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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第七章 旅立ち、連合国編
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第十五話 竜の排撃

 


 ついに商王館に到達した。

 増援はウォーキンスが封殺してくれているらしい。

 もはや阻むものはない。


 館に入ると、私兵が血を流して倒れていた。


「おい、しっかりしろ」


 抱え起こしたが、完全に意識を失っている。

 とどめを刺していないのか。

 本命を再優先で狙いに行ったということだろう。


 この場合、連中が目標としているのは――


「礼拝堂だ!」


 俺は叫んで疾駆する。

 ソニアはその場所で祈りを捧げると言っていた。

 私兵の血は温かく、まだ新鮮そのもの。

 襲われてから時間は経ってないはずだ。


 バドは礼拝堂の扉を押すが、ビクともしない。


「チッ、内側から封鎖してやがる。――オラァ!」


 魔法を使おうかと思ったが、バドのヤクザキックで扉は吹き飛んだ。

 しかし、礼拝堂の中にナッシュの姿はいない。

 血痕すらも見当たらなかった。


「くそ、どこだ……」

「慌てんじゃねえ。俺の言いつけを守ってるんなら、そろそろ――」


 と、小さな破裂音が響いた。

 反響して音源が察知しにくい。

 だが、バドは迷うことなく顔を上げた。


「上だな。この礼拝堂……上があるぜ」

「隠し部屋か!」


 だとしたら、どこかに入り口があるはずだ。

 俺は天井を見上げ、一心不乱に探した。

 すると、あることに気づいた。

 壁の隙間から、赤い煙が少し漏れだしている。


「あそこだ!」

「持たせといてよかったぜ。俺の血塊で作った煙幕弾をよ!」


 棚を足場にして、高い場所にある壁をこじ開ける。

 すると、二階へと続く隠し通路があった。

 国王の地下通路と言い、王様は避難経路の確保が好きだな。


 壁をよく見ると、内側の鍵が壊れていた。

 ソニアが中に逃げ込み、刺客がその後を追ったのだろう。


「急ぐぞ! 多分追い詰められてる」

「ハッ、密閉空間ならこっちのもんだ」


 紅色の煙幕が立ち込める中、バドは一直線に突き進む。

 どうやらどこで血塊が炸裂したか感じることができるようだ。

 バドの背中を追っていると、開けた場所に出た。


 相変わらず赤一色に染まる視界。

 だが、それでも目印になるものは見えた。

 だだっ広い空間の奥に、月を胸に抱く女神の像。

 そしてその足元――床にへたり込むソニアの姿があった。


「ソニアさん!」

「……レ、レジスさん」


 彼女はカタカタ震えていた。

 無理もない、絶体絶命の状況なのだから。

 他の私兵は皆やられたようで、門番が一人立ちふさがっているだけだ。


「……つッ……はぁ……はぁ……!」


 しかし、明らかに門番も限界。

 片膝をついて剣を杖代わりにしている。

 と、その瞬間――煙幕の奥から火の大玉が発射された。


「……きゃあッ!」


 洗練された魔力。

 おそらく私兵を飲み込んでソニアにまで達するであろう。

 瞬時に、俺は飛び込んでいた。

 門番とソニアの前に身体を投げ出す。


 瞬刻の後、背中に激しい衝撃を感じた。


「…………ッ」


 さすがに熱い。

 が、魔法で作られた火である以上、熟練が威力を軽減してくれる。

 俺の火属性への耐性は尋常なものではない。

 何とか耐えることができた。


 しかし、バドはどこに行ったんだ。

 この部屋の中にいるはずなのに。

 煙幕の奥を睨みつけていると、背中に手が押し当てられるのを感じた。


「勇邁の戦士に神の祝福を。

 誉れの戦傷に癒しの息吹あれ――『カームブレス』」


 やわらかな魔力が流れ込んでくる。

 今しがた負った火傷が、音を立てて回復していく。

 ソニアが治癒魔法をかけてくれたのだ。


「……ごめんなさい。こんなことしか、できなくて……」


 ソニアは半泣きになりながら、傷ついた門番にも同じ魔法をかけていく。

 瀕死になりかけていた門番は、少しずつ呼吸を整え始めていた。

 俺は前を向いたまま、ソニアに声をかける。


「十分ですよ。この場で傷を癒せるのは、

 ソニアさんしかいません。頼りにしています」

「……ッ! は、はい!」


 ソニアは決意するように頷いた。

 ……ちょろい。

 だが、だからこそいい。


 火傷の痛みがなくなってきた所で、靴音がこだましてきた。


「……おや、邪魔が入ったか」


 ぬうっと、煙幕の中から男が歩いてきた。

 どうやら窓を全開にしたようで、煙幕が急速に晴れていく。

 視認できる敵の数は5人。


 黒い軽鎧に身を包んでいるが、恐らくは全員ドラグーンだろう。

 男の一人が門番を見て嘲笑う。


「盾になるのも疲れただろう? この一撃で楽にしてやろう」


 その合図とともに、ドラグーンたちが魔力を練り始めた。

 まずい、5人同時には対応できない。

 詠唱を終え、ドラグーンは魔法を発動させようとする。


「そこの使者と共に、眠れ――永遠に」

「――テメェがなッ!」


 次の瞬間、煙幕の中からバドが飛び出してきた。

 そして、おびただしい量の血をまき散らす。

 突然の不意打ち。

 ドラグーンたちは回避することができない。


「……くっ、貴様」

「……ダメだ、目が見えねえ!」


 バドの血を盛大に浴びたのだろう。

 粘着性を持っているらしく、目を開けられないドラグーンもいた。

 追撃を避けるためか、彼らは武器である剣を無茶苦茶に振り回す。


「……慌てるな! 態勢を整えろ!」

「……待て、なんか動きが……」

「……ッ、……ッ! なんだ!? 身体が、動かねえ!」


 完全に動きが止まるドラグーンたち。

 五感を狂わせる粘着性。

 そして機動性を完全に奪う硬直性。

 彫像のようになったドラグーンたちの背後を、一閃が駆け抜けた。


 次の瞬間、彼らの首から大量の血が噴射した。

 頸動脈を狙ったのだろう。


「――これが楽に死ぬってことだぜ」


 いつの間にか、バドは懐から短剣を取り出していた。

 その刀身にはほとんど血が付着していない。

 鮮やかな手際だった。


 しかし、バドは短剣を見て、何かに気づいたようだ。


「……テメェ、死んでねえな」


 バドは一人のドラグーンを警戒した目で見つめた。

 見れば、唯一地面に倒れていない男がいた。

 バドは腰を落とし、手に持っていた武器を放り捨てる。


「短剣をダメにするたぁ、ずいぶんと硬い皮膚だな」


 その時、初めて気づく。

 バドの短剣には深いヒビが入っていた。

 もはや使い物になるまい。直立するドラグーンは盛大なため息を吐いた。


「……はぁ、役立たず共め」


 彼はバドの血を絶妙に回避していたようだ。

 体を捻って片面だけを犠牲にしたようで、右半身は自由に動いていた。

 バドは無言で男の背後を取る。


 短剣を口内に突き立てようとしているのだろう。

 しかしその刹那、男が底冷えのする声を出した。


「――私を他の雑魚と一緒にするなよ」


 動きを読まれている。

 バドは攻撃の重心を残しながら、回避行動に移った。

 しかし、男は逃げた先へと裏拳を繰り出した。バドの右肩に質量の暴力が直撃する。


「――ぐぶぉッ!」

「……ッ! バドさん!」


 ソニアの絶叫虚しく、バドは恐ろしい勢いで吹っ飛んでいく。

 そのまま壁にたたきつけられ、派手な音を立てて地面に倒れた。

 すさまじい膂力だ。他のドラグーンとはまるで格が違う。


 同時に、男の肌を見て、あることに気づいた。


「皮膚の硬質化、身体能力の上昇……種族能力を発動したのか」

「詳しいな。ドラグーンが身内にでもいたか?」


 ドラグーンは冷めた目で俺を見つめてくる。

 そうか……これが正真正銘、ドラグーンの力か。

 俺はエリックのことを思い出す。

 人間とのハーフである彼でさえ、土壇場での爆発力は凄まじかった。


 その根幹にあるのが、ドラグーンの誇る種族能力。

 一撃で大木をもへし折る馬鹿力に加え、魔力を増強する力をも得る。


 俺はナイフに手をかけた。

 しかし、次の行動は声によって遮られる。


「――手ぇ出すなよ」


 ゆらりと、バドが立ち上がった。

 右肩の骨が砕けているようだ。

 ずいぶんと動きにくそうにしている。


 裂傷などによる血の喪失は問題ないようだが、

 他に関しての回復力は人並みであるらしい。

 バドは血を吐き捨て、親指で自分を指し示した。


「暗殺者の始末は、この俺の仕事だ」


 暁闇の懐剣。

 暗殺者の撃滅を専門にする闇の住人。

 その一員であるバドは、確固とした意志で断言した。


 しかし、ドラグーンは不愉快そうな顔をする。


「暗殺者? それは地に伏せている奴らだけだ」


 男は辺りに転がるドラグーンを唾棄するように見下す。

 どうやら、単なる暗殺者ではないらしい。


「しょせんは竜騎士になれず、暗殺稼業に身を落とした無能どもよ」

「てことはテメェ、竜騎士か」


 おそらくバドの予想はあたっている。

 他のドラグーンとは練度からして違った。

 この男が竜騎士で、他の4人は単なる戦闘員としてのドラグーンなのだろう。

 バドの指摘に、男は肩をすくめた。


「否定はしない。私は――無翼むよく竜空隊。

 この身一つでの戦闘を司る、翼なき竜騎兵だ」


 竜なしでの戦闘だと……?

 そんな部隊も存在するのか。

 ドラグーンキャンプには十を超える編隊があると聞くが、その中でも特殊極まりない竜騎士だ。


 淡々と己を語る竜騎士に、バドは挑発を仕掛ける。


「連合国を憎む竜騎士が、商王の命令を聞いてんのか。ずいぶんと堕ちたもんだな」

「仕事さえ終われば、例外なく全ての商王を竜の餌にするさ。

 利害の一致から、ゴミ溜め共と一時的に手を結んだに過ぎん」


 組んでいる商王をゴミ溜め呼ばわりとは。

 共闘相手の親帝国派に対しても、半端でない敵対心を燃やしているのか。

 しかし、竜騎士は更に言葉を続けた。


「――というのが、大方の竜騎士の意向だ。私は首さえつながれば何でもいいがな」

「ほぉ、ドラグーンは全員、無条件で連合国を憎んでると思ったんだがね」

「竜騎士を一枚岩だと思うなよ」


 竜騎士は髪をかきあげ、バドに冷徹な視線を向ける。

 そして、続けざまに俺の後ろにいるソニアを指さした。


「だが――まずは商王ナッシュ、貴様だ」

「…………ひっ!?」

「石版は私達の所有物。返してもらうぞ」


 名指しでの敵対宣告に、ソニアがビクンと体を震わせた。

 竜騎士は拳を構えると、こちらに突進して来ようとする。

 だが、そんな彼の肩を掴む者がいた。


「――させると思ってんのか?」


 いつの間にか、バドが背後に忍び寄っていたのだ。

 竜騎士は目を見開く。

 そして反射的にバドの顔面を殴りつけた。


 ――が、吹き飛ばない。


 バドの足は地面に固定されていた。

 粘着性の血を足裏に貼り付けたのだろう。

 拳を振りぬいた竜騎士に、一瞬の隙ができる。

 それをバドは見逃さない。


 大きく反り返った勢いを、そのまま竜騎士へと叩きつけた。


「仮面を付けたお兄さんを殴っちゃダメって、

 親に教わらなかったのか――オラァッ!」


 多分誰も教わってない。

 バドは拳を血で塗り固めているようで、凄まじい硬度に達していた。

 硬化したドラグーンの皮膚を突き破り、大きく頭を揺らす。

 ふらついて倒れかける竜騎士。


 だが――



「……が、ぁあああああああああ!」


 踏みとどまってバドに反撃を加えた。

 肘鉄をバドの腹にねじ込み、怒涛のような連撃を繰り出す。


「――づッ、ぬぎッ、づぉあッ……!」


 一発一発が骨を打ち砕く威力。

 バドは苦悶の表情を浮かべる。

 先ほどの一撃を入れるために、足を固定したのが仇になっていた。

 防御するバドを見て、竜騎士は剣を抜き放った。


「頑丈だな。

 では、首が飛んで生きていられるか、試してやろうッ!」


 バドの首を叩き落とすため、竜騎士が剣を振り上げる。

 しかしこの瞬間、奴に最大の隙が生まれた。

 俺は全力でスタートを切り、バドに指示を出した。


「バド、頭を下げろ!」


 すると、バドは両膝から地面に跪いた。

 頭頂部スレスレを剣が横断する。

 竜騎士はすかさず二の太刀を繰りだそうとするが、俺の詠唱の方が早い。


「放つ一撃天地を砕く。

 墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』ッ!!」


 発動と同時に拳を振り上げる。


「――――ッ」


 それを見て、竜騎士は防御態勢を取った。

 打撃を弾く素材になっている軽鎧。

 しかし、こいつは忘れている。


 拳の前に、ナイフが到達することを。

 俺は大きく踏み込み、渾身の突きを繰り出した。


「メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 超速で突き立つナイフが軽鎧を貫通する。

 そして第二波として本命の拳が生身に直撃した。

 竜騎士はそのまま吹き飛んでいき、バド以上の速度で壁に激突した。


「ガ、ハッ…………!」


 目を剥いて盛大に吐血する。

 そして力なく地面へと倒れこんだ。


 勝負あり、か。

 ずいぶんと強い竜騎士だった。

 こんなのが束になってこられたら、さすがに対応できない。


「だ、大丈夫ですか……!?」


 ソニアが俺とバドの元へと駆け寄ってくる。

 俺はほぼ無傷だが、バドのダメージは深刻だった。

 ソニアは意を決したように言い放つ。


「バドさん。治癒しますので、患部を見せてください」

「不要だ……傷口を血で固めときゃ勝手に治る」


 バドはヒラヒラと手を振り、治療を拒否した。

 自分だけが傷を負ったのが気恥ずかしいのかもしれない。

 誰も気にしないことだろうが、バドはその辺を引きずりそうなタイプに思える。

 固辞しようとする姿に、つい苦笑してしまう。


「やせ我慢はやめとけよ、バド。骨が傷んでるだろ」

「バカ、テメェ……余計なことを――」

「ほ、骨ですか!? やっぱり治療が必要です! 十六夜神のご加護を――!」


 彼の身体に手を触れようとするソニア。

 逃亡するバド。


 緊迫感は完全に消え去っていた。

 だが――


「……手ひどく、やられたな」


 倒れた竜騎士が身体を起こした。

 それを見て、ソニアが俺の背中に隠れる。

 しかし、バドは落ち着いた様子である。

 なぜなら――


「……安心しろ。もはや戦う力は残っていない」


 竜騎士の言うとおり、もはや勝敗は決していた。

 彼はもう、意識をつなぎとめるので精一杯だろう。

 ドラグーンの強靭な身体で耐えているにすぎない。


 竜騎士はため息を吐くが、その口元は歪につり上がっていた。


「だが、残念だったな。お前たちの負けだ」

「……なに?」

「――じきに二十を超える竜騎士が到達する」


 一瞬、背筋に液体窒素を流し込まれたかのような寒気が走る。

 しかし、俺はすぐに首を振った。


「何言ってるんだ。竜殺しと大海賊の攻勢をかいくぐれるわけ――」

「海からではなく、山沿いからの襲撃であれば、どうだ?」


 その一言で、最悪の想定が頭に浮かんだ。

 本命となる残存兵力を、残していたのだとしたら――


「――聞こえるか、竜翼の風切り音が」


 耳を澄ませると、確かに聞こえた。

 何かが高速でこちらに向かっている音。

 それも、複数。


 俺は考えてしまった。

 もし20を超える竜が、一斉に獄竜炎をこの館に吐いたら――

 当然、跡形も残らない。


 竜騎士は冷静なまま、力強く呟いた。


「これこそ、貴様らを黄泉へ導く死音と知れ――」


 次の瞬間――この部屋に沈黙が訪れた。

 風切り音は消え、無音の状態になる。


「……なに?」


 竜騎士は怪訝な顔をして上体を起こす。

 そして身体を引きずりながら、隠し部屋から窓の外を見た。


「――――なッ!」


 俺も違う窓から外を見た。

 商王館の前にある大きな広場。

 そこには多くの竜が倒れ、うず高く積まれていた。

 その周りには血を流した竜騎士たちが倒れている。


「……な、何が起きた!?」


 同胞の惨状に、竜騎士は絶句した。

 と、ここで俺の視界にウォーキンスが現れた。

 窓から中へ入ろうとしているのだ。

 いきなりの参上に、俺も腰が抜けかける。


「ぬおぁ……! どこから入ってきてるんだよ」

「あ、驚かせてしまいましたか。申し訳ありません、近道のつもりでした」


 ウォーキンスは窓にするりと身体を通し、屋内に降り立った。

 そして禍々しい大剣を片手に、次元を開く。

 返り血一つ浴びていないが、その剣は赤く染まっていた。


 ウォーキンスは大剣を収納して、軽く息を吐く。


「ふぅ、最後の仕事が一番手応えがありましたね」

「……やっぱり、ウォーキンスだったのか」

「はい。竜騎士の部隊が空を飛んでいたので、まとめて倒しておきました」

「――――ッ!」


 それを聞いて、竜騎士は目を見開く。

 そんなバカな、と言いたげな顔だ。

 しかし、本命の竜騎士が戦闘不能に陥ったのは事実。

 彼は壁にもたれたまま、観念したように目を閉じる。


 それを見て、バドも安堵の息を吐いた。


「テメェの負けだな」

「……そうだな」


 竜騎士は両手を上げた。

 殺せ、ということだろう。

 それを見て、バドはムッとした顔になる。

 しかし、余裕を崩さずに声を掛けた。


「ドラグーンにしちゃあ、ずいぶんと往生際がいいじゃねえか」

「この命、惜しくはないといえば嘘になる。

 が――敗者になる覚悟はできていた」


 そう言い放ち、竜騎士は姿勢を正した。

 潔く首元をさらけ出す。

 ここを斬れということだろう。


 しかし、バドは呆れたようにため息を吐いた。


「馬鹿か、勝手に死のうとするんじゃねえ」

「……なに?」

「テメェにはまだ、やってもらうことがある」


 そう言って、バドは懐からバッジのようなものを取り出した。

 表面には見たこともない刻印が彫られている。

 不気味な骸骨に短剣が突き刺さり、頭蓋から顎部を貫通している。


 恐らくは暁闇の懐剣のエンブレムなのだろう。

 偽造防止のためか、特殊な魔素が込められている。


「街中で十人は殺ってるのに、懲りずに暗殺者を送り込んで来やがるからな。

 いい加減うんざりしてたのよ」


 なに、俺の知らない所で暗殺者と火花を散らしていたのか。

 そういえば、観光初日にバドは返り血を浴びて帰ってきていた。

 あの日の時点で暗殺者を屠ってたのか。


 ソニアの護衛を拒んで単独行動を取ったのは、

 暗殺者をおびき寄せるためだったのかもしれない。

 食えない奴だ。


 バドはバッジを指で弾き、竜騎士に渡す。


「こいつをドラグーンキャンプの暗殺者共に届けてくれや。

 これが何を意味するか、暗殺界隈の奴だったら下っ端でも分かるからよ」


 紋章を送りつけるのは、暗殺業界では特殊な意味を持つらしい。

 あれだろうか、封筒に実弾を入れて宅配する感じか。

 まあ、「これ以上喧嘩を売るなら、どうなるか分かっているな?」ということなのだろう。

 バッジを握る竜騎士を見て、バドは続けざまに告げた。


「ついでに、テメェを動かしてた商王に伝えろ」

「……命と引き替えならば、安いものだ」


 竜騎士は淡々と承諾した。

 それを確認し、バドは強い口調で呟く。


「――”暁闇の懐剣”がいる中で、暗殺なんざできると思うな」

「…………」


 暗殺者殺しの存在は、表立って有名ではない。

 しかし、水面下であれば他国の暗殺者や要人にも知れ渡っている。

 これ以上の狼藉は血の制裁で返すと警告しているのだ。


「以上だ。覚えたらさっさと帰りやがれ」


 そう言って、バドは背を向けた。

 仕事は終わったとでも言うようにパイプをふかす。

 それを見て、ソニアが彼に駆け寄った。


「ば、バドさん!」

「あん……?」


 美味そうに煙を吐き、バドは答える。

 ねぎらいの言葉なんざいらん、と言いたげだ。

 しかし、ソニアは慌てたように告げた。


「礼拝堂の中は、禁煙です!」

「…………」


 バドは無言でパイプをしまった。

 締まらない奴だ。

 この間に、竜騎士がゆらりと立ち上がった。


「敵を見逃すとは……王家の懐刀も余裕だな」


 竜騎士は皮肉げに告げる。

 しかし、バドは取り合わない。

 見せつけるように血を吐き、竜騎士に対して脅しをかけた。


「テメェの特徴は掴んでる。

 それに、”俺の血”が体内に混入した以上、どこに逃げても無駄だぜ」


 先ほど竜騎士はバドの血を浴びていた。

 そして、バドは血の性質を自在に操れる。

 やろうと思えば、猛毒の液体に変えることも可能。


 バドは忠告するように言った。


「約束を反故にしたら、いつでも殺せることは知っとけ」


 宣告に対し、竜騎士はボソリと呟いた。


「――約定は守る」


 その時、下から赤い竜が登ってきた。

 先ほど俺が殴り倒した竜だ。

 絶命させたかと思ったのだが、やはりガードハンマーでは火力不足か。


 竜は失神したマスターの男を乗せている。

 その竜の首元へ、竜騎士は飛び乗った。


「――行け」


 紅の竜を加速させる。

 そして、竜騎士は遥か彼方へと去っていった――




     ◆◆◆





 商王議を目前に控えての襲来事件。

 首都を激震させる事件となったが、商王たちに被害は出なかった。

 ただ、襲撃の後処理を巡り、ソニアは忙殺されそうになっていた。


 しかし、続々到着する親王国派の商王が彼女に協力。

 数日後には、混乱なく騒動は収まったのだった。

 


 そして、商王議の足音が近づく―― 


 

 

次話→11/10

次話でエピローグ。

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