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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第七章 旅立ち、連合国編
125/170

第十二話 無権特区

 


 ウォーキンスと共に、色んな観光地を見て回った。

 希少石の溶けた水が流れる噴水や、歴代商王の石碑など。

 金満国家らしい名所がたくさんあった。


 また、ドワーフ鉱山と取引をしているためか、

 市場には上質な石製品が出回っているようだ。

 ナイフの手入れのために、一つ砥石を購入しておいた。


 ひと通り巡回した後、

 俺とウォーキンスは噴水広場で休憩していた。


「……しかし、本当に他種族を見ないな」


 あまり好ましい話題でないため、ウォーキンスにだけ聞こえるように呟く。

 竜殺しに聞かれでもしたら面倒だからな。

 すると、彼女はきょとんとした表情で訊いてきた。


「そうですか? それなりにすれ違いましたよ」

「え……」


 通行人には十分に注意を払っていたはず。

 見た限り、人間しかいなかったぞ。

 と、ウォーキンスは「んー」と辺りを一瞥し、小声で尋ねてきた。


「例えば、そうですね。

 あそこで干し肉を買っている女性が見えますか?」


 ウォーキンスの示した人物を見る。

 華奢な少女で、フードの襟元から見える髪がまばゆい。

 どうやら露店で干した果実を買おうとしているようだ。


 俺は眼をこすりながら答える。


「……見えるけど」

「――あの方はエルフです」


 平易な口調。

 しかし、断言するようにウォーキンスは告げた。


「……分かるのか?」

「段差を上る時だけ、エルフ特有の歩行法になりました。

 木々を飛んで渡る足先の運びでしたよ」


 気付かなかった。

 俺もあの女性が階段を登るところを見ていたはずなのに。

 エルフだとは露にも思わず。


「その上、フードで耳を隠しています。十中八九エルフでしょうね」


 単に日除けか宗教上の理由だと思っていた。

 なるほど、そういえばイザベルもティアラで隠してたな。

 俺が頷いていると、ウォーキンスは違う人物を指し示した。


「ちなみに、あちらの男性はドワーフです」


 俺は道を闊歩している男性を見やる。

 その男は噴水近くの石材店へ入っていった。

 それを確認して、俺は彼女に耳打ちした。


「……理由を聞こうか」

「噴水の水を、異常なまでに忌避していました」

「単に濡れたくないだけじゃないのか?」


 確かに噴水を大きく迂回してたけど。

 別におかしな挙動ではなかった。

 しかし、ウォーキンスは付け加えるように言う。


「それに、水しぶきを避ける時に袖口が見えましたが、

 内側のとある部分だけ、異常なまでにすり減っていました」

「……で、それがなんでドワーフに?」


 長いこと着てれば衣服も傷む。

 工具が引っかかって、ツナギの袖がぼろぼろになることもあるのだ。

 別に、ドワーフの確証にはならないはずである。


 そんな俺の疑問に、ウォーキンスは淡々と答えた。


「ドワーフは地面を掘削する時に、硬く発達した爪を使います。

 そのため擦れただけで布地がひどく傷み、爪の形に沿った傷ができます。

 肌が浅黒い褐色であることから言っても、まず間違いありません」

「……なるほど」


 現に、付近を巡回する竜殺しも見破ることができていない。

 ウォーキンスの観察力が異常なだけなのだ。


「でも、この分だとかなりの他種族が紛れてるんだな」

「金品を調達するにあたって、大陸で一番効率的な都市ですからね」


 確かに。

 さすがに商業都市だけあって、金の回りは大陸でダントツだ。

 竜殺しに襲われる危険を冒してでも、出稼ぎに来る奴がいるのも頷ける。


 一息ついた所で、俺は地図を取り出した。


「この辺はだいぶ見て回ったけど……」


 ただ一箇所、この近辺で行ってない場所がある。

 俺はウォーキンスに見えるように指さした。


「――ここ、気になるな」


 港町の桟橋近く。

 マップによると、この地区は酒場や魚の露天商で有名らしい。

 しかし、赤い文字で「身の保証なし、注意されたし」と警告文が書いてある。


 ただの貿易港のはずなのに、なぜ注意しないといけないのだろうか。

 地図を見たウォーキンスは小さく頷いた。

 どうやら、何かを悟ったようだ。


「”無権特区”ですか。なるほど、面白いやり方をしていますね」

「……無権特区?」


 聞いたことがない言葉だった。

 首を傾げると、ウォーキンスは地図に指を這わせて説明してくれる。


「今は亡き、共和国の政策を踏襲したものでしょう。

 どういうことかは、行けばすぐに分かります」


 意味深に微笑むウォーキンス。

 直感だが、どうやらロクなことじゃなさそうだな。

 名前からして怪しいもん。無権特区って。


「興味があるようでしたら、足を運んでみますか?」

「……そうだな、ここで時間を潰すのも何だし」


 白昼堂々の襲撃は経験したが、

 それはあくまでも路地裏や部屋などの密閉空間。

 大通りを歩いている限り、襲撃者も手は出せまい。


 ウォーキンスもいるので、

 窮地に陥ってもうろたえることはない。

 俺は彼女と共に、無権特区の港へと向かったのだった。




     ◆◆◆




 驚いた。

 目的の港へ行く途中に、

 小規模ながら関所が設けてあったのだ。


 チェックもかなり厳しい。

 無権特区の港を、完全に街の中央部から切り離しているようだ。


「ずいぶん厳重だな」

「こうして切り離さないと、無権特区の意味がなくなっちゃいますからね」


 まるで隔離しているような言い方だ。

 いや……あながち間違っていないのか?

 ソニアが話をつけてくれていたようで、守衛は俺たちを快く通してくれた。


 しかしその際、「どうかお気をつけを」と念を押された。

 ずいぶんと脅かしてくるな。

 疑問に思いながらも、港へ出て行く。


 すると、そこは露店や酒場が立ち並び、活気に満ちていた。

 引き揚げられた魚や他国からの輸入品を、慌ただしく運んでいる。

 どの角度から見てもただの貿易港だ。


「なんか、思ったより普通だな……」

「いえ、よく周りを確認してみてください。どんな人が歩いています?」


 まさかのクイズ形式。

 ウォーキンスの言葉を受けて、周囲の人を一瞥する。

 すると、ガラの悪い荒くれ男と目があった。


「…………あっ、どうも」


 俺はとっさに会釈した。

 すると、男はジロジロと見てきた上で、酒場に入っていく。


 パイレーツバンダナを着用している辺り、海賊か?

 単なる漁師の可能性もあるけど。


 酒場から視線を切った刹那――

 今度は複数の魔法師と目が合った。


 竜殺しだ。

 先ほど中央の街で見た団員より、明らかに殺気立っている。

 その人数もケタ違いで、数十人の竜殺しがあちこちをウロウロしていた。


 なるほどな。

 この地区がどういうところなのか、少し分かってきた気がする。

 と、その時――



「ちくしょう、離しやがれ!」



 怒号が港に響き渡った。

 見れば、竜殺しの魔法師が大柄な男を組み敷いている。

 強化魔法でパワーを増幅しているらしく、男は魔法師を払いのけることができない。


 男の服は凄惨に破れており、各所の筋肉が丸見えになっている。

 ゴツゴツとした独特の肉付き――間違いない。

 ドワーフだ。


 騒ぎに気づいたのか、周囲を警戒していた竜殺しの団員が駆けつけてくる。

 そして、あっという間に男を縛り上げてしまった。

 最後の抵抗とばかりに、男は叫び散らす。


「離せっつってんだろッ!

 ドワーフにこんなことして、ただで済むと思ってんのか!」


 しかし、魔法師は何も反応しない。

 無言のまま執拗に打擲し、抵抗する男の体力を削いでいく。

 数の暴力に、ドワーフは悲痛な声を上げた。


「……畜生、連合国のニンゲンめが。

 覚えてやがれ……俺は貴様ら連合国を、断じて許さん」


 凄みのある脅し。

 しかし、それはなんの歯止めにもならないようだ。

 ドワーフの頭を踏みつけ、竜殺しの魔法師は嘲笑う。


「連合国? ――なんのことだ?」

「……あぁ? てめぇら、連合国の兵士だろうが……!」


 血を吐きながら訴えるドワーフ。

 しかし、竜殺しの団員は下衆な笑みを浮かべる。


「――我々は竜殺し。

 この権利なき地に根を張る、無頼の殺戮集団よ。連合国など知らんな」

「然り。貴様のような劣悪魔族を、こうして浄化するのが使命だ」


 その言葉で、完全に理解した。

 無権特区の意味を。

 その存在意義を。


 魔法師の言葉を聞いて、ドワーフは憤怒で声を震わせる。


「お前ら……狂ってやがる」

「――投獄しろ。ただでは帰すな」


 抵抗する力がなくなったドワーフを、魔法師が連行していく。

 男が持っていた荷は竜殺しの支部へ運び込まれた。

 連れて行かれるドワーフを見て、竜殺しの一人が愉快そうに吐き捨てた。


「ドワーフでよかったな。

 看守の機嫌次第では生きて出てこられるだろう」


 一悶着の後、竜殺し達は再び散った。

 そして、街の中央部に行こうとする人間を見張る。

 一連の出来事を見て、ウォーキンスが囁いてきた。


「見ての通り、他種族を全て弾いています」

「……問題にならないのか?」


 さすがにひどい気がする。

 ドワーフ鉱山だと今度は逆の立場になるんだろうけど。

 何もしてないのに、問答無用で連行するのは恐ろしい。


「連合国としては、この地域は支配権を放棄した空白地帯。

 そこを占拠した排外主義集団――竜殺しが他種族に暴虐を働いているだけ。

 連合国は断じて関係ない。

 そういった立場をとっているようですね」

「なんつう屁理屈だ……」


 連合国は屈指の治安の良さを誇ると聞く。

 事実、街の中は平穏そのもので、誰もが幸福に満ち溢れていた。

 しかしそれは、この無権特区があるからこそ成り立っているのだ。


「他種族嫌いの竜殺しと、治安維持を名目に暴れ回る大海賊。

 その二大勢力が本拠をおいているため、ほぼ全ての災禍はここに集約されます」

「つまり、街の中央が平和な理由って……」

「はい。ここで全ての異端者を排除しているからです」


 なるほど。

 火種になる他種族を港の段階で弾き、国内に入れない。

 密入国者は厳然と罰する。

 そうやって関所の向こう側を守っているわけだ。


 外部からの侵入を防ぐ効果は確かに高いのだろう。

 王国では考えられないシステムだ。

 ため息を吐いていると、視界にあるものが映った。


「あの酒場、大きいな……」


 停泊所の近くに巨大な酒場があった。

 客の出入りも活発で、商人や海賊、果ては竜殺しの魔法師までもが見られる。

 ずいぶんと繁盛している様子だ。


「首都にある中では最大のようですね」


 ウォーキンスは地図を見ながら呟いた。

 あれほどの酒場となると、取り扱う酒の種類も豊富に違いない。

 この機会だし、土産でも買っておくか。

 偶然にも友人に酒乱がいることだしな。


 俺はウォーキンスの裾を軽く引いた。

 そして酒場の方へ歩いて行く。


「ちょっと寄って行こ――――」




 その瞬間――辺りに白い閃光が爆ぜた。






     ◆◆◆





 一拍遅れて、激しい音が轟く。

 視界が焼かれ、身体が宙に浮きかける。

 しかし、誰かに受け止められた衝撃を感じた。


 吹っ飛ぶのは回避。

 巻き上がる粉塵を見て、何が起きたのか察した。

 ――爆発だ。


 発生源は向かおうとしていた酒場。

 煙が晴れたと同時、ウォーキンスが俺を抱き留める力を緩めた。


「……ふぅ、大丈夫でしたか? レジス様」

「ああ、ありがとう」


 どうやら爆風に煽られていたらしい。

 ウォーキンスが止めてくれなかったら危なかった。

 海まで一直線に吹き飛ばされていただろう。


 ウォーキンスは俺の服の裾を手で払い、爽やかに告げてきた。


「酒場の様子を見てまいります。

 この大通りから一歩も出ないよう、お願いします」


 そう言って、ウォーキンスは酒場の中へ入っていく。

 しばらくして、酒場の反対側から怒声が聞こえてきた。


「ドラグーンだ! まだ酒場の中にいる! あぶり出せ!」


 辺りにいた竜殺しが、酒場へとすっ飛んでいく。

 一般人が立ち入らないよう、堅固に周囲を取り囲んだ。


 これではウォーキンスの後を追いにくい。

 言われた通り、待機しておくしかないか。

 俺は爆風で傷ついた肌を消毒しておく。


 あたりの海には、吹き飛んだ酒場の資材が浮いていた。

 ずいぶんと派手に破壊されたんだな。

 と、ここで視界の端に良からぬものが映った。


 ……人だ。


 気絶しているようで、

 その人物は海の底へと沈んでいく。


「おいおい――ッ!」


 あのままでは溺死してしまう。

 俺は貴族服を脱ぎ捨て、肌着で海に飛び込んだ。

 凄まじく冷たい。


 体の奥まで冷やし尽くさんばかりの水温。

 しかし、寒さを我慢して泳ぐ。

 アレクとイザベルに教わった泳ぎがここで活きた。


「――――ッ」


 息を大きく吸い込み、深く潜水。

 沈みゆく身体を引き上げて水面へと浮上する。


 この人物、重い装備をつけているようだ。

 その身体を背負う俺までも溺れそうになった。

 しかし、すぐそこに桟橋の支柱があったため、それに掴まる。


「――ッぷはッ」


 やっと息が吸えた。

 まず、俺が桟橋に上がる。

 そして背負っていた人の身体を全力で引き上げた。


 無我夢中で分からなかったが、どうやら女性のようだ。

 眼を硬く瞑っており、意識を取り戻す気配がない。


「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」


 呼びかけに無反応。

 焦りが倍増する。

 と、その時、酒場の方から歓声が聞こえてきた。


「ドラグーン捕縛ッ! 押さえ込んでおけ!」

「まだ仲間がいるぞ! 断じて逃すなッ!」


 どうやら趨勢が決まったようだ。

 これで平穏が戻るか、と思った瞬間。

 竜殺しの怒声が響いた。


「…………ッ!? ぐあ――ッ! 何だ貴様!」

「まだ終わってねえ! ドワーフだッ! ドワーフが暴れてやがる!」


 どうやら、酒場での戦闘は収拾が付いていないようだ。

 破壊された入り口から、火炎や砕石がちらついている。

 しかし、今はそれどころではない。


 俺は溺れた人の蘇生法を思い出す。

 確か、まず首を横にして、海水を吐きやすいようにするんだったか。


 女性の顔に手を添え、横を向かせようと――



「――ブフォハッ」



 した瞬間、思い切り海水を吹きかけられた。

 鉄砲魚と見紛うほどの水流が眼に直撃する。


「ぬごぉああああああああ…………」


 不意打ちに対し、目を閉じることもできなかった。

 水圧で痛覚が悲鳴を上げ、塩水が痛みを二倍に増幅する。

 俺がのたうち回っていると、女性がムクリと身体を起こした。


 そして、充実感に満ちた背伸びをする。


「ふぅ、爽やかな朝……古傷に朝日が染みちゃう」


 その前に海水が俺の目に染みてるんですが。

 俺が目をこすっていると、女性は飄々とした様子で首を傾げた。


「おっかしいな。アタシ、酒場で呑んでたはずなんだけど」


 ここで、唸る女性の全容が目に入った。

 身長は170cm中盤くらい。


 燦然と輝く緑色の髪が特徴的だ。

 セミロング、というのだろうか。

 癖のある翠髪を、肩口近くで乱暴に切りそろえている。


「爆発があったんだよ。

 お前、海に飛ばされて沈むところだったぞ」

「爆発……? なぁにそれ」


 女性は色っぽい仕草で首を傾げた。

 そんな彼女に、分かる限りの現況を伝える。


「ドラグーンの仕業みたいだ。

 まだ酒場の中でやりあってるらしい」

「あらやだ、あそこでアタシの仲間が呑んでたのに」


 女性はおもむろに立ち上がると、背中にある獲物を抜いた。

 ソレが接地した瞬間、ズガンと激しい音が鳴る。

 見れば、女性は海底に沈める”いかり”を片手で扱っていた。


 本当に人間かよ……。


「腐れトカゲだか狗モグラだか知らないけど、

 アタシ達に手を出したツケは払ってもらおうかしらね」


 女性は唇をなぞるように舐める。

 そして碇を肩に担ぎ、酒場へと突撃していく。


「どきなさい! 烏合の衆!」


 包囲していた竜殺しを、タックルで吹き飛ばす。

 そして、女性は爆炎の中へ消えていった。


「…………」


 一瞬にして静寂が訪れる。

 いったい何だったんだ、あの女は。


 まあ、この首都は広い。

 一度別れればもう会うことはなかろう。


 胸をなでおろしていると――

 数分も経たないうちに女が戻ってきた。

 何この人、早い。


「大丈夫、全員生きてたわ」

「……ずいぶん早いお帰りで」

「んー、まーね」


 なぜわざわざ俺のところに舞い戻ってくるんだ。

 女性は海水に手を浸してパシャパシャと飛沫を散らす。

 水遊びでもしているのかと思ったが、赤い液体が海面に広がっていく。


「…………」


 俺は顔をひきつらせる。

 どうやらこの女性、返り血を洗い流しているようだ。


「……汚いなぁ。ドラグーンの穢れた血なんて触りたくもないのよね」


 大きな碇に付着した血も洗い流していく。

 気づけば、酒場の方から聞こえていた破壊音が消えていた。

 まさか、この女性が暴動にとどめを刺したのか。


「まったく。

 ”ゼピルの宝石狂い”が来てから変なことばっかり。やってられないわ」


 セピル。

 聞き覚えのある名前だ。

 確か、親帝国派の実質的なリーダーだったか。

 既に、この首都に駐留しているのか。


 女性は碇を背中の帯に挿し、改めて俺の方を向いてきた。


「で、溺れてたアタシを助けてくれたのは君かな?」

「別に……引き上げただけだよ……」


 俺は碇を装備した姿を見てげんなりする。

 そりゃ重いはずだよ。

 むしろ、よく引き揚げられたものだと自分を褒めたい。

 俺の返事に、女性は自分の肩を抱く。


「くぅううう……! かっこいいこと言っちゃって。

 ご褒美に、お姉さんがいいコトしてあげよっか?」

「間に合ってます」


 というのは冗談だが、出会ってばっかの人にしてほしいことは何もない。

 安易に付いて行って暗殺でもされたら困るし。

 この大通りから離れるつもりはないのだ。


 俺の返事に対し、女性はケタケタと笑う。

 その上で妖艶な流し目をしてきた。


「でも、いいの?」

「なにが?」

「アタシみたいな人間助けちゃって――ってこと。

 母国に何を言われるか分からないわよ?」

「…………」


 逆に言えば、他国から忌み嫌われてるってことか?

 ずいぶんと危ない人物の匂いがする。

 深く関わらず、穏便に別れるのが得策か。


 しかし、女性は興味ありげに質問を重ねてくる。


「で、どこの国から来たのかしらん?」


 俺の素性を探ろうとしているのか。

 信用が置けない相手なので、あまり本当のことは告げたくない。

 俺はなるべく害のなさそうな返答をする。


「えっと、俺は帝国――」


 その瞬間、女性の眼が昏く輝いた。

 ゾワリと全身の肌が寒気を訴える。

 俺は反射的に、地雷回避のために撤回した。


「――の南にある王国の貴族だよ。

 お忍びで来てるから、他言無用だからな」


 すると、女性の眼が急に優しくなる。

 絶対零度の視線が人肌のそれへと変わった。


「へぇ、腐った屑しかいないって聞いてたけど。

 性根のある子もいたのね。お姉さん感動しちゃう!」


 王国貴族をよく知っているようだ。

 しかし、全員が全員ひどいわけじゃないのだけれど。

 肩をすくめていると、女性がしなを作って訊いてきた。


「で、かっこいい少年。お姉さんは君の名前が知りたいな」

「レジスだよ。レジス・ディン。あんたは?」


 聞き返すと、女性は胸を張って答えた。


「ランカード・ガルメリア・ボルグマンよ」


 聞いたことのない名前だ。

 しかし、名前と家名の間に役職名が挟まっている。

 何の分野でかは知らないが、かなりの地位なんだろう。

 粗相でもあったらまずそうだ。


「勇敢なガルメリアが撥ねた首は4649個。うち6割がドラグーン。

 縁起がいい時に会ったわね、4649よろしくぅ!」


 縁起が良ければ爆破になんて遭わないと思うんだが。

 むしろ殺生を見かねた神様からの天罰じゃないのか。

 あと、このノリにはついていけそうにない。


「ランカードさん……でしたっけ。それじゃあ、俺はこれで」

「まあ待ちなよ、レジスきゅん」


 誰がレジスきゅんだ。

 反発しようとした刹那、ランカードは俺の手を引いて強引に引き寄せた。

 その上、耳元で吐息たっぷりに呟いてくる。


「アタシのことはランカと呼んで欲しいな。

 あと、変な他人行儀なんていらない」


 一瞬ドキッとなったのは否定しない。

 だが、それを超える恐怖を感じた。

 錆びたような血の匂いが鼻腔を焼く。


 俺は視線を合わせないまま呟いた。


「そうか……ならお言葉に甘えて。

 ランカ、そろそろ帰るから離してくれ」

「何もお礼せずってワケにはいかないなぁ。ガルメリアの恥だもの」


 そのガルメリアってのを何か知らない俺はどうすれば。

 しかし、この女性にとっては誇りの源であるようだ。

 ランカは俺の頬に手を添えてくる。


「何か欲しいものとかあるでしょ?

 他人の物でもいいよ。強奪して来るから、レジスきゅんにあげよう」

「強奪って……」


 手、武器、言葉……何から何まで血の匂いがする。

 俺が顔を背けると、後を追うように囁いてきた。


「いいんだよ。他種族を皆殺しにしてでも手に入れる。

 それがアタシの生業だから――」

「……ッ」


 無意識。

 反射的にランカの手を払いのけていた。

 怯んだところで距離を取る。

 しかし、ランカは怒らず不思議な顔をするだけだ。


「あれ、気に障っちゃった?」


 クスクス笑いながら、俺の頬に当てていた手をペロリと舐める。

 その姿はゾッとするほど蠱惑的で、破滅的な美しさを持っていた。


「とにかく……何もいらないよ。

 どうしてもって言うなら、俺が困った時に力でも貸してくれ」

「うぅん? 無欲だねぇ、見返りなしと一緒じゃないの」


 そうでもない。

 誰かの手を借りられるというのは、非常に心強い。

 ランカは物足りなさそうな眼で俺をじっと見つめてくる。


 しかし、それも瞬刻のこと。

 彼女は大きな吐息と共に肩をすくめた。


「――ま、いっか。

 なにかあった時はアタシの名前を出してね。

 一般民衆は知らないだろうけど、頭のキマった商王には効果絶大よ」


 普通の人には通じなくて、危ない商王には有効な名前……?

 なんだろう、思いつかない。

 竜殺しの団長かと思ったが、名前は普通に公開されていたはずだ。

 首をひねっていると、ランカはヒラヒラと手を振ってきた。


「それじゃ、レジスきゅん。ばいばい」

「ああ……」


 返事をすると、ランカは路地裏へと消えていった。

 徹頭徹尾、怪しい女だった。

 一体何者なんだ。



 疑問に思いながら、俺は立ち尽くしていたのだった。




     ◆◆◆




 海に面した場所から酒場のま近くに戻る。

 すると、軽快な足音が響いた後、後ろから声を掛けられた。


「レジス様、ここにいましたか」


 ウォーキンスだ。

 少し激しい動きをしたようで、ほんの少し肌に汗が滲んでいる。

 俺を探してくれていたらしい。


「……ふぅ、心配しましたよ」

「悪い。ちょっと移動しちゃってたか」

「ちなみに、どこに行かれていたのです?」

「そこの桟橋だよ」


 別に遠い場所ではない。

 ただ、段差があるため見つけづらかったのだろう。

 謝意を示した後、俺は酒場に目線をやった。


「犯人はドラグーンだったのか?」

「はい。爆発の下手人は過激派の竜騎士のようでした」


 つまりはドラグーンキャンプの正規兵。

 爆薬を使って、単独で破壊活動に及んだらしい。

 竜に騎乗するのが常だと思っていた。


 ただ、話はこれだけでは終わらないそうだ。


「爆発の後、潜伏していたドワーフ数名が蜂起しました。

 ドラグーンの混乱に乗じての反逆で、竜殺しが応戦していましたね」


 なるほど、爆発後に聞こえた破壊音の原因はそれか。

 ドラグーンとドワーフを、竜殺しが同時に相手取ったということになる。


「ドワーフがドラグーンに協力したのか?」

「いえ。ドラグーンの目的は、酒場にいた竜殺しの殺傷。

 ドワーフの目的は、連行された仲間の救出。

 まったく違う動きをしていたようです」


 さっきのドワーフを助けようとした仲間がいたってことか。

 そして、ドラグーンは怨敵である竜殺しを狙っただけ、と。

 分解してみれば、別々の行動が重なっただけである。


 ……しかし、そんな偶然があるか?

 何か作為的なものを感じる。


「竜騎士は突如乱入した女性によって鎮圧。

 ドワーフは酒場の地下から逃げ切ったようですね」

「ほぉ……」


 さすがは地中のプロ。

 地面の下を潜らせたら右に出る者はいないな。

 しかし、爆破事件を起こした竜騎士は逃げきれなかったか。


 と、ここでウォーキンスの言葉が引っかかった。


「その、竜騎士を倒した女性っていうのは?」

「素性は知れませんが、緑髪の美人でした。

 抵抗する竜騎士を、手に持った碇で粉砕していましたね」


 やっぱりそうだったか。

 あのランカという女性は敵を瞬殺して俺の所に戻ってきていたのだ。

 俺はウォーキンスにそれとなく尋ねた。


「ちなみに、ランカードって名前、聞いたことあるか?

 多分、その女の名前なんだけど」

「寡聞にして知りません。何かあったのですか?」

「いや、気になっただけだ」


 ウォーキンスの見聞にも引っかからないのか。

 本当に一般人への知名度はないようだ。


「しかし、本当に危ないところだな……ここ」


 ただの酒場が戦場になるってなかなかないぞ。

 事件が起きた時、竜殺しの対応も手慣れたものだったし。

 全体的に、防備レベルが普通の街とは根底から違う。


「無権特区では、このようなことが日常らしいですけどね」


 なるほど、そりゃあ関所の人も警告するわけだよ。

 連合国で発生しうる他種族との確執を、全て一箇所に集中させた場所。

 道を歩く人がもれなくゴツイのも納得できる。


「そろそろ戻ろうか。酒場はまた日を改めて行くよ」

「そうですね。じきに日も暮れます」


 再び関所を通り、首都の中央部に戻る。

 バドと合流を狙おうと思ったのだが、どうやら先に商館へ帰ってしまったらしい。

 護衛とは何だったのか。

 まあ、ウォーキンスがいてくれたので問題はない。


 爆破でフィナーレという血なまぐさい観光だったが、

 張り詰めた肩の力を抜くことができた。

 満足感を胸に、俺はウォーキンスと館へ戻る。



 こうして、連合国での二日目が終了したのだった。



次話→11/6(明日)

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