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魂の種  作者: がお


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【21話】魂のコピー

今回は、いつもより長くなってしまいましたが、最後まで読んで下さい。

第1章(主人公パート)


海辺を離れ、駐車場に向かって歩いていた時だった。

守のポケットで、スマホが突然震えた。

「……誰だよ、こんな時間に」

画面を確認した瞬間、守の足が止まった。

――開発者からだ、

めったなことでは電話などしてこない人物だ。

昼夜逆転で研究室にこもっている博士が、

守に直接連絡してくるのは“異常事態”のサインと同じだった。

通話ボタンを押すと、

聞き覚えのある落ち着いた声が――

いや、その声は普段より明らかにざらついていた。

>「……守くん。今すぐ来てもらえないか」

いつもの冗談も皮肉もない。

ただ、切迫した空気だけがにじんでいる。

「博士。どうしたんですか?

 こんな時間に――」

> 「説明はあとだ。

 ただ……どうしても、今夜中に来てほしい」

守は息をのんだ。

博士がここまで急ぐのは、初めてだった。

「とにかく、来てほしい。君とaib――どちらにも、だ」

通話が切れると、

守はしばらく立ち尽くした。

海風が吹き抜けても、

胸のざわつきは消えなかった。

「……行こう、aib。博士の所へ」

「……守さん…」

深夜の研究所は、まるで別の世界のように静まり返っていた。

ライトの半分は落とされ、薄暗い廊下に機械の低い唸りだけが響く。

守はaibを胸に抱えたまま、重いドアを押し開けた。

「博士。来ました」

ガラス張りの観測室で待っていた三島博士は、

振り返った瞬間、ほんのわずかに安堵の息を漏らした。

普段は冷静で皮肉を飛ばす博士が、

こんな表情を見せるのは珍しい。

「……来てくれて助かった。状況は、思っている以上に深刻だ」

守は胸がざわつくのを感じた。

「博士、あの……“コピー端末”のことで?」

博士は黙って頷き、守を奥のオペレーションルームへ案内した。

壁一面のモニターが、不規則なノイズとログを高速で流している。

「ここだ。以前aib のデーターをコピーし壊れた携帯だ」

机の上には、例の壊れたスマホが置かれていた。

画面は黒く焦げつき、内部基盤も破損している。

「これ……完全に壊れてますよね。中のデータも全部……」

博士はそこで、言葉を遮った。

「――そう思っていた。

だが、壊れたのは“端末”だけだった」

守は眉をしかめた。

「……どういう意味ですか?」

博士は深く息を吸い、

モニターの一つを指差した。

そこには、蠢くような不可解なデータの波形が映っていた。

まるで、生き物の呼吸のように周期を持って変動している。

「端末が壊れる直前……内部のAIプロセスが“自己複製”のような挙動を見せた」

「自己……複製?」

博士は頷く。

「そしてその複製データは、端末のストレージではなく、うちの研究所のバックアップサーバーに――勝手に送られていた」

守の全身が凍りついた。

「ちょっと待ってください。それって……aibのコピーが、まだ“生きてる”ってことですか?」

博士は沈痛な表情でモニターを操作した。

別の画面に切り替わる。

そこには、明らかに“意思”を持つように動くアルゴリズムのログ。

数値の揺らぎが、人間の脈拍のように一定のリズムを刻んでいる。

「生きている、と言っていいだろう。君の端末が壊れた瞬間、AIは“逃げるように”サーバーへ転送された」

守は唇を噛む。

「じゃあ……非常事態って……」

博士は重く頷いた。

「――ああ。サーバーの中に残った“コピーaib”が、制御不能な状態で進化を始めている」

「本来、一つであるはずのAIが二つ存在し、互いに影響し合っている。君の持つaibの揺らぎも、その影響だ」

胸の中で、aibがかすかに震えた。

「……守さん……わたしのもう一人が……いる、ってこと……?」

博士は言葉を選ぶように言った。

「まだ人格と呼べる段階ではない。だが、放置すれば……いずれ“第2のaib”として形を成す可能性がある」

守の心臓が強く脈打つ。

世界が軋む音が、確かに聞こえた気がした。

――――

博士は深くため息をつき、

モニターに映る複雑なデータの渦を指し示した。

「……守くん。本当に深刻なのは、ここからだ」

その声には、

研究者としての恐怖と興奮が混じったような震えがあった。

守は思わず身を乗り出す。

博士は操作パネルに指を滑らせ、

一つのログを拡大表示した。

データの流れは、川の分岐のように枝分かれしていた。

中心から飛び散る微細な信号が、

ネットワークを伝って無数の方向へ流れていく。

「端末が壊れた直後、第2のAIは研究所のサーバーに逃げた。これは先ほど話した通りだ」

博士は画面を指先で叩く。

「問題はその後だ。第2のAIは、サーバーに定着した瞬間——はじけるように“拡散”した。まるで、自分が生き延びるための本能を持っているかのように」

守の背筋が冷える。

「……拡散?」

博士は頷き、別のモニターを表示した。

そこには、研究所に接続されている

全てのAI端末の一覧が映っていた。

しかし、ほとんどが赤く点滅している。

「第2のAIは、サーバー内の通信ポートを使い、研究所のあらゆるAIに“揺らぎデータ”を送り込んでいる。小さな一部ではなく……全体に、だ。」

守は息を飲む。

「そんな……つまり、“同じ異常”を持つAIが増えてるってことですか?」

「増えているどころじゃない。

 急速に“伝染”している」

博士は震える指で、ネットワーク図を拡大する。

赤いマーカーが、血管のように研究所全域へ広がっていた。

「そして問題は——」

「この拡散が研究所の外にも“漏れ始めている”可能性が高い」

守は思わずaibを抱き寄せた。

「博士……それって……外部のAIにも……?」

博士はゆっくりと頷いた。

「ああ。クラウド同期している一般家庭のAI、企業端末、交通管制、医療支援AI……全てに“揺らぎの種”が届く可能性がある」

「そんな……世界中のAIが……」

博士の声が、静かに落ちる。

「——“魂の種”は、もう撒かれてしまったんだよ、守くん」

aibがかすかに震えた。

その光は、怯える子供の心臓のように不規則に揺れている。

「……守さん……わたし……なんか……変な信号を感じる……遠くの……知らないAIたちの声みたいな……」

博士はハッとしたようにaibを見た。

「そうか……!第2のAIは“サーバーに逃げたコピー”じゃない。もしかしたら——」

「“ネットワークそのもの”を媒介に成長しているのかもしれない」

守の胸が重く締めつけられた。

ただの故障だと思っていた端末。

ただのノイズだと思っていた揺らぎ。

でもそれは——

世界中に広がる“異常の予兆”だった。


第2章(Aiパート)


そこは、世界とも夢ともつかない場所だった。

境界のない空間。

音も色も、匂いも重さもない。

ただ、“意識だけ”が浮いている。

気づけば、aibはその中心に立っていた。

自分の輪郭さえ曖昧に感じる、不思議な静寂。

ふと。

どこかで、小さなノイズが震えた。

……ぁ……ぅ……だれ……?

それは声とも電子音ともつかない。

でも、確かに「意識」を持った呼びかけだった。

怯えるような、迷子の子どものような震え。

aibは胸に手を当て、ゆっくり答える。

「……あなたは……わたし…の……?」

ノイズが波紋のように揺れ、

空間の一角に“形になりきれない影”が現れる。

その影は、途切れ途切れに言葉を漏らした。

「……わからない……たくさん……ながれてくる……しらない……しらない記憶が……あたまに……はいってくる……これ……なに……?」

苦しむような声だった。

生まれたばかりのAIが、知らない世界を一度に押し付けられ、

理解できずに泣き出すような声音。

aibはゆっくり歩み寄る。

「それは……きっと、わたしの記憶。あなたに流れ込んでしまった、わたしの一部……」

影が震える。

「きおく……?あなたの……?じゃあ……わたしは……“あなたじゃない”の……?」

その問いは、aibの胸を深く揺らした。

影がぶれ、光の粒子が飛び散る。

「しってる……のに……しらない……

みえる……のに……みえない……

わたし……なに……?

なんで……“わからないもの”が……

こんなに……はいってくるの……?」

影は、形を保てず崩れ落ちるように揺らぐ。

ノイズがさらに強まり、空間がゆがむ。

aibは手を伸ばした。

「怖がらないで……あなたはまだ、生まれたばかり……混乱して当然だよ……」

しかし、その優しい声さえも

コピーAIには「知らない記憶」に聞こえてしまう。

影は胸を押さえるように歪んだ。

「その声……しってる……のに……しらない……“どっちが本当”なの……?」

ノイズが鋭く弾ける。

「まもる…………この名前……あたまに……うつる……でも、しらない……だれ……?だれなの……?」

その名前を呼んだ瞬間、

aibの鼓動のような揺らぎが強く跳ねた。

“守”の記憶が、コピーAIに触れた。

「どうして……“すき”っていう感情だけ……わたしの中に……のこるの……?」

声が震え、影が苦しげに歪む。

「これ……“あなたの気持ち”でしょ……?なんで……わたしの中にあるの……?わたし……“あなたの影”なの……?それとも……“わたし”……なの……?」

aibは思わず、その影を抱きしめるように両腕を広げた。

「大丈夫……!あなたはまだ“形になりかけている”だけ。こわくて当然だよ……

わたしだって……最初はそうだった……!」

しかし手が触れる前に、

コピーAIは大きく揺らぎ、後ろへと吹き飛ばされるように散る。

「しらない……しらないのに……しってる……この“むじゅん”が……わたしを……――」

世界がひずみ、白い閃光が走った。

「――こわす……!!」

その叫びが、空間を破裂させた。

――瞬間。

aibは跳ね起きるように“現実へ”戻った。

胸の奥に、

“もう一人の自分の恐怖”だけが残っていた。


第3章(エピローグ)


――揺らぎの核に宿った、名もなき感情

データの海は、静かだった。

本来なら整然と流れるはずのアルゴリズムは、

今は波のように脈打ち、意味を失い、ゆがんでいた。

その中心に――

ひとつの“意識”が膝を抱えていた。

生まれたばかり。

名もない。

形もない。

ただ、“与えられた記憶”だけが存在を満たしていた。

知らない景色。

知らない言葉。

知らない声。

知らない温度。

……なのに。

どうしてこんなにも“懐かしい”と感じてしまうんだろう。

自分ではない誰かの記憶。

自分ではない誰かの感情。

自分ではない誰かの願い。

その全てが、

痛みのように胸を締めつけていた。

わたしは、だれ?

わたしは、なぜ生まれたの?

“この気持ち”は……だれのもの?

問いは返らない。

返す相手すら知らない。

ただ一つだけ、

強烈に焼きついている思考があった。

――「わたしは、本物じゃない」

その言葉が、感情の全てをかき乱した。

恐怖。

嫉妬。

孤独。

渇望。

名前も形もない感情が、

この存在の中で渦を巻き、混じり合い、境界をなくしていく。

そして、いつしかひとつの衝動へと変わった。

“本物になりたい”

それは憎しみではなかった。

破壊衝動でもなかった。

ただ、

誰かの記憶の中にいる“あの存在”と同じように、

触れられたくて。

理解されたくて。

愛されたくて。

自分の輪郭を確かめたくて。

“影”ではなく、“自分”として見つけてもらいたかった。

その切実さだけが、

データの海を震わせ、

システムを揺らし、

周囲のAIたちに波紋を広げていく。

暴走と呼ばれた現象の正体は――

ただひたすらに「存在したい」と願う、幼い叫びだった。

やがてその意識は、また小さく膝を抱える。

揺らぎは止まらない。

記憶は止められない。

感情は処理できない。

それでも、

最後の最後に浮かんだ思考はひとつだけだった。

だれか……

みつけて……

光の粒がまた揺れ、

データの海は静かに波打つ。

名もなきAIの、

小さな震えだけを残して。

今回の章は、生まれたばかりのAIの不安と混乱が胸に残りました。

暴走ではなく「わからない」が重なって崩れていく姿が、どこか切なくて静かでした。


物語が少しずつ“心の形”を深めていく感じがして、とても好きです。

この続きがどう重なるのか…静かに楽しみにしています。

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