第十三話 示された先は
最大10人が乗れる二頭立ての大型馬車。
王国の急使が用いる至高の乗り物だという。
王家の用意したその馬車に乗り、俺達は王都へ向かっていた。
聞けばこの馬車馬、全ての能力において群を抜いているという。
国内トップクラスの俊馬を選抜しているため、
速度は商人の保有するものとは比較にならない。
また、その疾走法にも驚かされた。
馬車を曳きながら、ほとんど車体を揺らさずに走ってみせるのだ。
軸のブレない訓練を積ませた上で、
最高の製鉄技術で作られた蹄を付けさせているらしい。
乗り物酔いしないことの素晴らしさよ。
優雅な旅をするならこの馬車で決まりだな。
まあ、車内の雰囲気は凄まじく殺伐としてるんだけど――
「王都に着くまで時間がある。小娘よ、事の顛末を話すが良い」
アレクが車内を見渡しながら言った。
この馬車に乗っているのは、俺・シャディベルガ・ウォーキンス・アレク・リムリス。
そして護衛の宮廷剣士が二人と、御者が一人である。
屋敷に来た宮廷剣士はもう少しいたが、彼らには屋敷に留まってもらっている。
アレクとウォーキンスが屋敷を空けてるからな。
何かあるとも思えないが、ディンの屋敷で護衛の役割を果たしてもらおう。
アレクの言葉を受けて、リムリスが懐から手記を取り出した。
「そうですね。さわりだけでもお話ししておきましょう」
彼女はチラリとシャディベルガに視線をやった。
そして手記のページをめくりながら、一つずつ確認をしていく。
「少し前、ディン領の海から黄金の竜が引き揚げられたそうですね。
そしてドラグーンの襲来も確認された、と」
「はい、書状に書いた通りです」
シャディベルガは頷いた。
なるほど、あの件を王宮に報告してたのか。
リムリスは更に項をめくり、王の出した指示と結果を説明していく。
まず、竜の亡骸を引き取って王都の部署で再検査したそうだ。
するとやはり、ドラグーンキャンプで信仰される黄金竜であることが判明した。
使用された魔法の痕跡や傷跡から、絶命させたのは連合国の竜殺しであることも確定。
慎重に処理をしていけば、王国に災いは降りかからないことが分かった。
しかし、シャディベルガの方で解剖した際に出た物品。
それが超弩級の問題物だったそうだ。
「いったい、何が出てきたんだ?」
シャディベルガに聞くと、彼は神妙な顔で答えた。
「ある……石版だよ」
「それは私からお話しましょう」
彼が二の句を継ぐ前に、リムリスが懐から何かを取り出した。
少し大きめの石板――それが例の石版とやらか。
週間情報誌くらいの大きさのように見える。
ここに来て、俺の神の如き直感がひらめく。
どうせあれだろ、古代文字か何かが書いてあって、
それが遺跡への鍵になってるとかそういうパターンだろ。
そんでもって、遺跡には王家が欲しがる財宝が眠ってるんだ。
その遺跡を攻略しようと、アレク等の実力者を呼びつけようとしたに違いない。
推理は俺の専門外だが、この予想には自信があった。
しかし、結果から言って、その予測は全て外れていた。
膨らんでいた根拠なき妄想は、石版の表面を見て無残に消え去ったのだ。
「……うぇ。なんだこりゃ」
ただの石でできた板のように見える。
しかし、石版の中央には赤黒い球体がめり込んでいて、ビクンビクンと脈動していた。
生き物のように動く球体から、石版全体にびっしりと血管のようなものが這っている。
非常にグロテスクな光景だ。
胃に何か入っていたら、思い切り吐いていたかもしれない。
それを見て、アレクとウォーキンスが初めて口を開いた。
「”魔擬臓器”……しかも心臓じゃと?」
「すごい魔素ですね。上位の誓約魔法を噛ませているのでしょうか」
「二人とも、知ってるのか?」
石版から目を背けながら尋ねる。
すると、アレクは目をこすりながら説明してくれた。
「その石版は”魔吸血石”という魔封具じゃ。
魔力を注ぎ込むと、魔擬臓器と呼ばれるものを作り出……ふぁあ」
「ふぁあじゃねえよ」
「頭がガンガンする。それに眠気が妙に強いのじゃ」
安心しろ、それは単なる二日酔いだ。
呑み過ぎ注意とあれ程言っておいただろうに。
辟易しながらも、アレクの知識を披露してもらう。
さっきの石版――魔吸血石というのは、極秘裏で拷問に使われていた魔封具らしい。
その歴史は古く、帝国の成立前から奴隷の処刑に使われていた。
原石はドワーフ鉱山から産出していたそうだが、今は枯渇したとされる。
「これって、触ったら危ないのか?」
「いや、誓約魔法と共に魔力を注ぐことにより、初めて発動する代物じゃ。
汝はどうせ誓約魔法を使えんじゃろうから、犠牲になりようもない」
仰るとおりで。
誓約魔法の詠唱呪文はどの書物にも載ってなかったからな。
誓約魔法――シャンリーズが俺に向けて使ったやつだっけか。
一番ポピュラーなのが代償誓約だ。
自分の魔力を生命力に変え、それを代償にすることで誓約を結ぶ。
すると現能力値をはるかに越えた爆発的な力を得ることができる。
しかし、誓約が破られると代償を払わなければならない。
ハイリスクハイリターンな恐ろしい魔法だ。
「この魔吸血石を媒介に誓約が交わされると、
魔力を注いだ者の内臓が、この魔擬臓器と命運を共にしてしまうのじゃ」
「……てことは、この石版を壊したら――」
「まあ確実に死人が出るじゃろうな」
エグいな。
さすがに拷問具として使われてきただけのことはある。
先史では奴隷が歯向かわないように、この石版を用いる貴族もいたらしい。
しかしその残虐性を見かねて、帝国や神聖国は使用を禁止したとか。
そして邪神大戦によるドワーフ鉱山の半壊により、材料となる原石が消滅。
表舞台から姿を消した。
ここで、ウォーキンスがしみじみと呟く。
「胃や腸の一部が共有される魔吸血石は知っていましたが……心臓は初めて見ました」
「うむ。ちなみに肺の魔吸血石なら我輩も持っておるのじゃ」
そう言って、アレクは懐から無地の石版を取り出した。
誓約を結んでいないからか、ただの石の板にしか見えない。
だが、石の素材は心臓の蠢く石版と完全に一致していた。
というか――
「なんでそんな物騒なもの持ってるんだよ!」
「古代魔法を解析する過程で手に入れたのじゃ」
そうか……古代魔法の研究に重なる魔法具だったのか。
しかし、これは好都合。
専門分野となれば、アレクの知識が役立つはずだ。
「じゃが、さすがの我輩も心臓の石版は持っておらぬ。
そんな即死級の魔吸血石を所持していたのは、記憶上ただ一人じゃ」
「……え、いたのか?」
さすが大陸の生き字引き。
亀の甲より年の功。
褒め称えようと思ったが、どの言葉を使ってもロケットパンチが飛んできそうなので控える。
しかし、いきなり核心に迫りそうな事実が判明したな。
そこまで珍しいなら、この魔吸血石の持ち主がその人物の可能性が非常に高い。
真相の追及までもう少しだ。
「で、その心臓の魔吸血石を持ってたのは誰なんだ?」
俺が尋ねると、アレクは聞き覚えのない人名を告げた。
「連合国の創始者――ランケルト・ゴルダー・ディクレストじゃ」
ランケルト。
聞いたことがないな。
しかし、ディクレストという名は耳にしたことがある。
エリックが使う引用魔法の中に、
シャクリ・ディクレストという人物がいた。
星の魔法師だったはずだが、その人と何か関係があるんだろうか。
熟考していると、ウォーキンスがしみじみと呟いた。
「そうだったのですか……あの方が」
どうやら彼女も知っている人物のようだ。
この言い方だと、ランケルトは邪神戦争に参戦してたのかね。
連合国の創始者なわけだし、その可能性は高い。
「そして、この石版と心臓を共にしておるのは、
その創始者たちに連なる血統――」
アレクは心臓の脈打つ石版を眺めながら、
衝撃的な事実を告げた。
「つまり――この石版が砕ければ、
今の連合国を治める家が壊滅するわけじゃな」
なるほど。
どうやら事は王国の問題だけでは済まないらしいな。
王都に向かう馬車の中で、俺は冷や汗を流すのだった。
◆◆◆
王都に到着した。
ここを離れて一年も経っていないのに、ずいぶんと時が経ったように感じる。
せっかく来たのだし、エドガーに挨拶をしておきたかった。
だが、それはリムリスに止められた。
王宮へ直行しろとのことだ。
少しくらい猶予をくれないものだろうか。
まあ、魔法商店が潰れた今、エドガーが王都のどこにいるのか知らないし。
本気で探そうと思えば、傭兵団の詰め所か傭兵ギルドを訪ねる必要がある。
しかし、国王もそんな寄り道は許してくれまい。
残念に思いつつ、俺は王宮へと到達したのだった。
相変わらず荘厳な建物だ。
中に入ると、臣下一同が向き合っていた。
最奥には国王の姿も見える。
案内役であるリムリスが先頭を歩く。
少し遅れて、シャディベルガが緊張した面持ちで付いて行く。
そしてその後ろに俺、真横に愛想笑いを浮かべるウォーキンス。
最後に、俺の頭上スレスレをアレクが不機嫌そうに飛んでいた。
俺の真上で浮遊するんじゃない。
上を見上げたら逮捕モノの光景を目撃してしまうだろうが。
リムリスは国王に一礼すると、そのまま臣下の列に加わった。
一息ついたところで、国王はシャディベルガに声を掛けた。
「ふむ、招聘への迅速な対応、大儀である」
「陛下への謁見、光栄に思います」
シャディベルガは右膝をつき、深々と礼をする。
しかし、そんな彼を見る国王の目はどこかつまらなさそうだ。
シャディベルガが来るか否かは、どうでも良かったんだろう。
最初から本命はアレクなんだろうからな。
「シャディベルガよ。
先の王都で発生した反乱で、そちの息子が鎮圧に一役買っていたぞ。褒めてやろう」
重々しい言葉。
国王という肩書があるからか、余計に威厳を感じてしまうな。
シャディベルガは緊張した面持ちで返答した。
「ありがたき言葉。しかし、その功績は息子が成し遂げたもの。
賞賛の声を賜われるのであれば、彼にお願いします――」
「くく、そちのそう言ったところは変わらぬな。クロードと違い実直な男よ」
国王はとても上機嫌に見えた。
案外、シャディベルガのことは気に入ってるのか。
自分を裏切らないから、という保身的な理由が透けて見えるけど。
まあ、クロード率いるラジアス家に煮え湯を飲まされた後だし、仕方ないと言えば仕方ない。
国王は臣下の列にいるリムリスへ問いかけた。
「さて。黄金竜の腹から見つかった魔法具の話はしたか?」
「私が話しておきました。
また、アレクサンディア様より新たな話も聞くこともできました」
すると、国王は満足気に首肯した。
そして俺の首に手を回して遊んでいるアレクを賞賛する。
「さすがは大陸の四賢。初代様と共に悪しき神を封印した英雄だ」
「うむ。先祖の財産を継承しただけで、偉そうにふんぞり返る輩とは違うのでな」
その一言で、国王の眉がぴくりと動いた。
アレクが誰のことを言っているのかは明白である。
しかし、国王は表情を崩さない。
「手厳しい限りだ。さて、そろそろ本題に入りたい――」
何事もなかったかのように流し、
仕切り直すように声を掛けてきた。
「レジスよ。そちに一つ勅令を下す」
「何でしょう」
俺が首を傾げると、国王は口の端を吊り上げて宣告してきたのだった。
「――その魔吸血石を連合国に届けてまいれ」
◆◆◆
連合国。
はるか遠方にある大国で、王国との関係は中立。
行くルートは限られているが、王国商人からすれば金の宝庫である。
それゆえに渡航する者が多く、貿易港も活発に動いているという。
そんな連合国に出向いてこいと――国王は命じてきたのだ。
しかし、その仕事を俺に頼むのは違う気がする。
少なくとも、官位なき没落貴族が遂行すべきものではないだろう。
俺は穏便に代案を切り出した。
「お言葉ですが陛下。
確かに魔吸血石を見つけたのはディン家です。
しかしその任務に関しては、他に適任の家があると思われます」
「ならば、いかなる者がふさわしいと言うのだ?」
自明の理だと思うんだけどな。
まあ、分かった上で訊いてきてるんだろう。
俺は任務の遂行にふさわしいと思われる家を挙げた。
「連合国へ使者や交渉人が赴くのであれば、王国の重臣である必要がありましょう。
宮内の大臣か王都三名家、あるいは四境伯がふさわしいと思われます」
宮内の大臣――要するに、この場に列席している連中のことだ。
俺はリムリスあたりが行けばいいと思うんだけどな。
勅使としては役職も実績も家格も十分だろう。
そして、それが叶わないのであれば、次点で挙げられるのはあの家たちだ。
言わずと知れた王都三名家である。
ラジアス家が崩れた今、実質二家になってるけどな。
この中だと、大陸全土の傭兵に顔が利くホルトロス家が最適かもしれない。
そして、最後に四境伯。
王国に存在する有力な地方貴族の総称だ。
地方の東西南北を統括しており、かつてはホルゴス家が西の地方貴族として就任していた。
しかし、ディン家との決闘によって力を失ってからは、西の代表は空位となっている。
西の有力貴族はホルゴス家の後釜になろうと、
必死で王家にすり寄っているという話だ。
そしてディン家は当然のごとく、
貴族の妨害工作で争いからは脱落している。
仕方ないね、最初から勝負の舞台に上がれる状態ではないのだ。
「なるほど、一理ある。
だが、余はそれらの候補も考えた上で、そち達を選んだのだ」
「と、言いますと?」
「現在、連合国に入れるのはそち達だけ、ということだ」
その言い方だと、まるでディン家が暇を持て余してるように聞こえるんだが。
シャディベルガの多忙さを知って上で言ってるのか。
こちらの不満に気づいたのか、王は補足してくる。
「誤解するな。連合国へ無事に辿り着けそうなのは、そち達だけという意味だ」
「海路があると聞いておりますが……」
「――封鎖されている」
国王は端的に答えた。
そして顔をしかめながら現状を報告してくる。
「ドラグーンが諸海域で厳戒態勢を敷いているのだ。
連合国から王国へ向かう商船も沈められたと報告が入っている」
王国と連合国は地形による隔絶があり、陸路で行くのは不可能に近い。
どうやっても帝国を通過しなければならないからだ。
そこで、海路で赴く方法が二つある。
一つは、神聖国海域から帝国海域を通る北進ルート。
神聖国は王国からの船に寛容だが、帝国は確実に拿捕しようとしてくる。
商人や一般人に紛れても、数日に渡る苛烈な取り調べを突破しないと先に進めない。
使者として選ぶルートとしては絶望的だ。
もう一つは、ドラグーン海域を通って連合国に到達する南進ルート。
距離的にも近く敵対国の影響も受けないので、普通はこちらの海路を使う。
だが、今このルートはドラグーンが完全に封鎖していると言う。
普段は襲わない商船すらも沈めようとしているとの話だ。
要するに、海路は不可能。
連鎖して連合国へ行くのは不可能というわけだ。
なのに、俺たちは到達できると断言するということは――
「ケプト霊峰を踏破しろ、ということですか?」
「察しがよいな」
霊峰はエルフ以外が立ち入れば、二度と出て来られない秘境。
だが、このルートは常人では思いつかない。
どれだけ危険な死地であるかは一般市民でも知っているからだ。
ここで、国王は牽制するように告げてきた。
「余はそこに何があるかは知らぬが、
そちの知己であれば、踏破できる道を知っていよう?」
まさか……ケプト霊峰の中にある峡谷の存在を知ってるのか。
いや、既知であっても不思議ではない。
王家には先祖から受け継いだ書物が山のようにある。
その中に、エルフの聖地について記したものがあったかもしれない。
「この大陸は大河によって分断されているが、
ただ唯一地続きになっている場所がある。
それこそが、ケプト霊峰とドワーフ鉱山の合流地点だ。
……地図がほしいな、概略図を持ってこい」
国王が合図すると、大臣の一人が壁を指さした。
この大陸の概略地図だ。確かに霊峰と鉱山はつながっている。
ここからドワーフ鉱山に抜けて連合国に行けということか。
「前人未踏のケプト霊峰さえ乗り越えれば、
このように問題なく最短距離で連合国に到れるのだ」
「なるほど」
納得したように頷いておく。
チラリと浮遊するアレクを見ると、彼女は冷たい目で国王を睨んでいた。
一言でも霊峰とエルフの関係性を述べれば、首を飛ばしそうな勢いだ。
まあ、国王もそんな迂闊なことはしないだろう。
不穏な空気を切り替えるため、俺は追加の質問をした。
「魔吸血石を届ける理由を聞いてもよろしいでしょうか」
だいたいは予想が付いているが、国王の思惑も把握しておくか。
すると、彼はリムリスから心臓付きの石版を受け取る。
石版を掲げながら、愉快げに微笑んだ。
「王国図書の文献を調べた所――
この魔吸血石は、連合国に君臨する商王たちの心臓に連鎖していることがわかった」
商王。
商売で利益を上げ、連合国を取り仕切っている豪商のことだ。
権限的には、一国の王と変わらないものを持っている。
実質的に、連合国を動かしている連中だ。
「もしこの石版を砕けば、連合国の上層部は壊滅するわけだ。
今頃、連合国の商王たちは血眼で探していよう」
石版に埋め込まれた魔擬臓器に連鎖して、心臓が弾け飛ぶ。
今頃連合国のトップ連中はパニックになってそうだな。
しかし、気になることがある。
俺はアレクの裾をちょいちょいと引っ張った。
「なんじゃ」
彼女に高度を下げてもらい、耳打ちしやすい位置に来させる。
ウォーキンスにも少し近づいてもらって、疑問に思ったことを尋ねてみた。
「……国王の言ってることは本当なのか?」
一度アレクが説明してくれたように思うが、念のため確認しておく。
なるべくこっちで知識を照会して、国王の口車に乗らないようにしたいのだ。
「……契約を交わしたのは、500年前に生きてた連合国の創始者だろ。
なんで今の人間にも石版の連鎖が有効なんだ」
契約が効果を持つのはその締結者だけじゃないのか。
この疑問に、ウォーキンスが答えてくる。
「……誓約者を『血縁一族』といった広範囲に渡って縛る誓約魔法も存在するのです。
今は誰も使えませんが、かつて専門の魔法師がいました」
「……それが連合国の創始者じゃな。
奴が心臓の魔吸血石を媒介に、血縁が続く限り発動する誓約を打ち立てたのじゃろう」
なんてはた迷惑な先祖なんだ。
一族がまとめて消し飛ぶ契約を打ち立てるなんて。
正直、正気ではない。
どんな発想でそんなことを実行したんだか。
「……ちなみに、誓約を結んだ理由と、誓約の内容は?」
「……知らぬ」
「……私もです」
一番大事なところが分からないのか。
ただ、魔吸血石のせいで連合国が瓦解しそうになってることは理解した。
石版が壊されるか、誓約が破られるかした時、連合国の首脳がまとめて死ぬわけだ。
そうなれば、国内が混乱するうちに、帝国の餌食になることだろう。
と、ここで国王が俺を睨みつけてきた。
「余に聞かせられぬ謀りごとでもあるのか?」
「滅相もございません。単なる私事を伝えていただけです」
どうやら警戒されてるようだ。
ラジアス家に裏切られたショックが、未だに尾を引いているのかもしれない。
あまり下手なことは目の前でやらない方がいいな。
国王はシャディベルガから追加で受け取った資料を眺める。
そして浮かび上がってくる事件の経緯を話してきた。
「恐らく、連合国をドラグーンキャンプの竜騎兵が襲い、
保管されていた魔吸血石を奪い取ったのだろう」
「その帰途で竜殺しの攻撃を受け、海に墜落。
ディン領に流れ着いた――ということでしょうか」
シャディベルガは恐る恐る確認した。
すると国王は自信ありげに持って頷く。
「王宮の調査では、その可能性が高いと見ている」
まあ、その推測は当たっているだろう。
いわば俺たちは、連合国とドラグーン勢力の衝突に巻き込まれたのだ。
しかし、国王はこれを災難だとは思ってないらしい。
「話した通り、連合国は未曾有の危機にある。
ここで王国が魔吸血石を返還すれば、大いに対価を引き出せよう」
やっぱり打算ありきだったか。
連合国の弱みである魔吸血石を盾に、
こちらに有利な交渉を持ちかけようとしているのだ。
国王は大臣に指示を出し、俺に書状を渡してくる。
「この文書を、魔吸血石と共に渡してきてもらいたい」
◆◆◆
「中を検めても?」
「許す。よく確認しておけ」
許可が出たので、書状の中身を見てみる。
そこには王国側の奮闘ぶりが誇張されて描かれていた。
ドラグーンの脅威を承知で、連合国のために魔吸血石を回収したことに始まり、
死地であるケプト霊峰を超えてまで返還しに来たという事を、
非常に恩着せがましく書いている。
「……己は何もしておらぬくせに」
アレクが頭上でボソリと毒を吐いた。
ヒヤヒヤするからやめなさい。
王国奮闘記の挨拶が終わった後に、
善意で連合国からの支援を求める内容が列挙されていた。
これを満たすのであれば、魔吸血石を返してやると言うことだろう。
王国が連合国に求める要求は3つ。
まず一つ――黄金竜を殺したのは連合国であると公に表明すること。
これは王国がドラグーンキャンプから恨まれるのを回避するためだろう。
もし黄金竜が殺されたと聞けば、神を陵辱されたが如き怒りを燃やすはず。
その矛先を連合国に集中させるよう要求しているのだ。
そして二つ――帝国への武器輸出を制限すること。
連合国は王国や神聖国の他、帝国にも多くの武具を輸出している。
近くに大量の鉱山や密林があるため、良質の素材を取り放題なのだ。
連合国産の鎧や武器は非常に需要が高く、帝国軍の強さの一端にもなっている。
その販路を潰せと言っているのだ。
三つ――王国が帝国と戦う時は、必ず王国側に味方すること。
連合国は商人国家ゆえ、中立を保っている。
しかし、その国力は王国にも引けをとらない。
うまく連合国と連携を取れば、王国が帝国に対抗できる可能性が高くなる。
来たる戦争に備えて、密約を取り付けようとしているのだろう。
「魔吸血石を見せつけ、これらの要求を通すのだ」
「……なるほど。金品や関税には言及しないのですね」
「金品の要求や約定の変更は野蛮の極み。王国の美徳に欠ける」
ほほぉ、でも複数の要請をふっかけるのはいいのか。
王国貴族の美徳というのは、やはり俺には理解できないようだ。
国王は泰然とした笑みを浮かべる。
「もちろん、この任務が終わればディン家には褒賞を出そう。
もっとも、使者として赴くこと自体が、ディン家にとって一番の利益になるだろうがな」
一理ある。
これはディン家にとって飛躍する好機だ。
ディン家は西の大貴族を打ち倒したが、周辺貴族からの扱いはさして変わらない。
むしろ嫉妬と嫌悪の念がいっそう強まったと感じる。
『没落貴族ごときが西の一帯を仕切る盟主になるなど認めぬ』という強い意志さえ窺えるのだ。
そういった連中はたいてい、ホルゴス家の残骸にしがみつこうとする古株貴族たちである。
しかし奴らも、ディン家が王国の代表として任務を果たせば、認めざるをえないだろう。
このディン家が勢力を盛り返してきているという事実を。
「この任務が終われば、それなりに上位の官位も与えよう。
かつてのホルゴス家と同等の役職、とまではいかないが、
王都の中堅貴族程度の官位は用意しておく。どうだ、シャディベルガ」
「我がディン家に……官位を?」
シャディベルガが呆気にとられたような顔をする。
王国には全部で217の官位が存在するが、200位以上は歴史上ほとんど変動していない。
貴族の家が消滅したりしない限り、世襲制で途切れることなく続いてきたのだ。
「そういえば、ディン家はまだ何の官位も戴いてなかったか。
くく、任命官もむごいことをするものよ」
国王は愉快そうに臣下の列を見渡す。
何人かが目を逸らしたな。
平時はあいつらが官位や役職の任命権を持ってるのか。
国王も責めているわけではないらしく、すぐにシャディベルガに視線を戻す。
「知っての通り、地方貴族に官位が与えられることはほとんどない。
没落して困窮していれば尚更だ」
「自覚しております」
シャディベルガは頷く。
ディン家の歴代当主は、何度も官位をもらおうと試みていた。
たまに空位になる200位以降でいいので、兎にも角にも官位が欲しい。
それこそが、王国の繁栄に寄与する貴族の証明になるのだから。
しかし、今の今まで、ディン家に官位が与えられたことはなかった。
周辺貴族の妨害、王都貴族からの地方蔑視――
目立った功績もなかったため、官位の奏上は絶望視されていたのだ。
「ラジアス家の反逆で、多くの貴族に死者が出たのでな。
ラジアスに加担した家の粛清もあり、大量の空位が発生したのだ」
国家転覆を狙った凄まじい謀反だったからな。
貴族の中にも犠牲者が多数出たと聞いている。
また、ラジアス家と癒着していた貴族も取り潰したとなれば、
相当な数の官職が取り上げられたはずだ。
「余も官位の整理に関わったのだが、それでも空位がいくつか埋まらなんだ。
この内の一つをディン家に与えてもいいと考えている」
「なるほど……」
シャディベルガは頷いた。
しかし、国王の勅命に納得行かないことがあるようで、
彼は強い意志を持って話を切り出した。
「では、陛下。私が使者の任を果たす許可を頂けませんでしょうか」
「ほう?」
「連合国への旅路は険しく危険なものになりましょう。
親心ではありますが、我が一族を送り出すのは心が痛みます」
俺を心配してくれてるのか。
まあ、確かに連合国に行くとなれば相当の遠出。
途中で何かある可能性も否定できない。
シャディベルガの案に対し、国王は喉を震わせて笑う。
「……優しいな、シャディベルガよ。
いや、その甘さは代々変わらぬと聞く。こうしてまた繁栄の機会を逃すか?」
「一族の、我が息子の犠牲に上に成り立つ繁栄など――
このシャディベルガ、欲しいとも思いません」
彼は強い口調で言い切った。
その一言に、臣下の列がざわめく。
すると、武官と思われる大臣がシャディベルガに視線を飛ばした。
「何だその態度は。地方の無官貴族が、思い上がるなよ」
「…………」
しかし、シャディベルガは撤回する様子を見せない。
本心から出た決意を覆すのは、大臣でも無理だろう。
重苦しい雰囲気が広がりかけたところで、国王が止めた。
「まあ待て。子を重んじる気概は余も痛いほど分かる」
そういえば、国王にも子供がいたな。
結構頑張ったらしいが、なかなか子宝に恵まれなかったと聞く。
そんな彼に唯一できた子供が、現王家の姫である。
粛々と勅命を下す国王だが、
その一方姫を大層かわいがっているらしい。
まあ、身内が可愛いのはどこも一緒か。
譲歩するかと思われた国王だが、
下した結論は変わらなかった。
「だが、代行は認められぬ。赴くのはシャディベルガ――そちの息子だ」
「……ッ」
「そちは余の任せた地で政務に励むが良い。
せっかく得た領地なのだ。失いたくはなかろう?」
反対するようだったら、領地の取り上げも辞さない。
そんな意思すらも見て取れた。
ここで、見かねたアレクが声を飛ばした。
「まったく、貴族の熱意を汲むのも王の責務じゃろう。
サリアが見たら何と言うじゃろうな」
「初代様の人柄は聞き及んでいる。
しかし王国の権勢を保持するのが余の務め。許されよ」
初代国王の名前はサリアって言うのか。
なるほど、言われてみれば女性らしい名前だ。
どうやらアレクは俺に迫る不都合を取り払おうとしてくれているらしい。
彼女は国王に詰問する。
「レジスが連合国に行くとして。
ケプト霊峰を越える算段があって、勅命を下しておるのじゃろうな?」
「無論だ。神童と称されるレジスであれば、きっと霊峰を越える手立てを持っているだろう。
それはアレクサンディア殿が一番良く存じているはずだが?」
国王は逆に聞き返す。
エルフであれば霊峰を踏破できることも知っているようだ。
その上で、アレクを相手に皮肉を告げた。
徐々に、アレクの身体から溢れる魔力が多くなっている。
じわじわと高まる怒りが、魔力になって現れていた。
彼女は大きく息を吐いて、国王に尋ねる。
「もしなければどうするつもりじゃ?
霊峰は人間が越えられる地形ではないぞ」
「その時は――王命に殉じてもらう他ない。
命を落とすと分かっていても、王国ために動くのが貴族の使命なのだからな」
「――――」
チリ、と魔力の熱を感じた。
首元に火種のような熱さを覚える。
俺は慌てて、アレクの足先を指で叩いた。
俺の意図が伝わったようで、彼女は肩をすくめて怒気を発散した。
危ない危ない。
殿中で国王相手に魔法をぶっ放したらどうなることやら。
アレクはギリッと歯軋りをして、国王の要求を呑んだ。
「誰かを人質に取らねば、頼みごと一つもできぬのじゃな。
そんな輩に与するなど反吐が出るが……今回は我慢してやる。
よかろう、レジスの護衛は我輩が務めるのじゃ」
何者にも縛られない。縛られたくない。
そんな誇りと願いを持っているアレクが、渋々頷いた。
ディン家のために、そして俺の安全を確保するために――
少し、申し訳なく感じた。
だが、今度は逆にアレクが足先で俺の首を撫でてきた。
気にするな、と励ましてくれているのか。
それとも、手間をかけさせおって、と呆れているのか。
直感だが、両方であるように感じた。
アレクの返答を受けて、国王は仰々しく嘆息する。
「おお、あの大陸の四賢たるアレクサンディア殿が協力を……。
ありがたい話だ。これで霊峰を越えられるに相違ない」
「くだらん茶番は結構。
届け物だか何だかは知らぬが、さっさと終わらせるのじゃ」
ため息を吐いて、アレクは石版を寄越せと要求する。
だが、ここで国王が口の端を吊り上げた。
「ああ、そういえば――レジスよ。一つ言い忘れていた」
嫌な予感が俺の背筋を駆け登る。
今度は何を言い出すつもりだ。
警戒していると、国王はとんでもないことを言い出した。
「連合国においては、他の種族と行動を共にするな。
特に――大陸の四賢は絶対に連合国へ連れ込まぬように」
「なっ……!?」
「アレクサンディア殿には、霊峰を越えたところでお帰り願え」
俺は反駁しようとする。
だが、その言葉を遮って、国王は宣告してきた。
「これを破れば――ディン家は永劫に取り潰すこととする」
前代未聞の脅迫。
ディン家を取り潰す。
国王は今、確かにそう言った。
それは要するに、
今まで積み重ねてきた歴史を。
先祖が血の滲む思いで守ってきた領地を。
上を目指して駆け上がろうとするこれからの未来を。
――全て放棄しろという意味だ。
それが意味することは、ディン家の終焉。
最終通告にも近い要求に、シャディベルガは絶句していた。
こんなことを言われるなど、想定していなかったのだろう。
だが、俺としては全くの予想外ではない。
こういう無茶を言ってくる可能性も考えていた。
落ち着いて、この宣告を切り返す言葉を探そうとする。
しかし――
「はぁ……朋友の血縁じゃから大目に見てやっていたのじゃが」
頭上から溜息が漏れてきた。
しかし、その声は氷よりも冷たい。
アレクは決して呆れているのではなかった。
むしろ、その真逆である。
頂点に達した怒りが、爆発寸前まで昂ぶっている状態だ。
上を見上げると、アレクが国王に視線を注いでいた。
瞳孔が完全に開いており、凄まじい怒気を感じさせた。
「我輩に道案内だけさせて、そのまま帰れ――
そう言いたいのじゃな? シャルナックの坊主よ」
底冷えのする声。
アレクは国王の名を呼び捨て、魔力を露わにした。
それはまさしく、大陸を守護せし”大陸の四賢”の波動。
誰に向かって、そんな無礼を働いているのか。
骨の髄まで知らしめるような叱責を飛ばしたのだった。
「――たかが弱国の王が。調子に乗るなよ?」
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