錬もお休み。

 にも関わらず早起きしてしまうとは、これも日頃の習慣――なわけがない。


 寝れる時には最大限寝ておくのが俺の流儀である。

 休日なのにご老体もびっくりの早起きをしてしまったのは、他に厳然たる理由があるのだ。


「おらッ、レジス。いつまでも寝てるんじゃねえ!」


 これである。

 借金取りを彷彿とさせる扉ドンが部屋に響き渡る。

 乱暴なノックと時折挟まれるヤクザキックの二重奏のおかげで、安眠など一瞬で吹き飛んだ。


 俺はベッドから降りて扉を開ける。

 すると、そこには外出の身支度を整えたバドが立っていた。


「ったく、呼びかけたら3秒で出てくるのが礼儀だろうが」

「そんなのが通用する世界なら、俺は無礼者でいい」


 アレクあたりが似たようなことを言いそうなのが怖い。

 まったく、寝起きはゆとりを持ちたいというのに。


「で、用件はなんだ……俺はまだ寝たい」


 目をこすりながら尋ねると、バドは力強く断言した。


「――海だ」

「は?」

「海に行くぞ」


 海。

 つまりはシー。


 バドはずいぶんと大まじめな顔をして言い放った。

 冗談を言っているようには見えない。

 なぜいきなり海なのか。

 考えうる限り一番可能性の高いことを尋ねる。


「釣りでもしに行くのか」


 この間は竜騎士の襲撃で結局できなかったし。

 案外、バドも釣りに未練があったのかもしれない。

 しかし、そんな希望的観測はバドの罵倒で粉砕された。


「かーっ! これだからションベン臭いガキは」

「煙臭いおっさんに言われたくないんだが……」


 まあ、おっさんって歳ではないだろうけど。

 確か29だっけ。

 まだギリギリお兄さんを名乗れる年頃だ。

 そんな紫煙立ち込めるバドお兄さんは、手をヒラヒラと振って答える。


「釣りなんざ船乗りに任せときゃいい。俺はな、泳ぎに行くんだ」

「泳ぎ?」


 海に泳ぎに行こう――なるほど、一見もっともらしい勧誘に見える。

 しかし、ことこの世界においては通用しない文言である。

 俺は即座に突っ込みを入れた。


「海は魔獣……海獣が出るだろ」


 海は魔獣の無法地帯だ。

 某鮫映画やタコ映画の主役を張れそうな海獣たちが、

 毎日のようにしのぎを削っている。

 そんな中で泳ぐなど自殺行為だ。


 しかし、バドは窘めるように眉をひそめた。


「それは王国や神聖国だけの話だ。

 帝国や連合国の海域は海獣が深海にしかいねえんだよ」

「なに……そうなのか?」


 それは初耳だ。

 確かに王国の場合でも、強力な海獣は海の底にしか生息していない。

 しかし、浅瀬にも人肉を漁る海獣が現れるのだ。

 そのため王国の船乗りは、海獣を撃退できる能力が求められる。


 だが、他の地域では事情が違うらしい。


「泳げるような浅瀬なら海獣は出ねえ。

 遊泳っていう文化も連合国では盛んなんだぜ」

「なるほどなぁ……」


 つまり、海辺で水着デートなんて微笑ましい光景も見られるわけだ。

 王国民としては羨ましい限りである。

 だがしかし、まだ一番重要な疑問が解決していない。


「ところで、なんで急に泳ぎに行く話になったんだ?」

「ハッ、察しが悪いな。これだからガキは」


 ガキガキやかましい奴め。

 王国の成人年齢には達していないのは認めるが、子どもとして扱われる歳でもない。

 俺が非難の視線を送ると、バドは率直に返答してきた。


「――商王議が開催間近だからに決まってんだろ」


 なるほど……つまり……まるでわからんぞ。

 商王議が近いのは理解できる。なにせ3日後だ。

 しかし――


「商王議と海の関係性は……?」

「いいか、商王議ってのは商王が火花を散らす闘争の場だ」


 まあ、そこは否定しない。

 此度の商王議は激論が飛び交うことだろう。

 俺が頷くと、バドは仮面の奥にある瞳を輝かせた。


「だが、一般人にしてみれば違う意味を持つんだぜ。

 為政者の行事は、市民にとっての祭典になりうる」

「なるほど……祭りになるってことか」


 ようやく理解した。

 そういえば、前世でも似たようなことがあったな。

 マイナーな湖の街が首脳会議の開催地に選ばれた途端、類を見ない賑わいを見せていた。

 逼迫する商王たちと違って、一般市民はお祭り騒ぎなのだろう。


「商売気のある奴らは、この機に集結する商王に取り入ろうと躍起になる。

 そうでなくとも、観光気分で訪れる小市民が街を埋める。

 街に付属する名所も然りだ。つまり――ッ」


 バドがあらん限りの力で拳を握りしめる。

 その上で、吠え猛る魔物のように真の目的を吐露した。


「今は連合国中の綺麗どころが海で遊んでんだよ。

 この機会を見過ごせるってのか? ああん!?」

「なぜキレる……」


 結局、可愛い子と遊びたいだけか。

 もったいぶった説明しやがって。

 俺が溜め息を吐くと、バドはギロリと睨みつけてきた。


「テメーも見たくねえのか。海岸に溢れる肌色をよ」

「目に入れば眼福だとは思うが、積極的に行こうとは思わん」


 脅しのような目線で同調を求めても無駄だ。

 用がなければ絶対に外へ出ない俺が、そんな些事で動くわけなかろう。

 俺の言葉に対し、バドは吐き捨てるように呟いた。


「けっ、ムッツリ野郎が。

 女探す時くらい頭パーにしねえと、生存競争に負けちまうぜ」


 ムッツリで悪かったな。

 生存競争に関しては、ナンパ以外の手法を取るつもりだから心配など無用。

 それに――前世の慣習が、未だに心に根ざしているのだ。

 そんな誘いに二つ返事で頷く勇気など持ち合わせていない。


「俺がいねえと、テメーには一生女ができねー気がするな」

「大きな世話だ」


 なにお前、箱入り娘を持つ父親?

 お見合いでもセッティングしてくれるのか。

 全て欠席を貫く所存だ。


「とりあえず行くぞ。

 その無駄に潔癖なところを矯正してやらァ」


 どう考えても矯正じゃなくて歪曲なんだよなぁ。

 まあ、別に予定があったというわけでもなし。

 誘いに乗る理由はないが、毅然として断る理由もない。


「じゃあ、ついていくよ」

「その言葉が聞きたかったぜ」


 口の端を吊り上げるバド。

 無駄に良いニヒル笑いだ。

 ただ、一つ確認しておきたいことがある。


「ところでバド、水着は持ってるのか?」

「いいや」


 水着も持たずして海とな?

 不穏な空気が立ち込めてきた。


「まさか、連合国では水着を付けない、なんてことは――」

「あるわきゃねえだろ。どこの淫獣がそんなことすんだよ」


 淫獣て。

 まあ、違ったようで何よりだ。


 しかし、線引がいまいち分からないな。

 バドですら眉をひそめるとは。

 ヌーディストビーチみたいな場所はこの世にないのだろうか。


「店で買うんだよ。

 海のそばにある商店を下調べしてある」


 準備がいいな。

 今日のナンパに掛ける想いの強さが見て取れる。

 まあ、どうやって口説き落とすのかは興味があったりもする。

 バドの勇姿を見学させてもらうとしよう。


 俺は貴族服に着替えた後、再びバドと合流。

 そして共に屋敷の出口へと向かった。

 その途上、廊下の角でウォーキンスと鉢合わせる。


「おや。レジス様、バド様、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「……よぉ」


 明らかにバドのテンションが下がったな。

 しかし、対照的にウォーキンスは明るい表情だ。

 好奇心に満ちた様子で訪ねてくる。


「お二人でどこへ行かれるのです?」

「視察だ。ちょっくらレジスを借りてくぜ」


 どこに行くのかはぐらかすバド。

 彼はウォーキンスの追及を避けるように論を並べ立てる。


「王家の廷臣として仕事を教えてやる。

 これは公務だ、拒否権はねえ」


 そう言って、バドは俺に「行くぞ」と促してくる。

 しかし、海に赴くのが公務か。

 もし監査が入れば予算削減待ったなしだな。

 バドの言葉を受けて、ウォーキンスは楽しげに頷く。


「それは良い提案ですね」


 そう言って、俺の横にピタリと着いた。


「レジス様の見届け人として、しかと公務を拝見させていただきます」


 さりげなくついてきたいようだ。

 やましいことはないので、俺としては問題はない。

 しかし、バドは違う。彼はなんとかしてウォーキンスを引き剥がそうと必死だ。


「あぁ? こいつは男だけの……」

「――世の中には」


 バドの言葉を遮り、ウォーキンスが口を開く。

 その表情は微笑みに満ちているものの、邪悪な気配が見て取れた。


「貴族の身分や権威を利用して、女性を釣る悪党がいると聞きます。

 まさかバド様は、そんなことをしたりしませんよね?」


 ウォーキンスは曇りなき眼でバドに尋ねる。

 それに対し、バドは強気な答えを返した。


「へっ、へへ……あたりめーだ。あまり俺を見くびるんじゃねえよ」


 明らかに図星だったな。

 釘を刺されて観念したようにも見える。

 動きを完全に把握されていては、抵抗のしようもない。

 うなだれるバドを尻目に、ウォーキンスが俺に一礼してきた。


「不貞の輩が現れないか見張るため、このウォーキンスも同行させて頂きます」

「ああ、よろしく頼む」


 まあ、俺はウォーキンスと外を歩けるから嬉しい。

 しかし、バドは魂が抜けたように盛大なため息を吐く。


「はぁ……気乗りしねえ」


 そして天敵であるウォーキンスを鬱陶しげに睨みつけた。


「最低でも、あと5年歳食ってりゃあ俺の守備範囲だったのによ」


 本人の目の前で言う度胸がすごい。

 痛烈な皮肉に対し、ウォーキンスはきょとんとして首を傾げる。


「もしかして、バド様はあれでしょうか。いわゆる高齢の女性を――」

「歳下が嫌いなだけに決まってんだろーが!」


 みなまで言わせず、バドが叫んだ。

 あらぬ風評被害を恐れたようだな。

 バドはこめかみに青筋を浮かべながら、ウォーキンスへ言い放った。


「訂正だ。いくら歳を重ねようが、テメーは苦手だわ」

「あれ、嫌われていますね」


 残念です、と白々しく肩をすくめるウォーキンス。

 その口角が若干上がっているのを俺は見ていた。

 軋んだ雰囲気を払拭するため、俺はバドに確認する。


「ちなみにソニアは?」

「あいつは商王議の段取りで忙しいってよ」


 まあ、そりゃそうか。

 むしろ土壇場で遊びに出かける俺たちが異例なだけだ。

 まあ、今は客人としての権限しか持っていないので、手伝えることは特にない。

 せめて邪魔にならないように、大人しく時間を潰すのが得策だ。


 と、ここでバドが指を打ち鳴らした。


「そうだ。あの嬢ちゃんの護衛がいるだろ。

 私兵だけじゃ不安だぜ。テメーが守ってやれよ」


 会心の閃きと言わんばかりに、バドはドヤ顔を向ける。

 しかし、ウォーキンスはそれに対抗せず、コクリと頷いた。


「はい。お守りするため、商館への最短経路をお聞きしてきました。

 もし有事の際には、一瞬で駆けつけて参ります」

「…………」


 バドの反撃は終わった。

 何を言っても付いてくることを察したようだ。

 半ばやけになった様子で、彼は出発の音頭を取ったのだった。


「おら行くぞ。生存競争が何たるかを、俺が見せてやらぁ――ッ!」





     ◆◆◆




 海岸線沿いに歩くこと幾ばかりか。

 海の眼前にある大きな商店に辿り着いた。

 バドの調べ通り、水着を大きく取り扱っているようだ。


 入り口で男女が分かれているため、ウォーキンスとは一旦別れた。

 そして男用の水着を物色しようと思ったのだが――


「バド、聞いてないぞ」

「俺だって聞いてねえよ……」


 俺たちは商品の消えた棚の前で立ち尽くしていた。

 漂う悲哀に気づいたのか、背後から店長らしき男が声を掛けてくる。


「いやー、悪いねぇ。

 首都に来た人たちが買っていっちゃってさ。

 人気なのは全部売り切れちゃったんだ」

「なるほど……」


 それで、残っているのはブーメランパンツ一着だけ、と。

 改めて見るとすごい形状だな。

 王国には水着という概念がないため、より新鮮に見える。

 これは革新的だ。


 だが、いかんせん形状はブーメラン。

 その攻撃的な外観に気圧されたのか、バドも怖気づいていた。

 こんなものを履いた日には確実に悪目立ちしてしまう。

 バドは肩をすくめて踵を返した。


「しゃーねえ、他の店行くぞ」

「あー、待ってお客さん」


 しかし、そこで店長が呼び止める。

 彼は振り向くバドに向かって注意を促した。


「実は、繁盛するのを見越して街中の水着を買い占めちゃったんだ。

 だから、この辺で水着を置いてるのはウチだけだよ」


 商王議の開催を読んだ上で販売戦略を立てていたのか。

 この店主、なかなかの商売魂があると見える。

 しかし、この店で水着が売り切れたということは――


「多分他の店行っても在庫がないと思う」

「……マジかよ」


 心なしか、バドの顔がげっそりしたように見える。

 もちろん彼は仮面を付けているため、細かい表情はわからない。

 ただの目の錯覚だ。


 肩を落とすバドを気の毒そうに見る店主だが、ここでポンと手を打った。


「あ、ちょっと待って。そういえば一着だけ取り置いてたのがあった」


 そう言って店主が取り出したのは白い水着。

 もちろん男用。ザ・普通と言わんばかりの、まともな海パンだ。


「特殊な水着だから一般に販売してないんだけどね。

 行商人がいつになっても買いに来ないから、よければ君らに売ってあげ――」

「しゃおらもらったぁあああああああああああああああ!」


 店主が言い切る前に、猛然と水着をかすめ取るバド。

 いかん、先を越された。

 彼は代金を台に叩きつけ、試着室へ入っていこうとする。

 しかし、その直前で奴の服を掴んだ。


「ちょっと待て、公平に話し合いで決めよう!」


 さすがに納得がいかん。

 俺の抗議に対して、バドは血走った目で煽ってきた。


「ハッ、甘ちゃんがァ! 既に生存競争は始まってんだよ!」


 そう言って、俺の手を払いのけようとする。

 さすがにカチンときた。

 俺はバドのベルトを掴み、試着室への逃げ切りを阻止する。


「ざけんなよ血液ポンプ! お前より俺のほうがその水着を欲してる! よこせ!」

「違うね! こいつは俺に穿かれるために作られたんだ!

 テメーはそっちのチャチな水着で我慢してろ!」


 断固拒否する。

 ブーメランだけは、ブーメランだけは嫌だ。

 バドを押しとどめようとする俺だが、ここで横から声が飛んできた。


「うん。その水着は仮面の兄ちゃんが穿いたほうが良いと思うぜ」

「……え?」


 予期もせぬバドへの加勢。

 一瞬、ベルトを掴む力が緩んでしまう。

 奴はその隙を見逃さない。

 試着室の入り口を破壊する勢いで滑りこんでいった。


「ハッハァー! もらったぁああああああああああ」

「ォオオオアアアアアアアアアアアア!」


 終わった……俺の水着選び。

 さようなら海パン。

 こんにちはブーメラン。


 失意に沈む俺の肩を店主が叩いてきた。


「いや、割りとこっちのおすすめだよ。保証する」


 何が保証だ。

 店主よ、裏切ったな。

 彼は「安くしとくから」と言ってブーメランパンツを渡してくる。

 仕方ないので代金を支払った。


 その様子を見ていたようで、

 カーテンの陰からバドがゲス顔で水着をちらつかせてきた。


「だろぉ? この白い色合いはなぁ、ガキには似合わねえ、大人の色なんだぜぇ?」


 何この人、煽りの天才だよ。

 毒のついたナイフを舐める人のような眼をしている。

 勝利の喜びで眼がイッているのだ。


 歯ぎしりをする俺の横で、店主が慰めの言葉を掛けてくる。


「大丈夫。君の年齢なら、あの水着みたいな実用性は必要ないだろうから。

 機能美に見合った欠点もあるしね、あれ」


 色々と店主が言ってくれているが、

 もはや怒りを通り越して虚しいだけだった。

 俺は絶望を背負いながら、バドの隣の試着室に入る。


「憂鬱だ……ブーメランなんて穿いたことないのに……」


 せいぜいがボクサー型のパンツくらいである。

 ちなみに店の広告を見たが、その形状のは存在しないらしい。

 まあ、素材とかの問題もあるし。


 レパートリーが多いはずもない。

 俺は今しがた購入した水着に足を通す。

 だが、穿く途中でかなり難儀した。


「……キツいなこれ」


 恐らくバドの体格では入るまい。

 俺よりもう一回り上の一般的な身体つきで限界だろう。

 まあ、泳ぎやすい形状であることは間違いない。


 俺が装着していると、隣から満足気な声が聞こえてきた。


「ほぉ、いいじゃねえか。

 まさに俺のために生まれてきたような穿き心地だ」


 ずいぶんな自信だな。

 どうやら同時に穿き終わったらしい。

 俺たちは試着室から出てきた。


「まあ、俺が着れば何でも似合うんだが。こいつは格別だな」


 強烈な自画自賛。

 しかし言うだけあって、その水着はバドに似合っていた。

 体つきにジャストフィットしており、肌に張り付くかのような仕上がりだ。


 多分、俺より泳ぎやすいだろう。

 見た目でも機能性でも負けてて、なんか悔しい。

 ただ、バドの場合、仮面のせいで不審者極まりないのが欠点だ。

 彼は俺の姿を見て呵々大笑する。


「まあ、テメーも悪くはねえぜ。身体にピッタリじゃねえか」

「嬉しくねえ……全然嬉しくねえ……」


 穴があったら土魔法でこの世の深淵まで掘り進み、

 厳重に蓋をして隠れたい気分だ。

 バドは意地悪げに微笑みながら、俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「女の視線が痛いと思うが、我慢しろよ。

 これも修行だと思えば軽いもんだ」

「軽くてたまるか……」


 こんなことなら、屋敷で寝ておけばよかった。

 今更ながら、付いてきた後悔が湧いてくる。

 意気消沈していると、店主が声をかけてきた。


「あ、着替えは預かるよ。

 海岸ではよく盗難や窃盗があるからね」

「…………」


 一瞬迷ったが、バドが囁いてきた。


「商王もよく利用する店だ。信頼性はあるぜ」


 ならばずさんな管理はしないか。

 バドが着替えと荷物を預けたのを見て、俺も後に続く。

 清算を終えると、店主が通路を指さした。


「裏口がすぐ海岸だからね。ゆっくり楽しむといい」


 その言葉に従い、俺とバドは外に出た。

 その瞬間、視界を焼く陽光が網膜に飛び込んでくる。


「ぬおっ、まぶしッ!」


 完全に朝日が出て、人々の活動時間になっていた。

 徐々に眼が慣れてくると、海岸の光景が目に入る。

 多くの人で賑わい、活気に満ちている。

 砂浜を見渡して、バドは口笛を吹いた。


「ひゅー、上玉ばっかりじゃねえか」


 渾身のガッツポーズをするバド。

 目当ての場所に来れて大満足のようだ。


「いいねぇいいねぇ、滾ってくるぜ」


 バドはさっそく吟味を開始し、女性に眼を移していく。

 すると、旅人らしい二人組の女性が目に入る。

 恐らく、観光目的で来ているのだろう。


 バドは大きく頷いた。


「まずはあの二人組だ。声かけようぜ」

「俺は行かねえ」

「なんだ、またムッツリか。男を見せろよ」


 俺の活力を削いだ張本人が何を言う。

 あまり挑発してくれるなよ。


 いいのか、俺が男を見せたら海岸一帯に悲鳴が轟くぞ?

 ブーメランは帰ってくるだろうが、一度放り捨てた名声は戻ってこない。

 その責任をお前が全て被るなら、いくらでも恥を捨ててやろう。


 まあ、それは不可能なので、俺は固辞の姿勢を見せる。


「意地でも行かんぞ。

 このパンツを穿いた時から、俺はそう決めたんだ」


 俺の決意を受けて、バドは肩をすくめた。

 そして俺を置いて二人組の元へ歩いて行く。


「ケッ、つまんねえ……まあいい。

 そこで指を咥えて、俺という種の強さを見てな」


 すると、バドは本当に声をかけ始めた。

 よく果敢に行けるもんだ。

 その積極性は評価されるべきのような気もする。


 しかし女性二人組はすぐに背を向けて去っていった。

 一戦一敗か。


 しかし、バドは諦めない。

 次なる標的を探して浜辺を練り歩いていく。

 その姿を目で追っていると、横から声を掛けられた。


「レジス様、ここにいましたか」

「お、来たか。ウォーキン……」


 絶句した。

 ウォーキンスという女性の、その容貌に。

 青い空から降り注ぐ陽の光に照らされ、愛くるしく輝く銀髪。

 黒と白を基調としたホルターネックの水着。


 形の良い胸が、引き締まった腰が、

 その全ての肢体が、極限までありのままに照り映えていた。


 悪いが、刺激が強すぎる。

 アレクやイザベルの時も正直危うかったが、ウォーキンスは破壊力が桁違いだ。

 平面ではない、立体感を持って躍動する身体。

 視覚が警報を鳴らし、急激に血が顔へと昇る。


 思わず鼻を押さえた。


「だ、大丈夫ですかレジス様」

「……万事問題ない。

 問題ないから、屈みこんで覗き込むのをやめてくれ」


 画面越しに女性の身体を見た時とはまるで違う。

 モニターを通してなら水着姿を見る度に、

 「もっと露出減らせよ」とか「なんなら脱いだ写真はないのか」と文句をいう始末だった。


 しかし、現実に水着姿を目の前にした時、まさかここまで怖気づくとは。

 バドの言ったムッツリという言葉は、あながち外れていないのかもしれない。

 自分の浅ましさを認識していると、ウォーキンスの背後に人が現れた。


「そこの銀髪の姉ちゃん」


 振り向くウォーキンス。

 それに応じて、俺も視線を向ける。

 そこに立っていたのは、日焼けした男二人組。


 直感でわかる、ナンパだ。

 片方の男がウォーキンスの行く手を塞ぐように近づき、自分を指で示す。


「俺たち冒険者やってんだけどよ。

 いやぁ、姉ちゃんが綺麗なもんで声かけちまった」

「へへへ、全然見ねえ顔だからな。どこから来たんだ?」


 どうやら、商王議につられてやってきた旅人だと思われているようだ。

 俺に一瞥の視線すらよこさない辺り、

 ウォーキンスを一人だと誤認しているらしい。


「少し遠い場所から来ました。何か御用でも?」


 ウォーキンスが当たり障りのない返事をする。

 反応をもらえてイケると思ったのだろう。

 男の一人がウォーキンスの肩に手をかけようとした。


「姉ちゃん、暇があるなら俺達と――」


 だが、そこで俺が身体を割りこませた。

 ウォーキンスを片手で抱き寄せ、後ろに下がらせる。


「すまないが、こいつは俺の家の使用人だ。話があるなら俺が聞こう」


 ウォーキンスの姿を見て恋焦がれるのも無理はない。

 だが、事務所を通さずして直接交渉するのは控えて欲しい、トラブルの元だ。

 途中で割って入ったため、向こうもイラっときたのだろう。

 不快感を露わにして俺を睨みつけてくる。


「……なんだ、男がいたのか?」

「……違うだろ。こんなガキと釣り合うわけがねえ」


 もっともな指摘だが、使用人だと言ったはず。

 釣り合う釣り合わないの話ではない。

 言葉を重ねても長引くだけなので、俺は視線を逸らさず男たちに確認した。


「――まだ、何か言うことがあるか?」


 同時に、少しだけ魔力を解放した。

 アレクやウォーキンスがよくやる、魔力放出による威圧だ。

 見よう見まねでの試行。

 ここで、片方の男が食って掛かってきた。


「テメェ、年上に向かって何だその態度はッ!」


 男は俺の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばしてくる。

 しかし、相棒の男がそれを必死で止めた。


「……ッ、おい! 離しやがれ!」

「……やめとけ。このガキ、目が尋常じゃねえ」


 どうやら、片方には威圧が通用したようだ。

 魔力に敏感な体質なのだろう。

 相棒の制止を受けて、男は渋々手を引いた。

 そして、去り際に大声で罵倒してくる。


「チッ……てめえにゃ似合わねえぜ、その女はよぉ!」


 そう言って、相棒の男と共にそそくさと去っていった。

 もう少しウォーキンスに近づいていれば、絡まれることもなかったか。

 反省しながら、俺は男が吐き捨てた言葉に今さら返答する。


「……それくらい、分かってるっての」


 俺は脱力しながら大きなため息を吐いた。

 片方だけとはいえ、魔力による威圧が成功したのは嬉しい。

 達成感を噛み締めていると、横合いから抱きつかれた。


「ありがとうございます、レジス様!」

「うぷっ……!?」


 俺の頭を胸元に引き寄せ、撫でながら抱きしめてくる。

 その上で、ウォーキンスはあらん限りの感謝を浴びせてきた。


「私を守ってくださったのですね!

 この胸に渦巻く高揚感……天にも昇る勢いです!」


 そう言って、いっそう抱きしめてくる。

 俺の方が昇天して魂が抜け落ちそうなんですが。

 柔らかい感触で思考が埋め尽くされ、膝から崩れ落ちそうになる。

 しかし、最後の力を振り絞って声を発した。


「そ……それはよかった。

 けど……ッ、恥ずかしいから……ひとまず離れてくれ」


 刺激が強すぎて、喜ぶ前に失神してしまう。

 力が抜けた俺の異変に気づいたのか、ウォーキンスが慌てて謝ってくる。


「こ、これは失礼しました。でも……あと三秒だけ」


 耳元で囁いて、ウォーキンスはそのまま姿勢を固定した。

 慈愛を感じるタッチで頭をさわさわと撫でてくる。


 まずい。

 このままではブーメランパンツが鋼属性に変貌を遂げかねない。

 心身が限界へ達しかけた瞬間――


「ふぅ……名残惜しいですが、これで」


 そっと身体を離してきた。

 助かったという安堵と共に、どこか残念な想いが浮かんでくる。

 息を整えていると、ウォーキンスが満面の笑みを向けてきた。


「実はですね、この不肖ウォーキンス。

 声を掛けてくる御仁をどうやって追い払えばいいのか迷っていたのです」


 少し困惑していたように見えたが、俺の眼に狂いはなかったようだ。

 先ほどのアタックを考えるに、受けたナンパは1つや2つではきかないだろう。


「もしかして、俺と会う前にも?」

「はい、5人ほど」


 やっぱりな。

 着替えて砂浜に出てから、

 俺のところにくるまで壮絶なナンパ劇が繰り広げられていたようだ。

 そりゃあなぁ……ウォーキンスの姿を見れば、声を掛けたくなるのも分からんではない。


 と、彼女はここでボソリと呟く。


「あまりにしつこいので、その時は意識を失ってもらいました。

 しかしレジス様は、一切の実力行使なく追い払ってくださいましたね」


 しみじみと俺の行動を賞賛してくる。

 褒められるのは嬉しいが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「……当たり前だからな? というか、気絶させたのか!?」

「すぐに起きますよ。数分だけ眠ってもらっただけです」


 そういうのはウォーキンスの得意技だったか。

 意識を焼き切る程の魔力を注ぎ込んだか、あるいは幻惑魔法で失神させたか。

 どちらにせよ、あまり穏やかな解決法ではない。


「とりあえず、魔力や実力を行使するのはダメだ。

 男とくっついてさえいれば、相手もだいたい諦めるから――」


 と、説明の途中にも関わらず、ウォーキンスがそっと身体を預けてきた。


「承知しました。レジス様にくっついていればいいのですね」

「誰が言葉通りに捉えろと言った!」


 やめろ、これ以上ブーメランパンツに異変を起こすのは避けたい。

 ただ、また男に絡まれても困るので、付かず離れずの近い距離を保った。

 ウォーキンスは好奇心に目を輝かせながら辺りを見渡している。


「……あれ」


 ウォーキンスは何処かに視線を注ぎ、小首を傾げた。

 俺は気になってすぐに尋ねる。


「ん、どうした?」

「いえ、男性と一緒にいる場合は声を掛けられない、とのことですが――」


 確かに言ったな。

 女性に男がいると知れば、ナンパする方も気力が目減りする。

 しかし、ウォーキンスは俺の言葉を咀嚼しつつ、ある一点を指し示した。


「あれは例外なのでしょうか」


 俺はウォーキンスの視線を追う。

 そこには、仲睦まじい男女に接近して女性をナンパしている男がいた。

 その容貌は非常に精悍で、引き締まった身体が武人であることを悟らせる。


 そして、その顔には妙な仮面を付けており――


「なあ、いいだろ?

 そっちの兄ちゃんより俺と遊ぼうぜ。

 一緒に海という名の秘境に、そして行き着く先にある未知の領域に――」


 おぉおおおおおおおい。

 何をしている血液大道芸人。

 歯の浮くような建前並べてカップルクラッシャーしてんじゃねえ。

 俺は覚悟を決めた後、大きく頷いた。


「ウォーキンス」

「はい」

「――止めるぞ」

「――はい」


 数秒後、俺はバドの背後に回った。

 そして腕を取り、カップルから距離を取ろうとする。

 思わぬ不意打ちに、バドは焦ったような声を出した。


「ちょっ、お前らッ、邪魔すんじゃねえ!」


 振り払おうとしてくるが、反対側でウォーキンスがバドの腕を取った。

 そのまま二人がかりでカップルから引き離していく。


「今は取り込み……や、やめろッ、腕を掴むな!

 引っ張るな! 引きずるなぁあああああああああ!」


 バドの絶叫を聞きながら、砂浜の角まで下がらせたのだった。

 そして、拗ねた態度のバドに一つ説法をする。


「略奪愛は感心しないぞ、バド」

「その通りです。廷臣としての品位を欠きます」


 俺とウォーキンスが行動を改めるよう促した。

 だが、バドはまるで悪びれた様子がない。

 挑発するように俺とウォーキンスに向かって舌を出す。


「ハッ、途中から無理だって分かってたっての。

 引くに引けねえから、当たり障りのねえことを喋ってただけだ」


 そうには見えなかったがな。

 完全に二人組の仲を裂いて自分のものにしようとしてただろ。

 俺はため息を吐いて、バドに自制を求めた。


「王国の使者が寝取り野郎だと知ったら、王家の株が大暴落だ。

 ここではやめろ。頼むからやめろ」

「……チッ、わかったっての。独り身を狙えばいいんだろ」


 そういう意味ではないのだが。

 まあ、問題が起きない程度に抑えてくれれば良い。

 約束を交わすと、バドは再びナンパに繰り出していった。


「……何も起きなければいいが」


 懸念していると、肩をトントンと叩かれた。

 振り向くと、ウォーキンスがバレーボールのようなものを抱えていた。


「レジス様、遊戯に使える球を借りてきました。

 よければ一緒に遊びませんか?」

「おお、いいな」


 持ってきたボールは、布を織り込んで作られていた。

 軽い上に柔らかいので、もし顔に直撃しても痛くない。

 海の浅瀬に入って、ボールをパスしあうことに決めた。


「では、行きますよ!」


 ウォーキンスが見事にボールを弾く。

 水に濡れながらも、しなやかに動く肢体。

 撃ちだされたサーブは綺麗な回転を纏って飛んでくる。


 着水する際に大きく揺れる魅惑の部位。

 淀みがない一連の動きに、思わず見とれてしまう。

 その姿はまさに、美しき排球選手バレーボーラー

 俺も負けじとボールを返していく。


「おぉ、やりますねレジス様!」

「こういう軽い運動は好きだからな!」


 俺も楽しくて声が弾んでしまう。

 キレのある動きで渡された球に、逆回転を掛けて返す。

 ただパスを繰り返しているだけだというのに。

 なんだ、この溢れ出す愉悦は。


 海に来てよかったと、心底思える。

 パンツで騒動もあったが、バドには感謝だな。

 そう思った刹那――


「スリよ! 捕まえてぇえええええええ!」


 砂浜に壮絶な絶叫が響き渡った。

 見れば、3人の男が慌てて逃げ出している。

 その手前でうら若い女性が助けを求めていた。

 俺は歯噛みした。


 何をやってるんだ、あいつら。

 商王議を控えて、一番警備が多い時だってのに。

 いや、そのリスクよりもリターンを取ったのか。


 祭り騒ぎになれば警戒意識は低くなる。

 そこにつけ込んだようだが、発覚したのが運の尽きだ。

 ソニアのシマで好き勝手はさせない。取り押さえてやる。


「こら、待――」


 俺が追いかけようとした瞬間、顔の横を物体が通り過ぎていった。

 風圧で髪が持って行かれた錯覚すら覚える。


 超速のソレは逃走する男の顔に直撃。

 さらにバウンドしてもう一人の男の腹へめり込んだ。

 恐ろしく重い音がした後――男二人が倒れこむ。


 スリ犯を打ち倒したソレは、転々とこちらに転がってくる。

 見れば、それは俺達が遊びに使用していた柔らかボールだった。

 表面は摩擦で焼き切れ、煙を上げながら尚も回転している。


 恐る恐る振り向くと、ウォーキンスがスパイク直後の姿勢をしていたのが見えた。

 彼女はすぐに岸へ上がり、転がったボールを回収する。


「あはは、さすがに柔らかいですね。でも、衝撃に耐えたのはすごいです」


 そう言って、柔和に微笑みながらボールの評価をしていた。

 いやぁ……もう何も言えねえ。

 戦慄していると、硬直した雰囲気を粉砕する声が轟いた。


「オラァ、待ちやがれ!」


 バドが猛然と誰かを追いかけている。

 そうか、もう一人残ってたんだ。

 バドはあと一歩で砂浜から出ていたスリ男に、強烈なドロップキックをかます。

 その時、バドの水着が極限まで伸びたのが見えた。


 彼は倒れこんだ男の腕を捻り上げ、その懐に手を突っ込む。


「か弱い嬢ちゃんから物を盗むなんざ……罪人として最低だぜ、テメェ」


 そう言って、盗難に遭った財布を取り出す。

 何あの人、めちゃくちゃかっこいい。

 バドは慄然とした表情を崩さぬまま、被害に遭った女性に近づいていく。


 しかし、その足取りは妙に楽しげに見えた。

 ここで、砂浜の奥から声が聞こえてくる。


「あら。騒ぎかと思って出てきたら、もう終わったのかい」

「あ、さっきの……」

「やあ、どうも。竜殺しの出動が見たかったのになぁ、残念」


 出てきたのは、先ほど水着を買った店の主人だった。

 ずいぶんと慣れた様子である。

 どうやら、スリ程度は日常茶飯事らしい。


「……本当に窃盗があるんだな」

「な、預けといてよかったろう?」


 冷や汗を掻く俺に、主人は親指を立ててきた。

 やっぱり、良心的な店だったんだな。

 一件落着して安堵していると、バドの姿が見えた。


「よぉ、災難だったな嬢ちゃん。

 しかし安心してくれ。俺が取り返してきたからよ」


 バドは爽やかスマイルを浮かべ、女性に財布を返却した。

 すると、女性は救世主を見るかのような目でお礼を言う。


「あ、ありがとうございます……」

「いいってことよ。

 これは良ければなんだが、俺と一緒に飲まねえか?」

「お酒、ですか?」

「ああ。うまい酒をいっぱいおごるからよ」


 ドヤ顔をして、バドはポーズを取る。

 爽やかさを全面に押し出していくスタイルだ。

 効果は抜群のようで、女性の方も『ちょっとだけなら』と首を縦に振ろうとする。


 しかしその瞬間――バドの水着からビリッという音が響いた。


「えっ」

「えっ」

「えっ」


 バド、女性、俺の3人が同様の反応を取る。

 視界には、バドの白い水着が千切れて宙を舞う光景が映っていた。

 時が止まったかのように静まる砂浜。


 そんな中で、店の主人だけが冷静だった。


「ああ。その水着は機能性を求めたから、生地が極端に薄いんだ。

 あんな無茶な蹴りなんてしたら、そりゃあ破れちゃうよ」


 分析しながら何度も頷く主人。

 残念だが当然と言いたげな様子である。

 しかし、そんな彼に向けて怒号が響き渡った。


「それを……先に、言えやぁアアアアアアアアアアアア!」


 バド渾身の絶叫。

 少し遅れて、あたりから悲鳴が上がった。

 周囲の反応を見てバドはうろたえる。


「ちょ、待て……ッ、誤解だ。

 俺は不審者じゃねえ!」


 それで済めば憲兵はいらないんだよなぁ。

 合唱しながら事の成り行きを見守る。


 猛然と駆けつけてくるソニアの私兵。

 突きつけられる制圧用の武器。

 違う、誤解だと弁解する仮面男。

 大騒ぎになる砂浜を見て、俺は戦慄したのだった。



「あの水着、履かなくてよかった……」






 結局、バドは私兵に連行されていった。

 しかし俺とウォーキンスが身元引き受け人になったことで、彼は無罪放免となった。

 この点に関しては感謝してもらいたい。


 だが、その間にバドは取り調べを受けていたようで。

 後日、調書には次のような供述が残されたという。



「使命感に駆られて蹴った。後悔はしていない。

 ただ、一つ頼みがある。あの店長をここに呼んでこい」



 無念さが伝わってくる一文だった。

 人助けをしたのに……悲しいな、バドよ。


 不憫に感じつつも、

 俺はブーメランパンツを再評価していたのだった。



 

次話→2/17

8章開始。恐らくは隔日更新。

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