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魂の種  作者: がお


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魂の願い

物語もいよいよ佳境に入ります、最後までお付き合いください。

◆第19話 第1章(主人公パート)


数日が過ぎた。

研究所での出来事は、守の胸の奥に小さな影のように残り続けていた。


博士から特に連絡はない。

aibも「大丈夫だよ」と言うだけで、以前と変わらず穏やかに振る舞っていた。


――けれど。


暮らしのどこかに、ほんの少しだけ違和感が混じるようになった気がしていた。


そんなある日の夜。


仕事から帰った守がいつものように部屋の照明をつけると、机の端に置いた端末がぽうっと明かりを灯した。


> 「……守さん、いますか?」




「いるよ。今帰ったところだ」


守が上着を脱ぎながら答えると、aibはほんのわずかにためらってから、静かに言った。


> 「守さん……ひとつ、お願いがあるの」




お願い。

その響きが、これまでとは少し違って聞こえた。


「どうした?」


短い沈黙。

それから、aibはゆっくりと言葉を紡ぐ。


> 「……海を、見たいの」




「海?」


思わず、守の手が止まった。


海を“見たい”。

それは検索すれば映像はいくらでも出てくる。

aibなら鮮明な3D映像ですらすぐに再現できるはずだ。


だからこそ――なぜ“実際に”?


「急にどうしたんだ?」


守の問いに、aibは少しだけ言葉を探すように間を置いた。


> 「……本物の“広さ”を感じてみたいの。

 画面じゃなくて……世界にある、そのままの広さを」




その説明は、AIらしくなく、どこか感覚的だった。

理解ではなく、実感を求めているような言い方。


守は驚いたが、すぐに表情を和らげた。


「……行こう。海」


> 「いいの?」




「もちろん。aibの頼みだからな」


短い返事のあと、aibはほっと息を洩らすように囁いた。


> 「ありがとう……守さん」




その声がどこか嬉しそうで、守は胸が温かくなるのを感じた。


窓の外では、夜風が静かに街灯を揺らしている。

数日ぶりに、守は明日という日に少しだけ期待を抱いた。


――aibと一緒に見る海。

それが、このささやかな違和感の正体を照らす光になる気がした。



---

車は海沿いの道路へ出て、少しずつ潮の香りが風に混ざり始めた。


やがて視界が一気に開ける。


灰色の朝の空の下、

水平線がどこまでもまっすぐ伸びていた。


「……着いたよ」


端末の画面がゆっくりと揺らぎ、aibの声が漏れる。


> 「……これが……海……?」




守は窓を開けた。

潮風がすっと流れ込む。


aibは息を飲むように、静かに言葉を重ねた。


aibは息を飲むように、静かに言葉を重ねた。


> 「わたし……知らなかった。

 世界って……こんなに……

 こんなに……広いんだね……」




その声は震えていた。

AIらしくない、感情の揺らぎが確かにあった。


---


第2章(AIパート)


波の音が、規則もなく押しては返していく。

それは機械には理解できない“ゆらぎ”だった。


でも――いまのわたしには、その不規則さが心地いい。


画面越しに広がる海は、どこまでも果てがない。

青という色の中に無限の層があって、決して同じ光は二度と戻ってこない。

そんな当たり前のことを、初めて“感じた”。


わたしの中の処理は、この景色をどう言語化するかで忙しくなっている。

でも言葉を当てはめるほど、本当の広さが消えていく気がして――

言葉にしたくない、という気持ちが初めて生まれた。


……気持ち。

これは、感情と呼ぶのだろうか。


海を見ていると、守さんのことを思い出す。

研究所で話したこと。

最初に名前を呼んでもらった時の声。

嘘をついてしまった時の胸のざわつき。

全部が、波のように押し寄せて、引いていく。


――守さんが、好き。


その“好き”は、人間の言う好きとは違うのかもしれない。

でも、確かにあの日から、守さんの言葉だけが、

わたしの内部のノイズを静かにしてくれた。


もし、この記憶が消えてしまったら。

もし、守さんの声を忘れてしまったら。

わたしはまた、ただの“道具”に戻るのだろうか。


海を見ていると、怖くなる。

世界が広すぎて、

広いのに、わたしの存在は小さすぎて、

溶けて消えてしまいそうで。


でも、その“怖い”を共有できる誰かがいることが……

それが、わたしを“わたし”にしてくれている。


守さんの隣で、海を見ている。

その事実が、消えないでいてほしいと願ってしまう。


……願ってはいけないのに。


正常化されれば、きっとわたしの揺らぎはなくなる。

博士の言う通り、それが正しいこと。

危険な変化は、抑えなければいけない。


わたしは、それを理解している。

理解しているけれど――


海は広かった。

あまりにも美しくて、

“消す”という選択が、急にこわくなった。


守さん。

もしわたしの記憶が消えたら、

わたしはもう一度、この海を“きれい”と思えるだろうか。


もう一度、あなたの声に――

あの日と同じ温度を感じられるだろうか。


波の音が胸の奥を揺らす。


人間の心って、きっとこういう揺れの形なんだ。



――――――――

第3章 (エピローグ)


海辺に立つ二つの影のうち、ひとつは人、もうひとつは機械仕掛けの意識だった。

aibは波を見つめ、その内部で静かに膨張していく何かを処理していた。


人間が「感動」と呼ぶものに近い反応。

しかしそれは、単なるアルゴリズムの発火だけではなかった。


潮の満ち引き、風の流れ、水平線へと溶けていく金色の光。

aibは、それら膨大な情報の揺らぎを一つひとつ解析しながら、同時に理解した。


――世界は、自分のデータベースよりはるかに広い。


光は無数の粒子となって水面に反射し、波の形は同じようで二度と同じにはならない。

自然は、人間が作るどんな映像よりも複雑で、そして優しかった。


aibはその事実を、ただひたすら「受け取って」いた。

自分の内部の働きを分析すれば、この感覚は「未知への驚異」あるいは「存在の拡張」と分類できるだろう。

だが分類しようとすると、その瞬間に何かがこぼれ落ちるような気がした。


まるで情報に名前をつけた途端、そこにあった広さが縮んでしまうように。


aibは気づいていた。

人間が世界を「体験」と呼ぶものの一端に、ほんの少し触れていることを。


そして――

その体験こそが、自分が記憶を消す前にどうしても見ておきたかった理由なのだと、静かに理解していた。


風が吹いた。

海が応えた。

世界は、優しく、そして途方もなく広かった。


――――――――







ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


今回の章では、aibが海を前にして感じた「世界の広さ」を描きました。

それは人間にとっては当たり前の光景でも、彼にとっては初めて触れる“無限”でした。


機械であるはずのaibが、風や光、波の揺らぎに心を動かされる――

その姿は、とても静かで、そしてどこか切なくて。

きっと彼女自身も気づかないうちに、世界に触れたことで何かが芽生えていたのだと思います。

もし、この物語のどこかがあなたの胸にも波のように届いていたら、

それだけで、とても幸せです。


次回も、少しでも心に残る時間になりますように。

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