甘い考え 足らない覚悟
メモリーは必死に遠距離魔法を放っているが、前に居る冒険者の動きがバラバラでなかなか狙いが定まらないようだ。
「なあ、助けに入った方が良くね?」
「依頼人が危なくなるわ。メモリーが居るから、大丈夫でしょう」
「キツそうだぜ?」
「いざという時は、メモリーの魔法が炸裂するだろう。問題ない」
「それ、周り巻き込むだろう!」
「構わん。冒険者が油断するのが悪い。後方支援、治療班の事も考えず、自らの事で手一杯など、護衛依頼を受ける資格もないな。あの程度の冒険者は、遅かれ早かれ、その辺で死ぬだろう。実力を把握せぬままに、舞い上がったまま依頼を受けて、いざ戦いとなったらパニックになるなど、考えが甘い」
「最初はそんな感じだろう? 仕方ないと思うぜ」
「仕方ないって理由で、魔物が、死が見逃してくれるとでも思うのかしら?」
「う……」
冒険者とは、常に死地に向かう過酷な職業だ。
自由と引き換えにしたとしても、釣り合わない程の過酷な現実にぶつかる。
ただの憧れで、お伽話を真に受けて、軽い気持ちでやるべき仕事ではない。
冒険者が死ぬ時、悲しむ者は居ない。
冒険者の現状を知る事が出来ないから。
どこに居るか、生きているか、どんな最後を迎えたか、どんな功績を残したか、知る者は限りなく少ない。
名を上げれば別だが、それは簡単な事ではない。
大概、ある程度の高みまでたどり着いた時、世界の厳しさにぶつかる事になる。
だが、それを覚悟していなくとも、冒険者となった時点でそうなる運命である。
逃げる事、すなわち死である。
目の前の事から目を背けた時点で、既に結果は決まっている。
敵を侮った時には、死ぬ程後悔する羽目に遭う。
人脈絶えた時、道も絶える。
頼れるのは己のみ。
心強い見方は己の力のみ。
そういった世界である。
言い訳は通じない。
グンヌ達高ランカーは、既にその事を身を持って体感している。
故に、見た目に惑わされず、侮る事を忘れ、孤独を受け入れ、死を覚悟している。
彼らは、真の強者と言えよう。
「メモリーの魔法に当たって死ぬなら、それが彼らの限界だったと言う事だ。その程度の事、世界中で起きている。むしろ、力を得て、チャンスを得られただけで、幸運と言えよう」
暗に、世界中で人々が抵抗出来ぬまま、一方的な虐殺に合っている事を告げる。
その事を、自ら体験したムウには、今の自分がどれだけ恵まれているのか、言われずとも理解出来ている。
視線を戦いに向けたまま、一同は動けずにいる。
アヤメとツバサは単に敵を視界に入れておきたいだけだが、ジン、ラング、ムウには今まで気にしていなかった恐怖を感じている為、動けなかった。
どれだけ自分の考えが甘かったのか、どれだけ強い2人に頼ってきたか、どれだけ自分達が幸運だったのか、改めて理解したが故に。
「あくまで、今組んでるだけの冒険者を、体張って助ける義理は無いわ。冷酷だと言われようと、自分の身が一番大切だから。それに、同じ位大切な仲間も居るし、守る事を条件に報酬を払って貰う依頼人も居るわ。自らの判断で戦いに参加した他人を、助ける余裕は無いわ」
「あう……」
情に捕らわれ、本来の役割を忘れる訳にはいかない。
大切な仲間を放って、他人を助ける気にはならない。
自己犠牲は、良い事ではない。
単なる、自己満足でしかない。
綺麗事で、生きてはいけない。
「もっと、視野を広げろ。あちらばかりに気を向ければ……」
ザンッ!
「こんな事にも気が付けないぞ」
皆の背後、直ぐ近くまで近寄って来ていた人食いコウモリを、風を飛ばして切り裂いたツバサ。
音も無く、黒い体は闇に溶け、気配は限界まで消されている敵だが、普段ならば常に背後にも気を張り巡らしているジン、ラング、ムウならば、僅かな違和感を察知する事が出来る。
だが、今回はツバサが風を飛ばすまで、敵の接近に全く気が付かなかった。
目に見える事に、全ての集中力を向けていたからだ。
冷たい物が背に触れたような、本能的な恐怖が全身を駆け巡る。
「うあ? 何この感覚!?」
「……寒くないのに、震える」
「あの時に似ている……これは、間近な死に対する恐怖だ……」
ムウだけは、この感覚に覚えがあるようで、直ぐに冷静になり立ち直った。
「警告はしたぞ」
「自らの力を、過信しない事ね」
あくまでも冷静に、側で怯えるジンとラング、反省しているムウに念を押す。
その冷酷とも言える態度に、逆に安心感を覚え、恐怖と言う呪縛から解き放たれたジンとラング。
この状況で平静を保っている存在は、それだけ大きな存在である。
先導してくれる存在に、安心感を覚える事は、緊急時には良くある事だ。
「悪い」
「……ごめん」
「はい」
再び、気配は探る事に集中する一同。
そして、集中し始めて直ぐに危険を感じてそちらを見やる。
メモリーから、魔力が溢れ出していた。
突然膨らんだ魔力に、驚いた冒険者達が振り向いた。
「いい加減にしろー!」
メモリーの堪忍袋の緒が切れた。
魔物達も、この変化に驚き、足を止め、様子を窺う。
「飛び交え風の刃! 引きずり込め底無しの闇! 敵を捕らえよ茨!」
風の刃があちらこちらに飛んでいき、足元に広がる闇が魔物を食らおうと口を開き待ち受け、茨が逃げ惑う魔物を捕まえ縛り付け闇に放る。
完璧に敵味方気にしてないので、冒険者も巻き込まれそうになり、慌てて退避しようとするが、茨が追い掛けてくる。
グンヌ達高ランカーが、近くの冒険者を助けながら、なんとか避難する。
「飲まれたら、どうなるんだ?」
「闇は生命力を奪うから、全身が干からびると思うわよ」
「グンヌも良くやるな。放っておけば良いのに」
「……人手不足だし、減ったら困るし、まだ仕事有るし、一応仲間だし?」
「囮位にはなりますよ」
「お前ら容赦ないな!」
ありのままの事実を告げるラングと、思いっきり蔑むムウ。
ラングはどうやら天然らしいので、他意は無く、普通に事実を口にしただけで、悪気は全く無い。
ムウは、師匠を馬鹿にした事を、未だに根に持っているようだ。
「ふーん……メモリーはようやく頭が冷えたみたいね」
アヤメの視線の先には、頭を抱えてうずくまっているメモリーが居た。
自分がやった事だが、あまりの惨状(干からびた魔物が、そこら中にごろごろ転がっている)に、自負の念に苛まれているらしい。
巻き込まれそうになった冒険者に、ひたすら謝っている。
冒険者達も、自分達の失態が招いた事なので、責める気は無いらしい。逆に謝っている。
謝り合うと言う、おかしな光景が広がっているが、本人達は気付いてない。
「そういえば、人前では語尾が付かないんだな」
「メモリーの事? 一応、魔物だとバレたくないのでしょう。私達は既に知っているから、違和感があるけどね」
「……無理してないかな? ……喋りにくそうだけど」
「癖だからね~かなり意識してるんだろうね~おかげで、長い長いお喋りは、かなり短縮されてるけどね~」
「それでも、普通の感覚からしたら、十分長いですね」
「まあね~」
ほとんど黙る事がないメモリーに、呆れてしまう一同。
ようやく、魔王が人語を禁止していた理由が、きちんと理解出来た。
因みに、人語を禁止されていただけなので、魔物の言葉では喋り続けて居たと、アミダが苦笑していた。
「! 武器を持て」
突然、ツバサが皆に警戒するように促すので、一瞬困惑したが、素直に従うジン、ラング、ムウ。
アヤメは困惑する事も無く、直ぐに警戒態勢に入っていた。
メモリーの方もちらりと確認すると、メモリーも油断無く周囲を探っていた。
いきなり警戒し始めたメモリーに、不思議がる周りの冒険者達。
グンヌも、少し遅れて気付いたようで、愛用の斧に手を掛ける。
まだ姿は見えないが、何か視線を感じる事は出来る。
真っ暗闇でも、ある程度の距離なら見る事が出来るメモリーが、血の気の引いた顔で木々の向こうを見ながら呟いた。
「オルトロス……」
その名に、ぎょっとする冒険者達。
双頭の犬の姿で、真っ黒な体毛、体高ニメートル弱、火山に生息する為火に強く、生半可な魔法は特殊な体毛が弾き、その爪は薄い鉄板を切り裂く。
Aランク上位の魔物である。
魔法師の天敵とも言われる。
「しかも、群ね」
「五頭……いや、六頭だな」
他の冒険者に聞こえないように、囁くように告げるアヤメとツバサ。
ひそひそと喋るのは、要らぬ争いを避けたい為だ。
この状況でも、無駄にプライドが高い(三流の)冒険者にとって、学生の言葉をまともに受け取る者は居ない。
下手に噛み付かれて、対処に遅れたら大惨事となる。
耳が良いメモリーには聞こえたようで、メモリーが変わりに伝えてくれた。
「群? 作る習性あったか?」
「無いわよ。あと、火山でもないのに、こんなに人里近くに生息しないわ」
「……何で此処に?」
「生態系が変わったか、この前の騒動の時に移動したか、だろうな」
「どうしますか?」
「あいつらは頭が良い。先ほどの魔物共のように、ただ突っ込んで来たりしない。こちらが弱るのを、虎視眈々と狙っていたんだろうな」
ツバサが先ほどまで戦場となっていた場所を見やる。
慌てふためいた冒険者が続出した結果、負傷した者、魔力が尽きた者が多い。
戦える状況の者は、一握りの高ランカーしか居ない。
しかし、いくら高ランカーでも、一頭でも手こずる相手が、六頭で現れた時点で、精神的に追い詰められてしまう。
「あら、メモリーどうしたの? 彼らの元に居なくても?」
「分かってるくせに、意地悪だニャ」
「一応、非戦闘員だからね。かまってる余裕は無いでしょう?」
「私が気付けなかった、隠れてる一頭の気配に気付いた奴が言うニャよ。あれの気配はそうそう察知出来ないんだからニャ」
オルトロスは、闇の魔力を纏う事で、完全に近い程に気配と魔力を遮断している。
完全ではなくても、暗闇に包まれた森の中では、十分な効力を発揮する。
感覚が人より数倍優れているメモリーでも、一頭だけ後ろに回り込んでいたオルトロスに気付く事は出来なかった。
気配の大きい方に、気を取られてしまった為だ。
「私達が常に気を付けている、警戒範囲に入った気配は、絶対に見逃さないわ」
「範囲の広さは、どれだけニャ?」
「教えないわ」
「流石に隙が無いニャ……」
「当たり前よ」
ほんの少しの情報を与え、先に牽制しておくアヤメ。
これで、メモリーは迂闊に探る事が出来なくなった。
どれだけの範囲か知りたくても、どこからが範囲外なのか分からないので、探りようが無い。
「はあ……仕方ないニャ。それより、グンヌが呼んでいるニャ」
「それを早く言いなさい」
軽く頭をひっぱたいて、メモリーの首根っこを掴んで引きずっていくアヤメ。
警戒態勢を緩めず、アヤメの後を追うツバサ。
空気のようについて行くジン、ラング、ムウ。
足早にグンヌの元へ行く。
「何用かしら?」
「わざわざ悪いな。オルトロスが居るらしいからな、ちょっと相談があってな」
「グンヌに聞いていない。後ろの者に聞いている」
アヤメの問いに、グンヌは歯切れ悪く答えるも、ツバサにバッサリと切り捨てられた。
グンヌの後ろで、不機嫌そうに此方を見ている冒険者達が、何やらもの言いたげにしていたのだ。
ベテランではないが、既にそれなりの実力を備えた冒険者。
一人前と胸を張れる位の実力を持つ者達が、グンヌの指示で集まっていたのだ。
「偉そうに……今までどこに居やがった? 治療班だろうが!」
「治療班は前線には出ないのが鉄則ですから、後ろの方で待機してましたよ」
「呼んだだろう! 仕事しない奴に用は無い! 依頼放棄として、罰則を受けろ」
「あなた方が決める事ではありません」
「規定を知らんのか? 罰則規定に触れているんだ! それを同じ依頼を受けた冒険者には、通告する権利が有るんだよ!」
「言われなくとも、知っています。それならば、私からもギルドに報告します。依頼人を放っておいて、保身に回ったようですので」
アヤメの言葉で、ようやく依頼人の事を思い出した冒険者達。
「な、何を……誰にも余裕が無い状況で、そこまで気が回るか!」
「言い訳は見苦しいですよ。依頼人を、命懸けで守るのが、護衛依頼です」
「お前達に言う権利は無い! 逃げ出した奴らになんか……」
「どうやって、逃げるのですか? あの状況で。あちらこちらに魔物が入り込んだ状況の中、逃げて戻る余裕が有るとお思いでしょうか?」
「に、逃げてねえなら、冒険者を盾にしたんだろ!」
「話になりませんね」
呆れた顔で、グンヌを見やるアヤメ。
「はあ……いい加減にしろ! お前達馬鹿だろう? あれ、見やがれ! おーい、あっちを照らしてくれ」
グンヌが、高ランカーグループの魔法師に声を掛ける。
魔法師の男性は、全て理解しているようで、黙って従った。
薄暗く照らされた先には、無数の魔物が横たわっている。
「え? あそこは……」
「依頼人のテントが有る所だ」
「誰が……」
「こいつらだ」
グンヌが〈レジェンド〉一同を、肩越しに親指で指差す。
グンヌの視線は、愚か者達に向けられたままだ。
「冗談キツいっすよ……」
「見た目で判断すんな愚か者。一番最初に魔物の襲撃を報告しに来たのも、こいつらだ。5人パーティーの内、4人はSランカーで、残り1人はAランカーだ」
「ええ!?」
絶句する愚か者達。
「そろそろ良いか? オルトロスが距離を縮めてきている」
「位置は?」
「森の中に扇状に五頭、道側……つまり、背後に一頭だ」
ツバサが、一応道になっている方向を指差す。
道と言っても、ガタガタで歩きにくい獣道だが。
「背後? いつの間に」
「互いに連携しているみたいだ。慎重に、退路を狭めているな」
「おいおい……群ってだけで変なのに、連携プレーだと?」
「常時など、今は役に立たん。捨ててしまえ」
「簡単に言うなよ……」
「死にたいか?」
「……分かった。捨てる」
「うむ。先の戦いで活躍した、メモリーとグンヌ、高ランカーを警戒してか、かなり慎重に気配を消している」
「だから、動きが遅いのか」
「だろうな。私達は、テントの後ろだった事と、光が届かなかった事で見えなかったのか、警戒されてないみたいだ。動いてもあちらが反応しないからな」
いつの間にか、魔物の反応を伺っていたようだ。
「どうやって確認した?」
「愚か者が叫んでいる間に、少し移動して戻って来たが、あちらの注意が追って来なかった」
「気付かなかった……」
アヤメとメモリーはもちろん、ジン、ラング、ムウは気付いていた。
あえて気配を消さず抑えるだけにして、ぶらりと散歩をするように、しかし一切隙の無い動きで、依頼人用テントの反対側にある、水の入った樽が置いてある場所まで行き、アヤメがグンヌに話を降るのを合図に、駆け足で戻って来たのだ。
念のため、足音だけは消していたが。
因みに、樽のある場所までは、約30メートル程である。
一瞬だが、アヤメとツバサがアイコンタクトを交わしたのを、メモリーだけは見ていた。
まさに、阿吽の呼吸である。
「そこでだ、油断されていて、向かって行っても逃げられたり、逆に多数で囲まれたり、むしろ気にされない私達が、群に近付いていく。あくまで、ゆっくりとな」
「俺達が囮って事か?」
「そう言う事だ。逃げられても、周辺に被害が出るか、戻ってくるから困るだろう? だから、逆に魔物の背後に回り込んで、退路を塞ぎたい。警戒されてないから、物陰で気配を消せば、気付かれない」
「俺達は、油断したふりして、引き寄せるんだな」
「流石、話が早い」
簡単に言ってのける実力者の話に、他の冒険者は口を挟む事は出来なかった……




