溝は深く
早朝、畑仕事に向かうシーナとレイナについていく一同。
広々とした畑には、もう沢山の村人が来ていた。
「冬に採れる野菜って有るんだ…」
うっすら積もった雪の下から、根菜類を収穫する村人達。
「ぼうっとしない!台車まで運んでよ」
「おう!」
「……うん」
「了解です」
台車に積む為に、採れた野菜の山に向かうジン、ラング、ムウ。
「もう、運んでるけどね~」
いつの間にか、畑仕事をする村人達の中に溶け込んでいたツバサに、驚いたジン、ラング、ムウ。
「いつの間に?」
「……一緒に来たよね?」
「流石、師匠です」
もう、気にしてはいけない。
後ろでは、シーナとレイナとアヤメが柵の点検をしている。
採れた野菜を倉庫まで台車で運んで、近くの井戸から水を汲んで、足りない土を掘ってくる。
早くもバテ始めるジンとムウ。
ラングは慣れているようだ。
畑の端っこでガルが干からびている。
「バテた~?悪いけど、次は家畜の世話だよ~」
畑仕事が終わって戻って来たツバサに、残酷な現実を突きつけられる。
「おう…」
「ジン、生きてる?休んで良いわよ?」
「頑張る…」
心配するアヤメに、力なく返事をするジン。ムウはずっと無言だ。
「魔法では、駄目なのか?」
「なんでもかんでも、楽なものに頼るな若者よ…」
「ツバサも若者だろ!」
「突っ込む元気は有るね~」
「つい…」
突っ込みは癖らしい。
「まあ、そんな器用に魔法が使えるなら、良いんだけどね…」
「無理だな!」
威力が取り柄の魔法を、そんな器用に使える者は少ないだろう。
その少ない者の中に、アヤメとツバサが入っているのだが。
その2人は、無駄に魔法に頼る事は頭に無いらしい。
「なあ…ラング避けられてないガフッ!」
「言うなよ!それを!」
ツバサに思いっきり叩かれ、ムウの肘鉄を腹に受け、アヤメに足を踏まれたジン。
注意したのはツバサだ。
「っ!あおっう~~!!」
言葉にならない悲鳴をあげるジン。
見ていたガルが、青い顔をしながら手を合わせている。
当事者のラングは、ただただ困った顔でうろうろしている。
「おい…アヤメとツバサは手加減してくれたけど…ムウは本気だっただろ!?」
涙目で抗議するジン。
まだ声が震えている。
「一応、手加減した」
「あれで!?」
「しなければ、吹き飛んでいたが?あと、重傷だな…内臓が」
「こえーよ!死ぬだろ!?」
「だから、手加減したと言っている」
「あのな…」
「行こうか~?」
「はい…すいません」
ぐだぐだ文句を言うジンに、ツバサの凍てつく殺気が突き刺さる。
本当に気温が下がったらしく、ジンの髪や服の一部が凍った。
ガクガクと首を縦に振るジン。
「早く、餌運んでね」
にこやかにお願いするアヤメたが、後ろに鬼が見える。
急いで餌を運ぶジン、ラング、ムウ。
じっとツバサに見つめられたガルも、藁を変える作業に加わった。
アヤメとツバサは家畜を移動させる。
2人の実力を感じ取ったのか、家畜達が大人しく従う姿は、なんとも言えない不思議な光景だ。
早朝から昼まで、村の仕事を手伝った一同だが、村人は誰もラングに話し掛ける事は無かった。
近づくだけで避けられるので、ラングから話し掛ける事も出来ない。
「ひでーな」
「……いつもの事。……話すの苦手で、馴染めないから」
「そうか?」
理解出来ないジン。
普段、普通に会話しているので、気にした事が無いのだ。
「苦手なだけで、会話位は出来るだろ」
「……そうだけど」
一度、周りを確認するラング。
聞いてる人が居ない事を確認して、ちょっとほっとする。
「……それだけじゃないよ。……小さな時から、精霊と話す事が多かったから……不気味に思われたんだと思う」
俯いてしまったラング。
「何で?」
ジンには良く分からないようだ。
「……精霊は普通見えないから……見えない人からすると、何も無い所に話し掛けているようにしか見えないし」
「でも、居るんだろ?」
「……うん。……でも、信じてもらえないから」
ジンのように、物事を直ぐに信じられる人の方が稀なのだ。
ムウは自分の魔力が普通ではないと、自分でも理解しているので、普通と言う先入観に捕らわれる事がない。有り得ないと決め付ける事も、異常だと避ける事も、不気味だと思う事もないのだ。
アヤメとツバサは、元々知っている事が多い事も有るが、2人の中では固定観念など“くだらない”考えを持ち合わせていない。常に世界は変わり続け、固定される事など何一つとして無いのだ。
「……あちこちに居るのに」
「人は、見えない物、理解出来ない事を否定したがる生き物だからね。都合が良い生き物よね」
「受け入れたら、結構楽しいのに~視野が狭いな~」
アヤメとツバサの言葉に、思わず顔を見合わせるジン、ラング、ムウ。
有り得ない事の塊が、目の前に居た…。
「ははは…」
「……確かに」
「そうですね」
悩むのがアホらしくなったラング。
(……もう、理解してくれる人が居る)
改めて仲間に感謝するラング。
賑やかに談笑して居た一同は、レイナに呼ばれて一度家に戻った。
簡単な食事をとって、一息つく一同。
「悪いねぇ…手伝わせて」
「気にしないで下さいシーナさん。結構楽しいですから」
「助かるよ。男達は、狩りで忙しいからねぇ…怪我も多いし」
一応、お客様である一同だが、本人達が全く気にしていない。
元々体力は有り余っているのだ。
「外に出て大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないよ。魔物だらけで、収穫が少ない少ない。家畜も足りないね」
「魔物は食べれないもんね…」
シーナとレイナが苦笑する。
「臭味は強いな」
「毒の有る魔物もいるわよ」
「……見分けられない」
「慣れだよ~多分」
「師匠、毒を口にしたら死にます。慣れる前に終わります」
「根性で頑張れ~」
「少し位なら平気よ?」
「「「……無理です!」」」
即全滅しますね…。
「食べたのかい…」
「冒険者って凄いんだね!」
ちょっと顔が引きつったシーナと、何故だか感動するレイナ。
「いざとなったら、魔物でもなんでも食べなきゃね!」
意外と逞しいレイナ。
「レイナ、まず倒さないといけないよ」
「あ!お母さん、なんとかしてー」
「無理な事言うんじゃないよ!逃げるので精一杯さ!」
「ええー!こないだ、フライパンでウルフを追い返したじゃん!」
「追い返しただけさ!」
それも凄い事だが…。
「フラ……」
「……え?」
「何だと…」
フライパンで殴られるウルフ…想像したら笑えてくる。
「フライパンが凹んだよね!」
「そりゃあ、凹むわさ!」
爆笑する一同。
フライパン強し!
「なんだ?楽しそうだな」
「お父さん!おかえりー!」
狩りに行っていたロックが帰って来た。
目立った怪我は無いようだ。
「早かったね!どうしたの?」
「いつもより、魔物が多い。何人か遭遇したが、軽い怪我で済んだ。だが、様子がおかしい…」
「どういう事だい?」
「逃げても追って来ない」
「追って来ない?」
皆、首を傾げるが、理由が分かるはずもなく、とりあえず警戒する事に。
とは言っても、出来る事は限られているので、直ぐに逃げられるように身構えるだけだ。
ラウザの結界があるので、あまり危機感がないのかもしれない。
「なあ…」
「分かっているわ」
「……うん」
「言われなくても~」
「ふむ…」
胸騒ぎがしたジンが皆に小さく声をかけると、皆も同じように感じたようで、険しい顔で頷いた。
常に魔物と戦っている冒険者には、たかが1人の結界で安心は出来ない。
魔物がそんなに弱くない事を、嫌でも理解しているのだ。
「ラウザ様には伝えてある。あまり心配するなレイナ」
「うん!そうだよね!大丈夫だよね!」
「まあ、一応ガル坊も居るし、足止め位は出来るだろう。なあに、今まで大丈夫だったじゃないか!いざとなったら、私もフライパンで応戦するよ!」
「それはやめてくれ」
「お母さん、流石!」
緊張のあまり動けない事も危険だが、危機感を失う事もかなり危険だと、村人達は分かっていない。
見張りは居るが数名しか居らず、大半が家で待機、一カ所に集まる事もなく、魔法師の老婆と、その弟子への過度な期待、これは危険過ぎる。
今まで、どれだけラウザの存在が大きな影響を与えていたか、良く分かる。
「これはマズいな」
「魔法師は万能ではないのに…」
「……どうしよう」
「武器を手元に、部屋で待機ね~夜、私とアヤメで見張るから~」
「師匠、見張りは…」
「徹夜で戦う事は、想像以上に負担になるわ。慣れてないのだから、今は慣れている人に任せて」
「これは実戦。人の命がかかっている。訓練ではないよ~」「申し訳ありません」
「良いわ。これからの課題ね」
これから先、どんな戦いが起きるか分からない。
夜通し戦う事や、連日戦う事、絶えず神経を張り詰める必要がある時、怪我が酷い時、武器を失った時…精神的に追い詰められる事が多いだろう。
簡単に鍛えられる事ではないが、少しずつ鍛える必要がある。
いつまでも、頼れる存在が居るとは限らないのだから。
「一応、通信用魔法具を渡しておくね~」
「魔法薬も渡しておくわね」
装備を確認した一同。
そこに元気な声が聞こえてきた。
「皆居るー?」
「ガル坊かい?入っておいで!」
慌てて入ってきたガルは、〈レジェンド〉の一同が居るのを見て、ホッと胸をなで下ろす。
「おばちゃん、これ傷薬ね!」
「ありがとさん!」
「あと、皆借りていくね!」
本人達の了承もなく、〈レジェンド〉一同を家から押し出そうとするガル。
「ちょっと!説明してよ!」
「先生が呼んでる!早くしないと俺が怒られる!」
「なら、そう言いなさい!」
「先生に魔法まで使って追い出されたんだ!急がないと殺される!」
「分かったわよ!押さないで!」
「だからボロボロなんだ~」
ガルを先頭に走り出した一同。
ラングの家族は、呆れながら見送る。
良くある事らしい。
「遅いわ!バカ弟子!」
「ちょっ!」
ボンッ!
「あっつー!」
ザバンッ!
これでも遅かったらしい。
出迎えたラウザの放った火球が、ガルの服にかすって燃え上がったので、近くの水桶に体を突っ込んだガル。
頑張って避けたのだが、服まで気にする余裕がなかったようだ。
「濡れたまま入るんじゃないよ!待たせたね。中入んな!」
言われるままに、恐る恐るラウザの家に入る一同。
案内された部屋の椅子に座る。
「本題に入るぞぃ!気付いているだろうけどのぅ!魔物の動きがおかしい」
「近いうちに、襲撃されるでしょうね」
「時間が無い。私は、今宵か明日だと思っておる」
「何故です?」
「勘じゃ!長い間生きておる。おかげで勘が鍛えられたわい!嫌な予感がする!」
「ですね」
「そうだね~」
ラウザの言葉に同意するアヤメとツバサに、ラウザは満足げに頷いた。
ジン、ラング、ムウは顔を見合わせる。
確かに警戒するように言われたが、そんなに時間が無いとは聞いていない。
漠然とした不安はあるが、何時なのかは分からない。
「勘ですが。一応冒険者なので」
「まあ、それなりに~」
「ふむふむ…やはり、出来るな!それなら話は早いのぅ!村の状況は分かっておるかのぅ?」
「危機感無いですね」
「駄目だね~」
バッサリと切り捨てる2人。
「駄目じゃな!」
ラウザもスッパリ切り捨てる。
「結界は強化したが、絶対ではないのでのぅ…バカ弟子は使えんし」
「先生酷い!」
急いで服を乾かして部屋に入ってきたガルは、聞こえてきた言葉に抗議する。
「足止め位出来ます!」
「駄目じゃ!盾にもならん!」
「なります!」
「餌にか?」
「違います!」
意味が無さそうだが。
「後ろで隠れてろバカ弟子!邪魔になるのが分からんか!」
「邪魔!?」
「黙れ!痺れろ!」
ラウザの電撃(最弱)で倒れたガル。
想像以上に、弱い…。
「で、頼めるかのぅ?」
ラウザの唐突過ぎる問い。
「良いですよ」
「良いよ~」
何がどう通じたのか分からないが、とりあえず通じたらしい。
「私も久しぶりに暴れるかのぅ!」
「良いですね」
「楽しそう~」
実に良い(黒い)笑顔で頷き合う3人。
もはや、ジン、ラング、ムウは何も言う事が出来なかった…
上手く伝わっていると良いなぁ
人物紹介を更新しました




