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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第六章 領海の脅威編
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第十二話 招集勅令

 


 酒宴があった翌日の早朝。

 研究所が吹っ飛んだ。


 もとい、丘の上にある研究所の一室で爆発事故が起きた。

 隣接する2部屋に爆風が及び、内壁が無残に剥がれ落ちていたそうな。

 しかし、これは日常茶飯事である。


 大方、怪しい研究をしている三人衆の誰かだろう。

 そして予想は見事に的中し、後で屋敷に爆発を起こした研究者が謝りに来た。

『……クヒヒ、氷魔法。クヒヒ、冷点を魔素で改変せし氷魔法。クヒヒ』

 

 氷魔法の人だったか。

 なんでも、氷魔法によって作った氷を極限まで凝縮しようとしていたら、

 見事に炸裂してしまったらしい。

 血に染まった氷を頭から生やし弁解する姿はどこまでも不気味だった。


「クヒヒ……研究完成は間近。クヒヒ……しかし今年2度め。

 クヒヒ……他の研究者にも迷惑を。クヒヒ……そしてお館様に手間を」

「いや、親父も責めたりしないって。

 とりあえず、怪我だけでも治療してこい」

「クヒヒ……――申し訳ない。この御恩、いつか必ず形にして返そう」


 そう言って、研究者は狂気的な歩き方で去っていった。

 なんか最後、めちゃくちゃ力強い謝罪が聞こえた気がしたけど。

 多分気のせいだろう。


 爆発の件は俺から親父に報告しておいた。 

 彼は顔をひきつらせながら修理費の算出をすることになったが、

 その後に嬉しい一報が入った。


 なんとアレクが修復魔法で直してしまったのだという。

 さすがの魔法師。財布にやさしい。

 

 しかし、朝から叩き起こされて対応に追われるとはな。

 完全に眼が覚めてしまった。

 二度寝する気分にもならないので、昼ごろまで読書をしていた。


 すると昼前。

 さらに事件が起きた。


 研究所から降りてきたアレクが、

 屋敷で掃除をしていたウォーキンスにバッタリ会ってしまったのだ。

 俺の目の前での出来事だった。


 正直、宇宙大戦争クラスの闘争が起きることを危惧した。

 しかし、結果から言って俺の杞憂に終わる。

 驚くべきは、二人が顔を合わせて暴言の一つも言わなかったことだ。


 至って平和、喧嘩の匂いすらもしなかった。

 やはり酒の席は最強や。

 俺の仲裁なんかいらんかったんや!


 非常に喜ばしいことなのだが、気になることが二つほど。

 まず一つは、相変わらずのギクシャク感。

 アレクとウォーキンスは互いに社交辞令のような挨拶しか交わさないのだ。


 いきなり険悪にならない所を見ると、

 昨日に何かしらの会話があったんだろうけど。

 途中で変な酒を飲んで意識を失ったからな。

 今朝、目覚めたらベッドの上だった。


 そして、気になることがもう一つ。


 ――右肩が非常に痛いのだ。


 確認すると、少し腫れていた。

 ぶつけた覚えはないのだけれど。

 泥酔していてぶつけてしまったのだろうか。


 疑問を解消するべく、関係のありそうなアレクに訊いてみる。

 彼女は俺の部屋で古代書物の解読作業をしていた。

 すぐに爆風が巻き起こる研究所ではロクに集中できないらしい。


 例の研究者三人衆の誰かが実験を行っている時は、

 極力ディン家の屋敷で研究をすることにしたそうだ。

 アレクが音を上げるとは、あの連中もなかなかやるようだ。


 そしてアレクよ。

 屋敷での研究許可をもらったからって、

 勝手に人のベッドでゴロゴロするんじゃない。

 湧き上がってくる文句を抑えて、俺は尋ねた。


「なあ、昨日の花見からどうも肩が痛いんだけど。何か知らないか?」

「し、知らんぞ。変なことを言って研究の邪魔をするでない!」


 とっさに怒ったような声を出してくる。

 しかし、即答した割には困惑した様子だな。

 妙に声が裏返ってたし。

 どうも怪しい。俺は無言の圧力でアレクに問いかける。


「…………」


 俺の静かなる詰問を受けて、彼女はさらに狼狽した。

 手をあたふたと振って、俺の視線から逃れようとする。


「こ、こりゃ。じろじろ見るでない!」


 その頼みには応じられんな。

 俺の視線はどうやら相当突き刺さるらしいぞ。

 前世では公園で遊びまわる少年少女及び幼年幼女を見ただけで、

 国家権力の方に声を掛けられたほどだからな。 


「……………………」

「――ッ。あれじゃ、ウォーキンスとか言う使用人のせいじゃ!」


 観念したのか、ついに白状してきた。

 しかし、ウォーキンスのせいだと?

 そんなことがありえるのか。

 彼女が俺に危害を加えることなんて――


「我輩がそうじゃと言ったらそうなのじゃ。

 この偉大なる魔法師・アレクサンディアを信じるが良い」

「胡散臭すぎて涙が出そうだよ……」


 ひとまず、有力な情報は聞けたから良しとしよう。

 胸を張るアレクを放置し、俺はウォーキンスを探す。


 しかし、屋敷内には見つからなかった。

 もう掃除を済ませてしまったのだろうか。

 外を確認すると、ついにウォーキンスの姿を発見。


 彼女は花壇の手入れをしていた。

 小さいスコップでせっせと苗をいじっている。

 俺は外に出て、同じ質問をしてみた。


「よ、ウォーキンス」

「おや、どうされました?」

「俺の肩が妙に痛いんだけど、何か知らない?」

「それはアレクサンディア様の所業ですね」


 こちらも即答。

 だが、アレクとは正反対の供述だった。

 どういうことなんだ。

 思わず黙考してしまう。


「…………」

「本当ですよ?」


 ウォーキンスは困ったような笑みを浮かべる。

 いや、別に疑ってるわけじゃないんだ。

 しかし、ここまで逆の返答ってあるか?

 考えぬいた後、ひとつの可能性に行き着いた。


「もしかして、片方のせいじゃなくて、両方に過失があったとか……」

「――ッ」


 ウォーキンスがビクンと体を震わせる。


 ――カイィン


 図星か。

 そして今の甲高い音は何だ。

 ふとウォーキンスの手元を見てみると、スコップが花壇に突き刺さっていた。


 驚いた拍子に差し込んでしまったのだろう。

 改めて見ると、普通のスコップではない。

 変な印章が彫られてるし。


 なんたって分厚さが違う。

 恐らくハンマーを振り下ろしてもヒビ一つ入るまい。

 前世ではスコップを武器にした兵もいたと聞くし、

 実は恐ろしい凶器になりえるのかもしれない。


「…………」


 ただ、俺が注目したのはスコップそのものではなく、その切っ先。

 先っぽは土ではなく、硬い段部分の石にサクッと刺さっていた。

 花壇の材質は硬度の高い石である。

 どうしてスコップが石に突き刺さってしまうんだ……。


 しかし、ウォーキンスは何事もなかったかのように首を横に振り、

 俺の追及から逃れようとしてきた。


「そのような事実はありません。多分」


 多分て。

 とはいえ、これでアレクの反応も理解できた。

 恐らくは二人が俺に何か悪戯をしたんだろう。

 

 だからこそ互いに責任を押し付けあっているのだ。

 軽く説教をくれてやろうとも思ったけど、

 両者初めての共同作業と考えれば、有意義な犠牲だったようにも感じる。

 『起きたら肩痛かった事件』は不問に処すとしよう。

 

「よいしょっと……深く刺さっちゃいましたね」


 と、ウォーキンスが突き刺さったスコップを抜こうとしていた。

 しかし石の内部に引っかかっているようで、ずいぶんと難儀している。


「なかなか抜けません……抜け……抜け……」


 ――パキィン


 軽快な音と共に、スコップが砕け散った。

 キラキラと舞う角ばった断面は、その材質がいかに硬かったかを物語っていた。

 魔力の結晶も見えるため、やはりただのスコップではなかったようだ。


 しかし、粉砕した。

 ものの見事に破砕した。

 どこに出しても恥ずかしくない完全破壊だった。


「……あれ、壊れちゃいました」

「大事なものだったのか?」


 俺の一言に驚いて突き刺してしまったのだ。

 砕いてとどめを刺したのは俺ではないが、間接的に関わったことは事実。

 大丈夫かなと心配していると、ウォーキンスは優しく首を横に振った。


「いえ、ただの土掘り道具ですよ」

「魔力が通ってたように見えたけど……」

「”死土の迷宮”で見つかった魔法具ですからね。

 肥沃な土を作りたい時に便利なのです」


 魔法具だったのか。

 そんなものを所持してたのか。

 相変わらず何を隠してるかわからない奴だ。

 しかし、今気になったのはそこではない。


「さっき言った”死土の迷宮”ってなんだ?」

「他大陸の精霊を祀った五大迷宮の一つですね」


 立地的には、ケプト霊峰南部とドラグーンキャンプの間。

 そこに今は忘れ去られた迷宮群があるらしい。

 なんでも、五行の魔法を司る五大精霊が祀られているとか。


 いつそんなものができたかは不明。

 しかし、1000年以上前の書物にも迷宮のことが書かれている。

 恐らくは古代からあると思っていいだろう。


 五大精霊は邪神大戦の前までは局地的に信仰があったそうだ。

 というのも、五大精霊を統括する神というのがいて、

 それこそが神聖国の崇拝する絶対神なのだ。


 出自を見れば他大陸の神なのだが、

 世界の多くで信仰されているメジャーな神様らしい。

 もっとも、この大陸では超マイナーである。


 話を五つの迷宮に戻して――

 かつては神聖国で清浄の場所と呼ばれていたが、

 戦争後は荒廃したこともあり、その知名度も風化したそうだ。


 現在では迷宮を調査する学者か、

 伝説を好むごく一部の冒険者が興味を示しているだけにすぎない。

 恐らくはこの先、決して攻略されることのない古代迷宮エンシェントダンジョンだそうだ。

 五つの迷宮の内訳は次のとおりである。

 


 火霊王サラマンドルを祀りし獄炎の地――”爆炎の迷宮”

 水霊王ウィンディを祀りし沈黙の地――”母湖の迷宮”

 風霊王ジルフを祀りし暴風の地――”風刃の迷宮”

 土霊王ノーレイアを祀りし腐敗の地――”死土の迷宮”

 雷霊王グロムを祀りし落雷の地――”紫電の迷宮”



 各迷宮には属性に則った罠や魔獣が生息している。

 それらは全て、埋蔵された魔法具の放つ魔力が呼び寄せたものなのだとか。

 噂を聞きつけ、邪神大戦前から『名も無き太古の金脈』と見なし、

 攻略しようとする冒険者がいたそうだ。


 しかし文献によると発掘に成功した魔法具というのは非常に少ない。

 記載されている死者の数も天井知らずで、危険な迷宮であることを物語っている。


 だがその迷宮群、実は一度だけ踏破されたことがあるらしい。

 邪神大戦の最中――大陸の混乱に紛れて五大迷宮を攻略した戦士が現れたのだ。

 襲い来る魔獣を叩き潰し、死の罠をことごとく粉砕したという。


 その人物はそれぞれの迷宮の最奥に、奇妙な石像があるのを見つけたそうだ。

 すなわち、この世の五行魔法を統べる精霊たちの像。

 そして像の周りには色々な魔法具が散乱していた。


 謎の戦士が攻略した記録は神聖国に保存されたという。

 そして邪神大戦後は精霊を祀る迷宮として、密かに認知されるようになった。

 もちろん、世間一般ではなく、一部の学者や冒険者たちの間でだが――


「迷宮を制覇した戦士は、各迷宮から1、2つずつ魔法具を持ち帰りました」

「まさか、さっきのスコップって……」

「はい。その戦士によって死土の迷宮から持ちだされた魔法具です」

「なんということだ……」


 スコップが壊れちゃったぜ、みたいな軽い気持ちで言ってたけど。

 軽く国宝級の魔法具だったんじゃないか?

 もったいない。


「きっと寿命が来ていたのでしょう。天命です。

 レジス様に葬られて、この魔法具も本望でしょう」


 ウォーキンスが慰めるように言ってくる。

 あれ、なんか俺が壊したみたいな雰囲気になってないかね。

 トドメの一撃を食らわせたのはお前だろう。


「で、何でウォーキンスはその魔法具を持ってたんだ?」

「今日はいい天気ですね」

「……青空ひとつ見えない曇天だぞ」


 話をそらしてきたか。

 まあ、詳しくは訊かないでくれという意思表示だろう。

 その代わりにと、ウォーキンスは違った事柄の説明をしてくる。


「ちなみに現存していませんが、

 戦士が母湖の迷宮から発掘した”癒しの神水筒”という物を研究して、

 大陸の四賢は竜神の匙を作ったみたいですね」

「へぇ……」


 掘り出された魔法具に改良を加えたものだったのか。

 つまり、戦士がいなかったら竜神の匙も生まれてなかったわけで。

 名も知らない昔の人だが、礼を言いたくなってしまうな。


「ちなみに、まだその迷宮群には魔法具が眠ってるのか?」

「大量にあると思います。かの戦士が発掘したのはごく一部でしょう」


 まさに財宝の眠る迷宮というわけだ。

 だからこそ、今でも命を顧みない冒険者が挑むんだろうな。

 王国の冒険者ギルドでこの話を広めたら、雲霞のように迷宮へ押し寄せていくかもしれない。

 死者が増えるだけだろうけど。


 スコップから魔力を抜き取り、埋め立てるウォーキンス。

 そんな彼女を眺めて伸びをしていると、微かに馬蹄の音が聞こえた。


「ん……?」


 見れば、屋敷への道を馬車が疾走していた。

 土煙で全貌がつかめなかったが、門の前に止まったことで、ようやく確認できた。

 王国の紋章を表わす、六芒星の中に大剣が施された印章。

 そして馬車の中から出てきたのは――



「おいおい、何の連絡も受けてないぞ……」


 緊急の際にのみ派遣されるという王家直属の部隊。

 特別勅使団が――ディン家を訪ねてきたのだった。




     ◆◆◆



 まさか王宮からの勅使がやって来るとはな。

 シャディベルガも事前に連絡を受けていなかったらしい。

 不安の強そうな表情だ。

 しかし、慌てた様子はない。


 どういう用件で勅使が来たのか、察しが付いているのかもしれん。

 なお、たいてい勅使は中堅あたりの宮廷使者が手紙を持ってくるのだが、

 本日いらっしゃったのはなんと――


「王宮臣第三位・王都本軍代行、リムリス・トルヴァネイア。推参致しました」


 王宮の重鎮こと、リムリスさんだった。

 凛々しい立ち姿でシャディベルガに挨拶をする。

 その威圧にあてられたのか、彼は恐る恐るリムリスをもてなしていた。


「せ、西方貴族シャディベルガ・ディンです。

 悪路の中、よくいらっしゃいました」


 おい大将。ビビりすぎだ。

 しかしまあ、ガチガチになるのも無理はないのか。

 国王の側近がアポなし突撃してきたわけだし。

 前世で言うと、警視総監が部下を引き連れて自宅訪問してきたようなものだ。

 俺なら失神するかもしれない。 


「ひ、久方ぶりですね」

「はい。私が立会人を務めていた時ですから、八年ぶりでしょうか」


 そうか、リムリスとシャディベルガはほとんど面識がなかったんだっけ。

 俺は彼女とはつい数ヶ月前に会ったけどな。

 挨拶を済ませたリムリスは、隣にいた俺にも声をかけてくる。


「レジス殿も健在のようで何よりです」

「こちらこそ。ところで王都はどうなってるんです?」


 敬語はあまり好きではない。

 しかし、学院にいた時はリムリスにはこの口調を使っていた。

 一貫させておいた方がいいだろう。


「破壊された施設はほぼ復旧し、王都は元の姿を取り戻しました」


 そりゃ良かった。

 中央街の周りと北の貴族街は壊滅状態だったからな。

 エドガーの様子も聞ければいいんだけど。

 まあ一市民のことは知らないだろうな。


「レジス殿のラジアス家討伐の功績は、王も大変評価しておりましたよ」

「王家のために忠誠を尽くしたまでです」


 とりあえず貴族らしいことを言っておく。

 しかし、評価してくれてるにしては、ずいぶんと軽んじた対応な気がする。

 いくらこっちが地方貴族だからといって、

 事前連絡もなしに押しかけるのはどうなのだろう。


 リムリスの意思じゃなくて王の命令なんだろうけど。

 微妙な雰囲気を感じ取ったのか、リムリスは目を伏せる。

 彼女はシャディベルガに対して詫びを入れた。


「火急の要件とはいえ、事前に使者を送れなかったこと、心苦しく思います」

「お気になさらず。それで、本日はどのような要件ですか?」


 シャディベルガの言葉を受けて、リムリスは辺りを見渡す。

 そして俺に向かって尋ねてきた。


「アレクサンディア様はいらっしゃいますか?」

「いますよ。でも――」


 あいつは今研究の途中だからな。

 横槍を入れたら不機嫌になるのは避けられないだろう。

 時機が悪かったと伝えておくか。

 そう思ったところで、部屋に浮遊物体が入ってきた。


「我輩に何の用じゃ、小娘」


 アレクだった。

 彼女は抱えた書物に目を落としながらリムリスに問う。

 すると、リムリスは意を決したように本題を切り出した。


「王がお呼びしております。王宮に来て頂けないでしょうか」

「断る。何様のつもりじゃ?」


 王様なんだよなぁ。

 分かっていた返答だけど、相変わらず危ない。

 王国の重鎮の前で怖い発言をするのはやめて欲しい。

 お前の頭部直撃ビーンボールの報復を受けるのはこちらなのだ。


「我輩に会いたければ奴がここに来い。

 さすれば門越しに要件くらいは聞いてやるのじゃ」


 そう言って、アレクは沈黙を決め込んだ。

 やはり気分を害したようだ。

 貴様らのことなど知らん、といった様子で書物を読み込んでいく。


「……そうですか。残念です」


 リムリスは少し苦い顔をする。

 彼女も断固拒否されることは承知していただろう。

 その上で赴かなきゃいけないのは辛いな。


「では、レジス様。王宮に来ていただけませんでしょうか」

「え、俺?」

「大変危険な任を負ってもらいますが、

 王国のためを思えば承知して頂けますよね?」


 ……なるほどな。そう来たか。

 恐らく国王は俺が来るかどうかはどうでもいいんだろう。

 奴の本命はアレクだ。


 しかし、彼女に頼んでも断られるのは必至。

 そこで立場上断れない俺を呼びつけたのだ。

 そうすれば、アレクが俺に同行すると思ったのだろう。


 『危険だぞ』と脅しかける念の入れようだ。

 人をダシに使うとは、やってくれるな。

 苦い顔をしている辺り、リムリスの発案ではないようだけど。


「お待ちください。息子を危険に晒すのは私の本意ではありません」


 と、ここでシャディベルガが抗議した。

 彼は自分の胸に手を当て、その任務に名乗り出る。


「今回の招集は『例の一件』に関してであると推察します。

 ディン家から人材を派遣するのであれば、当主である私が行きましょう」


 例の一件?

 俺の知らないところで、シャディベルガは何かを報告していたようだ。

 一声かけてくれれば相談に乗ったのに。

 まあ、彼なりの思いがあったのだろう。

 シャディベルガの提案に対し、リムリスは首を横に振る。


「此度の任は長いものになります。

 王国の地を治める貴族が、任地を離れるのは認められません」


 リムリスは毅然として言い放つ。

 ただ、その表情にはどこか罪悪感のような迷いが見て取れた。

 国王の命令で来たとはいえ、本人としても不本意であるようだ。


「しかし、シャディベルガ殿の言葉にも一理あります。

 そこでどうでしょう。

 一度シャディベルガ殿とレジス殿の双方に王都へ来て頂くというのは」


 王都に行くだけなら、そこまで時間は取られない。

 この程度の期間なら、屋敷を開けていても問題はない。

 だが、ここで諫言が飛び込んでくる。


「――やめておけ。どうせ面倒事に巻き込まれるだけじゃぞ」


 アレクは興味なさげに忠告してきた。

 俺としても王都行きには気乗りではない。

 嫌な予感しかしないもの。


「私は王家に仕えるディン家と話をしております。

 恐れながら、アレクサンディア殿には関係がないと思います」

「……チッ、小娘が。汝もよくあのような凡愚に仕えておるな」


 仁君であるかは置いといて、国王は名君として名高い。

 そんな権力者をアレクは唾棄した。

 リムリスはためらいながらも、もう一度訊いてくる。


「重ねて要請いたします。来て頂けませんでしょうか。

 勅命を強制執行するのは、王としても望んでおりません」


 この一言を受けて、シャディベルガは何かを決めたようだ。

 俺にも確認を取りたいのか、ヒソヒソと耳打ちで尋ねてくる。


「……レジス、どうする? 僕だけでも行こうか」

「……どうせ断ったら王都貴族から袋叩きだろ」

「……だろうね」


 思わずため息が出た。

 貴族で得をしたことよりも、損をした記憶しかない。

 だが、ここで断ればディン家がさらに追い詰められるだろう。


 最初から答えは一つ。

 面倒事が待ち受けていると分かっていても、赴くしかないのだ。

 このディン家を守るために――


「俺も行くよ」



 こうして俺達は、

 詳しい話を聞くため王都へ向かうことになったのだった。

 


次話→8/4

ご意見ご感想、お待ちしております。






――以下、重版報告――


活動報告の方でお知らせしましたが、

おかげさまで、ディンの紋章1巻の重版が決まりました。


いつも応援ありがとうございます。

励みになっています。

これからも頑張っていきますので、

ディンの紋章をよろしくお願いします。

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