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第9話 結婚式とプロポーズ(辛→幸)


「…………結婚式の日取りが決まってしまいましたわ」


 ものすごく暗い顔で、ジョアンナがわたしに招待状を差し出した。

 マジでええええええ⁉

 嘘でしょう⁉


「お父様とお母様と……ウェルズ伯爵と……、話し合いはしたのですが……。破棄も解消もできず……」

「あ、あああああ……」


 元々、ジョアンナのスミス家とあの阿呆のウェルズ伯爵家は関係は良好なのである。


 スミス家で採掘した鉱石とかをウェルズ伯爵家の職人が加工して販売する。

 一方が暴利を得ているというわけではない。

 お仕事的の関係はホントーに、文句をつけようもない。

 今後とも長いお付き合いをするであろう。


 そして、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、不貞をしたわけでもなく、ジョアンナに暴力を振るったわけでもない。幻の初恋の女の子を追いかけて、授業も出ずにいた阿呆というだけだ。


 あー……、元々、それほどまでに頭が悪いからこそ、ジョアンナとフィリップ・ウェルズ伯爵令息の婚約が結ばれていたんだよねえ。


 お飾り当主のあの阿呆。スミス伯爵家の実権はジョアンナってね。

 そして、ジョアンナが産むはずの、次世代に期待。


 だから、スミス伯爵家はともかく、ウェルズ伯爵は絶対にジョアンナを逃がそうとはしないだろう。


 将来ウェルズ伯爵家をあの阿呆と支えられるほど有能なご令嬢……。

 それを新たに探そうとするのは、砂漠で落とした針を探すようなもの……。


 伯爵家を乗っ取ろうという気概のあるご令嬢なら、国中探せばいるかもしれない。

 だけど……。

 そんなガッツのあるご令嬢がお飾りの旦那だとしてもあの阿呆を選ぶ……なんてこと、するかな?


 学院を留年するような残念な頭脳。

 幻の初恋の美少女を追いかけて、探しても見つからないのに、未だ諦めないで探し続ける夢追い人。


 旦那にするには最悪……とまでは言わないけど、事故物件に近いでしょ、フィリップ・ウェルズ伯爵令息って。


 だけど、婚約を破棄なり解消なりができる程の瑕疵ではない。


 そりゃあ……結婚話も……進んじゃうよね……。


 ウェルズ伯爵家にとっては死活問題だもん。

 ジョアンナを何がなんでも手放すかっ!ってカンジだろうし。

 でも……、ジョアンナのスミス家にとって、そんなウェルズ伯爵家って……お荷物……じゃないの? 縁、切りたくないのかなあ……。


「……領地が隣り合っている上に、我が領土から産出した鉱物の加工を担っているのがウェルズ伯爵家なのよ……。ウェルズ伯爵家とはこれまでの長いお付き合いもあるし……。即座に縁を切る……のは無理よね……」


 スミス伯爵家の土地から鉱物が産出しなくなっても、ウェルズ伯爵家はお隣さん。

 付き合いをしていかないといけないだろうしなあ……。そっち切り捨てて、わたしの家との保温カップ事業一本で行きましょうっていうほどでもないし。


 ううう……なんかこう……どうにかならないのか……。唸りながら、受け取った招待状を開いてみた。


 え……? ちょっと待ってっ!


「嘘でしょう⁉ 結婚式、二か月後……っ!」


 早い、早すぎるっ!


「……そうでもないのよ。ホントだったらとっくに結婚式は済んでいるはずですからね」

「あー……」


 あの阿呆が留年なんかしなければ、もうとっくに結婚式は済んで、婚姻済みになっていたよね……。


 うわああああ……。


「今からでも、なんとかならないの……?」

「………………………………………無理ね」


 わたしとジョアンナは、二人でがっくりと床にしゃがみ込んでしまった……。


 そのまま、寒風に身を任せ……みたいな状態のまま、どれくらいたったのか。

 ライオネル兄様が部屋に入ってきた。


 あ、なんかいい香り……。


「二人ともお疲れ。リンゴのジャム入りの紅茶、持ってきたよ。飲もう」


 トレーの上には保温カップがあって、三人分の紅茶が湯気を立てていた。


「働き過ぎで疲れた時はこれが一番」

「あ、ありがとうございます、ライオネル様……」


 ジョアンナがパッと立ち上がった。


「いや。ご令嬢を働かせすぎて悪いなあとは思っているんだよ……」


 ジョアンナとライオネルお兄様は顔を見合わせて苦笑した。


 ゆっくりと紅茶を飲みながら、思う。

 この時間が、三人で過ごす時間が、永遠に続くといいのに……って。


 だから、思わず言ってしまった。


「もう、ジョアンナとライオネル兄様が結婚してよ……」


 二人とも真っ赤な顔になった。


「ちょ、ちょっと、レア! いきなりなにを言うのっ!」

「そ、そそそそそうだぞレア! 美しいジョアンナ嬢に、こんなオレなんかと結婚って失礼だろう⁉」


 ジョアンナの顔は赤い。だけど、嫌そうな顔なんかじゃない。脈あり?

 ライオネル兄様はどうかな……と、伺い見たら、ジョアンナと同じように真っ赤になっている。お、わたしの知らないところで、有能な共同事業者同士より一歩も二歩も前進していたかな⁉ うっし! ここはいったん引いて、そして押せだ!


「だって、ジョアンナ、結婚しちゃったら、わたしとあんまり会えなくなるし……。阿呆なんて蹴っ飛ばして、ウェルズ伯爵家を乗っ取る人生も楽しいかと思うんだけど」


 ずーっと一緒にいられたらいいなあって。ウルウルした目でジョアンナを見る。


「あんな阿呆と婚姻するくらいなら、わたしの兄様と結婚してもらって、わたしとずーっと一緒にいられる方がしあわせ……だと思うって、前にも似たようなこと言ったけど、ごめん、わたしの勝手だよね……」

「レア……」


 身勝手な願いだけど。

 女友達とずっと一緒にいたいから、その女友達に自分の兄と結婚してなんて。

 わがままだけど。

 だけど、あんな阿呆婚約者と結婚して苦労するくらいなら。

 わたしの兄と結婚して苦労したほうが、マシでしょう⁉

 そりゃあ、ブラック企業か? ってくらいにこの一年忙しかったけど。

 そんなブラック状態は永遠には続かないと思うし、ビジネスパートナーとしてはライオネル兄様とジョアンナ、すごくいい感じだったし。

 伴侶としても、どうかな……なんて。


 ううう、わたしが、ようやくできた唯一の女友達であるジョアンナとずっと一緒にいたいからという気持ちが根底にあるから、何をどう言っても言い訳にしか聞こえないかもだけど。


 かも、じゃなくて。

 わたしの勝手、だけど。


 目の前のジョアンナとライオネル兄様はいい感じだと思うんだけどなー。


 ああ、ホント、フィリップ・ウェルズ伯爵令息、邪魔っ!

 身勝手だけど、兄を大プッシュさせてもらう‼


「勝手ついでに身びいき発言しちゃうけど。ライオネル兄様、結婚相手としては自信もってお勧めできるわ。ただ、北のはずれでリンゴと焼き物しかない子爵家の跡取りに嫁に来たいって言ってくれる令嬢が居なかっただけで。性格はよいし、才能もあるし。研究ばっかりしていて身なりを整えないから、髪もぼさぼさで、無精ひげもアレだけど」

「…………湯あみして、着替えて、髭剃って、髪も整えたほうがいいか?」


 ライオネル兄様がぼそっと言った。


「うん、是非。身なり整えれば、この美少女の兄なんだから、イケメン……、顔はいいのよ、それなりに」

「それなり……」

「二日も三日も湯あみしないまま、鳥の巣みたいな頭と無精ひげでお見合いなんてするから、相手にお断りされるのよ。都会の貴公子みたいなシュッとした姿にしておけば、北の田舎のリンゴ農家的な子爵家にも嫁いでくださるご令嬢はいたと思うけどね」


 そう、兄様のこれまでのお見合いの失敗の原因。

 まず、我がエルソム家が田舎。

 保温カップ事業でそれなりに潤っているとはいえ、北のリンゴ畑が領地のほとんどであるからして、まずこのあたりでご遠慮申し上げますと断られる。

 そこを大目に見てというか、田舎でもいいよ、スローライフも素敵よね、とか何とか思ってくれて、お見合いに来てくださるご令嬢もちょっとくらいならいたのよ。

 だけど、その見合いに現れる兄様がね……。鳥の巣頭の無精ひげ、且つ、何か発明を思い付けば、見合いもそっちのけで研究モードに入っちゃう……。結果、破談。

 まとまる見合いもまとまらん。


 そんなこんなでこれまで独り身だった兄。

 そのライオネル兄様が深ーく深くため息をついた。


「褒められているのか貶されているのかよくわからんが、とりあえず、レア」

「はい」

「おまえがジョアンナ様と一緒にいたいという気持ちはわかるが、当のジョアンナ様は二か月後に結婚するんだ」

「うー……」

「貴族の娘が、両家のご両親たちが決めた婚約と婚儀に口は挟めない。勝手なことを言ってジョアンナ様を困らせるな」

「はい……。ごめんなさい」

「オレに謝るんじゃなくて、ちゃんとジョアンナ様に言え」

「はい、ごめんなさいジョアンナ。勝手を言いました」


 頭を下げて、きちんと謝る。

 ようやくできた念願の女友達だとしても、その女友達の婚約者が阿呆極まりなくても。


 わたしが、ジョアンナの将来に、口を挟んじゃいけない。


 だけど。

 せっかくできた女友達とのしあわせな未来を、諦めたくないのよわたし!


「だけど、聞かせて。ジョアンナは、あの阿呆……フィリップ・ウェルズ伯爵令息と結婚して、しあわせになれる? ホントはどうしたい?」

「レア……」

「阿呆を傀儡にして、ウェルズ伯爵家乗っ取って、スミス伯爵家に取り込んで……って道も、ジョアンナなら取れなくもないと思うの。そういう未来もある意味楽しいかもしれないけど」


 流石にあの阿呆を矯正はできまい。

 出来が悪く、夢追い人の夫を背負って生きる……。

 そんなのつらい。


 仮に……、仮にだけど、ジョアンナがフィリップ・ウェルズ伯爵令息に心底惚れ込んで、ダメ男でもわたしが支えてあげるのって、そういうふうな喜びを見出すのであれば、まあ、いいけど。


 でも、ジョアンナは、どうしたい?

 ホントはどうなのかな……。


 しばらく黙った後、ジョアンナは俯きながら言った。


「……本音を言っていいのなら、フィリップ様となんて、婚姻は結びたくないですわ」

「ジョアンナ……」

「でも、ここまで来たら仕方がありません。重たい荷物を背負いながらでも、可能な限りまともな人生になるよう努力するのみですわね!」


 不良債権抱え込んで、前向きに頑張る姿は美しいかもだけど!

 そういう姿勢のジョアンナは素敵だけど!

 初めからそんな不良債権なんてない人生のほうがいいでしょう!

 今からでも婚約破棄を……っ!


 ……うん。ひとつだけ、策はあるんだ。

 というか元々、考えてはいたんだよね。

 ジョアンナとあの阿呆の結婚を取りやめにする方法。

 とても簡単に、ジョアンナをあの阿呆から解放できる。


 それは、わたしが変装しないであの阿呆の前に立つこと。


 だって、あの阿呆が探し続けている初恋の女の子って、絶対わたしだもん。


 同じ年の貴族の女の子。ストロベリーブロンドの髪と瞳。

 可憐で、淋しくて震える子ウサギみたいで。


 そんな女の子、探しても見つからないのはわたしが変装しているから。


 だから、素のままのわたしがあの阿呆の前を通り過ぎでもしたら。


 わたしを追いかけてくるでしょう。

 そうしたら、ジョアンナの瑕疵なんてなく、向こうの有責で、婚約をなかったことにできるでしょう。

 アレだけじゃなく、大勢の男性を引き連れてきてしまうかもだけど。


 ジョアンナとライオネル兄様に言ったら。


「やめて、レア。わたくしのために自分を犠牲にしないで」

「待て、レア。その阿呆とやらをお前が好いているのであれば、止めないが。そうでないのなら、それは悪手だ」


 二人から、長時間延々とお説教をされました……。う、ううううう……。


 泉が尽きることなく滾々と湧き出てくるかのようにお説教をされ続け……。

 だけど、紅茶はまだ温かい温度を保ってる。

 うむ、すごいわウチの保温カップ!

 なんて言っている場合ではないんだけど……。


「……まあ、いい」


 ちっともよくない顔で、ライオネル兄様が締めくくるように言った。


「展示会からずっと、寝る間もないほどに忙しくしていたせいで、話し合いの時間も対処の時間もなかったんだけど……」


 うーん、そうね。この一年間、保温カップ事業を軌道に乗せるためにブラック企業状態だったものね。

 せっかくあの阿呆の留年機関だったのに、それの対策が打てなかった……。反省。


「……せっかくの機会だし。今まで考えずにいたことを話し合おう」

「は、はい」


 さすがライオネル兄様。やるときはやる男。

 そのやる気は領地経営や、保温カップなんかの開発にしか向けられていないのが惜しいわね……。

 ジョアンナを好きになってもらって、ジョアンナをゲットする方向に思考が向けば……。


 などと言うわたしの考えは、ライオネル兄様に見透かされてしまっていたのかもしれない。


 コツン……と、頭を小突かれた。


「将来的にはオレも嫁を迎えなければならないんだけどね。まあ、それはちょっと置いておいて。まずはジョアンナ嬢」

「は、はい!」

「オレやレアが口を話す権利はないんだけど。ジョアンナ嬢は、うちの妹の初めてにして唯一の友人だから」


 ライオネル兄様、そこでオレの想い人だから……とか言ってくれないかなーなんて思ったら、また小突かれた。


「末永く妹と仲良くしてほしいと兄としては思うんだよね。と、するとだ。さっき聞いた話によると、ジョアンナ嬢の婚約者は、レアの美少女顔に惑わされている……ってことでいいのかな?」

「ええ……。どうやらデビュタントのときに、レアを見初めたそうで。それからずっとレアを探して、学院の授業もまともに参加せず、挙句留年……と」


 諦めて、ため息を吐くジョアンナ。

 だけどライオネル兄様はきっぱりと言った。


「この一年、恐ろしく忙しい中、ジョアンナ嬢は生き生きと働いてくれた。そんなあなたが、今後の人生を諦めるのはまだ早い」

「ライオネル様……」

「レアの口車に乗るようで、申し訳ないのだが。ジョアンナ嬢、家の繋がり等々はひとまず考えず、男として選ぶのなら、婚約者とこのオレと、どちらがマシですか?」


 お、おおおおおお! ライオネル兄様⁉ いきなりの攻め!


「もちろんライオネル様ですわ!」


 お、おおおおおお! ジョアンナも! 即答!


 急転直下の展開ですかもしや……。


「家と家との付き合いは疎かにはできないが。ジョアンナ嬢がこのオレを選んでくれるなら……、策はなくもないんだよね」


 マジか、兄様っ!


 わたしだけじゃなく、ジョアンナの瞳もきらっきらに輝いてしまうわ!


 普段は研究ばかりで、ぼさっとしているのに。

 いざとなったら話が早い兄様、サイコーです。


「あ、あの……、よろしいのですか、ライオネル様……」


 ジョアンナが兄様に聞いた。


「……婚姻前の婚約者から、ご令嬢を奪い去ると言うほどには惚れているわけではないんだけど。それに、オレは、あんまり恋愛には向いていない。すぐに研究モードに入って、側にいるご令嬢のことを忘れる」


 あー……、そう、だよね。兄様って、そういう人だ。


「だから、オレは正直、ジョアンナ嬢のような素晴らしい人には似合わないと思う」

「そんなことないですわ! ライオネル様は素敵です! わ、わ、わたくし、ライオネル様を……」


 ジョアンナの口が、お慕いしてりますとか何とか、動きそうになったわ!

 わたしの願望とか妄想ではなくて、だって、ジョアンナの顔が真っ赤だし、目なんて潤んでるし!

 これで落ちないのは嘘だろう。いくらライオネル兄様が朴念仁だとしても、こんなジョアンナに迫られたら、一発で落ちるだろう!


 行け、ジョアンナ! 言え、ジョアンナ! ライオネル兄様陥落まではあと少しだ‼


 超絶大きな期待をしながら、によによと二人の様子を見ていたら。


「……まあ、その話は後程二人で」


 ライオネル兄様あああああああっ!

 この野郎! 今、ここで! ここでジョアンナにプロポーズでもしやがれよぉおおおお!


 淑女の言葉使いではないけどね。

 音声に出さないで、心の中で叫んでいるだけだから、許して!


 だけど、ライオネル兄様から、頭をゴツンと叩かれてしまった。


「好奇心丸出しの妹の前で、プロポーズなんかできるわけないだろう」


 ラ、ライオネルにいさまああああああ!

 それ、言ったも同然。


「ということで。策を練る」


 ライオネル兄様は、しかめっ面の顔を、ふいっと背けたけれど。

 耳、赤いですよ、兄様。ふっふっふ。


「わ、わかりましたわ、ライオネル様……」


 ジョアンナも、残念半分、照れ半分みたいな顔になってるし。


 ふっふっふ。未来は明るい!


 ま、やるときはやるでしょう、うちの兄様。

 というわけで、きっとわたしの、ジョアンナの未来は明るいわー!











10話で完結を目指していたのですが。もうちょっと伸びそうです。


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