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ウルフって雑魚じゃなかった?

 一日中喋り続けるメモリーに、なんだか慣れ始めた〈レジェンド〉一同は、右から左へ聞き流しつつ、黙々と歩き続けているのだが、周りの冒険者はそうもいかず、振り回されている。

 良いのか悪いのか、メモリーの姿は妖艶な美女である為、冒険者が怒り出す事はないのが救いである。

 ただし、男共に限る。


「グンヌさん、今日はどこまで?」


 一番前に居るグンヌに、グンヌにまとわりついている女の冒険者が訪ねる。

 グンヌは、元冒険者であり、実力者でもあり、ギルドでもかなりの権力を持ってもいる。

 それに加え、野性的な雰囲気の中に、さり気ない気遣いを見せる。

 焦げ茶の短い髪で同じ色の瞳、彫りの深い顔付きに加え、逞しい体つきである。

 完璧な女性ホイホイである。

 一部の女性からは、近寄りがたいお堅い雰囲気も魅力的だと言われている。


「近くの村で泊まる予定です。ああ、ご心配なく。既に連絡してあります」

「流石です。グンヌさん」

「貴方、近すぎるわよ!」

「馴れ馴れしいと嫌われるわよ!」

「嫉妬は見苦しいですわ」

「あんた、いつからそんな口調だった?」

「あら怖いわね。ゴブリンみたい」


 修羅場が繰り広げられている。

 それでも苦笑するだけで、根気よく付き合っているグンヌは凄い。


「状況を考えて欲しいわね……」

「後ろに居る依頼者は、ちょっと辛そうなのにね~」


 慣れない旅と、いつ現れるか分からない敵に緊張している依頼者達は、体力の消耗が著しい。

 精神的な疲れが一番大きい。

 絶えず周囲を気にしているので、休憩中も体力を消費していた。

 中には、不安で眠れない者、食事が喉を通らない者、絶えず動いていないと不安になる者も居る。

 魔法科、騎士科の生徒は訓練を受けていたので、まだまだ余裕があるが、政治科は全く耐性が無いので、限界が近い。

 農業科、医学科、鍛冶科の生徒は、体力は有るものの、旅の知識が皆無である為、精神的に追い詰められている者も多い。


「交代で休んでいても、限界は近いみたいね……」

「仕方ないだろ? 良く持ってる方だと思うし」

「まあね~長い旅になりそうだね~」

「……間に合うかな?」

「難しいと思うよ~」

「困りましたね」


 そう言う割には、意外と楽しそうに旅を堪能している一同。

 危機感は無いようだ。

 だが、そんな状況が長く続く訳が無い。


「グンヌさん! ウルフの群です!」


 後方から雑用係りの学生が慌てて走って来た。

 飛び交う怒声と、怯える生徒達の悲鳴、魔法の詠唱、鋭い金属音、ウルフ達の遠吠えが聞こえてくる。

 グンヌは素早く皆に指示を出しながら、長年の相棒である大きな斧を手に取り、自らも前線に向かう。

 依頼主と非戦闘員を囲むように荷馬車を止め、その周りを冒険者が囲む。

 荷馬車の上に魔法専門の冒険者が陣取り戦場を視野に収める。

 接近戦を得意とする冒険者は、高ランカーはウルフの群に突撃し、低ランカーは荷馬車の近くでもしもの場合に備える。


「意外と多いわね」


 荷馬車の影から様子をうかがっていたアヤメが、呑気に感想を述べる。


 非戦闘員扱いなので、〈レジェンド〉一同は荷馬車の後ろにかくまわれていた。

 一応依頼前日に打ち合わせも行われたのだが、見た目が普通の学生である事から、ほとんど話も聞かれず、いつの間にか非戦闘員とされていたのだ。


 まあ、雑用として依頼を受けたので、致し方ないとは思うが、同じ雑用依頼を受けた低ランカーの冒険者で、既に成人している冒険者は、守られながらも後方支援を任されているので、単に侮られているだけのように感じても仕方ない。


 同じ学生である者達は、このメンバーの実力の高さを知っているので、見る目が無いと内心肩をすくめている。

 そして、ちゃっかり一番安全だと判断して〈レジェンド〉のメンバーの後ろで待機している。

 因みに、卒業生も含む。


 ギルド職員であるグンヌは、もちろんちゃんと気付いているので、打ち合わせの時に必死に笑いをこらえていた。

 聞く耳を持たない者に口を挟んでも無駄なので、とりあえず黙っておく事にしたらしい。

 こちらもちゃっかり自身の側に配置する事で、いざという時に備えていたりする。


 アヤメとツバサは、グンヌの思惑に気付いていたが、敢えて突っ込まない事にしている。

 後で報酬を上乗せさせる為に。


「呑気過ぎだろ」

「文句ある?」

「苦戦してるぜ? 手を貸した方が良くないか?」

「あのさ~ああいう奴らは後でさ~『邪魔するな。あのままでも直ぐに蹴りはついたんだ』とか、言ってくると思うよ~」

「そうかな?」

「挙げ句の果てに、怪我した理由を私達になすりつけてくるわね」


 ジンは今すぐに助けに入りたいと思っているようだが、アヤメとツバサは全く手を出す気が無いらしい。

 人間の汚い部分を良く知っている2人には、後々面倒な事になると分かりきっているのだ。

 いちいち面倒事に首を突っ込む程、お人好しではない。

 知っている者ならともかく、印象が良くない他人を助ける程、良く出来た人間ではないと、割り切っている。


「……僕も行かないからね」

「何でラングまで!?」

「……魔力が持たないから」


 必要ない時に使える程、自分の魔力が多くない事を自覚しているラングは、今は温存する事にしたようだ。

 精霊魔法によって、無限に近い程魔法を使えるラングだが、その力が精霊の好意によるものだと分かっている為、あまり負担を増やしたくないと思っているのだ。

 それ以上に、理由として劣等感がある事も否定出来ないが。


「俺は興味無い。師匠を侮辱した報いだ」

「ムウ、それはなんか違うと思うぞ」

「違わん! あの世で悔い改めるがいい」

「死ぬ前提かよ」

「ふん!」


 思いっきり私的理由で拒否するムウ。

 らしいと言えば、らしいのだが。


「人間って弱いニャア。ワンちゃんにじゃれつかれて、慌ててるニャア!」

「メモリー!? 非戦闘員なの!?」

「とんずらして来たニャ!」

「駄目だろそれ!」

「面倒だニャ! お昼寝の時間だニャア」

「おい!」


 荷台でゴロゴロし始めるメモリー。

 猫らしいと言えば、猫らしい。


「ジン、巻き込んで良いなら、魔法を放つけど?」

「アヤメはのんびり水でも飲んでてくれ」


 アヤメのとんでもない提案に、慌てて水筒を差し出すジン。

 人を避けて戦うのが面倒らしい。


「にしても~ウルフなんかに手こずるなんてね~」


 呆れ顔でツバサが戦況を見やる。

 ウルフは初心者にとっては強敵だが、数が多いだけの低ランクの、言ってしまえば雑魚である。

 何故手こずるのか分からない。


「あれ、普通のウルフじゃなくね?」

「ちょっと大きいだけじゃん~ハイウルフ程はないし~魔法も使わないし~」

「でも、傷が直ぐに塞がるみたいだけど? 何で?」

「最近の魔物は、常識が当てはまらないでしょ~塞がるだけで、治る訳ではないし~脚も生えて来ないし~」

「十分脅威だけど!?」


 近くで剣を振るう冒険者が何度もウルフに切りかかるも、切り傷は直ぐに塞がってしまう。

 時間が逆戻りするかのように。

 流れた血や、切り落とされた脚は元に戻らないようで、弱っていくのは分かるのだが、痛みを感じないのか怯む事もなく、倒れる事もない。

 切っても、殴っても、なぎ倒しても、何も効いていないような感覚に陥る。

 それによって全体の士気が下がってきており、徐々に劣勢に追いやられている。


「錯覚に捕らわれ過ぎよ。どれだけ傷が治っても、弱っていく事は止められない。血は足りなくなるし、疲れが溜まっていくのだから。体の一部を失えば、普通に戦う事は難しくなるしね。何度も転んでいるでしょう?」


 アヤメが言う通り、ウルフ側もだんだん勢いを無くしつつある。


 よだれを垂れ流し、舌は垂れ下がったままで、呼吸も荒く、目は血走り、何度もバランスを崩し、勢い余って横転したり、足をもつれさせ仲間を巻き込み倒れ込んだりしている光景が度々見られる。

 無くした脚を無意識に使おうとして、前のめりにつんのめるウルフ、切り落とされた顎で食い付こうと躍起になるウルフ、片目を失い、攻撃を避け損なうウルフなど、良く見れば、ウルフ側の被害も大きい事が分かるのだ。


 だが、それに気付く余裕がある者がほとんど居ない。

 予期せぬ出来事に、皆混乱し、冷製さを失っている。

 ウルフと言う弱い敵だと侮っていた事もあり、目の前の事実を認められず、覆された常識に振り回されていた。

 もはや、常識は通じないと言うのに。


 いち早く状況を理解した強者は、意味をなさない常識を既に捨てており、冷製に戦況を分析しつつ、果敢に敵に挑んでいる。

 グンヌは流石と言うべきか、周りの冒険者を叱りつけながら、的確に現実を伝え、見方を鼓舞している。

 自らの戦いを見せる事で、士気を上げると共に、戦い方を教えている。


 頭を潰せば即死、燃やし尽くせば修復は不可能、四肢を断てば動く事叶わず。

 思いつく限りの事を試していく。

 新しい常識を作り上げていく。

 目に見える結果を残していく。


「お前ら冒険者だろ! 今まで何を見て来た! 世界に人間の常識が通用するか!? てめえの頭は何の為にある!? 覚悟はしてただろ!? いつか訳分からねーまま死ぬ時が来るってよ! してねーなんて言わせねーぞ馬鹿共!」


 グンヌの怒りの声に、冒険者と言う喧嘩馬鹿の為の職につく、誇り高き馬鹿共が奮い立った。

 雄叫びを上げ、ただがむしゃらにぶつかっていく。

 あっという間に戦況が覆った。


「あらあら。単純ね」

「ほらね~必要無かったでしょ~?」

「本当の喧嘩馬鹿がリーダーだからね。後の事考えているのかしら? 困ったものだわ」


 頼もしそうに見詰めながら、僅かに微笑んでいるアヤメとツバサ。

 唖然としながら眺めるジン。

 ほっと胸をなで下ろすラング。

 何故か不機嫌なムウ。

 ケラケラ笑い転げるメモリー。


「うわぁ……獣みたいな顔になってるよグンヌさん。印象違い過ぎるだろ」

「……まさに戦闘狂」

「斧の使い方が違う気がするが……」


 振り回し、ぶん投げ、殴りつけ、力の限り暴れまわるグンヌ。

 使い方が荒すぎる。

 ぶん投げたあとは、素手で戦っているのだが、斧を取り出した意味は有るのだろうか……。

 思い出したように斧の柄をひっつかみ、思いっきり横殴りに振りかぶる。

 綺麗な弧を描いて、数頭のウルフが吹っ飛んだ。

 うん、何か違う。


「良く飛ぶね~」

「そうね。新記録かしら?」

「あらら、木で見えなくなっちゃったね~どこまで飛んだのかな~?」

「さあ? 何か折れた音がしたわね」


 うん、やっぱり何か違う。


「いやいや! 何の感想だよ!」

「……こんな感じの遊び有った気がする」

「ああ、有ったな」

「こんな殺伐とした遊び有ってたまるか! 楽しくないし!」

「……気にしたら負け」

「うむ」


 目の前では、生きるか死ぬかの戦いが繰り広げられているのだが、感想だけ聞いていると、凄く平和だ。

 因みに、グンヌの顔はつり上がった口元に、ギラギラとした目、鮮やかな赤のまだら模様となっており、見ただけで背筋が凍りそうである。

 つまり、平和とは程遠い。


「終わりそうだし、怪我人の治療しに行きましょうか」

「ジン、ムウは担架持って来て~」


 被害者は予想以上に多い。

 狂ってしまった世界の影響で、今までの常識が通じないと言う事が、予期せぬトラブルを招いている。


 普段は有り得ないミスや、とっさの事に動けない事、判断の一瞬の乱れなど、様々な要因で、被害が増えてしまっている。

 幸いな事に、死者や重傷者が出なかったので、皆も気持ちの面で少し落ち着けた。


 医者もびっくりな程、鮮やかな手捌きで傷の手当てをしていくアヤメとツバサ。

 酷い傷には治癒魔法を掛けていく。

 2人には及ばないものの、手慣れた手付きで治癒魔法を掛けていくラング。

 ジンとムウは怪我人を運んだり、応急処置の為の治療道具を運んだり、道を塞ぐ物を撤去したりしている。


「グンヌさん、治療位受けて下さい」

「舐めときゃ治る」


 自らが振り回した斧で、腕を負傷したグンヌを、取り巻きの女性冒険者が説得している。

 自らのミスで怪我をした事に苛立っている訳ではなく、この位の怪我に騒ぐ冒険者もどきに苛立っているのだ。

 彼にとって、冒険者ならば怪我位で騒ぐなど許されない事であり、自分で出来る範囲ならば自分で手当てするのが、一人前の冒険者だと思っているようだ。

 まあ、間違いではない。


「洗って、布巻いときゃ治る」

「そんな事では血が止まりません!」

「荷台で体を横にして下さいな」

「傷口が塞がるまで、指揮は私にお任せ下さい!」

「無理しないで下さい。傷がかなり深いのに強がる所も……キャ」

「あなた、本当に心配してるの? グンヌ様、こんな馬鹿はほっときましょう」


 ……うざい!


「ああ! うるせーな!」

「「「野性的なグンヌ様もステキー」」」


 ……駄目だこりゃ。


「まだ戦ってる奴も居るんだ! 応援にでも行って来い!」


 そう言って追い払おうとしたグンヌ。

 だが、取り巻き達には他の冒険者など気にもならないようで、俺様もステキだとか騒いでいる。

 完全にお手上げ状態のグンヌ。

 彼女達も一流の冒険者なのだが、冒険者の性か強い者に憧れる傾向にあり、あまりに高い理想に婚期を逃す者も多い為、ここぞとばかりに良い獲物を捕らえようと躍起になっているようだ。

 今までならば、それでも問題は無かったのだが、今の世界の状況を考えると、そんな事をしている場合ではないのだが。

 いや、明日が分からないからこそ、焦っているのかもしれない。

 迷惑でしかないが。


「ウルフより面倒だ!」


 グンヌの心からの叫びに、グンヌの状況を観察していた者達は、そっと頷いた。

 見かねた1人の魔法師が、まとわりつく彼女達に催眠術を掛け、眠らせた。

 ようやく解放されたグンヌは、黙ってアヤメとツバサの元に。

 一応心配する2人に差し出された左腕を見て、苦笑するアヤメとツバサ。

 確かに長く切り裂かれていたが、表面を切っただけで、騒ぐほどの傷ではない。

 治癒魔法を使わなくても、傷口を消毒し薬を塗れば、勝手に塞がるだろう。

 一言断ってから、アヤメが持っていた治療道具を受け取って、傷口を洗ってから荷馬車に腰掛けるグンヌ。

 自分で出来る事なので、ガーゼと包帯だけ貰いに来たのだ。


「あれなら、ねえ?」

「そうだね~」


 クスクスと笑うアヤメとツバサ。

 2人にとっても、ただの掠り傷だ。


「2人共、この人達で最後だ! ラングも頼むぜ!」


 どうやら、戦いは終わったらしい。

 運び込まれた怪我人を看ながら、そっとお互いを労う一同だった……

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