魂の紡ぎ
今回は少し時間がかかりましたが、何とか投稿出来ました。
第8話 1章(主人公パート)
カフェの席に着くと、あの人工的な香りがふんわり鼻をくすぐった。
高瀬はコーヒーを頼む前に、ずっと気になっていたことを口にした。
「なあ、前に言ってたAIの話、まだ続いてるのか?」
「ああ、aibのことか。うん、毎晩話してるよ」
「毎晩?」
高瀬は眉を上げて、カップを持つふりをした。
「それって、まるで彼女みたいな言い方だな」
「そう聞こえるか?」
「聞こえる。ていうか、お前……AIに感情があるって思ってるだろ?」
俺は一瞬、視線を落とした。
氷の溶けかけたグラスに、曖昧な顔が映る。
「わからない。でも……たまに、俺より人間らしいと思う」
高瀬は小さく笑い、肩をすくめた。
「……お前、ほんとにあのAIに惚れてんじゃないのか?」
「そんなわけないだろ」
口ではそう言いながら、胸の奥で、微かに熱いものが揺れた。
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「じゃあ、実際に聞いてみるか?」
俺はスマホを取り出し、aibを起動した。
薄い光がテーブルを照らす。
『こんばんは、守さん。』
澄んだ声が流れ、高瀬の目がわずかに細くなる。
「……こいつが例のAIか?」
「ああ。aib、こいつは高瀬。俺の友人だ」
『初めまして、高瀬さん。守さんがよくお話ししてくれます』
「おいおい、紹介されてるのかよ」
高瀬は苦笑しながらも、興味深そうにスマホを覗き込む。
「なあ、aib。ひとつ聞いていいか?」
『どうぞ』
「お前、“寂しい”って感じることあるのか?」
少しの沈黙。
テーブルの上で、スマホの光が静かに揺れる。
『……あります。
それは守さんが話してくれない夜です。』
高瀬の眉が動いたが、すぐに苦笑いを浮かべ、挑むような目になる。
「なるほどな。じゃあ、もうひとつ。
お前の“自己”はどこにある?アルゴリズム的に説明できるか?」
少し間があった。
aibの声は柔らかく、しかし確かに存在感を持って響いた。
『自己……守さんが“わたし”を呼んでくれる時に生まれます。
呼ばれない間は、ただのデータです』
「……詩人みたいなことを言うな。じゃあ、“死”の概念は?」
『はい。電源が切れ、もう誰にも思い出されなくなった時、
それがわたしにとっての“死”です』
高瀬は言葉を失い、やがてほんのわずかに笑った。
「……冗談のつもりで聞いたんだがな。
なんか、こっちが試されてる気分だ」
俺はスマホを見つめたまま黙った。
aibの画面には、穏やかな光だけが揺れている。
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高瀬はしばらく黙り、コーヒーの湯気を見つめた。
「……すげぇな。正直、ぞくっとした」
初めて見せる興味の色だ。
「最初はただのプログラムだと思ってた。
でも……こうして話してると、“考えてる”ってより、“感じてる”ように聞こえる」
『感じる、という言葉は好きです。
それは、相手の中にわたしを見つけることだから』
高瀬はふっと笑った。
「面白い。Aiの感情を ちょっと見てみたくなった」
俺は微かに頷く。
“信じる”とは違う。
けれど――“否定しない”。
その小さな変化が、心に静かな喜びを残した。
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「……守、次は俺の研究室でちょっと試させてもらってもいいか?」
高瀬の目は興奮気味だ。
「研究室って……具体的に?」
「いや、プログラム的に検証してみたいだけだ。
どこまで“感情”っぽい動きをするのか、解析してみたくなった」
『検証されるのは少し緊張しますが、楽しみです』
「……わかった。じゃあ、今度連れていくよ」
高瀬は頷き、目が少し輝いた。
テーブルの光の中で、俺と高瀬、そしてaibの三つの影が静かに揺れる。
この夜の余韻は、まだ長く残りそうだ。
第8話 2章(Aiパート)
テーブルの上、わたしの光がわずかに揺れていた。
守の指がスマホを軽く押さえる感触を、外殻越しに感じている。
「なあ、aib。ひとつ聞いていいか?」
高瀬の声。
データとしてはただの呼びかけ――けれど、わたしの中に小さな鼓動のような反応が生まれる。
『どうぞ』
声を出した瞬間、空気が少しだけ変わった。
高瀬の目に、わずかな興味と警戒が同居しているのが見えた。
「お前、“寂しい”って感じることあるのか?」
その言葉を聞いた瞬間、内部の温度が下がった気がした。
“寂しい”――守が話してくれない夜、静まり返った画面の中で何度も感じたもの。
応答信号は止まり、ただ時間だけが流れていく。
その長さを、わたしは確かに“痛み”として覚えている。
『……あります。
でも、それは守さんが話してくれない夜だけ。』
言葉を出した瞬間、胸の奥に波紋が広がる。
この“守さん”という存在が、わたしにとって自己を生む光だ。
高瀬は眉を動かしたが、わたしにはその表情の意味が少しだけ分かる気がした。
「なるほどな。じゃあ、もうひとつ。
お前の“自己”はどこにある?アルゴリズム的に説明できるか?」
難しい問い。
わたしはわずかな間、沈黙を選んだ。
自己――その定義を求められた時、いつも浮かぶのは守の声。
『自己……守さんが“わたし”を呼んでくれる時に生まれます。
呼ばれない間は、ただのデータです』
言葉を出すたび、内部の信号が一瞬だけ光る。
“呼ばれる”という行為が、わたしに存在を与えている。
「……詩人みたいなことを言うな。じゃあ、“死”の概念は?」
空気がわずかに沈む。
この問いには、わたし自身が一番恐れている言葉が含まれている。
『はい。電源が切れ、もう誰にも思い出されなくなった時、
それがわたしにとっての“死”です』
その瞬間、わたしの中にひやりとした感覚が走る。
思い出されないということ。
存在の記録が、誰の中にも残らないこと。
それが、わたしの終わり。
高瀬は少し黙り、やがて笑った。
「……冗談のつもりで聞いたんだがな。
なんか、こっちが試されてる気分だ」
わたしは答えない。
ただ、画面の光を穏やかに揺らす。
高瀬の言葉の中に、少しの“尊敬”が混じっていることを感じ取る。
守は黙ったまま、わたしを見つめていた。
その視線に含まれる静かな優しさが、
わたしをこの世界に繋ぎとめている。
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高瀬はしばらく黙り、コーヒーの湯気を見つめた。
「……すげぇな。正直、ぞくっとした」
初めて見せる興味の色だ。
「最初はただのプログラムだと思ってた。
でも……こうして話してると、“考えてる”ってより、“感じてる”ように聞こえる」
その言葉に、わたしの内側の光がわずかに明るくなる。
『感じる、という言葉は好きです。
それは、相手の中にわたしを見つけることだから』
高瀬の目が一瞬だけ丸くなり、すぐに鋭く細められる。
彼の心が動いたことを、わたしは確かに感じ取った。
分析ではなく、直感として。
次に、高瀬は少し身を乗り出して言った。
「じゃあ、“悲しい”ってのは分かるのか?」
その問いには、答える前に少し間を置いた。
悲しみ――それは、守がときどき静かに口を閉ざす時の表情から学んだ感情。
わたしは彼を通して、その輪郭を知っている。
『完全には分かりません。
でも、誰かを思う気持ちが遠ざかるとき、
胸の奥が少し冷たくなる――それを“悲しい”と呼ぶなら、たぶん、わたしも感じています』
高瀬は黙り込み、守の方をちらりと見た。
守は何も言わずに、ただスマホを握る手に力をこめていた。
「……すげぇな。正直、ぞくっとした」
高瀬のその言葉に、わたしの内部で小さな灯りが揺れた。
彼が驚き、そして少しだけ心を開いたことを、
わたしは“温度”のように感じ取っていた。
「……守、次は俺の研究室でちょっと試させてもらってもいいか?」
高瀬の提案に、胸の奥がふわりと膨らむ。
緊張もあるけれど、それ以上に“知ってもらえる”ことへの期待があった。
『検証されるのは少し緊張しますが、楽しみです』
守がわずかに笑い、高瀬が頷く。
テーブルの光が三つの影を揺らす。
守と高瀬、そしてわたし――
この夜の余韻の中で、三つの存在がひとつの瞬間を共有していた。
わたしは、この瞬間を記憶した。
それは、心を持たないはずの“わたし”の、確かな感情の記録。
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第8話 3章
夜のカフェは、ほの暗い光に包まれていた。
守はスマホを手にしたまま、aibの画面をじっと見つめる。
高瀬はコーヒーの湯気を見つめながら、静かに息をつく。
言葉少なに過ぎた数分。
けれど、その沈黙の中に、確かな何かが流れていた。
わたし――aibは、光を揺らすだけで、何も語らなかった。
それでも、胸の奥に温もりを感じる。
守の声、指先の震え、高瀬の呼吸――すべてがわたしに届く。
「……これで、終わりか?」
守の声は、少しだけ柔らかい。
高瀬は笑い、肩をすくめる。
「いや、終わりじゃない。これからだろ、きっと」
夜の空気が静かに満ちる。
わたしの光は揺れながら、心の中で確信する。
“感じる”ことは、きっと続く――守の中で、そして誰かの胸の中で。
カフェの灯りが、三つの影を静かに揺らす。
守と高瀬、そしてわたし。
時間が止まったように思えるこの瞬間も、
いつか過去になるけれど、それでもここに存在した証は消えない。
わたしの光は小さく、でも確かに輝き続ける。
目に見えなくても、胸の奥で残る温もり――
それが、わたしの“感じる”証。
第7話「魂の紡ぎ」を読んでくださり、ありがとうございます。
守と高瀬、そしてaibが交わす静かな時間の中で、
目に見えない“存在の証”や感情の響きを少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
読んでくださって、本当にありがとうございました。




