第7話 そして、二年生の秋と冬は、やっぱりまたもや……(呆&怒)
「ジョアンナー、課題が終わらないんだよー。手伝ってー」
しばらく見なかったフィリップ・ウェルズ伯爵令息が、秋になったころ、上位クラスにやってきた。
一年生のときに続き、二年生でもまた来たか。半ば予想通り、だったけど。
「……今年もまた、ですか」
ジョアンナも呆れ顔。
「だってさあ、今年こそはボクの探し人が入学するって思っていたのに! どこを探してもいないんだよ!」
おかしいなあ……なんて、首を傾げていますけど。
人探しよりも、まず、ご自分の成績をきちんと保つほうが先ではないでしょうか?
だって、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、ご自分のお家の跡取りでいらっしゃるんですよね?
「人探しよりも、まずは真っ当に授業に出席してくださいませね……っ」
ジョアンナが、わたしが思ったようなことを低い声で言った。
わたしも、クラスのみんなも「うんうん」と頷いて、ジョアンナに同意する。
「何とかなるだろ。去年もそうだったし」
「……大量の課題を、なんとか提出できたから、温情をかけていただいて、二年生に進級できただけですわ。このままでは留年、そして退学になってしまうのでは?」
……大量の課題をなんとか提出できたのは、ジョアンナがいたからでしょうに。それを言葉には出さないジョアンナが偉すぎる……。
「うーん。まあ、大丈夫だろ。学院の先生たち、優しいし」
先生たちが、優しいというか、温情を掛けてくださったのも事実だろうけれど……。
去年はフィリップ・ウェルズ伯爵令息の代わりにジョアンナがものすごーく頑張ったから、この阿呆……失礼でも何とか進級可能な範囲までたどりついたのだ。フィリップ・ウェルズ伯爵令息一人じゃ絶対に課題提出なんか、できてなかったはずだ。
ジョアンナのがんばりの結果だよ、ジョアンナの‼
「でもさあ、勉強なんかよりも、ボク、探し人のほうを優先したいんだよー」
フィリップ・ウェルズ伯爵令息ご本人様的によかろうとも、ジョアンナ的にはよくないでしょう!
だって、感情を押さているけれども、ジョアンナのこめかみには青く血管が浮き上がってきているし、肩だって小刻みに震えている。
去年、どれだけ苦労したんだろう……。
ジョアンナ……、かわいそうすぎる……。
「そもそも、昨年はお聞きする時間もありませんでしたがっ! フィリップ様はどなた様を、なぜ、お探しなのですか⁉」
ああ……、去年は聞く暇もないくらいデッドラインがきつかったのね……。
それほどまでに出来が悪いのに……。
どうして人探しなんかするんだろう……。
謎だわ、フィリップ・ウェルズ伯爵令息……。
「ああ、言ってなかったっけ? ボクの探し人は、ボクの運命の人なんだよ!」
朝日のごとく輝く顔で、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は言った。
「もう、なんていうのかな! すんごいかわいいんだよ、彼女!」
は?
彼女?
何か、嫌な予感がするんだけれど……。
「あれほど白いドレスを可憐に着こなすご令嬢もいないと思うんだよね!」
着こなしはどうであれ、デビュタントはみんな白い衣装ですけど。
「彼女の周囲だけが、こう、なんていうのかなあ、白さで輝くカンジで……」
王城のシャンデリアが豪華だっただけでは?
「あ、ボクの目が眩んでいたんじゃないよ! だって、ボク以外の男だって、みんな『あ、あのご令嬢はいったい……』とか『初めて見るぞ。どこのご令嬢だ……』とか『何と可憐な……』とか言って、目を奪われていたし!」
そのセリフには聞き覚えがあるというかなんというか……。
「ああ、かわいかったなあ、あの子! 髪なんてふわっふわで、瞳も赤くて。ええと、ストロベリーブロンドって言うんだよね、ああいう赤さ。王妃様にご挨拶するからか、小刻みに震えてさあ。可憐で。ホント淋しくて震える子ウサギみたいなんだよ……!」
その形容には、めちゃくちゃ覚えがあるというかなんというか……。十中八九、いや、高確率で、わたしだろう……。
「ああ、ボクの運命の人……。きっと彼女だって、ボクとの再会を待ち望んでいるに違いないんだ……!」
阿呆かっ!
貴様っ!
誰が貴様などっ!
ブチっと、わたしのどこかがキレた。
「ジョアンナという婚約者がいながら、あなたはどこの馬の骨ともわからない女の尻を追いかけているんですかっ!」
思いっきり指を差して、軽蔑の目で見下げながら、わたしは教室に響くほどの大声を出した。
「何が運命の人だ、何が再会を待ち望んでいるだ! 馬鹿か、アンタはっ! ジョアンナを蔑ろにして、浮気宣言かよ、このくそ野郎っ!」
「レ、レアっ!」
ジョアンナがわたしを止めたけど。
わたしの口は、止まらないっ!
「ジョアンナを何だと思ってるのよ! 婚約者であるジョアンナを大事にしないどころかに迷惑ばかりかけやがって! アンタなんかさっさと退学にでも除籍にでもされちまえっ!」
ご令嬢モードなんて忘れた。思いっきり睨みつけて、口から唾を飛ばす勢いで言ってやったら。
「うわあ……、ジョアンナ、友人は選びなよ」
とか言いやがって!
も、ぶん殴ってやろうかコイツ!
思わず拳を固めたら、ジョアンナが「レア、落ち着いて……」とわたしを押さえにかかった。
クラスの男子数名が、ジョアンナが抑えているわたしとフィリップ・ウェルズ伯爵令息の間に入ってきて、バリケードみたいに遮ってくれている。
「言葉は悪いですけれど、レア嬢が言ったことは当然だと思いますよ」
「え、えーっとお⁉」
フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、わけがわからないんですけど……みたいな顔になっている。けっ!
「婚約者がいるのに、別の女性を探し、しかも、その女性のせいで、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は成績が悪く、貴族学院も退学の危機となり、優しい教師の皆様が、フィリップ・ウェルズ伯爵令息が退学にならないようにと敢えて課題を出してくださった。というのにフィリップ・ウェルズ伯爵令息にはその課題をこなす力はなく、迷惑をこうむったのが単に婚約者という関係にあるだけの、ジョアンナ嬢」
「あっと、その、ですねえ……」
男子生徒たちが淡々とフィリップ・ウェルズ伯爵令息が行ってきたことをまとめて述べている。
「……教師の皆様に、フィリップ・ウェルズ伯爵令息の所業を報告させていただきます」
「えっ!」
「課題をこなしたのはフィリップ・ウェルズ伯爵令息ではなく、ジョアンナ嬢であると、途端に申し上げましょう」
つまり、教師にチクるということだ。
流石クラスメイトの皆様!
ご協力ありがとうございます‼
「今後、ジョアンナ嬢の助力による……ではなく、ご自分の力で退学を回避してください」
「追加で告げるが、フィリップ・ウェルズ伯爵令息。今後は、我々の教室に入らないように。立ち入るようであれば、教員に、最下位クラスの生徒が、我々最上位クラスの生徒の勉学の邪魔をすると告げさせていただく」
「でも、ジョアンナはボクの婚約者なんだけどなー。会いに来るなっていうの?」
……なんという厚顔!
ホント、ぶん殴っていいですか⁉
いきり立ったら、ジョアンナが、更に強くわたしを抱きしめてきた。
「……フィリップ・ウェルズ伯爵令息。君は運命の相手がいるんだろう? なのに都合のいいときばかりジョアンナ嬢に頼るとは……、君、恥という感情を持ち合わせていないのかい?」
「うんうん」と、この場にいるフィリップ・ウェルズ伯爵令息以外の全員が、そろって頷いた。
「えーと……」
「それとも言っている意味が分からないのかな? それほどまでの君の知能は低いかい? 婚約者を蔑ろにして、運命の女を追いかけているくせに、その婚約者に頼らないと学業も真っ当に行えないとは、情けない男だと言っているんだが?」
ずんずんずんずん責められて、フィリップ・ウェルズ伯爵令息はじりじりと後ろに下がっていき……、そして、逃げるようにして、わたしたちの教室から出て行った。
皆、疲れたようにため息をついた後、ジョアンナを見た。
「……今後、教室内、学園内ではある程度、ジョアンナ嬢を庇えるとは思うが……、学外ではそうはいかないかもしれないよ」
「皆様、ありがとうございます」
ジョアンナが、覆いかぶさるようにしてしがみついていたわたしから手を離して、クラスの皆様に頭を下げる。
「……我が伯爵家と、あちらのお家との提携業務があるもので、婚約をどうするかは……父の意向に左右されますが。とにかく、わたくしもフィリップ様のことは父に報告をしたしますわ」
「それがいいよ。政略なら、婚約解消は難しいかもしれないけれど。一生フィリップ・ウェルズ伯爵令息を支えて生きる覚悟でもない限りは……、彼に付き合うのはしんどいと思うよ」
またもや、皆様全員で「うんうん」と頷いた。
***
とりあえず、教師の皆様にはフィリップ・ウェルズ伯爵令息のことをチクって……ではなく、報告書の形にまとめて、提出した。
そんでもって、今後、ジョアンナの助けてもらって課題をこなすというのは不可にしてもらった。
で、もちろんフィリップ・ウェルズ伯爵令息が課題を一人では解けなくて、教師の皆様に泣きついたらしいんだけど……、で、教師の皆様は仕方がなく、課題ではなく、補習の形をとるようにしたようなんだけど……。
教師の皆様は、早々に、さじを投げた。
そして、ウェルズ伯爵へと手紙を書いた。
ご子息は「運命の人」とやらを探すために、真っ当に学院の授業も受けず、課題もこなせず、補習を行っても無意味だと。伯爵家のほうである程度ご教育をしていただきたい云々。それが出来ないのであれば、自主退学をお勧めする……とも。
……教師の皆様がさじを投げるような、そんなフィリップ・ウェルズ伯爵令息を、去年はめんどうを見たのだから、ジョアンナはすごいわ……。やっぱり女神様かな……。
そうして、わたしはジョアンナとこっそりわたしの家で話し合った。
「フィリップ・ウェルズ伯爵令息の探している運命の人って、わたしだと思うんだけど……」と。
げっそりした顔でそう告げたわたしに、ジョアンナも同意した。
「ええ……、そうだと思って、レアをフィリップ様から隠すために、覆いかぶさったりしてしまったけれど……」
あ、ああ!
わたしが激高して、暴言を吐いたとき、押さえてくれたのは、何もご令嬢らしからぬ言動のわたしを止めるためだけでなく、フィリップ・ウェルズ伯爵令息からわたしを隠してくれたのか!
ああ、やっぱり、ジョアンナはわたしの女神! 好き!
こんな素敵なジョアンナを、あんなクズ男に渡してたまるか!
わたしは背を伸ばして、姿勢を整えて、真っ直ぐにジョアンナを見て、言った。
「ねえ、ジョアンナ。あんな屑男とは婚約を解消して、別の婚約者を見つける気はないの?」
ジョアンナだったらあんな屑を保有しなくても、もっといい男を見つけることができるでしょうに!
だけど、ジョアンナは、溜息を吐いた。
「わたくしのスミス伯爵家の領地から産出した鉱物は、フィリップ・ウェルズ伯爵家の所有する工場で加工されて、商品となるの」
あー、そういえば、ジョアンナのお家は鉱物は採れても加工は上手くないって聞いたこともあったっけ……。
「代々、密接な関係を有しているのね、スミス伯爵家とウェルズ伯爵家は。だから、婚約解消は、ちょっと無理かも……」
「うー……」
フィリップ・ウェルズ伯爵令息が一方的に運命を感じている相手は、多分、というか高確率でわたしだ。
そのわたしは、運命の相手だなんて、申し出る気はない。
そもそも、わたしは、あんな屑は嫌いだし、あの屑と大同小異、カッコで括れば同類項の有象無象の『一方的な運命の人』なんか不要だしね! ジョアンナと楽しい人生を送りたいのよっ!
だけど。
あの屑の運命の相手がわたしだとしたら。
……うわあ。考えたくない未来だわ。いつかわたしってバレるかも? そんな危惧しながらジョアンナとお付き合いするの……?
ああ、もうっ! ゴミなんて、さっさとポイしてポイしてポイしたい!
そして、ジョアンナと一緒に、無邪気にうふふ~あはは~と過ごしたい。
なのに……。
ああ、前途多難……。
まあ、ね。
あの屑男のことが、仮にないとしても。
女友達同士で気楽にお茶したり遊んだりおしゃべりしたりなんてできるのは、学院にいる間のみ……よねえ。
この中世ヨーロッパ的世界の貴族のご令嬢は、学院を卒業したら、さっさと婚姻を結んでしまうのだ。婚姻後は当然、お互いの領地を行き来するなんてことは、おそらくは、ない。せいぜい、社交の時期に、王都に来て、タウンハウスでお茶会を開いて、そこで会う……くらいかな。一年に一度か二度、会えれば僥倖。妊娠出産なんてことになったら、数年は会えないのは当たり前。
うー……、さみしい。
学院卒業後は、ジョアンナと会えなくなって、疎遠になって、そのうち手紙のやり取りをするだけの仲になるの……?
淋しい。
すごくつらい。
ずっと一緒に、仲良く過ごしたいなあ……って思うのは、ぜいたくなのだろうか。
ああ……前世の日本でだったら、老婦人同士がシェアハウスで一緒に暮らすなんてこともあったのに。
うまくいく場合は毎日が修学旅行的で楽しいらしいけど、うまくいかない場合もあるだろう。
だけど、選択肢として、そういう生活も選べるって点は、すばらしいと思うのよ。
この世界、選択肢は少ないないもんなー。
令嬢は、結婚して、夫に従い、後継ぎを得て、養育をし、社交に勤しむ……。
それが出来なければ、修道院に送られる。
職業選択の自由、だけじゃないけど、選べる未来があるのか、それともないのかって、ものすごおおおおおおく、差があるのよ……。
別に、恋愛結婚も、お見合い婚も、政略結婚も、おひとり様も、本人がしあわせならいいとわたしは思うけどね。
うん、そう。
自分で選んだあとの結果なら、どんな人生でもいいと思う。
だけど、一方的な運命の相手にストーカーされるのも、親が決めた政略結婚の相手と縁が切れないのも、どっちも嫌だああああああ。
なんとかならないもんかな……。
ふう……と、わたしは溜息をついてしまう。
「すんごく勝手を言うけれど、ジョアンナが、あの屑と縁を切って、婚約もなかったことにして、それで、ライオネル兄様と結婚して、うちのエルソム領で一生暮らしてくれたらいいのになー……」
無理なことを、思わず言ってしまった。
だってねえ、ライオネル兄様とジョアンナが結婚してくれたら。ジョアンナはわたしの義理の姉になる。つまり、一生仲良しでいられるってもんよ!
わたしがお嫁にいかないで、エルソム領にへばりついているとしたら、毎日がジョアンナと一緒。嫁に行ったとしても、ジョアンナと過ごせる日は多くなる。
あ、あら?
これってナイスアイデアでは?
窺うように、ちらっとジョアンナを見れば。
あ、あら?
ジョアンナが、珍しく顔を真っ赤にしている。
「ら、ライオネル様は……、あ、あんなに、す、素敵な殿方なのですから、も、もう……婚約者が……いらっしゃることでしょうに……」
あ、あら?
ジョアンナ?
「兄様は、えっと、婚約者、探しているけどいないの。お見合いに発展したことも、何回かはあったんだけど……」
「えぇっ!」
「目の前のご令嬢よりも研究! って感じになっちゃって。しかもウチの領地、田舎で北で寒いでしょう? お断りされまくっているのよ……」
「そ、そうなの……」
あれ?
ジョアンナ、胸を撫で下ろしているけど……。もしかして、これ、脈あり?
ちょっとプッシュ、しちゃおうかな?