危うい現状
しばし、沈黙する一同。
「……つまり、〈フラウニア〉の誰かが、〈ニーファ〉の法家の者を狙ったのではないか、と?」
「向こう側からは、そう言われている」
「その対応の為に、国王と近衛兵、騎士や使用人が出払ったから、城内が閑散としていたのか」
「そういう事」
城内に冒険者が入って直ぐ、嫌みではない程の装飾品に感嘆したのは、城内に詳しくない冒険者だからこその感想だ。
国の顔となる王城が、冒険者が入っても気後れしない筈がない。
元々、〈フラウニア〉はあまり城内を飾らない体質なのだが、それは他国に比べた場合である。
いくら控えめとは言え、一般市民と変わらない感性の持ち主である冒険者には、入った瞬間から気後れする程度には、煌びやかな世界が広がっている。
簡単に言えば、その辺の冒険者程度がキョロキョロ出来る場所ではないのだ。
知らず知らずの内に、背筋が伸びてしまうものだ。
慣れている者意外は。
つまり、良く知る者には、一目で異常に気付く程に、城内の雰囲気がおかしかったのだ。
まず、人が居ない。
そして、自然豊かな国にも関わらず、飾られている花々が少な過ぎる。
城内の人々から、何かを気にしているような雰囲気を感じる。
さり気なく隠された、一人一人の小さな不安が、僅かな違和感となって現れていたのだ。
「隠しきれんよ。無くなりはしないのだから」
「どういう意味かな?」
「在りし物には存在感が有り、無き物には何も無い……ただそれだけの事。有る限りは、隠せない。存在感を」
「小難しい話だ。でも、確かに無理だろうね……」
「して、事実は?」
「有り得ないよ。此方も国の事で手一杯だし、手を出す理由も無いし」
「理由は有りそうだけど?」
「……それは、今ではないよ」
「そうだな」
何か有るのだろうが、今やる事ではないのは確かだ。
スヴェートのような愚王はともかく、ゲイルのようなちゃんとした王ならば、自国が弱っている状況で他国に手を出すような愚行は行わない。
「あわよくば、取り込もうとしたのか、あるいは……争いを求めたか」
「それは……」
「無くは無いだろう? 最近のあの国は争いを好むような行動が目立つ」
「それこそ、理由が分からない」
「その位、スパイでも何でも使って調べるんだな」
「まあ、そうだね」
「学園も気を付けた方が良いな。一応隣接しているし」
「頭が痛いよ……」
「気合いで頑張れ」
ツバサの無理難題に、頭を抱えるブラスト。
〈ニーファ〉の怪しい行動を知る事が出来たのは大きい。
小さい内に火種に気付けた事は、本当に有り難い。
思案にふけるツバサ。
「これは単なる好奇心なんだけど……君達がこんな面倒事を気にするのは、学園を担う者として? それとも……何か心辺りがあるから、かな?」
探るような目で、表面上は穏やかに微笑みながらブラストが尋ねる。
「学園なんて知った事か」
キッパリと切り捨てるツバサ。
「言う必要は無いですね。こちらの勝手でしょう? 探るのは止めませんが、知らない方が……あなたの身のためになる事もありますよ。私達を鎖に繋ぐ事など、出来ませんから」
微笑みを返しながら、アヤメが表面上は丁寧に忠告する。
「ですよね。調子に乗りました」
「人間の悪い所は、身の丈に合わぬ事まで手を着けたがる所だニャ」
「おっしゃる通りですね」
メモリーが、今まで見て来た事から導き出した結論を口にする。
苦笑するブラスト。
「そんな事より、そろそろ休みたいのだがな」
「これは失礼。部屋に案内しましょう」
執事の後に続いて、そそくさと部屋を出て行った一同。
その際、ちゃっかり残ったお茶菓子をいくつか持って行ったメモリー。
流石は猫。素早い。抜け目ない。
「いやはや、かなわないね」
静かにブラストが呟いたのを、近くに居た騎士が気付いて、無言で同意した。
◇◇◇◇◇
夜、賑やかな夕食を終えて、談話室でのんびりとしている一同。
食事は大皿に盛られた料理を、皆が好きな物を好きなだけ取り皿に乗せて、近くのテーブルで自由に食べられるようになっていた。
堅苦しい食事ではなかった事に、皆ほっとしていた。
冒険者がそんな自由な食事を振る舞われたら、当然騒がしい食事風景になる訳で、大いに盛り上がっていた。
大皿に乗った大量の料理は、あっという間に冒険者が平らげるので、追加の食事を運ぶ執事やメイド達は大忙しだった。
思いっきり磨き上げた腕前を披露するチャンスと、気持ち良い位にぺろりと料理を平らげる冒険者を見た料理人達が暴走してしまい、いろいろな料理を料理人同士で意見を言い合い作り合う内に、この短時間に新しい料理も沢山生まれ、そんな初めて見る料理に感動した冒険者によって、様々な意見や感想も飛び交い、より一層料理人達の職人魂に火がついたようで、今尚試行錯誤を続けているようだ。
皆、楽しそうでなりよりだ。
食事を終えて、城の至る所に設けられている談話室の一つを占領した〈レジェンド〉一同とメモリー。
丸いテーブルと、低めのソファー、壁際には色とりどりの花、柔らかい光を放つランプ、小さな本棚、壁紙と絨毯はシックな色使いで、とても落ち着く空間だ。
「ジン~」
「何だ?」
「呼んだだけ~」
ソファーでゴロゴロするツバサが、ジンを呼んだが、なんとなく呼んだだけのようだ。
首を傾げながら体制を戻し、ソファーに座りながら呆けるジン。
「ジン~」
「だから何? いて!」
振り向いた瞬間、ジンの額にデコポンが襲った。
結構、良い音がしたので、良い感じにヒットしたのだろう。
額をさすりながら、ツバサを睨むジン。
そんなジンの視線に、涼しい顔で見つめ返すツバサ。
「何がしたいんだ?」
「アヤメが構ってくれないから~暇なんだもん~」
アヤメを見ると、紙に何かを黙々と書いている。
「何書いてるんだ? ツバサなんとかしてくれないか?」
「ん? ああ、暇だったから新しい魔法を考えていたのよ。魔法陣の構築とか、新しい魔法現象の理論とか、解析とか」
「暇だからやる事か? それ」
「暇つぶし程度の物よ。研究員とかが纏める物より、かなり簡単な内容よ」
アヤメにとっての簡単が分からない。
「ツバサ、暇なら寝たら? 寝不足だと落ち着かないのでしょう?」
「ん~寝たくないんだよ~変な夢ばかり見るし~」
「珍しいな! ツバサが寝たくないとか、明日嵐なんじゃね?」
「ジン、槍だと思うわ。ツバサ、どんな夢なのよ?」
驚いた顔でツバサを見るジン。
今まで聞き流していたラングとムウも、ツバサに顔を向ける。
メモリーはソファーの上で寝ている。
「尻尾がいっぱい有る~狐のような大きな獣が暴れまわっている夢~大きな羽もあるよ~」
「何それ?」
「それによって、建物とか、大地とかが大きな被害を受けてた~」
「んな迷惑な!」
「起きて直ぐから疲れるのは勘弁して欲しいな~」
「そりゃあ、寝たくないな」
納得するジン。
何故だか沈黙するアヤメ。
「……因みに、周りに何か居た?」
「巻き込まれてた~」
「……そう」
何を気にしているのか分からないジンには、何故そこまで真剣にアヤメが悩んでいるのか不思議である。
「夢だろ?」
「ツバサの夢は、夢だからと侮れないわ」
「……考え過ぎじゃね?」
「だと良いわね」
「てか、そんな生き物居たか?」
「……さあ」
とりあえず、ツバサが落ち着かない理由だけは分かった。
単なる寝不足らしい。
それでも、人並みには寝ているが。
「ツバサ、それでも寝た方が良いし、部屋に戻りましょう? メモリーも運ばないといけないし」
「ん~分かった~」
「じゃあお先に」
アヤメがメモリーを抱えて、貸し与えられた部屋に向かう。
その後ろを黙って着いていくツバサ。
「俺も戻るわ」
「……僕はもう少し此処に居る」
「ふむ。俺も残る」
ラングとムウは、本棚に有った分厚い本を漁っている。
読み漁る気だ。
ジンは本に興味が無いので、部屋に戻って寝る事に。
足早に去って行ったジン。
その後談話室は、本のページをめくる音だけが響いていた。
◇◇◇◇◇
メモリーを部屋に運んでから、ツバサの部屋に向かったアヤメ。
ベッドに腰掛けるツバサの横に座る。
「夢で暴れまわっていた獣って、煌王の事よね?」
翼王として、真王に問い掛ける。
翼王が問い掛けた人物が瞑っていた瞼を開けると、瞳の色が空色から金色となっている。
難しい顔をしている真王。
「うむ、煌王が暴れている」
「何故ですか?」
「煌王の事だ。置いていかれた事が気に食わないのだろう」
「迷惑な事です」
「だが、ただそれだけで暴れる奴ではなかろう。問題が起きていそうだ」
「真王の力で探る事は?」
「既に探ったが、問題だらけでどれを気にしてるか分からん」
真王は本当の意味で寝る事はない。
夢として、その時に起きている事を、全世界の情報を得ているのだ。
数え切れない程の世界の、想像を絶する量の情報を、夢の中で得て、世界の状況を知り、それを記憶する。
その能力のおかげで、神族は様々なトラブルに素早く対応出来るのだ。
故に、真王を起こす事は許されない。
とは言え、ツバサとして、人間として生きている時は、起こしても問題はない。
ツバサと言う人間の時も、夢で世界を見る事は止めないが、神族のルールを人間に押し付ける気はない。
ただ、少し気分を悪くするだけだ。
その夢で、真王、翼王に並ぶ、三柱の一神である煌王が、周りを巻き込んで暴れていると言うのだから、流石に翼王も慌てる筈である。
翼王が知将の役割を、煌王が武将の役割を担っている。
真王は表舞台に上がる事はない。
三柱として神族を纏めていた時、煌王は真王に逆らった者を、世界ごと破壊した前科がある。
ここまで言えば分かるだろう。
「止めないと私達の世界が……」
「そう簡単には壊れん。問題なのは、周りの神族が生き長らえるかだ」
「困った奴です」
「雪、伝言を頼む」
真っ白な鬼が、何もなかった場所に現れて跪く。
彼女〈白華之雪姫〉は、真王の近衛である。
常に側に控えているのだ。
「はい。お久しぶりでございます翼王様」
「お久しぶりです雪姫」
「雪、何が起きたか知らんが、そのまま暴れるならば、キツいお灸を据えると伝えなさい」
「はい。あの、理由なのですが」
「何だ?」
「この世界の歪みで、近くの世界にも影響が出ました。あまり酷い影響ではないのですが、細かい作業が必要でして」
「あれの苦手分野だな」
「此方の世界の時空の安定さえ保てれば、直ぐに解決すると思います」
神にとっては簡単な事ではあるが、下手に世界に関わると、世界の秩序を壊す可能性もある。
上級神ならば、その可能性を限りなく無くす事が出来るが、上級神は三柱である王達のみ動かす事が出来、上級神達も自ら進んで世界に関わる事はしない。
それは、上級神が司っているものが、とても大きく、とても重要なものなので、そちらを優先する為だ。
三柱の一神である煌王は、あまり指揮には向いていない性格の為、普段から指示を出す事はない。
そこで、残り二神である真王と翼王に相談してきたのだ。
「世界に直接関わらぬなら、上級神による対応を認める」
「真王に同意です。あくまで、世界を囲む空間の修復のみ、認めます」
「はい。早急にお伝え致します」
深々と一礼し、姿を消した雪姫。
「予想通りと言った所か」
「ええ。密かに撒かれた戦の火種、狂いし者の侵略、その影響で世界の歪みが酷くなりつつありますね」
「悪魔が企んだ事だが、良く世界を理解した見事な策だ」
「ですが、焦っているようにも感じます」
「焦っているのだろう。意外と人間がしぶとく、抵抗が激しいからな」
「どうしますか?」
「どうもしない。これを知り得たのは、神の力故、本来有りはしない筈の事をするつもりはない」
「私も同意見です」
世界は守っても、人間を守る事はない。
神にとって、世界を支配するのが人間であろうと、悪魔であろうと、どちらでもなかろうと構わない。
自然の成り行きに任せるだけだ。
本来やるべき事は、世界を維持する事だけ故に。
「見守るのは楽しいが、関わるのは疲れるしな」
「育てる事も、意外と楽しいですよ」
「まあ、確かに」
二神は、この世界で関わった者達を思い浮かべ、ほんの少しだけ期待する。
この世界の行く末が、思わぬ方向へ行く事を……




