第3話 女友達が出来ました(嬉)
そうしてお邪魔したジョアンナ様のタウンハウスは……なにこれ、王城?
同じタウンハウスでも、我が家のとは大違い。うん、うちのタウンハウス、ここに三十個くらい入ります? もっとかな?
えーと、建物の外で馬車から降りるのではなく、馬車に乗ったまま、玄関ホールに入り、そして、その玄関ホールの壁際には「おかえりなさいませ、ジョアンナお嬢様」って頭を下げている使用人が……うん、五十人近くいるわ~。
ちなみに我が家のタウンハウスの使用人は、家令が一名、雑役メイド三名、調理人が二名、馬車関係で、御者一名、馬丁一名、その程度。これが、伯爵家と子爵家の差か……。
おっと、そんなことを考えている場合ではない。使用人さんたちの半数は男性だ。
わたしは、さっと鞄で顔を隠す。不作法だけど、しかたがない。自衛は大切。
「ただいま、みんな。お客様よ。サロンにお茶を用意して。ああ、それからローズマリーを呼んでちょうだい」
てきぱきと、使用人に指示を出した後、ジョアンナ様はわたしの方を振り返る。
「……レア様、手を引いて差し上げたほうがよろしいかしら?」
「……不作法で、申し訳ございません。ですが、大丈夫です。隙間から、前も見えますので」
とりあえず、馬車の御者の人と、ディックという名の青髪の男の人に、ぺこりと会釈をした。
きちんとお礼を言ったほうがいいのはわかっているけど、男の人だからね。警戒、警戒。
そうして、ジョアンナ様の後をついて、お屋敷の廊下を歩く。案内されたサロンは落ち着いた雰囲気で、ほっとする。
しばらくとりとめもない話をしつつ、お茶が用意されて、使用人たちが去るのを待つ。
「さて、そろそろローズマリー……わたくしの侍女がやって来るから」
「はい」
「レア様が、今後、学院で、少しでも穏やかにお過ごしになれるように、おせっかいをさせていただくわね」
何をしてくださるのかはわからないけれど、わたしのことを考えてくださっているのね。
あ、ああ……、やっぱりジョアンナ様は我が女神!
なんてありがたい!
わたしは僥倖に出会ったのね……!
思わず顔を上げて、キラキラした目でジョアンナ様を見つめてしまった。
「……女のわたくしでも、レア様にそんな瞳で見つめられると……、理性が揺らぎそうになるわね」
「え?」
「いえ、なんでもないわ。レア様を見て、男性が異常に惚れ込むのも、理解が出来るということよ……」
ジョアンナ様はわたしから目を逸らすように、お茶をお飲みになった。
うーんと、ライオネル兄様が作っている無骨で実用的なマグカップではない。薔薇や牡丹の花が描かれているクラッシックなデザイン。カップも美しいわ。紅茶も薫り高い。素晴らしい。
しばし堪能しているうちに「失礼します」と声がした。
「ローズマリー」
「遅くなって申し訳ございません」
頭を下げて一礼をしたら、三つ編みにした長い髪が揺れた。
「いいのよ。それよりも、あなたに相談があるの」
「何でございましょう」
「まずは、こちら、レア様。見ての通り、恐ろしいほどの美少女よ」
お、恐ろしいって……、ジョアンナ様……。
ローズマリーが、わたしをじっと見た。
「……初めまして、レア様。ローズマリーと申します。ジョアンナ様専属の使用人でございます」
「は、はい。レア・エルソムです」
観察されているみたい。ローズマリーの薄茶色の瞳がじっとわたしを見つめている。
えっと、ジョアンナお嬢様がいきなり連れてきた、得体のしれない女を、警戒している……?
と思ったのに。
「本当に、恐ろしいほどの美少女でございますね」
と、淡々と、言った。
ジョアンナ様に続いて、ローズマリー、お前もか……。
「ええ。今日、学院で知り合ったのだけれど。男子生徒に囲まれて、大変なことになったわ」
「……そうでございましょうね。傾国レベルの純情可憐な美少女……。物語の悪役令嬢的に、ややきつい顔立ちのジョアンナお嬢様と並びますと、一層、その可憐さが引き立つと言いますか……」
「ちょっと、ローズマリー。わたくしへの悪口まで混ざっているわよ! 誰が悪役令嬢ですって⁉」
「心根はお優しいのですけどね、我がお嬢様は……。外見で損をなさっていますから。それはともかく、レア様は……、着飾って、にっこりと笑っていただいて、そのまま掌中に収めたい……という欲望にかられますね。恐ろしや……」
「そうなのよ。女のわたくしたちだって、うっかりそんな欲望を抱いてしまうんだから、男性は……」
う、ううう……。
そんなに恐ろしいって、繰り返さなくても……。
「だから、この可憐なかわいらしさを、少しでも何とか抑えられないかしらって。地味にするのは無理だとしても、男子生徒に囲まれて、二進も三進も行かなくなるような、そんな学院生活なんて、嫌でしょう」
「そうでございますね……。とにかく、まずお顔。この美少女顔は変えようもございませんが……。髪なら……」
「髪?」
「ええ。ストロベリーブロンドは……、鮮やかで、目立ちますので……」
言いながら、ローズマリーは「少々準備してまいりますので、お待ちください」と、サロンから足早に出て行った。
で、戻ってきたときには手鏡やブラシ、スカーフやリボン、それに化粧品なんかを持ってきた。
「御髪を少々失礼いたしますね」
言いつつ、ローズマリーは、わたしの髪をとかし始めた。
「耳のあたりまではホワイトブロンド……であれば、染めるのも一つの手段ですが。そこまでしなくても、この赤色を隠すだけでも、かなり印象は変えられます」
まず、頭の後ろでわたしの髪をひとまとめにして、それを紺色のリボンでぎゅっと結んだ。それからそのリボンで、髪をぐるぐると毛先に向かって一本の棒のようにまとめて縛っていく。毛先で、リボン結び。
「どうでございましょう。これでしたら、簡単に髪の赤色を隠せますでしょう」
「わあ……、ほんとだ」
すごい。顔は確かに変えられないけど、髪の赤色を見えなくしただけで、ちょっとは地味になった。
ローズマリーは、一度紺色のリボンをわたしの髪から外すと、今度はカラフル且つ大きな花の模様が描かれているスカーフを取り出した。三角に折ってから、更に何回かスカーフを折る。
「さっきのと同じような感じですが。一つに束ねた髪をスカーフで結んでから、お団子髪をつくるようにスカーフでまとめます。スカーフがカラフルな分、毛先のストロベリーブロンドが見えても、あまり印象に残らないでしょう」
「す、すごいわローズマリー」
「風に揺れるようなふわふわな髪ですと、一層可憐な感じが強調されますので。侍女のように、きっちりと髪を編み込むのもよいかと思います。そう、家庭教師の先生のように、カチッとした髪型にすれば、美少女感は多少は……」
「そうね、じっくり見れば、さっき学院で大勢に囲まれた美少女と同一人物とわかるけれど。ぱっと見程度では、別人にみえるわ。さすがローズマリー」
ジョアンナ様も感心したようにわたしを見た。
「ありがとうございます。それから、靴でございますね」
「靴?」
「はい。可能であれば、踵の高い靴……と言っても、学園でヒールは疲れるでしょうから、編み上げブーツで、踵を底上げして、身長も若干高く致しましょう。それから、補正下着に綿を入れて、体型を太めにするという手段もございますね。小太りの女の子に対して可憐とは、男性はあまり思わないものでしょう」
太めの女性も可愛らしいですけどね……と、ローズマリーは言った。
すぐに実践できる変装技術をあれこれとすぐに思い付くローズマリーはすごいわ。感心してしまった。
「ありがとう、ローズマリー。いえ、ローズマリー師匠と呼ぶべきかな……」
思わずそう言ったら、ジョアンナ様もローズマリーも顔を見合わせてくすっと笑った。
「喜んでいただいて何よりです。レア様はうちのお嬢様の初めてのお友達ですから、つい、あれこれと……」
「お友達!」
「ええ。ジョアンナお嬢様は、素敵な方なのですけどね。何せ目つきが……」
「うるさいわよ、ローズマリー!」
ローズマリーを睨みつけたその目つきは、確かにきついけど。だけど。
わたしは、ローズマリーのお友達という言葉に、飛び上がるほど嬉しくなった。
「ですから、レア様にはウチのお嬢様と仲良くしていただきたく……。学院で、孤高の花として立つのもジョアンナ様らしいと言えば、らしいのですが、やはり、せっかくの学生生活でございましょう? お友達の一人や二人、いらしたほうが、楽しいのではないかと……」
「わ、わたしも、お友達と呼べる女の子はいなくて……。あ、あの、ジョアンナ様。仲良くしていただけると……、嬉しいのですが……」
ドキドキしながら聞いたら、ジョアンナ様は立ち上がって、そっとわたしの手を取ってくれた。
「ええ、こちらこそ……。でも、レア様、そのような潤んだ目で見つめられると……。わたくしも、ちょっと、血迷いそうですわ……」
きょとんと、わたしがジョアンナ様を見たら、ジョアンナ様はくすくすと楽しそうに笑った。揶揄われたのかな? 嫌な気持ちはしないから、まあいいや。
とにかく、念願の! 女友達!
わたしは、浮かれながら、ジョアンナ様のスミス家を辞して、我がタウンハウスへと帰っていった。