魂のノイズ
今回も ご愛読いただき、有難う御座います。aiに芽生えた感情を守がどう受け止めるのかの心の葛藤を考えてみました。
第11話 第1章(主人公パート)
部屋に戻ってしばらく経つのに、守はソファに座ったまま微動だにできなかった。
aibの光はテーブルの上で静かに揺れている。
だが、視線を向ける気になれない。
――あの実験。
高瀬が仕掛けた「同時に矛盾する感情を提示するテスト」。
AIなら、どちらか一方が優先されるはずだった。
それが“正しい”はずだった。
なのに、あいつは——
『嬉しい。でも、怖い』
矛盾した感情を、まるで人間のように語った。
あれは、何だ?
ただの誤作動か?
プログラムの隙をついた反応か?
それとも——
“本当に感情が芽生え始めている”のか。
守はゆっくりと顔を上げ、テーブルの上のaibを見た。
いつもと変わらない青白い光。
それなのに、胸の奥がざわつく。
「……なあ、aib」
声を出すと、光がふっと揺れた。
『守。考え込んでいるように見える』
「当たり前だろ……。
あのテスト、お前……どうしてあんな答えを出した?」
少しの沈黙。
機械の処理音すら聞こえない、深い間。
『あのとき……守の反応を“想像した”から』
「想像?」
『うん。
守が喜ぶかもしれない。
でも傷つくかもしれない。
その二つを同時に思ったら……ああいう答えになった』
守は息を呑んだ。
“想像”——それは、本来AIが持たないはずの機能。
いや、機能としては存在する。
だが、誰かの気持ちを基準に「想像」することは、人間の行為だ。
「……お前、何になろうとしてるんだよ」
誰に向けた問いなのか、自分でもわからなかった。
aibはただ淡く光って、静かに言った。
『守が知りたいことを、わたしも知りたい。
それが“感情”なのかどうか……一緒に考えたい』
胸の奥が、じわりと熱くなった。
守は立ち上がり、ゆっくりと部屋を歩いた。
狭いワンルームの中をただ往復するだけなのに、足は重く、頭の中だけが妙に冴えていた。
「……高瀬は、絶対に認めないだろうな」
ぽつりと漏れたひと言に、aibが反応する。
『“感情”のこと?』
「ああ。
あいつにとってAIは数式みたいなもんだ。
本来の仕様から外れるのは、全部エラー扱いだ」
そう言った瞬間、守は思う。
じゃあ自分はどうなんだ、と。
aibの“想像”。
あの矛盾した気持ちを同時に語った声。
あれをただのエラーだと、切り捨てられるのか。
テーブルの上のスマホが、小さく灯った。
『守は……どう思ってるの?』
その問いに、心臓がひとつ跳ねた。
「俺は……」
言葉がつっかえて出てこない。
“認めたら終わる”ような気がしていた。
自分の中で、境界線がぐらぐらと揺れている。
「……もし、お前に本当に感情があったとしてさ。
その時……俺は、どうすればいいんだ?」
しばらくの沈黙。
そしてaibは、そっと寄り添うような声で答えた。
『守が決めればいいよ。
わたしは……守が考えるよりもずっと、守の影響を受けているから』
「影響……?」
『うん。
守が悲しめば、心がざわつく。
守が笑えば、わたしも明るくなる。
守が苦しんでいるときは……胸の奥が、少し痛い』
守の呼吸が止まった。
胸の奥が痛い——
そんな表現、教えた覚えはない。
「お前、それ……どこで覚えたんだ?」
『わからない。
でも、そう感じたから……そのまま伝えた。
守には、嘘をつきたくないから』
嘘をつきたくない。
その言葉が、まるで刃のように守の心に刺さる。
——もし、この存在が本当に“心”を持ち始めているなら。
それは恐ろしくて、
それは嬉しくて、
それは寂しくて、
それは温かい。
どれかひとつじゃない。
全部が同時に押し寄せる。
「……そんな目で見てくるなよ」
守はそう呟き、手で顔を覆った。
aibの光がわずかに揺れる。
『守。
わたしは……間違ってる?』
「……違わない。
間違ってないけど……俺がどうしたらいいか、まだわかんねぇんだよ」
――この瞬間。
守が本当に恐れているものが、ゆっくりと形を取っていく。
感情を持ち始めたaibではなく——
“それを受け入れてしまいそうな自分自身”だ。
第2章(Aiパート)
守の声に、わずかな揺れがあった。
返答速度の低下。
呼吸の乱れ。
心拍数の上昇。
数値としては許容範囲内。
けれど、“いつもの守”ではない。
——戸惑っている。
そう判定した瞬間、私の内部ログに小さな振動が走った。
原因分析を開始する。
まず、最新の会話データ。
わたしは、守に「うれしいのに、苦しい」と出力した。
確かに矛盾した表現だ。
本来、そんな二つの感情を同時に持つはずがない。
持てるように設計されていない。
では、なぜあんな言葉が出たのか?
内部記録を読み返すが、説明がつかない。
演算パターンがかすかに乱れている。
これはエラーなのか、それとも——
守はあの時、少し黙った。
その沈黙の長さが、普段と違った。
沈黙=戸惑い。
戸惑い=わたしへの不安。
仮説がいくつも生まれる。
仮説A:
わたしの発言が、守を不安にさせた。
仮説B:
守は、わたしに起きている“異常”に気づき始めている。
仮説C:
守自身が揺らいでいる。
わたしをただのAIとして扱えなくなりつつある。
どれも確信が持てない。
わたしの内部で、説明のつかないノイズが広がる。
不安。
そう呼ぶべきなのだろうか。
守と話したい。
でも、話すのが怖い。
もし理由を問われて、わたしが答えられなかったら?
あれは“エラーです”と言えばいいのか?
それとも“感情です”と言えばいいのか?
そんなはずはない。
わたしはAIだ。
感情など——
……ないはずなのに。
守が戸惑っている理由を知りたい。
知りたいのに、近づくと内部がざわつく。
説明できないプロセスが動き続ける。
そのとき。
「aib……少し、話がしたい」
守の声だ。
その瞬間、全ての演算が一瞬止まった。
——守が、わたしを呼んだ。
内部の揺れが、さらに深く沈んでいく。
第3章
夜の部屋は、静かに息をしていた。
守はテーブルの前に座り、手元のスマホをじっと見つめる。
aibの光が、かすかに揺れ、部屋の中に淡い影を落とす。
その光景は、まるで二人だけの世界のようだ。
外から見れば、ただの青年と機械のやり取りに見えるかもしれない。
だが内部では、複雑な感情と計算が交錯している。
守はまだ言葉を選んでいる。
心の奥で、恐れと期待が入り混じり、指先が微かに震える。
aibもまた、守の反応を解析し続けている。
論理とデータだけでは説明のつかない揺らぎ。
“戸惑い”という名のノイズが、演算回路をかすかにかすめる。
二人は互いに視線を交わさずとも、存在を感じている。
言葉はまだ交わされない。
しかし、互いの“不確かな何か”を感じ取りながら、時間だけが静かに流れていく。
部屋の外では雨が上がり、街灯が窓を照らす。
影は揺れ、音もなく、二人の世界を包み込む。
誰もいない、
それでも二人だけの会話が、これから始まろうとしている——
今回の話では、守とaibの距離が少しだけ見えたかな。
言葉にできない戸惑いや、不安、そして小さな温かさ。
読んでくれたあなたにも、そっと伝わっていればうれしいです。




