不気味な程に平和で
あの悪夢のような戦いから既に2ヶ月、不気味な程に何もなく、今まで通り、何の問題もなく毎日が過ぎ去っていく。
学園では、今日がこの学年での最終日となり、明日からは春休みとなる。
あまりに平和な毎日で、特別報告するような事もない。
あえて言うならば、皆困惑していたと言ったところか。
「何もないのは良いけど、あれだけ荒れてたのに、いきなり平和になると不気味ね☆ 一応、春休みだから家に帰っても良いけど、おすすめはしないな♪」
式が存在しないので、HRで春休み中の注意事項を説明するエリナ先生。
長々とした話しが嫌いなエリナ先生は、簡単に一番気になる事を口にする。
生徒の中には、かなり遠くから来ている者も居り、場合によっては片道半月かかる所に実家がある場合もある。もちろん、魔法と馬車を酷使してもだ。
道中、何かあってもおかしくはない。
近くに実家がある者以外は、春休み中も学園に居るつもりの者が多い。
「まあ、1ヶ月とちょっとしかないから、帰れない子が多いか☆」
春休みは短いので、卒業生以外は学園に残るか、近場で依頼をこなすか、近くの街で遊ぶ選択しかない。
今までは、国から竜騎兵が貸し出され、有料で送り迎えを頼む事も出来たのだが、最近は上空に魔物が多く、気候も荒くなっているので、あまり使われておらず、今年の場合は、国に余裕が無いので、竜騎兵の貸し出しも無しになった。
おかげで、卒業生も足止めを食らっている。
とりあえず、教師達が順番に送っていく事になっているが、時間がかかるだろう。
「春休み中、新入生の荷物が送られてくるから、手が空いていたら手伝ってね☆ 纏めて、国の召還獣が持ってくるから♪」
こんな時でも、新入生は来る訳で、先に荷物が送られてくるので、寮は今から大急ぎで準備している。
因みに、召還獣が持ってくるので、荷物の扱いはかなり荒い。
壊れる可能性のある物は、自分達で持ってくる必要がある。
まあ、日常生活に必要な物は、学園に用意されているので、特別必要な物はない。
中には、手ぶらで来る生徒も居る。 全て、現地調達である。
「因みに、先生は春休み有りません☆ 誰か、慰めて……」
卒業生を送り出し、新入生を迎えに行かなくてはならないので、教師達に春休みは無い。
クラスの一同は、良い笑顔で手を振っている。
たまには真面目に仕事しろと、皆の顔に書いてある。
「酷いわ! 皆酷いわ!」
「エリナ先生、ツバサが寝てますから、静かにして下さい。起こす気ですか?」
叫ぶエリナ先生に、もの凄く冷静に注意するアヤメ。
その横では、ツバサが持ち込んだ枕に顔をうずめてすやすやと眠っている。
クラスの皆も、エリナ先生に向けて静かにするようジェスチャーする。
「ごめんね☆ 悪気は無いわよ♪」
とりあえず謝っておくエリナ先生。
その後、もの凄く静かに挨拶を終えて、皆春休みの準備の為に解散した。
◇◇◇◇◇
「これ、アンケートだよな?」
食堂でのんびりしている〈レジェンド〉一同は、先ほど配られた紙を眺めて首を傾げていた。
帰り際、慌てて戻って来たエリナ先生が皆に配ったのだ。
本当に、真面目に仕事して欲しい。
「チームについて……?」
「クラス分けに影響あるじゃん~」
「ああ!」
「解散するチームも有るみたいだしね。この前、副会長が言っていたわよ」
「……少ないみたいだけど」
「俺は、解散する気は有りませんが」
チームのメンバーは、学年が上がってもクラスがバラバラになる事は無い。
しかし、中には今のチームに不満がある者も居るので、節目毎にアンケートが行われる事になっている。
チームに一枚配られて、皆の名前と、話し合いの結果を書いて提出するようだ。
「このままの人~」
ツバサの言葉に、皆一斉に手を上げた。 さらさらと、名前と結果を書き込んでいくツバサ。
「ジン、持って行って~」
「俺犬かよ!?」
「文句ある~?」
紙をジンに押し付けるツバサ。
アヤメ、ラング、ムウにも無言で促されたので、渋々紙を受け取り職員室に走っていくジン。
なんだかんだ言いながら、ちゃんと綺麗に折り畳み、言われてもないのに走って持っていくジンは人が良い。
「さて、春休みどうする?」
水を片手に、地図を眺めていたアヤメが問いかける。
ラングとムウは、特にやりたい事も、行きたい所も無いようで、2人は顔を見合わせた後、首を横に振った。
ツバサは机に突っ伏して、寝る体制に入ってしまった。
任せると言う事らしい。
一番困る答えだ。
「……子供らしくないわね皆」
アヤメに言われたくない。
「ただいま! どうかした?」
帰って来たら、皆が悩んでいたので、とりあえず聞いてみるジン。
「お帰りなさい。春休みの予定を決めようかと思ったんだけど、皆特に希望が無いみたいでね」
「あー、特訓とか?」
「それ、いつもの事よね?」
最近、休みの日も特訓の為に集まっているので、実質休みは無い状態だ。
皆、何故だか楽しんでいるので、不満は無いのだが。
皆、遊ぶ事を忘れたようだ。
「どこか行くにも、物騒だしなー」
椅子に座って背もたれに体を預け、だらけるジン。
ジンが言うように、あの日のように魔物が押し寄せて来る事は無いのだが、居なくなった訳ではないので、遠出は出来るだけ避けたい。
現在、復興途中の為交易が麻痺し、各地域の情報が上手く集まらず、近場の情報しかあてにならない。
国も、全ての街や村の状況、各街までの移動ルートの安全確認などは、全く間に合っていない。
つまり、移動の最中、突然魔物の群れに出くわしたり、行く予定だった街が無かったり、村が魔物の巣窟になっていたりしてもおかしくはないが、それを確認する事が出来ないのだ。
下手に移動するのは、自殺行為だとも言える。
「ギルドで依頼こなしながら、情報を集めましょうか?」
無難な選択をするアヤメ。
ジン、ラング、ムウも頷いた。
「明日、寮の前で」
そう言って、ツバサを抱えて自室に戻っていくアヤメ。
毎度の事ながら、よく抱えられても寝ていられるな……。
◇◇◇◇◇
朝、寮の前でいつものようにツバサを待つアヤメ、ジン、ラング、ムウ。
しばらくして、いきなりジンが勢い良く横に跳んだ。
「流石に食らわなぶっ!」
「甘い~」
上から落ちて来たツバサを、今回はなんとか察知出来たジンは、避けようと横に跳んだが、空中でくるりと回転して、ちゃんと(?)着地点を修正し、見事ジンの上に降り立ったツバサ。
これは、流石に予測出来ない。
「どいてくれ……スカートのながはっ!」
「見るなよ~中に着てるけど~」
「ずみばぜん! じぬ!」
余計な一言を言ったが為に、腹を踏みつけられるジン。
もちろん、手加減されている。
コートの下は、普通の学生服であるツバサが、男子の上に乗ればどうなるかは、言わなくても分かるだろう。
ちゃんと中にスパッツを穿いているが。
「行きましょう? 時間がもったいないわよ」
「はいな~」
アヤメに促され、素直にどいたツバサ。
ほっとしたジンだが、去り際に今度はアヤメに蹴られ、無様に転がった。
あの一言は、アヤメも聞き逃せなかったようだ。
因みに、アヤメとツバサが今身に付けているブーツは、かなり丈夫な金属製で、つま先は鋭く、踵には棘がある。
つまり、乗られたり、蹴られたりしたらもの凄く痛い。
学園指定の革靴は、少し前に過度な訓練に耐えきれずボロボロになってしまったので、異空間倉庫に放り込んであったブーツを引っ張り出したのだ。
アヤメとツバサが言わないので、皆は知らないのだが、これも特注品で、頑固者で人間嫌いなドワーフが特殊な金属で作り、里を抜け出した変わり者のエルフが秘伝の魔法文字で強化した、最高級の装備品である。
使用者は重さを感じず、熱に溶けず、冷気を通さず、意外と柔軟で、着脱し易いと言う高機能化である。
値段などつけれないが、城位建てられるだろう。
コートも特別製なので、合わせたらいくらになるのか分からない。
隠し持っている魔法具や、暗器なども普通ではない。
異空間倉庫には、戦闘服も放り込んであるので、フル装備すれば、ドラゴンが全力で攻撃しても、傷ひとつつかない。
本人達は、気にする事もなく、使う気もないのだが。
「マジで痛い……」
ラングとムウにも置いていかれたジンはふらりと立ち上がり、よろよろと皆の後を追った。
早くも満身創痍だ。
自業自得だが。
ギルドに着いた一同は、扉を開けたまま固まった。
屈強な男や、妖艶な格好の女性や、黒ずくめの者や、奇抜な格好で奇妙な行動をする奴や、良く分からない仮面を被った不審者など、沢山の人がギルドに押し寄せていたのだ。
もの凄く入りにくい。
「何よこれ?」
「さあ~……」
「……どうしよう?」
「ぬぅ……」
もの凄く帰りたい!
皆がそう思った。
「うわぁ……」
後から来たジンも、見た瞬間思わず後ろに下がった。
冒険者だと思われる彼らは、皆異様にやる気に満ちていた。
いろんな意味で怖い。
「冒険者様ですね!?」
「ぬわっ! そうだけど?」
突然話しかけられ、面白い声が出てしまったジン。
ギルド職員の女性が、立ち尽くしていたジンを見つけて話しかけて来たようだ。
先に来ていたアヤメ達も、こっそり聞き耳をたてる。
「良い時に来ましたね! 高額報酬の依頼が有りますよ! 詳しくは此方をご覧下さい」
「え? あ、ども」
嵐のようにやって来て、嵐のように去っていったギルド職員。
ジンの後ろにある柱の影に隠れていたアヤメ達は、とりあえずジンの元へ駆け寄って、紙を覗き込んだ。
隠れていた理由は、面倒事に巻き込まれたくないからだ。
「え? 護衛?」
読んでいたジンが、首を傾げた。
護衛依頼は、この前の騒ぎによって商人達が商いを見合わせているので、全て取り下げられた筈だ。
そして、護衛依頼なら、ギルド職員が学生に声を掛けるなんておかしい。
学園内では有名な〈レジェンド〉だが、学園外では名前は知られていても、顔まで知られている訳ではない。
積極的に顔を売ってきた訳でもなく、むしろ目立たないようにしていた。
人前で、チーム名や、ギルドランクをわざわざ宣言した事は無い。
先ほどのギルド職員は、初めて会う人でもある。故に、知らない筈だ。
チーム名を言うと、疑われる事もしょっちゅうあり、高ランカーに見えないようだと、今までの事で分かっている。
「貸して」
アヤメが紙を取り上げる。
「ああ、なる程……雑用に誘われたんだ」
「どういうこと?」
「護衛と、荷物運び、食事当番の募集みたいね。下の詳細に小さく書いてある。依頼主は、学園の卒業生と新入生。送っていってから、連れてくるのね」
「なんだ、学園関係か」
「意外と報酬が高いわね。雑用でも、十分な稼ぎになるわ。ここから、〈フラウニア〉の王都に向かって、更に他国の王都を回っていくみたい。これだけ移動するなら、情報も集まりそうね。皆、報酬と情報が目当てだと思うわ」
教師だけでは、手が足りなかったのだろう。
王都まで、国の騎士達が新入生を護衛しながら連れて来て、王都まで来た卒業生と新入生を交換して、卒業生を送っていく事になったのだ。
道のりが半分減るだけで、国の負担はかなり減る。
これなら、卒業生は安心して帰れるし、新入生もちゃんと学園まで来れる。
学園で募集しなかったのは、ただ単に学生では手に余るからだ。
雑用とは言え、長旅には違いない。
無理だと判断したのだろう。
「なら、なんで声掛けられたんだ?」
「冒険者の数が足りないのだと思う。卒業生も、新入生もかなり多いわ。新入生は戦いに参加出来ないし、旅にも慣れていないもの。素人を沢山連れて行くには、それなりの数の手練れと、雑用係りが必要になるからね……この数だと足りないわ」
周りを見渡すアヤメ。
実力も分からないのでなんとも言えないが、十分とは言えないと思われる。
学園からの応援も来るかもしれないが、あまり期待は出来ない。
学園も、様々な対応に追われ、間に合わないと判断したからこそ、依頼を出す事に賛成したのだろう。
依頼主が学園ではないのは、一応中立とは言え国と同等の立場の学園の依頼は、国からの命令に匹敵するので、ギルドには受け付けられない事になっているからだ。
ギルドは国の命令に従わない、独立した組織である。
その代わり、国の手が届かないような地方の問題を解決する事を約束している。
我が儘なように見えるが、ギルドは自身のスタイルを貫いているだけだ。
ギルドの冒険者だけで、かなりの戦力が集まっているので、パワーバランスが崩れないよう、どの国にも属さないのだ。
だが、卒業生と新入生だけでは、報酬を払う事が出来ないので、報酬を用意しこっそり渡したのは学園だ。
冒険者にとって、この事は暗黙の了解であり、気付いても指摘する者は居ない。
今の状況位、理解している。
だから、黙って承諾している。
「受ける? 雑用だけど」
護衛の募集は終わっているので、雑用の仕事しかない事が注意事項に書いてある。
元々、学生が護衛を引き受けると、他の冒険者達から難癖を付けられる事が予想されるので、受けるつもりはない。
面倒事は御免だ。
情報収集だけなら、雑用で十分である。
いざという時は、戦いに参加するが。
「受ける!」
「……うん」
「受けます」
即ジン、ラング、ムウが賛成した。
「ツバサは?」
「任せるよ~」
賛成と言う事で良いのだろう。
受付を済ませ、準備をする為に一度解散する一同。
出発は明後日、十分な時間がある。
起き得るアクシデントに備え、気を引き締めるのだった……




