手探り
「ふむ……思っていたより深刻ですね」
騎士のトップが呟いた。
「〈ニーファ〉の皆さんには、国の事で今後何か思い出したら教えて頂きたい。お願い出来ますかのぅ?」
〈ニーファ〉の者達が頷いた。
「国に残った家族からも、何かないか聞いておきます」
「うむ」
副会長の言葉に満足げに頷いた校長。
この後、これ以上の進展は無く、とりあえず解散となった。
皆が皆、不安げにしながらも何かないか思案に耽りながら退散していく。
1人残った校長は、これから起こるであろう事を予想して頭を抱えていた。
◇◇◇◇◇
翌日、授業が終わってから生徒会室に集まった一同。
会長が真ん中に座り、会長の右側に三年生徒会メンバー、左側に二年生徒会メンバー、会長に向き合う形で一年生徒会メンバーが楕円形の机に座る。
壁際には、風紀委員長のチャカが座っている。
「昨日の話、覚えているな?」
会長が確認すると皆が一斉に頷いた。
「場合によっては、我々も戦う事になるのだが……この中で対人戦闘……殺し合いの経験がある者は? 因みに、人型の魔物は対象外だ」
三年生徒会メンバー全員と、アヤメとツバサが手を上げた。
一応、チャカも手を上げる。
「少ないな」
「あら? あなた達も有るでしょう?」
「ああ、人形みたいな奴か? 殺す事は出来なかったし、実際には戦ったと言うよりは、ただの喧嘩みたいな感じだったしな……なんか違うだろ」
〈トウゴク〉にて、アヤメとツバサの実家で人形みたいな人と戦った事は有るのだが、あれを対人戦闘の殺し合いと言って良いのか分からない。
少し違う気がする。
「……確かに、そうね」
「うん」
なんとなく納得したアヤメ。
「少ないね~こりゃ心配だね~」
「心配そうに聞こえないわね」
ツバサののんびりした口調に、副会長が苦笑する。
「殺す気でいかないと、殺す気でかかってくる奴らには負けるわよ。実力に関わらずね」
「副会長、何で三年生徒会メンバー全員が経験有るんですか?」
そこがちょっと気になったクリスティアが尋ねる。
「私達も、生徒会メンバーとしてやってきていろいろ有ったのよ」
生徒会とは、そういうものらしい。
「対人戦闘では、様々な戦略と戦術がぶつかる事になる。魔物と戦うより面倒なものだな。あと、人間はしぶとい」
しみじみと語る会長。
何か有ったらしい。
「でも、今出来る事は限られているわね」
副会長が呟いた。
会長も深く息を吐きながら頷く。
「情報戦が今出来る事かな?」
ドサッと置かれた書類の束を見ながら、会長がげんなりした声で確認する。
校長から渡された書類なのだが、手当たり次第に集めた為か、やたらと量が多い割には必要な状況が少ない。
あちらも馬鹿ではないので、簡単には探らせてもらえないから仕方ないのだが、もう少し分かりやすく纏めて欲しかった。
「何故、私達がやるのかしら?」
副会長の心からの疑問に、皆も首を傾げるだけであった。
◇◇◇◇◇
「捕まえた~!」
「ふむ。捕まったニャ」
生徒会の仕事が終わってから、なにやら探し始めたアヤメとツバサにとりあえずついて行ったジン、ラング、ムウは、捕まった黒猫を見て目を丸くした。
「今までどこに居たんだ?」
「ちょいと、好奇心を満たしに行っただけだニャ」
最近全く姿を表さなかったメモリーが、ツバサに首根っこを掴まれていたからだ。
人の姿のメモリーを知っていると、猫の姿のメモリーには違和感を感じる。
猫の愛くるしさと、あの妖艶な美女が結び付かない。
「〈ニーファ〉に行っていたメモリーに質問が有るのだけど」
「バレてるニャ……」
「何だと!?」
「……そうなんだ」
「ほう?」
早速バレたメモリーは驚愕する。
「城には行ったの?」
「無理だニャ。やたらと警備体制が強化されていて入れなかったニャア。噂程度は集めて来たけどニャ!」
「どんな?」
「王の死が他殺とか、大樹が枯れたとか、王子は無能だとか――」
いきなり飛び出した話題に、びっくりして周りを見渡したジン、ラング、ムウ。
しかし、ちゃんと結界が張られており、心配は無用であった。
「――まだまだ魔物の被害が続いているとか、と言うより軍が動いていないとか、きな臭い事ばかりだニャ」
「そう」
そう、で済ませてしまうアヤメ。
「驚かないのニャ?」
「何を今更」
「そうだニャア」
「他には~?」
「噂はその程度ニャ。見て来た事なら、やはり魔物が多いニャ。あの国だけ、妙に狂いが広まっているニャア」
「それで?」
知っている事全て話せと、アヤメとツバサの目が言っている。
「抜け目無いニャア……」
逃げられないと悟ったメモリー。
「被害が大きい所に行ったら……赤いコウモリを見たニャ……」
小さく呟かれた言葉に、思わず息を飲んだジンとムウ。
「なるほど……」
「あんまり驚かないニャ?」
「「それこそ、何を今更」」
アヤメとツバサが平然と言ってのけるので、呆気に取られるメモリー。
「今更、悪魔程度に驚かないわよ」
「そうか~大胆に動き出したんだ~」
「「「……」」」
ジン、ムウ、メモリーは互いに顔を見合わせ沈黙する。
動じないにも程が有る。
ラングは赤いコウモリや、悪魔の事を詳しく知らないので、首を傾げて見守っているだけだ。
言い伝えを知ってはいるが、ピンとこないらしい。
「メモリー、校長にも知らせて」
「分かったニャア。あれほど言うのにためらったのは何だったのかニャ……」
この事を言うのに、流石にメモリーもためらったようだ。
普通なら混乱を招くだけなので。
「こうした事の情報を渡すのに、いちいちためらわないで欲しいわ」
「迅速に知らせてね~手遅れになるといけないから~」
普通に考えては駄目らしい。
解放されたメモリーは、急いで校長室に向かって行った。
「意外と大きな問題になっている……って事で良いのか?」
「ある意味、予想通りよ」
「……良く分からない」
「まあ~今直ぐどうにかなる訳じゃないしね~考え過ぎなくても良いよ~」
「はあ……」
いつも通りの2人。
話は終わったと言わんばかりに、さっさと寮に向かう2人に、これ以上の事は聞く事が出来なかった。
聞いても、理解出来なかったかもしれないが。
◇◇◇◇◇
真王と翼王が向かって座るテーブルの後ろで、小さくなって控えている雪姫。
ツバサの部屋は、神族が纏う神気でこの上なく澄み渡った空気と、居るだけで息苦しい空間となっていた。
と言うより、頂点に立つ二神がこの狭い部屋に居る事がおかしい。
更に、神族とは言え下級神である雪姫には耐え難い神気で満たされた空間であり、普通の生き物なら倒れているだろう。
普段なら、ちゃんと抑えているのでこれだけの圧迫感は無いのだが、どうやら少し機嫌が宜しくないらしい。抑えていても、にじみ出てしまうようだ。
「いちいち騒ぎ過ぎだ」
「そうですね。落ち着いて調べれば分かる事ですし」
「こうした時に動くべき奴らは動かない」
「この時代の英雄達ですか……まだまだ子供ですから」
口調は穏やかな翼王だが、神気はどこか刺々しい。
真王はどこか投げやりな口調である。
「おかげ様で、前の時代の英雄達が対策した事は無駄になりませんが」
「全てのしわ寄せが奴らに向かうのは気に喰わんな」
「それは、前から分かっていた事です」
かの英雄達は、平和を取り戻した世界が再び魔の手に脅かされる時、平和しか知らない者達で対応出来るかを案じた。
長年悩み続けて出た結果は、不可能であると言う答え。
かの英雄達でも手こずった相手が、更に力を増して襲い掛かるのだから、まだ戦が絶えない世で生きてきた英雄達と違い、全てが丸く収まった世で生きてきた者達には耐えられないだろう、と。
魂の一部とは言え、理から反する形で残す事は御法度であり、その事で何かしらの歪みが発生する事を知りながら、力のみを残したのはその為である。
その考え過ぎとも思える心配は、考え過ぎではない事が分かった。
彼らは、自ら考えて動く事が出来ない。
考え方も甘く、楽天的過ぎる。
口だけは達者だが。
「魂の後継者は、この時期から活発的に動けていたがな。自ら考え、悩み、立ち上がってきた」
「背中を押される事を当たり前とせず、感謝までして、ね」
魂の一部を残した事による歪みとは、後継者たる者は必ず何かしら失う事である。
簡単に言えば、不幸を背負う事になる。
かの英雄達は、その事でかなり悩んでいたが、それ以外の対処法が無かった。
ただの人間では、自ら払える対価で得られるものは限られる。
しかし、何もしないのは、戦いで散った者達に申し訳なかった。
皆、世界が平和になる事と、末永く続く事を願っていたから。
致し方ない事とは言え、敵を逃がしてしまい、敵が再び現れる状況になってしまった事に責任を感じたが故、悩みに悩んで出た苦渋の決断であった。
彼らを責める事は出来ない。
十分悩んだ決断であったから。
他人には、責める資格が無い。
「でも、ジンとラング、ムウは恨んでも良いわね……」
「英雄達も言っただろう。『恨んでくれて構わない。むしろ、恨まれるべきだろう。だが、これしか無かった。すまない』と、死に際に言ったらしいからな」
その場に居合わせたのは、当時中級神であった神であり、真王と翼王ではないが、話は聞いている。
今、二神が此処に居るのは、予想だにしなかった事である。
当時居合わせた神は、それはもう丁寧に何度も説明した。
輪廻に入る筈の魂を、無理やり押し留めれば、輪廻に空白が空き、抜けた魂を取り戻そうと世界が動く。
それが世界の理だから。
一応、対価を元に穴を埋めても、抜けた魂を押し留めていた世界は、異物をはじき出そうと動いてしまう。
自然と、生まれながらに何かを背負う事になるのだ。
もちろん、はじき出されないよう……死んでしまわないように、神獣と言う護衛をつける事にしたのでその心配は必要無い。
そして、それだけの事を背負いながら、本来の世界に在るべきではない彼らは、どれだけ頑張っても注目を浴びる事は無い。
その時代の主役が持っていくのだ。
最低が無ければ、最高も無い。
そんな人生が決まってしまう。
「唯一与えられたのは、自由のみ」
「考えようによっては一番幸せかもしれないけれど、どうかしら?」
「彼らの価値観による」
そんな彼らには、選択する自由が与えられている。
戦うか、否か。
どう生きていくか。
既に、世界に定着した魂を世界は弾こうとはしない。
この十数年で、完全に定着している。
これ以上、理不尽な不幸を背負う事は無い。
これからは、自分の意志で不幸から逃げる事が出来る。
「手遅れだと思うがな」
「……」
「睨むな」
「睨んでません。王の事を心配しているのです。私達に責任は無いですからね」
「英雄達の判断だからな」
「人間の我が儘です」
「……そなた、気にしておるだろう」
「ええ。真王が抱え込まないかと、気にしています」
「何の事だ?」
結局は、神族には関係ない事である。
気に食わないだけで。
「真王は、昔から私達に何も言いません。辛くても、悲しくても、楽しくても」
「……有ると思うか? 感情が」
「意志は有るかと」
「我は意志を伝える事は出来ぬ」
「……王だからですか?」
「揺るぎなき存在で有るべきだからだ」
真王は何も言わない。
ただ、在り続ける。
ただ、見守り続ける。
一番近しい者にさえ、本心を伝える事は無い。
誰も、真王の本心は知らないのだ。
「頑固です」
「親の心配を子がするでない」
「子も心配するものです」
「我は、そなたの不器用な所と、考え過ぎる所が心配だ」
「……本心ですか?」
「これは本心だ」
「複雑です」
少し和らいだ神気に、密かに少しホッとする雪姫。
(偉大なる王は、相変わらずですね)
そんな事を思う雪姫であった。




