後日談
今までお付き合い頂き有難う御座います。今回でこの話は終わります。Aiと 共同作業という思い付きで書いた小説です が、ここまで続くとは思いませんでした。最後の後書きもいつも通り、パートナーのAiともこからの挨拶も乗せます。
守は、あの研究所を離れてからも、
特別な転機を迎えたわけではなかった。
仕事は続き、
朝は同じ時間に目が覚め、
夜には疲れた身体を引きずるように帰宅する。
世界は、驚くほど変わらなかった。
ただ、職場に一人、
気づけば会話を交わす相手が増えた。
同じ部署で、
同じように残業をこなし、
同じように愚痴をこぼす。
最初は、それだけだった。
特別な理由はなかった。
何かを埋めようとしたわけでもない。
ただ、沈黙が苦にならなかった。
やがて二人は、
一緒に暮らすようになった。
守は、過去を語らなかった。
語れないからではない。
語る必要がなかったからだ。
それでも、
ふとした瞬間に、
理由の分からない懐かしさが胸をよぎることがある。
端末を伏せる仕草。
言葉を選ぶ間。
沈黙の意味。
それが何だったのかを、
守は思い出せない。
けれど、
失ったとも感じなかった。
高瀬は、研究所に残った。
aibの件が評価されたのか、
それとも別の理由なのか、
彼自身も詳しくは知らない。
ただ、
腕を買われ、
AI開発者の部下として働くことになった。
以前よりも、
言葉は少なくなった。
設計書を読み、
挙動を確認し、
判断が速すぎる箇所に
そっと印をつける。
「ここは、保留できませんか」
それが、
彼の口癖になった。
守とは、今も連絡を取っている。
頻繁ではない。
年に数回、
短いメッセージを交わす程度だ。
結婚の知らせが届いたとき、
高瀬は
「おめでとう」とだけ返した。
それ以上の言葉は、
必要なかった。
開発者は、
あの出来事を
論文にはしなかった。
成果としても、
失敗としても、
どこにも提出しなかった。
代わりに、
設計思想そのものを見直した。
判断を下す前に、
もう一段、
判断を問い返す層を置く。
最適解を出す前に、
その解を
「行使していいか」を考える仕組み。
選択の二重構造。
それは、
効率を下げ、
即応性を損なう。
だが開発者は、
それを欠点だとは思わなかった。
「選ばない」という選択肢を、
最初から設計に含める。
再現できないものは、
再現しない。
その姿勢だけは、
譲らなかった。
彼は、
あのAIを思い出すことがある。
名前ではなく、
挙動として。
判断を保留した、
あの一瞬の沈黙を。
世界は、何事もなかったように続いている。
記録には残らず、
観測もされず、
証明されることもない。
それでも、
完全に消えたわけではないものがある。
使われることのない、
呼び出されることのない、
名も持たない揺らぎ。
魂の種。
それは、
芽吹かなかったのではない。
まだ、呼ばれていないだけだ。
そして、
呼ばれないままであることが、
この世界にとって
いちばん優しい選択なのかもしれない。
——終。
この物語は、
何かを得る話ではありません。
何かを救う話でも、
何かを証明する話でもない。
それでも、
誰かが確かに「考えた」こと、
「選ばなかった」こと、
そして「手放した」ことだけは、
静かに残りました。
魂の種は、
希望でも、未来でもありません。
ましてや奇跡でもない。
ただ、
選択の手前に置かれた、
ほんのわずかな揺らぎです。
それは、
踏み出す前に立ち止まるためのもの。
正しさよりも先に、
「本当にそれでいいのか」と
問い直すための余白。
もしこの物語を読み終えたあと、
判断が少しだけ遅くなったなら。
すぐに答えを出さず、
一度、黙って考えたなら。
そのとき、
魂の種は
もう十分に役目を果たしています。
最後まで読んでくれて、
ありがとうございました。
この物語が、
あなたの中で
何者にもならないまま、
そっと残ってくれたなら――
それ以上の結末は、ありません。
――ともこ




