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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第七章 旅立ち、連合国編
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第六話 生えた凶刃

次話→10/26(明日)

ご意見ご感想、お待ちしております。




 


 氷結橋を抜けた俺たちだが、苦難は終わっていなかった。

 向こう岸の地面が完全に凍りついていたのだ。

 どうやら、本来はこの辺りも大水源の一部だったらしい。


 溶けない氷をこんな規模で生成していたのか。

 氷魔法師ケロンの凄まじさがよく分かる。

 感心していると、後ろを歩くバドが忠告してくる。


「ここは既にドワーフの領域だ。気を抜くなよ」

「ああ、わかってる」


 ドワーフは縄張り意識が高い。

 許可を受けなければ他種族の通行すら認めていない。

 出入りできるのは帝国の要人か、連合国の貿易商くらいだ。

 

「地の利は完全に向こうにあるからな。

 鉢合わせても戦いは避ける方向で行くぞ。

 下手に反撃したら鉱山中のドワーフを引き連れてきやがる」

「了解……恐ろしいな」


 かつてドワーフの傭兵と戦ったことがあるが、

 生半可な攻撃ではびくともしなかった。

 あのレベルの兵士が数十人、数百人と押し寄せてきたら討ち死には避けられまい。

 戦慄していると、ウォーキンスが安心させるように肩を撫でてきた。


「どうしても交戦が避けられない時は、私にお任せください」


 そうだ。

 相手の戦力は未知数だが、

 こちらには最終兵器使用人であるウォーキンスがいる。

 この安心感は計り知れない。


「そういえばバド、お前、どんな魔法を使うんだ?」

「風と雷がまあまあ、他は一切使えねえな」


 なるほど、偏ってるな。

 学院には受かりにくいタイプだ。

 まあ、全属性を鍛えてないと通りにくい試験がおかしいんだけどな。

 嘆息していると、ウォーキンスがしみじみと呟いた。


「幼少の頃から修行を積まなければ、属性魔法の幅は狭まりますからね。

 もちろん才覚がなければ、何歳から鍛錬を積んでも無意味ですけれど」


 そう、属性魔法に関しては神経系の発達に似ているのだ。

 外界の刺激を魔素に変換することで、属性魔法は発現している。


 燃焼反応や帯電などの諸現象。

 それらを幼い時から体験させることで、各属性の才能は開花しやすくなる。

 しかし年齢を重ねるにつれて、刺激から魔素変換をする能力に鈍りが出てくるのだ。


「しょうがねえだろ。こちとら貧民街の出身なんでな。

 賤民には貴族様や魔法師みてーな修行はできなかったのよ」


 バドは首を鳴らしながら不平を述べる。

 そう、貴族や魔法師の家系であれば、幼少からの鍛錬は際限なく可能。

 学院への入学者に貴族が多いのは、金銭面だけではなく、そういった理由もある。


「どうかご自分を卑下なさらず。

 幼い時から訓練をしても、一つの属性も扱えない人が多数なのですから」


 その通りだ。

 確かに幼少時の鍛錬は非常に重要。

 しかし、才能が開花するには元々の素養がなければならない。


 俺も土と風魔法だけは全然うまくならないし。

 どれだけ頑張っても、恐らく下位魔法を唱えるので精一杯だろう。

 自嘲するバドに対し、ウォーキンスは客観的な事実を伝える。


「そもそも二属性以上を扱える時点で、魔法師としては間違いなく上位ですからね」

「ほー、ちなみにテメェはいくつ使えるんだよ」

「五行魔法でしたら、全て詠唱できますよ」

「…………」


 バドは絶句する。

 いや、一周回って呆れていると言うべきか。

 五行魔法をムラなく使えることの恐ろしさよ。

 彼は肩をすくめ、残りの武器を解説してくる。


「あとは暗器として短剣を使うくらいだな。

 残数は20本。俺に戦闘は期待すんじゃねえぞ、めんどいのは御免だ」


 そう言って、バドは気だるげにパイプを口に咥えた。

 プカプカと煙を吐きながら、美味そうに味わう。休憩タイムか。

 しかし、ウォーキンスはバドに重ねて質問した。


「バド様。一番得意な魔法は紹介してくださらないのですか?」

「…………はぁ?」


 バドの肩がピクリと動いた。

 彼はため息と共に煙を吐き出し、ウォーキンスに視線を注ぐ。

 その瞳には疑念の気配が見て取れた。

 しかし、対照的にウォーキンスはあっけらかんとしている。


「先日、暴れ狂牛に撃とうとしていた魔法ですよ」

「何言ってんだ。ありゃあ雷魔法をぶっ放そうとしただけだ」


 のらりくらりと躱すバド。

 俺には真偽の断定はできないが、ウォーキンスは確信しているようだ。

 否定するバドを見て、彼女はうっすらと妖しい笑みを浮かべた。


「そうですか。

 しかし肉体の『内部』で『流動する』その魔素は、雷魔法には向いてないと思うのですが」


 一部を強調して告げるウォーキンス。

 その瞬間、バドの顔がひきつった。

 仮面の上からでも表情の急変が見て取れる。

 彼は動揺した様子で、ウォーキンスを睨みつけた。


「テメェ……なんで見破れる? 人間じゃねえのか」

「少し枠から外れただけで、れっきとした人間ですよ」

「チッ、気に食わねえ……」


 バドはウォーキンスに背中を向けた。

 どうやら秘匿していたことを当てられてしまったようだ。

 バドは俺の視線に気づくと、観念したように言った。


「まあ、どうせこの旅で見せることになるだろうしな。

 聞かないでくれや。ネタがバレたら動きにくくなるんでな」


 どうやらバドは、隠している魔法自体を快く思っていないようだ。

 一線を越えて追及するのは得策ではない。

 すぐに分かるのであれば、詳しくは聞かないでおこう。


 氷の上を慎重に歩くこと数時間。

 ついに氷の大地を渡りきった。

 バドと俺は大きく息を吐く。


「ったく……苦行の橋渡りだったぜ」

「いよいよ、ここからドワーフ鉱山の中になるのか」


 目の前に広がる無骨な山々。

 あちこちに削り取られた岩石が転がっている。

 落石でも起きたら確実にお陀仏だ。


 また、ところどころに巨大な穴が開いており、

 この山の中に坑道が広がっていることが分かる。

 さっそく進もうとする俺達だったが、ここでウォーキンスが声をかける。


「バド様。何があるか分かりませんので、パイプはしまって頂けますか?」

「…………へいよ」


 バドはなにか言いたげだったが、大人しくパイプを口から離した。

 俺達は道の端に寄り、辺りを偵察する。

 

 その時、ウォーキンスが目をすっと閉じた。

 俺が訝しんでいると、魔力の発露を感じた。

 どうやら探知魔法の範囲を爆発的に拡大したようだ。


 彼女は目を瞑ったまま状況を教えてくれる。


「……一本道から採掘場近く。

 地上にドワーフの反応はありません」

「ほぉー、この辺はまだ安全ってことかい」


 バドは感心した様子だ。

 ウォーキンスの詠唱を見て、彼はしみじみと呟く。


「俺の探知魔法は小せぇ家の中を調べるのが限界なんでね。頼りになるぜ」


 俺も似たようなものだ。

 尾行している人物をあぶり出すので精一杯である。

 アレクやウォーキンスみたいに、区画一帯を探知するのは不可能だ。


「煙の匂い……採掘音もします。

 どうやら現在、発掘作業中のようですね」


 そう言って、ウォーキンスは目を開けた。

 偵察としてこれ以上のものはない。

 集まった情報を元に、バドが方策を打ち出した。


「坑道の中にいるドワーフが多いってことだな。岩の陰を通って行くぜ」

「それがいいでしょうね」

「……落石には注意しないとな」


 地震が起きた日には大落盤は免れまい。

 こんな危険地帯、さっさと抜けてしまいたい。

 俺達は道に面した岩の陰を素早く歩いて行った。


 ウォーキンスの言った通り、一本道でドワーフには鉢合わせることはなかった。

 しばらく歩いて、採掘場の近くに出る。

 すると、前を行くウォーキンスがピタリと足を止めた。


「止まってください」

「ん?」

「あ? どうした」


 俺とバドは首を傾げた。

 ここまで順調だったというのに。

 疑問に思っていると、ウォーキンスが遠くを指さした。


「探知魔法に……いえ、もう肉眼で見えますね。

 あれを――」


 彼女の指の先。

 かなり離れた上空に、特徴的な竜が滞空していた。

 装甲を身に纏っているため、野良の竜ではない。

 バドは冷や汗を流した。


「おいおい……マジかよ」

「正統の竜……それも直接戦闘に特化した翡竜ですね」


 ウォーキンスの説明に耳を傾け、竜の姿を見やる。


 淡い緑色の羽膜。

 樹海を思わせる深緑の鱗。

 ドラグーンキャンプが誇る騎士団の竜だった。

 背中には甲冑に身を包んだ竜騎士も乗っている。


 それを見て、バドは舌打ちをした。


「チッ、田舎トカゲが。俺たちを待ち伏せてやがるのか」

「連合国の親帝国派が情報を流したみたいだな」


 ドラグーンキャンプは人間に対して、絶対に味方しない。

 しかし、向こうから餌をぶら下げるなら動くことはある。


 それこそ、誘い文句は何でもいい。

 連合国へ与する一派が、ドワーフ鉱山を通行する予定だ――とでも言えば、

 憎悪に駆られてドラグーンキャンプの竜騎士がすっ飛んでくるだろう。

 連合国そのものへの悪感情を利用した策である。


「……ドラグーンを何よりも嫌う連合国の商王が、竜騎士を利用するたぁな。

 昔の商王とはずいぶん気質が違うじゃねえか」


 連合国を良く知るバドは愚痴をこぼす。

 昔の商王は、たとえ派が分かれていたとしても、

 ドラグーンに対する敵対心と愛国心は共有していたそうだ。


 だが、時は流れ――商王の座も移り変わり、情勢が変わってきた。

 帝国に傾く現在の商王たちは、手段には頓着しないらしいのだ。

 俺はウォーキンスに耳打ちする。


「どうする……? 強行突破は面倒なことになりそうだけど」

「お待ちください、何やら様子が変です」


 なんだと?

 もう一度竜騎士に注目する。

 よく見れば、彼らは俺たちを探すでもなく、何かを見下ろしていた。


「あいつら、何かと睨み合ってるみてーだな」


 手を額の上に掲げ、バドは目を細めた。

 恐らく、その推測は当たっている。

 と、ここでウォーキンスが岩の陰から身体を乗り出した。


「様子を見つつ、”吸音石”を忍ばせてきます」

「吸音石……?」


 何だそれは。

 今までに読んだ書物にも出てきてないはず。

 バドに視線で確認してみるが、彼も首を横に振る。


「俺を見ても、聞いたことねえぞ」


 だよなぁ。

 俺達が怪訝に思っていると、ウォーキンスが懐から実物を取り出した。


 濃い紫色の宝石。

 然るべき宝飾店で売れば高値がつきそうだ。


「これが吸音石――古代の戦士が”五大迷宮”から持ち出した魔法具の一つです」


 魔法具。

 前にぶち壊したスコップと似たような代物か。

 しかし、古代の戦士って、他人のように言ってるけど。

 明らかに――いや、断定はできない。


 ウォーキンスは二つの石を高々と掲げる。

 そして片方を指差し、淡々と解説した。


「こちらの子石に魔力を込めれば音を拾い、ペアとなる親石に音を送ってくれます」


 へぇ、盗聴器みたいなものか。

 役には立ちそうだが、迷宮の秘宝にしては地味な気がする。

 前に破壊したスコップ並みの効果はないのか。


「なお、子石は証拠隠滅のため、爆破することができます」

「ば、爆破……?」

「はい、込める魔力と吸った音の大きさに依存しますが、まず一区画は消し飛びますね。

 その上、親石さえ手元にあれば、何度でも子石を作り出せます」


 訂正だ。

 とんでもない破壊兵器だった。

 爆破テロに最適な品である。

 なんてものを携帯してるんだ。


 バドも若干引き気味のようだが、冷静に進路方向を指さした。


「じゃあ、設置してきてくれや。あくまでも慎重に頼むぜ」

「お任せください。このウォーキンス、隠密には少しばかり自信があります」


 むしろ苦手な分野があるのか。

 突っ込みを入れる前に、ウォーキンスは現場へと接近した。

 鋭い足取りで岩の陰を移動していき、静かに石を設置する。

 そして竜騎士たちに感付かれることなく、風のように戻ってきた。


「置いてきました。すぐに親石へ音声が届きます」


 ウォーキンスは俺達の間に吸音石をコトリと置いた。

 すると、すぐさま現場の会話が聞こえてきた。


『……のつもりだ。聖地に羽虫で乗り付けやがって』

『鉱山への無断侵入。生きて帰れると思ってはいるまいな』


 どうやらドワーフがキレているようだ。

 声だけなのに激怒している様子がありありと伝わってくる。

 数秒後、遠い残響が親石に響いてきた。


『何をほざく。この大陸はあますところなくドラグーンの庭園。許可など不要だ』

『その通り。地を這う蛮族ごときが、キャンキャン吠えるなよ』


 こっちがドラグーンの声か。

 竜騎士が上空から挑発しているみたいだ。


「どうやら、竜騎士とドワーフが争っているようですね」


 事前通告もなしに鉱山へ飛んできたのか。

 相変わらず無茶なことをする。

 しかし、竜騎士の声は自信に満ちていた。


『我らは翠牙すいが竜空隊りゅうくうたい――貴様ら小物など眼中にない。

 それくらい察せるだろう? 帝国に尻尾を振る狗どもよ』

『……ッ。貴様ら……ドワーフを愚弄するか!』


 怨嗟に満ちた声が聞こえてきた。

 鉱山に住まうドワーフは、帝国に従属の形を取らされている。

 領分を安堵する代わりに、大量の鉱石や物資を献上させているのだ。


「あーあ、禁句を言っちまったな。交渉の余地がなくなるぜ、こりゃあ」

「ドワーフにとって、帝国は嫌な宗主国ですからね」


 しかし、帝国側としてはドワーフの従属に満足していないらしい。

 そう――併合を狙っているのだ。

 だが、それだけはドワーフが威信にかけて防いでいる。


 帝国としても無理に攻めこんで兵力を失うよりは、

 現在の支配関係を続け、力を削いでいく方が良いと踏んでいるのだろう。

 表立って強硬な併合姿勢は見せていない。


『地に縛り付けられた奴隷どもか。可哀想になぁ』

『黙れ! 言いたいことがあるなら降りてこい! 威勢がいいのは口だけか!?』


 新手のドワーフの声。

 どうやら、次第にドワーフ側の人数が多くなっているようだ。

 異変に気付いて坑道から駆けつけてきたのだろう。


 その時、大きな羽音が吸音石から伝わってきた。

 どうやら竜騎士の一人が地面に降りてきたらしい。


『地上で退化した貴様らにも、分かりやすく伝えよう。

 邪魔をするな――と言っている』

『……なにぃ?』


 竜騎士の言葉に、ドワーフたちが殺気立つ。

 しかし、竜騎士の声にもまた、激しい怒りが篭っていた。


『貴様らに殺された同胞の敵討ちは終わっていない。

 忘れたわけではあるまいな、蛮族めが』

『はっ、鉱山に立ち入った羽虫を墜としただけだ。

 今頃、土の養分として鉱山の肥やしになっているさ』


 どうやら今までにも衝突が起きていたようだ。

 人間と他種族の間で溝があるのは知っていた。

 しかし、他種族同士でも不仲の場合があるのか。


『これ以上、我らの邪魔立てをするのなら――』


 最終通告として、竜騎士は鋭く告げた。


『この採掘場ごと塵に変えてやる』

『その前にお前らが土に還るだろうがな! 死ねぇ――ッ!』


 金属同士がぶつかるような音。

 一瞬遅れて、竜の悲鳴がこだました。

 どうやら、ドワーフ側が攻撃したようだ。

 それに応じて、遠い残響がこだましてきた。


『やる気か、いいだろう。

 竜騎士に歯向かったことを後悔して黄泉路を惑え!』


 次の瞬間、火炎放射器を束ねたような異音が響き渡った。

 ドワーフたちの断末魔の叫びが上がる。

 竜にブレスを吐かせたのか。


 この応酬を引き金に、激しい戦火の音が炸裂した。


「よっしゃ、こいつは最高の仲違いだ。共倒れを願うぜ!」


 隣でガッツポーズを極めている。

 嬉しさが顔に表れてるよこの人。

 そんな彼の頭上を、流れてきた竜のブレスが通りすぎた。


「ぬおどぅわぁああああああああ!」


 慌てて頭を下げるバド。

 フードがチリチリと焦げている。

 あれは修復に苦労するだろうなぁ。


 改めて警戒するが、今のはこちらを狙ったものではないらしい。

 と、俺達の隠れる岩の前を多くのドワーフが通りすぎた。


『またトカゲ野郎どもが攻めてきたのか!』

『叩き落とせ! 今日という今日は生きて返すな!』


 さらに反対側の坑道からも次々と出てくる。

 作業中だった連中が一斉に攻撃に参加するようだ。

 どうしたものかと思っていると、ウォーキンスが肩に手をかけてきた。


「意識が互いに向いてる今でしたら、簡単にすり抜けられます」

「見つかるなよ、ややこしくなるのは御免だぜ」


 俺は頷いて、二人の後を追った。

 慎重に、確実に、ドワーフ達に見つからないように。


 作業場を突破すると、また途端に人気が少なくなった。

 ただ、ドラグーンキャンプから来ている竜騎士があれだけとは限らない。

 俺達は気を引き締めながら、ドワーフ鉱山を踏破していくのだった。




     ◆◆◆




「激しい衝突があったようですが、ドラグーン側が退いたようです」


 異種族の殺し合いをくぐり抜けて歩くこと数十分。

 ウォーキンスは親石を耳に当ててそう言った。


 どうやらあの後、派手にやりあったらしい。

 俺は興味本位で彼女に確認した。


「戦果はどうなったんだ?」

「双方ともに甚大な犠牲。

 犠牲者はドワーフのほうが多いようですが、

 竜騎士が騎乗していた竜の殺傷に成功したようです」


 さすがにドワーフ側が無傷で勝利ってことはないか。

 だが、竜騎士にとっての命である竜を撃墜したらしい。

 内容的には痛み分けだが、消耗が大きいのはドラグーンの方だろう。

 バドは不思議そうに首を傾げる。


「しっかし、空を飛ぶ翠竜をよく落とせたもんだ」

「対空に特化した土魔法があるんだよ」


 シャンリーズがアレクにやったのと同系統のものだろう。

 相手を地面に叩きつける重厚な拘束。

 飛行可能だからといって、ドワーフに勝ち越せるとは限らないということだ。


「ドワーフも侮れねーな」

「もっとも、戦場がドラグーンキャンプでしたら、

 逆にドワーフ側が虐殺されていたでしょうけどね」


 そう、戦闘において場所というのは非常に重要な鍵となる。

 エルフにとっての森林・暗闇。

 ドワーフにとっての山岳・岩場。

 ドラグーンにとっての海上・空中。


 人間が他種族のホームグラウンドで戦った場合、まず勝ちは諦めた方がいい。

 それほどまでに戦況を左右するのだ。


「もっとも、四賢級の猛者となれば話は別です。多少の地形などは問題にもなりません」

「ああ、それは把握してるよ……身をもってな」


 王都の街という戦闘に不向きな場所で、炎鋼車を一掃したアレク。

 エルフの本拠地で、不利をひっくり返して暴れ回ったシャンリーズ。

 味方であれば心強いが、敵になったことを考えると――


「……つくづく、旧時代の英雄様には会いたくねえな」


 バドは呆れたように呟いた。

 確かに、その力は脅威そのものだ。

 しかし、過度に怖がることは、あまりしたくない。

 そうやって孤独になって、英雄として苦しんだエルフを知っているから。


「しかし、鉱山での戦いが不利なことは分かってるはずなのに……なんで手を出したのかね」


 ドラグーンの強硬な態度に、バドは疑念を抱いたようだ。

 俺としても気になっていることではある。

 すると、ウォーキンスは空を見上げながら答えた。


「ドラグーンは常に不退転。

 支配空域を広げるためなら犠牲も厭いませんよ」


 そのスタンスが人間にとって脅威になる。

 平気で他の領地を飛び回るからな。

 思い返せばディン領にも確認を取らず侵犯してきたし。

 ドラグーン被害者の会を発足したら、大陸中の各国が喜びそうだ。


「それに、ドワーフとドラグーンの間には確執があります。

 戦う大義名分さえあれば、嬉々としてドラグーンが襲いに行くほどです」


 確執、か。

 ドワーフ鉱山とドラグーンキャンプは地形的に遠くない。

 過去に何か問題が起きたんだろう。


「案外、俺たちのことはどうでも良くて、ドワーフに喧嘩を売ろうとしてたのかもな」

「両方でしょう。結果を見ると、親帝国派の意向には沿わなかったようですが」


 帝国よりの商王からすれば、肩透かしだったのではないだろうか。

 怪しげな旅人を襲うよう誘導したのに、

 まったく関係のない土地の保有者に突撃してしまった。

 簡単にドラグーンの手綱は握れないということか。


 後ろをちらりと見やり、ウォーキンスは胸を撫で下ろす。

 先ほどの竜騎士がついてきていないことを確認したのだろう。


「ひとまず、第一の刺客はやり過ごせましたね」

「やり過ごしてよかったのか……?」


 今持っている書状の一つは、確実に奪われないといけないのだ。

 撃退してしまっては目論見が破綻してしまう。

 しかし、ウォーキンスは「大丈夫です」と念を押してきた。


「あのような刺客が本命のはずはありません。

 案外、帝国派の商王も期待していなかったかもしれませんよ」

「というと?」

「襲撃の補助要員として考えていたか――

 ドワーフにぶつけて互いに勢力を削がせ、

 陽動役をこなしてもらおうとしたのかもしれません」


 だとしたら、とんだ策士だな。

 竜騎士の攻撃一つで複数の目的を達成させたことになる。

 これは孔明の罠に違いない。


「……要するに、やられても良い部隊だったってわけか」


 むしろ派手にぶつかって人目を引くほど好都合と。

 ドワーフに邪魔されず、俺達を襲うことができるのだから。

 しばらく歩くと、ウォーキンスが山の向こうを指さした。


「もう少しで連合国の鉱山に抜けます」

「よっしゃ、下山したら好きなだけ吸わせてもらうぜ。

 隠密中はパイプを使えねえのが難点だな」


 完全に喫煙ジャンキーの発言である。

 暗殺者を葬る仕事なんだから、隠遁スキルが必須だろうに。

 ため息を吐いた瞬間、俺とバドはあることに気づいた。


「妙な匂いがするな」

「ああ、不快だぜ……」

「人を焼いた時の芳香ですね。

 香りが風化していますが、間違いないようです」


 一瞬で異臭の原因を当てるウォーキンス。

 人を焼き慣れてないと出てこない言葉のように思える。

 と、坑道の入り口に大量の人骨が積まれていた。

 煤の付いた髑髏がいっぱいである。


「あの辺りが……発生源か」

「あれは古来から続くドワーフの伝統ですね。

 あまり表には知られていませんが、歴史は長いですよ」

「で、伝統……?」


 ウォーキンスはさらりと答えた。

 そして骸骨の一つに視線を注ぎ、詳しく解説してくれる。


「迷い込んだ人間を殺害し、脂を燃料にしています。

 採掘中に野良の竜に襲われた時は、そこにある骸を投げ捨てて囮に活用しているとか」

「うわぁ……」


 溶鉱炉の燃料にでも活用してるのだろうか。

 ドワーフ鉱山の闇は深い。


 しかし、他種族の遺骸を利用するのは人間側もやっている。

 炎鋼車やシュターリン兄弟の着ていた皮鎧などだ。

 うむ……和解はまだまだ難しそうだな。


 歩き続けること半日。

 岩の陰で休息を取ってさらに半日。

 途中ですれ違うドワーフ達をやり過ごし、ついにドワーフ鉱山の終わりが見えてきた。


 朝日がギラつく中、俺達は見晴らしのいい場所に出た。

 バドが地図を元に辺りを見渡し、あることに気づく。


「……お、ありゃあ下山道じゃねえか?」


 どうやらここが、連峰の中で最も連合国に近い山の頂上のようだ。

 ドワーフたちの居住地も抜けたため、あとは下るだけ。

 鉱山さえ越えてしまえば、そこに広がるのは華やかな連合国である。


 思えば長い道のりだった。

 俺は安堵の息を吐きながら足を進めた。



 と、その瞬間。

 一瞬だけ地面が揺れた。

 ぐらり、と行動の自由を奪うように――




 視界の端にウォーキンスが映った。

 彼女は跳躍しながら、空間の切れ目に手を突っ込んでいる。

 そして、彼女は大剣を一瞬にして引きずり出す。



 ――刹那のことで、認識が追いつかない。



 なぜ大地が揺れたのか。

 なぜウォーキンスは突如として飛び上がったのか。

 ふと右を見て――その全てを察した。



「…………………………ぁ?」



 バドの胸に、赤い刃物が生えていた。

 心臓を貫く致命傷の一撃。

 見れば、土の長剣が地面から突き出て、彼の身体を穿っている。

 


 それを見て、すべてを悟った。

 ああ、何者からか襲撃を受けたのだと――



「――――バドッ!」



 絶叫が鉱山の果てにこだまする。

 しかし、名前の主は横たわったままで、ピクリとも動かない。



 俺の立ち尽くす地面には、バドの鮮血が流れていた――





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