第6話 楽しい夏休み……になるはずだった(哀)
そんなこんなで、夏休みとなりました!
うふふふふふ。
楽しい楽しい夏休み! わーい!
わーいの前に、地理的なことを言えば、まず王都を出発して、平地のなだらかな道をがんがん北上すると、二日程度の旅程でたどり着くのがジョアンナのスミス伯爵領。ちなみにジョアンナの婚約者であるフィリップ様のウェルズ伯爵領も近くだけど、そっちはスルー。
数日間、スミス伯爵領でお世話になって、侍女のローズマリーや護衛の皆様と共に、わたしのエルソム子爵領へ向かう。
あ、護衛のうちの一人は、あの入学式のときにお世話になった青い髪のディックさん。
改めて、入学式のときのお礼を言った。
いや、ホント、助かりました!
で、このディックさん。有象無象の男連中とは違い、わたしのこの美少女顔に惑わない! 貴重な人物だった‼
「いや、ジョアンナお嬢様の護衛という仕事中ですから、他に目線が行っていないだけですよ。それに、私のようなおっさん顔の……、女性にはモテることのない男が、あなたのような可憐なお嬢様に言い寄ったら、それは犯罪でしょう」
ビバ! 理性的な男性‼
あ、いやいや。おっさん顔とおっしゃいますが、そうでもないでしょう。
見たところまだ、二十代前半……かな? 決して貴族的な線の細い美形ではないけれど、例えるのなら、海洋自衛官的な凛々しさというか、プロスポーツ選手のような精悍さとか、そういう感じではないでしょうか?
うん、そうね。少女漫画的ではないけれど、カッコイイと思います!
わたし、家族以外の男性とまともに話すことはあんまりないから、超嬉しいです。頼りにしてます。仲良くしてくださいね……的なことを言ったら、ジョアンナからイエローカードを差し出されてしまった。いや、イエローカードは比喩ですが。
「……あのね、レア。ディックは優秀で信頼に足る護衛だけど。レアの満面の笑みを向ければ、それなりに惑うかもしれないわよ……」
えええ! せっかくの貴重な人材が!
ちらっとディックさんを見たら「……大丈夫です。ご安心ください。理性はあります」と胸をおさえていた。
えーと。
そんなこんなで、スミス伯爵領を出て、どんどんどんどんさらに北上。何度か宿に泊まって、そして、道も狭くなってきたころに、ようやく見えてくるのがリンゴ畑。
これを見るとわたしは帰ってきたーって感じになる。
だけどジョアンナは不思議そうにリンゴ畑を眺めている。
「ねえ、レア。あれ、何かしら?」
「え?」
「木に……紙袋、かしら? どの木にもたくさん飾られているわね。お祭りなの?」
リンゴなんて「フルーツの絵を描いて」って言われたら、多くの人が描くくらい有名果物では……って思ったけど、あっそうか。
「リンゴよ」
「え、あれがリンゴ……?」
「うん。袋を掛けないほうが甘味は増すけど、虫の被害に遭わないように袋を掛けるの。貯蔵性も増すから。うちの領地のリンゴは、摘果後のりんごに1つずつ袋を掛けていくのよ」
ひとつひとつ手作業で行うから、かなりしんどいんだけど。今の時期は、もう全部のリンゴに袋がかかっているから、ジョアンナにはリンゴと分からなかったのか。
「そうなの?」
「うん。ジョアンナが帰るころに袋を剥いで、収穫かな……」
間に合えば、食べてもらいたいけど……。うーん、収穫後に送ってもらおっと。
あ、リンゴの木から作った薪とかもどうかな……? 果樹としての役目を終えた後のリンゴの木は、薪用に切って、乾燥させて薪にする。硬くて密度が高いから、燃焼時間が長いの。ウチの領地は国の北側だから、暖房用としてすごく重宝するのよね。夜通し燃え続けるから、薪をくべる手間を省くことができる。ただ、固いから、木材としての扱いが大変。それに、果樹としての役割を終えた木とか、剪定した後の枝とかだけを薪にするから流通量もそれほど多くはない。うーん、お土産としては無骨かな。リンゴで作ったお酒のほうがいいかな。
そんなことを思っているうちに、我が家に到着!
「お父様、お母様、ライオネル兄様! ただいま!」
「おかえり、レア。それに、こんな遠方の田舎まで、ありがとうございます、スミス伯爵令嬢」
「ジョアンナとお呼びください。お世話になります」
「レアと仲良くしてくださって、本当にありがとうございます。さあ、ジョアンナ様は、まずはサロンへ。護衛の皆様、侍女の皆様。まずは休憩を」
わたしたちはまずサロンへ向かう。ローズマリーやディックさんたちにはまず泊まる部屋の案内をしてから、ちょこっと休憩してもらう。ジョアンナの客間の整理はその後でもいいでしょう。
わたしとジョアンナは学院で仲良くしているけど、お父様とお母様、ライオネル兄様はジョアンナと初対面。ま、わたしがマシンガンのように、ジョアンナのことを話しまくり褒めまくっているから、初対面な気がしないかもしれないけれど。
まずはお互いに自己紹介。
で、しばらく歓談していた後に、ジョアンナが、不思議そうに言った。
「あの……、もしかして、今、紅茶を淹れていただいているこのカップは……、エルソム子爵家の、あの保温カップでしょうか……?」
「あ、うん。そう。王都の高位貴族の皆様が使うような高級品じゃあないけどね」
お客様にお出しする茶器としてはどうかなと思うんだけど。手になじむような素朴な感じは結構いいと思うのよ。
それに、ジョアンナにはしばらくの間、我が家に滞在していただくのだし、見栄を張っても仕方がないし。
「いえ、あの……。お茶の温度が、下がらないのに驚いて……。聞いてはいたけれど、本当に時間が経っても温かいまま、お茶がいただけるなんて……。こちらはどのくらいの時間、保温が可能なのですか?」
「えっと、二時間とか三時間とかは……」
マグカップなら四時間くらいは保温可能だけど。紅茶を淹れるようなティーカップって、どのくらい保つんだったっけ……?
ちらとライオネル兄様のほうに視線を流す。これに保温の魔法付与をしているのは兄様だし。
ライオネル兄様は、わたしの視線を受けて、頷いた。
「気温や室温、屋外屋内で差は出ますが、そうですね。付与した今ジョアンナ様にお出しした紅茶で、今のこの室内であれば、三時間くらいは温かいままですよ」
「すごい……ですね」
「ありがとうございます。保温の魔法はそれほど難しいものではないので……」
ジョアンナ様は、カップをじっと見たまま何かを考えていた。
どうしたのかな?
「あの……。この素朴な感じのカップも素晴らしいとは思うのですが。こう……花柄とか、つけていただくことは可能ですか? 後、カップの色も透明感のある白色にすることとかは……」
「エルソム子爵領で作っている陶器の類はリンゴの木を燃やした後にできるリンゴの灰……精製したりんごの木灰だけを混ぜて水に溶いた釉薬を使っておりまして。釉薬がうまく熔ける条件は厳しいんですね」
「そうなんですか……」
「はい。お客様にお出しできるようなものは非常に少なく。普段使いのものばかりが出来るような次第で。釉薬の濃度、施釉の厚さなど均一になればいいんですが、一部に釉薬の厚い部分があれば、そこが水色っぽく白濁してしまいます」
「水色っぽい白濁……」
「全体が白濁すれば、それはそれで綺麗なのですけどね。なかなか均一に白濁させることも難しく、悩みどころです」
確かにわたしがいつも使っているどでかいマグカップは、色むらがある。
「あの、無理を承知で。白地に小花が飛んでいるような、高位貴族のご婦人が好みそうな絵柄のカップを作っていただくことは……、ご無理ですか?」
「え? ジョアンナいきなりどうしたの?」
「レア、これは売れるわよ」
ジョアンナが真顔で言った。
「ほへ?」
「保温が出来る茶器。しかもそれが、それなりに洗練されたものであれば……」
「であれば?」
わたしはきょとんとした顔で、ジョアンナの言葉を繰り返した。
「まずわたくしが買い取らせていただきます。それで、わたくしのお母様のお茶会で使ってもらえれば……」
「使っていただければ?」
「欲しいと申し出てくる高位貴族は絶対に多いわよ。相当の高値で売ってもね」
ジョアンナがたとえばといって示した金額は……わたしがいつも使っているマグカップを、仮に市場で売った場合につくであろう値段の、軽く三十倍はした。
「待って、ジョアンナ。そんなに高く売れるはずはない……」
「売れます。わたくしのお母様が開くお茶会は、だいたい三十人前後のお客様がいらっしゃるの。だから、一回の注文でそのくらいのティーカップとティーポットのセットとなると……」
三十倍どころではないわ……。
「ただ、高位貴族の目の肥えた皆様の手に渡るのだから、素朴さよりも洗練さを目指したい……。保温ができるだけではダメよ」
ジョアンナの話に、お父様とお母様、何よりもライオネル兄様が前のめりになった。
わたしを一人置いて、ジョアンナを連れて、あっちの工房、あっちの陶器職人と朝から夜まで巡って、陶器職人の人とも懇意になって、あれよあれよという間に、とりあえず、茶器を百セット、作ることになってしまった……。
あ、あの……、わたしとジョアンナの楽しい楽しい夏休みはどこに行った……。
わたしが朝起きると、もう、ライオネル兄様とジョアンナがあっちこっちに出かけていて、夜も遅くまで二人でああだこうだと話し合っているし。
完全に職人とビジネスマンって感じになっている……。あうう……。ライオネル兄様に、ジョアンナ取られたよ……。ううう……。
ライオネル兄様とジョアンナに置いて行かれて、さみしくしているわたしに、ローズマリーが申し訳なさそうに言った。
「ジョアンナ様は……、男だったら家督を継がせたいと、旦那様が溜息をつくほどの才媛で……」
「婚約者や夫を支えて生きるよりも……」
「ご自分が率先して、先頭を切って走りたいという方ですので……」
「こんなに楽しそうなお嬢様、久しぶりに見ます……」
ジョアンナの使用人たちが、口をそろえて言った。
し、知らなかった……。ジョアンナにこういう面があったなんて……。ああ、でも、学院で三位になるくらい、成績優秀だしね……。
そうしているうちにあっという間に時間が経過。
もちろん焼き物だから、すぐに完成はできなかったけれど、ジョアンナとわたしが王都の学院に戻った後も、ライオネル兄様が茶器の研究をしていくって。
「試作品が出来ましたら、ご連絡をしますね!」
にこにこ顔で、ライオネル兄様がジョアンナに言った。
ジョアンナも満足げな顔。
「ええ! 楽しみにしていますわ……! 来年の春休みと夏休みも、またこちらにお邪魔させてくださいね!」
冬休みや新年の休暇はね、うちの領地は雪に埋もれちゃうからね……。次は春だね……。
ライオネル兄様とジョアンナが、商売人の目をしてがっしりと握手をしているよ……。
い、いいんですけど、いいんですけどねええええええ!
ジョアンナはわたしの友達なのにいいいいい! ライオネル兄様に取られたあああああ! 泣く。