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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第六章 領海の脅威編
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エピローグ

 国王との密談を終えた後。

 俺はリムリスの手引きのもとで、皆の元へ戻った。

 帰りの馬車の中、テレパスで国王の意図するところをアレク達に伝えた。


 声や筆談で伝えてもいいけど、万が一盗聴されたらまずい。

 メガテレパスの有用性を再確認した次第だった。

 ただ、話を聞いてもアレクは国王へ不満を漏らしていた。


 難しいところだな。

 苦慮しつつ、俺達は屋敷へ帰還したのだった。

 一週間の準備期間で、必要な物を揃えるために――




 屋敷に戻った後、アレクとウォーキンスは二人で私室へ入っていった。

 珍しいな、あいつらが自発的に行動を共にするとは。

 シャディベルガは王立図書館から借り受けた書物を整理していた。

 連合国に関する文献らしく、俺が読みやすいようにまとめてくれているらしい。


 俺はその間、セフィーナの部屋を訪ねていた。

 連合国へ赴くことを報告するためだ。


 部屋に入ると、彼女は椅子に座って紅茶を飲んでいた。

 晴れやかな疲労感を思わせる息を吐いている。

 散歩でもしてきたのだろうか。


「さっきまで何してたんだ?」

「……素振り。だいぶ鈍ってて悔しかった」


 見れば、セフィーナのベッドの横にはショートソードが立てかけてあった。

 年季が入っているようで、鞘が色あせている。

 それにしても、素振りて。


「いきなり剣を振るのは身体に障るんじゃないか?」

「……平気。むしろ、少し身体を動かした方がいい」


 端的にそう呟いた。

 お転婆なところがあるとウォーキンスはよく嘆息していたが、

 あながち間違っていないのかもしれない。


 そういえば、セフィーナは王国で有数の剣士だったんだっけ。

 剣の鍛錬をしたくなるのは当然か。

 まあ、病魔は完全に去ったので、そこまで咎めることでもない。


 それよりも、俺は彼女に伝えることがあるのだ。

 セフィーナの正面に座り、俺は話を切り出した。


 勅命があったことを伝えた時点で、セフィーナは表情を曇らせた。

 俺が何を言いたいのか勘づいたのだろう。


「……もしかしてレジス。またどこか行っちゃうの?」

「ああ。連合国に届け物をしてくるよ」


 しかし、セフィーナはピンと来ないようだ。

 まあ、隣接すらしてない国だしな。

 連合国に熟知した貴族なんて、一部の物好きか貿易趣味のある奴くらいのものだろう。

 セフィーナは首を傾げながら訊いてくる。


「……危険?」

「分からない。けど、順調に行けばすぐに帰ってこれるよ」


 順調に行けば数ヶ月。

 少し手間取っても、半年あれば戻ってこれるはず。

 最短ルートを進むわけだし、そんなに掛からないだろうけどな。


「……色々な所に行こうと思ってたのに」


 とても残念そうな様子だ。

 色々と頭の中で企画していたのかもしれない。

 がっくりと肩を落とすセフィーナに慰めの言葉をかけておく。


「親父は残るから、水入らずで楽しんでくれよ」


 シャディベルガと積もる話もあるだろう。

 俺がいない間、存分にイチャイチャしておくと良い。

 しかし、セフィーナの顔はどこか浮かない。


「……うん。でも、シャディが振り向いてくれるかどうか不安」

「心配しすぎだと思うぞ」


 一に嫁、二に嫁、三に嫁。

 そんな気迫すら感じさせる愛妻家のシャディベルガを捕まえて、一体何をおっしゃるのか。

 ドゥルフを相手に激昂した時の彼を見せてやりたいほどだ。

 セフィーナは顔を俯けて、ボソボソと呟いた。


「……私、いっぱい寝てたから。

 シャディの本の量も明らかに増えてた……」


 それは仕方ないと思うんだがね。

 彼女がいようと、嫁がいようと、持ってる人は持ってるものだ。

 例えば前世、俺の親父だって――


 いや、どうだったか。

 そういえば、俺は親父の部屋をまともに見たことがなかった。

 就職浪人になった後は、顔を見せるだけで唾棄されていたからな。


 まあ、もし俺に伴侶ができていたとしても、

 間違いなく積みゲーの数々は捨てなかっただろうし。

 やっぱり必要なものだと思うよ、俺はね。

 セフィーナは指先でティーカップの縁をなぞりながら懸念を吐露した。


「……愛想を尽かされてないか、心配。

 私が起きてからも、シャディは遠慮するようなことを言うから……」

「大丈夫。母さんの身体を心配して、気遣ってるだけだよ」


 セフィーナは十五年にも渡って寝込んでいたのだ。

 シャディベルガの性分から言って、

 病み上がりの嫁をあちこち連れ回したり会話に付きあわせたりするのは好まないだろう。

 俺の言葉で少し安堵したのか、セフィーナは少しだけ顔を明るくした。

 まあ、相変わらずの無表情なんだけど。


「……そうかな、大丈夫かな」

「ああ。後ろから抱きついて『今夜は寝かせない』とか言っておけばイチコロだよ」


 冗談のつもりで言ったのだが、セフィーナは真剣に考え込む。

 そして決意するように頷いた。


「……やってみる。練習しておかないと」


 リハーサルを設けてまでやることなのか。

 苦言を呈しかけたが、ひとまず様子見しておく。

 するとセフィーナは、頬を少し紅潮させて呟いた。


「今年は寝かせない……今年は寝かせない」


 年単位の愛でしたか。

 シャディベルガが不眠と腎虚で死んじゃう。

 さすがの俺も、死因が腹上死の人の葬式を開くなんて仕打ちはできないよ。

 まあ、本の方に向いていた意識がごっそり集まると思えばいいか。


 セフィーナは飲み終えたティーカップを置く。

 そして小鳥のように首を傾げた。


「……いつ出発する予定?」

「一週間後かな。それまでの間に色々と連合国のことを調べとくよ」

「……そう」


 セフィーナは寂しそうな顔になる。

 彼女はしばらく虚空を見つめていたが、一つ頷いて俺を手招きしてきた。


「……レジス、ちょっとこっちに来て」

「ん?」


 よくわからないが、とりあえずセフィーナの横に行く。

 すると、彼女は俺の手を軽く握ってきた。

 優しく柔らかな感触に包まれる。

 セフィーナは魔力を発現させ、言葉とともに俺へ送り込んできた。


「日輪と十六夜を駆ける始まりの神よ。我が童に庇護の祝福を――」


 詠唱にも似た祈り。

 しかし、特に変化は起きなかった。

 どうやら魔法を使ったわけではないようだ。


「今のなに?」

「……私の故郷のおまじない。レジスが無事に帰ってくるように」


 安全を祈ってくれてたのか。

 そいつはありがたい。

 ただ、前々から気になっていたことがある。


「そういえば、母さんの出身地ってどこなんだ?」


 シャディベルガはこのディン領だろう。

 しかし、セフィーナや彼女の姉がどこで生まれたかは聞いたことがない。

 しばらく考えた後、セフィーナは淡々と答えた。


「……王都。でも、私の祖父の出身は違う」

「ってことは、ジルギヌス家は移民が創始した家なのか?」

「……祖母は王国出身。でも、確かにそう」


 移民か。

 珍しいことではないが、貴族まで上り詰めたとなると話は別だ。

 他国から来たのか他大陸から来たのかにもよるだろうが、

 どちらにせよ移民から成り上がった貴族というのは前例がないだろう。

 王都貴族がなぜジルギヌス家を嫌っていたのか、少し分かった気がする。


「ちなみに、母さんの祖父の故郷がどこかっていうのは?」

「……知らない。

 でも、さっきのおまじないや『レジス』の名前は、祖父の故郷のもの」


 なるほど。道理で聞き覚えのない祈りだったはずだ。

 あと、俺の名前も何か由来があったんだっけ。

 確かセフィーナの故郷の言葉で『怒涛』って意味だったはず。

 言語からして違うってことは、他大陸の可能性が高いか。


 まあ、出自を気にしても仕方ない。

 問題はどう生きるかだよ。

 俺は前世でも、どれだけ幸福に生きてきたかを測るQQLを大事にしてたからな。

 QQL――積みゲーからの知識だが、すなわちキュン・キュン・ロリータの略と聞いている。


 かつて職質された時にこの話をした時、

 巡査長にかわいそうな目で見られたが、未だにその理由は判然としない。

 幸せな人生を希求する俺が眩しくて直視できなかったんだろうよ。

 頷いていると、セフィーナは悔しそうにため息を吐いた。


「……レジスが頑張ってるのに。何もできない自分が恨めしい」

「いやいや、気持ちだけで十分だよ。ありがとう」


 そこにいてくれるだけで、安心できる存在。

 俺にとって妹がそれだったが、セフィーナも例外ではない。

 セフィーナは名残惜しそうに俺の袖をつまむ。

 そして、切実そうに顔を見上げてきた。


「……無事に帰ってきてね。待ってるから」

「もちろんだ」


 力強く答えて、このディン領に帰ってくることを誓ったのだった。




     ◆◆◆





 数日後。

 出発まであと1日となった。


 ディン家の書庫にあった本、

 及びシャディベルガが借りてきてくれた文献――

 連合国に関係のありそうな書物をかたっぱしから読んでいたのだが、

 ついに今日、読破が完了した。

 

 突貫工事のような暗記レースだったが、

 なんとか連合国の基本的な情報や勢力図について把握できた。

 まあ、いかんせん知識だけなので、実際に目にしないと分からないこともあるだろうけど。

 できることはやりきった。


 読み終えた本を積み重ね、シャディベルガに返却した。


「おや、レジス。もう読み終わったのかい?」

「ああ。なんとかな」


 シャディベルガは少し驚いたような表情をしていた。

 俺もギリギリまでズレこむことを覚悟してたけど。

 前世と今世でさんざん本を読んできたのが功を奏したらしい。


 それ以前に、俺は速読の技術は昔から会得していた。

 かつて受験勉強をしていた際に身につけたものである。

 牡蠣によって受験生命を断たれたが、まさかこんな所で役に立つとはな。

 人生わからないものだ。


「……しかし、災難だったね」

「ん? ああ、今回のことか」


 確かに災難以外の何物でもない。

 船乗りのために動いてたつもりが、いつの間にか他国への勅使に任命という。

 ここまで綺麗に厄介事へ巻き込まれたのは初めてだ。

 

 この一週間、シャディベルガとはさんざん愚痴を交わし合ったわけだし。

 今さら改まって伝えることはない。

 俺は肩をすくめながら、シャディベルガに微笑みかけた。

 

「家を空けてる間、領地のことは頼んだよ」

「ああ、任せてくれ」


 頼もしい返事だ。

 いつも誠実に物事に立ち向かう彼の姿勢は、素直に凄いと感じる。

 領民から慕われるのも分かるというものだ。


 満足気に頷き、俺は退室しようとする。

 明日に向けて準備の仕上げが残っているのだ。

 しかしその直前で、あることを思い出した。

 俺はゆっくりと振り向いた。


「あと、親父――」

「なにかな?」


 きょとんとした顔をするシャディベルガ。

 そんな彼に、俺は最大限の憐憫を込めて呟いた。


「――死ぬなよ」

「えっ…………え!?」


 シャディベルガは困惑で素っ頓狂な声を上げる。

 ここから試練が始まることに、未だ気づいていないようだ。

 俺が帰ってきた時に干からびていないことを祈ろう。

 注意も終わったことだし、用件は済んだ。


「それじゃ、俺は準備に戻るよ」

「さ、さっきのはどういう意味なんだ!?

 こら、レジス! 答えてから行くんだぁああああああ!」


 シャディベルガの困惑に満ちた声を背に、

 俺は自室へと戻ったのだった。




     ◆◆◆



 時は深夜。

 ひと通りの準備は終わった。

 念のため、応急処置の道具は多目に作っておいた。


 途中で書状を奪われないといけないからな。

 少なからず危険が伴う。

 止血帯の制作に使った工具を戻すため、俺は倉庫へと向かう。

 するとその途中、ある部屋から光が漏れているのを見つけた。


 ウォーキンスの私室だ。

 この時間まで起きているのは珍しい。

 たいてい深夜の見回りは小間使いが行うというのに。


 気になって近寄ってみると、ウォーキンスの声がした。

 どうやら誰かと話しているようだ。


「と、言うわけで――動きは以上です。異存はありますか?」

「ない。そこは汝の好きにせよ」


 アレクと話してるのか。

 ここ一週間、彼女たちは一日中話し合い、熟議を重ねていた。

 てっきり夜は寝ているものと思っていたのだが、こんな深夜にまで食い込んでいたとは。

 話からするに、連合国への道の確認を行っているようだ。


 連合国の地理に話が及んだ所で、アレクが疑問を投げかけた。


「ちなみに、リムリスとやらが連れてくる護衛はどの程度の腕なのじゃ?」

「分かりませんが、そこまで期待しない方がいいでしょうね」


 ウォーキンスは淡々と答える。

 これだけ長い間話しているのだから、距離も接近したはず。

 そう思ったのだが、彼女たちのやり取りは非常に事務的だ。

 本意ではないが、必要性に迫られて臨んでいる、と言った感じである。

 どうすれば二人の仲が改善するんだか……悩みどころだ。

 ウォーキンスの意見を聞いて、アレクは同調したように頷く。


「まあ、あの暗愚が選んだボンクラ騎士を同行させられるよりはマシじゃろ」


 ボンクラ騎士て。

 王都にいる騎士団をなんだと思ってるんだ。

 ミレィが聞いたら憤慨しながらレイピアを振り回すに違いない。

 次に、アレクは脅威の存在を指摘する。


「あと、一つ伝えておくが――シャンリーズがレジスを狙っておる」

「聞き及んでいます」


 そうだった。

 シャンリーズが襲ってくる可能性もあるのか……。

 勘弁してくれよ。ただでさえ連合国の親帝国派への対応に追われてるのに。

 あんなのとバッティングしたら、任務がまとめて水泡に帰してしまう。


「どうじゃ、対応できそうか?」

「私は水魔法が使えます。

 魔剣刃で押せば相討ち以上には持ち込めるでしょう」


 さすがウォーキンス、互角以上の戦いをする自信があるようだ。

 ただ、相討ちになる可能性を示唆する辺り、シャンリーズを格下とは思っていないらしい。

 強気なウォーキンスの返答に対し、アレクは忠告する。


「誓約魔法で自身を強化しておるからな。

 我輩と戦った時以上に、しぶとく強くなっておるじゃろう」

「可能な限り対応します」


 そう、シャンリーズは恐らく以前より力が増している。

 その上、エルフの峡谷という地形の利点も今回は活かせない。

 俺が出会った日には、洒落じゃなくコンマ数秒でバラバラにされそうだ。

 しかし、ここでウォーキンスは怖気づくどころか、妖しく笑った。


「もっとも――彼女が私を攻撃できるかは怪しいところですけどね」

「……じゃな」


 ウォーキンスの言葉に、アレクは冷や汗を流しながら頷いた。

 なんだ、シャンリーズがウォーキンスに攻撃できない理由でもあるのか?

 可能性を考えてみたが、一つも考えつかない。

 あのシスコン四賢が攻撃をためらう絵が想像できないのだ。

 ただ、ウォーキンスは確固たる自信があるらしい。


「むしろ、貴方が堂々と私の前に姿を現せたことに驚きです」

「あれは偶然じゃったろ。事前に知っておれば回避しておったわ。

 屋敷での鉢合わせは――突き詰めれば両者に非があろう」

「そうですね。失礼しました」


 ウォーキンスは苦笑する。

 毒気のない態度に、アレクは非常にやりづらそうだ。

 彼女は地図を取り出し、ウォーキンスの前に示した。


「ところで汝よ、連合国の地理は大丈夫か?」

「500年以上前の記憶に頼っていいのでしたら」

「……町並みどころか、そこまで時代が開くと国自体が違うじゃろ」


 至極もっともなご意見だ。

 邪神大戦の前は、まだ連合国そのものが存在していないのだから。

 江戸時代に発刊されたグルメ瓦版を手に、現代のラーメン屋を回るようなものだ。

 アレクはため息を吐く。


「まあ良い。

 これは連合国をよく知る護衛に任せるのが良いじゃろうな」

「そうですね」


 結局他人任せかい。

 まあ、そっちの方が確実なら迷うことはない。

 情報の正確性が重要なのだ。


「転移魔法は、どうじゃ?」

「連合国に魔法陣を設置していませんので、不可能です」

「……ふむ。距離の問題もあると聞くしのぉ」


 転移で一足飛びに行くのは不可能なのか。

 一番確実に到達できそうだったのだが、条件が整っていないのなら仕方ない。

 その後も色々と話題を重ねて、二人は対策を練っていた。


 そして最後、商王の勢力図を確認し終えた所で、

 二人は大きく息を吐いた。

 どうやら大方の会議は終了したらしい。

 ウォーキンスは大きく伸びをして尋ねる。


「確認としては以上でいいですか?」

「うむ。しかし、一つだけ言っておきたいことがあるのじゃ」


 アレクはあくびをしながら言った。

 なんでしょう、とウォーキンスは首を傾げる。

 すると、アレクは射抜くような視線を彼女に叩きつけた。


「――レジスを壊すなよ」


 ゾッとするような、凄惨な威圧感。

 魔力を出しているわけでもないのに、俺は全身に鳥肌が立ったのを感じた。

 しかし、ウォーキンスは顔色一つ変えずに即答する。


「言われずとも、承知しています。

 しかし、相変わらず信用がありませんね」

「当たり前じゃ。それだけのことを汝はしてきたんじゃからな」


 その一言で、二人の間に剣呑な空気が流れた。

 旅を前にして、ここで険悪化するのは避けたい。

 俺は偶然を装って部屋の中へ入った。


「よ、まだ起きてたのか。

 たまたま通りがかってな。何の話してたんだ?」


 右手には工具箱。

 そして長年の就職浪人生活で培った猫かぶりの演技力。

 見抜かれるはずもない。

 自信に満ちていた俺だったが、アレクはジト目を向けてきた。


「ずっと聞き耳を立てておいて、それはなかろう……」

「えっ」

「私もアレクサンディアも、簡単な探知魔法を常時発動しているのですよ?」


 二人とも気づいてたのかよ。

 というか、よくもまあ探知魔法を常に発動してられるな。

 魔力を馬鹿みたいに喰うというのに。

 恐れおののいていると、アレクが不本意そうに告げてきた。


「レジスよ、連合国へはこの女がついていくことになった」

「よろしくお願いします。

 このウォーキンス、命に替えてもレジス様をお守りいたします!」


 頼むから命までは賭けないでくれ。

 あくまで自分の安全を第一に考えて欲しい。 

 ウォーキンスの役目を告げ、アレクは自分の役割を解説してくる


「我輩は霊峰まで案内した後、そこで待機する。

 汝がいない間にディン領で何かあれば、我輩が何とかしてやらんこともない」

「おお、ありがとう。アレク」


 アレクとウォーキンスが同時に領地を離れるのは少し不安だった。

 しかし有事の際、すぐに彼女がすっ飛んで行ってくれるのなら百人力だ。


 アレクとしても、何かあって研究所が打ち壊されたら困るのかもしれない。

 あくまでも俺達のためではなく、彼女の目的のためなのだろう。

 表向きはな。


「ククク、もっと称えるが良い」


 アレクは胸を張って称賛を要求してきた。

 いいだろう、褒め上手を自負する俺に任せておけ。


「お前がいてくれれば一生安泰だ」

「…………ッ。もっとじゃ、もっと!」


 予想以上に嬉しかったようだ。

 アレクは目を輝かせ、更なる褒め言葉を欲しがる。

 はは、この欲しがり屋さんめ。

 褒め殺しのプロに本気を出させようというのか。


「お前の身体って武闘に向いてそうだよな。

 回避もしやすそうだし、まさに天賦の才だ。頼りにしてるぞ!」

「そうじゃろう! 偉大なる我輩を敬うのじゃ!」


 アレクは満面の笑みで頷いた。

 喜びのあまりか、俺の背中に飛びついてきた。

 首に腕を回して頬ずりしてくる。


 こいつ、本当にこの体勢が好きだな。

 初めて会った時から、おんぶをしろと言ってきたほどだし。

 まあ、悪い気はしないからいいんだけどさ。

 天真爛漫に嬉しがるアレクを見て、ウォーキンスはボソリと呟いた。


「回避しやすいというのは、つまり胸が無い……いえ、なんでもありません」

「あ゛?」


 アレクが底冷えのする声を出す。

 次の瞬間、首がメキャリと音を立て、俺の意識は見事に刈り取られた。

 なんで俺に被害が及ぶんですかね……。


 危うくウォーキンスの私室と俺の首が全壊しかけたが――

 無事、連合国へ向かう準備は整ったのだった。





     ◆◆◆


 翌日。

 早朝から屋敷の前にディン家の住人が集まっていた。

 小間使いを含め、見送りをしてくれるようだ。

 俺とウォーキンスに対し、アレクが確認してくる。


「王都まではウォーキンスの転移魔法。

 その後、峡谷までは我輩の暴れ狂牛で行くのじゃ」

「ああ、了解」


 考えうる限りの最短時間で移動できそうだな。

 あまり長旅になっても困るので、喜ばしいことである。

 ウォーキンスは手記を確認しながら、一つ付け加える。


「王都に到着したら、そこで必要な物を受け取りましょう」

「うむ、護衛も王都で拾えそうじゃな。好都合好都合」


 護衛か。

 どんな人物なのか全く聞いてないな。

 頼むからまともな人であってくれよ。

 フリじゃないからな。


 切実に願いながら、ウォーキンスの詠唱を待つ。

 と、ここでセフィーナとシャディベルガが声を掛けてきた。

 やはり懸念があるのか、不安そうな様子だ。


「……レジス。ウォン。アレクサンディア。気をつけて」

「無理はしなくていいからね。無事に帰ってきてくれよ」

「大丈夫だよ。届け物一つで大げさだって」


 可能な限り、明るい表情で返しておく。

 心配させるのも何だからな。

 すると、ウォーキンスとアレクも同調してくれた。


「レジス様はお任せ下さい。全力でお守りいたします」

「何かあれば、我輩が来てやるかもしれぬ。

 それまでの間に賊と交戦した時は……まあ、頑張るのじゃ」


 私兵がいるから大丈夫だとは思うけどな。

 彼らも並みの訓練を積んできているわけではない。

 まあ、こうして憂いをなくして旅立てるのは助かる。


「じゃあ、行ってくるよ」


 親指で万全の状態をアピール。

 その瞬間、ウォーキンスが転移魔法を詠唱した。


「我が魔力の前に、距離の壁は意味を成さぬ。

 縮まれ空間、捻れろ因果。――『ギガテレポーテーション』ッ!」


 視界が一瞬途切れ、流動性のある空間に引き込まれる。

 これが転移魔法で移動するときの景色なのか。

 目を開けていると酔いそうなので、俺は目を瞑った。

 精神統一だ。


 勢力を決定づけている――十八の商王。

 他種族の根絶を唱える傭兵団――竜殺し。

 帝国海軍を打ち砕く最強にして最古の水軍――大海賊

 この旅で仕掛けてくるかもしれない大陸の四賢――シャンリーズ


 これらをかいくぐり、書状と石版を届けるのだ。

 上手くいくかは分からないが、ウォーキンス達と最善を尽くすのみである。

 このディン家を守るために。



 さあ、行こう。

 次は商人たちの楽園――連合国だ。




 


次章→連合国編(1か月後を予定)

現在、書き溜めチャージ中。

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