頑張れロウ
翌日、教室に現れたロウを見て、アヤメとツバサを除く、クラス一同は固まった。
見事な程に、同じような顔をして。
「おはよう」
シーン……
「何だ」
「先生、その腕の包帯は? あと、何故車椅子なんですの?」
「腕の骨が折れた。治癒魔法では、骨まではくっつけられんからな。車椅子なのは、貧血気味だからだ」
何があったの?
「治そうか? 腕」
アヤメがびっくりする事を言うので、皆の視線が集まった。
「いや、聞いてたか? 治癒魔法では、骨までくっつけられられんぞ」
「くっつけられるわよ」
「……はい?」
「意外と簡単だよ~体の構造さえ、しっかり知っていればね~」
「……え?」
アヤメとツバサにとっては、骨をくっつける位、物凄く簡単らしい。
「肉よりは、単純な造りだし、今回は綺麗に折れてるしね」
「そうだよね~内臓とか、筋肉とか構造が複雑だからね~」
「……医者より詳しいな」
「「え? 常識じゃないの?」」
「常識だと思ってたのか……」
ロウが思わず脱力する。
ついて行けない。
「血は無理よ。流石に、個人に合わせた血液は作れないわ」
「血液の型が分からないからね~血液型を調べる為の機関が無いし~」
「外気に触れたら駄目だし」
「血液内の――」
アヤメとツバサによる、意味が分からない話が続く。
最初から良く分からないので、皆はどうしたら良いのか分からない。
血液の構造なんて、この世界では解明されていないのだ。
血液を作るなんて、机上の空論でしかなく、夢物語である。
一応、実験が行われたりしたが、全て失敗している。
「そろそろ、良いか?」
「――あ、はい」
「骨治してくれ」
「了解です」
無詠唱で、患部に手を当て魔法を掛けると、一分位で治療は終わってしまった。
治った腕を、しげしげと眺めるロウ。
固定していた木の板と包帯を外し、軽く動かして確かめる。
完全に治っている。
「国お抱えの治癒師より、腕が良いな」
「ああ、あのおままごとみたいな~?」
「おままごと……」
そう感じても、2人なら仕方ないかもしれない。
あれでも、最先端技術なのだが……。
「あー、まあ良いか。HR始める。今日は一日中魔法薬の授業だ。素早く移動するように。HR終わり」
短い。物凄く短い。
「ほら、行くぞ」
ロウはそれだけ言って、さっさと実験室に向かってしまう。
一瞬遅れて、皆も慌てて筆記用具のノートを持って移動する。
ちゃんと、マスクと手袋も忘れない。
◇◇◇◇◇
「なあ、これ良いのか?」
「……分からない」
「良くない気がするな」
何故だかピンク色になった液体が入った鍋を前に、どうしたら良いのか分からないまま見詰めるジン、ラング、ムウ。
何故、解毒薬を作っていて、こんなその辺の毒より恐ろしい物が出来るのか、全く分からない。
アヤメとツバサは、独自の魔法薬作りをすべく、違うテーブルで何やら難しい事を呟いている。
2人が一緒にやるとジン、ラング、ムウの勉強にならないので、2人だけ自習を申し出て、最初はロウが拒否するも、簡単に解毒薬を作って渡したところ、直ぐに許可が出た。
しかも、市販の解毒薬を上回る効力である。簡略化しているにもかかわらずだ。
自分達で出来るだけやるようにと、アヤメに念押しされたので、必死に3人で挑んだ結果がこれだ。
「先生!」
「何だ?」
「これ、何だろう?」
「作った奴が言う事か?」
「分からないし」
呆れながらも、ロウが鍋を覗き込んだ。
見た瞬間、何故だか顔が引きつったロウを見て、3人は顔を見合わせる。
「一応聞く」
「はい」
「手順通り、薬草も間違いず、真面目に作ったのか?」
「「「もちろん」」」
「じゃあ、何でこんな劇薬が出来るんだ……禁薬指定の惚れ薬だぞ? 依存性が高くて、副作用も強い劇薬だぞ? 廃人制作薬とか言われてるやつだぞ? 制作方法も抹消された筈だぜ?」
とんでもない物が出来たらしい。
「地下深くに埋めるか? いや、それだと作物に異常が――」
どう始末するか悩むロウ。
「――薄めても駄目だし、燃やすと気化して余計に駄目だし……」
「はい、これ入れれば、効果が薄まるから燃やしても平気です」
「どうも……って! え!?」
「私達が作った万能薬~ただし、かなり材料費が掛かる上、作るのが難しいくて、使いどころに悩むけど~」
アヤメとツバサを拝みたくなったロウ。
何でそんな簡単そうに、何でも無い顔をして渡せるんだよ……。
突っ込むのを我慢して、万能薬を鍋に入れるロウ。
液体の色が、どんどん薄くなっていく。
小瓶ひとつで。
「おお……」
感動してしまうロウ。
直ぐに魔法で液体から固体にして、焼却炉で燃やしておく。
何の問題も無い事を確認し、ほっと胸をなで下ろしたロウ。
戻って来たロウは、真剣な顔で問題児達に向き直る。
「お前ら、今日は自習だ。間違っても魔法薬を作ろうとか思うなよ? 絶対に駄目だからな」
〈レジェンド〉だけに、自習が言い渡された。
危険だからね……。
◇◇◇◇◇
「なあ、作ってる最中は何も無かったけどさ、気化すると危ないんだろ?」
とりあえずグランドにやって来た一同。
気になった事を、アヤメとツバサに尋ねるジン。
「時間を置いて熟成しないと効果が無い物なのよ。だから、作り手には被害は出ないから、より厄介な物なの」
「つまり、買い手の手に渡った頃にちょうど出来上がるからね~一時期、国盗り合戦で流行ったらしいよ~」
「なる程……何で知ってるの?」
「質問ばかりね……。作り方は伝わらないようにされたけど、有った事実までは無くせないと言う事よ」
「大陸全ての人間に、箝口令を敷く事は不可能でしょ~必ず誰かは知っていて、喋る奴も居るって事だね~」
なんとなく納得したジン。
「教員に知ってる人が居るのは、知らないで作ってしまったり、手に入れてしまった時に、即対応出来るように、でしょうね」
「薬学に詳しい人だけだろうけどね~恐ろしさを理解してないと、悪用する可能性もあるし~」
アヤメが、ジンが聞きそうな事を先に答え、ツバサが補足する。
「分かった。とりあえず、知らない方が良いって事だな」
「そうね。作り方は忘れなさい」
「でも~一応、危ないって事だけ覚えておいてね~」
「了解」
ラングとムウも、無言で頷いた。
「さあ、ドッジボールをしよう~命がけのね」
「「「え!?」」」
「私とツバサが、これ投げるから、避け続けてね」
アヤメとツバサの右手に、ピンポン球位の大きさの雷球が現れる。
小さいが、その大きさに限界まで魔力を圧縮されており、当たれば人間など一瞬で丸焦げになるだろう。
「周りに当たったらヤバいし」
「避けられたら、キャッチするから大丈夫よ」
「こんな感じで~」
必死に止めようと、まともな反論をしたジンだが、脆くも希望は打ち砕かれた。
ツバサが、風を操って雷球でお手玉をしてみせたのだ。
器用に風で包んで受け止めている。
「ハンデとして、真っ直ぐにしか飛ばさないから、曲がる心配は要らないわ」
「……ハンデなのか?」
存在自体が、凶器なのですが……。
ジン、ラング、ムウは、複雑な気持ちで紫色の雷光を放つ雷球を見詰める。
雷球の色は白く目に痛い程に明るい為、直視する事は出来ないので、紫色の光を見ているだけだ。
見ているだけで、嫌な汗が浮かぶ。
「投げるスピードも、あなた達が避けられるスピードギリギリに手加減するから、大丈夫よ」
「ギリギリだから、少し気を抜いたらアウトだけどね~」
「時として、受ける訳にはいかない攻撃を避けなければいけない時もあるわ。そんな時に、僅かな余談で命を落とす事が無いように、しっかりと恐怖を体で覚えておきなさい」
「時には、恐怖心に助けられる事も有るんだよ~」
直感と、回避能力を鍛えろ、と言う事なのだろう。
確かに、今まで力任せに切り抜けてきたので、負担もかなり大きかった筈だ。
無駄に威力の高い攻撃を受け、体力と気力を失えば、いつか限界が来るものだ。
訓練して損は無い。
今までが、運と仲間に恵まれただけなのだから。
自分の力に切り抜けていかなければならない状況で、努力をしたか、努力をしなかったかで、命運は別れる。
しなくても生き残れるのは、極一部の選ばれた奴だけだ。まあ、それでも、運に対する驕りが運より勝れば、それまでだが。
つまり、自分の力に酔うべからず、と言う事だ。
人生、少し試練が有る方がちょうど良いのだろう。
「考える暇は無いよ~人は、何でも考え過ぎるから、いざという時に対応出来ないからね~」
「本能だけが、いざという時に役に立つのよ。だからこそ、本能を優先する獣は、厳しい自然界で生き抜く事が出来るわ」
「一匹でも、ね~。戦場は、人間の都合に合わせてはくれないから~自然界と同じように、本能が試されるよ~」
「生きる為の、あらゆる本能が、ね」
生きたい時に、突然発揮される危機回避の為の勘を、極限状態で磨き上げろ、と言いたいのだろう。
ひたすらに、生きる欲望を身に刻め、と言う事だろう。
攻撃をあえて受けるのは、人間だけであり、動物達はひたすら避ける事で、生存確率を上げ後の戦いの為に体力を温存する。僅かな傷がもたらす、大きな弊害を本能で知っているのだろう。
動物達は実に賢い。
「説明は終わりよ」
アヤメとツバサが、左右に別れる。
ジン、ラング、ムウが身構える。
ヒュンヒュン
ジンとムウに迫る雷球を、ジンは後ろに跳んで、ムウは体を捻って回避。
しかし、ほっとする暇は無い。
避けたと思ったら、直ぐにまた飛んでくる。
音も小さいので、どこから来るか分からない。本当に、勘に頼るしか無い。
「ひっ!」
ジンがしゃがみ、ラングが地面を転がり避ける。
地面すれすれに飛んできた雷球を、慌ててラングは跳ね起き、後ろに尻餅をつく事で難を逃れる。
ムウは、最小限の動きで避けるが、時折バランスを崩し、大きくのけぞる。そこに飛んできたら、なりふり構わず転がる事で対応する。
「……っ!」
震えながらも、意外とひょいひょいと、いろんな動きで避けるラング。
怖がりなので、こうした脅威を感知する能力が高いみたいだ。
無駄に考えず、なりふり構わず避ける事に慣れているのが幸いした。
「ひぇ! うわ! ぎゃー!」
叫びながら走り回るジン。
恐怖に固まりそうな体を、無意識に叫ぶ事で無理やり恐怖をごまかしている。
本能的に、体の硬直を免れている。
ちょっと、暴走気味で、体力の消費が激しいみたいだが。
「くっ!」
どうしても、無駄な動きが無いように意識してしまうムウは、さっきから一番危なっかしい。
避ける技術が無いのに、いくら頭で考えても無理な事は無理なのだが、いつも考えながら戦うタイプである為、癖になっているようだ。
こだわり過ぎているのだ。
ヒュヒュン
それぞれの動きから、それぞれに合わせたスピードと角度で雷球を投げるアヤメとツバサ。
一応、いざという時は雷球を防いであげるつもりだが、それを言うと訓練にならないので言わない。
常に無表情で投げ続ける。
そんな光景を、一応様子を見に来たロウが見詰める。
途中から見始めたが、その訓練の無駄の無さに関心しつつ、しかし、同時に恐ろしいと感じるロウ。
訓練の内容がハードなのも有るが、それについて行けるジン、ラング、ムウと、訓練の監督をするアヤメとツバサの技量に、である。
「流石は、学園最強チーム」
裏で、学園最強チームと言われている事を、彼らは知らない。
言っているのが、教師だけであるからとも言えるが、彼らに自覚が無いのが、一番の原因である。
一見、アヤメとツバサが目立つ為、他の3人はあまり強くないように見えるが、3人の能力もずば抜けている。
ジンは、大剣を使いこなす腕力と技量、敵に怯まない精神力、魔力の操作能力などに長けている。
ラングは、精霊との相性、想像力、集中力、魔力の節約、魔法だけではなく槍術に長けている。魔法が阻止されても、接近戦に持ち込まれても対応出来るのは、魔法師の弱点をある程度カバー出来る、とても貴重な切り札である。
ムウは、聖魔法での攻撃と、闇魔法での防御が両立出来、加えて刀を使った接近戦や、隠密、判断力、指揮力に長けている。参謀役が適任だろう。
「恐ろしい生徒達だな」
ロウは、どこか警戒するように、誰にも聞こえないよう小さな声で呟いた……




