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3月26日。
朝からはよい天気であったのだが、突然として激しい雨へと変わっていった。
赤い傘をさしながら、紅い紙と真っ赤な目をした少年はゆっくりと家に帰っているところであった。
「……そこのお嬢ちゃん」
老人が少年に向かって言った。
「なにかようですか?」
「頼みたいことがあるんじゃ」
「頼みって」
「これをとある子供に食べさせてくれぬかのう」
老人は懐からあめ玉を出し、少年に見せる。
少年は少し考えながら、あめ玉を受け取った。
「子供って?」
「頭に耳がついておる」
「……」
「猫のような耳じゃ。やってくれぬか」
少年は黙ったままでいたが、やがて口が開き、
「いいよ。どこにいるの?」
「お嬢ちゃんの家におる」
「わかった。ありがとう」
そのとき、急に風が吹き始め、少年――いや少女は一瞬、目を閉じた。風が止み目を開いた時には、老人の姿は消えていた。
「いったい何者なんだ……」
そう呟き、神翼乃は自分の家へと歩いていった。
少し時間をさかのぼり。
白銀の髪をいた青年は、雨の中を駆け抜けて自分の家へと帰ろうとしていた。
「今日は雨が降りそうだから、傘持っていった方がいいぞ」
出かける前に言われた妹の言葉を思い出すと、「確かにそうだなっ」と走る速さをあげた。
「……!」
公園の前を通ろうとした時、微かにだが騒ぎ声が中から聞こえてきた。
青年は立ち止まったが、気のせいだと思い走り出そうとした瞬間。
「……!」
今度ははっきりと声が聞こえ、青年は気になって公園の中に入っていった。
「――誰もいないじゃん」
周りを見渡し出ようとした時、林の方から音が聞こえた。
「あっちか!」
林の中に入り、青年は声を頼りに走った。
だんだんと大きくなっていき、辿り着くと、そこにはたくさんの猫に囲まれ倒れている子供の姿があった。
「なんだよ、こいつ……」
青年は少しずつ近づきながら、子供の姿を観察した。
子供は靴を履いておらず、来ている服はボロボロで、首には機械で作られた首輪がはめ込まれている。
だが、青年が子供を見て、最初に驚いたのは。
「(頭についているの……猫耳か?)」
青年は猫の輪の中に入り、子供の前にしゃがみ込んで、頭にある猫耳を触ると、ピクッと動いた。
「生きているようだな」
周りにいる猫たちがニャーニャーと強く鳴いていた。
「助けて……って言ってたのか?」
青年の質問に答えるかのように、一匹の猫がニャアと鳴いた。
「そのままにしておくのもなんだし……助けてやるさ」
子供を両腕に抱え、青年はその場を離れた。
ニャアニャアと鳴いていたが、五,六歩で足を止め、青年が振り返ると、さっきまでいたたくさんの猫が一瞬として消えてしまっていた。
「安心して、眠れよ」
公園を出ると、神壱鬼は子供を落とさないように大急ぎで雨の中を駆け抜けていった。