第十四話 白昼の開戦
朝食をとった後、俺は街に繰り出した。
商王議までは少し日程が残っており、息抜きをする余地がある。
そこで今日は、釣具を買ってフィッシングに興じようと思ったのだ。
こう見えて俺は、前世ではそれなりに釣りを嗜んでいた。
鬱屈な家から飛び出して、一人で楽しめる娯楽を求める毎日。
そんな中で、俺は釣りに目覚めたのだ。
シャチハタとシャチホコの違いも分からない初心者レベルから、
風向きを見定め、上げ潮を狙う生粋の釣り人にまで上り詰めた。
そんな経歴もあってか、
こういった大規模な港を見ると、つい釣り魂がうずいてしまう。
今日は礼拝日であるらしく、ソニアは昼ごろまで祈祷を行うようだ。
やはり気分的に楽になったようで、軽い足取りで礼拝堂に入っていた。
バドとウォーキンスはどうするのかと思っていたが、意外にも俺についてきた。
不思議に思い、その理由を訊いたところ――
「レジス様が大物を釣り上げる瞬間を、この目に焼き付けるためです!」
「釣り場は無権特区の中にしかねぇのよ。
あそこには上等な酒場もあるし、護衛の意味も兼ねてな」
両者で全く動機が違った。
釣りのできる場所は、無権特区の中にしかないのか。
どうやら首都に来るすべての船を無権特区に集中させるため、
他の海に面した場所は封鎖しているらしい。
どうあがいても、竜殺しや大海賊の監視下でしか上陸はできないというわけだ。
「じゃあ、まずは釣具を買いに行こうか」
街の露店で売っているのは確認済み。
先日にチラリと見た際、上質な竿を取り揃えていた。
露店通りに向かう途中、ウォーキンスが呟いた。
「ソニアさん、少し元気になったようですね」
「そうかぁ?
俺の目からは、相変わらず神を拝む狂信者にしか見えなかったぜ」
信心深い人に聞かせたら、グーパンが飛んできそうな言葉だ。
バドが神に祈らない主義なのは本当みたいだな。
呆れた声を出すバドを見て、ウォーキンスがクスクス笑う。
「細かな機微がつかめないと、
リムリスさんに愛想を尽かされてしまいますよ」
「リムは関係ねえだろ。あいつの名前を出すな」
勘弁してくれと言わんばかりの顔をする。
バドはともかく、ウォーキンスはソニアの変化を見抜いていたようだ。
彼女は興味深そうに尋ねてくる。
「レジス様、なにか知りません?」
正直に答えようかと思った。
溜め込んでいた負の想いを泣いて発散させたことで、スッキリしたんじゃないのかと。
しかし、既の所で思いとどまる。
まあ、本人も隠しておいて欲しいだろう。
俺は当り障りのない言葉を返した。
「きっと、自分の気持ちと向き合えたんじゃないかな」
「なるほど……言い得て妙ですね。素晴らしい慧眼です!」
何故か褒められた。
まあ、悪い気はしないけど。
この高揚感を保ったまま、釣りと向き合いたい。
流出ゴミの貴公子と呼ばれた俺の引き運を見せてやる。
前世での通算成績は実に素晴らしい。
大物が2匹、小物が69匹、空き缶や長靴を含む廃棄物が172個だ。
不法投棄されたゴミの祟りを一身に受けたかのような戦績である。
しかし、ここでは興の醒めるゴミなど漂着しない。
カツオかと思って引き上げたらタイヤだった、なんて悲しいことは起き得ないのだ。
まだ見ぬ大物に、期待で胸が満ち溢れる。
地図の記憶を元にして、俺は通りの奥を指さした。
「確か、そこの角を曲がった露店に――」
その瞬間。
――ドォン、と派手な音が響き渡った。
音源はかなり遠い。
だが、これが何の音なのかは瞬時に理解した。
ウォーキンスはすぐに音の方向を掴む。
「爆発――無権特区の方ですね」
「勘弁しろよ……昨日の今日だろうがよ」
バドは辟易した顔になる。
無権特区での騒動は日常茶飯事なので、「またか」程度に思っているのだろう。
しかし、爆発と悲鳴は鳴り止まなかった。
黒煙が徐々にこちらに迫り、人々がなだれ込んでくる。
それを見て、バドの表情から冗談っぽさが消えた。
同時に、俺もナイフに手を当てて身構える。
「これ、ただの爆発じゃないぞ……!」
無権特区の方を見渡す。
はるか遠方の空に、黒い点々が浮いている。
間違いない……あれは――
「――警告、警告! ドラグーンが襲来ッ!」
「ドラグーンが攻めてきたぞぉおおおおおお!」
無権特区の方から駆けつけてきた魔法師が叫び散らす。
その刹那、露店街にいた人々の顔が恐怖に染まった。
道行く人はパニック状態で駆けまわる。
中には露店を放置して逃げ惑う商人の姿もあった。
「こりゃあ釣りどころじゃねえぜ……」
「こっちに来るみたいだ」
俺は全身から魔素を表出させた。
それに応じて、ウォーキンスとバドも警戒状態に入る。
無権特区の港からは、凄まじい炸裂音が聞こえてきた。
どうやら大海賊がドラグーンの撃退にあたっているらしい。
そして大海賊の撃ち漏らしたドラグーンを、竜殺しが処理している。
人々を押しのけ、魔法師が街中に号令をかけた。
「竜騎士のお出ましだ!
団員は防衛小隊を残し、特区に集結!
民間人は建物に避難し、街道を空けろ!」
竜殺しの声と避難誘導によって、人々は建物の中へ消えていく。
ずいぶんと手際がいいな。
そして、街中から駆けつけた竜殺しが編隊を組んでいく。
「海上の竜騎士は大海賊の阿呆共に任せておけ」
「――ハッ」
「我らの目的は上陸の阻止だ。
くれぐれも遅れを取るな。汚らわしい竜人を滅殺しろ!」
竜殺しの一人が先陣を切る。
その背中を追い、数十人もの魔法師たちが走りだした。
「続けぇえええええエエエエ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
凄まじい勢いで無権特区の方へ向かっていく。
途中で上空を飛ぶ竜を一斉攻撃で叩き落としていた。
多方向からの同時攻撃で一網打尽。
鮮やかな手際だ。
竜殺しの名は伊達じゃないということだろう。
様相を見届けていると、
俺たちの周りに何人もの兵士が近寄ってきた。
「皆様方も屋内にお入りください。ここは私達が――」
十六夜聖商会の紋章が兜に刻まれている。
ソニアの抱えている私兵か。
おびただしい数の私兵団が街中に溢れ、各方向に散っていく。
首都に来ている商王の安全を確保しに行ったんだろう。
私兵たちが俺たちを避難させようとした瞬間――
「ダメだ、突破されたッ!」
「竜騎士が接近中!」
「くそっ、竜殺しは何をやってる!」
焦燥の声と共に、辺りに大きな影が落ちる。
見れば、俺たちの上空を巨大な竜が飛行していた。
真紅の鱗を持つ美しき竜。
上に乗る竜騎士は、商王たちの宿泊する邸宅街へと視線を注いでいる。
まずい……このままでは甚大な被害が出る。
「――『ドラゴンアウラ』」
ここで、ウォーキンスが身体から凄まじい量の魔力を放射した。
それを感知して、空を飛ぶ竜に異変が起きる。
以前に見た時と同じ――突然苦しみだしたのだ。
さすがはウォーキンス。
この魔法がある限り、竜も街中で好きに動けまい。
しかし、竜騎士が両足で竜の腹を叩いた。
そして手綱をあらん限り強く引く。
「――ガ、ァアアアアア……ヴルウウウウゥウウ……」
すると、竜はあっという間に落ち着きを取り戻した。
竜騎士は魔力の発生源であるウォーキンスを見下ろす。
「ほぉ、紅竜を身震いさせた奴は初めてだよ。何者だ?」
「……あれ、弱すぎましたか。
しかし、これ以上魔力を濃くすると、
他に被害が出てしまいますし……困ったものです」
ウォーキンスは残念そうな顔をする。
竜騎士の言葉を完全に無視しているのだ。
それが気に障ったのか、竜騎士は竜を急降下させた。
「良かろう。まずは貴様から片付けてやる――ッ!」
猛然と迫り来る人竜一体の攻撃。
しかし、ウォーキンスは落ち着き払っていた。
「――開け、界魔の門」
右手を空にかざすと、竜騎士に向かって次元の扉が開いた。
それを見て、竜騎士の顔が引きつる。
慌てて右に旋回し、次元の歪みの外側を飛ぼうとする。
だが、次元の割れ目は竜騎士を追尾するかのように広がっていく。
と、その歪みから一本の黒剣が生えてきた。
いや、剣だけではない。
黒い槍が、斧が、棍が、矢が――次々と現れた。
高速で移動する竜に向かって、その切っ先を向ける。
そして、ウォーキンスは邪悪に呟いた。
「天地ニ忌マレシ罪過ノ兵仗。
狭間ヨリ放チテ、其ヲ破戒セシメヨ――『モータルグレイブ』」
発動の刹那、突き出した武具が一斉に射出された。
獲物を穿つ鋒矢のごとく、黒い大群となって竜に襲いかかる。
竜騎士は驚愕に目を見開いた。
「――――くッ」
しかし、竜騎士も相当な腕だ。
竜を巧みに操り、迫り来る武器を全てかわしていく。
そして無防備なウォーキンスへ竜の獄炎を吐こうと――
「――張リ裂ケヨ、漆黒ノ邪楔」
ウォーキンスの一言。
背筋を凍てつかせる呟きで、全ての武具が爆発した。
黒い魔力を飛び散らせ、竜の身体をズタズタに引き裂く。
「ギッ、ギュァアアアアアアアアアアアアアア!」
竜は完全に勢いを失い、こちらへ墜落してくる。
まさか武器が破裂するとは思わなかったのだろう。
竜騎士は手綱を引き絞るが、竜はそれに反応しない。
俺たちの場所へ墜落する瞬間――ウォーキンスが跳躍した。
「覇軍舞踏――殺鎧」
空中で暴れる竜の顎。
竜の身体で一番固い場所に、飛び膝蹴りを繰り出した。
凄惨な音が響き、竜の首が吹き飛んだ。
衝撃の余波で竜騎士までもが肉体を引き裂かれる。
ウォーキンスが着地すると共に、竜騎士は完全に戦闘不能になった。
一連の流れを見て、バドが冷や汗を流す。
「ひゅう……人間業じゃねえな」
「膝、大丈夫なのか?」
俺はウォーキンスに駆け寄る。
彼女の膝を見るが、肌に傷一つ付いていなかった。
魔力で強化していたのか。
戦慄していると、ウォーキンスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「心配してくださったのですね。このウォーキンス、感激です!」
俺はドン引きだよ。
その桁違いな制圧力にな。
ウォーキンスはコホンと空咳をして、無権特区の方角を見た。
竜殺しが海を突破してきた竜騎士を撃墜している。
だが、今のように打ち損じが生まれることは明白。
ウォーキンスはグーッと伸びをして告げてくる。
「商王から犠牲を出すわけには行きません。竜騎士を壊滅させてきます」
「頼んだぜ。竜を相手にするのは骨が折れるんでね」
「……気をつけてくれよ、無理しなくていいからな」
一人で行かせるのは少し気後れする。
だが、俺たちが同行していると足手まといになりかねない。
別行動を取ったほうが互いに動きやすいだろう。
「では、行ってまいります」
そう言って、ウォーキンスは一足飛びで走り去った。
無権特区の方から飛来する竜を、完全に打ち止めるつもりなのだろう。
彼女に任せておけば、ひとまずこの辺りは安全だろう。
「…………」
少し、首のあたりがピリピリした。
なんだろう、違和感がある。
空を自由に飛べるアドバンテージがあるというのに、
わざわざ一方向に戦力を集中させている。
しかも、連合国側の戦力が一番多い無権特区を起点にしてだ。
効率的に打撃を与えるなら、他に方法があるはずだろう。
「……なあ、バド」
「おう、テメェも気づいたか」
バドも訝しんでいたようだ。
俺としては、既に結論が出かかっている。
答え合わせというわけではないが、確認をしておくか。
「ドラグーンの狙いは、いったい何だと思う?」
「普通に考えりゃあ、竜殺しを含む連合国への報復だろうな。
だが、ここ最近の動きを見る限り――誰かの手引を受けてるのは明らかだ」
そう、竜騎士の一部が、親帝国派と共謀しているフシがある。
石版が盗まれた件も、竜騎士を誘導する存在がいなければ発生し得なかった。
つまり現状、竜騎士はやろうと思えば想定外の所から襲撃が可能なのだ。
にも関わらず、ご丁寧に港から攻め込んでいる。
明らかにおかしいのだ。
バドは考えられる可能性を挙げていく。
「俺らを殺すって狙いも、もちろんありえる。
だが、それなら直接奇襲を掛ければいいだけの話。
首都に集まった商王が目標の場合でも同じだ。
こうして大海賊や竜殺しと事を構える必要はねえ」
その通り。
竜騎士にとって旨味のない戦況になっているのだ。
これを承知の上でなお攻めてくるということは、相応の理由があるということ。
確信を得ているのか、バドは口の端を吊り上げて笑った。
「なぜなら、親王国派を一掃し、
かつ連合国に深刻な打撃を与える方法は、別にあるからだ」
「ああ。私兵が街と無権特区に集中した今、奴らが狙っているのはただ一つ」
俺とバドは互いに視線を合わせる。
そして、全く同時に同じことを呟いた。
「――商王ナッシュの暗殺」
一致した予測。
もはや間違いない。
他の商王を守るため、私兵のほとんどを街中に散らしている。
それゆえに、ソニアの商館は限りなく手薄になっているはず。
一刻も早く向かわないと――
「行くぞバド!」
「足引っ張んじゃねえぞ」
増援はウォーキンスが食い止めてくれている。
今のうちに、敵の狙いを打ち砕いてやる。
俺たちは全力疾走で商王館に向かったのだった。
◆◆◆
避難命令が効いているようで、街中は閑散としていた。
住民が巻き込まれることはなさそうだ。
しかし、ひっきりなしに竜の獄炎が上空を通過している。
海上と無権特区では壮絶な攻防戦が繰り広げられているのだろう。
「あと少しだ!」
「魔法ぶっ放す用意しとけよ」
道を一本違えれば、商王館にたどり着く。
だが、そこで辺りに光が灯った。
急激に明るくなる視界――
「飛び込め!」
俺は瞬時にバドの腕を引っ張り、石造りの建物に転がり込んだ。
すると、バドは器用にも足で扉を蹴って閉鎖する。
結果から言って、これは正解だった。
直後、窓の外が真っ赤に染まったのだ。
上空から獄炎で狙われた。
躊躇なく撃ってくる辺り、民間人の犠牲は厭わないんだろう。
火が収まった後、俺とバドは即座に外へ出た。
すると、上空には俺たちを見下ろす竜騎士の姿があった。
「ほぉ、地形を利用したか。
だが、次の竜炎を防げると思うなよ」
煉獄を思わせる真っ赤な竜。
真紅の鎧に身を包む竜騎士。
奴らは一体となって俺たちを滅ぼそうとしていた。
「紅獄竜空隊、推して参る――!」
竜騎士は槍を振り上げ、下降準備を始めた。
上空を飛び回られると厄介だ。
どうにかして引きずり降ろさないと。
次の瞬間――空気を斬り裂く音が聞こえた。
一拍遅れて、竜の翼付近で小さな爆発が起こる。
竜騎士はよろめきながら海の方を睨みつけた。
「チッ……大海賊か。なんという所から」
どうやら遠方から船団の砲撃を受けたらしい。
すさまじい狙撃精度だ。
これを見て、バドは苦笑いを浮かべる。
「はッ、ラジアスの遺産さまさまだな」
やはり、初代ラジアスが発案した船からの一撃だったのか。
性能を考えると恐ろしいが、いい援護射撃だった。
これで竜騎士は迂闊に上空を飛べない。
「……まあいい、低空から串刺しにしてやろう」
竜騎士は槍を振り上げ、俺たちに狙いを定めた。
と、ここでバドが一歩前に出る。
そして両手を広げて挑発のポーズを取った。
「――よし、来いや」
「……なんのつもりだ?」
竜騎士は不愉快そうに表情を歪める。
侮られていると感じたのだろう。
しかし、これは俺たちにとって最善の施策だった。
「レジス、一発で決めろよ」
バドが小声で指示してくる。
要するに、囮になるから敵のトドメは任せた、ということだろう。
冷徹な怒りを見せる竜騎士は、忠告のように告げてきた。
「一騎打ちだ、得物を構えろ。無防備なまま死ぬ気か?」
武器を用意する時間をくれるのか。
普段は平気で不意打ちブレスを浴びせるくせに、意外な騎士道精神だった。
いや、一騎打ちの時限定なのかもしれない。
竜騎士の宣告に対して、バドはため息を吐いた。
そしてパイプを口に咥え、ニィっと笑みを浮かべる。
「御託はいらねえ。かかってこいよドサンピン」
「……よかろう。冥府で我が一族の威名を伝えるがいい!」
竜騎士は竜の腹を蹴り、こちらに突撃してきた。
そして竜の口元に槍を押し当て、獄竜炎で発火させる。
さらに火炎ブレスを同時に放ち、一気に距離を詰めてきた。
「爆ぜろ――ッ! 獄竜槍ッ!」
「――『ファイアーシェル!』」
だが、俺は冷静に努めた。
バドの身体を魔力で包み、火への耐性を高める。
次に、眼前へ迫る炎に対して水魔法を唱えた。
「――『アンチフレアストーム』ッ!」
消火に特化したアンチフレアウォーターの上位魔法。
骨をも焦がす獄竜炎の勢いを弱めていく。
一部しか消せなかったが、俺たちの動けるスペースはできた。
しかし、ここで竜騎士がさらなる加速を見せる。
「だが、竜爪と槍の貫通は止められまい!」
高々と構えた槍をバドに振り下ろす。
続けて竜の強堅な爪がバドの肉体へ迫る。
結果から言って、バドは回避しなかった。
正面から受け止め、すさまじい裂傷を負う。
吹き出す大量の血潮を見て、竜騎士は再び槍を振り上げようとする。
「致命傷、か。せめて苦しまずに死なせてやろう」
「――おっと、介錯は無用だぜ」
バドはゆらりと上体を起こした。
驚いた竜騎士は反射的に槍を引いてしまう。
だが、グリップをいくら引いても槍はピクリとも動かなかった。
「な、なんだこれは!」
「――ギギュァアアアアア…………」
見れば、バドの肉体に刺さった槍と爪が抜けなくなっていた。
パキ、パキと血液が凝固し、傷口を塞いでいく。
うろたえる竜騎士を見て、バドは意地悪く笑った。
「捕まえたぜ。――『エレクトロン・アビス』ッ!」
広範囲に拡散する雷魔法。
シュターリンが使ったものと同じだ。
感電すると激しいしびれを引き起こし、行動の自由を奪う。
雷撃によって、竜騎士と竜は動きが鈍っている。
「――今だ、やれッ!」
「任せろ! ――『ガードハンマー』ッ!」
魔力を絞り出して全身にまとう。
メテオブレイカーほどの破壊力はない。
だが、反動の少なさは折り紙つきで連発も可能。
俺は竜の顔をめがけて正拳突きを繰り出した。
「ガード、ハンマァアアアアアアアアアアアア!」
竜の鱗を打ち砕く一撃。
その衝撃は騎乗する騎士にまで達する。
振りぬいた拳は、竜の鼻面を殴打し、竜騎士の鎧に直撃した。
ベキベキベキ、と強固な鎧が砕け散る。
「が、ハッ……」
竜騎士は目をむいて倒れこんだ。
戦闘不能だな。
しかし竜騎士が驚いているのは、俺の一撃に対してではない。
大量の血を吹き出していながら、平気な顔をするバドにだった。
「……き、さま……なぜ……」
なおも槍を掴もうとする竜騎士。
しかし、バドは槍を蹴り飛ばし、低い声で呟いた。
「――我は呪血の刻印者。
この身に血の一滴が在る限り、朽ち果てざる衛士なり」
自分の言葉ではない。明らかに誰かの引用だ。
しかし、聞いたことがない。
失神する竜騎士を見て、バドは皮肉げに微笑んだのだった。
「俺を殺したきゃ――流れてる血を全部蒸発させるこったな」
次話→11/8(明日)
ご意見ご感想、お待ちしております。
【以下、雑記】
祝・100万文字突破!
地味に嬉しい。