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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第七章 旅立ち、連合国編
116/170

第三話 順調な旅路

 



「……ふぅ」


 牛車の中で修羅のような2日間を過ごした。

 バドとリムリスが気まずい空間を形成し、それに俺たちも巻き込まれる形だった。


 歌人になって場を和ませようとしたのが逆効果だったな。

 今度は短歌をやめて川柳にしよう。


「ようやく着いたな」

「……ふぁーあ。やっぱりこれ、御者が一番疲れるんじゃのう」


 現在は早朝。

 アレクはアクビと共に伸びをした。

 まあ、1日に軽く18時間は走らせてたわけだし。

 走行中、皆は仮眠をとれていたが、彼女だけは常に手綱を握っていた。

 本当にお疲れ様と言いたい。


「どうせ峡谷で休めるんじゃし、さっさと行くぞ」

「そうですね。では、そろそろお二人を起こしましょうか」


 アレクの提案にウォーキンスも頷いた。

 彼女は座ったまま寝ているバドと、

 横になって寝息を立てているリムリスを起こした。


「……なんだ、もう着いたのかよ」

「王国の東北の果てまで、わずか数日で……」


 二人はしみじみと呟いた。

 まあ、俺も最初は驚きだったよ。

 こんなに早く走れる魔獣が存在したなんてな。


 王国には生息していないはずなので、

 恐らくはどこかの秘境から連れてきたんだろう。

 アレクの行動範囲は俺の予想をはるかに超える。


「ったく、ようやく窮屈な分煙からおさらばだぜ」


 バドは意気揚々と馬車の外に出る。

 そしてパイプを口に咥えると、美味そうに煙を吐き出した。

 寝てる間に素顔を確認してみようかと思ったのだが、

 バドは少し近づいただけで眼を覚ましてしまう。


 感覚が鋭敏なのか、あるいは警戒してるのか。

 たぶん両方だろう。


「霊峰まで来たら半分ゴールしたようなもんだろ。

 陸路で行くって聞いた時はうんざりしたが、案外楽なもんだな」


 楽だと断言できるということは、恐らく登山経験があるんだろう。

 しかし、霊峰を越えるのは生半可な覚悟では不可能だ。

 足をすくわれないといいんだが。


「しっかり我輩の後についてくるんじゃぞ。足を踏み外したら即死じゃからな」

「そ、そうなのですか……? 恥ずかしながら、足場の悪い場所は不得手でして」


 リムリスは少し青ざめた。

 山に登ったことがないのかもしれない。

 初めて登山するのが死の霊峰とは、なかなかハードな人生を送ってるな。


 怯えた様子のリムリスを見て、アレクはため息を吐く。

 そして仕方ないとばかりに、ウォーキンスへ声を掛けた。


「最後列は汝に任せてよいか? さすがに我輩だけでは3人も面倒を見きれぬ」

「お任せください」


 そうか。

 前回は素人の俺一人に対し、峡谷出身のエルフが二人だったからな。

 先導するのも比較的楽だったのだろう。


 しかし、今回エルフはアレク一人なのだ。

 全員に眼が行き届かないのも仕方ない。

 アレクは霊峰を見渡し、計算のためか指を折り始めた。


「ま、最短ルートを最速で通れば、深夜には着くじゃろ」

「前と比べてずいぶんと掛かるんだな」

「人数が多い上に、汝以外は親愛の体液を塗りつけられておらんからな。

 恐らく山道は困難を極めるじゃろう」


 親愛の体液がないと、近道を塞ぐ障壁を突破できないんだったか。

 エルフの先導がなければ右も左もわからない状態である。

 しかし、バドは自信満々な様子だ。


「……よく分からねえが、要は山登りだろ。

 そこまで怯えることじゃねえ」


 アレクの案内を受けて、俺達は霊峰に足を踏み入れる。

 すると、開始5分でバドが違和感を覚えたようだ。


「……なんだ、妙にふらつきやがる」

「感覚を狂わせる障壁が張ってあるのじゃ。

 我輩の案内がなければ谷底へ真っ逆さまじゃぞ」


 相変わらず不気味な場所だ。

 富士の樹海を極限まで暗くしたような雰囲気。

 遠くから魔獣の唸り声が聞こえてきたりと、不安を煽るような環境になっている。

 地面の状態も最悪で、滑落する危険を常に伴う。


 本当に、登りづらい山だ。


「……いつ茂みから魔獣が現れるか。怖いですね」

「足元に注意するんじゃぞ。我輩の踏んだ後を歩くように」


 青ざめるリムリスに、アレクは辟易している様子だ。

 しかし丁寧に注意を促すあたり、面倒見が良いな。

 

 ――と、ここでアレクがピタリと足を止めた。

 後ろにいるバドに向かって、彼女は鋭い声で告げる。


「バドとやら。霊峰の中でパイプは吸うな」

「……あ? 何でだよ」

「嗅覚が鋭敏でないと気づけない罠があるのじゃ。それに――」


 次の瞬間、突如として茂みから影が飛び出してきた。

 高速で移動する飛来物。

 注視すると、それは人の胴体ほどもある巨大な蜂だった。

 さすがにバドも面食らったようだ。


「なんだぁ、こいつは」

「は、蜂――!?」


 リムリスは冷や汗を流す。

 蜂は分厚い甲殻を身にまとい、チキチキと顎を打ち鳴らしていた。

 狭い道のため、俺達は動きが封じられている。

 そんな状態を知ってのことか、蜂は一直線に近くのリムリスへと向かって――


「……どいてろ」


 バドがリムリスを引き寄せ、後ろに下がらせた。

 しかし、その動作によって隙が発生してしまう。

 無防備なバドに向かって、巨大蜂が襲いかかろうとする。


 だが――


「――『アキュレイトブリーズ』」


 俺の詠唱よりも早く、アレクが風魔法を撃っていた。

 風の刃が蜂を一刀両断する。


 半身になってもなお食らい付こうとする蜂。

 しかし、地面に落ちた所を狙ってバドが蹴りを入れた。

 斜面へ吹き飛んでいくと、蜂はそのまま谷底へ落ちていく。

 それを見て、バドは苦い表情で呟いた。


「……くそ、なんだってんだ」

「まあ、二人とも無事でよかったよ」


 一件落着。

 しかし、もう少しで大惨事になるところだった。

 アレクはため息を吐いて、バドに警告する。


「見ての通り、煙に気づいた魔獣が寄ってくる可能性もある。

 死にたくなければパイプを仕舞うことじゃな」

「……ああ。分かった」


 それを聞いて、バドはパイプを口から離した。

 名残惜しそうだが、反論の言葉も残さず懐にしまった。

 バドにかばわれたリムリスは、おずおずと彼に声をかける。


「……すまない、バド」

「なに謝ってんだ。呼び寄せたのは俺のせいだ……悪かったな」


 そう言って、バドは前を向いた。

 アレクも嗅覚の鋭敏さを取り戻したようで、先程よりも的確に道を選んでいく。

 それを皮切りに、全員が歩みを再開した。


 物怖じすることなく、どんどん進んでいくアレク。

 その後を恐る恐る追従していくリムリス。

 そして気だるそうに歩くバド。

 少し離れて俺、その後ろにウォーキンス。


 古きRPGを思い出す並びだ。

 最初の酒場で選んだ人選ならチームワークも完璧だろうに。

 王都で選んだこの面子は、衝突することが非常に多い。

 ままならんものだね。


 山道の半ばまで辿り着いた時――

 アレクが断崖絶壁の前で立ち止まった。


「ここからは吊り橋じゃな。

 構造が不安定じゃから気をつけるのじゃぞ」

「ちょっと待て。どこに吊り橋があるんだ?」


 

 おお、以前の俺と全く同じ反応を示している。

 まあ、それも当然。

 吊り橋は障壁で隠され、エルフにしか見えない状態になっているのだから。


「どうせ汝には見えんから説明は省略じゃ。

 さて、ここをどう越えるかじゃな」


 ここに来ると前回のトラウマを思い出す。

 一歩を踏み出すのを恐れていたため、

 しびれ切らしたアレクに対岸へ向かってぶん投げられたのだ。

 あの時はさすがに死を覚悟した。


「レジスとウォーキンスはともかく、

 汝らを浮遊魔法や投擲で運ぶには、ちと重たそうじゃ」


 アレクはバドとリムリスをじっと見つめる。

 まあ、バドは確実に重いだろう。

 身長は高く、筋肉も相当についているように見える。

 リムリスは軽鎧を着込んでいるため、通常よりはるかに重量が増している。


「私は鎧を脱げば良さそうですが……バドはどうしましょう」

「ふむ。これは少し困ったのぉ」


 理論上はアレクの通った足跡を踏んでいけば問題ない。

 しかしこの橋は障壁の力で透けているため、肝心の足跡もつかない。

 アレクが打開策を考えていると、ウォーキンスが名乗りでた。


「――浮遊魔法は不要です。私にお任せください」

「橋を落とすとかはナシじゃからな。エルフが行き来できなくなる」

「無論です」


 アレクの確認に対して、ウォーキンスは涼やかに頷いた。

 何をするつもりだ。

 彼女は吊り橋があると思われる場所に手をかざした。

 そして――


「湖沼凍らす氷魔の息吹。

 凍結の御霊は氷上を踊らん――『アパリションフリーズ』」


 詠唱した瞬間、辺りの物が草木ごと凍りつく。

 そして、目の前に氷の橋が現れた。

 ガチガチに凍らせたのを確認して、ウォーキンスは安堵の息を吐く。


「見えないとしても実体があるのでしたら、凍らせてしまえば形状が分かります」

「おぉ、すごい……しかも、これなら絶対に揺れないな」

「ふ、ふん。我輩も水魔法さえ取り返せば、このくらい朝飯前じゃがな」


 アレクがなにやらウォーキンスに対して対抗意識を燃やしている。

 しかし、ここは素直にウォーキンスを褒めるべきだろう。

 この発想は素晴らしい。


「これでずいぶん渡るのが楽になったぜ」


 賞賛しつつ、バドはさっそく第一歩を踏みだそうとする。

 しかし、ウォーキンスが涼やかな声で止めた。


「少しお待ちを。このままでは滑る可能性があります」


 橋が可視化されたとはいえ、氷で覆われている状態。

 ツルッと滑った日には崖下まで一直線だ。

 ここからさらに渡りやすくできるのだろうか。


 ウォーキンスはすぅっと目を瞑る。

 そして次に目を開けた瞬間、瞳の色が急変していた。


 赤と金を溶かしあったような色。

 放出される魔力も禍々しさに満ちている。

 その状態で、彼女は厳かに詠唱した。


「魔ニテ開闢ス不滅ノ水晶。

 砕カレザルハ無窮ノ魔塊――『イビルクリスタル』」


 鳥肌の立つような魔素が橋を覆い尽くす。

 すると、凍りづけになっていた橋が瞬時に変色した。


 表面に張っていた氷が宝石のような材質に化けたのだ。

 ボロボロの橋が――キラキラとした薄紫色へ。

 しばらく待つと、光を反射する美しい橋になっていた。


「氷の表面を結晶化しました。

 これで普通の橋として渡れるはずです」


 そう言って、ウォーキンスは所定位置へと戻った。

 「もう大丈夫」と言わんばかりに前進を促す。

 しかし、前の二人は足が完全に止まっていた。

 バドは驚嘆しつつも興味ありげに、リムリスは驚愕で顔をひきつらせていたのだ。


「ほぉ、古代魔法か」


 バドはしみじみと呟いた。

 どうやら彼もそれなりの知識を持っているようだ。


 古代魔法。

 アレクは平然と研究対象にしているが、

 本来、王国内では禁忌魔法として使用が禁止されている。


 理由は単純明快――危険だからだ。

 かつてこの大陸にもたらされ、災害を振りまいてきた古代魔法。

 修得方法、効果、影響、その全てが謎に包まれている。


「古代魔法は禁忌指定のはずですが……」


 リムリスが恐る恐るウォーキンスに尋ねる。

 しかし、ここで意外にもバドが割り込んでいった。


「リム。禁忌だとか何とかってのは、王家が決めた偏見だ。

 くだらねえ規律に囚われてんじゃねえよ」

「……わ、わかっているよ」


 バドが諭すように言うと、リムリスはハッとしたように頷いた。

 なんだ、妙にあっさり折れたな。

 リムリスが言葉をつまらせたのも気にかかるが、

 何よりバドが禁忌魔法を容認しているのが引っかかる。


 思案していると、ウォーキンスは柔らかく笑みを浮かべた。


「ご安心を。古代魔法の中でも禁忌に指定されていないものを選びました」

「それはいいが、後で解除できるんじゃろうな?」


 氷漬けになった橋を見て、アレクは冷ややかな視線を向ける。

 あくまでも、隠すために障壁で橋を透明化させているのだ。


 こうやって誰にでも見えてしまっては不都合なのだろう。

 アレクの懸念に対し、ウォーキンスは安堵させるように告げた。


「渡った後はすぐに結晶化を解きます。

 日当たりの良い崖ですし、一日もすれば氷も融解するでしょう」

「ふむ、ならばよし。先に進むのじゃ」


 先導アレク。

 殿しんがりウォーキンス。

 これ以上ない完璧な布陣により、順調に登山は進んだのだった。





     ◆◆◆





 はっきり言って、峡谷への道は至難を極めた。


 転んだ先に底なし沼があったり、

 目に見える地面が実は崖下一直線の急斜面だったりと。

 一度踏み込めば生きて帰れない理由を、真の意味で実感した。


 そして、夕暮れ――


「よし、到着じゃ」

「やっとか……くたびれたぜ」

「長い、旅でした」


 バドとリムリスは疲労困憊な様子で呟いた。無理もない。

 俺も膝が笑っており、少し休まなければ走るのも厳しい状態だ。

 肩で息をしていると、ウォーキンスが気にかけるように近づいてきた。


「大丈夫ですか、レジス様」

「問題ない、ちょっと疲れただけだよ」


 心配してくれるウォーキンスの優しさに、涙が出そうになる。

 彼女は応援するように背中を押してくれた。


「レジス様とバド様と私はこれからが本番です。

 気を引き締めて行きたいですね」

「ああ。でも、今日はここで一泊したいところだ」


 せっかく宿泊できる場所があるのだ。

 強行軍で霊峰を突っ切っても意味がない。

 俺達はアレクの後をついていき、エルフの居住区へと足を踏み入れた。


 しかし、なにか大事なことを忘れているような。

 首をひねっていると、エルフの一人がこちらに気づいた。


「あ、貴様は――ッ!」


 エルフの女性はアレクに気づくと、峡谷一帯に響き渡る指笛を鳴らした。

 さらに殺伐とした掛け声で招集をかける。


「出会え出会え! アレクサンディアが戻ってきたぞ!」

「なにッ!? どこだぁあああああああああああ!」

「捕らえろ! 押さえ込めッ! 生きて帰すな!」


 続々と集結してくるエルフたち。

 その眼には確固たる殺意が篭っていた。


 そうだ、思い出した。

 峡谷を去る際、アレクがとんでもない罠を仕掛けたんだっけ。

 確か、エルフたちに利尿作用のある薬を盛ったのだ。


 武器を構える彼女たちを見て、バドが冷や汗を流す。


「おいおい、なんでエルフが襲ってくるんだ……」

「アレク、確実にお前のせいだ! 謝れ!」


 アレクの後頭部に手を当て、頭を下げさせようとする。

 ただでさえ今回は、エルフにとって部外者の人間を連れてきているんだ。

 下手をすると本気で襲われてしまう。


 俺も一緒に謝るからさ。

 エルフたちにごめんなさいしよう。


「ほら、ごめんなさ――」


 掛け声とともに、渾身の力でアレクの頭を傾けようとする。

 しかし、一ミリも動かない。

 むしろ俺の方が突き指しそうな勢いだ。


 なにお前。

 鋼鉄の首でも持ってるの?

 少林拳を使ったサッカーにでも出場するつもりか。


 アレクは泰然とした笑みを浮かべて挑発する。


「なんじゃ、まだ根に持っておるのか。

 可愛いイタズラじゃと思ってドーンと受け止めてみよ」

「受け止められるかッ!」


 もっともなお言葉だ。

 武器を構えるエルフたちを見て、アレクは好戦的な言葉を贈る。


「ほぉー、我輩とやるつもりか? 手加減はせんぞ」


 そう言って、アレクは魔力の片鱗を見せた。

 チリチリと空気が焼けるような錯覚。

 膨大な魔素が顕現した時に見られる光景だ。


 実力行使が通じないことは、身を以って知っているのだろう。

 エルフたちは武具を下ろし、渋々と話を窺ってくる。


「何をしに来た? 見知らぬ人間を引き連れて。

 聖地を売るつもりなら、身命を賭してでも貴様の喉を食い破るぞ」


 エルフたちは真剣な眼差しを向けてくる。

 俺とアレクだけならここまで警戒はしないんだろうけど。


 今回は見た目からして不審なバドと、

 王国貴族とひと目で分かる格好をしているリムリスを連れているのだ。

 エルフたちが用心しているのも頷ける。


「なに、我輩も来たくて来たわけではない。

 ただ、霊峰を越える必要があったのでな。中継地点として訪れただけじゃ」

「……なんとはた迷惑な」


 エルフたちはため息を吐いた。

 その隙を見計らい、俺はエルフの群衆を見回す。

 よく見知った顔がいないな。

 俺はエルフの一人に尋ねる。


「そういえば、イザベルとジャックルはどこにいるんだ?」

「あの二人は南西の里に視察へ行っている。魔力の変動があったらしいんでな」

「峡谷にいないのか」


 それは残念。

 ジャックルかイザベルがいれば話を通しやすいんだけど。

 魔力の変動って……なにか起きたのだろうか。


 そっちも気にかかるが、まずは目の前のことだ。

 俺は全身で切実さを表現して頼み込んだ。


「峡谷を通らないと連合国に行けないんだ。どうか、頼む」

「…………少し待て」


 そう言って、エルフの一人が後ろを向いた。

 そして、今出てきているエルフの間で会議が行われる。

 ゴニョゴニョと声を伏せているが、一部声が漏れてきた。


『部外者を峡谷に入れるなど許されん』

『じゃあ、アレクサンディアを追い払うか?』

『誰がやるんだ。私は嫌だからな』

『通行くらいなら容認して、すぐに出て行かせた方が――』


 俺にも聞こえるということは、当然アレクには筒抜けということである。

 彼女は追い立てるように拳をバキバキと鳴らした。


 すると次の瞬間――

 エルフたちが冷や汗を掻きながら満場一致で頷いた。

 咳払いをして、一人の女性が譲歩するように告げてくる。


「……いいだろう。

 ただし、もしこの人間たちが峡谷の存在を外に漏らした時は――アレクサンディア。

 貴様が咎を受けるのだぞ」

「うむ、よかろう」


 アレクは涼しい顔をして答える。


 責任はきっちり取ると明言した。

 これでさすがに無茶はしないだろう。

 エルフたちの安堵の表情からは、そんな思いが見て取れた。


「では、さっさと行け」


 道を開けるエルフたち。

 しかし、アレクはきょとんとした顔になる。


「いや、今日はここに一泊させてもらうぞ?」

「……は?」


 エルフたちが心の底から疑念の声を上げた。

 しかし、アレクの方も「なにかおかしいことを言ったか?」と首を傾げる。


「どうせ峡谷を通るのなら休んだ方が得じゃろ。

 夜に山越えは危険じゃからな。

 他の者の疲れも蓄積しとるようじゃし」


 アレクはちらりと俺たちを見てくる。

 実際、俺も休みたいと思っていたところだ。

 顔が半分見えないバドはともかく、リムリスも疲労困憊に見える。


 一方、ウォーキンスはまるで疲れていないようだが。

 やはりこの使用人……恐ろしい。


 アレクの物言いに対して、

 エルフたちは声を震わせながら止めようとする。


「……ちょ、ちょっと待て。それは認められ――」

「あと、明日から我輩、しばらく峡谷に滞在するからの。

 大屋敷を研究室に使わせてもらうのじゃ」

「ふ、ふざけるなぁああああああああああ!」


 エルフたちは渾身の力で叫んだ。

 その絶叫たるや、まさに魂の咆哮。

 アレクに反逆せんと、彼女たちは反骨精神を見せた。


 もう、強者に屈するだけではない。

 そう感じさせてくれる、力強い拒否だった。


 すると、その瞬間。

 アレクの目がギラリと輝いて――






 結論から言おう。

 アレクの意見は通った。


 いや、強制的に押し通したというべきか。

 要求を呑まされたエルフたちの眼は、完全に死んでいた。


「……もう、どうにでもしてくれ」

「申し訳ないッ、本当に申し訳ないッ!」


 俺はアレクの代わりに魂の謝罪を行う。

 こうして、エルフたちの心労の末、峡谷お泊りが決定したのだった。



 ……正直、すまんかった。


 

 


次話→10/23(明日)

ご意見ご感想、お待ちしております。





【以下、ご報告】

ディンの紋章2巻、発売日まであと2日――

なのですが、一部書店ではもう並んでいるとか。

都会すごい。

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