押し寄せる“敵”
夜、ラングの実家で待機する一同。
ラウザの結界には、魔物を関知するとラウザに知らせる機能がある。
ラウザが関知したら、通信用魔法具で連絡が来る事になっている。
「本当に危機感ないな……」
ジンの呆れた声に、皆も深く頷いた。
村人は、数人の見張り以外、自宅でぐっすりと眠っている。
家畜達の方が現状に危機感を持っているようで、先ほどから鳴き声が聞こえる。
「仕方ないわ……見張りが居るだけ、良い方じゃない?」
「…………かなぁ?」
自らの故郷の現状に、ラングも苦笑するしかない。
「滅んでも、文句は言えないな」
いつもの姉御状態のツバサ。
ツバサがこの状態になるのは、それだけ危険である時のみ。
ツバサが本気にならないといけないような、危機的状況であると、今までの付き合いから学んでいるジン、ラング、ムウは改めて気を引き締める。
「良い機会だ。学べ。人間の常識など通じない、世界の不条理を」
無慈悲で圧倒的な暴力を…
うっすらと空が明るくなってきた時、アヤメとツバサが立ち上がった。
「どうしたんだ?なあ…」
『皆起きるんじゃ!来よった!』
ジンが問おうとした時、アヤメが持っている通信用魔法具から、切羽詰まったラウザの声が流れた。
「今行きます」
『急いでくれ!多すぎる!』
玄関まで行く余裕も無いと、アヤメとツバサは窓から飛び出した。
一階の窓からとは言え、目の前に木や岩があり足場が悪いのだが、器用に根っこや岩を避けて着地する。
そんな器用な事が出来ないラングは、光の滑り台(?)を作って滑り降りる。
ありがたく滑らせて頂くジンとムウ。
「な、何?あれ……」
震える声で、遠くに見える黒い物を指差すジン。
遠くからでも、蠢いているのが見えるので、生き物なのだろう。
「行けば分かるわ」
走りながら答えるアヤメに、慌てて追いかけるジン。
ラングとムウも、驚きながらも黙って走る。
村の広場に着いた一同を、静かに黒い物を見つめるラウザと、震えながら杖を握り締めるガルが迎えた。
見張りは今更気付いたようで、慌てて村人に伝えに行く。
「私達が来て、ようやく気付くとは、何をしとるんじゃ……」
「せ、先生、あれ魔物の大群……ですか?多すぎます!無理です!」
「なら下がらんか!助っ人も居る。お前は必要ないわい」
「助っ人……まだ学生ですよ?」
「お前より、強いわい!」
ガルは不安げに皆を見る。
「村にたどり着く前に、出来るだけ減らしましょう」
「そうじゃな!全部は無理じゃが、出来るだけ減らしたい」
「ラング、狙いは適当で良いわ。ジン、ムウも広範囲攻撃を」
「「「了解!」」」
村の出入り口ギリギリまで前に進む。
「おい!人が居る!」
距離を縮めた事で、敵を視認出来るようになった時、ジンが驚いて叫んだ。
確かに人の形の物が見える。
それも、1人ではない。
「敵だ。あんな所に、人が居るわけなかろう」
「え?でも…」
「もっと良く見ろ」
良く分からないが、とりあえず視線を前に戻す。
確かに人型だが、なにやら違和感を感じるので、もう一度確認する。
腕が四本ある者、骨がむき出しの者、足が毛に覆われた者など、普通の人間ではない。
だからと言って、獣人とか、ゾンビでもない。
獣人にしてはバランスが悪く(獣人は、人と獣が綺麗に混ざっており、無駄が全く無い)、ゾンビなら生気が無い筈なのに、異様に気が荒くなっているのだ。
「あれが、人に見えるか?」
いつもと違う雰囲気のツバサに、ラウザとガルが驚くが、今問う事ではないと判断したので、黙って前を見る。
ジン、ラング、ムウは、人の形をした敵を再度確認し、“敵”だと判断する。
目の前の生き物からは理性を感じない。
ただ破壊本能だけに従って暴れる生き物を、“人”だとは言えない。
「分かった……敵だ」
「ならば、戦え」
皆、迷いを捨てた。
「紅蓮の軍勢」
「裁きの雨」
「……大鎌鼬」
ジンが燃え盛る大蛇の大軍を放ち、ムウが光の雨を降らし、ラングが巨大な風の刃を飛ばす。
ラウザの雷が幾度も地を穿つ。
アヤメとツバサの魔法によって、村への余波は完全に防がれる。
「すげー……」
ガルは何も出来ず、ただただ呆然と突っ立っていた。
駆けつけた村人も唖然としている。
しばらくして、攻撃を止めて前方に目を凝らす。
土煙の向こうで、何かが蠢いているのが分かる。
ツバサが鉄扇を一振りし、風で土煙を晴らす。
「な……」
誰の声か分からないが、小さな驚きの声が聞こえた。
数え切れない程の敵が倒れている中、森から次々と新たな敵が現れる。
数えるのも馬鹿らしい数だ。
「前方だけではない。周囲一帯囲まれている」
ツバサの言葉に、ぎょっとして周りを確認する一同。
あちらこちらで、何かが結界にぶつかる音と、唸り声が聞こえる。
何人かの村人は、真っ青になりながら何かを喚き始めた。
また、何人かの村人は、ラウザに縋るように近づくと、口々になんとかするよう頼み始める。
また、何人かの村人は、全てを諦めたように、天を見上げて座り込んでいる。
「守った所で、また違う事を要求されるだけなんだがな」
「ラングの家族以外、関係ないからね。身勝手だこと」
ツバサが嫌そうに呟き、アヤメが吐き捨てる。
2人は、何でも魔法師に縋る人々……都合の良い人間が嫌いらしい。 ラウザが必死に引き離すが、見捨てるなとしがみつく村人達。
これでは戦いに集中出来ない。
「……醜い生き物だ」
凍てつくような眼光で村人達を見据えるツバサと、無表情で眺めるアヤメ。
2人が初めて見せる表情に、寒気を感じるジン、ラング、ムウ。
全く温度を感じない。
「静まらんか!邪魔じゃ!戦えんじゃろうが!」
キレたラウザが、手加減した電撃で村人を黙らせる。
気絶はしていないようで、うめき声が聞こえてくる。
そんな村人を無視して、〈レジェンド〉一同にラウザが話しかけてくる。
「どうするかえ?予想以上だぞい?」
「ラウザさん、結界の維持に全力を注いで下さい。……外で暴れます」
「大丈夫かえ?強いのは知っておるが」
「もう、出し惜しみはしません。ジン、ラング、ムウ!神獣を呼びなさい」
〈麗牙〉〈風牙〉が現れ、空に力強く舞い上がる。
少し遅れて、〈ファング〉〈スカイ〉〈スピネル〉が現れた。
あんぐりと口を開けるラウザ。
「〈麗牙〉と〈風牙〉は森の中で暴れてもらう。被害が大きいからな。それぞれ、移動しながら戦おう」
「ラングには、援護射撃を頼むわ。広範囲だけど、大丈夫よね?」
「……頑張る」
「私も、援護射撃と治癒が得意です」
〈スカイ〉が誇らしげに宣言する。
「……一緒に頑張ろう」
「はい主様」
〈スカイ〉が喋った事に、ラウザが目を見開いた。
因みにガルは、状況について来れていないようで、ポカーンと立ちすくんでいる。……何の為に居るのだろうか。
「行け」
「行くぞ〈ファング〉!」
「足手まといになるなよ」
「頼んだ〈スピネル〉」
「うむ!」
ツバサの一言で、皆それぞれが違う所に向かって走り出す。
ラングは近くの家の屋根に登って、周囲を見渡す。
〈スカイ〉はラングに寄り添い、ラングの死角となる背後を受け持つ。
ようやく我に返ったラウザが、結界の強度を最大限に上げる。結界に集中すると一切攻撃が出来なくなってしまうが、今は戦える者が居るので問題ない。
何も出来ない事を知り、無力感に苛まれるガルは、高齢の先生を気遣い、近くの家から椅子を借りて持っていく。
「先生、多分この戦い長引きます。お座り下さい」
「そうさな。ガル、良く見ておけ……これが、戦うと言う事じゃ……」
「……はい」
ガルは、自分の友を見る。
あの、頼りなかった友が、今、こうして仲間に頼られる姿に、嬉しさと羨ましい気持ちで、その背を眺める。
気付けば、周りの村人もラングを見上げていた。
ジンが大剣に炎を纏わせ、敵をなぎ倒していく。
ジンの死角に迫る敵は、〈ファング〉が咆哮と共に放った衝撃波で弾き飛ばす。
怯んだ敵を叩き斬るジン。
「豪快だな!〈ファング〉!」
「この身が武器だ。神気は全て肉体強化に使っておる」
「流石、獅子!」
「神獣だ!」
地を揺るがす程の咆哮を、間近で聞いても平気なジンは、ある意味凄い。
人型の敵に、一瞬躊躇したジンに、変異した長い爪が迫る。
〈ファング〉の体当たりで吹き飛び、木にめり込んで尚、のっそりと起き上がる。
人型の腕がいきなり太く、長くなり、勢い任せに振り回す。
腕の至る所から、鋭い刺のような物が飛び出し、近くの木を引っかき抉りながら、ジンに迫る。
「んな!?変わった?」
「避けろバカ!」
驚いて固まったジンを、軽く体当たりをして突き飛ばす〈ファング〉。
二、三回転がってから、急いで起き上がって身構えるジン。後ろから襲い掛かる蛇のような魔物を、大剣で殴り飛ばす。
ジンは人型の敵を見る。
足まで太くなり、獣のように唸り続ける姿に足が竦むジン。
【世界の狂い】
アヤメとツバサの言葉を思い出す。
人間の肉体が変化し、理性を失い暴れまわると聞いた。
それが、目の前に居る。
「……これが、狂った人間?」
「そうだ」
「何で……こんな……」
「常識など通用しない。受け入れろ」
「神獣だろ?神だろ?なんとか……」
「ならん。いい加減にしろ!」
人間だった物の体は、もはや原型を留めていないが、顔だけは人のままだった。
同い年位の女の子。
髪をリボンで縛り、花柄のワンピースを着た女の子。
目に光は無く、口からは唸り声と涎が出ている。もう、面影はない。
それでも、ショックは大きかった。
「何で!神だろう?世界を作ったのも、神なんだろ!?」
「作ったのは親族だ。だが、こうなったのは我々の意志ではない。親族は、世界を見守る事しかしない。影響が有りすぎるからな……」
動かないジンを守りながら、懸命に敵と戦う〈ファング〉。
いつか、彼らが親族を恨む時がくると、〈ファング〉は親族から聞いていた。
それは、ずっと繰り返されてきた事だとも聞いている。
(やはり、相容れぬか……)
上空で風を操り戦う〈スピネル〉。
時折、ムウの死角に居る敵を葬りながら飛び回る。
ムウの広げた闇に、敵は飲み込まれる。
周りに味方が居ないので、思いっきり闇魔法を操る事が出来る。
触れただけで、生命力を奪う闇。
動きが遅いので、普段はこうして広げたりしないが(避けられるので)、敵に理性が無い事と、薄暗い森の中と言う環境によって、闇魔法を最大限に活用出来る。
自身は木に隠れながら、気配を消して近付き、素早く敵を斬り捨てる。
「集団が来る。気を付けよ」
「分かった」
〈スピネル〉の警告に、瞬時に闇魔法を解除し、魔力を貯める。
「貫け煌槍」
飛び出してきた敵に、貯めた魔力を最大限に使い作り出した、大量の聖なる槍を一気に放つ。
自身の最大限のスピードで、避ける隙を与えない。
「下がれ」
〈スピネル〉の言葉に、素直に従って後ろに下がるムウ。
目の前を、何かが横切った。
少しでも遅れていたら直撃しただろう物体は、木をなぎ倒しようやく勢いを失い落下する。
起き上がったのは、人型の敵。
男性だと思われるそれは、不釣り合いな大きさの足と、額に長い角、背中に生えた鳥の足を持っている。
「人型であろうと、敵は敵だ」
油断なく構えるムウ。
「あぁ……だず……げ」
いきなり、目の前の敵から人間の言葉が発せられ、驚いたムウ。
「まだ、意識が?」
「だずげ……グガァ!」
「くっ!」
涙を流しながら襲い掛かる敵に、なんとか避けきり、刀を向ける。
だが、意識がある事を知り、躊躇するムウの動きが一瞬止まった。
再び突進してきた敵を、一瞬の躊躇で固まった体は避けられない。
間一髪、〈スピネル〉がムウを掴んで飛び上がって回避する。
「ムウ、どうした?らしくない」
「自我があった」
「だが、助からん」
「そうか」
「すまない」
「……不条理だな。世界は」
言葉に詰まる〈スピネル〉。
「降りる」
「うむ」
再び刀を振るうムウ。
自らの思いを無視して、人だった物を斬っていく。
その姿を見守る〈スピネル〉。
(不条理か……何が基準なのだろうか)
「…………ねえ」
「何でしょう?」
ラングに呼ばれて、〈スカイ〉は返事を返す。
敵に水砲を当てながら、主人の言葉を待つ〈スカイ〉。
「……治せない?」
「……申し訳ありません。神気で必要以上に世界に関わる事は、禁止されています。主様に関する事は可能ですが……」
「……僕のお願いでも?」
「主様の身に関する事だけです。他の人間の事は駄目なんです……もし、心から望むのでしたら、命令を……命令に背く事は出来ません。この命、捧げます」
「……違反は死罪なの?」
「はい。親族故に、強い力故に、それだけの決まりが有るのです」
「……ごめん。忘れて」
ラングにとって、〈スカイ〉は大切な理解者であり、家族でもある。
つい先日、ツバサが湖で言った事を思い出し、反省する。
(その場の感情で、仲間を危険にさらす事を、先日咎められたばかりなのに……)
今、悩んでも仕方ないと、目の前の戦いに集中するラング。
遠い所に居る敵に、的確に風の矢を飛ばしていく。
数が多いので、魔力を大量に使う威力の高い魔法より、少ない魔力で短時間で放てる威力の低い魔法を、関節など動きを止められる所に当てていく事にした。
集中力、観察力がかなり鍛え上げられ、更に精霊との親密度を上げた成果である。
そんな主を誇りに思う〈スカイ〉。
そして思う。
(心も守れたら、良いのですが……)




