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悲しい現実

開いて下さってありがとうございます。

ちょっと長くなりました…

 黒い中に赤い点…良く見れば、足の形を確認できる。


うごうごうごうごうごうご


「引き返さねー?」

「……薄気味悪い」

「気持ち悪いです」

「この腑抜け共が!」


 情けない男3人に、姉御モードのツバサが怒鳴りつける。


「馬上訓練はした事ある?」


 同じく、姉御モードのアヤメが目は敵に向けたまま、静かに確認する。柔らかい雰囲気がかき消える。


「一応。でも、難しいな」

「………ないよ」

「ありません」

「私とアヤメが突っ込む。ジン、ムウはバイコーンから降りて、森の木を盾にしながら、一匹一匹確実に仕留めろ。ラングは後ろから援護射撃、場合によってはジン、ムウに身体強化魔法」

「木の上は?」

「馬鹿者。木の上は蜘蛛の得意な地形。慣れない所で戦うな」

「了解」

「糸に気を付けろ。あちこちに巣がある。触れたら暴れるな。よけいに絡まる」

「燃やせば良いわ」

「分かった」

「分かりました」

「ラングは背後に気を付けろ。いきなり現るやも知れぬ。近付く前に吹き飛ばせ」

「………うん!」


 アヤメが鞄の中から小瓶を取り出して、皆に渡す。


「私とツバサが作った解毒薬よ。持続性が有るから、二時間程なら毒は無効化出来るわ。飲んでおいて」

「二時間!?普通、最高級品でも一時間だろう?」

「そうね。時間が無くて材料が集められなかったから、本来の半分の時間しか持たないけど」


 もう、何も言うまい。

 一気に飲み干して、ジンとムウがバイコーンから降りて武器を構える。

 ラングも飲み干し、バイコーンから降りて、背後に盾を作り槍を構える。


「奴らが混乱し始めたら突撃だ」


 そう言って、双剣を構えてバイコーンに合図をするツバサ。手綱は持たないのが、戦闘スタイルらしい。

 鞍にしっかりと座り直す。

 アヤメはレイピアを抜き、片手に鞘を持っている。反対側からの攻撃に備える為だろう。

 2人を乗せたバイコーンが走り出し、そのまま飛び込んでいく。バイコーンの強い精神力が無ければ、どんな軍馬でも恐れが勝って立ち止まってしまうだろう。

 突進してタランチュラを吹き飛ばしていく姿は、頼もしくもあり、恐ろしいくもある。

 ジンとムウも、木に隠れながら近付いていく。

 三頭のバイコーンは、ラングの後ろから警戒している。本当に賢い。

 ラングは、ジンとムウに強化魔法をかけて、タランチュラに風の矢を打ち込む。


ダンッ!


 高く、バイコーンが跳躍する。

 高く飛び上がったバイコーンの背から、ツバサが斬撃を飛ばす。

 着地する際、タランチュラを踏み潰すバイコーン。

 アヤメの乗るバイコーンの後ろにタランチュラが回り込むが、素早く後ろ足で蹴り飛ばす。

 三匹程巻き込まれ吹き飛んだ。


「すげー!」

「騒ぐな…」


 思わず見とれるジンとムウ。

 ジンとムウは、地道に群から離れたタランチュラを切り捨てていく。

 森の中なので、炎を使えば自殺行為。糸を燃やす事は出来ても、敵を炎で焼き払う事は出来ない。

 ムウの聖魔法は、森では光り輝くので目立ってしまう。それではアヤメとツバサが敵を引き付ける意味がない。

 闇魔法では、タランチュラの素早さに追い付かない。

 ジンとムウでは、タランチュラに囲まれては対処が出来ないので、地道に木陰に隠れて的確に倒す方法しかない。


「一匹でもキツい…やっと、こいつらの素早さになれた」

「音もなく、飛んでくる毒針が厄介だ」


 ジンもムウも、自分の実力位は把握しているので、決して一人にはならない。

 それでも危ない時は、ラングの援護射撃に助けられる。最近、言わなくても的確に撃ち抜いてくれるのが有り難い。

 何発か毒針がかすったが、事前に飲んだ解毒薬が効いているようだ。効能も普通より遥かに上らしい。


シュルッ


 後ろから飛んで来た糸を、とっさに回避するジン。

 かわしきれず、少し絡まったが小さな炎で焼き払う。ジンの魔力操作も、かなり上達したようで、服が燃えないように器用に糸だけ燃やす。

 ムウが糸の先を目で追うと、木の上に二匹と木の下に一匹いる。


ザシュ!ガサッ!


 タランチュラのいた木の枝が、ラングの風の刃で切り落とされた。

 すかさず、目の前に落ちた敵を叩き切るジン。

 上に気を取られた敵を、素早く距離を詰め切り捨てるムウ。


ヒュンッ


 アヤメのレイピアが、目にも留まらぬ速さで敵を葬る。

 毒針を左手の鞘で防いで、迫る敵を右手のレイピアで切り捨てる。

 突進したり、頭突きしたり、蹴り飛ばしたりするバイコーン。糸が飛んで来れば、飛び上がって回避、踏み潰す。

 双剣に纏わせた風を飛ばすツバサ。

 時には、纏う風を伸ばして短い間合いを補う。

 人の大きさでは埋もれてしまう群の中、大きなバイコーンに乗って風となり、戦場を駆け抜ける。

 

「予想以上の数だな…」

「こんなにいるけど…これだけの数、森で生きていくのは無理よね」

「木が無事なのもおかしい」


 どう考えても、餌が足りない。

 普通なら、木も枯れていてもおかしくないのに、ほとんど傷もない。


「湖か…」


 冒険者が言っていた、湖の精霊の噂。


「行くしかなさそうね」

「蹴散らしてからな…」


 アヤメとツバサの聖魔法が、周りのタランチュラを消し飛ばす。

 怯んだ隙に、アヤメとツバサが左右に別れ、敵に近付き吹き飛ばす。

 精霊の土地を壊すのは、本来ならば精霊の怒りを買うので出来ないが、これだけ暴れても音沙汰がないので、この際気にしない事にしたようだ。

 加速したバイコーンが走るたびに、突風で吹き飛ばされるタランチュラ。

 突風から逃れた敵も、アヤメとツバサの魔法で撃ち抜かれる。


「おらぁ!」

「しっ!」


 それでも生き残った敵を、ジンとムウが葬り去る。

 ジンとムウに、ラングの強化魔法がかけ直される。

 ラングに迫る敵は、ラングの側にいたバイコーンが力任せに葬る。

 走る勢いを利用して、バイコーンが高く高く飛び上がった。

 一番上まできた瞬間、アヤメとツバサが敵の群の全体を確認し、ジンとムウを避けて魔法を撃ち落とす。

 バイコーンが飛び上がった理由を瞬時に理解したムウが、素早くジンを引き連れその場を離れる。

 目の前に降り注ぐ聖魔法、風魔法、氷魔法に目を回すジン。

 必死にジンとムウの周りに盾を張り、維持するラング。

 逃げてきた敵を、ラングの側にいたバイコーンが素早く葬る。


トンッ


 アヤメとツバサの風魔法で減速して、軽やかに着地するバイコーン。


「十数匹、逃げたな」


 ツバサに睨まれたジンが、素早く反応し追いかける。

 ただ一人、反応出来なかったジンがお気に召さないらしい。

 ムウもジンの後を追う。


「バイコーン、逃げた敵を追って倒せ。終わったら、ムウとバカを連れてこい」


 アヤメとツバサがバイコーンから降り立った。

 ツバサの指示に、小さく頷いて五頭のバイコーンが走り抜ける。


「この更地…いえ、クレーターを直しましょう」

「ラング、傷ついた木に治癒魔法だ。木は魔力を持つから治癒で良い」


 生き物に使う治癒魔法だが、木には魔力…つまり生命力が有るので、治癒魔法で修復出来る。修復能力を上げる程度だが。


「……分かった」


 アヤメとツバサが土魔法で穴を埋める。少し、凸凹するが仕方ない。

 次に木の枝を、間隔を開けて地面に差していく。こんな細い枝からでも、大きく成長するからだ。自然は強い。

 ラングは傷ついた木に聖魔法を使う。自分の近くにいる精霊から、やり方を教えて貰っているようだ。









「素早い!追いつかねー!」

「だからと言って、考えなしに突っ込むな…」


 必死にタランチュラを追いかけるジン、ようやくジンに追い付いたムウ。

 ムウがクナイを投げてタランチュラの動きを止めて、止まったタランチュラをジンが仕留める。

 撒き餌をムウがばらまいて気を引こうとしたが、見向きもしなかった。

 だが、不思議な事にタランチュラは森から出ようとしない。


「振り向いた!」


 森の出口付近でくるりと方向を変えるタランチュラに、素早く距離を縮めて仕留めるジン。

 不思議に思いながらも、ムウも近くにいたタランチュラを切り捨てる。

 ジンとムウが目の前に気を取られた瞬間、後ろからタランチュラが襲いかかってきた。

 間に合わないと思った時、上から大きな影が落ちてきて、タランチュラを踏み潰した。


「バイコーン!助かった!」

「何故此処に?」


 五頭のバイコーンが、近くのタランチュラを葬っていく。

 終わると直ぐにジンとムウに背中を見せて振り返る。首を動かして、背中に乗るように促す。

 ムウが直ぐに意味を理解して、ジンに説明してからバイコーンに乗る。

 言われてからようやく気付いたジンは、慌ててバイコーンにまたがった。








「お帰り」

「お帰りなさい」


 戻って来たバイコーンとムウに、目を細めてツバサが出迎える。

 アヤメも振り返って声をかける。


「俺は!?」


 スルーされたジンが叫ぶ。


「…ぼろ雑巾みたいだな」

「どうしたのよ…」


 タランチュラと戦った時より、ぼろぼろになっているジン。


「…落っこちた」

「………」


 絶句するツバサ。


「良く、生きてるわね…」

「後ろのバイコーンが受け止めてくれた…助かったよ…」

「………良かったね」


 アヤメとラングが、バイコーンに労いの目線を投げる。

 ため息を吐き出すバイコーン。


「乗馬苦手か?」

「いや、バイコーンが早すぎる」


 今更だが、ツバサが確認する。

 乗馬位は学園でも学べるし、移動手段が限られる大陸では乗る機会も多い。

 普通の馬より数倍は早いバイコーンのスピードに、慌ててしまったらしい。

 アヤメとツバサが乗る時より、かなりスピードを落としているのだが…。


「今すぐ慣れろ」

「え!?」

「湖まで乗っていくぞ」


 ひらりとバイコーンにまたがるアヤメとツバサ。

 ラングも慣れた様子でまたがる。


「タランチュラの数、精霊の領域内での戦闘に不干渉、いきなり消えた精霊の加護…確認しに行こう」

「精霊に何かあったのか?」

「一体、何を見ていたのよ…」


 良く分かっていないジンに、ラングとムウの視線が突き刺さる。

 アヤメとツバサは諦めたようだ。


「………予想以上にバカ」

「平和な頭だな…」


 最近、容赦なくなってきたラング、悟りを開き始めたムウ。

 一人、理解出来ていないジン。


「行く前に、注意しておく。何があっても目をそらすな。背中を見せるな。触れようとするな。…冷静さを失うな」

「多分、見れば辛い思いをするわ。怖いなら、今から引き返しなさい」


 警告するツバサ、心配するアヤメの言葉に少し驚いたジン、ラング、ムウ。


「何が?」

「行かなくては、分からない」

「…行かなきゃ、後悔する!」

「………大丈夫。…頑張れる」

「覚悟は出来ています」

「よろしい。ここから先、空気中にも毒が撒き散らされている可能性がある。もう一度飲んでおけ。一応、予備に一つずつ渡しておく」


 二瓶渡され、片方飲んでからもう片方をポーチに入れる。


「これだけの量、どうやって?」

「他言無用よ?」


 ジンの質問に、口止めするアヤメ。

 皆が頷いたので、種明かしをする。


「古代魔法を掛けた、特別な鞄よ。異次元と繋がっているから、異次元が溢れない限り容量は無限よ。失われたマジックアイテムね。国宝レベルよ」


 古代魔法の時空を操れるアヤメとツバサなら、容量無制限の鞄位は簡単に作れるが、バレると厄介なので秘密にしていた。

 国家予算でも買えないレベルの物で、新たに作れる事が出来ないとされている。

 時空魔法が操れる人間は居ないとされており、たとえ使えても僅かに時間を緩めたり、数センチ物を動かせる程度だと言われている。

 数万年前まであったようだが、それ以降の遺跡では記録されていない。

 人類最大の課題だとされている。


「行くぞ」


 呆けるジン、ラング、ムウを見てこれ以上の説明は無意味と判断したツバサ。

 アヤメとツバサのバイコーンが走り出したので、慌ててジン、ラング、ムウもバイコーンに合図する。

 ジン、ラング、ムウは結局疑問が増えただけだった。







◇◇◇◇◇


 

 湖が目視出来る距離まで来ると、いきなりバイコーン達が立ち止まって動かなくなってしまった。

 辺り一面、紫色の霧が立ち込めており、視界も悪い。


「どうしたんだ?」

「…限界か。分かった。皆、降りろ」


 ツバサの指示に従った一同。

 一度頭を下げてから、バイコーン達が光と共に消える。


「バイコーンは毒に対する耐性は高いのだけれど、これ以上は無理ね」


 アヤメの説明に、ぎょっとしたジン、一歩下がったラング、辺りを見渡すムウ。


「今更だな。解毒薬を飲んでいなければ、既に死んでいるぞ」

「ああ…そうか。一つ良いか?」

「なんだ?」

「バイコーンはどこに?てか、どこから来たんだ?」

「召還術師は、擬似的に移転魔法を使う。契約した魔物しか呼べないが。人間は、肉体が耐えられない程の負担がかかる上に、契約自体が受け入れられない」

「擬似的だからね。リスクが高いのよ。魔力の枷をつける必要があるし。私達のバイコーンには、鞍を枷にしているわ。普段はどこかの森に居るわよ」


 古代魔法の一部と聞いて、戸惑うジン、ラング、ムウ。


「あくまでも、擬似的だ。劣化版とも言える。私達には制限は無いが、普通の召還術師には一定の距離、限られた数を超える事が出来ない。あまり、使い勝手は良くないし、大量の魔力を必要とする。ほとんどの者は、魔力が足りず連れて歩いている」

「まあ、普通の魔法より難易度が高いから、使えるのは少数ね。盗賊の召還術師は、薬の力であれだけの数を従えるのを可能にしたのよ」


 召還術師の基準をアヤメとツバサはともかく、あの盗賊の召還術師も基準にしてはならない。

 副作用の強い、違法の薬を使った結果なので当たり前だ。

 なんとなく理解したジン、ラング、ムウは頷いた。


「…急ぐぞ」


 少しスピードを上げながら、しかし周囲を警戒しながら進む。

 湖の周辺の木は枯れており、魔物や動物の死骸が転がっている。中には、冒険者だと思われる遺体もあった。


「うへぇ…」

「………ううっ」

「流石にキツい」


 あちらこちらに腐った肉が転がっているので、異臭が鼻を突く。


「食われた形跡なしか…」

「そのまま残されているわ」

「当たりだな」

「そうね…」


 ツバサの確認に、頷いたアヤメ。

 比較的新しい遺体には傷もなく、食い散らかした形跡がない。

 傷がないと言う事は、毒を吸い込んで死んだのだろう。解毒薬の効果がきれたのかもしれない。

 湖の縁にたどり着いた。


「水が…」


 濃い紫色の水。

 霧の発生源は湖らしい。


『………ダレダ…』


 突然響いた声。

 水面が揺らめいて、湖の中央から黒い物がゆっくりと出て来た。

 なんとも言い難い形をした何か…。


『……クライ…ミエナイ』


 頭に響く低い声に、思わず頭を抱えるジン、ラング、ムウ。

 水面に波紋が広がる。


『…コワイ…クルシイ…カナシイ!』


 黒い物体の叫びに応えるように、湖から複数の水球が飛び出す。

 アヤメとツバサに引きずられ、当たらずにすんだジン、ラング、ムウ。

 当たった地面から煙が立ち上る。猛毒によって溶けたようだ。

 突然の事に動揺するジン、ラング、ムウはしばし固まる。


『……キエロ』


 水が蛇のようにうねり、手当たり次第に食らいつく。

 我に帰ったジン、ラング、ムウは自力で逃れる。

 予想以上に素早く、予想外な方向からもうねって襲い掛かる。


「何だよあれ!?」

「狂った精霊だ」

「精霊!?」

「……そんな」

「………」


 たまらずジンが叫ぶ。

 ツバサが簡単に答えるが、耳を疑うジン、ラング、ムウ。

 湖の上に有るのは、精霊には見えない程に、禍々しい魔力を纏う黒い物体。

 休む間もなく、襲い掛かる蛇に苦戦しながら何度も黒い物体を見やる。


「正確には、精霊“だった”ものね…」


 次々に襲い掛かる蛇の形をした水から逃げながら、アヤメが付け足した。

 首を傾げるジン、ラング、ムウ。

 一瞬、水蛇に対する注意が逸れる。


「当たると死ぬぞ」


 ツバサの忠告に、必死に逃げながら頷いたジン、青ざめたラング、避けながら黒い物体を眺めるムウ。


『~~~!!』


 黒い物体の言葉にならない悲鳴に共鳴する水蛇。

 数を増やし、暴れまわる。

 盾で防ぎたいが、隙間を作らず丁寧に皆を囲む時間が無い。


「核は左上だな」


 ひたすら黒い物体を睨んでいたツバサだが、黒い物体の一部に魔力の塊を見つけたので、アヤメに告げる。

 ツバサの言葉に軽く頷いて、アヤメが光り輝く槍を瞬時に作り出し、素早く狙いを定め投げる。聖魔法のようだ。

 勢い良く真っ直ぐ飛んでいき、ツバサの指摘した場所に吸い込まれるように槍が突き刺さった。

 驚いたジン、ラング、ムウ。


『!?』


 動きを止めた黒い物体。

 水蛇も崩れ落ちていく。


『!!』


 黒い物体から、少しずつ黒い霧が抜けていく。

 徐々に薄い水色に変わっていく。


『ああ…』


 パチリと開いた濃い青色の瞳。

 上半身が人柄で、下半身が長い蛇の形をした精霊の姿に戻る。

 しばし呆然として、周りを見渡してから5人の人間に気付いた。

 ようやく事態を把握したようで、ぎこちなく動き始める。


『…ありがとう』


 滑るように近付いて、丁寧に礼を言う精霊。

 ジン、ラング、ムウもつられて湖に近付いていく。

 湖の一歩手前まで来ると、


『まだ、毒が抜けていません』


 慌てて精霊が止める。

 精霊の言葉に慌てて立ち止まったジン、ラング、ムウ。

 静かに見守っていたツバサが口を開く。


「確認して良いか?」


 ツバサの言葉に頷いた精霊。


「加護の消失、魔物の不可思議な行動、猛毒の湖、詳しく聞いても?」

『…はい。…ほとんど、暗闇に捕らわれた私の仕業です。淀んだ魔力に正気を失った私が、加護の結界を壊し、迷い込んだ魔物に加護を与えてしまいました』

「全て、覚えているのか…」


 悲しそうに頷いた精霊。


『さらに、水の精霊である私は、迷い込んだ魔物の毒を取り込み、雨や霧で周囲に広げてしまいました。毒に強い魔物だけ生き残り繁殖したようです。でも、迷い込んだ魔物も淀んだ魔力に当てられ、徐々に狂っていきました。本能も失い、ただ暴れまわるようになったのです』

「ふむ。だから食い散らかした形跡がないのか…」

『はい。しかし、加護は私から離れると消えてしまいます。本能を失った魔物は普通なら死んでしまう程衰え、土地の加護によってかろうじて生きていました。本能を失っても、加護を失うと死んでしまう事だけは分かっていたようです』


 森を離れると、加護が維持出来る範囲から出てしまうので、追い詰められても森からは出なかったようだ。

 そのおかげで、近くの村には被害が出なかったので助かった。


「生きる本能だけ残ったか…空腹を満たす本能を失っても」

『加護の力から、感じ取ったのかもしれません。私と繋がっていますから』

「もしかしたら、加護をくれた精霊を守っていたのかもな…」


 真実はもう分からないが、もしかしたらそうなのかもしれない。


『…そろそろ、限界です』


 突然の言葉に、不思議そうに精霊を見るジン、ラング、ムウ。

 だんだん、精霊の纏う魔力が薄まっていく。


「……なんで?」


 ラングの小さな呟きに、精霊が反応してラングを見詰める。

 はっとして近付き、ラングの肩に軽く触れる精霊。


『お帰りになられたのですね』


 ラングだけに聞こえるように、小声で呟く精霊。

 嬉しいそうに目を輝かせる。


『ああ…お記憶はお戻りになりませんでしたね。えっと、狂った精霊はもう元に戻りません。ただ、暴走して自らを傷つけ、周囲を破壊するだけです。暴走を止めるには、核を壊す必要があります…核は精霊の心臓です』

「……生きては戻れない?」

『一番大切な核が、淀んだ魔力によって壊滅的なダメージを受けますから。上級精霊以外は、耐えきれません。仕方ないのです…』


 悲しむラングに、優しく微笑む精霊。


『でも、最後に会えて良かったです…』


 良く分からず、精霊を見詰めるラング。


『お帰りなさい……精霊王様…』

「……え?」


 微笑んだまま、消えゆく精霊。


 ラングの伸ばした手は、むなしく空をさまよった…

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