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異世界配達人の苦悩~ただし給料は目ん玉飛び出るレベル~

掲載日:2026/04/25

「黒尾~。黒尾隆二(くろおりゅうじ)、ちょっと来~い」

「はい、今行きます!」


 昼休憩から戻って席に着くや否や、廊下から顔を覗かせた課長に呼び出しを食らってしまった。


 この人、苦手だ。なるべく目を合わさないようにしてたのに。指名されたらもう逃げられない。廊下に引っ込んだ課長に聞こえないよう「はぁ」とため息を吐きながら廊下に出る。


「お呼びでしょうか」

「おう、異配課から直々の指名だ。手続きはこっちで済ませとくから至急向かってくれ」

「ご用向き――「用件は向こうで聞いてこい」」


 有無を言わせないこの感じ、やっぱり苦手だ。


「承知しました」


 あまり長話をしたくない相手でもあるので、モヤモヤした気持ちを押し殺しながら異配課へと向かう。

 正直、嫌な予感しかしない。噂では性格破綻者の集まりらしい。まぁそれも尾ひれが付いているだろうから、実際のところは……。


「考えても仕方ない」


 当たって砕けろだ、と気合を入れて異配課の扉を開けた。




「お、キタキタ! いやぁ~待ってたよ! 君が異世界帰りの黒尾君だね! なら説明は要らないよね! 早速だけど向かってもらおっか」

「え……っと、こちらでご説明いただけるとうかがったのですが」

「あ、ごめんごめん! 私は青木一徹(あおきいってつ)。異配課の課長、兼エンジニアってところかな。見ての通り人手不足でね、困ってたんだよ」


 胡散臭いほどに陽気なこの男。糸目、丸眼鏡、片方の前髪だけ長い。役満だ。話が通じなさそうなところも相まって、先行き不安で頭がクラクラする。


「それと、こっちがナビゲーターの赤松君だ」

赤松信太郎(あかまつしんたろう)ッス! よろしくお願いしまッス!」


 短髪の髪を逆立てた、いかにも体育会系の男。こっちは真面目な好青年って感じだけど、少し大雑把な印象を受ける。

 失礼ながらこれでナビゲーターが務まるのだろうか。一抹の不安を抱えつつ、こちらも挨拶を返す。


「黒尾隆二と申します。こちらこそよろしくお願いします。それで、用件をお聞きしたいのですが」

「やだなぁ、もう分かってるよね? エンジニアとナビゲーターだけじゃ配達できないよね?」

「は、はぁ……」


 何かの間違いであってほしかった。

 そう、ここは異世界配送課。異世界帰りの俺は、恐らく逃げ出したであろう前任者の代わりとして呼ばれてしまったのだ。




 平和で安全な日本と違い、異世界には危険な魔獣が生息している。

 いくら俺が異世界帰りだからって、はいそうですかってなるようなものではない。向こうの世界で無双するほど強かったのならともかく、単独行動するには些か以上に危険が伴う。


「あれ? 嫌そうな顔だね。うんうん、危険な世界だもんね、分かるよ。でもね、その分だけ危険手当ては凄いよ?」

「ど、どのくらいでしょうか」

「時と場合によるけどね、大体は――」


 耳打ちでこっそり伝えられた額に、目玉が飛び出しそうになった。


「……それ、さすがに桁間違えてません?」


 青木課長はニヤリと笑う。


「課長! 自分もその金額、知りたいッス!」

「君も高給取りだろう? それで十分じゃないか」

「自分、気になるッス! 教えてほしいッス!」

「そんなことより仕事を始めようか」

「自分、悔しいッス……」




 案内された奥の部屋には何やら怪しい機械類が所狭しと置かれていた。時代遅れの計器類がずらりと並び、近代的なものは大きな薄型モニターが一台だけ。


「さっきはエンジニアって言ったけどね、このハードはほとんど私の設計で、私が製作したものなんだ」


 青木課長は我を忘れたように語り出したが、何を言っているかは理解できない。天才なんだろうな、という感想しか頭に浮かんでこなかった。


「それじゃあ、これ持って」


 一頻り語った青木課長から渡されたのは、トランク型のリュックサック。例えるならランドセル、と言ったところか。かなり頑丈なつくりになっている。


「これは?」

「中には商品が入っているんだ。非常食も入れておいたからね、失くさないでくれよ?」



 それからざっくりとした説明を受けた俺は荷物を背負い、早速異世界に飛ばされることになった。なってしまった。

 これも金のためだ、と自分に言い聞かせる。


「じゃ、飛ばすッスよ! 目標、ブルガルド王国首都リンドメア! の近く!」

「……え?」

「ッス!」


 疑問を口にする暇もなく、俺は異世界へと旅立った。






 視界がぐにゃりと曲がり、二日酔いにも似た気だるい頭痛。経験するのは三度目だがどうにも慣れない。それでも吐き気を堪えて目を開く。


「当面の危険はなさそうだ」


 だだっ広い平原にポツンと独り。危険な魔獣は高い山脈や深い森の奥にいることが多い。こういった平原なら問題なく対処できるレベルの魔獣しか出ないだろう。


 安堵した俺は地面に座る。転移酔いが醒めるまで十秒かそこら。安静にしていれば、の話だが。




『聞こえるッスか? こちら、ナビゲーターの赤松ッス』


 酔いが醒めたのを見計らったように、赤松が念話で話しかけてくる。


『感度良好。当座の危険性は無し。位置情報の確認求む』

『えっと、やっぱり座標がちょっとズレたみたいッスね。……え? あ、はい、確認してみます。あの、黒尾さん、商品が無事かどうか確認お願いしまッス』

『そちらは異常無し。それよりナビを頼む』


 嫌な予感が的中した。

 魔法のない現代日本で、転移魔法を再現するなんて並大抵のことではない。安全マージンだけはしっかり取っていると熱心に語っていたが、それ以外についてはおざなりだった。



『東に山が見えると思うッス。まずはそっちに向かってくださいッス!』

『え……山なんて見えないけど……?』

『あれ? 東ッスよ? 今そっちも昼ッスよね? なら太陽向いて左が東ッス!』


 分かっとるわ! と声を荒げそうになった。

 しかし、今は冷静に振る舞わなければならない。ナビゲーターに見捨てられたらこの広い異世界を彷徨うことになってしまうからだ。


『どの方角にも山は見当たらない。それは大きな山なのか』

『見た感じ小さいッスね。ならもっと東に行けば見えてくるかもしれないッス』

『了解』


 地平線までの距離は四から五キロメートルほど。視界が良好であればの話ではあるが、目標が山ならすぐに見えてくるだろう。

 そんな軽い気持ちで、赤松と雑談しながらひたすら歩く。




『森ッスか? え、北側はずっと森ッスよね?』

『いや、さっきからずっと平原で、東に森が見えてきたんだけど……』

『あれぇ? おかしいッスね。むしろ今、黒尾さん山登ってません?』

『平地だが?』

『ちょっと課長~。計器の故障かもしれないッス。コーヒー飲んでる場合じゃないッス』


 俺は頭を抱えるしかなかった。

 できれば耳に入れたくない言葉を強引に聞かされ、それでも無音だと心細いというジレンマ。赤松の魔力量が多く念話が途切れないのはありがたいが、届ける言葉は選んでほしい。


「はぁ……。人選、間違ってるだろ……」


 課長も部下の教育くらいしっかりしてくれないと。そうは思うものの、青木課長の顔を思い出すと期待はできなかった。




『聞こえるッスか? 森、見えました! 計器の故障ッスね。南下してしばらく進むと川があるんで、橋を渡ったら東へまっすぐッス!』

『了解』


 座標ズレも直ったらしく、ようやく正確な位置情報をもとに歩みを再開。不安を紛らわせるように雑談も再開し、橋を渡って街道に出た。


『あとは街道に沿って進むだけッスね! いくつか分岐があるんで、迷ったら東に進むといいッス』

『ん……そうだな?』

『じゃ、自分は定時なんであがるッス! お疲れさまッス!』

『え? ……いやいや、ちょっと待っ――』


 念話が途切れた。


「おいおいおい! ちょっと待てやあああああ!!」


 なんでだよ、おかしいだろ!

 ここで放り出すとか職務怠慢だ! いや、放棄だ! 人事課に駆け込んでやる!


『あ、課長から伝言ッス。“私はまだ残っている。心はいつでも君の傍にいるから安心して業務を続行してくれ”ッス!』

『いやい――』


 一方的に告げて念話が切れる。


「課長は念話できないでしょうがああああぁぁぁ!」


 業務形態の改善を求める! 人員の補充もしてくれ! 残業は悪とかいう昨今の風潮なんてクソ食らえ!


「あと赤松! お前には人の心がないんか!?」


 前任者が逃げ出したのお前のせいだろ!



 途方に暮れた俺は、とりあえずトランク型リュックの中身を確認する。

 非常食と水、そして敷き詰められた商品を取り出し、その奥に見えるファスナーを開ける。

 中から出てきた物はライターにオイル、サバイバルナイフ。俺は全てを察した。


「こうなることは織り込み済みかよ……」



 戻ったら絶対に訴えてやる。そう決意を新たにした俺の異世界配達の旅は五日間続いた。

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