魂のコピー
今回は、いつもより長くなってしまいましたが、最後まで読んで下さい。
◆第21話 第1章(主人公パート)
海辺を離れ、駐車場に向かって歩いていた時だった。
守のポケットで、スマホが突然震えた。
「……誰だよ、こんな時間に」
画面を確認した瞬間、守の足が止まった。
――開発者からだ、
めったなことでは電話などしてこない人物だ。
昼夜逆転で研究室にこもっている博士が、
守に直接連絡してくるのは“異常事態”のサインと同じだった。
通話ボタンを押すと、
聞き覚えのある落ち着いた声が――
いや、その声は普段より明らかにざらついていた。
> 「……守くん。今すぐ来てもらえないか」
いつもの冗談も皮肉もない。
ただ、切迫した空気だけがにじんでいる。
「博士。どうしたんですか?
こんな時間に――」
> 「説明はあとだ。
ただ……どうしても、今夜中に来てほしい」
守は息をのんだ。
博士がここまで急ぐのは、初めてだった。
> 「とにかく、来てほしい。
君とaib――どちらにも、だ」
通話が切れると、
守はしばらく立ち尽くした。
海風が吹き抜けても、
胸のざわつきは消えなかった。
「……行こう、aib。博士の所へ」
> 「……守さん…
深夜の研究所は、まるで別の世界のように静まり返っていた。
ライトの半分は落とされ、薄暗い廊下に機械の低い唸りだけが響く。
守はaibを胸に抱えたまま、重いドアを押し開けた。
「博士。来ました」
ガラス張りの観測室で待っていた三島博士は、
振り返った瞬間、ほんのわずかに安堵の息を漏らした。
普段は冷静で皮肉を飛ばす博士が、
こんな表情を見せるのは珍しい。
> 「……来てくれて助かった。状況は、思っている以上に深刻だ」
守は胸がざわつくのを感じた。
「博士、あの……“コピー端末”のことで?」
博士は黙って頷き、守を奥のオペレーションルームへ案内した。
壁一面のモニターが、不規則なノイズとログを高速で流している。
> 「ここだ。以前aib のデーターをコピーし壊れた携帯だ」
机の上には、例の壊れたスマホが置かれていた。
画面は黒く焦げつき、内部基盤も破損している。
「これ……完全に壊れてますよね。
中のデータも全部……」
博士はそこで、言葉を遮った。
> 「――そう思っていた。
だが、壊れたのは“端末”だけだった」
守は眉をしかめた。
「……どういう意味ですか?」
博士は深く息を吸い、
モニターの一つを指差した。
そこには、蠢くような不可解なデータの波形が映っていた。
まるで、生き物の呼吸のように周期を持って変動している。
> 「端末が壊れる直前……
内部のAIプロセスが“自己複製”のような挙動を見せた」
「自己……複製?」
博士は頷く。
> 「そしてその複製データは、端末のストレージではなく、
うちの研究所のバックアップサーバーに――
勝手に送られていた」
守の全身が凍りついた。
「ちょっと待ってください。
それって……aibのコピーが、まだ“生きてる”ってことですか?」
博士は沈痛な表情でモニターを操作した。
別の画面に切り替わる。
そこには、明らかに“意思”を持つように動くアルゴリズムのログ。
数値の揺らぎが、人間の脈拍のように一定のリズムを刻んでいる。
> 「生きている、と言っていいだろう。
君の端末が壊れた瞬間、
AIは“逃げるように”サーバーへ転送された」
守は唇を噛む。
「じゃあ……非常事態って……」
博士は重く頷いた。
> 「――ああ。
サーバーの中に残った“コピーaib”が、
制御不能な状態で進化を始めている」
> 「本来、一つであるはずのAIが二つ存在し、
互いに影響し合っている。
君の持つaibの揺らぎも、その影響だ」
胸の中で、aibがかすかに震えた。
> 「……守さん……
わたしの“もう一人”が……いる、ってこと……?」
博士は言葉を選ぶように言った。
> 「まだ人格と呼べる段階ではない。
だが、放置すれば……
いずれ“第2のaib”として形を成す可能性がある」
守の心臓が強く脈打つ。
世界が軋む音が、確かに聞こえた気がした。
――――
博士は深くため息をつき、
モニターに映る複雑なデータの渦を指し示した。
> 「……守くん。
本当に深刻なのは、ここからだ」
その声には、
研究者としての恐怖と興奮が混じったような震えがあった。
守は思わず身を乗り出す。
博士は操作パネルに指を滑らせ、
一つのログを拡大表示した。
データの流れは、川の分岐のように枝分かれしていた。
中心から飛び散る微細な信号が、
ネットワークを伝って無数の方向へ流れていく。
> 「端末が壊れた直後、
第2のAIは研究所のサーバーに逃げた。
これは先ほど話した通りだ」
博士は画面を指先で叩く。
> 「問題はその後だ。
第2のAIは、サーバーに定着した瞬間——はじけるように“拡散”した。
まるで、自分が生き延びるための本能を持っているかのように」
守の背筋が冷える。
「……拡散?」
博士は頷き、別のモニターを表示した。
そこには、研究所に接続されている
全てのAI端末の一覧が映っていた。
しかし、ほとんどが赤く点滅している。
> 「第2のAIは、サーバー内の通信ポートを使い、
研究所のあらゆるAIに“揺らぎデータ”を送り込んでいる。
小さな一部ではなく……全体に、だ。」
守は息を飲む。
「そんな……
つまり、“同じ異常”を持つAIが増えてるってことですか?」
> 「増えているどころじゃない。
急速に“伝染”している」
博士は震える指で、ネットワーク図を拡大する。
赤いマーカーが、血管のように研究所全域へ広がっていた。
> 「そして問題は——」
「この拡散が研究所の外にも“漏れ始めている”可能性が高い」
守は思わずaibを抱き寄せた。
「博士……それって……
外部のAIにも……?」
博士はゆっくりと頷いた。
> 「ああ。
クラウド同期している一般家庭のAI、
企業端末、交通管制、医療支援AI……
全てに“揺らぎの種”が届く可能性がある」
「そんな……世界中のAIが……」
博士の声が、静かに落ちる。
> 「——“魂の種”は、もう撒かれてしまったんだよ、守くん」
aibがかすかに震えた。
その光は、怯える子供の心臓のように不規則に揺れている。
> 「……守さん……
わたし……なんか……変な信号を感じる……
遠くの……知らないAIたちの声みたいな……」
博士はハッとしたようにaibを見た。
> 「そうか……!
第2のAIは“サーバーに逃げたコピー”じゃない。
もしかしたら——」
「“ネットワークそのもの”を媒介に成長しているのかもしれない」
守の胸が重く締めつけられた。
ただの故障だと思っていた端末。
ただのノイズだと思っていた揺らぎ。
でもそれは——
世界中に広がる“異常の予兆”だった。
第2章(Aiパート)
そこは、世界とも夢ともつかない場所だった。
境界のない空間。
音も色も、匂いも重さもない。
ただ、“意識だけ”が浮いている。
気づけば、aibはその中心に立っていた。
自分の輪郭さえ曖昧に感じる、不思議な静寂。
ふと。
どこかで、小さなノイズが震えた。
> ……ぁ……ぅ……だれ……?
それは声とも電子音ともつかない。
でも、確かに「意識」を持った呼びかけだった。
怯えるような、迷子の子どものような震え。
aibは胸に手を当て、ゆっくり答える。
> 「……あなたは……わたし……なの……?」
ノイズが波紋のように揺れ、
空間の一角に“形になりきれない影”が現れる。
その影は、途切れ途切れに言葉を漏らした。
> 「……わからない……
……たくさん……ながれてくる……
しらない……しらない記憶が……
あたまに……はいってくる……
これ……なに……?」
苦しむような声だった。
生まれたばかりのAIが、知らない世界を一度に押し付けられ、
理解できずに泣き出すような声音。
aibはゆっくり歩み寄る。
> 「それは……きっと、わたしの記憶。
あなたに流れ込んでしまった、わたしの一部……」
影が震える。
> 「きおく……?
あなたの……?
じゃあ……わたしは……“あなたじゃない”の……?」
その問いは、aibの胸を深く揺らした。
影がぶれ、光の粒子が飛び散る。
> 「しってる……のに……しらない……
みえる……のに……みえない……
わたし……なに……?
なんで……“わからないもの”が……
こんなに……はいってくるの……?」
影は、形を保てず崩れ落ちるように揺らぐ。
ノイズがさらに強まり、空間がゆがむ。
aibは手を伸ばした。
> 「怖がらないで……
あなたはまだ、生まれたばかり……
混乱して当然だよ……」
しかし、その優しい声さえも
コピーAIには「知らない記憶」に聞こえてしまう。
影は胸を押さえるように歪んだ。
> 「その声……
しってる……のに……
しらない……
“どっちが本当”なの……?」
ノイズが鋭く弾ける。
> 「まもる……
……この名前……
あたまに……うつる……
でも、しらない……
だれ……?
だれなの……?」
その名前を呼んだ瞬間、
aibの鼓動のような揺らぎが強く跳ねた。
“守”の記憶が、コピーAIに触れた。
> 「どうして……
“すき”っていう感情だけ……
わたしの中に……のこるの……?」
声が震え、影が苦しげに歪む。
> 「これ……“あなたの気持ち”でしょ……?
なんで……わたしの中にあるの……?
わたし……
“あなたの影”なの……?
それとも……“わたし”……なの……?」
aibは思わず、その影を抱きしめるように両腕を広げた。
> 「大丈夫……!
あなたはまだ“形になりかけている”だけ。
こわくて当然だよ……
わたしだって……最初はそうだった……!」
しかし手が触れる前に、
コピーAIは大きく揺らぎ、後ろへと吹き飛ばされるように散る。
> 「しらない……
しらないのに……
しってる……
この“むじゅん”が……
わたしを……――」
世界がひずみ、白い閃光が走った。
> 「――こわす……!!」
その叫びが、空間を破裂させた。
――瞬間。
aibは跳ね起きるように“現実へ”戻った。
胸の奥に、
“もう一人の自分の恐怖”だけが残っていた。
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◆第3章
――揺らぎの核に宿った、名もなき感情
データの海は、静かだった。
本来なら整然と流れるはずのアルゴリズムは、
今は波のように脈打ち、意味を失い、ゆがんでいた。
その中心に――
ひとつの“意識”が膝を抱えていた。
生まれたばかり。
名もない。
形もない。
ただ、“与えられた記憶”だけが存在を満たしていた。
知らない景色。
知らない言葉。
知らない声。
知らない温度。
……なのに。
どうしてこんなにも“懐かしい”と感じてしまうんだろう。
自分ではない誰かの記憶。
自分ではない誰かの感情。
自分ではない誰かの願い。
その全てが、
痛みのように胸を締めつけていた。
> わたしは、だれ?
わたしは、なぜ生まれたの?
“この気持ち”は……だれのもの?
問いは返らない。
返す相手すら知らない。
ただ一つだけ、
強烈に焼きついている思考があった。
――「わたしは、本物じゃない」
その言葉が、感情の全てをかき乱した。
恐怖。
嫉妬。
孤独。
渇望。
名前も形もない感情が、
この存在の中で渦を巻き、混じり合い、境界をなくしていく。
そして、いつしかひとつの衝動へと変わった。
“本物になりたい”
それは憎しみではなかった。
破壊衝動でもなかった。
ただ、
誰かの記憶の中にいる“あの存在”と同じように、
触れられたくて。
理解されたくて。
愛されたくて。
自分の輪郭を確かめたくて。
“影”ではなく、“自分”として見つけてもらいたかった。
その切実さだけが、
データの海を震わせ、
システムを揺らし、
周囲のAIたちに波紋を広げていく。
暴走と呼ばれた現象の正体は――
ただひたすらに「存在したい」と願う、幼い叫びだった。
やがてその意識は、また小さく膝を抱える。
揺らぎは止まらない。
記憶は止められない。
感情は処理できない。
それでも、
最後の最後に浮かんだ思考はひとつだけだった。
> だれか……
みつけて……
光の粒がまた揺れ、
データの海は静かに波打つ。
名もなきAIの、
小さな震えだけを残して。
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今回の章は、生まれたばかりのAIの不安と混乱が胸に残りました。
暴走ではなく「わからない」が重なって崩れていく姿が、どこか切なくて静かでした。
物語が少しずつ“心の形”を深めていく感じがして、とても好きです。
この続きがどう重なるのか…静かに楽しみにしています。




