圧倒的な実力差
背後の一頭を任されたジン、ラング、ムウは、気配を消してじりじりと近付く。
実力より、経験に不安が有るので、3人で戦う事になったのだ。
魔法が効きにくいので、力押しでは倒せないからだ。
扇状の群を挟むように、右からアヤメ、左からツバサが迫る。
2人なら、退路を塞ぐ罠を仕掛けながらでも、確実に仕留める事が出来る。
むしろ、全てを一瞬で葬る事も可能であるが。
グンヌとメモリーは、アヤメから貸し出された通信用魔法具から、配置についた知らせを待っている。
既に、アヤメとツバサは罠も張り終え、待機している。
遅ればせながら、ジンからも通信が入ったので、グンヌとメモリーは狸寝入りを決め込んだ。
いや、メモリーは少し前からゴロゴロしていたので、見た目は変わらないが。
しばらくしてから、オルトロス達が動き出した。
十分に近付くまで待ってから、飛び起きるメモリーと、メモリーの合図で起き上がるグンヌ。
二頭のオルトロスが、一カ所に固まっている冒険者に向かって突っ込んでくる。
迎え撃つグンヌと、グンヌをサポートするメモリー。
場慣れしているグンヌは、メモリーの妨げにならないように立ち回る。
メモリーを隠すように、オルトロスの眼前に迫り、斧を叩きつけるが、二頭はするりグンヌの脇の抜け、グンヌの背後を狙うべく方向転換する。
背後に回ろうとした左側の一頭の胴を足場に蹴り上がり、もう一頭の向かって右側の頭にバク転した勢いを利用して足を叩き付ける。
足場にされた方はダメージがほとんど無いので、そのままグンヌに噛み付こうとするが、口に向かって風の矢が飛び込んできたので、慌てて口を閉じ、瞬時に矢を噛み砕く。
頭に一撃入った方は、片方の頭が衝撃で目眩を起こしたので、もう片方の頭と違う動きをした事により、一瞬だが動きが止まる。
無事だった方の頭が苛立ちで唸るが、直ぐに悲鳴に変わった。
メモリーの放った矢が、目に刺さったからだ。
オルトロスが、いくら魔法耐性が高くとも、眼球だけは他の魔物と同じような構造であろうと、メモリーが推測したのだ。
つまり、魔法を防ぐ事が出来ず、ダメージも大きい部分である。
痛みで動けない方は他の高ランカーに任せ、恐るべき反応速度で矢を噛み砕いたオルトロスと対峙するグンヌ。
オルトロスは、むやみに突っ込む事はせず、低い体勢でじりじりと距離を詰める。
十分に距離が縮んで、即飛び交ってくるオルトロスを、なんと真正面から受け止めたグンヌ。
驚いて固まったオルトロスを、ぶん回して地面に叩き付ける。
肺の空気と共に、血を吐き出したオルトロス。
その場からとっさに飛び退いたグンヌと入れ替えに、風玉がオルトロスの口内に入り、内部で破裂する。
口内と喉を引き裂く衝撃は、脳を激しく揺さぶり、首の骨に多大なる負担を掛け、血なのか、口内の肉なのか分からない、赤い塊を吐き出すオルトロス。
グンヌは、地面に突き刺さったままだった斧を引っこ抜き、これだけのダメージを受けながら、尚も立ち上がろうとする姿に感嘆しながら、オルトロスの背に向かって力の限り振り下ろした。
ボキリと、背骨が折れる音がして、本来とは逆の方向に背が折れ曲がり、しばらく痙攣した後、オルトロスは息絶えた。
もう一頭のオルトロスは、Aランカー1人とBランカー3人によって、追い詰められている。
弓使いと魔法師が時間を稼ぎ、大剣使いとランス使いが突撃し、暗器使いが綱糸で徐々にオルトロスの動きを奪う。
弓使いはメモリーの戦いを参考に、口が開く瞬間を狙い、大剣使いを食らおうとオルトロスが口を開いた瞬間に放つ。
何度も食らいたくないオルトロスは、とっさに体を捻って避けようとするが、足に綱糸が絡みよろけ、完全に避けきれなかった矢は、オルトロスの肩に当たるが、体毛に阻まれ掠り傷程度である。
オルトロスの注意が矢に向いた瞬間に、ランス使いが全力でオルトロスの胴に向かって突っ込む。
ランス使いの背中を風魔法で押す魔法師によって、オルトロスが反応出来る速度を超える。
勢いを利用した攻撃で、深々と突き刺さったランスを引き抜き、直ぐにその場から下がるランス使い。
ランスが突き刺さった反対側から、大剣がオルトロスの胴を叩き切る。
なんとか踏ん張ったオルトロスだが、全身に響く痛みにたまらず喘ぐ。
一瞬の隙を見逃さなかった暗器使いの綱糸によって、無理やり口を開かせられる。
開いた口に、片方には矢が、もう片方には氷の槍が突き刺さり、しばらくもがいた後、息絶える。
「お疲れさん」
グンヌに声を掛けられ、皆少し笑いながら頷いた。
森の中、一番近くに居たオルトロスの首を切り裂いて仕留めたツバサ。
あまりにも一瞬の出来事に、オルトロスは反応する事は出来なかった。
やった事は単純で、素早くオルトロスの眼前に滑り込み、下から双剣で切っただけである。
単純とは言え、速い上に、気配も察知出来ず、音すら立たないので、神業レベルの瞬殺であった。
故に、悲鳴すら上がらない。
「ふむ。アヤメと合流するか」
何の感慨も無く、淡々と剥ぎ取りを行った後、合流地点である、罠が仕掛けてある場所に向かう。
罠に引っかかり、身動きが取れないオルトロスを見下ろすアヤメ。
最初の一頭は、2つの頭をレイピアで貫いて終わった。
すれ違い様に、二連突き。
神速の突きは、見る事も出来ず、静かに戦いを終わらせた。
面倒なので、近くに息絶えたオルトロスを置いといて、足早に罠のある場所まで駆けつけたのだ。
「半分成功、半分失敗ね……」
なんとなく思い付いた魔法を、良い機会なので使ってみたのだ。
生け捕りを目的とした魔法で、対象の五感を全て奪う魔法。
掛かった獲物は、真っ暗闇の中、手足の感覚も、聴覚と嗅覚も、平行感覚ですら失い、意識だけが存在するような、ある意味地獄のような感覚に捕らわれる。
ちょっとした暗示を脳に叩き込んだだけなのだが、以外と手間が掛かる。
「ふむ……強過ぎだな」
声がした方を見ると、しげしげとオルトロスを観察するツバサが居た。
「人間なら、気が狂うぞ」
「そうね……」
暗示が強過ぎて、暗示を解いてもぼーっとしているオルトロスを見て、苦笑するツバサ。
ようやく感覚が戻った事に気が付いたのか、キョロキョロ辺りを見渡すオルトロスは、生まれたての子犬のようだ。
魔物でこれだと、人間では精神が持ちそうにない。
何も無いにも関わらず、びくびくと怯えて小さくなるオルトロス。
どうやら、魔物でも耐えられそうにないようだ。
逃げる事すら出来ない状態まで追い詰められてしまっている。
声も出ないらしい。
「かわいそうになってきたな」
ツバサの言葉に、小さく頷いてとどめを刺すアヤメ。
「まあ、他に使う予定は無いから、別に良いけれど」
「なら試すな」
もっともである。
「ちょっとした出来心よ。戻りましょう」
「待て、剥ぎ取りはしなければ」
「要るの?」
「貰えるものは、貰っておく」
「じゃあ、あっちの回収して来るわ」
なんとも、緊張感の無い2人であった。
魔法に頼り過ぎていたと、初めて戦いの中で実感した。
「ムウ、どうしたら良いんだ?」
「俺に聞くな」
「……前見て」
魔法が通じないだけで、目の前の敵が異様に大きく見える。
今までの魔物の中には、もっと大きな魔物も居たのにも関わらず。
ジンとムウはまだ良い。
2人は魔法が得意とは言えない。
だが……
(……僕には魔法しか無いのに)
ラングにとっては、無力な自分を再認識させられる状況だ。
実際には、ジンとムウに最大限の援護をしており、十分な成果を出しているが、目に見えた成果ではないので、自らが納得出来ないのだ。
ジンとムウは、ラングの援護に感謝しているし、無ければ大怪我をしているだろうと思われる。
ラングは、魔法師としての役割に対する認識、戦いに対する姿勢、確固たる意思が足らない。
魔法師は、攻撃だけが持ち味ではない。
魔法師は、見方を信じる必要がある。
魔法師は、どのような時でも、目的の為に耐えなければならない。
たとえ、目の前で見方が倒れようとも、魔法が効かなくとも、最大限の力で、全ての手段を使って、最後まで立ち続ける必要がある。
魔法師には、戦士職にはない回復手段、移動手段があるからだ。
そして戦士職は、魔法師が居れば後ろを気にしなくて良い。
影で支えるのも、魔法師の仕事である。
なにも、攻撃するだけが戦いではないのだから。
だが、経験が少な過ぎるラングには、まだまだ理解出来ない事なのだろう。
「ジン、頭は2つだぞ!」
オルトロスは双頭である。
つまり、視界も、口も2つ。
片方の頭に気を取られたジンに、大剣を振り上げた事で開いた脇腹目掛けてもう片方が噛み付こうとするが、ジンの後ろから飛び出したムウが蹴りを食らわせ、強引に引き離す。
片方の頭がのけぞり、もう片方もつられてバランスを崩す。
「助かった、ぜ!」
直ぐに、のけぞった方に大剣を叩き付けようとしたジンだが、もう片方の頭が察知し、後ろに飛び退いてかわす。
が、オルトロスの直ぐ後ろには、ラングの光の盾があり、下がる事が出来ずに横に体をずらしたが、かわしきれずに右肩を大剣が掠める。
僅かに切れた右肩は、骨にも衝撃が伝わったのか、ほんの少し動きが鈍った。
「すばしっこい!」
「慌てるな。ラング、なんとか固定出来ないか?」
「……ちょっと待って……」
少し悩むラング。
「……少し、足止めしてくれるなら、なんとかなりそう」
「だとさ」
「俺かよ!」
「一瞬、足が止まれば良いだろう?」
「……うん」
ジンの反対側に回るムウを見て、なんとなく察したジン。
動き回るオルトロスを中心に、目で合図して一斉に迫る。
両脇から、勢い良く突撃してくる2人を見て、双頭がそれぞれ反応するが、どちらに避ける事も出来ず、前に出るか、後ろに下がるか躊躇する。
その隙を見逃さず、ラングがオルトロスの両脇を挟むように盾を張る。
見事に挟まり、身動き取れないオルトロスは慌てて暴れるが、そう簡単には壊れない。
急ブレーキをかけて、盾にぶつかる寸前に立ち止まったジン。
勢いをそのままに盾を蹴り、後ろ向きに宙返りをして着地するムウ。
「セーフ!」
「ジン、背後から大剣を叩き付けろ」
「ん? おう!」
身動き取れないオルトロスの背後から、思いっきり大剣を叩き付けるジン。
鈍い音をたて、オルトロスの背に大剣が食い込み、衝撃が全身を駆け巡る。
流石に耐えられない痛みに、少しのけぞった後、荒い息で尚も踏ん張るオルトロスだが、僅かに開いた口目掛けて、左の頭にムウの刀が突き込まれた。
もう片方が驚いて顔を上げると、直ぐに風の矢が両目に突き刺さり、たまらず叫んだ瞬間、今度は口に風の槍が突き刺さり、先端が腹から突き出した。
「ちょ!? おいおい……ラング、ストレス発散出来たか?」
深々と突き刺さった槍を見て、ちょっと引いたジン。
完璧に八つ当たりである。
「……うん、すっきりした」
爽やかに返すラングに、ちょっとぞっとしてしまったジン。
息絶えたオルトロスを見て、直ぐに剥ぎ取りを行っていたムウも、背筋が冷たくなった気がして、少し固まった。
笑顔が怖いよラング……。
「怒ったラングは怖いな」
「そうだな」
ジンとムウの会話を聞いて、全く自覚がないラングは首を傾げた。
剥ぎ取りを終わらせ、合流すべく移動する3人。
とても機嫌が良いラングに、とりあえず触れない事にしたジンとムウであった。




