第六話 生えた凶刃
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氷結橋を抜けた俺たちだが、苦難は終わっていなかった。
向こう岸の地面が完全に凍りついていたのだ。
どうやら、本来はこの辺りも大水源の一部だったらしい。
溶けない氷をこんな規模で生成していたのか。
氷魔法師ケロンの凄まじさがよく分かる。
感心していると、後ろを歩くバドが忠告してくる。
「ここは既にドワーフの領域だ。気を抜くなよ」
「ああ、わかってる」
ドワーフは縄張り意識が高い。
許可を受けなければ他種族の通行すら認めていない。
出入りできるのは帝国の要人か、連合国の貿易商くらいだ。
「地の利は完全に向こうにあるからな。
鉢合わせても戦いは避ける方向で行くぞ。
下手に反撃したら鉱山中のドワーフを引き連れてきやがる」
「了解……恐ろしいな」
かつてドワーフの傭兵と戦ったことがあるが、
生半可な攻撃ではびくともしなかった。
あのレベルの兵士が数十人、数百人と押し寄せてきたら討ち死には避けられまい。
戦慄していると、ウォーキンスが安心させるように肩を撫でてきた。
「どうしても交戦が避けられない時は、私にお任せください」
そうだ。
相手の戦力は未知数だが、
こちらには最終兵器使用人であるウォーキンスがいる。
この安心感は計り知れない。
「そういえばバド、お前、どんな魔法を使うんだ?」
「風と雷がまあまあ、他は一切使えねえな」
なるほど、偏ってるな。
学院には受かりにくいタイプだ。
まあ、全属性を鍛えてないと通りにくい試験がおかしいんだけどな。
嘆息していると、ウォーキンスがしみじみと呟いた。
「幼少の頃から修行を積まなければ、属性魔法の幅は狭まりますからね。
もちろん才覚がなければ、何歳から鍛錬を積んでも無意味ですけれど」
そう、属性魔法に関しては神経系の発達に似ているのだ。
外界の刺激を魔素に変換することで、属性魔法は発現している。
燃焼反応や帯電などの諸現象。
それらを幼い時から体験させることで、各属性の才能は開花しやすくなる。
しかし年齢を重ねるにつれて、刺激から魔素変換をする能力に鈍りが出てくるのだ。
「しょうがねえだろ。こちとら貧民街の出身なんでな。
賤民には貴族様や魔法師みてーな修行はできなかったのよ」
バドは首を鳴らしながら不平を述べる。
そう、貴族や魔法師の家系であれば、幼少からの鍛錬は際限なく可能。
学院への入学者に貴族が多いのは、金銭面だけではなく、そういった理由もある。
「どうかご自分を卑下なさらず。
幼い時から訓練をしても、一つの属性も扱えない人が多数なのですから」
その通りだ。
確かに幼少時の鍛錬は非常に重要。
しかし、才能が開花するには元々の素養がなければならない。
俺も土と風魔法だけは全然うまくならないし。
どれだけ頑張っても、恐らく下位魔法を唱えるので精一杯だろう。
自嘲するバドに対し、ウォーキンスは客観的な事実を伝える。
「そもそも二属性以上を扱える時点で、魔法師としては間違いなく上位ですからね」
「ほー、ちなみにテメェはいくつ使えるんだよ」
「五行魔法でしたら、全て詠唱できますよ」
「…………」
バドは絶句する。
いや、一周回って呆れていると言うべきか。
五行魔法をムラなく使えることの恐ろしさよ。
彼は肩をすくめ、残りの武器を解説してくる。
「あとは暗器として短剣を使うくらいだな。
残数は20本。俺に戦闘は期待すんじゃねえぞ、めんどいのは御免だ」
そう言って、バドは気だるげにパイプを口に咥えた。
プカプカと煙を吐きながら、美味そうに味わう。休憩タイムか。
しかし、ウォーキンスはバドに重ねて質問した。
「バド様。一番得意な魔法は紹介してくださらないのですか?」
「…………はぁ?」
バドの肩がピクリと動いた。
彼はため息と共に煙を吐き出し、ウォーキンスに視線を注ぐ。
その瞳には疑念の気配が見て取れた。
しかし、対照的にウォーキンスはあっけらかんとしている。
「先日、暴れ狂牛に撃とうとしていた魔法ですよ」
「何言ってんだ。ありゃあ雷魔法をぶっ放そうとしただけだ」
のらりくらりと躱すバド。
俺には真偽の断定はできないが、ウォーキンスは確信しているようだ。
否定するバドを見て、彼女はうっすらと妖しい笑みを浮かべた。
「そうですか。
しかし肉体の『内部』で『流動する』その魔素は、雷魔法には向いてないと思うのですが」
一部を強調して告げるウォーキンス。
その瞬間、バドの顔がひきつった。
仮面の上からでも表情の急変が見て取れる。
彼は動揺した様子で、ウォーキンスを睨みつけた。
「テメェ……なんで見破れる? 人間じゃねえのか」
「少し枠から外れただけで、れっきとした人間ですよ」
「チッ、気に食わねえ……」
バドはウォーキンスに背中を向けた。
どうやら秘匿していたことを当てられてしまったようだ。
バドは俺の視線に気づくと、観念したように言った。
「まあ、どうせこの旅で見せることになるだろうしな。
聞かないでくれや。ネタがバレたら動きにくくなるんでな」
どうやらバドは、隠している魔法自体を快く思っていないようだ。
一線を越えて追及するのは得策ではない。
すぐに分かるのであれば、詳しくは聞かないでおこう。
氷の上を慎重に歩くこと数時間。
ついに氷の大地を渡りきった。
バドと俺は大きく息を吐く。
「ったく……苦行の橋渡りだったぜ」
「いよいよ、ここからドワーフ鉱山の中になるのか」
目の前に広がる無骨な山々。
あちこちに削り取られた岩石が転がっている。
落石でも起きたら確実にお陀仏だ。
また、ところどころに巨大な穴が開いており、
この山の中に坑道が広がっていることが分かる。
さっそく進もうとする俺達だったが、ここでウォーキンスが声をかける。
「バド様。何があるか分かりませんので、パイプはしまって頂けますか?」
「…………へいよ」
バドはなにか言いたげだったが、大人しくパイプを口から離した。
俺達は道の端に寄り、辺りを偵察する。
その時、ウォーキンスが目をすっと閉じた。
俺が訝しんでいると、魔力の発露を感じた。
どうやら探知魔法の範囲を爆発的に拡大したようだ。
彼女は目を瞑ったまま状況を教えてくれる。
「……一本道から採掘場近く。
地上にドワーフの反応はありません」
「ほぉー、この辺はまだ安全ってことかい」
バドは感心した様子だ。
ウォーキンスの詠唱を見て、彼はしみじみと呟く。
「俺の探知魔法は小せぇ家の中を調べるのが限界なんでね。頼りになるぜ」
俺も似たようなものだ。
尾行している人物をあぶり出すので精一杯である。
アレクやウォーキンスみたいに、区画一帯を探知するのは不可能だ。
「煙の匂い……採掘音もします。
どうやら現在、発掘作業中のようですね」
そう言って、ウォーキンスは目を開けた。
偵察としてこれ以上のものはない。
集まった情報を元に、バドが方策を打ち出した。
「坑道の中にいるドワーフが多いってことだな。岩の陰を通って行くぜ」
「それがいいでしょうね」
「……落石には注意しないとな」
地震が起きた日には大落盤は免れまい。
こんな危険地帯、さっさと抜けてしまいたい。
俺達は道に面した岩の陰を素早く歩いて行った。
ウォーキンスの言った通り、一本道でドワーフには鉢合わせることはなかった。
しばらく歩いて、採掘場の近くに出る。
すると、前を行くウォーキンスがピタリと足を止めた。
「止まってください」
「ん?」
「あ? どうした」
俺とバドは首を傾げた。
ここまで順調だったというのに。
疑問に思っていると、ウォーキンスが遠くを指さした。
「探知魔法に……いえ、もう肉眼で見えますね。
あれを――」
彼女の指の先。
かなり離れた上空に、特徴的な竜が滞空していた。
装甲を身に纏っているため、野良の竜ではない。
バドは冷や汗を流した。
「おいおい……マジかよ」
「正統の竜……それも直接戦闘に特化した翡竜ですね」
ウォーキンスの説明に耳を傾け、竜の姿を見やる。
淡い緑色の羽膜。
樹海を思わせる深緑の鱗。
ドラグーンキャンプが誇る騎士団の竜だった。
背中には甲冑に身を包んだ竜騎士も乗っている。
それを見て、バドは舌打ちをした。
「チッ、田舎トカゲが。俺たちを待ち伏せてやがるのか」
「連合国の親帝国派が情報を流したみたいだな」
ドラグーンキャンプは人間に対して、絶対に味方しない。
しかし、向こうから餌をぶら下げるなら動くことはある。
それこそ、誘い文句は何でもいい。
連合国へ与する一派が、ドワーフ鉱山を通行する予定だ――とでも言えば、
憎悪に駆られてドラグーンキャンプの竜騎士がすっ飛んでくるだろう。
連合国そのものへの悪感情を利用した策である。
「……ドラグーンを何よりも嫌う連合国の商王が、竜騎士を利用するたぁな。
昔の商王とはずいぶん気質が違うじゃねえか」
連合国を良く知るバドは愚痴をこぼす。
昔の商王は、たとえ派が分かれていたとしても、
ドラグーンに対する敵対心と愛国心は共有していたそうだ。
だが、時は流れ――商王の座も移り変わり、情勢が変わってきた。
帝国に傾く現在の商王たちは、手段には頓着しないらしいのだ。
俺はウォーキンスに耳打ちする。
「どうする……? 強行突破は面倒なことになりそうだけど」
「お待ちください、何やら様子が変です」
なんだと?
もう一度竜騎士に注目する。
よく見れば、彼らは俺たちを探すでもなく、何かを見下ろしていた。
「あいつら、何かと睨み合ってるみてーだな」
手を額の上に掲げ、バドは目を細めた。
恐らく、その推測は当たっている。
と、ここでウォーキンスが岩の陰から身体を乗り出した。
「様子を見つつ、”吸音石”を忍ばせてきます」
「吸音石……?」
何だそれは。
今までに読んだ書物にも出てきてないはず。
バドに視線で確認してみるが、彼も首を横に振る。
「俺を見ても、聞いたことねえぞ」
だよなぁ。
俺達が怪訝に思っていると、ウォーキンスが懐から実物を取り出した。
濃い紫色の宝石。
然るべき宝飾店で売れば高値がつきそうだ。
「これが吸音石――古代の戦士が”五大迷宮”から持ち出した魔法具の一つです」
魔法具。
前にぶち壊したスコップと似たような代物か。
しかし、古代の戦士って、他人のように言ってるけど。
明らかに――いや、断定はできない。
ウォーキンスは二つの石を高々と掲げる。
そして片方を指差し、淡々と解説した。
「こちらの子石に魔力を込めれば音を拾い、ペアとなる親石に音を送ってくれます」
へぇ、盗聴器みたいなものか。
役には立ちそうだが、迷宮の秘宝にしては地味な気がする。
前に破壊したスコップ並みの効果はないのか。
「なお、子石は証拠隠滅のため、爆破することができます」
「ば、爆破……?」
「はい、込める魔力と吸った音の大きさに依存しますが、まず一区画は消し飛びますね。
その上、親石さえ手元にあれば、何度でも子石を作り出せます」
訂正だ。
とんでもない破壊兵器だった。
爆破テロに最適な品である。
なんてものを携帯してるんだ。
バドも若干引き気味のようだが、冷静に進路方向を指さした。
「じゃあ、設置してきてくれや。あくまでも慎重に頼むぜ」
「お任せください。このウォーキンス、隠密には少しばかり自信があります」
むしろ苦手な分野があるのか。
突っ込みを入れる前に、ウォーキンスは現場へと接近した。
鋭い足取りで岩の陰を移動していき、静かに石を設置する。
そして竜騎士たちに感付かれることなく、風のように戻ってきた。
「置いてきました。すぐに親石へ音声が届きます」
ウォーキンスは俺達の間に吸音石をコトリと置いた。
すると、すぐさま現場の会話が聞こえてきた。
『……のつもりだ。聖地に羽虫で乗り付けやがって』
『鉱山への無断侵入。生きて帰れると思ってはいるまいな』
どうやらドワーフがキレているようだ。
声だけなのに激怒している様子がありありと伝わってくる。
数秒後、遠い残響が親石に響いてきた。
『何をほざく。この大陸はあますところなくドラグーンの庭園。許可など不要だ』
『その通り。地を這う蛮族ごときが、キャンキャン吠えるなよ』
こっちがドラグーンの声か。
竜騎士が上空から挑発しているみたいだ。
「どうやら、竜騎士とドワーフが争っているようですね」
事前通告もなしに鉱山へ飛んできたのか。
相変わらず無茶なことをする。
しかし、竜騎士の声は自信に満ちていた。
『我らは翠牙竜空隊――貴様ら小物など眼中にない。
それくらい察せるだろう? 帝国に尻尾を振る狗どもよ』
『……ッ。貴様ら……ドワーフを愚弄するか!』
怨嗟に満ちた声が聞こえてきた。
鉱山に住まうドワーフは、帝国に従属の形を取らされている。
領分を安堵する代わりに、大量の鉱石や物資を献上させているのだ。
「あーあ、禁句を言っちまったな。交渉の余地がなくなるぜ、こりゃあ」
「ドワーフにとって、帝国は嫌な宗主国ですからね」
しかし、帝国側としてはドワーフの従属に満足していないらしい。
そう――併合を狙っているのだ。
だが、それだけはドワーフが威信にかけて防いでいる。
帝国としても無理に攻めこんで兵力を失うよりは、
現在の支配関係を続け、力を削いでいく方が良いと踏んでいるのだろう。
表立って強硬な併合姿勢は見せていない。
『地に縛り付けられた奴隷どもか。可哀想になぁ』
『黙れ! 言いたいことがあるなら降りてこい! 威勢がいいのは口だけか!?』
新手のドワーフの声。
どうやら、次第にドワーフ側の人数が多くなっているようだ。
異変に気付いて坑道から駆けつけてきたのだろう。
その時、大きな羽音が吸音石から伝わってきた。
どうやら竜騎士の一人が地面に降りてきたらしい。
『地上で退化した貴様らにも、分かりやすく伝えよう。
邪魔をするな――と言っている』
『……なにぃ?』
竜騎士の言葉に、ドワーフたちが殺気立つ。
しかし、竜騎士の声にもまた、激しい怒りが篭っていた。
『貴様らに殺された同胞の敵討ちは終わっていない。
忘れたわけではあるまいな、蛮族めが』
『はっ、鉱山に立ち入った羽虫を墜としただけだ。
今頃、土の養分として鉱山の肥やしになっているさ』
どうやら今までにも衝突が起きていたようだ。
人間と他種族の間で溝があるのは知っていた。
しかし、他種族同士でも不仲の場合があるのか。
『これ以上、我らの邪魔立てをするのなら――』
最終通告として、竜騎士は鋭く告げた。
『この採掘場ごと塵に変えてやる』
『その前にお前らが土に還るだろうがな! 死ねぇ――ッ!』
金属同士がぶつかるような音。
一瞬遅れて、竜の悲鳴がこだました。
どうやら、ドワーフ側が攻撃したようだ。
それに応じて、遠い残響がこだましてきた。
『やる気か、いいだろう。
竜騎士に歯向かったことを後悔して黄泉路を惑え!』
次の瞬間、火炎放射器を束ねたような異音が響き渡った。
ドワーフたちの断末魔の叫びが上がる。
竜にブレスを吐かせたのか。
この応酬を引き金に、激しい戦火の音が炸裂した。
「よっしゃ、こいつは最高の仲違いだ。共倒れを願うぜ!」
隣でガッツポーズを極めている。
嬉しさが顔に表れてるよこの人。
そんな彼の頭上を、流れてきた竜のブレスが通りすぎた。
「ぬおどぅわぁああああああああ!」
慌てて頭を下げるバド。
フードがチリチリと焦げている。
あれは修復に苦労するだろうなぁ。
改めて警戒するが、今のはこちらを狙ったものではないらしい。
と、俺達の隠れる岩の前を多くのドワーフが通りすぎた。
『またトカゲ野郎どもが攻めてきたのか!』
『叩き落とせ! 今日という今日は生きて返すな!』
さらに反対側の坑道からも次々と出てくる。
作業中だった連中が一斉に攻撃に参加するようだ。
どうしたものかと思っていると、ウォーキンスが肩に手をかけてきた。
「意識が互いに向いてる今でしたら、簡単にすり抜けられます」
「見つかるなよ、ややこしくなるのは御免だぜ」
俺は頷いて、二人の後を追った。
慎重に、確実に、ドワーフ達に見つからないように。
作業場を突破すると、また途端に人気が少なくなった。
ただ、ドラグーンキャンプから来ている竜騎士があれだけとは限らない。
俺達は気を引き締めながら、ドワーフ鉱山を踏破していくのだった。
◆◆◆
「激しい衝突があったようですが、ドラグーン側が退いたようです」
異種族の殺し合いをくぐり抜けて歩くこと数十分。
ウォーキンスは親石を耳に当ててそう言った。
どうやらあの後、派手にやりあったらしい。
俺は興味本位で彼女に確認した。
「戦果はどうなったんだ?」
「双方ともに甚大な犠牲。
犠牲者はドワーフのほうが多いようですが、
竜騎士が騎乗していた竜の殺傷に成功したようです」
さすがにドワーフ側が無傷で勝利ってことはないか。
だが、竜騎士にとっての命である竜を撃墜したらしい。
内容的には痛み分けだが、消耗が大きいのはドラグーンの方だろう。
バドは不思議そうに首を傾げる。
「しっかし、空を飛ぶ翠竜をよく落とせたもんだ」
「対空に特化した土魔法があるんだよ」
シャンリーズがアレクにやったのと同系統のものだろう。
相手を地面に叩きつける重厚な拘束。
飛行可能だからといって、ドワーフに勝ち越せるとは限らないということだ。
「ドワーフも侮れねーな」
「もっとも、戦場がドラグーンキャンプでしたら、
逆にドワーフ側が虐殺されていたでしょうけどね」
そう、戦闘において場所というのは非常に重要な鍵となる。
エルフにとっての森林・暗闇。
ドワーフにとっての山岳・岩場。
ドラグーンにとっての海上・空中。
人間が他種族のホームグラウンドで戦った場合、まず勝ちは諦めた方がいい。
それほどまでに戦況を左右するのだ。
「もっとも、四賢級の猛者となれば話は別です。多少の地形などは問題にもなりません」
「ああ、それは把握してるよ……身をもってな」
王都の街という戦闘に不向きな場所で、炎鋼車を一掃したアレク。
エルフの本拠地で、不利をひっくり返して暴れ回ったシャンリーズ。
味方であれば心強いが、敵になったことを考えると――
「……つくづく、旧時代の英雄様には会いたくねえな」
バドは呆れたように呟いた。
確かに、その力は脅威そのものだ。
しかし、過度に怖がることは、あまりしたくない。
そうやって孤独になって、英雄として苦しんだエルフを知っているから。
「しかし、鉱山での戦いが不利なことは分かってるはずなのに……なんで手を出したのかね」
ドラグーンの強硬な態度に、バドは疑念を抱いたようだ。
俺としても気になっていることではある。
すると、ウォーキンスは空を見上げながら答えた。
「ドラグーンは常に不退転。
支配空域を広げるためなら犠牲も厭いませんよ」
そのスタンスが人間にとって脅威になる。
平気で他の領地を飛び回るからな。
思い返せばディン領にも確認を取らず侵犯してきたし。
ドラグーン被害者の会を発足したら、大陸中の各国が喜びそうだ。
「それに、ドワーフとドラグーンの間には確執があります。
戦う大義名分さえあれば、嬉々としてドラグーンが襲いに行くほどです」
確執、か。
ドワーフ鉱山とドラグーンキャンプは地形的に遠くない。
過去に何か問題が起きたんだろう。
「案外、俺たちのことはどうでも良くて、ドワーフに喧嘩を売ろうとしてたのかもな」
「両方でしょう。結果を見ると、親帝国派の意向には沿わなかったようですが」
帝国よりの商王からすれば、肩透かしだったのではないだろうか。
怪しげな旅人を襲うよう誘導したのに、
まったく関係のない土地の保有者に突撃してしまった。
簡単にドラグーンの手綱は握れないということか。
後ろをちらりと見やり、ウォーキンスは胸を撫で下ろす。
先ほどの竜騎士がついてきていないことを確認したのだろう。
「ひとまず、第一の刺客はやり過ごせましたね」
「やり過ごしてよかったのか……?」
今持っている書状の一つは、確実に奪われないといけないのだ。
撃退してしまっては目論見が破綻してしまう。
しかし、ウォーキンスは「大丈夫です」と念を押してきた。
「あのような刺客が本命のはずはありません。
案外、帝国派の商王も期待していなかったかもしれませんよ」
「というと?」
「襲撃の補助要員として考えていたか――
ドワーフにぶつけて互いに勢力を削がせ、
陽動役をこなしてもらおうとしたのかもしれません」
だとしたら、とんだ策士だな。
竜騎士の攻撃一つで複数の目的を達成させたことになる。
これは孔明の罠に違いない。
「……要するに、やられても良い部隊だったってわけか」
むしろ派手にぶつかって人目を引くほど好都合と。
ドワーフに邪魔されず、俺達を襲うことができるのだから。
しばらく歩くと、ウォーキンスが山の向こうを指さした。
「もう少しで連合国の鉱山に抜けます」
「よっしゃ、下山したら好きなだけ吸わせてもらうぜ。
隠密中はパイプを使えねえのが難点だな」
完全に喫煙ジャンキーの発言である。
暗殺者を葬る仕事なんだから、隠遁スキルが必須だろうに。
ため息を吐いた瞬間、俺とバドはあることに気づいた。
「妙な匂いがするな」
「ああ、不快だぜ……」
「人を焼いた時の芳香ですね。
香りが風化していますが、間違いないようです」
一瞬で異臭の原因を当てるウォーキンス。
人を焼き慣れてないと出てこない言葉のように思える。
と、坑道の入り口に大量の人骨が積まれていた。
煤の付いた髑髏がいっぱいである。
「あの辺りが……発生源か」
「あれは古来から続くドワーフの伝統ですね。
あまり表には知られていませんが、歴史は長いですよ」
「で、伝統……?」
ウォーキンスはさらりと答えた。
そして骸骨の一つに視線を注ぎ、詳しく解説してくれる。
「迷い込んだ人間を殺害し、脂を燃料にしています。
採掘中に野良の竜に襲われた時は、そこにある骸を投げ捨てて囮に活用しているとか」
「うわぁ……」
溶鉱炉の燃料にでも活用してるのだろうか。
ドワーフ鉱山の闇は深い。
しかし、他種族の遺骸を利用するのは人間側もやっている。
炎鋼車やシュターリン兄弟の着ていた皮鎧などだ。
うむ……和解はまだまだ難しそうだな。
歩き続けること半日。
岩の陰で休息を取ってさらに半日。
途中ですれ違うドワーフ達をやり過ごし、ついにドワーフ鉱山の終わりが見えてきた。
朝日がギラつく中、俺達は見晴らしのいい場所に出た。
バドが地図を元に辺りを見渡し、あることに気づく。
「……お、ありゃあ下山道じゃねえか?」
どうやらここが、連峰の中で最も連合国に近い山の頂上のようだ。
ドワーフたちの居住地も抜けたため、あとは下るだけ。
鉱山さえ越えてしまえば、そこに広がるのは華やかな連合国である。
思えば長い道のりだった。
俺は安堵の息を吐きながら足を進めた。
と、その瞬間。
一瞬だけ地面が揺れた。
ぐらり、と行動の自由を奪うように――
視界の端にウォーキンスが映った。
彼女は跳躍しながら、空間の切れ目に手を突っ込んでいる。
そして、彼女は大剣を一瞬にして引きずり出す。
――刹那のことで、認識が追いつかない。
なぜ大地が揺れたのか。
なぜウォーキンスは突如として飛び上がったのか。
ふと右を見て――その全てを察した。
「…………………………ぁ?」
バドの胸に、赤い刃物が生えていた。
心臓を貫く致命傷の一撃。
見れば、土の長剣が地面から突き出て、彼の身体を穿っている。
それを見て、すべてを悟った。
ああ、何者からか襲撃を受けたのだと――
「――――バドッ!」
絶叫が鉱山の果てにこだまする。
しかし、名前の主は横たわったままで、ピクリとも動かない。
俺の立ち尽くす地面には、バドの鮮血が流れていた――