第九話 肢体を撮りたかった男
俺達は今、山林の中を移動している。
ここを抜ければ、目的の旅館の裏手に出られるのだ。
先に確認したところ、ザナコフは既にチェックインしているらしい。
商売敵の旅館主に話を聞いたところ、面白い話が聞けた。
数日前から、美しい女性たちが超高級旅館へ出入りしているらしい。
しかし緘口令のおかげか、ザナコフが来ることまでは知らなかったようだ。
「そろそろ旅館が見えるぜ。腰をかがめろ」
「了解」
ほふく前進の状態で、茂みから顔だけを出す。
すると、少し離れたところには浴場と外を仕切る高い壁が。
さらに、旅館の付近を私兵らしき男たちが巡回していた。
「見張りまでつけてやがる。こいつは匂うぜ」
「ただ、これじゃあ壁まで近づけないな」
登っている所を見られたら致命的だ。
すり抜けるにしても、相手はプロの兵士。
欺くのは難しそうだ。
しかし、ここでバドが自信ありげに呟いた。
「そこは任せとけ。連中を眠らせる」
「後で侵入者がいたと思われないか?」
見張りが一斉に寝たら、さすがに不審がると思うけど。
しかし、バドは自然に見せる術を心得ているようだ。
「魔力の痕跡を消せばいいのさ。そうなりゃ居眠りと認定するしかねえからな」
「なるほど……雇い主に『すいません、寝ちゃってました』なんて言えないもんな」
当たりが厳しい商王相手に、惰眠を貪っていた報告などできまい。
しょせんは雇われの兵士たち。
保身のため、当事者同士で口裏を合わせるだろう。
もし発覚しても、俺達は明日の朝にはいないわけだしな。
その後はどうにでもなれだ。
「ただ、どうやって眠らせるんだ?」
「風下なことだし、こいつを使う。俺の出す息を吸うなよ」
バドはそう言って、パイプと燻した草を取り出した。
凝縮した草をパイプに詰めていく。
「その草は?」
「大陸南方に自生する毒草だ。
微量なら身体に害はねぇが、耐え難い眠気に襲われる」
「……また恐ろしい物を」
俺が戦慄していると、バドは着火して大きく息を吸った。
その上で、彼は口の奥に指を突っ込む。
「あとは……出血させねえとな」
すると、バドは気道の付近を指で引っ掻いた。
相当深くえぐったようで、指先にはべっとり血が付着している。
「おい、大丈夫か?」
「近寄んな。鼻と口をこの布で押さえてろ」
バドは俺に厚い布を手渡してくる。
そしてパイプを咥えると、禍々しい呪文を詠唱した。
「我ガ血煙ハ不可視ノ赤霧。
拡散セヨ、血脈ノ波動――『ブラッドミスト』」
……古代魔法、か?
種類までは判別できないが、なぜそんなものを。
血液に関する魔法なのは察していたが、まさか古代魔法だったとは。
「その魔法……なんなんだ?」
「気になるか?」
バドは無表情のまま、俺に視線を注いできた。
それは一種の警告のようにも思えた。
だが、俺はためらうことなく頷いた。
「ああ、教えてくれよ」
ウォーキンスは既に見抜いているようだが、
彼女に教えてもらうのはバドに悪い気がした。
俺の視線を受けて、バドはボソリと呟く。
「……第四十七例」
それだけ言って、バドは黙り込んだ。
しかし、それだけで十分だった。
その意味はおそらく――禁忌魔法の第四十七例。
全てを把握しているわけではないが、
確か血液を自在に操る魔法だったはずだ。
なるほど……心臓を貫かれた時、
一瞬で傷を塞ぐことができたのは、そういう――
詠唱後、バドは口からふぅっと息を吐き出す。
傍目には何も見えない。
しかし、数十秒後、私兵達に異変が起きた。
眼をこすり出し、身体がふらふらと揺れる。
そして、間断の隙なく倒れこんだ。
そうとう深い眠りに入ったようで、ピクリとも反応しない。
「血を霧に変えて散布したのか……?」
「ああ。形状に加えて、色や匂いもいじれるんでな。
無色無臭だから思いっきり吸い込んでくれるぜ」
毒ガスを作れるということか。
しかも、匂いや色までをも自在に操れるらしい。
もし毒霧をまき散らされたとしても、こちらは気づけないのか。
「体内に入った霧は魔力になって身体に吸収される。
死んだ後には痕跡一つ残らねえのさ」
本気を出せば、街一つを壊滅に追い込めるそうだ。
なるほど、危険なことこの上ない。
古代魔法の多くがなぜ禁忌になっているのか、少しずつわかってきた。
「さて、行くぜ」
バドの掛け声に応じ、ゆっくりと壁に近づいていく。
この向こうにザナコフがいるはずだ。
俺達は慎重に壁をよじ登っていく。
「よっと……」
壁の頂点に到達し、浴場の中が見える。
あちこちに南国風の観葉植物が植えられていた。
広大な露天風呂――なるほど、これが温泉都市で一番の名湯か。
(あれがザナコフだ)
バドが小声で示した先。
煙でうっすらとしか見えないが、熟年の男が目に入った。
その顔や肉体を見て、自然な感想が口から出る。
(……思ったより威厳はないな)
小声でバドにささやく。
いかつい顔をしているのは確かだ。
しかし、お楽しみの最中であるからか、目元も口元も緩んでいる。
上半身も締まりがなく、あまり威圧感は感じられない。
ニチャッとした、生理的な嫌悪を引き起こす笑みが印象的だ。
(見た目こそ単なるエロオヤジだが、やることはえげつないぜ。
それを表沙汰にしねえから人気者だがな。本性はあの通りだ――)
見れば、ザナコフは両隣にいる女性に手を回していた。
湯気のかかりが激しく、俺の位置からだと輪郭しかつかめない。
しかし、その情報だけで分かるほど女性たちは印象的だった。
愛想がよく、容姿も端麗に見える。
女の人に囲まれて、両手に花というわけか。
(ハッ、儲けた金で豪遊三昧か。
民衆には不貞禁止の触れを出しておいて……あやかりたいもんだぜ)
バドは呆れながらも、ちゃっかり魔素映写機を取り出した。
そして魔力を流し込み、パシャパシャと写真を撮り始める。
俺の位置とは違い、隣のバドからは全てがはっきりと見えるようだ。
彼の喉は愉悦で震えていた。
(クク、悪徳顔のオヤジの横に美女が数人。
犯罪の匂いがたまらねえぜ……)
へ、変態だー!
前世だったら間違いなく逮捕だよ。
俺が警察だったら発砲許可を申請するレベルだ。
しかし、この地でむしろ法に反しているのは商王の方という皮肉よ。
バドは写真に満足したのか、今度は動画を撮り始めた。
隣から強い魔力の波動を感じる。
(しっかし、厳正で通ってる商王様が、お戯れとはなぁ。
くくく、撮影に気がついたら血の気が引くだろうよ)
(すべてを掛けて殺しに来そうだから、見つからないようにしてくれよ……)
こんな所で捕まって死にたくない。
ため息を吐きながら、魔素映写機の先にある女性に目を向ける。
男受けしそうな声を出しながら、ザナコフに擦り寄っている。
女性たちの体だが、湯気に映った影から察するに――
(つつましい胸の女性が多い……のか?)
(ザナコフの趣味だろうよ。いいぜ……俺はどっちも好きだからな)
映写機を回しながら悦に浸るバド。
さすがにプロだけあって、湯気の動きに合わせて見つからないようにしている。
次第に燃えてきたのか、バドの呟きが加熱していく。
(くそ……煙で下がよく見えねえ)
(湯に浸かってるからなぁ)
しかし、バドはこのままでは満足できないらしい。
拳を強く握りしめながら、執念の声を上げる。
(立て、立ち上がれ……! 肢体を見せろ……!
違うだろ……そんなもんじゃねえだろ……お前らの実力は……!
俺は、信じてる……きっと、湯から……上がってくれるって……!)
迫真の頼み込み。
その姿を見てると、バドそのものを撮影したい衝動に駆られる。
そして映像をリムリスに見せてみたい。
幼なじみがゲス顔で盗撮してる現場だもの。
潔癖な人だったら絶縁状を叩きつけそうだ。
(見ろレジス! 動きがあるぜ!)
その言葉を受けて、俺はザナコフに視線を向ける。
彼は隣の美女と何言か話した後、腕を組みながら立ち上がった。
バドが歓喜の声を上げる。
(よっしゃ、遂に来た! 湯から上がってくるぜ)
(楽しそうだな、お前……)
ザナコフと共に、女性たちが立ち上がろうとする。
確かに視覚的には楽しいものが映るだろうが……俺は視線を切った。
一緒にザナコフの下半身も眼に入りそうなんでな。
バドは耐えられるようだが、俺は勘弁願いたい。
それに、俺は前世で覗きはしないと密かに誓ったのだ。
同席するが、加担せず。
(……これだから、やめられねぇ)
仮面の奥から見えるバドの眼は、歓喜に満ちていた。
完全に末期だよぉ。
騎士には絶対に向いてないな。
裏世界の住人でよかったよ。
王国の戦士として表に出せないもの。
(……来るぜ。来い、来い、来い――!)
血走った眼でバドは映写機を握りしめる。
そしてひときわ大きな水音が迸った刹那――
(映写、開始――ッ!)
バドはシャッターを切りまくった。
動画を撮りつつ、静止画を連続で撮影しているようだ。
これでバドも満足だろう。
そう思っていたのだが――
(………………)
バドの手が止まった。
カタカタと、その肩が震えている。
見れば、彼は顔を伏せて呻いていた。
(…………う、う、うぬぉおおおおおおお)
どうした、何のうめき声だ。
感動のあまり声も出ないのか。
しかし、どうも様子が違う。
不審に思い、俺はバドが撮った静止画をチラリと眺めた。
そして瞬時に後悔する。
そこには見慣れたものが写っていたのだ。
そう、ザナコフが共に戯れているのは、女性ではなく――
(――男じゃねえかぁああああああああああああああああッ!)
バド、魂の絶叫。
映写機がメキャリと音を立てる。
その時、バドの口からゴパァと大量の血が吹き出した。
ふさがっていない気道の傷が開いたのだろう。
バドは吐血しながら壁からずり落ちた。
(お、おい……バド!)
俺はバドに駆け寄る。
そして慎重に意識があるかを確かめた。
し、しんでる……!
冗談はともかく、心に傷を負ったようだ。
世話のかかる奴だ。
なぜ護衛人を俺が介助しなければならないのか。
しかし、敵地で倒れるわけにはいかない。
足跡を消し、バドの吐いた血を拭き取る。
そして死人のように項垂れている彼に肩を貸した。
……重いな、何食ってんだ。
まったく、俺までもが艱難辛苦を味わうハメになるとは。
戦意を喪失したバドを引きずり、俺は旅館に帰ったのだった。
◆◆◆
帰ってからしばらくして、ウォーキンスが温泉から上がってきた。
彼女は微弱な火魔法を使い、髪を乾かしながら部屋に入ってくる。
「ふぅ、いいお湯でした。疲れが一気に取れますね!」
メイド服は洗濯中のようで、旅館に貸し出された浴衣を着ていた。
いつもと違う姿に、思わずときめいてしまう。
「ど、どうしました? レジス様。何か変でしょうか」
「いやいや、そんなことはない」
ウォーキンスも普段の服装でないことに気づいたのだろう。
少し気恥ずかしげに裾を押さえた。
湯上り後で紅潮した肌が可憐極まりない。
先ほど見た光景が浄化されるようだ。女神の降臨とはこのことよ。
「レジス様に見つめられると、照れてしまいます」
こっちは甘さのあまり吐血しそうだよ。
いやはや、これだけで旅館に来た意味があった。
俺が頷いていると、後ろからおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「……ちくしょう、ちくしょうめ」
バドだ。
彼は枕に突っ伏して呪詛の言葉を吐いていた。
俺は別に気にしないが、
直に見てしまったバドは強烈なトラウマを植え付けられたのだろう。
女好きであればなおさらだ。
尋常でない落ち込みに、ウォーキンスも訝しむ。
「……あれ、どうなさいました?」
困惑気味のウォーキンス。
そんな彼女に対し、俺は苦し紛れに答える。
「だ、大丈夫だよ。何も聞かないでくれ」
覗きに行って精神的な傷を負ったとは言えまい。
バドはこの世の終わりと言った声を出していた。
「もう、ダメだ……立ち上がれねえよ。
色んな意味で立ち上がらねえよ」
症状は思ったよりも深刻なようだ。
軽口にもキレがなくなっている。
そういえば、バドは美女がいっぱい見れると思って、今回の仕事を受けたんだったな。
本命の目的に裏切られては、意気消沈するのも仕方ない気がする。
「な、何があったかは尋ねませんが。
ひとまずお湯に浸かって来てはいかがでしょう」
コホンと咳払いをして、ウォーキンスは提案してくる。
バドを運んで汗を掻いたことだし、洗い流してくるか。
「そうするよ」
俺が出ていこうとすると、バドもゆらりと立ち上がった。
全身で絶望のため息を吐きながら、俺についてくる。
「俺もさっさと入って寝るわ……」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
苦笑するウォーキンスを残し、俺とバドは温泉に浸かった。
男風呂へ向かおうとしたのだが、バドは足早に混浴へと入っていった。
意気消沈していても変わらぬ本能。
そこはさすがだ。
俺は頷きながらバドの後を追う。
先ほどのトラウマを封じ込めるため、終始腰にタオルを巻くことにする。
身体を洗い、温泉へ身を沈めた。
――心地いい。
酸性泉に近いらしく、少しピリピリとした感覚が広がる。
「……ふぅ」
やはり温泉は素晴らしい。
蓄積した疲労がまとめて吹き飛ぶかのようだ。
少し遅れて、バドも入ってきた。
……仮面をつけたままである。
一貫してるな。
彼はリラックスしながらも、先ほどの一件を悔恨する。
「はぁ……商王の性癖を侮ってたぜ」
「やめろよ、商王って枠組みでくくるのは」
これから会うナッシュって人まで、変な目で見るハメになるだろうに。
王国の貴族にも特異な趣味を持った人が多いけど。
その傾向は商王にも当てはまるようだ。
俺の言葉を受けて、バドは陰鬱な様子で歯ぎしりをする。
「テメェには分からねえ……分からねえよ。
秘蔵写真の中に、見たくもねえ絵が刻まれた俺の気持ちなんてな」
どうやら、一度撮った写真は魔力となり、機械内部に焼き付けられるようだ。
記録された魔素は半永久的に不変であるらしく、消せないようだ。
つまりこれから先、撮った映像や写真を見返すたびに思い出すことになる。
魔素映写機、敗れたり。
しかし、聞き捨てならないことが聞こえた。
「言っておくが、俺は被害者なわけだからな。
護衛の単独行動に付き合って、あんなもん見るハメになって……」
見慣れているとはいえ、到底喜べるものではない。
俺の反論に対して、バドは怒りを露わにした。
「テメーもノリノリだっただろうがよッ!」
「俺はそもそも、敵情視察のつもりで行ったんだよ!」
相手は帝国の味方をする商王だ。
何かあった時、脅せる材料が欲しかった。
本命の目的が根本からして違ったのだ。
「チッ……減らず口ばっか叩きやがって」
バドは肩をすくめる。
そんな彼に、気になっていたことを訊く。
「てか、お前……温泉の中でも仮面付けるのかよ」
「洗う時は外したぜ。その間は顔を血膜で覆って隠してたがな」
ほう、想像しただけで恐ろしい光景だな。
その状態のバドに夜道で出会ったら気絶する自信がある。
「どうしても見られたくないのか?
リムリスさんにも素顔を晒してないって聞いたぞ」
「……ハッ。誰も俺のツラなんざ見たくねえだろうよ」
バドは仮面に手を当て、グッと押し当てた。
後ろ暗いというか、触れてほしくないことが内側に隠されているようだ。
話を変えようと、俺は他の部位に注意をそらす。
「でも、髪色は可愛いな。桜色っていうのか」
そう、バドの髪色は非常に珍しかった。
赤みがかった桜色。
量も多くボサボサな髪質だが、色のせいか見栄えは悪くない。
しかし、本人は不満げに口の端を曲げた。
「あぁ? テメェ、今可愛いって言ったか?」
「いや、でも。染料でその色に染めてるんだろ?」
「こいつは地毛だ。頑固なもんで、黒に染めてもすぐに戻りやがる」
元来が桜色なのか。
貴族の令嬢が羨みそうな体質だな。
しかし、自分で染めたわけではなかったか。
「地毛だったのか。そりゃ悪かった」
「……まあ、どうでもいいことだがな」
ふと、バドは空を見上げる。
それにつられて、俺も月の出た夜空を仰ぎ見る。
露天風呂の良さが如実に実感できるな。
温泉に感じ入っていると、バドが話を切り出した。
「このまま順調に行けば数日で首都に着く。街中では目立つようなことすんなよ」
「……やっぱり馬は使わないのか?」
「関所を抜ける時、向こう側にバレるだろ」
なるほど。
それに、宿駅そのものに見張りを置いてる可能性もある。
徒歩で行くしかないってことか。
「まあ、ここにいる間くらいは、相応の力を貸してやるぜ。そういう契約なんでな」
「ああ、頼むぞバド」
「俺はどんな修羅場でも動じねえ。
この旅の中で、暗殺者殺しの本領を見せることがあるかもな」
バドは喉を震わせて笑う。
土壇場での落ち着きに自信があるようだ。
テンパりやすい俺としては羨ましい限りである。
と、その時――
「ふわぁ……綺麗な空」
明るく可愛い声が入り口から聞こえてきた。
その瞬間、バドの目が見開いた。
彼はすさまじい早さで立ち上がると、入り口へ歩いて行く。
「おっと姉ちゃん。よく来たな。
俺の名はバド・ランティス。帝国騎士の従者だ」
「え……? あ、はい、どうも」
声の主はペコリと頭を下げる。
湯気の切れ目から、その人物の顔が見える。
しっとりとした髪を首の辺りでくくったお姉さんだ。
なるほど、バドはああいうのが好きなのか。
やっぱりリムリスに似てる……とは言わないでおこう。
多分殺られる。
「生真面目な性分からか、俺は騎士道精神の塊と言われててな。
一人の女性を見ると手を貸さずにはいられない。
どうかこの俺に、女神の背中を流させてくれないか?」
歯の浮くようなセリフだ。
帝国の騎士が見たら激怒しそうである。
しかし、あれがナンパの技法なのか。
頭の隅にメモしておこう。
女性の方もまんざらではないようだ。
「そ、そんな……照れますよぉ」
「俺は事実しか言わねえよ。ささ、座ってくれ」
言葉巧みに、バドは女性を座らせる。
そして何回か言葉をかわすうちに、見事に身体を洗う流れに持っていった。
その手慣れた誘導は街中のキャッチセールスを彷彿とさせる。
バドは女性の首や肩、脇腹などを順に下へと洗っていく。
まるで今までの鬱憤を晴らすかのような鮮やかさだ。
しかしまあ……未成年の前だというのに。
よくもそんなことができるもんだ。
ある種感心していると、バドは女性の下半身へと手が伸びた。
「じゃあ、最後に――」
「あっ、そこは……」
女性が頬を染める。
ささやかな抵抗を爽やかな笑みで受け流し、バドは手を伸ばした。
そして次の瞬間――
「――――」
その笑みが凍りつく。
まるで中世の彫刻のようだ。
引きつった顔をするバドに、その女性は言い放った。
「えと、私……男なんです」
次の瞬間――バドはタイルに崩れ落ちた。
重々しい倒れ方だった。
申し開きのできない崩れ方だった。
なんという自業自得。
擁護のできない因果応報。
俺はその人物に頭を下げて、失神したバドを回収したのだった。
部屋にいたウォーキンスがまたしても首を傾げていたが、
浴場でのぼせて倒れたと言っておいた。
この恩を忘れず、後で何か奢って欲しい。
その夜、俺は旅館の人から少し話を聞いた。
なんでも、この近くには美女の集まる店と、
いわゆる男の娘を雇っている店があるのだと。
どちらも旅行貴族や地元の商人からの需要が高いらしい。
そこで働いている人が、頻繁にこの宿へ来たりするのだという。
なるほど、バドが致命傷を負うのもある種必然だったわけか。
納得した。
最初にあのような形で目撃しなければ、バドも悪夢にはならなかっただろうに。
まあ、良い薬になったかもしれない。
リムリスが止めるまでもなかったということで。
――盗撮、ダメ、絶対。
至極まっとうな決意をして、俺は眠りについた。
そして翌日。
生気の抜けたバドを連れ、宿屋を後にした。
温泉都市を出発し、いよいよ待ち人のいる首都へと足を進めたのだった。
次話→11/1
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