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第5話 ジョアンナの婚約者(呆)

 最上位クラスはライオネル兄様の代よりも人数が少なくて、十二人しかいなかった。

 そのうち二人はわたしとジョアンナ様。

 残りの十人のうち、三組六名様が婚約者同士。婚約者が別の学年にいるご令嬢が二人、残り二名が婚約者のいない男子一名様と女子一名様……。

 ジョアンナ様は同学年別のクラスに婚約者がいる。

 わたしは……、地元の商会の跡取りと結婚の口約束をしている……ことにしている。ま、大嘘ですけど! 身を守るための方便よ!

 だから、わたしのほうなんて気にしないで、婚約者のいない男子一名様と女子一名様でカップリングしちまえよ! と、大プッシュしたら、残りの二名様の間に甘酸っぱい香りが漂い始め……。うふふ、あははですよ。もう! 煩わしいことなんて全くと言っていいほどない楽しい毎日!

 クラスの男子が誰もわたしを気にしない!

 しかもジョアンナ様という素敵な女友達が同じクラス!

 他の女子の皆様も、婚約者と友好な関係を築いていらっしゃるから、みんな優しい!

 はははははは! 

 天国! 

 学院での生活が、天国に思えるなんて! 

 マジ、神様ありがとう!

 そんな感じでわたしは毎日を謳歌していたの。

 ジョアンナ様との仲も、日に日に親密になって……。

 そう! 入学して一か月も経つ頃にはお互いの呼び名から「様」を取り払って「ジョアンナ」「レア」と呼び合う仲になりました!

 うふふふふ……。

 しあわせ……。

 だけど、禍福は糾える縄の如し。

 人生には落とし穴がつきものなのよね……。

 そう、落とし穴。

 それが、ジョアンナ様の婚約者、フィリップ・ウェルズ伯爵令息だったのよ……。

 クラスが異なれば、時間割りも違う。同じ学年でも、最上位クラスと最下位クラスでは、お昼休みの時間も違った。

 そのためか、今まで、フィリップ・ウェルズ伯爵令息とわたしが遭遇するときはなかった。

 だけど。

 夏休みが終わり、秋になって、後期の授業が始まった。

 後期最初の試験もサクッと乗り切って、クラスのメンバーも入学のときから変わらないまま。

 変わったと言えば、甘酸っぱい香りが漂っていた男子一名様と女子一名様が、夏休みの間に正式に婚約を結んだというくらいかな……。もう、甘酸っぱいを通り越して、超甘い、に空気が変わっておりますよ! クラスの皆様も、なんとなく「自分たちがくっつけた感」があって、お二人のことは温い目線で温かく見守っております……うふふふふ。

 ホント、穏やか。

 ホント、ぬるま湯。

 だったというのに……。


「ジョアンナー、課題が終わらないんだよー。手伝ってー」

 わたしとジョアンナの仲を裂くように、フィリップ・ウェルズ伯爵令息が最上位クラスにやって来るようになってしまった……。


「は? 課題って何でしょうか? フィリップ様のクラスでは、何か特別な課題が出されているのでしょうか……?」

 ジョアンナが首を傾げる。

 聞くともなしに聞いていたわたしも、上位クラスのクラスメイト達も同様に、課題なんかあったかなー? という顔になっている。

「それがさあ、試験の結果が悪くて。出席日数もギリギリだから、えーとなんて言ったっけ? そうそう救済措置とかで。課題ができないと、退学になってしまうんだー」

 へらっと笑うけど、退学って……。

 退学というその発言に、みんなぎょっとした顔になった。

「待て、我が貴族学院で、退学などあり得るのか?」

 男子のひとりがぼそっと呟いた。

 この学院に通っているのは平民ではなく、全員貴族。

 つまりは、幼少のころから家庭教師にいろいろ習ってきているはず。

 そりゃあ、貴族だってピンキリだし、平民より貧しい暮らしをしていて、家庭教師も雇えないっていうお家だってあるだろう。

 だけど、フィリップ・ウェルズ伯爵令息って、家庭教師も雇えない貧しいお家の令息ではないでしょうに。

 だって、ジョアンナの婚約者だよ。

 ジョアンナが嫁ぐ相手だよ。

 つまり、フィリップ様ってウェルズ伯爵家の跡取りでしょう⁉ 跡継ぎ教育だって、施されているはずでしょう⁉

 それとも何か? 跡継ぎ教育はしたけど、あまりにフィリップ様の出来が悪いから、優秀なジョアンナに嫁に来てもらって、名目上はフィリップ様が家督を継ぐけど、実はウェルズ伯爵家の実権はジョアンナに任せるって、そういうことなのか……?

 いや、スミス伯爵家とウェルズ伯爵家との間でそういう協定ができているのなら、他家のわたしたちは何の文句も言えないけど……。

 そんなお馬鹿……、失礼、学力不振な相手に嫁ぐなんて、ジョアンナの苦労が目に見える……なんてところまで、思わずわたしは考えてしまったんだけど。

 そして、そんなことを考えたのは、どうやらわたしだけではないようで。

 クラスの皆様が、心配げにジョアンナをちらちらと見る。

「あー、それね! 僕だって真っ当に授業に参加していれば、試験程度、まあ、なんとかなったんだろうけど。休みがちだったからねえ」

 へらりとフィリップ様が答えるけど。

 えっと、こう見えて、実は病弱……?

 とてもじゃないけど、そうは見えないんだけど……。

「お待ちください、フィリップ様。どうして学院を休みがちになるのです?」

「うん、それなんだよ。実はボク、探し物をしていて」

 探し物……?

「探し物というか、人なんだけど」

 尋ね人……?

「デビュタントのときに出会った人だから、ボクと同じ年のはずなんだよね」

 あー……、デビュタント。

 嫌な記憶を思い出してしまったわ……。

「だから、この貴族学院に入学すれば、ここで出会えると思っていたんだけど」

 他国ならわからないけど、うちの国で、デビュタントのときに出会えたのなら、同じ年。出会える確率は高いはず。

「で、入学してずっと校内を探してたんだけど、どうやら学院内にはいないみたいで」

 ……ということは、どういうことだ?

「可能性としては、デビュタントから貴族学院に入学の間に没落しちゃって、平民になったかなあとか思ってさ」

 あー……。可能性は低いけど、そういうこともあるよね。

「調べたら、ひとりだけ、該当者がいたんだけど」

 え、いたのか! っていうか、そこまで調べる頭脳と行動力があるのなら、学院の授業程度なんとかなりそうだけど……。

「探し出して、会いに行ったんだよ」

 え、すごい!

「でも……、その娘さん、ボクが探している人じゃなくってねぇ」

 あー、それで出会えたなら、なんていうのか運命の人とかってことになって、小説の題材にでもなりそうなんだけど……。

「そんなこんなでいるうちに、試験、受け忘れちゃって。出席日数とかも、ギリギリで、父上に怒られちゃって」

 おいっ! 

 しかもサラッと娘さんとか言ったけど、それって一目ぼれした相手を探していたとか言わないよね! 

 ちょっとジョアンナの立場は!

 当のジョアンナと言えば、怒りも見せずに、実に温い笑みを浮かべているし……。

「だから、人探しは当面中止して、ボク、真面目に課題をこなして、授業にも参加するつもりなんだけど……」

 当面? じゃあなんだ? ある程度時間が経ったら、また、その人探しを再開するの?

「課題もねえ、やろうとしてもわからないし。授業を聞いても何を話しているのか全く分からないんだよ」

 学院に入学して、夏休みが終わってもう秋。

 その間、まともに勉強をしていなければ……、そりゃあ、学習内容が意味不明になるのも当然だろう。

「だから、ジョアンナ! 勉強教えて!」

 困ったときの婚約者頼みか!

 ジョアンナは、もうなんていうのか、深い深ーい溜息を吐いている……。

 しかし、婚約者の頼みとあらば、それを優先せざるを得ない……。

 わたしがジョアンナ様と楽しく過ごせる時間は、休み時間とお昼休みだけになった……。

 放課後は、ジョアンナ様は婚約者とお勉強……。

 わたしは一人淋しく帰宅の途に就く……。

 あああ……、悲しい。

 まあ、だけど、入学式前の、あの、ドナドナ的な、無事に生きて三年間を過ごせるかどうかと思っていたころに比べれば、ぜいたくだけどね。

 だけど、一度、女友達、それも、ジョアンナ様という素晴らしい女神との至福の時間を体験してしまえば、それが減るのがつらい……。

 悲しみに塗れたまま、秋冬と時間が過ぎ……、そして、春。

 ジョアンナ様の多大なる努力の結果、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、なんとか学院を退学せずに済んだ……。

 だけど。

「よく考えたら、同じ十四歳だから、デビュタントが同じだったけど、遅生まれって可能性もあるんだよね。だから、ボクの探し人は、同学年じゃなくて、一学年下だったのかも!」

 嬉々として、フィリップ・ウェルズ伯爵令息はまたもや人探しに奔走し始めてしまった……。

 もう、なんて言ったらいいのか……。めげないお人だと感心してよいのか。それとも、ジョアンナ様のこの半年間のご苦労を何だと心得る! とかぶった切ったほうがいいのか……。

「…………どなたをお探しなのか知りませんけど、いっそ、そのお探しのかたに、フィリップ様を渡してしまいたい」

 ジョアンナ様の、怨嗟の声が……。

 うわあ……。

 一年次と同じように二年次も、夏休み明けまで真っ当に授業に参加しないで、秋冬と、同じように婚約者の勉強を面倒見ねばならなくなったら……。

 あ、あああ……。

 せ、せめて、わたしが、ジョアンナにできることはないかな……。あ、そうだ。

「あ、あの、ジョアンナが良ければなんだけど、夏季休暇中、我が領地へ遊びにいらっしゃいませんか……?」

「え? いいの……?」

「うん、是非。リンゴ畑と渓谷と川と……あと焼き物とかくらいしかない田舎だけど。空気は澄んでるし、夏でも涼しいし。気分転換というか……、気分の浄化に」

 風水によると、リンゴっていうのは浄化作用や健康運を持っているんだって。特に、恋愛に関したストレスを解消してくれるとかなんとか。

 こっちの世界では風水なんて考え方はないけどね。

 提案してみたら、ジョアンナの顔が「ぱああああ……っ!」って感じに輝いた。うわ、眩しい!

「今日、帰ったら、さっそくお父様に許可を取り付けますわ!」

 うっきうき……っと、ご機嫌になったジョアンナ。うふふ、今年の夏休みは一緒に過ごせるかも! わーい! わたしもしあわせ!

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