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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第六章 領海の脅威編
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第十一話 懐古

 


 日が傾き始めた頃。

 花見をしていた宴会場は静寂に包まれていた。

 散らかった酒瓶を片付け、ウォーキンスは主の身体に毛布を掛ける。


「セフィーナ様、眠ってしまいましたね」

「レジスも完全に伸びておるな」


 アレクは脚の先でレジスをつつく。

 彼は酔いとショックで完全に気絶していた。

 相当に刺激の強い酒を飲んでしまったらしい。


 レジスの寝顔を眺めて、アレクは彼の傍に寄り添う。

 そんな彼女を見て、ウォーキンスは肩をすくめた。


「酔ったふりをしていたのですね」

「外に出にくいだけで、それなりに酔っておったぞ?

 まあ、ほとんどは演技じゃったがな」


 アレクの頬はまだ若干赤い。

 しかし、先ほどのようにダウン寸前といった気配はなかった。

 寝息を立てるセフィーナとレジスを見て、ウォーキンスは首を傾げる。

 

「先ほどの一件は、お二人の意識を刈り取るためだったのですか?」

「はて、何のことじゃ? 勝負方法やらを決めたのは汝じゃろう」


 確かに、先ほどのコイントスはウォーキンスが発案したもの。

 しかし、ウォーキンスはその点に言及しているわけではないようだ。

 恐らくは、アレクが泥酔した体を装っていたことに触れたいのだろう。


「弱そうな所を見せて、レジス様とセフィーナ様に強いお酒を飲ませましたよね」

「結果論じゃ。我輩がそれを狙ったというのか?」

「はい」


 ウォーキンスは淡々と、しかし断定するように頷いた。

 どうやら完全に見破っていたようだ。

 アレクはため息を吐く。


「……ふん、食えん奴じゃ」


 アレクとしては、悪気があったわけではない。

 余計なお節介とはいえ、せっかくレジスが作ってくれた機会だ。

 無駄にしないためにも、この女との同席を我慢してやろうと思っていた。


 だが、この女と喋っていると、

 レジスに知られたくない過去が出てくる可能性もある。

 ウォーキンスとしても、懸念していることは一緒だろう。


 だから――眠らせた。

 こうでもしないと、自分を見せて話すことができないのだ。

 アレクは他人事のように喋るウォーキンスを軽く睨む。


「汝も知っていて止めなかったのじゃろ? 我輩を責めるのは筋が通らんぞ」

「一言も責めていませんよ。

 私としましても、レジス様のお計らいを無為にするつもりはありません」


 どうやら、向こうも自分と話を交わす前提でいたようだ。

 ならば余計な挨拶もいらない。

 さっそく本題に入るとしよう。


 アレクは端的に、己の意志を伝えた。


「――我輩は、汝を許しておらぬからな」


 過去にウォーキンスが成した行為。

 それはエルフのみならず、全ての他種族を絶望に叩き込むものだった。

 許容するわけにはいかない。

 しかし、それはウォーキンスの目には逆に映っていたようで――


「――私もです。

 この命が朽ち果てようとも、私は四賢を憎悪します」


 ウォーキンスは淡々と、それでいて力強く言った。

 彼女の過去は、アレクも知っている。

 そして、ウォーキンスが自分たちを許さないことも、十分理解していた。

 追憶しながら、アレクは首を傾げる。


「というか汝、そんな喋り方じゃったか?」

「と言いますと?」

「昔の汝は……もっと横柄で居丈高じゃった気がする」


 アレク自身も、よく周囲から傲慢と言われる。

 しかし、目の前にいる女はそれを遥かに超えていたように思う。

 こんなに物腰穏やかに喋ってはいなかったのだ。

 もっと、暴力と独善の化身といった女だった。


 だからこそ、最初にレジスといる所を見つけた時、アレクは襲いかかったのだ。

 昔の彼女ならば、一瞬でレジスの首を飛ばしてもおかしくなかった。

 しかし、よく見てみれば、どうも様子がおかしい。

 明らかに昔の彼女とは違ったのだ。


 アレクの怪訝な視線を、ウォーキンスは真摯に受け止めた。


「私は、”ウォーキンス”ですから」

「そうか……そうじゃったな。では、我輩もその名で呼ぶことにする」

「ありがとうございます」


 わざわざ荒波を立てることもない。

 釈然としないが、受け入れるのが一番妥当だろう。

 自分を納得させて、アレクは質問を切り替える。


「あの後、汝は何をしておったのじゃ?」

「眠っていました。時を忘れられるよう、遙かなる遠き地で」


 ウォーキンスも過去を追うような目をする。

 どうやら常に大陸を動き続けていたアレクとは、

 まったく違う時を送ってきたようだ。


「500年の間、ずっとか?」

「いえ。一度目を覚ましました。

 王国で魔法学院が作られて……100年くらい後だったでしょうか」

「ふむ」


 他に時代の指標がある中で、わざわざ学院を引き合いに出してきた。

 やはりウォーキンスも学院に縁があったのだ。

 アレクは黙考する。


 王都魔法学院ができたのは、今から500年弱も前。

 王国が創始された直後で、有能な人材を見つけるために設置された。

 そして、ウォーキンスが目覚めたのはそこから100年後。

 アレクの想像と、ピッタリ時代が合っていた。


「そうか。我輩の前に入学試験でオールSを叩き出したのは、やはり汝じゃったのか」

「ということは、貴方も?」

「我輩は200年後じゃな。汝が先達になると思うと虫酸が走るのじゃ」


 こんなことなら、学院建立の時点で入学していればよかった。

 アレクはげんなりとした様子だ。


「もっとも、私も学院には詳しくありませんよ。

 入試の時点で見切りをつけて、結局入学しませんでしたから」

「あそこはぬるま湯じゃったな。

 我輩や汝が行っても得るものなど何もない」


 アレクも一年でつまらなくなり、途中退学してしまった。

 しかし、設備だけは整っているので、現在でもたまに貴族の研究棟を借りたりしている。

 ただ、学生として入る価値は今も昔もないだろう。

 ウォーキンスは目を伏せて、その後を端的に語る。


「そして――私は直後に王都を去り、また数百年の眠りにつきました」


 そして、つい数十年前まで眠りについていた、と。

 誰かとの接触を希求していたアレクとは、全くの逆。

 あの決戦の後、ウォーキンスは孤独を選んだのだ。


「やり直そうとは、現世で生きていこうとは思わなかったのじゃな?」

「それは――」


 ウォーキンスは不意に口元を抑えた。

 そして、凄まじい情念がこもった目をアレクに向ける。


「私に掛かった呪いを――把握して言っているのですか?」


 負の感情が凝縮したような視線。

 アレクも言葉を詰まらせる。


「……失言じゃったな」


 軽率に訊くべきではなかった。

 沈黙するアレクを見て、ウォーキンスは自分から話を変えた。

 彼女からしてみれば、一番触れてほしくないところだったのだろう。


「他の四賢はどうしたのです?」


 アレクは眉をひそめた。

 この女であれば、そのくらいは知っていると思ったが。

 案外、外の情報はつかめていないのか。

 疑問に思いつつ、アレクは昔の共闘者を思い出す。


「シャンリーズは狂ったままじゃ。

 ジルは行方知れずで生死不明。サリアは……知っての通りじゃ」


 妹を希求するあまり妄執鬼となったドワーフ。

 破滅と絶望をもたらし姿を消したドラグーン。

 大陸のためにその命を捧げた愚直なる人間。

 そして――


「我輩は魔法の研究で時間を潰し、

 戯れに商人の真似事をして生きてきた。

 つまらない毎日じゃと常々思っておったな」

「後悔していたのですね」

「ついこの間まではな。今は全くの逆じゃぞ?」


 アレクは口角を上げて答える。

 他の三人がどう思うかは知らないが、アレクは今の自分を誇らしく思っていた。

 これはきっと、ある少年が寂しさという弱点を埋めてくれたからだ。

 

「つまり……残った四賢は、貴方とシャンリーズの二人だけなのですか」

「残ったとも言いがたいがな。

 我輩たちは、あの時代で死ぬことを禁じられた亡霊じゃ」


 亡霊。

 大陸の四賢をそう表現した書物があった。

 王国では四賢を貶める文書は発禁扱いなので、まったく目にすることはない。


 しかし、他国では彼女たちを毛嫌いする者は非常に多い。

 邪神もろとも消えておくべきだったのだと、強く唱える学者もいた。

 大陸の四賢という存在は、まさしく旧時代の遺物なのだ。


「……難儀なものじゃ」


 アレクは肩をすくめた。


 と、ここでウォーキンスがゆっくり立ち上がる。

 彼女の瞳に映るのは、花びらを華麗に舞い散らす樹木。

 500年前はまだ、名前すらもなかった木だ。


「この木を見ると、彼女を思い出します」

「あぁ、ケロンか。これは奴が好きな樹じゃったからの」


 ケロン。

 何かと対立の多かった邪神討伐軍の中で、仲裁に尽力した魔法師だ。

 四賢とも親交があり、心を開かないシャンリーズも、彼女にだけは素を見せていた。

 ウォーキンスは宙に舞う花びらを指ですくう。


「ケロン様は……良い方でした」

「うむ、亡くすには惜しい魔法師じゃったな」

「ということは、彼女もやはり?」


 ウォーキンスは残念そうに尋ねた。

 ケロンの消息は聞き及んでいなかったのだろう。

 アレクは昔を偲びつつ、淡々と説明した。


「”永劫の不治”と”不起の病み床”を併発して、王国創始のすぐ後に死んだと聞いた」

「……しかし、四賢には竜神の匙があったのではないのですか?」


 邪神大戦において、非常に高い効果を発揮した魔法具。

 あまりにも酷使されたため、現存するのは10本にも満たない。

 だが、形として残っている以上、使えたはずなのだ。

 ウォーキンスの指摘に、アレクは苦い顔をする。


「――末期じゃ」

「手遅れだったと?」

「うむ。不起の病み床は十年かけて罹患者を死に至らしめるものじゃ。

 竜神の匙で治すのは難しいことではない」


 現に、同じ症例のセフィーナは完全快復を果たしたのだ。

 竜神の匙さえあれば、助かるはずだった。

 もう片方の凶悪な病に倒れることがなければ――


「じゃが、永劫の不治の方は死まで最短数日じゃ。

 病の特性も相まって、既に回復は見込めぬ状態じゃった」


 アレクは脳裏に終戦直後のケロンを思い描く。

 快活で騒がしくて、しかし妙に律儀なところがあって――

 振り返れば、ケロンが一番未来への夢を語っていたように思う。

 しかし、そんな彼女は、いとも簡単に永眠してしまった。


「……救われませんね」

「あの戦いで救われたものなど、一人もおらんのじゃ」


 アレクはしみじみと呟いた。

 空の酒瓶をいじりながら、ウォーキンスに改めて声をかける。

 

「しかし、奇遇じゃな。邪神大戦から500余年。

 当時の者は皆死に絶え、もはや誰とも会うことはないと思っておった」

「私もです」


 かつての地獄を知る者として、

 共感するところがあるのかもしれない。

 二人は遠い目をして頷きあった。


 当時、大陸に蔓延していた悲哀を思い出す。

 悪しき神を相手にした未曾有の決戦は、

 この大陸から数えきれぬ生命を奪っていったのだ――


 たとえば、肩を並べた戦士。

 彼らは邪神の軍勢と戦い散っていった。


 たとえば、四賢に肉薄した至高の魔法師。

 彼らは邪神の息吹で、魔素一つ残さず死に絶えてしまった。


 たとえば、邪神大戦に生き残った戦傷者たち。

 彼らは邪神の呪いに苦しみ、血の涙を流しながら息を引き取った。


 何も失わずして生き残った者がいただろうか。

 死に満ちた地獄を経験したからこそ、

 もはや誰にも会えないと思っていたのだ。


「しかし、我輩はシャンリーズと鉢合わせ、汝とも出くわしてしまった」

「数奇なものですね」


 ウォーキンスはくすりと笑う。

 この群雄割拠する広大な大陸において、再会することがあろうとは。

 終戦時には思いもよらなかったことである。


「しかし、考えてみると――」


 アレクは酒瓶を地面において、感慨深く呟いた。


「レジスがいなければ――汝と会うことはなかったのじゃな」


 ウォーキンスとの再会は、決して喜ばしいものではなかった。

 本来ならば交わることのなかった二人。

 その両者を引き合わせたのがレジスだとすれば――

 

「私達が屋敷で敵対した時、

 レジス様がどのような顔をしていたか覚えていますか?」

「やめてくれ、と言わんばかりの悲痛な面構えじゃったな。

 まったく……あんな顔をされては戦えるはずがなかろう」

「同感ですね」


 そう。

 500年前の因縁に従い、殺し合いを演じていてもおかしくはなかった。

 だが、それを止めたのも――他ならぬレジスだった。

 二人はため息を吐く。


 ふと、ウォーキンスがレジスの元に近寄っていく。

 そして、彼の髪を優しくなでた。


「…………」


 無言の愛撫。

 それを見て、レジスにもたれ掛かっていたアレクが反応する。


「なんじゃ? こやつは今、我輩が介抱しておるのじゃぞ」


 口にこそ出していないが、

「レジスに近寄るな」とアレクが言いたげなのは明らかだ。

 彼女はレジスにいっそう体重を預け、宿敵を挑発する。


「諦めるのじゃな。

 汝の出番はどこにも……って、レジスを持って行くでない!」


 アレクが慌ててレジスの身体にしがみついた。

 ウォーキンスが彼の頭を膝に乗せ、

 そのままアレクから引き離そうとしていたのだ。


「危険な魔法師に、レジス様を預けるわけにはいきませんので」

「汝にだけは言われたくない! 離せ、レジスは我輩のものじゃ!」


 ウォーキンスはレジスに刺激を与えないように移動させている。

 だが、アレクは力任せで自分の所定位置に戻そうとした。

 その瞬間、レジスの表情が少し歪んだ。


「……う」


 痛みが走ったのだろう。

 夢心地であるレジスは、うめき声を上げた。

 目を覚ます様子はないが、安眠妨害であることには変わりない。

 アレクが抱き寄せようとする度に、レジスの関節からミシミシと異音が迸る。


「レジスは我輩の真横で寝ておったのじゃ。

 これは他でもない――汝より我輩を信頼しておる証拠じゃな!」

「酔い潰れたレジス様に近づいて行く貴方を見た気がするのですが……私の気のせいでしょうか」


 しかし、ウォーキンスも譲らない。

 決して無理に引っ張るような事はせず、それでいて力点を押さえた技。

 人体の構造を完璧に理解していないと不可能な芸当である。


「レジス様に膝枕をして差し上げるのは、使用人の務めです」

「はっ、膝枕くらい我輩もしてやったわ。

 それどころか――せ、接吻までもしたのじゃからな!」


「――――」


 この時、初めてウォーキンスの顔に動揺の色が浮かんだ。

 アレクはそれを見逃さない。

 力が緩んだ隙を狙い、思い切りレジスを引っ張った。


「今じゃあああああああああああああ!」


 アレク、魂の咆哮。

 だが、ウォーキンスは一瞬で冷静を取り戻す。

 力の均衡が保たれ、レジスの身体が固定される。


 そんな状態で力任せに引き寄せれば――




 ――グギッ





「「あっ」」



 レジスの肩から絶望的な音が響き渡った。

 思わず二人も絶句する。

 確認すると、肩の辺りが腫れかけていた。


 レジスが痛がらないのを不思議に思い、

 アレクは顔が見えるように転がしてみる。



 ――白目をむいて失神していた。



「…………」



 顔をひきつらせ、共に無言。

 しかしアレクはすぐに元の表情に戻った。

 何でもないといった様子で彼の肩を擦る。


「なんじゃ、気絶か。まあ寝ておるのと対して変わらんじゃろ」

「大違いです! 早く処置を――」


 ウォーキンスが慌てて患部を診ようとする。

 だがその手をアレクが遮った。


「ええい、引っ込め! 我輩がやる!」


 アレクは手刀を腫れかけた部位に叩きこむ。

 ベキッと骨が軋む音と共に、関節が元通り嵌った。

 鮮やかな手際だった。

 後は冷やしておけば何事もなく回復するだろう。


「……ふっ、危機は去ったのじゃ」

「無茶苦茶な……いつもそんなことをしているのですか?」

「まさか。可愛い弟子を痛めつける道理はあるまい」


 得意げな顔でアレクは答える。

 レジスが起きていれば、『おまわりさん、虐待してくる幼女がいます。逮捕して下さい』と懇願していたに違いない。


 レジスの治療が終わり、二人は一息つく。

 意識的に目を合わせようとしなかったウォーキンスだが、

 ここで初めてアレクの顔をじっと眺めた。


 レジスの傍で、快活に微笑む魔法師――アレクサンディアの姿。

 それは、彼女を憎むウォーキンスの目にどう映ったのか。


「……はぁ」


 ウォーキンスは感慨深げに、それでいて諦観じみた息を吐く。

 顔を見つめられて嘆息されるのは好きではないようで。

 アレクはジト目で指摘した。


「何じゃそのため息は」

「いえ。少し、おかしかっただけです」


 そう言って、ウォーキンスは少しだけ微笑んだ。

 毒気のない表情に、アレクも困惑する。

 冷や汗を垂らすアレクが面白いのか、ウォーキンスはお腹を抑えて言い放った。


「先ほどアレクサンディアは、私に”変わった”と言いましたが、

 私から見れば貴方の方が変わりましたよ」

「……そうかぁ?」


 アレクは居心地が悪そうに頬を掻いた。

 しかし、満更でもなさそうである。


「豹変と言っても差し支えありません」

「それは言いすぎじゃ」


 この時、二人は初めて同時に笑みを見せた。

 かつてのわだかまりが少しずつ打ち解けてきたのか。

 第三者が見れば、ほっとするような一幕だった。


「そろそろ日が沈む。冷えても何じゃし、帰るとするのじゃ」


 アレクは起き上がり、グーッと背伸びをした。

 とても満足げだった。

 レジスと一緒に騒げたことがこれ以上なく嬉しいのだろう。


「酒瓶とレジスは我輩が運んでやるのじゃ。

 セフィと敷物は任せても構わんな?」

「はい。大丈夫です」


 二人を起こした方が帰りは楽である。

 しかし、せっかく気持よく寝ているのを起こすのは気が引けたのだろう。

 このまま屋敷のベッドまで運んで行くつもりらしい。

 二人は片付けを済ませ、それぞれの荷物も持った。


 後は帰るだけとなった時、アレクがボソリと尋ねた。


「……ウォーキンスよ」

「なんでしょう?」


 ウォーキンスは首を傾げる。

 そんな彼女に対し、アレクは真剣に訊いた。


「我輩たちは――レジスの望む関係になれると思うか?」


 恐らく彼は望んでいるのだろう。

 アレクサンディアとウォーキンスが、和解して手を取り合う光景を。

 しかし、言うまでもなく二人の意見は一致していた。


「無理ですね。たとえご命令があろうとも、貴方と仲良くできるとは思えません」

「ふっ、じゃろうな」


 アレクは乾いた笑みを浮かべた。

 予想通りの返答だったらしい。

 彼女は空を見上げながら呟く。


「――我輩たちは、近づくにはあまりにも遠ざかりすぎたのじゃ」


 悠久の時間を歩んできたからこそ出せる結論。

 もはや友好など望めまい。

 だが、ここでアレクは指を立てた。


「しかし、じゃ。ここで過去を槍玉に挙げて対立するのは本意ではない」

「ここはディン領。過去の私怨を持ち込むべきではない、ということですか」


 出会った場所が更地や他国であれば、

 怨嗟に導かれるまま殺し合いをしていただろう。

 しかし、この地には両者にとって壊したくないものがあまりにも多い。


「じゃから、落とし所を決めておくとする」


 譲歩のような一言。

 しかし、その口調は決して穏やかなものではなかった。

 ぬるい馴れ合いで過去を打ち消すつもりは、さらさらないのだろう。

 アレクは敵意を込めた目で、協定を宣告した。


「――レジスがいる限り、汝との因縁を黙認してやる」


 特に不満はないのだろう。

 ウォーキンスもすかさず頷く。


「――レジス様がいらっしゃる限り、私も貴方を見逃して差し上げます」


 その時、ピキッと魔力が拮抗する音が響いた。

 守りたい者を運びながら、首を飛ばしたい相手を牽制する。

 しかし、それも一瞬のこと。


 二人はレジスとセフィーナを背負い、屋敷へと帰っていった。

 甚だしい盛り上がりを見せた花見は、ここに終了したのだった。



 結果を見れば、レジスの執り成しは成功したと言える。

 共に無視を貫いていたアレクとウォーキンスの仲を、会話が可能なまでに回復させた。

 噛み合えば爆発してしまう死の歯車を、一時的とは言え停止させたのだ。


 しかし、勘違いしてはいけない。

 両者が持つ憎しみの牙は、

 今なお仇敵を食い破ろうと唸りを上げている。


 現在の状態は、いわば停戦。

 友好ではないのだ。


 大陸の四賢の生き残りとして今を生きるアレクと、

 ディン家の使用人として今を生きるウォーキンス。




 この深き溝は――まだ埋まりそうにない。



次話→8/1

次回からレジス視点に戻ります。

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