第10話 さあ、結婚式ですよ! (輝)
この二か月間、いろいろなことがありました……。ちょっと遠い目で空なんかを見上げてしまう。
ま、総括していえば、ライオネル兄様はすごい。
それに尽きるかな……。
さすが研究肌というべきなのか、これまでの経緯とか、学院での様子とか、あれこれ微に入り細に入り、ライオネル兄様が聞いてくれて作った計画。
それが、もうすぐ始まるのだ。
ふっふっふ。
上手くいけば、わたしにはジョアンナという素敵なお義姉様ができる。
ふっふっふ。
ライオネル兄様もジョアンナとの婚約&婚姻に前向きだし。
というか、こうなった以上、ジョアンナ様が行き遅れないように責任は取る……みたいなことをほざいているだけなんだけど。
あー、恋愛的な感情は、多分ジョアンナのほうがあるような……。ライオネル兄様を見る目がね、完全に恋する乙女になってきている。
ライオネル兄様は……、どうなのかな……。
妹の友達が困っている上に、自分の嫁をゲットする見通しがないから、ビジネスパートナーとして最高のジョアンナを嫁にする……という以上の感情があるとは思うんだけど……。
おにーちゃんは妹に、その手の感情を見せてくれないんだよねえ……。
だけど、ジョアンナとライオネル兄様が二人きりで過ごした後、ジョアンナの様子がだんだんと……、なんというか、ライオネル兄様に気を許すというか、ちょこっと甘えているというか。いい感じなんだけど。
ああ、二人のデートの様子を後ろからこっそり眺めたい!
だって、わたしがいると、ライオネル兄様、あれこれ取り繕っちゃうからなあ……。ホントは既にジョアンナにメロメロだったりして。
くそう、見たい、知りたい、覗きたい。
そう言ったら、ライオネル兄様に頭を小突かれた……。ちぇ。
そんなこんなで、結婚式の日がやってきた。
わたしは式が始まるまでは、学院で過ごした通り地味眼鏡令嬢姿でいるのだけれど、いざ式が始まったら……元の姿を晒すのだ。
さて、あの阿呆……フィリップ・ウェルズ伯爵令息はどうするかな。
ライオネル兄様の想定パターン通りに行けばいいんだけど……。
ジョアンナもノリノリで、セリフ練習していたしな……。
☆★☆
こっそりと、わたしはジョアンナの……花嫁控室に行く。純白のウエディングドレスを着たジョアンナは、女神さまのように美しかった。
ウェディングベールは床に着くどころか、引きずるほどに長いロングヴェール。わたしは介添え人として、ジョアンナのヴェールを持つ役目を担うのだ。
「ジョアンナ! すごいキレイ!」
「レア! ありがとう」
新婦を祝う女友達……のスタンスで、一応「今日はおめでとう!」などと言っておく。
あ、でもおめでとうなのは本当か。
もちろん「結婚おめでとう」じゃなくて「あの阿呆と今日を限りに縁が切れるおめでとう」だけどね。ふっふっふ。
「さて、ジョアンナ、覚悟はいい?」
「ええ、もちろんよ。レアは?」
「成功すれば、ジョアンナはわたしのお義姉様……。そう思うともう、今すぐにでも、あの阿呆を蹴倒したいところよ」
お義姉様と発言したところで、ジョアンナの頬が「ぽっ」と薔薇色に染まった。
あ、ああああ、かわいいわ、かわいいわ! ジョアンナがサイコーにかわいらしい!
わたしもがんばらなくちゃ!
というわけで、地味眼鏡令嬢の変装を解く。
髪をほどいて、眼鏡を取って。
鏡の中のわたしは、子ウサギのような可憐な美少女。
さあ、阿呆のフィリップ・ウェルズ伯爵令息! かかってこいやーっ! けちょんけちょんのぎったぎたにしてやるわー!
☆★☆
結婚式の会場の扉が開かれる。一番奥の祭壇、その前に立つ神父様と新郎であるフィリップ・ウェルズ伯爵令息。
そこから、この扉の前までに、真っ直ぐ敷かれた赤い絨毯。それが今からジョアンナが歩くヴァージンロード。
ヴァージンロードの左右の席には親族や友人たち、列席者がすでに控えていて、ジョアンナの姿を見ると、皆一斉に立ち上がった。
ジョアンナは扉の横に立つジョアンナのお父様にエスコートされて、しずしずとヴァージンロードを進んでいく。
わたしはその後ろで、ジョアンナのロングヴェールが美しく広がるようにと、気を配りながら、ゆっくりと付いて行く。
そして、祭壇前で、ジョアンナとジョアンナのお父様が立ち止まったとき……、つまり、エスコート役を父親から新郎にバトンタッチをするタイミングで、一礼をして、友人席へと向かう……はずだった。
はず……、ううん、それは嘘。このあたりで、わたしの存在にフィリップ・ウェルズ伯爵令息が気がつくのは、想定内。
もちろんわたしが想定したのではなく、ライオネル兄様の想定だけどね。
で……、その想定は当たり、フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、新婦であるジョアンナではなく、介添え役のわたしのほうをじっと見つめてきている。
うわあ、気持ち悪い!
実は、ジョアンナのご両親に、ライオネル兄様の想定を話すかどうかだけは悩んだのよね……。
悩んだ挙句、黙っていることにしようと思ったの。
わたしたちが元々、フィリップ・ウェルズ伯爵令息をハメようとしていることを、ご両親に知られたら、賛成されるか反対されるか、そこが微妙で。
だから、ジョアンナのお父様は、祭壇の前で、ジョアンナのエスコートを新郎であるフィリップ・ウェルズ伯爵令息に渡そうとしているのに、いつまで経っても「ポカン」としているフィリップ・ウェルズ伯爵令息に戸惑っている。
神父様も「どうかされましたか? ご気分でも?」と聞いている。
だけど、耳に入っていないみたい。
「フィリップ様?」
ジョアンナが小声を掛ける。だけど、無反応。
フィリップ・ウェルズ伯爵令息は、わたしを、わたしだけを、じーっと見つめ続けている。
「何だ?」
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
招待客たちも、訝しげに、ざわざわし始めた。
ようやくフィリップ・ウェルズ伯爵令息が動いた。
ジョアンナをエスコートするためではなく、わたしのほうへ。
「ああ……。ようやく会えた……」
ぼそりとした声が、結婚式場内に響く。
「デビュタントのときに出会ったあなたを、ずっと探していたんです。まさか、結婚式で出会うとは……これは神の啓示だ、運命だ!」
なーにが運命だ、阿呆。
そんな気持ちを顔には出さずに、わたしはフィリップ・ウェルズ伯爵令息を睨む。
そんなわたしの表情にも気がつかず、フィリップ・ウェルズ伯爵令息はわたしの手を取った。
「あなたは僕の初恋の人なんです。忘れたことなんてなかった。貴族学院に通っていたときも、あなたをずっと探していたんです。そのために、授業なんか出られなくなったりもしましたが……」
べらべらと喋り出したこの男、はっきり言って、気持ち悪い。
なーにが運命だ。
結婚式で、新婦をほっぽり出して、介添えでしかないわたしに、運命だの初恋だの。
マジウザい。
「運命のあなたに再会できた以上、ジョアンナを妻にすることはできません。さいわいにして、結婚式はまだ始まっておりません。さあ、僕の運命の恋人よ、あなたの名前を教えてください。そして、あなたを僕の妻として、今から神に永遠の愛を誓いましょう!」
こうなるとは予測できていたけれど。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
おい、貴様。勝手に何を言ってやがる。
思わず言いそうになった。
……蹴っ飛ばしていいかな? いいよね?
思わず、片足を引いて、蹴り出そうとしたけれど。
ジョアンナが「信じられない、何をおっしゃるの、フィリップ様……」と、震える声を出して、ジョアンナのお父様に縋りついた。
もちろん演技。
そんなことは知らないジョアンナとフィリップ・ウェルズ伯爵令息のご両親たちは、蒼白な顔色になっているし。
フィリップ・ウェルズ伯爵令息と言えば「ジョアンナ、あなたに瑕疵はない。僕もこの運命の再会があるまでは、あなたの夫として生きていくつもりだった。だが、神に永遠を誓う前に、初恋の君と再会してしまったのだ。これは神の啓示。結ばれるべきは、ジョアンナではなく、初恋の相手なのだ……!」と高らかな宣言のように言いはなった。
酔っている。コイツ、運命とやらに酔っているよ……。
まじ、うぜえ……。
「そう……ですか、フィリップ様、いいえ、ウェルズ伯爵令息」
ジョアンナは、ヴェールを思いっきり手で掴む。それを取って床に投げ捨てた。
「では、結婚式は中止。ウェルズ伯爵令息は運命の恋に生きる。そして、このわたくしに瑕疵はない。すべてウェルズ伯爵令息の責ということですわね」
にっこりと、ジョアンナは、大輪の薔薇の花が満開に咲き誇るような、壮絶に美しい笑みをウェルズ伯爵令息に向けた。
そして、床に投げ捨てたヴェールを、靴で思いっきり踏みつけた。
「会場にお越しの皆様に申し上げます。この通り、ウェルズ伯爵令息の有責にて、婚姻は破棄、結婚式は中止となります」
招待客たちはざわめき、ウェルズ伯爵夫妻は青ざめるを通り越して、死にそうな顔になっているけれど。
「お越しいただいた皆様には大変申し訳ございません。ですが、政略よりも、家同士の繋がりよりも、運命の愛に生きると宣言したウェルズ伯爵令息など、わたくしには不要。運命のお相手に、慎んで差し上げたいところなのですが……」
ジョアンナが、わたしを見る。
「わたくし、運命の愛に酔った気持ち悪い男なんて要らないんだけど。あなた、引き受けてくださるかしら?」
わたしはにっこりと、最上級にかわいらしく見える笑顔をジョアンナに向けた。
「要らなーい! ジョアンナを馬鹿にするような男はゴミでカスでクズだもの!」
ジョアンナの楽しそうな高笑いが、結婚式場内に鳴り響く。
「おほほほほ! わたくしたち気が合うわね!」
「そうね、ジョアンナ!」
わたしとジョアンナは手と手を取り合って微笑みあう。
そして、そろってフィリップ・ウェルズ伯爵令息のほうを向く。もちろん思いっきり蔑む目で。
「「ひとりで勝手に盛り上がる勘違いのクソ野郎!」」
ライオネル兄様の想定シナリオに沿って、わたしたちが練習したこのセリフ。
わお!
タイミングばっちり!
わたしとジョアンナの声も揃ったわ!
フィリップ・ウェルズ伯爵令息は「は……?」と、目をまん丸くしている。
ふっふっふ。
さーって、やってやるぜ!
わたしはジョアンナの手を離して一歩前に出た。
「運命に酔いしれて、十年ぶりの再会とか言ってるけど、わたし、この麗しのジョアンナと一緒のクラスに在籍していましたけどね!」
「え……?」
「髪の色とか髪形とかを変えた程度で、わからなくなるようなお粗末さで、運命の恋なんて、ちゃんちゃらおかしいわ! 顔を洗って出直してきやがれ! あ、出直さなくていいや、二度と会いたくないんで!」
出直したところで、蹴っ飛ばして差し上げるだけですが、おーほほほ。
何か文句ありまして? なーんてね!
「さらに親切に言ってあげるけど、結婚式のこのときに、新婦の友人に対して運命の恋とか言い出すなんて、頭、沸いているの? 非常識にも程がある! ゴミクズ以下。運命に酔いしれた独りよがり野郎。お花畑思考の非常識さ。せめてもの誠意を見せて、さっさとジョアンナに慰謝料を支払いなさい。支払いさえ済めば、アンタなんて不要! 二度とそのツラ、見せんじゃねえぞ!」
右手の中指でも立ててやろうかと思ったけど、それ、前世ならともかくこの世界では通用しない。
まあ、でも震える子ウサギみたいな可憐な美少女が、口汚く罵って来るだけでも、相当の衝撃でしょうわっはっは! 百年の恋も冷めるがいい‼
ポカンと口を開けているフィリップ・ウェルズ伯爵令息なんて無視して、わたしはジョアンナに手を伸ばす。
「我が最愛の友、ジョアンナ。こんなクズ男、さっさと捨てて、親友同士で、楽しい人生を送りましょう!」
「ええ、もちろんよ。行きましょう!」
はい、さよーなら、一方的な運命の人。
仮にあんたの運命がわたしだったとしても、わたしの運命はあんたなんかじゃ絶対にない。
わたしとジョアンナが手に手を取り合って、ヴァージンロード出口まで優雅に進む。そして、出口のドアの前で、二人そろって一礼をする。
「それでは汚物の処理は、両家のご両親、どうぞよろしくお願いいたします」
次回最終回です