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バタバタと出発

「おい、起きろよ!」


 ジンが不機嫌そうに言う。

 朝、部屋に行っても姿が無かったラングとムウを探しに、昨日の談話室に向かったジン、アヤメ、ツバサ、メモリーは、談話室の床で本に埋もれながら寝ているラングと、ソファーで本を枕にして寝ていたムウを見付けて、思わず脱力してしまう。

 あのまま、本にのめり込んでしまって、いつの間にか談話室で、ぐっすり寝てしまったらしい。


 多分、お仕事中の執事かメイドが毛布を掛けてくれたのだろう。

 足元に滑り落ちた毛布を、丁寧に畳んで脇に置くアヤメ。


 本を片付けながら、汚れたり、破れてないか確認するツバサ。

 他の技術に比べ、印刷技術がかなり発展しているとは言え、まだまだ本は高級品である。

 学園の教科書なんかは、元々薄い教科書であると共に、上級生から下級生に受け継がれている物もあり、貴族の子供以外は譲り受けた教科書を大事に使っている。

 一応、小さな汚れや、軽度の破損位ならば、魔法で直せる職人がいるが、限度があるのは当然だ。


 中には自動修正の機能がある魔法本もあるらしいが、魔法本はダンジョン突破の報酬だったり、代々受け継がれる王家の家宝だったり、高ランクの魔物の所持品だったりするので、普通お目にかかる事は無い。

 ただ、内容が高難易度の魔法だったり、古代魔法である為、読んでも意味が無いと思われる。

 解読出来ない言葉で書かれている物もあるようで、現在必死に学者達が解読しようと全力で取り組んでいる。


「よし、終わった~」


 とりあえず片付いたので、朝食が用意されている部屋に向かう事に。









「朝から重いわ……」

「無理だね~」


 着いた途端、目に入った料理に思わず後ずさるアヤメとツバサ。

 昨日、職人魂に火が付いてしまった料理人達が、朝から暴走してしまったらしい。

 大皿に盛られた料理の山。

 肉料理、魚料理、野菜、いろんな種類のパン、大きな鍋に入ったスープ、果物を使ったデザート……うん、多すぎる。

 ハーブを詰めた豚の丸焼きとか、魚の揚げ物やら、色とりどりの野菜がごろごろ入った煮物、沢山の具が挟まったパン、肉と魚と野菜のスープ、果物の盛り合わせと、果物や木の実を使った焼き菓子など、明らかに朝食の風景ではない。


「なあ、今朝か?」

「……世界の時間の流れが変わっていないなら、朝だと思う」

「そんなにいきなり変わられたら、たまったものではない」


 流石にジン、ラング、ムウも引いているようだ。

 メモリーは興味津々で料理を観察しているが、手を着ける気配は無い。

 既に来ていた冒険者や、依頼人は黙々と食事を取っているが、依頼人は限界が近いらしい。

 冒険者は朝からでもがっつり食べる者が多いようで、次々と料理を片付けていく。

 グンヌの近くに、食べ物の残骸が山を作っている。

 どれだけ肉や魚を食べたら、これだけの山が出来るのだろうか……。

 とりあえず、少しずつ皿に取り分けて開いてる席に着いた一同。


「おう! お前ら、今日の昼前には出発するからな! しっかり食っとけよ!」


 一同に気付いたグンヌが、出発の時刻を告げる。


「早いですね」

「ここは落ち着かねー。時間も足りない位だしな」

「分かりました」


 多分、居たくないだけだろう。

 なんとなく察したアヤメは、何も言わず頷いた。

 アヤメとツバサは珍しい果物やデザートだけ食べたあと、そそくさと準備に取り掛かる。

 ジン、ラング、ムウは、何度かおかわりをしたあと、自分達も部屋に戻り準備に取り掛かった。

 荷物が極端に少ないメモリーは、魚料理を堪能したあと、椅子でまったりとうたた寝していた。









「もう行くのかい?」

「え、いや、時間が足りないもんで……足りないですから」


 ブラストに声を掛けられて、一瞬身構えたグンヌ。

 苦手意識が深く根付いたようだ。


「そうかい。仕方ないね。騎士が門まで送るよ」


 残念そうに言うブラスト。

 だが、見る者が見れば分かる。

 全く残念そうではないと。


「は、はい? えっと、そこまでしてもらう訳には……」


 グンヌの抵抗虚しく、既に騎士が列を作っていた。

 アヤメとツバサは、ブラストの目から読み取る。


((ああ、早く行けと言う事か……))


 何故突き放すのか、理由が分かっているアヤメとツバサは、理由が理由なので黙って見守っている。

 ちょっと、グンヌが可哀想になってきてはいるが。


「それじゃあ、また機会があれば」

「はははは……そうですね……」


 グンヌの顔には、城に来るような事なんてそうそう有る訳ないし、来たくもないと書いてある。

 グンヌの合図で歩き出した一行。

 新入生は旅が初めての者が多く、不安が見て取れるので、今のところ開いている荷馬車に乗せている。

 門を通り過ぎ、騎士が離れていくのを見て、あからさまにホッとするグンヌ。

 他の冒険者や、卒業生、新入生達もホッとしたようだ。


「分かりやすいな……」

「そうね」


 慣れているあなた達がおかしいのです。


「メモリー、何食ってんの?」


 歩きながら、何かを頬張るメモリーに、ジンが尋ねる。


「城からくすねてきた菓子だニャ」

「おい!」


 いつの間に……。


「ケチケチするニャ。これ位、良いではないか」

「袋いっぱいに入った菓子が、これ位で済む訳ないだろ!」

「今更遅いニャ」

「一つ頂戴~私の果物分けるから~」

「流石だニャ! 話が分かるニャ」


 同じく、袋いっぱいに果物をくすねてきていたツバサが、メモリーとお互いの戦果(?)を称えながら、分け合う。

 因みに、アヤメはパンをくすねてきていたりする。

 お昼に出された多種多様のパンを見て、ジンとラング、ムウが絶句したのは、言うまでもないだろう。

 グンヌは、物凄く遠い目で、虚空を眺めていた。










「テントが落ち着くな」


 野営地で、改めて(精神的に)快適なテント生活を堪能するジン。

 ラングとムウも、無言で肯定する。

 簡単な夕食を済ませた一行は、見張りを残してテントの中で体を休めていた。

 男女別の、大きなテントを複数組み立てた中央に、大きな焚き火がある。

 交代の時間以外、静まり返った野営地。

 一応、非戦闘員は見張りをする必要が無いので、のんびりとくつろげる。

 非戦闘員の中には、落ち着かないのか見張りの人に迷惑にならないように、周囲を警戒している者も居る。

 〈レジェンド〉の一同が、必要ない事をいちいち気にする事は無いが。


「ん?」


 ムウが起き上がり、周囲の気配を探り出した。


「どうした?」

「ゴーストだ」


 闇魔法が得意なムウには、闇の気配は手に取るように分かる。

 闇の住人であるゴーストの気配に、いち早く気付いたのだ。

 ゴーストには気配がほとんど無いので、察知するのが遅れてしまう事がしょっちゅうある。

 気が付いた時には、金縛りで動けない事も良くある事だ。

 おかげで見張りもまだ気付いていない。


「マジか」


 夜に会いたくない生き物であるゴーストだと聞いて、嫌な顔をするジン。

 夜に会いたくないと言っても、夜行性だから夜にしか会わないのだが。

 テントから飛び出して、グンヌの居るテントに向かうムウ。

 ジンとラングも慌ててついていく。


「グンヌさん、ゴーストです」

「む? まだ、見張りから連絡は無いが、本当か?」


 グンヌは、〈レジェンド〉の実力を評価しているとは言え、過信はしていない。

 訝しげに聞き返すグンヌに、苛立ちを隠せないムウ。

 そこに、完全武装で駆け付けたアヤメとツバサ。


「グンヌさん、ムウを疑う必要は無いですよ。闇魔法が使える者に、ゴーストの気配を掴むのは、息をする程に容易です」

「私達も使えるから~感知したよ~」

「ふむ。すまなかった」

「いや、良い」


 頭を下げるグンヌに、素っ気なく返すムウ。

 ムウとしては、こんな事に気付けない事が不満である。

 なにせ、囲まれているのだから。


「既に、野営地が囲まれています」

「誰かさんの対応が遅いのと、見張りが無能なおかげでね~」

「返す言葉も無いな……」

「ふん」


 鼻で笑うムウ。


「そういえば、ゴーストって鼻有る~?」

「鼻は有るでしょ」

「嗅覚は感じるかな~?」

「何がしたいのよ?」

「魔物よけの液体、改良したから効くかな~と思って~」


 前回、魔物に行く手を塞がれて、追いかけられた時に使った物を思い出した一同。

 直ぐに効力が薄くなるのと、嗅覚が鋭い魔物にしか効かない事が欠点だったので、密かに改良していたらしい。


「ゴーストに、効果は無さそうだけど?」

「市販の魔物よけが効かないからね~特性の魔物よけは高いし、次回に取っておこうかな~」

「そうね。こんな時に実験しない方が、良いとは思うわ」

「じゃあ、魔法で吹き飛ばす方向で~」

「ちょっと待て! 戦うつもりか?」


 勝手に進む話し合いに、待ったと声を掛けるグンヌ。


「ゴーストに普通の攻撃は効かん。魔法も同じだ」

「リッチ位なら斬れるけどね」

「普通の武器じゃないし~」

「師匠、そろそろ動き出しそうです」

「なあ、獣の声が聞こえたぞ」

「……まだ、遠いみたいだけど」

「お前ら、規格外にも程があるぞ……」


 うなだれたグンヌ。

 常識は捨てた方が良いよ。


「グンヌさん! 魔法です! まだ遠いですから準備を……って、何の用だ?」


 駆け込んできた見張りが、学生を見て鬱陶しそうに眉間に皺を寄せる。


「遅いぞ。こいつらの方が早かった」

「そんな戯れを……冗談言っている場合ではないですよ」


 グンヌの冗談だと思ったらしい。


「お邪魔みたいね。テントに帰るわ」

「頑張ってね~」


 見た目で侮られる事に慣れているアヤメとツバサは、黙って怒りを抑えているジンとムウ、俯いてしまったラングを連れて、グンヌ専用のテントから出て行ってしまった。

 グンヌは盛大に溜め息を吐き出し、見張り達に他の冒険者に声を掛けるように指示を出す。

 直ぐに走って行った見張り。


「見た目で判断するとは、ど三流め」


 見張りの背を見ながら、グンヌは小さく呟いた。









 冒険者達は焦っていた。

 ゴーストは、魔法師の火や聖魔法でなんとか対応出来た。

 だが、時間が掛かりすぎた。

 真っ暗闇の中、息を潜めて近付いてきたハイウルフの群、人食いコウモリの群が野営地まで何の妨害も無く、たどり着いてしまったのだ。

 夜目が効く魔物と、暗闇ではほとんど何も見えない人間では、どちらが優勢なのか子供でも分かる。

 それも、数が減っていないどころか、手傷も負っていない。


「慌てるな! 目に頼るな! 勘を信じろ! 今までの経験を思い出せ!」


 グンヌが声を荒げるも、闇の中に居れば心に本能的な恐怖が襲い掛かる。

 動けない者や、ただ武器を振り回す者が多数居る中、経験を積んだ高ランカーの冒険者だけが奮闘している。

 魔法師の照らす光は、少し先に行けば闇に溶けてしまう。

 見えないだけでなく、動きの遅い、攻撃力の低いゴーストと違い、素早い動きと、高い攻撃力を持つ魔物に、闇の中での戦闘は分が悪い。


 夜目が効くメモリーが、後方支援を受け持ってくれたおかげで、被害が抑えられているとは言え、限界が近い。

 メモリーは接近戦が苦手で、大人数と力を合わせるより、闇に乗じて暗殺する方が長けている為、守る事に慣れていない。

 魔法を使えば援護出来るが、やはり得意なのは目の前の敵に集中し、破壊する事である為、やはり守りには向かないのだ。

 援護される方が向いていると、自分でも自覚している。

 それでも、自分意外に支援出来る者が居ないので、止める訳にはいかない。


 完全に、後方支援部隊が麻痺してしまっている。

 故に、前線で戦う者が、前と同時に後ろも気にしなければいけない状態だ。

 踏み込めない状況が、焦りと疲れを蓄積させている。

 その影響で、怪我をする事が多くなってきている。

 近くで待機していた治療班が、前線近くまで来て治療する必要が出てきた。


 治療が出来る者が、前線に出るなどもってのほかである。

 治療しか出来ないから、非戦闘員として同行し、待機していたのだ。

 戦えない者が多いので、完全に足手まといになってしまう。

 だが、治療班がやられれば、回復手段がほとんど無くなり、ゆっくりと自滅していくだけである。


「終わったんなら早く下がれ!」

「もたもたすんな! こっちだ!」

「おい! 治療しろ! 早く!」

「震えてんじゃねえ! 守られてるだけだろうが! キビキビ動け!」

「後ろに居たら邪魔だろうが!」


 振り回される治療班の者達は、魔力の限界と戦いながら、ただただ駆けずり回る。

 中には、精神的に限界を迎え、隅っこでうずくまる者も居る。

 端から見れば酷い光景だが、戦う冒険者に気付く余裕は無い。


「馬鹿共が」


 戦闘体制のツバサが呟いた。

 あまりにも酷い状況に、面倒になったので近くの荷馬車の後ろで隠れている〈レジェンド〉一同。

 依頼人が守れれば良いので、戦いに参加するより、依頼人の近くで見張る事を優先したのだ。

 依頼人の事すら考える余裕が無い冒険者達は、依頼人を守る者を配置する事を忘れたようだ。

 おかげで、数匹の魔物がこちらに来ていたが、難なく排除出来た。

 アヤメとツバサは、暗闇の中での訓練も行っていたので、何の苦もなく戦う事が出来る。

 ジン、ラング、ムウは、ラングの灯す光の元、ムウの指示でジンが動き、ラングの援護、ジンが逃した敵をムウが対応する事で、確実に対処出来ている。

 見事に息が合っている。

 この辺の敵があらかた片付き、一度集まった〈レジェンド〉一同は、荷馬車の影からそっと様子を窺う。


 未だに苦戦しているグンヌ達を見て、深々と溜め息を吐き出した。

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